なりたい
 作:toshi9


俺にはある夢があった。
それは他人に話すことは決してない、叶うことのない夢。いや欲望と言ってもいいかもしれない。
そしてその夢が今日も目の前を歩いている。
俺はもらった何も書かれていないまっしろな『名刺』を取り出すと名前を書いた。
目の前を歩く彼女の名前を……



俺の名前は城ケ崎丈太郎。都内の私立高校に通っている。
部活は水泳部。取り立てて泳ぎが好きだとか運動神経が優れているというわけでもないのだが、ある理由から入部した。
その理由というのは一人の女子の存在だった。
入学前から彼女のことを知っていた俺は、ずっと彼女のことを追っていた。
女子の名前は森山理々香。彼女が今年うちの高校に入学して水泳部に入部したのを知った俺は、追いかけるように水泳部に入部したというわけだ。
彼女がうちの高校に入ってからの俺は、登校時や学校での制服姿の彼女、そして部活での水着姿の彼女のことを目で追った。
俺はストーカーというわけではない……と思う。
だが彼女の姿を見ていると、俺の思いはつのるばかりだった。
告白? そんなことができやしない。
かわいくて明るく、スタイルも抜群の彼女は水泳部の男子はおろか女子の中でも人気者だった。
彼女が俺のことをどう思っているかさっぱりわからないが、俺は思いを抱きながら上級生として、部員のひとりとしてただ遠くから彼女のことを眺めていることしかできなかった。


その日も俺は通学路の途中で彼女が登校してくるのを待っていた。
彼女はいつもクラスメイトの女子2人と一緒に登校してくる。
だがクラスメイトたちと一緒に歩いてくる彼女を見た時、俺は自分の目を疑った。
彼女は彼女であって彼女でなかった。
その体形や髪型、もちろん着ている制服も歩く雰囲気も、そしてカバンについた熊のマスコットもまさしくそれが彼女だということを表している。
両脇のクラスメイトたちも彼女のことを「理々香〜」と呼んで話している。
だが、彼女・・森山理々香・・の顔はいつものかわいい森山さんの顔ではなかった。
その顔は別人、いやそれは女子でさえない。男子の顔、それも俺が良く知っている顔だった。

あいつが、男であるはずのあいつが、男子の制服ではなく女子の制服・・半袖の白いシャツに赤いリボンタイ、そして短いプリーツスカートと紺のハイソックスと女子のローファーを履いて歩いてくる。その体形は森山さんと全く同じで髪型も森山さんと全く同じ肩まで伸ばしたストレートヘアなのだが、その顔はまぎれもなくあいつの顔だった。だが両脇を歩いている二人は気に留めている様子はない。

俺はただ呆気にとられて彼女たちを見つめていたが、何も声をかけることはできずにそのまま黙って3人をやり過ごした。
声をかけようかとも思ったが、何と言っていいのかわからない。
森山さんの恰好をして彼女のように振舞っている男子、それは同じ水泳部の1学年下の後輩で森山さんと同じクラスでもある鈴村聡志だった。
どちらかというとまだ中学生と言ってもおかしくないほっそりした体形で優し気な顔立ちの鈴村だ。女子の制服を着ていてもそこまで違和感ないのだが、それでも男で森山さんとは別人であることに変わりない。
だがその鈴村がどうして森山さんとして振舞っている?

鈴村も俺に気がついたようで、こちらを一瞥すると一瞬だけふふっと笑みを浮かべて通り過ぎようとした。
だが、鈴村の左右にいた女子たちは立ち止まると、俺に向かってきつい声をかけてきた。
「なによあんた、理々香に何の用事」
「え?」
「『え?』じゃないでしょう、さっきから理々香のことをジロジロ見て、いやらしい」
「いや、俺、ジロジロなんか見てないし」
「何か言ってやりなよ、理々香」
「ふふっ、私は何も気にしてないよ、それにこの人水泳部の先輩だから」
「ふーん、そうなんだ」
「だから二人とも気にしないで、さあ行こう」
鈴村の声はコロコロとした女の子の声。明るい話し方は森山さんそのものだった。
歩き去る3人の後ろ姿を俺はただ呆然と見つめるばかりだった。


