盗まれた結婚(後編)
 作:toshi9  挿絵:kさん



 そして次の日。一平が出社すると由梨子も、いや由梨子にすっかり成りすました郁男も出社してきた。一平を見止めてふふんと笑いながら自分の席に座る女子社員の制服に身を包んだ由梨子。制服姿のその可憐な姿の中身が実は別人にすりかわっているなどと、ましてや男と疑う者は誰もいない。
 いや一人だけその事実を知る人物がいた。勿論町田一平だ。
 昼休みに同僚と食事をしながら嬌声を上げる由梨子に向かってつかつかと歩み寄る一平。その顔は怒りに満ちていた。
「止めろ! お前……もうこれ以上由梨子のふりをするのは止めろ」
「あら一平君、何変なこと言ってるのよ。そうか、昨晩のことをまだ根に持っているのね、ふふっ」
「根に持っているだと? 何を言って……違う、みんな、こいつは由梨子じゃないんだ」
「またそんな訳のわからないこと言い出して、一平君ったら全くしょうがないんだから。ねえみんな」
「あらあら、あんたたちまた痴話げんか?」
「あ〜あ、全く仲のよろしいことで」
 二人が来週末に結婚式を挙げることは勿論皆知っている。そんな二人のやり取りを真剣に受け止める人間は社内には誰もいない。
「ところで一平君、さっきホテルから電話があったの。注文していたウェディンドレスの衣装合わせって今日の夕方にできるんだって。だから一平君も一緒に来て頂戴。一平君にもあたしの花嫁姿を早く見て欲しいもんね。うっふふふふ」
「き、貴様あ」
「じゃあ一平君、お願いね。ねえ真帆、お手洗い行こうか」
「え? うん」
 椅子から立ち上がり、同僚を誘ってトイレに行く由梨子。その後姿を一平はただ拳を握り締めて睨みつけるしかなかった。


 そしてその日の夕方、結局一平は由梨子について式を予約しているホテルに来ていた。
 勿論由梨子の衣装合わせに付き合うために……だ。
 ドレッシングルームのカーテンがさっと開いて、純白のウェディングドレスに身を包んだ由梨子が衣装係と一緒に出てくる。
 きれいだ
 思わずその姿に見惚れる一平だが、頭を振ってその思いをすぐに打ち消した。
 違う、こいつは、こいつは由梨子じゃないんだ。
 彼の目の前でウェディングドレス姿の由梨子が鏡の前に立ってポーズを取る。衣装合わせ、本来なら初めて見る由梨子の清楚で美しいウェディングドレス姿をわくわくしながら見る筈だったのだが、今の一平はその姿を忌々しそうに見つめるしかなかった。
 衣装係の女性がしきりに由梨子を賞賛する。
「まあ、きれい。それにサイズもぴったりですね。とってもお似合いですよ」
「そお、ふふっ、ありがとう」
 じっと鏡に映るウェディングドレスに包まれた己の姿を見つめていた由梨子は、にやりと笑うと一平のほうを振り向いた。
「ほんとに素敵だよ。ねえ一平君、あたしきれいでしょう。あたしこの姿であなたのお嫁さんになるのよ。くくっ、ほんと結婚式が楽しみ」
「きっ、貴様、俺をからかっているのか」
 そう、来週末にはもう結婚式なのだ。目の前の可憐な姿の由梨子の中身が実は中野郁男であり、由梨子ではないと知っている一平にとって、このまま式を挙げるということは悪夢以外の何物でもなかった。
「からかってなんかいないさ。本当に楽しみなんだよ、俺がお前の花嫁になるんだもんな。そしてみんなにはお似合いのカップルだって式で祝福されるんだよ、俺とお前が、くっくっくっ、あっははは」
「は?」
 二人のやりとりに衣装係の女性が怪訝そうな表情を見せるのを見て、由梨子は慌てて笑うのを止めるとぺろりと舌を出し、一平に抱きついて誤魔化した。
「あはっ♪ 冗談よ。じゃあ衣装合わせも済んだことだし、一平君帰りましょうか」
 そんな二人の様子を見て心なしかほっとした表情を見せる衣装係の女性だった。
「そうだ一平君、今からあたしのうちに来ない?」
「お前のうちにだと?」
「勿論この神田川由梨子のマンションによ」
「お、お前ぇ」
 わなわなと震える一平。
