一人で戦おうとしていたほむらを説き伏せ、対『ワルプルギスの夜』戦に向けた作戦を練り終えると、俺は一旦家に帰ることにした。
 戦いは明日。それまで何もできないし、両親を心配させる訳にもいかない。

 それにしても……

 家路を一人歩きながら、俺はほむらの話を思い返していた。
 ほむらがやろうとしていたこと、それは驚くべき内容だった。
 まどかや俺はおろか、戦い慣れしている筈の杏子もただただ呆気に取られるばかりだった。

「お前、ほんとにそんな戦いをするつもりだったのかよ」

「ええ、奴を倒すことができるのなら、あたしは何だってするわ」

「凄い執念だな。でも自衛隊も米軍もいい迷惑だろう」

「そんなの知ったことじゃない。今度こそ奴を倒さないとあたしは……」

「はいはい、わかったわかった。それじゃ、それは最大限生かそうじゃないか。ほむらには、あたいとさやかが奴にとりつくまでの援護を頼むぜ」

「こっちの弾が当たらない保証なんてできないから、そっちでうまく避けるのよ」

「承知した。さやかもできるな」

「多分」

「もう初心者だなんて言ってられないぞ。あたいたちは必ず勝つんだからな」

 そう、どんなに強大な相手でも、俺たちは勝たなければいけない。
 魔法少女が戦いに負けるということは、死か、さもなくば己が魔女化することを意味するからだ。
 だが、ほむらが最後にぽつりと漏らした言葉が気になった。

「この作戦があたしに残された最後の道しるべだなんて……
                   ……あたしがしてきたことは何だったんだろう」




 魔法少女さやか☆アキラ
  第11話「最後の道しるべ」

 作:toshi9

 イラスト:SKNさん




 その時の寂しそうな表情といい、よほどショックだったんだな。そりゃ、あれだけの準備をしていたとなると、当然か。
 暁美ほむら、全く空恐ろしいやつ。

 それにしても、随分風が強いな。

 お昼に快晴だった空は、いつの間にかどんよりと雲で覆われていた。
 生暖かく強い風が吹いていた。

『どうやら『ワルプルギスの夜』がだいぶ近づいているようだね』

「QB」

 気がつくと、QBが俺の左肩に乗っていた。

『まさか君が『ワルプルギスの夜』と戦うことになるなんて、全く予定外だったよ。でも明日で全てが決まる。期待しているよ、さやか』

「お前は何を期待しているんだ? QB」

『何が言いたいんだい? さやか』

「俺たちが戦いに負けて、みんな魔女になってしまえばいいなんて思っちゃいないだろうな」

『そんなことはないさ。僕にとっては、どちらに転んでも意味があることだから』

「ふーん、俺たちが勝っても負けてもお前にはそれなりのメリットがあるということか」

『それは想像にお任せするよ。それじゃ、僕は行くから』

 そう言って肩から降りると、QBはそのまま影の中に消えてしまった。



 家に戻ると、さやかの両親は荷造りをしていた。

「ただいま、え? その荷物、どうしたの?」

「何でもスーパーセルってもの凄く大きな雷雲が接近しているらしいわ。
 で、町の防災委員会から、中学校の体育館に避難するように指示が出たの」

 もの凄く大きな雷雲か、普通の人には『ワルプルギスの夜』はそんな風にしか見えないんだ。

「天気予報だと、明日の朝9時頃までにこの辺りで台風並みの雷雨があるらしいわ。今夜は体育館で夜明かしね。さやかも、早く必要なものを用意してらっしゃい」

「うん」

 自分の部屋に上がり、必要な荷物をスポーツバッグに詰め込む。
 だが部屋を出ようとして、まだ何かを忘れているような、そんな気がしてならなかった。
 うーん、まだ何か忘れている物があるような。

 そう思いながら部屋を見回すと、机の上に置いたままにしていた、さやかの砕けたソウルジェムが目に入った。
 俺はじっとそれを見詰めた。

「そうか……うん、お前も一緒に戦おうぜ、さやか」

 俺は砕けたさやかのソウルジェムをハンカチに包むと、上着のポケットに突っ込んだ。



 両親と体育館に避難してくると、そこにはまどかの家族も避難してきていた。

「さやかちゃん、凄い風だね」

「うん。これが『ワルプルギスの夜』が近づいている影響だとすると、奴が出現したらどんなことになるんだか」

「震えているの?」

「え? ううん、武者震いよ」

 俺は笑ってまどかに答えた。
 明日は絶対に負けられないんだ。
 そう、体育館に避難してきて、改めて気がついた。
 この戦い、俺自身の為だけじゃないんだ。
 まどかの為、さやかの両親の為、そして……
 俺の脳裏に、三ッ木家の家族の顔が思い浮かぶ。
 両親の、そして梓の顔。
 町は離れているけれど、あっちも『ワルプルギスの夜』が来たらただじゃ澄まないだろう。
 巻き添えにしちゃいけない。
 誰も死んじゃいけないんだ。



