プレコーシ ぼくとお姉さんの入れ替え物語
作・JuJu

#2

 それは今日の午後ことだった。
 ぼくが自分の部屋で音楽を聴いていると、電話が鳴った。美穂さんからだった。時計を見ると一時をちょっと回っていた。
 そして、花火大会に誘われた。
 壁掛け時計の二時の鐘と同時に、呼び鈴が鳴った。玄関に出ると、そこには浴衣姿の美穂さんが立っていた。
 ぼくはおもわず、浴衣を着た美穂さんを、なめるように頭のてっぺんから足の先まで見てしまった。こんなに女っぽい服装をした美穂さんを見たことがなかったからだ。ふだんはタンクトップと、体の線が出るような細いジーンズのかっこうをしている。スカートなんて、学校の制服以外に穿いたことがないんじゃないだろうか。そんな美穂さんが、今日にかぎって和風な艶(あで)やかさに包まれた姿であらわれたのだ。
「どう? ちょっとしたものでしょう。思わず見とれちゃった? 美しいって罪よねえ」
 美穂さんはちょっと色っぽいポーズをとった。
 口元を自慢げにゆがめ、目を細めて、かるく見下すようにぼくを見つめる。
 そんな美穂さんに気がつき、ぼくは我に返った。
「かっ、勘違いしないでください。ぼくは日本の伝統文化である『浴衣』の美しさに驚いただけです」
 浴衣のところだけ、とくに強調して答える。
「浴衣、ねえ。
 はあ……、これだから……」
 美穂さんは両腕を腰に当てながらため息を吐いた。そして人さし指をぼくの鼻面に近づけると、まるで出来の悪い弟に指導するような口調でいった。
「あのねぇ。いい? 女が着飾った場合は、ウソでもいいからほめなきゃだめよ」
「はいはい。どうせぼくは、美穂さんから見れば、女心もわからないガキですよ。
 とにかくここじゃなんだから、上がってください。ぼくの部屋に行きましょう」
 ぼくは美穂さんを家に招き入れた。
 美穂さんはぼくの後について、階段を上りながらいった。
「なによ、その言い方。そりゃあ、修太くんからみればわたしはそれなりに年上だけど。そんな言い方しなくたっていいじゃない。それじゃ、まるでわたしがおばさんみたいじゃない」
 美穂さんはぼくの部屋に入ると、ベッドに腰をかけた。
「それで、今日はこれからどうするんですか?」
「大泉神社(おおいずみじんじゃ)に行くに決まっているじゃない」
「神社? お参りでもするんですか? 花火を見に行くんじゃなかったんですか?」
「修太くんって、ほんと、この手の情報にうといのね。今年から大泉神社で花火大会をやるのよ。
 ま、せっかく神社にいくんだから、ついでにお参りもするつもりだけどね。花火が始まるのは夜になってからだから、いいひまつぶしになるし」
 大泉神社というのは、このあたりでは結構有名な神社だった。その名の通り、大きな泉のほとりに社(やしろ)があるのだ。
「へー。そうだったんですか。でも、打ち上げ花火をするなんて、豪勢な神社ですね」
「けっこう儲かってるみたいよ。
 どうせこれも知らないでしょうけど、大泉神社って、最近すっごく人気の場所で、毎日にぎわっているらしいのよ」
 その話ならぼくも聞いたことがあった。
 大泉神社の泉にまつわる、男女の仲を取り持った水神の伝説がちかごろ話題になり、恋愛成就の御利益があるとして、連日カップルが押し寄せている。神社で結婚式を挙げる人も多い。――と、学校のクラスの女子が噂をしていた。
 実はその話を聞いてから、クラスの女の子がぼくを誘ってくるのをひそかに期待していた。だけど、残念ながら誰ひとりとしてそんなことをしてくる女子はいなかった。もっとも、誘われたとしてもぼくは断るけど。負け惜しみではなく、クラスの女子のような子供はぼくの好みじゃなかった。ぼくは年上の女性が好みなのだ。たとえば、美穂さんのような……。
 ここまで考えて、ぼくは思い当たった。美穂さんがあの神社に誘って来たということは、もしかして、美穂さんはぼくのことを……。
「でも本当残念だなあ。詩織と法子――あ、大学の友達ね――と行くつもりだったのに。急にキャンセルだなんてさ〜」
 美穂さんは、ぼくが用意した冷えたレモンジュースのストローを、ゆびでもてあそびながらいった。
 それを聞いてぼくは落胆するとともに、合点もいった。当然のことだ。相手は大学生。ぼくは中学生。これでもぼくは、それなりに大人になったつもりだけど、美穂さんからみれば、ぼくなどかわいい弟といった感じなのだろう。まちがっても、こんな子供に恋愛感情がわくはずもなかった。結局のところ、花火となれば夜だし、夜中に女ひとりで出歩くのは心細い。そこで、男のぼくにボディガードになれというのだろう。
 届かぬ想いに落胆したものの、それ以上に、美穂さんとふたりで花火を見られることがうれしかった。


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