「きゃっ、一平君ったら怖い。じゃああたし着替えてくるね」
 由梨子はおどけるように肩をすぼめると、ウェディングドレスの裾を翻してドレッシングルームに入っていった。
「くそう、全くなんでこんなことになってしまったんだ。どうやったらあいつを由梨子の体から追い出せるんだ。そもそも俺がいつ中野にそんな恨みを持たれたって言うんだ」
 中野郁男にされるがままの事態に、ただ歯がゆい思いを抱くしかない一平だった。


 由梨子が着替え終わると、二人はホテルを出た。歩く二人の姿は似合いの恋人同士が歩いているようにしか見えない。
 ふんふんと鼻歌を歌い、ハンドバッグをくるくる回しながら一平の前を歩くスーツ姿の由梨子の細い肩、タイトのミニスカートに包まれた張りのあるお尻、そしてストッキングに包まれたすらりとした脚、彼の目に映るその後姿は由梨子以外の何者でもない。その歩き方さえも。
 そんな由梨子そのものの後姿を見ていると、目の前を歩いているのは本当は由梨子じゃないのか、俺はからかわれているだけなんじゃないのかと一瞬と錯覚してしまう一平だったが……。
「ほら着いたぜ」
 振り返ってにやっと笑う由梨子。
(違う、こいつは由梨子なんかじゃないんだ。何とか由梨子の体を取り返さなきゃ)


 由梨子はハンドバッグから鍵を取り出すと、彼女の部屋の扉を開けた。
 そう、今や由梨子の持ち物は全て由梨子の中に入って由梨子に成りすましている郁男のものだ。その部屋も、服も、そして一平と結婚するという彼女の人生さえも……。
 由梨子に続いて一平が中に入ると、部屋の中には彼女の服とティッシュが散乱していた。おまけに甘いようなむっとするような匂いが部屋の中にこもっている。
 ワンピース、ブラウス、水着、ブラジャー、パンティ……。
「昨日はあれから散々楽しませてもらったよ。ふふふ、この体、何を着ても良く似合う。そうそう、いいものを見つけたんだ」
 ハンドバッグを床に放り投げると奥の部屋に入る由梨子。そしてしばらく経つと再びドアが開いた。
「じゃ〜ん、どうこれ、一平君」
 顔を出した由梨子はピンクのベビードールに着替えていた。ピンクのパンティがちらちらとその短い裾から覗く。
「お前」
「ふふ、どうだ色っぽいだろう。今夜はこの姿で、あたしをだ・い・て」
 両手を広げて一平に抱きかかる由梨子。
 ぱしっ
 それを払いのける一平。
「嫌なの?」
「頼む、もう止めてくれ、由梨子を返してくれ。何でもする。由梨子を……」
「なに言ってるの、一平君。あたしが由梨子じゃない」
「止めろ、もうこれ以上たくさんだ」
 頭を振り、ほとんど泣きそうな声で叫ぶ一平だった。
「ふ、ふふふふふ、そうかい、わかった、わかったよ」
「そ、それじゃあ」
「ああ、お前のその困り切った顔を見て俺もようやくすっきりしたよ。お前に由梨子を返してやろうじゃないか」
 艶やかな表情を一変させ真顔に戻った由梨子は、ハンドバッグらハーブオイルの入った小瓶を取り出した。そして頭から被っているベビードールを脱ぎ始める。
「お、おい」
「ほら、お前も裸になるんだよ」
「な、何で俺まで」
 ピンクのブラジャーとパンティだけの姿になった由梨子に促されて戸惑う一平だったが、由梨子が真顔なのを見て、しぶしぶトランクス1枚だけの姿になった。
「よし、じゃあコレを俺の体に塗るんだ」
「何だそれは」
「由梨子をその手に取り戻したかったら黙って俺の言うことを聞くんだな。それともこのままあたしと結婚する? 一平君」
「いや、それは……わかった」
 寝そべる由梨子の体にハーブオイルを塗りたくる一平。
「胸にも、アソコにもまんべんなく塗るんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、あん、そこ、いい、気持ちいい〜」
「くっ」 
「残念だよな、女の体ってほんと気持ちいいんだがな。さあて、今度はお前の番だ。横になりな」
「何で俺まで」
「由梨子を自分の手に取り戻したくないのかい」
「わ、わかったよ」