 体育館では毛布にくるまってもなかなか寝付けない。
 そんな眠れぬ夜が過ぎ、そして一夜が明けた。

 そっと起き上がった俺は、寝ている両親の傍らから抜け出すと、体育館の外に出た。
 風がますます強まっていた。
 俺たちは勝てるんだろうか……いや、必ず勝ってやる。
 俺はすーっと深呼吸すると、杏子やほむらとの待ち合わせ場所に向かおうとした。
 だが、「待って」と後ろから誰かが俺を呼び止める。
 振り返ると、体育館の扉を背にしてまどかが立っていた。

「さやかちゃん、待って!」

「まどか、まどかはここで待ってて」

「でもあたし、一人でじっとしているなんてできない。あたしもさやかちゃんと一緒に行きたいんだ」

「駄目、あなたはここにいるの!」

 俺はきっぱりとまどかに言った。

「さやか……ちゃん?」

「あたし必ず勝つから。今日はあなたを危険な目に遭わせられない」

「だって……さやかちゃん、さやかちゃんはあたしが魔法少女にならなかったから、こんな戦いまで背負っているんでしょう」

「違うよ、そんなことない、そんなことないよ」

 俺は俺を必死の眼差しで見詰めるまどかを見た。
 その時、俺の中である思いが生まれる。
 そう、今言わなかったら、きっと一生後悔するという思いが。

「あたしね、まどかに話しておかなくちゃいけないことがあるんだ」

「話しておかなくちゃいけないこと?」

「あたし、まどかを今まで騙していたんだ、ごめん」

「あたしを、だまして?」

「そう、あたしはあなたの知っているさやかじゃないの 中身は別人なの」

「えっ? 言ってる意味がよくわからないよ」

「ほら、これがまどかの知ってる本当のさやかよ」

 俺はポケットからハンカチを取り出すと、その中に包まれたさやかの砕けた青いソウルジェムをまどかに見せた。

「これが……さやかちゃん?」 

「ソウルジェムは魔法少女の魂。そしてある時、さやかの魂は砕けてしまったの。
 で、QBがあたしをさやかの身代わりに仕立てたんだ」

「そんな、そんなこと」

「ごめんね、今まで黙っていて。
 でもね、あたしはまどかのこと、大好きだったよ。本物のさやかに負けないくらい。
 だからあなたのことを死なせたくないの。
 『ワルプルギスの夜』はあたしたちに任せて、あなたは避難していて」

「でも」

「行ってくる!」

 俺は両手を広げて魔法少女の姿に変身すると、街に飛び出した。

「さやかちゃん!!!」

 後ろでまどかの声が響く。
 それを振り切るように、俺は風の中を駆けた。
 昨日杏子に教えてもらった通り、ソウルジェムに念じると体重が全く無くなったかのように跳べる。
 重力に逆らうように俺は大きく跳んだ。高層ビルさえも、軽々と飛び越えてしまう。
 体が軽い。これも魔法少女の力。

「さやか、お前も力を貸してくれよ」

 いくつかのビルを飛び越して着地すると、さやかの砕けたソウルジェムを俺のソウルジェムに当てる。
 その瞬間、砕けたさやかのソウルジェムがピカっと光った。

「え?」

 俺のソウルジェムに触れて光を取り戻したさやかのソウルジェムは、俺のソウルジェムの中に溶け込んでいった。
 暖かい、そして俺の中に感じる別の意識。

「君は…?」

(一緒に戦おう、もう一人のあたし)

「そうか……うん、行くぞ! さやか」

 雨はさほど降っていないが、もの凄い風だ。
 その中を俺は跳んだ。



 住民が全員避難している為か、もう8時を回っているのに町の中には人影は全く見えなかった。走り過ぎる車も全く無い。
 その中を、港にたどり着く。
 待ち合わせの場所に決めた赤レンガで作られた倉庫の前の広場には、既に杏子とほむらがいた。

「遅いぞ、さやか」

「ごめん。で、奴はどお」

「かなり近いわ、来る!」

 広場に置かれた重機関銃の照準を空に向けながら、ほむらが静かに、そして緊張した口調で言う。





 ほむらの言葉とほぼ同時に、どんよりと低く垂れ込めた雨雲がゆっくりと渦を巻き始めると、その中心が徐々に広がっていったく。
 上から降りてきた異形の姿。
 それは空中に浮かんだ巨大な歯車だった。
 ゆらゆらとゆっくり揺れながら、悠然と陸に近づいてくる

