プレコーシ ぼくとお姉さんの入れ替え物語
作・JuJu

#3

 ぼくらは大泉神社に来た。
 美穂さんが願いごとがあるというので、ぼくたちはお参りをすることにした。
 神社に向かって、木々に囲まれた広い石畳の道をふたりで歩いた。周辺は密集した住宅地なのに、ここらへん一帯だけは、時から取り残されたように昔のままの深い杜(もり)が残っていて、その中心に神社と泉があった。
 クラスの女の子のいっていた噂は本当らしく、花火大会の時間はまだ先だというのになかなか人が多い。それも、歩いているのは一〇〇パーセント男女二人組だった。
 カップルたちに囲まれて歩いているうちに、ぼくも美穂さんと恋人同士のような気分になってきた。相手は大学生でぼくは中学生。周りからは仲のよい姉弟に見えているのだろうか。それでも美穂さんと恋人の気分だけでも味わいたかった。ぼくなどは子供過ぎて彼女の恋愛対象になどにはならないことはわかっている。でも、心の中で、ひそかに想うくらいならば許されるんじゃないだろうか。
 拝殿(はいでん)の前に立つ。
 恋人になった気分だけでこれだけ心が沸き立つのだから、本当の恋人同士になれたら、どんなにいいだろう。
 そう思ったぼくは、神様に向かって「美穂さんと恋人同士になれますように。ずっと美穂さんと一緒にいられますように」と心の中で祈った。中学生のぼくには懐が痛かったが、お賽銭も奮発した。

    *

 礼拝を済ませたぼくたちは、花火大会の会場に向かった。先ほどのカップルだらけの道とは違い、今度は道の両側に出店が出ていて、家族連れなどさまざまな人が歩いていた。まだ打ち上げには時間があるのに、けっこうな人通りだった。夜になればさらに人が増えて、歩けないほどのにぎわいになるのだろう。
 歩きながら、ぼくはつい、浴衣姿の美穂さんを何度も何度も盗み見してしまった。美穂さんに悪いとおもっていても止められなかった。浴衣だというのに、胸は豊満な存在を主張していた。お尻には、パンツの形がわかるような線がうっすらと浮き出ていた。
「そんなに、この浴衣が気になる?」
 気がつけば、美穂さんがぼくの顔を見ていた。ぼくのいやらしい心に気がついていないのか、あるいは気がついていない振りをしているだけなのか、彼女はぼくの返事を待つように、軽く首を傾げて笑顔でぼくを見つめていた。
「好きなだけ見ていいのよ。だって修太くんは、この『浴衣』が気に入っているんだものね」
 ぼくは返事をするかわりに、顔をそらせて空を見上げた。夏が広がっていた。

    *

 お参りは済んでしまったし、花火の打ち上げが始まるまでには、まだすこし時間がある。そこで、美穂さんの提案でしばらく散歩をすることになった。
 境内や大通りはあんなに人でごったがえしていたり、屋台が並んでいたりしたのに、一歩裏道に入ったとたん、急に寂しくなった。あるく人はまばらで、出店もごくまれにある程度だ。
 その対比がなんだか面白くて、ぼくたちはさらに奥の道に興味を持った。どちらから提案したわけでもない。花火まで時間をつぶすことと、ちょっとの好奇心を満たすためだ。
 だが、奥の道は思いのほか入り組んでおり、知らない場所ということもあって、しばらくして迷ってしまった。
 歩いても歩いても、知らない道がどこまでも続いていた。

    *

 夕暮れが近づいていた。でもぼくはそれほど心配はしていなかった。迷ったといっても住宅街だ。それに花火大会が始まれば、花火の音を頼りに向かえば、やがて泉に戻れる。
 なによりこころ強かったのは、となりに美穂さんがいてくれることだった。
 それよりも、美穂さんのことが心配だ。いくら年上とはいえやっぱり女性だ。道に迷ったことで不安になっていないだろうか。
 ぼくは美穂さんの顔を見た。
 同時に美穂さんも、ぼくを見た。
 たがいに、相手が心細くなっていないか気にしている顔をしていた。そして、そんなおたがいを見て、どちらかともなく吹き出してしまった。どうやら、ぼくは相手が女性だから、美穂さんはぼくが子供だから。そんな理由でたがいに相手が不安になっていないか心配していたようだ。
 ただし、油断は禁物だ。こんな人気(ひとけ)のない場所だからこそ、変質者が隠れていないとも限らない。そんなヤツにねらわれないように、美穂さんはぼくをつれてきたんだ。ここは男のつとめとして、彼女を護(まも)らなければ。
 ぼくは体の線も細く、けんかには自信はなかった。
 だが、美穂さんのためだと思い気合いを入れて、電柱の元で立ち止まった。
 とつぜん立ち止まったぼくに気が付き、美穂さんも歩みを止めて振り返った。
「ん? どうしたの?」
「美穂さん、もしも影から悪漢が襲ってきたら……」
 ぼくがそういいかけると、美穂さんが言葉を引き継いだ。
「ええ。悪い人が出てきたら、その時はわたしに任せてね。
 こう見えても、ボクシング習っているんだ。
 といっても、ダイエットのためにしているから、たいして強くないけどね。
 でも、護身程度ならばできるから」
 そういうと美穂さんは、腰を落としてボクシングのポーズを決めた。架空の相手をするどくにらみつける。その目つきにぼくは背中が冷たくなるのを感じた。確かな実力に裏付けられた自信のある物腰。それだけで、美穂さんの強さが本能的にぼくの体に伝わった。
 美穂さんは軽く腰を落とすと、小さく前後に飛びながら、何度かパンチを放った。
 そしてポーズを解くと、安心させるようにほほえみかけた。
「ね?」
 まちがいなく、ぼくよりも美穂さんの方が強そうだった。

    *

 ぼくたちは再び歩き出した。
 自慢のボクシングを見せつけてすっかり意気揚々になった美穂さんと、首をうなだれながら歩くぼく。
 そんなぼくの目に、露店が入った。
 人通りのない場所にある公園。その公園なかにある街灯の下に、ぽつりとその露店はあった。
 露店の横には、《アイスコーヒーあります(占いのサービス付きです)》と手書きのかんばんが置いてあった。


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