 合点がいかないながらも渋々横になる一平。
 今度は由梨子が自分の手の平にオイルを垂らすと、トランクス1枚の一平の背中にハーブオイルを塗り始める。
「うっ、ううっ」
「ふふふ、気持ちいいかい」
「そ、そんなこと」
 しかし由梨子のしなやかな指が一平の背中、首筋、手足と全身を這い回る度に、彼の体の中には徐々に快感が広がっていく。
「さあて、ここで最後だ」
 ぺろっとトランクスを引き下ろす由梨子。そして一平のお尻にオイルを塗りたくると、腕を回り込ませてオイルの付いた手で一平のペニスを握り締めた。
「や、止めろ、そんなところまで」
「ふふふふふ」
 その声を無視するかのように、ぬるぬるとハーブオイルにまみれた指を動かす由梨子。
「あ、あうっ」
 ぴくっと体を震わせる一平。そして彼のペニスは徐々にその硬さと大きさを増していく。
「や、やめろ、やめて……くれ」
「ふふ、お前の愛する、もうすぐ花嫁になる由梨子ちゃんがこうして手を使ってやっているんだ。気持ちいいだろう、ほらほら」
 しゅっしゅっと握った手を上下させる由梨子。
「う、ううっ、やめろぉ、それ以上、いかん、いく」
「ふふっ、そろそろいいかな。さあてそれじゃあ最後にもう一度ソレを味合わせてもらおうか。でもその前に」
 由梨子は立ち上がって冷蔵庫から2本のペットボトルを出してくると、そのうちの1本を飲み始める。そしてもう1本のキャップを開けて一平に差し出した。
「ほら、飲みな。おいしいぞ」
「なんだそれ、うぷっ」 
 ごくん
 口に突っ込まれ、注ぎ込まれるジュースをごくりと飲み干す一平。
「いいものさ。さあこれで準備はできた。それじゃあ一平君、い・れ・て」
 ブラジャーを外し、パンティを脱いで裸になった由梨子は、がばっと一平に抱きついた。
 抱き合った二人のオイルを塗られた体がぬるぬると滑りあう。そしてそれはさらに一平の快感を高まらせていた。
 由梨子の胸が由梨子の体と一平の逞しい胸に挟まれてぐにゅっと変形する。一平の硬く怒張したペニスが由梨子の柔らかい下腹に密着する。
「うううう」
 そして一平の右手を己の股間に誘導する由梨子。指先にソコのぬるっとした感触を感じた瞬間が一平の限界だった。
「ううう、うおっ」
 遂に我慢の限界を超えた一平は、由梨子の口に吸いつき、彼女の口を己の唇で塞いだ。
「んんん、んは、あ、あはん、あん」
 我を忘れて己のペニスを由梨子の股間に宛がい力を込める一平。ハーブオイルと由梨子の中から溢れてきたものが混じり合ってぬるぬるになったソコは、難なく一平の太く硬くなったモノを受け入れていく。
「あ、ああん」
「う、うっ、ううっ、ううっ」
「あん、あん、あん、い、いい、いい、いいよ、そのまま出しちゃいな。お前の全てをこの中にね……ああ、いい、いく、いくっ」
「うあっ、くっ、あうっ、うっ」
「あ、くる、あ、あああ、あああああ」
 二人が叫んだ瞬間、一平のペニスから一気に白濁した液が由梨子の中に噴き出していく。
 どくどく、どくどく
 それは止め処も無く後から後から一平の中から出てくる。
 しかしソコから出続ける白濁した液はやがて別のもの、もっとどろりとしたものに変わっていった。そしてそれは白濁した液と共に由梨子の膣内に入り込んでいく。それと共に一平の体には少しずつ皺が刻み込まれ始めていた。
 体中を快感で満たされた一平は、ぐったりと由梨子の体にもたれ掛かると、眠るように意識を失ってしまった。と同時に一平の体は由梨子の体の上でどんどんと萎み始める。
 やがて、その体は由梨子の中に咥え込まれたままのペニスを残して空気が抜けたようにすっかりぺらぺらになってしまった。
「ふう、さあていよいよだな。うっ、来た来た、へへっようこそ一平君。それじゃあ俺はこの体から出て行ってやるぜ」
 そう言うや否や、由梨子は一平の半開きの口にぐっと唇を押し付けた。
 合わされた由梨子の口から何かが一平の口に入っていく。