「あれが『ワルプルギスの夜』よ!」

 ほむらが叫ぶ。

「今度こそ、今度こそ奴を」

「ほむら、焦るな。自分の感情に引きずられるんじゃないぞ」

「うっ、わかってるわ」

 杏子の言葉に、ほむらは落ち着きを取り戻す。

「作戦通りにだ、いいか?」

 杏子の言葉にほむらはこくりと頷くと、『ワルプルギスの夜』の前に立ちはだかるように、広場の中心で腕組みし、仁王立ちになった。
 俺と杏子はその後方に待機する。

 ほむらの姿を見つけたかのように、まっすぐに近づいてくる『ワルプルギスの夜』。

「射程に入った」

 ほむらの右手の甲のソウルジェムが光る。
 するとほむらの周囲に機関銃に加えて無数の対戦車バズーカ砲AT−4が出現する。

「あたしの力だけでもやれるんだ。いいえ、やってやる!」

 ほむらが腕組みしていた両手を広げ、左腕につけたバックラーを右手で廻す。
 次の瞬間、機関銃の銃弾とバズーカ砲から一斉に打ち出された無数のロケット弾が『ワルプルギスの夜』に一発も外れることなく次々に着弾する。

 炎と爆煙に包まれる『ワルプルギスの夜』

「やったのか?」

「いいや、多分それほど効いちゃいないだろう。でも目くらましにはなる。今のうちにいくぞ、さやか」

 そう言って右手に持った槍をくるくると回すと、チョコスティックをくわえた杏子は、『ワルプルギスの夜』に向かって大きくジャンプした。

「頼むわよ」

「うん!」

 そう言って空の『ワルプルギスの夜』を睨みつけるほむらにこくりと頷くと、俺は杏子の後に続いてジャンプした。





 途切れた爆煙の中から現れた巨大な『ワルプルギスの夜』の顔が目の前に迫る。
 それは歯車から下に心棒のように伸びる胴体の先にあった。

「こんなでかいのが顔だって?」

「さやか、気を緩めるな」

 その時、巨大な顔についた唇の端が歪んだ。まるで笑っているかのように。
 その口が息を吹きかけるかのように、竜巻のような風の束を噴き出す。

「ぐふっ」

 直撃を受けた地上のほむらがたまらず吹っ飛ばされ、ビルに激突する。
 一方『ワルプルギスの夜』を覆った爆煙の中からは、次々と人型の黒い影が姿を現わした。

「こいつら、使い魔だ」

 影たちはかわいらしい女の子のシルエットをしていた。各々バトンのような棒を手に持っている。
 影の群れは、壁にめり込んで動けないほむらに向かって一斉に襲いかかる。

「危ない!」

 杏子はきびすを返して黒い影とほむらの間に割って入ると、槍を振り回して、次々と影たちを消し去っていった。

 だが、最後に飛び出してきた影はどこか様子が違っていた。
 不用意に向かってこない。空中に止まって杏子と俺の様子をうかがっていた。
 そのシルエットは、どこかで見た記憶のあるものだった。

 特徴のある羽飾りのついた帽子、くるくるとカールされた髪、大きな胸、そしてきゅっと締まった腰
 この影は……

「マミさん!」

「キャハハハ」

 影なので表情は全くわからない。
 だが影は奇妙な笑い声を上げると、リボンのような細長い黒い束を俺に向かって伸ばした。
 それは俺の体にぐるぐる巻きに巻きつくと、強い力でぎりぎりと締め付ける。

「うぐぅ」

「さやか!」

 杏子が槍先で、黒い束を切り裂く。

「サンキュー、助かった」

「次は自分で避けろよ」

 切り裂かれたリボンは、するするとマミさんそっくりの影の手に戻っていく。
 
 影が手を広げる。
 すると、今度は小銃の形をした影が次々に周囲に現れる。

「この影、本当にマミなのか? いったいどういうことなんだ、マミは死んだんだろう。なんで使い魔になっちまってるんだよ」

「マミさん、マミさんなんでしょう」

 俺は影に向かって必死で叫んだ。
 勿論マミさんと会ったことはない。だがさやかの記憶の中に、その姿はしっかりと焼きついていた。
 だが、影は俺の呼びかけに全く反応することはない。

