トラップ (その4)
作:toshi9


 コンコン
「どうぞ」
 妻の声に部屋に入った私が見たもの。それはネグリジェ姿の妻と、紐に繋がれた子猫だった。歯を剥いて妻を威嚇していた子猫は、私が入ってきたのに気が付くと、ニャーニャーと懇願するような声でないた。
 はて? こんな子猫さっきは……。
「美里、よく来たわね。さあ着ているものを脱ぎなさい!」
「ええ?」
「何でもいいから、ほら、早くするの」
「で、でも」
「美里! ご主人様の命令が聞けないの!」
 妻の剣幕に、私は仕方なくメイド服を脱ぎ、下着と吊りガーターで留められたストッキングだけになった。
「さあこっちに来て」
「あの、お、奥さま、どうして服を、それにその子猫は?」
「こっちに来なさい!」
 ベッドに座っていた妻は、私の問いを無視して自分の横に私を座らせる。
「かわいいわ、美里、あなたって本当にかわいいわ」
 妻は私の口に自分の口を重ねてきた。
「あ、ふ……う、うん」
 口付けしたまま私にぎゅっと抱きつく妻。
 千代子、お前美里とこんなことを……あ、あん。
 私の体と妻の体の間で二人の胸がつぶれ、くにゅくにゅとこすれ合う。妻の手が私の体を愛撫する。
 あ、あひ、な、なんだこの感じ。
 胸に伝わる圧迫感と擦れ合う刺激、そして体を弄る妻の手。その快感は、今まで私が経験したことのない種類のものだった。
(ん〜〜ん〜〜ん〜〜あ、ああん……気持ち……いい)
 妻の手が私の腹を、脇腹を撫でさする。
(あ、くすぐった……ああん)
 くすぐったさと共に湧き上がる快感に、頭が真っ白になりかかる。
(ううう、私はなんて声を出しているんだ……だが……なんていい気持ち……あ、あ、そこは……あうっ)
 その瞬間パンティの中に妻の手が侵入してきた。そして私の下腹部を、そこにある元々私にはない器官を刺激し始めた。指で撫で回され、そして……。
「美里、どお、気持ち良いでしょう」
「千代子……ああん、やめ……」
「千代子? 奥さまでしょう」
「あ、いえ……お。奥さま、やめて……」
「うふふ、やめない。ほんとにかわいいわよ、あなた」
 うっすらと湿り気を帯び始め、口を開き始めたソコに、ぐっと妻の指が入ってきた。
「あひん」
 ゆっくりと、しかし繰り返し出し入れされる妻の細くしなやかな指。そしてそれが時折私の体の中で微妙な動きを見せる度に、体がビクっと震える。
「はっ、はっ、はっ、ああ……なんて……いい……ああ、もうなにも……あああ、いい」
「あなた、女の体ってとっても気持ちいいでしょう」
「は、はい、奥さま……え!?」
 何だかおかしい。その時ようやく妻の言葉がおかしいことに気が付いた。
「あ、あの、奥さま?」
 潤んだ目で妻の顔を見上げると、妻の目が妖しく笑っている。
「そのまま美里に、女の子になっちゃいなさい、あ・な・た」
「お、お前、まさか、私のことを」
「わかってるわよ。かわいいあたしのだんな様。あっははは」
 その時、部屋のドアが開くと、誰かが中に入ってきた。
 その長身のシルエットは、私にとって信じられない姿だった。
 子猫が再び騒ぎ出す。
「え? 私?」
「おっとまだお楽しみ中のところだったかな」
「ふふっ、もういいの。ちょうどいいわ」
「だれだ、誰なんだ、お前は」
「私か? 私は松井一郎、お前のだんな様に決まっているじゃないか。なあ千代子」
「そうね、あなたはあたしの夫で美里のご主人様よね」
「そんな、嘘だ、私が松井一郎だ」
「あらあら、何を言ってるの美里。あなた、もうこんなにアソコを濡らしちゃってるのに。あなたは女の子じゃない。何をおかしなこと言ってるのよ。それにご主人様に対して口ごたえなんてね、分をわきまえなさい」
「ちょ、ちょっと待て。本当に私は私なんだ。お前だってたった今そう言って……」
 私は慌てて自分の顎に手をかけた。しかしあるはすのマスクの継ぎ目はどこにもない。
「え? どうして……どうして無い。これじゃあ外れない、元に戻れん」
「全く何を世迷言を言ってるんだ、このメイド風情が、ふん」
 もう一人の私が蔑んだ目で私を見下ろす。
「違う。私が松井一郎だ。今はこんな姿になっているが、私が本物の私なんだ。信じてくれ、なあ信じてくれ千代子」
「あらあら、この子、おかしくなっちゃったのかしら。女の子のあなたが私の夫なわけじないじゃないの」
「そうさ、松井一郎はお前の目の前にいるじゃないか。メイドのお前のどこが私だと言うんだ。全く馬鹿なことをほざく。それとも何か、私ともあろうものが女になって、それもそんなメイド姿になって、妻に一方的に弄ばれて喜んでいたとでもいうのか」
「そ、それは」
「お前は劉美里だろう。だれが見ても、どこをどう見てもな」
「違う違う、私は松井一郎だ。これはいったいどういうことなんだ……そうだ、バックアップ。バックアップを」
「バックアップ? そんなものもうどこにもないわよ」
 妻が事も無げに言う。
「え? 無い? いや、ちょ、ちょっと待て、何故お前がそのことを」
 なんだ、どういうことなんだ、何がどうなっているんだ。
 私がもう一人いて、そして妻がクリームのことを知っている。そして妻は私が本物の私だということも実はわかっている筈なのに、今度は私に向かって「お前は美里だ」と主張している。
 私の頭の中は惑乱していた。
「いい気味ね。あなたのマスクはもうないわ。だって、アレは今あそこにいる彼が被っているもの」
「彼? お前、まさか」
「くっくっくっ」
 もう一人の私が含み笑いを漏らす。
「そうか、やっぱりお前は偽者なんだな。私のマスクを被って私に成りすましているんだ。誰だお前は! 返せ、私の顔を返せ」
 妻の体を振りほどき、私は私の偽者につかみ掛かった。だがあっさりその腕を掴み取られてしまう。