 唾液などというものではない。もっとどろりとしたゼリー状のそれは、ずるずると由梨子の口の中から一平の口の中に注ぎ込まれていく。そしてそれは彼の体の奥深くへと潜り込んでいった。
 一平の中に何物かを吐き出した由梨子は、口づけしたままやがて意識を失ってしまった。しかしその脚はしっかりと萎んだ一平の腰に絡みつかせ、股間には一平のペニスを未だに咥え込んだままである。
 どくん
 その時、萎んだ一平の体が膨らみを取り戻し始めた。
 どくん
 一平の体がびくっと動く、その度に萎んだ一平の腕が、脚が、まるで何者かが一平という皮を被り込んでいくように、その隅々まで膨らんでいく。
 どくん
 頭が、胴体がぐっと膨らみ、指がぴくりと動く。やがて一平の体はすっかり元の姿に戻っていた。
「う、う〜ん」
 目をぱちりと開く一平。ぱちぱちと瞬きした彼は、自分の腕に抱いている由梨子を見止めるとにやりと満足そうに笑い、そして次の瞬間高笑いを始めた。
「ふっ、ふふっ、ふふふ、成功だ、ふ、ふふふ、ふはははは」
 げらげらと笑う一平の声に、やがて意識を失っていた由梨子も目を覚ました。
「う、う〜ん、だ、誰だ、由梨子か? いやこの笑い声って男……え!」
 ぼ〜っとしていた由梨子もようやくその目をぱっちりと開く。その彼女の目の前にはニタニタと笑いながら彼女の顔を覗き込む一平の顔が迫っていた。そして彼女は己の股間に何かが挟まっているのに気付く。
「ひっ! 何だこれ」
「ふふふふ、目が覚めたかい、由梨子ちゃん」
「由梨子? 由梨子だって? 違う、俺は一平……こほっ、あれ? 声がおかしい」
「なに言ってるんだい、君の何処が一平だって言うんだ。君は由梨子、神田川由梨子じゃないか。ほらここだって」
 一平が胸元の由梨子の乳房を右手で撫でる。
「う、うぁひっ、な、何で俺におっぱいが……何なんだ、何が起こって、それにお前は誰だ」
「見てわからないのかい。町田一平、君の婚約者じゃないか」
「何を言って、あひっ、違う。一平は、お、俺だ」
「だ〜か〜ら〜、君はもう一平君じゃなくって由梨子ちゃんなんだよ。女の子。ほら、ここにもこうして俺のモノをしっかり咥え込んでいるじゃないか」
 ぐっと腰を突き出す一平。
「い、いひゃ、な、なんで俺がこんな、うう、うくぅ」
「おっといけない、このまま出してしまっては元の木阿弥だ。一旦抜かないとな」
 一平は己の腰に絡みついたままの由梨子の脚を引っぺがすと、彼女の股間から己のペニスをにゅるんと引き抜いた。
 引き抜いた瞬間、由梨子の股間の中からは白濁した液がこぽっこぽっとこぼれ出てくる。
「なんだ、何で俺がこんなもの、き、気持ち悪い」
「なに言ってるのさ。気持ち悪いって、それはさっき君が自分自身の欲望の果てに吐き出したものじゃないか。ふふふ、感じるだろう。自分の体の中にそれがいっぱい入っているのが。君自身の欲望の産物がね」
「はぁはぁ、はぁはぁ、うっ、うげっ、なんだ、いったいどういうことだ」
「だから言ってるじゃないか、君は由梨子になったんだって。ほら、鏡に映っている自分の姿を見てみなよ」
「鏡? え!」
 床に転がっているハンドバッグからコンパクトを取り出し、広げて由梨子に見せ付ける一平。そこには困惑した表情の裸の神田川由梨子が映っていた。
「由梨子! これが俺? 違う、俺は、俺は」
「君は神田川由梨子なんだよ。もう町田一平じゃないのさ。これからは俺が町田一平だ」
「どういうことなんだ、お前、まさか……まさか中野なのか」
「ピンポーン、ご明察通りさ。ははは、教えてあげるよ。さっきえっちした時に俺たちは入れ替わったのさ。いや正確には由梨子の中に入っていた俺と君の体の中身がね」
「はあ?」
「今の君は体の中身だけが由梨子の中に入り込んでいるのさ。そしてその代わりに俺が君の中にお邪魔して、空っぽになった君の体の中にすっぽりと納まったという訳さ」
「な、なぜそんなこと……」
