エピローグ


 プロポーズをした1週間後、あたしは研究所の小野さんに会いに行った。

「あたしたち結婚することにしました。小野さん、いろいろありがとうございました」

「あたし? 小野・・さん? そうか成功したのか。しかも最後の一口は残したんだな。どうするかを決めるのか君だとは言ったが」

「はい、これであたしは今までのあたしと決別できます。今のあたしは黒木雄一。記憶も彼のものだし、誰も疑う人はいません」

「そうだな、で、彼は」

「もう自分が雄一だった時のことは、何も憶えていないみたいです。今の彼は白倉小夜子以外の誰でもないわ」

「彼はすっかり君になってしまったのか……彼には悪いことをしてしまったのかもしれないな」

「でも彼は最後まで、七日目まであのジュースを飲んでくれました。最後の晩にあたしは彼に全てを打ち明けました。でも彼は全てを理解しながら飲んでくれたんです。あたしの悲しい記憶を背負った彼、これからはあたしが雄一さんを、今までのあたしを精一杯愛してあげるんです」

「そうか」

「小野さん、あのゼリーみたいな不思議なジュースっていったい何だったんですか」

「二人で一緒に1日1杯だけ飲むと、二人の記憶が古いものから入れ替わっていく。それを七日間繰り返すと、飲んだ本人にはあのジュースの色が赤から紫にどんどん変わっていくように見えると同時に、お互いの記憶がどんどん取り替えられていく。7日目に全てを飲み切った時、二人の体も完全に入れ替わる。但し最後の一口を残せば、記憶と体が入れ替わっても今までの自分を失わずに済む。それは前に説明した通りだ。
 あれはあるところで研究していた試作品のうちの一つでね。僕は『虹のゼリージュース』と仮称しているんだけれど、手が掛かりすぎるし、商品化するには問題も多いんで開発を中止したものなんだ。
 でも君の話を聞いた時、こいつは何かの役に立つかもしれないと思ったんでサンプルを君にあげたのさ。
 ただし、あれはあくまでも試作品だ。だからどんな予想外のアクシデントが起こるかわからない部分があるんだ。もし、おかしな事があったら、すぐに教えてくれ」

「わかりました。でも今のところ大丈夫。それにたとえこれから何があってもあたしは、いや俺は決して後悔しない」

「そうか、わかったよ。じゃあ二人幸せにね。式には呼んでくれよ」

「ああ。是非来てくれよ」






 それからまた数日が経った。それはクリスマスイブの夜、俺は小夜子と一緒に都内のレストランに来ていた。

「メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 シャンパングラスが澄み切った音をたてる。店の奥ではピアニストがホワイトクリスマスを奏でていた。

「ねぇ、小夜子、今君は幸せかい?」

「ええ、とっても幸せよ、雄一さん」

 テーブルの上でゆらめく蝋燭の炎の向こうで、小夜子がにっこりと微笑んだ。

 雄一は思う。彼女には以前の雄一だった頃の記憶はもう残っていない。彼女の中にあるのは幼い頃からの悲しい記憶だけ。でも彼女は雄一との新しい生活に、来春に決まった結婚、そして明るい未来に思いを馳せているんだと。

 小夜子を絶対に幸せにしてあげよう。

 そう思いながら、雄一も小夜子に向かってにっこりと微笑み返していた。







 小夜子は微笑み返す雄一を見詰めながら、そっと呟いていた。

「私、幸せよ。私が望んでいたのは、ずっとあなたと共にいること。そして今の私はあなたと一つなんだもの。これからずっと俺を愛してね小夜子・・じゃなくて、ゆ・う・い・ちさん」



(了)

                                2003年12月12日脱稿







後書き

 「虹の彼方に」を「入れかえ魂Vol.2」に出稿してからもう1年が経ちました。「虹の彼方に」は、私の初めて活字化された作品であり、当時最長の作品であり、短期間に全精力を上げて書き上げた作品であり、本当に思い入れもひとしおの作品です。(実は今年9月にようやく購入した携帯電話の呼び出し音にも「虹の彼方に」を使っているんですよ。)まだ本の発売から1年弱なのですが、掲載を許可して頂き、ミグさん本当にありがとうございました。
 さて、今回Web作品としてアップするに際しては、かなりの部分に手を入れました。勿論大筋は変わっていませんので、恐らく両方読まれた方は何処が変わったのって思うかもしれません。しかし活字にして何度も読み返してみると、当時もう思い残すことがないと思えた作品も少し表現を変えてみたい、補足したほうが良いと思える箇所があちこち出てきたので、一夜毎に全て見直しました。それでもまだ分かり難い箇所もあるかと思いますが、それは私の力不足です。
 特に分かり難かったのはエンディングだったのではないかと思いますので、今回は新たに第八夜を追加しました。雄一は自我を取り戻しているのですが、試作品である虹のゼリージュースにはやっぱり不完全な部分があったということです。小野の言っている予想外のアクシデントというのは雄一のほうに起こったという訳ですね。でも小夜子を愛した雄一にとって彼女の体と入れ替えられ、自分になった小夜子に小夜子として愛してもらえるというのは、ある意味大きな喜びであったというわけです。そして最後のシーンはクリスマスイブでの出来事にしました。二人には幸せに暮らして欲しいものですね。
 ということで、長い作品をここまでお読み頂きました皆様どうもありがとうございました。

 toshi9より感謝の気持ちを込めて。

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