放課後、俺は部室に向かった。
部室に入ると中には鈴村がいた。朝見た女子の制服姿ではなく、俺と同じ男子の学生服を着ている。
「おい鈴村、お前、今朝……」
「え? 僕がどうかしました?」
その声はいつもの鈴村の声だった。
「どうかしたって、お前女子のグループに混じって歩いてたよな、お前も女子の恰好して」
「やだなあ、先輩。僕が……」
(……そんなことするわけないって言うよなあ、俺もそう思うんだが、朝見たのは何だったんだ?)
「……アレをしているの見られちゃいましたね」
「え?」
「先輩がこちらを妙な表情で見ていたんで、もしかしてばれたのかなと内心思ってたんです。でもおかしいですね、普通の人には絶対にばれない筈なんですよ。……あ、そうか、先輩も『所持者』なんですね」
「何の話だ?」
「先輩も持っているんでしょう、これをですよ」
鈴村はポケットから生徒手帳を取り出すと、間から名刺のようなものを抜き出した。

「これは僕が『エムシー販売店』で手に入れた『名刺』です。先輩はあそこで何を買われたんですか?」
「はあ? 名刺がどうしたって? ただの白い紙じゃないか」
「先輩があそこで何を買ったのか知りませんけど、『名刺』の説明を聞いてませんか? なかなかの優れモノですよ。ここに何か書くと持ち主の存在をその通りに変えることができるんです。例えば」

鈴村は鉛筆で白紙の表に『エミリア香坂』と書いて俺に見せた。
「先輩、何て書かれてます?」
「『エミリア香坂』。ええっと、英語の香坂先生の名前だよな」
エミリア香坂・・それはうちの高校に教育実習に来ている女子大生の名前だった。
ハーフで金髪の髪と素晴らしいプロポーションの年上のお姉さんということで、男子生徒の間では教習期間の間に誰が仲良くなれるかつばぜり合いを演じている。

「で、これを僕の持ち物、例えば生徒手帳に挟むと」
そう言って、鈴村は名刺を自分の手帳に挟んでシャツの胸ポケットに入れた。
すると、その姿がぼんやりと歪んで別な姿に変わっていく。
髪が伸びて金髪になり、体がほっそりと、いや出るところは大きく膨らんで、逆に腰はきゅっと絞れていく。
鈴村は白いブラウスにタイトスカート姿の見事なプロポーションの金髪女性になっていた。だが顔は鈴村のままだ。
「エミリア先生?」
「僕の存在が名刺に書かれた存在に変わったんです。エミリア先生という存在に。どうですこの姿、いいでしょう」
そう言って、鈴村はブラウス越しに己の豊満な胸を揉んで俺に見せつける。
「ああ、スタイルも髪型も先生そのものだ。でも鈴村、顔はお前のままだぞ」
「おかしいなあ。やっぱり『名刺』の力で変換しても先輩には僕の顔に見えるんですね」
「??? 言ってることが全くわからないんだが」
「ところで先輩は何を持っているんですか? 先輩も持っているんでしょう、『エムシー販売店』の商品」
「いや、俺は何も」
そう言って俺は首を横に振った。
「本当ですか? 僕の『名刺』の話だけ聞いて自分のは隠すなんて卑怯ですよ。教えてくださいよ先輩」
「だからそんな妙なもの知らないって。『エムシー販売店』ってなんなんだ。その妙な『名刺』でどうしてそんなことができるんだ」
「うーん」
鈴村は香坂先生の姿で腕組みして考え込んでいる。
組んだ両腕でブラウス越しに大きな胸がクニュっとつぶれているのに気がつくと、俺は思わず目を反らした。

やがて何かを決心したように鈴村が口を開く。
「先輩。僕と一緒についてきてくれませんか? 先輩に協力してもらいたいんです」
「協力?」
「これ欠陥品ですよ、店に文句言ってやらないと。返品だな」
「返品?」
「お願いです。一緒に来てください」
鈴村はそう言うと俺の手を引っ張って部室を出た。

「先生、さようなら」
部室から出てきた鈴村を見て男子生徒たちが声をかける。傍の俺には羨望と嫉妬のまなざしを向けて。
「さようなら」
鈴村はエミリア先生そのままに明るく笑うと、男子たちに手を振って返事する。正体を知っている俺から見ると挨拶された男子たちの表情が緩んでいるのがおかしかった。
でもどういうことだ、『名刺』一枚でどうしてあんな風に姿が変わるんだ。
いくら考えてもわからない。
鈴村はそんな俺を引っ張るように高校を出て電車に乗りこむと、渋谷の路地裏に佇むこじんまりしたブティックのような店に入った。