「おっと、いけませんね。女の子はもっと女の子らしく、いいや、そんなことより使用人がご主人様に逆らっちゃいけませんよ」
「だれだ、お前は誰なんだ」
「私ですよ、松井さん」
「私?」
「あなたにあのクリームを差し上げた……」
「まさか、お前、柴田なのか」
「はい」
 偽の私は頷きながら、にやりと笑った。
「どうしてだ。どうして海外に行くと言った筈のお前がここにいる。それにどうしてお前が私のふりを……そうか、さては千代子が私を驚かすために仕組んだんだな。ははは、全く冗談が過ぎる、さあ、もういい、さっさとそのマスクを私に返すんだ」
「いやです」
「え? 今なんて」
「いやですと言ったんですよ」
「いや? な、なぜだ」
「これからは私があなたに、松井一郎になるんです。そしてあなたはもう二度と元の自分の姿には戻れないのですよ。これからはずっとこの屋敷のメイドとして、私の使用人として働き続けるんです」
「柴田、お前何を言って……」
「私たち兄妹の願いが今夜ようやく実現するんです。この松井家に復讐し、そして乗っ取るというね」
「なんだって!!」
「あなたの父親が愛した女性、そしてあなたが死に追いやった女性。彼女は美麗と美里の母親ですが、私の母親でもあるんですよ」
「お前と美麗たちが兄妹だって言うのか」
「はい。あなたの父親が母を強引に自分の愛人にする以前に、母には好き合っていた男性がいたんです。その男性との間に生まれたのが私です。ですから私と美麗と美里は同じ母親から生まれた兄妹なんですよ」
「なんと! そうだったのか」
「彼女たちの不遇はずっと知ってました。母の死後は引き取られていた松井家の使用人として扱われていたと。私は彼女たちのことを何とかしてやりたい。そして母を死に追いやった松井家に何とか復讐してやりたいって、あなたの身近にいながらずっとそのチャンスを狙っていたんです。私は松井家を乗っ取るために何か使えるものはないか、海外に何度も出掛けては情報を探り続けてました。役に立たなくても、面白いものがあればあなたに土産として差し上げてましたけど、あなたはそんなことも知らずに喜んでましたね。しょっちゅう土産を持ってきてたのはそういうことだったんですよ。そしてようやくアレを見つけた。あのクリームを見つけた時、これは使えると小躍りして喜びましたよ。そして今日あなたに会いにきたんです」
「では最初から私を罠にはめようと」
「そうです、そしてあなたは私たちが用意した罠に見事にはまってくれた。そう、この計画を成功させるためには妹の美麗の協力が不可欠だった。彼女とはこの日のために、綿密に打ち合わせしてたんですよ。なあ美麗」
「はい」
 妻がにっこりと答えた。
「え? お前、まさか、美麗なのか」
「ええ。さっき奥さまの姿をいただきましたわ。これからは私が松井一郎の妻」
 妻になった美麗がにやっと笑った。
「く、くそう、まさかそんな。千代子は、本物の千代子はどこだ」
「ほら、あそこに」
 ニヤー、ニャー、ニャー。
 か細い声で鳴き続ける子猫。
「ま、まさか!」
「美里ちゃん、あの子猫はあなたの部屋で飼ってもいいわよ。うふふふ」
「くそう、返せ、あのクリームを返せ。そして私たちを元の姿に戻すんだ」
「ふふふ、これですか?」
 私の姿の柴田がクリームの瓶をポケットから取り出すと、ポンポンと放り上げた。
「そ、それだ、返せ」
 私は柴田の腕にむしゃぶりつくと瓶を奪った。
「これさえあれば、さあこのクリームを顔に塗るんだ」
 はぁはぁと荒い息を継ぎながら瓶の蓋を開く。しかし……。
「な、ない、空っぽだ」
「ああ、それの中身はもう捨てちゃいましたよ。あなたには必要だったかもしれませんが、私たちにはもう必要ないんでね。あっはははは」
「そんな、そんなこと」
「それよりも……くっくっくっ」
 私の姿の柴田はにやりと笑うと、私を荒々しく抱きしめた。私の口が柴田の口に塞がれる。
(ん〜ん〜ん〜、やめろ、やめろ〜)
 引き離そうとするものの、全く力が出ない。
 太い指が、さっきまで妻の姿の美麗に陵辱され続けていた秘部に侵入してくる。
「ひぐぅ」
「ほう、すっかり濡れているじゃないですか。もうすっかり女の体に順応しているようですね。さて、それじゃあ」
 私に圧し掛かった柴田は瞬く間に私のパンティもブラジャーも引き剥がしてしまうと、そのままベッドに押し倒した。
「さあ、私のコレを大きくしてもらいましょうか。あなたの口で」
 ズボンのファスナーを下ろし、ペニスをつかみ出した。
「やめろ、やめ、うぐう」
 ぐいっとペニスが口に押し込まれ、腰を動かす柴田の動きと共に何度も出し入れされる。
(やめろ、んぐう、気持ち悪い、やめて……んぐぐ)
「うふふ、気持ちよさそうね。あたしも混ぜてもらおうかしら」
 妻の姿になった美麗は、私の下半身に顔を密着させると、舌で舐め始めた。
 ぺちゃっ、ぺちゃっ、ぺちゃっ。
(やめろお、あう、ああ、なんだか……あひん、あ、や、やめ、やめてくれ、やめてえ)
 柴田のモノが口に中で段々と膨らんでくる。そして、美麗に舐め続けられた下半身がじーんと熱くなってくる。
 そして柴田が口から怒張したペニスを抜き出した。
「さあ、そろそろいきましょうか。あなたの処女はあなたの姿のこの私がいただきましょう。あなたはあなたに、いいえあなたのご主人様・松井一郎に犯されるんです。ふふふ、そう、お前はもう私のものだ」
 そう言いながら、柴田は美麗を押しのけて強引に私の両脚を開くと、私の下腹部に、すっかり開いたその秘裂にペニスを押し当てた。
 そしてぐいっと中に侵入してくるものが……。
「やめろ、やめ、あ、あひいぃぃぃ!!!!」