「何言ってるんだ、君が俺に頼んだんじゃないか。由梨子を返してくれって。だからお望み通り君にその体をあげたんじゃないか。これでもう由梨子の全ては君のもの。いや、これからは君自身が神田川由梨子なんだよ。あっははは」
「そんな馬鹿な」
「まあそういうことだから、へへへ、これからもよろしく頼むよ、俺の由梨子ちゃん」
「へ?」
「へ? じゃないだろう。君は俺と結婚して町田由梨子になるんだ。この俺のお嫁さんになるのさ」
「お、おい待て、そんな、う、うそだ。何で俺がお前と……」
「へっへっへ、新婚初夜が楽しみだぜ」
「なにお、俺がこのままお前と結婚なんかするものか」
「ふふふ、そうかな」
「当たり前だ」
「ふんっ、諦めるんだな。君はもう神田川由梨子なんだ。来週末の結婚式で君は花嫁になるんだ。そして俺の妻となり、俺の子供を生むんだ。君は俺の妻としての人生を生きるんだよ。これが俺の君への復讐さ」
「花嫁? 子供を生む? 復讐? そ、そんな、いやだ。何で俺が」
「そうか、いやかい、まあ当然だよね……わかったよ、それじゃあ今すぐに君を犯してやる」
「な!」
「今から君に女として犯される屈辱を味合わせてやる。しかも君を陵辱するのは君自身という訳さ。現実ってやつを直視することだな。あっははは」
「ちょ、ちょっと待て、中野、お前何でそこまで俺のことを恨むんだ。俺にはどうしても身に覚えがないんだ」
「心当たりがないって言うのか」
「ああ、きっと何かの間違いだ」
「そうか……お前にとってあれはさしたる出来事ではなかったんだな。でも俺にとっては屈辱以外の何物でもなかったよ。一平、高校時代のお前はサッカー部のキャプテンだったよな」
「え? ああ、そうだったが」
「甘いマスクとがっちりした体格のスポーツマン、女の子たちにとってお前は憧れの的だった」
「ま、まあな」
「一方の俺は体力で女の子にも負けてしまうような貧弱な体格だった。そしてクラスの中でも目立たない存在だったよな。そう思うだろう」
「まあ……そうだったかも知れないな」
「俺はあの頃から神田川由梨子のことが好きだった。でもクラスのアイドル的存在だった由梨子は、既にあの頃から君にぞっこんだったんだよな」
「俺たちは高校時代から付き合っていたからな」
「そうさ、でも俺はそのことを知らなかった。ある日彼女の鞄にそっとラブレターを忍ばせようとした時に、お前に見つかったんだ。覚えているか?」
「い、いや」
「そうか、やっぱり覚えていないか。鞄の中にはたまたま彼女の体操服が入っていた。それに気が付いてそれを広げた時にお前が入ってきたんだ。俺はその時お前に散々罵倒されたよ。女々しいだの女の腐ったような奴だのと。そしてそのうちに由梨子が教室に入ってきて……俺は彼女に蔑みの目で見られたんだ。屈辱だったよ。この屈辱をいつかきっと君に晴らしてやろうと、その時固く心に誓ったのさ」
「・・・・・・・・・・」
「まだ思い出せないか、まあいい。高校を卒業して大学に進学した後、俺はそのまま大学に残った。そして研究を続けているうちに、不思議なものに見つけたんだ。それがあのハーブオイルに入っている成分さ。あれには生き物を生きたまま平たくしてしまうことが、つまり布切れのようにぺらぺらにする効果があるんだよ。そして偶然ネットで見つけたあのペットボトルに入った飲み物。アレは人の体の中身を生きたままゼリー状にして体の外に出してしまうことができるという代物なのさ。俺は研究を続けるうちに、この二つを組み合わせると、他人に成りすますことができることを発見したんだ。成りすましたい相手を一旦布切れのようにしてやってそれから自分の体の中身をゼリー状にしてその中に潜り込ませるんだ。すると丁度その人間の皮を被ったようになるって訳さ。しかも体には本人の意識が眠ったまま残っているから、その意識に自分の意識を重ねると、その人間そっくりの行動をとることが簡単にできる。だからあれを使って他人に乗り移っても誰にも中身が摩り替わっているなんて気づかれることはないのさ。
