縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 4

 イタ子姫が食堂に来てから一週間が過ぎた。

 あの日以来。昼食の時間になると、毎日イタ子姫が食堂に来て加わるようになり、いつの間にか四人で食事を取ることが日常になりつつあった。何が気に入ったのかとあきれながらも、美加は昼食の仲間が増えたことをひそかに喜んでいた。

 こうしていつものように四人で昼食を取っているとイタ子姫が訊ねた。

「前から気にかかっていたのですが、よく聞く焼きそばパンの会ってなんなのですの」

「よくぞ聞いてくれた! ウチが立ち上げた、焼きそばパンをこよなく愛する会や。活動内容は主(おも)に焼きそばパンを食べとる」

「……会名そのままですのね」

「会員はヤキソバひとりだけだけどね」

 美加が横からいう。

「それは以前までの話や! もうウチひとりやない! 驚くなかれ、新人が入ったんや!!」

「本当? そんな物好きな人がいるの!?」

 美加が言う。

「それはウチが下校中のこと。焼きそばパンを買い食いしていた時のことやった……」

 ヤキソバは目を閉じて回想をかたり始めた。


    ◇


 学校の帰り道。ヤキソバがいつものように焼きそばパンを買い食いして歩いていると、足元から「ニャ〜」と甘える声がした。

 彼女が足を止めて見おろすと、そこには小柄(こがら)な虎縞の猫がいた。猫は物欲しそうな目で顔を上げ、焼きそばパンを見つめている。

「なんや? この焼きそばパン欲しいんか? でも猫って焼きそばパンたべるんかいなぁ?」

 ヤキソバはしゃがみこむと、焼きそばパンをちぎって与えてみた。すると猫はよほど腹を空かせていたのか飲み込むように食べた。

「いい食べっぷりや! おまえも焼きそばパンが好きなんやね。

 よっしゃ! おまえも今日から焼きそばパンの会の会員や! 会員番号一番を授ける! 名誉ある一番やで?」


    ◇


「これがきっかけで、学園帰りにときどき焼きそばパンの会会員一号が、焼きそばパンをねだりにくるようになったんや」

 それって単に野良猫が腹を空かせているだけで、食べ物ならなんでもいいんじゃないのか? そう周りの人は思ったが、仲間ができて嬉しそうなヤキソバ表情を見て黙っていることにした。


    ◇


 次の日の昼。

 美加と明はいつもどおり学生食堂で昼食を取っていた。これもいつもどおり、美加はラーメン店の昨日の残り物をおかずにした弁当。そして明はキツネうどんだった。

「そういえば前から気になってぃたんだけど、明っていつもキツネうどんなのね」

「これが一番安いからな」

「べつにお金がないからってわけじゃないんでしょ?」

「無駄づかいが嫌なだけだ」

「無駄づかいって……。栄養も考えないと……。

 ねえ明、ちゃんとご飯食べている? だいたい明は食が細いのよ。だから女の子みたいに体が細くて……」

「ふだん自分の家で食べるのは、インスタントラーメンだな」

「まさかそればっかり食べているんじゃないでしょうね?」

「ほとんどカップ麺だな」

「そんなんじゃだめだよ! 体壊しちゃうよ? わたしの店に来なよ。まかないでよければ、好きなだけ食べさせてあげるから」

「美加の家まで行くのはめんどくさい。とくに雨の時などは大変だ。その点インスタントが手軽でいい」

「でも……」

「それに最近のインスタントは生麺に負けないくらいうまい」

 明のことを心配していた美加だったが、最後の〈インスタントは生麺に負けない〉という言葉がに気が触った。

「待ってよ! それは聞き捨てならないわ! カップ麺が手軽なのはわかる。だけれど、生麺がインスタントに負けるなんてあり得ない!」

「技術っていうのは常に進歩しているんだ。ほとんど停滞している生麺と違い、インスタントは日々進化している」

「生麺は停滞しているんじゃなくて、進歩する必要がないほど完成しているの! それにどんなに進化したって、インスタントが生麺に勝てるわけがないでしょう!」

「ウチとしては、焼きそばパンが一番やとおもうで」

 売店で焼きそばパンを買うために遅れてやってきたヤキソバが、テーブルに座りながらふたりの話に割って入った。

「ヤキソバは黙ってて」

「ヤキソバは黙ってろ」

 ヤキソバの提案は、美加と明に一蹴された。

「いーえ、黙っている訳にはまいりませんわ!」

 いつの間にやってきたのか、さらにイタ子姫までが割り込んでくる。

「インスタントにしろ生麺にしろ、中華そばが一番の料理など言語道断! イタリアンこそ最高の料理ですわ。あの芸術と呼ぶのがふさわしい美しい盛りつけ。神のような味。まさに人類の至宝!」

 高閲についてけないとばかりに、美加と明はあきれかえった表情をしている。インスタントと生麺、どちらが優れているかの論争を続ける気力もすっかり萎えてしまったらしく、黙々と食事を再開した。

 一方のヤキソバはマイペースで焼きそばパンを食べている。

「ラーメンとイタリアン、どちらが優れているか、今度の学園祭の模擬店で勝負ですわ!」

 イタ子姫だけがひとり、は声高々に続けていた。

「どーでもええけど、イタ子姫、早く食べへんとナポリタンが冷めてしまうで?」

 ヤキソバがのんびりと言った。


    ◇


 食堂から出たあと明たちと別れ、美加とヤキソバはふたりで校舎の廊下を歩いていた。

「そう言えばさっき食堂で、明さんと揉めとったな」

 ヤキソバが言う。

「だって明ったら生麺よりもインスタントのほうが優れているって言うんだもの」

 美加が言う。

「大きなお世話とは思うけどな、明さんとはあんまりケンカしない方がええと思うよ。明さんも愛想づかして、しまいには他の女に取られてしまうで?」

「わたしと明は単に幼なじみってだけで、そういう男女の仲じゃないから」

「ならばええんやけどな。

 実はな先日、明さんがデートに誘われたという話を小耳に挟んだんや。なんでもウチらの学校の女子生徒と食事をしたそうやないか」

「ふ〜ん。それがどうしたっていうのよ。そんなの所詮(しょせん)うわさでしょう?」

 明のことをなんとも思っていないと言うふうを装うために平然なふりをしていたが、美加は内心あせる。

「恋は過酷なものや。幼なじみのアドバンテージがあるから安心や……なんて余裕をこいとると、別の女の子に取られてしまうで?

 ウチから見ても明さんはけっこう素敵に見えるもん。美形やし、体つきもスマートやし、なによりかっこええし……」

「なんにしてたって、あの明に女なんかできるはずがなじゃない。

 でも一応、もっと詳しい話を聞かせて?」

「詳しくと言われてもな。ウチもそこまで詳しくは知らないんや。ただし女の子とふたりっきりでレストランで食事をしたというくだりはほぼ事実らしいで?

 そんなに詳細が知りたければ本人に直接聞けばええやろ」

 そういうヤキソバに、美加は心の中で『そんなこと明に聞けるわけ無いじゃない!』と叫んでいた。

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