 長い一夜がすぎ、朝を迎える。
 小さな使用人部屋でメイド長に叩き起こされた私は、もう自分が昨日までの自分ではないことを思い知らされた。
 それでもきっと誰かが気づいてくれる。屋敷の中は、私が目をかけてやった使用人ばかりじゃないか。
 そう思いながら使用人に声をかける私の期待は、だが空しく裏切られた。
 かわいい美里の姿になってしまった私の言葉を、誰一人としてまともに聞こうとしない。
 必死に訴える私を、出かけようとする私と妻の偽者はにやにやと見つめている。
「行ってらっしゃいませ、だんな様、奥さま」
「ではメイド長、美里をしっかりしつけてくれよ。全く自分がこの屋敷の主人だなんて、何を血迷ったんだかな。いくら父と血が繋がっていると言っても、分をわきまえないといけないことをよーく思い知らせてやるんだ。二度とそんなことを言い出さないようにな」
「かしこまりました」
「ちがうんだ、メイド長、私が本物なんだ! こいつら二人とも偽者なんだ!」
「お黙りなさい! だんな様と奥さまのお出かけをお見送りしたらビシビシ鍛えてあげますからね。二度とそんな迷い事を言い出したら承知しませんよ。ほら、ちゃんとお二人にお辞儀して」
「違うんだ、違うんだ」
 ピシリ!
「あううぅ、行ってらっしゃいませ……だ、だんな様、奥さま」

 二人を乗せた黒塗りの車が玄関を出て行く。
 そして重厚な門がゆっくりと閉ざされる。
 まるで二度と出て行くことを許さない檻の扉が閉じられるかのように。


(了)













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