 俺はこれを使って君への復讐を果たしてやろうとこの計画を考えたんだ。最初はただ君と入れ替わって格好良い、逞しい君の体を奪ってやろうと考えていた。でも君たちが結婚するって聞いた時に、君には俺の体になるんじゃなくってもっと屈辱を味あわせてやりたいって思うようになったのさ。ます由梨子に乗り移って、由梨子に成りすまし、その後で君と入れ替わることで君たちの結婚を俺が盗んでやろうってね。君の体になった俺と由梨子になった君が結婚するんだ。こんな屈辱的なことはないだろう。はははは。
 そのために、大学と繋がりのあったあのフィットネスクラブにバイトとして入った俺は、無料チケット付きのチラシを毎日由梨子のマンションの郵便受けに入れて由梨子があのフィットネスクラブに行くように仕向けたんだ。まず俺が由梨子に乗り移るためにね。勿論確信があったわけじゃなかったが、数日後俺の狙い通り由梨子はやってきた。君も一緒だったのにはちょっと驚いたけどね。君たちとばったりエレベーター前で会った後、俺はすぐにインストラクターの山村聡子の中に潜り込んだ。そして彼女のふりをして由梨子にハーブオイルを塗り、うすっぺらくした彼女に俺の中身を潜り込ませたんだよ。それから後は君も知っている通りさ」
「待て、黙って聞いていれば、たかがそんな事で俺たちの幸せを……戻してくれ、頼む、俺を、由梨子を元に戻すんだ」
「駄目だね。言っただろう、君は女として、俺の妻としてこれからの一生を送るのさ。もう決めたんだ」
「くっ」
「話はこれで終わりだ。この逞しい体、さてどんな風に感じるのか試させてもらうよ。さあ、お前のモノだったこれを舐めるんだ」
「い、いやだ」
 由梨子の目の前にかつての自分のものだったものが突き出される。だらりと一平の股間にぶら下がったそれを避けるように体を捻り、四つんばいになって逃げ出そうとする由梨子。だがその腰を一平がぐっと掴む。
「どこに行こうって言うんだい。駄目だよ」
 由梨子のべとべとした股間を後ろから右手で撫でる一平。
「ひっ!」
「ふふふ、ほらほら、まだ中までぬるぬるしているから簡単に入っていく」
 後ろから未だぱっくりと開いているその中に指を出し入れする一平。その度にぐちゅっぐちゅっといやらしい音が部屋の中に響く。
「う、あ、あああ、やめ、やめてくれ」
「たった今その体で君にいかされたばかりだけれど、とっても良かったぜ。全く敏感な体だよ。どうだい、その体って気持ち良いだろう」
「き、きさまあ、あ、ああ、あん、んんんん、んくぅ」
 四つんばいの由梨子の背中に体をぴたりと密着させた一平は両手で由梨子の胸をむんずと掴む。
「ほら、ここだってもう硬くなってきている。ころころこれを転がすととっても気持ち良いんだぜ」
「い、いひゃ、や、ややや、いや、やめ、あ、やめ」
 四つんばいの由梨子の体に覆い被さるようにぎゅっと抱きしめる一平。彼は押しつぶされるように倒れこんだ由梨子の手を己を手で掴むと己のペニスに誘導して、そっと握らせた。ぐにゅっとした感触が由梨子の手に伝わる。由梨子にとってそれは良く知った感触の筈だが、最早他人のものとなったその感触はいつもと全く違うものに感じられた。そう、自分のものとして握るのと、他人のものとして握るのではその感じ方が全く違うのだ。
「くっ、こんなもの握らせるな、くあっ、き、気持ち悪い」
「へへへ、君のものだったものだろう。一人の時には散々自分で握ってきたんだろう」
「そんな・・うっ、もう勘弁」
「ふふふ、もっとさすってくれよ……あ、いい、いいよ、うん段々硬くなってきた。さあ、今から君の中に君のモノだったコレを入れてあげるよ」
 腹ばいになった由梨子の腰を後ろから持ち上げ、硬くなった己のペニスを宛がう一平。ペニスの先端が由梨子の股間のその部分に触れると、由梨子はビクンと体を振るわせた。
「や、やめろお、俺がそんなもの、駄目だ」
「何言ってるのさ。ほらこんなに濡らしちゃって、せいぜい自分のモノを後ろから受け入れる屈辱を味わうといいさ。でも本当は楽しみなんだろう、入れられるのを期待しているんだろう。由梨子ちゃん」
