縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 5

 その日の放課後。美加と明はいつものように肩を並べて下校していた。

 いつもならば学園祭の打ち合わせをしながら歩いているのだが、今日に限ってふだんは良くしゃべる美加がすっかり黙り込んでいるため、打ち合わせはまったく進まなかった。

 美加がふさいでいる理由。それはヤキソバから聞いた明の噂のせいだった。明がデートに誘われて同じ学校の女子生徒と食事をしたという話だ。思えば美加は彼が好きなことに気がついた時からずっと、いつも一緒にいるんだし告白なんていつでもできると自分をごまかして先延ばしを続けてきた。それがとうとう他(ほか)の女に先を越されてしまった。その女の子が今この時期にデートを申し込んだ理由は美加にも分かる。学園祭が終われば三年生である明は本格的な受験勉強に入る。恋にうつつを抜かしている余裕など無くなるだろう。だが他人事ではない。卒業後、明は大学に進学する。美加は家のラーメン店の手伝いだ。別の道を進むふたりは、卒業後ほとんど会うこともなくなるかも知れない。それどころか、明は大学に通うために遠くに引っ越してしまうかも知れない。なにより大学に入れば、いくら愛想のない明でも女のひとりやふたりはできるだろう。だからこそ今しか恋の告白する時はないのだ。

 結局打ち合わせもせず、明にデートの真相を尋ねることもできず、ふたりは美加の家のラーメン店「来福軒(らいふくけん)」に来てしまったため別れた。


    ◇


 美加は家に帰ってきた。放課後はいつもならば店の手伝いをしているのだが、今日は気分がすぐれないと母に断って自分の部屋に閉じこもっていた。明が同じ学校の女子生徒とデートをしていた。ヤキソバから聞いたそんな噂が頭の中から消えない。美加はベッドに寝ころがり、なんども寝返りをうちながら、手持ちぶたさそうにスマートフォンをいじっていた。心ここにあらずと言った感じで次々と画面を流している。見ているのは恋愛を話題にした投稿サイトだ。ぼんやりとながめていると、しばらくして縁結びのスポットのほこらという紹介を見つけた。

 恋人にしたい相手をほこらに連れて来て一緒にお参りをすると恋人同士になれるというのだ。

 それを見たとたん、美加は跳ね起きてベッドの端に座ると改めてスマートフォンを注視した。

「これよ! 縁結びのほこら!」

 わらにもすがりたい気持ちだった美加は思わず叫んだ。困ったときの神頼み。自分の力でどうにもならないのならば神様の力を借りればいい。

 ところが詳細を見ると、縁結びのほこらのある場所は京都だということが判明する。

 遠すぎる。あそこまで明を連れていくのは無理だ。ぬか喜びだった。……そう思って諦めかける。

 いや待てよ、似たようなほこらならこの近くにもあるって聞いたことがある。

 美加は必死に消えた記憶をたどり、どうにか思い出そうとする。

 それは小学生の頃の話だった。

 美加と明が通っていた小学校近くには小山がある。その小山のふもとに、昔の人が掘ったのか、あるいは天然で出来たのかわからないが、高さと横幅が三メートルずつくらいの穴が空いた洞窟(どうくつ)があった。美加たちが小学生の頃、クラスメイトの男の子たちがその洞窟で秘密基地を作っていた。洞窟の一番奥には、ほこらがあると男の子たちが言っていたのだ。

 思い出してみれば、なんともガッカリするものだった。

「バカバカしい……」

 小学生の秘密基地。そんなところにあるほこらなど、どんな御利益があるというのだろう。

 しかし同時に美加の脳裏には、シルエットの女と明が、しゃれたレストランで食事を楽しんでいるデートシーンが浮かんでいた。

 そうすると、もはやいても立ってもいられなくなる。自分で告白する勇気がないのなら神頼みしかない。たとえ小学生の秘密基地でもいい。たとえ縁結びのほこらでなくてもいい。とにかく神にすがるしかなかった。

 決心すれば美加は行動が早い。さっそくスマートフォンで明に外に出てくるように誘った。


    ◇


午後八時。美加は小学校近くの裏山に来ていた。ここまで乗ってきた自転車が隣に置いてある。

 肩から掛けた小さなバッグを手持ちぶたさにいじっていると、しばらくして自転車に乗った明やって来た。

「急になんだ? 肝試しをするとか言い出して、こんなところに呼び出して」

 自転車から降りた明が不機嫌そうに言う。

「いいじゃない。明日は学校も休みだし」

 対する美加はかすかに嬉しそうだ。

 あたりは静まり返っている。空には鋭く尖った三日月が、うす雲越しにぼんやりとふたりを照らしていた。九月下旬。風はない。昼間は乾いたさわやかな気候だったが、夜に入ると大気は猛暑のなごりの少し湿った生暖かいものに変わっていた。

「肝試しなんて夏まっさかりにやるものだろう。なんで学園祭が近づいたこの時期にやるんだよ」

 明が言った。

「だからこそやるのよ。学園祭が終わった頃には、夏なんてとっくに過ぎ去っているじゃない。それに学園祭の後は、明は本格的に受験勉強に入らないといけないし」

 美加は自分でも苦しい言い訳だなと思いながら言葉を返した。肝試しをやると言って明をここに連れてきたものの、本当は肝試しなどどうでもよかった。ではどうしてこんな事をしているのかと言えば、裏山の洞窟の一番奥にあるほこらにふたりの縁結びをお願いするために、明を連れてきたのだ。

 美加は自転車を置いて洞窟に向かって歩きだした。明もめんどくさそうに美加の後を追う。


   ◇


 裏山に近づくと、洞窟の入り口をふさぐように、金網でできた柵が立っていた。高さ三メートルほどもある金柵が、塀のようにふたりの行く手をさえぎっている。緑色に塗られた金網は安物らしく、塗装が所々剥がれて錆びている。脇には危険なので入らないで下さいと書かれた看板も立っていた。

「肝試しをする場所って秘密基地の洞窟か? ここなら立入禁止になったぞ」

「え? どうして?」

「この洞窟は毎年好奇心旺盛な子供たちが入り浸っていた。まあ小学校の伝統のような物だな。大人達もそのことは知っていたのかも知れないが、そこは大目に見ていたらしい。俺も小学生の頃、同級生がここに秘密基地を作ったといって誘われたことがある。結局一度も行かなかったが。

 ところがある日、看過できないことが起きた。洞窟の中にあったわき水で足を滑らせて転んで怪我をした子が出たと話題になった」

「で、その子はどうなったの?」

「いや、怪我と言ってもすり傷だ。子供ならばふざけたり遊び回ったり転んだりして、すり傷を作るなんて日常茶飯事だろう。

 けれども今の時代、子供の怪我に親や世間は過敏だからな。すり傷程度で大騒ぎだ。

 おそらくこのことが原因で子供たちが洞窟に入らないように金網で封鎖したんだろう。

 ――ま、そういったわけだ。中には入れない。帰るぞ。

 夜道をひとりで歩くのが怖かったら、俺が家まで送って行ってやるから付いてこい」

 早くも美加の目論見(もくろみ)ははずれ、明はきびすを返して家路に向かって歩き始める。

 諦めきれない美加は、金網をつかむと激しくゆすった。

「なんで入れないのよ〜!」

 すると金網は簡単に動いた。

「あれ? この金網、外れるわよ……?」

 美加は金網を外した後、振り返って手で明を呼び寄せた。

 明は嘆息しながら洞窟の入り口に戻って来た。

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