 数十丁はあろうかという小銃の影が、空中で同時にこちらに銃口を向ける。
 そして一斉に斉射される銃弾の嵐。

「あぶない!」

 バリアーを張るかのように槍をぐるぐると廻し、杏子はその弾幕を弾き返す。

「ありがとう、杏子」

 だが影の攻撃はそれで終らなかった。
 マミさんそっくりの影の懐に、銃のシルエットが集まり、一つの巨大な銃の影を作り出す。

「ま、まさか」

 杏子が息を呑む。

「ティロ・フィナーレ」

 マミさんそっくりの影の声とともに、巨大な銃弾が俺たちに向かって発射された。

「くっ、こいつ」

 前面に金網のようなバリアーを張る杏子。
 轟音と共に巨大な銃弾が炸裂する。
 辺りが炎と爆煙に包まれる。

「い、今だ、さやか。あの技を出すと、その後一瞬の隙が生まれるはず。躊躇するな、あいつはもうマミじゃない!」

「わ、わかった」

 杏子の後ろから飛び出した俺は、マミさんの影の懐に飛び込んだ。

「マミさん、ごめん!」

 長剣を影の腹の部分に深々と突き刺す。
 その瞬間、影は剣に刺された部分から光を放つと、消えていった。

 ありがとう……

「え?」

「どうした、さやか」

「『ありがとう』って声がした、マミさんの声が」

「考えるのは後だ。ぐずぐずするんじゃないぞ。もう一度だ。とにかく奴に取り付くんだ。ほむら、そっちは無事か!?」

「心配しないで。あたしの戦いはこれからよ」

 ようやく叩きつけられたビルから抜け出したほむらが再びバックラーを廻す。
 すると今度は雨後の筍のように迫撃砲が次々と現れ、一斉に迫撃砲弾が発射される。
 さらには88式地対艦誘導ミサイル・シーバスターを乗せたトラックが姿を現す。
 ほむらはトラックに飛び乗ると、シーバスターも発射した。
 迫撃砲弾に続いてシーバスターも着弾し、炸裂する。再び『ワルプルギスの夜』は轟炎に包まれる。

「まだまだ!」

 ほむらの左手のソウルジェムが光輝く。
 東京湾に海自のイージス護衛艦が現れ、対艦ミサイル・ハープーンを発射する。 
 続いて米軍の原子力潜水艦までもが海中から浮上すると、トマホークミサイルを発射した。
 さらには横須賀港に停泊中の空母D・レーガンを発艦したF18Aホーネットが、百里基地から飛来した空自のF15Jが対空ミサイル・ファルコンを次々に発射する。

 全てを焼き尽くすかのような紅蓮の炎に包まれる『ワルプルギスの夜』

「やったのか?」

 だが、炎の中から閃光が発射されると、戦闘機は次々と撃墜された。 

「効いてない。やっぱり、いくらやってもあいつに物理攻撃は無駄なんだ」

「杏子ちゃん」

「さやか、お前の出番だ。いいか、あいつの分厚い装甲を引っぺがすぞ」

「わかった!」

「ほむら、弾幕が足りないぞ」

「言われなくてもわかってるわよ。これならどお!」

 再びイージス艦からハープーンが、そして原子力潜水艦からトマホークの第二波がそれぞれ発射される。

 さらには、東京湾沖に現れた戦艦ニュージャージーが、その9門の主砲を一斉に回頭させると、『ワルプルギスの夜』に向けて全砲門を開いた。





 轟音と共に発射される9発の16インチ砲弾。

 その全弾が『ワルプルギスの夜』に叩き込まれる。 

 嵐のような攻撃に、さすがにぐらりと傾く『ワルプルギスの夜』

「す、すげえ」

「戦艦だと!? あんなもんまで」

「米軍がちょうど現役復帰させていたから、借りたのよ」

「お前、借りるったってなぁ……まあいいか、今度こそ奴にとりつくぞ。ついてこい、さやか!」

 ジャンプした杏子に続いて俺も再び跳びあがって『ワルプルギスの夜』に接近した。

「あちぃ!」

「あれだけの砲撃を受けたんだ。爆煙の中はもの凄い熱だろう。耐熱魔法使わないと溶けちまうぞ」

 言われる通り魔法を使うと、俺は杏子と共に爆煙に飛び込み、『ワルプルギスの夜』の巨大歯車の上に乗った。

「よし、取り付いた!」

 俺は手でマントを大きく広げた。
 そこから出てくる10本余りの長剣。それを歯車に円状に突き刺していく。
 そして剣で描かれた円形の図が完成すると、俺のソウルジェムが光る。

 一斉に爆発する長剣。
 その跡には、ぽっかりと穴が開いていた。

「上出来だ。さやか、入るぞ!」

 俺は杏子と一緒に穴の中に飛び込んだ。




(続く)




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