「ちが、違う、そんな、うあっ」
 だが由梨子の言葉と裏腹に彼女の中には別の感情がもやもやと湧き上がってきていた。
 一平君の、欲しい。
「違う、俺は、そんな……うっ」
 自分自身の中にふっと芽生えた感情を慌てて否定する由梨子。そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、一平は宛がった自分のペニスをぐっと後ろから押し込んでくる。 
「う、うう、ああ、いいよ、いいよ、君のココは最高だ。そしてコレも、くやしいが俺のよりずっと立派だな。この体、ますます気に入ったぜ」
「う、だめ、い、だめ、抜け、あ、あああ、あん、あん、あああ、いい、いひい」
 後ろから何度も己のモノを出し入れする一平。
 部屋の中にその音と二人の喘ぎ声が響き渡る。
「うっうっうっ」
「あ、あう、あう、あひっ、あひっ、あああ、ああん」
「ふふふ、ううっ、ほら、そろそろいくよ、今君は俺に犯されているんだ。俺のモノをその女になった全身で感じることだな。いく、いくぞ」
 その瞬間、一平のモノが由梨子の中に一段と奥深く突き入れられる。そしてその先端から白濁した液体が彼女の中に一気に吐き出された。
「あ、ああ、ああああああああ……」 


「はぁはぁはぁ」
「どうだい、女として男のものを受け入れた気分は。気持ち良かっただろう」
「ううう、俺が、うううう」
「まあ心配することはないさ。じきにそんな嫌悪感なんて無くなってしまうから」
「どういうことだ」
「俺のモノを受け入れる時に、自分とは違う何かを感じなかったかい。君はじきに本当の由梨子になってしまうんだよ」
「なにい!?」
「その体の中で眠ったままの由梨子の意識はハーブオイルの効果が弱まるに従って少しずつ目覚めるのさ。そして段々君と由梨子の意識は混ざり合って同化してしまうんだ。嬉しいだろう。愛する由梨子と身も心も一つになれるんだ。おまけにこの町田一平と結婚できるんだからな。まあそのうちに自分が一平だったという記憶、一平だった君が由梨子になってしまったという記憶は夢の中の出来事だと思うようになるさ。そして俺のことを本物の一平だと思って愛してくれるんだ。そうさ、結婚式を迎える頃には俺たちは町田一平、由梨子という本物の恋人同士になっているという訳だ。そして周りは誰一人そんなことに気づきもしないだろう。いや一人だけはそのことを知っているんだがな。勿論この俺さ。真実を知りながらお前と暮らすこの俺は、一生楽しみ続けられるのさ」
「そ、そんな……」
「いいお嫁さんになってくれよ。そしてかわいい子供を生むんだよ、一平君……いや、ゆ・り・こ・ちゃん」
「いやだ、そんなの、いやだ!! 俺は俺だ、由梨子じゃない」
「ふふふふ、ふははははは…………」





(エピローグ)

「おめでとう」
「二人とも幸せになるんだぞ」
「ありがとう、みんな」
「一平、由梨子ちゃんを泣かせたら俺たちが承知しないぞ」
「ああ、わかっているよ」 
とあるホテルの庭、ライスシャワーで祝福される純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁と、タキシードの花婿の姿があった。
花嫁は幸せそうに花婿を見つめる。
「一平君、あたしやっとあなたのお嫁さんになれたのね」
「ああ、そうだよ」
「あたしいい奥さんになるわ。でも」
「でも、なんだい」
「これって本当に現実なんだよね」
「どうしてだい?」
「あたしとっても不安なの。何かとっても大切なことを忘れているような」
「大丈夫、この俺がついているじゃないか」
「うん、そうだね、うふっ」
「そうさ。この俺がな、ふっふっふっ」
 一平は低い声で呟くと、静かに笑った。しかしその怪しげな笑い声は、幸せに包まれた花嫁の耳に入ることは無かった。


(了)


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