「いらっしゃいませぇ」
女子店員が甘い声で入ってきた俺たちにあいさつしてくる。
その店員に鈴村は声をかけた。
「ねえ」
「はい、あの、お客様何か?」
「これ、不良品ですよ」
鈴村は生徒手帳からさっきの名刺を抜き出して店員に見せた。
とたんに、鈴村の姿は白いブラウスにタイトスカートというエミリア先生の姿から元の男子高生の姿に戻った。
「あら、『名刺』を使ってらしたんですか。でもそれが不良品というのは? 当社の商品に不良品なんてございませんが」
自信ありげに女子店員が胸を張って答える。
「でも先輩……この男性が、僕が『名刺』で存在を変えているのを見破ったんです」
「そんなはずないです。ちょっと見せてください」
女子店員は鈴村に猜疑の目を向けながら『名刺』をひょいと取り上げた。
「あ、返してくださいよ」
鈴村が女子社員の手を掴んで抗議する。
「い、いたい、お客様やめてください」
「何の騒ぎですか、どうかしました?」
騒ぎを聞きつけたのか、奥からマネージャーらしき女性が出てきた。
『紫木』という名前の書かれたネームプレートをつけている。

「クレームです。このお客様が『名刺』の力で存在を変えても、そちらの男性にはお客様の元の姿がわかるって言われるんです」
「そう、ふーん」
女子店員から『名刺』を受け取った女性マネージャーは、右手の『名刺』と俺を交互に見つめている。
そして今度は何かを確かめるように『名刺』を照明にかざして裏をすかすように見た。
「君、名前は?」
「城ケ崎、城ケ崎丈太郎だ」
「じょうがさきじょうたろう君か、じょうがさき……」
マネージャーは顎に手を置いてちょっと考えていた。
「じょうがさき……か、そうか、もしかしたら……。ねえ、あなたもこれを使ってみない? モニターとして」
「モニター?」
「ええ、この『名刺』が欠陥品のはずないわ。ないけど少し気になることがあって。で、あなたがその『名刺』を使ったらどうなるのかちょっと興味あるの。だから使ったらどんなだったか教えてくれない?」
「俺がそれを使う?」
鈴村の姿がエミリア先生に変わったのを見て確かに面白そうだとは思った。でも鈴村はこんな変なものをいったいいくらで買ったんだ。
俺はちらっと鈴村を見た。
「あ、モニターだから代金はいらないわよ。期間は……そうねぇ、明日一日使ってもらって明後日に返してもらうというのはどうかな」
俺の表情から察したのか、『紫木』というマネージャーはそう言いながら持っていた『名刺』を俺に渡した。
「でも、これどう使うんですか?」
「表に自分がなってみたい存在を書くの。何を書こうが自由。書いて『名刺』を自分の身につけたらあなたはその存在に変わるし、『名刺』を外したら元に戻る。自分でなく他人にも使えるわよ。でも書くのは鉛筆とか消せるもので書いたほうがいいわよ。ボールペンみたいに容易に消せないインクで書きこんだら、下手するとずっとそのままになるから気をつけてね」

事も無げに言う彼女を俺は訝しげに見た。
言ってる意味がわかない。常識ではありえない。
そう思うのだが、説明を聞いている俺の胸はドキドキと高鳴っていた。
もしそれが本当だったら……

「いちばん注意しないといけないのは」
紫木さんが話を続ける。
「何か注意点があるんですか?」
「人の名前ならほぼ問題ないと思うけど、自分で外せないような、例えば両手が使えないとか身動きできなものの名前を書いたら永遠にそのままになってしまう可能性があるの。だから変なものをここに書かないようにね」
「はぁ?」
「そうねぇ、たとえば以前女性の下着に自分の存在を変えた男の子がいたけど」
「なんですか、それは」
下着になりたい? 訳がわからん。
「好きな女の子の下着になって彼女にずっと密着し続けていたかったみたいね。でも下着になったとたんに自分で『名刺』を外せなくなって、外してくれる人もいなくて、最初のうちは楽しんでたみたいだけど元に戻れなくなって、そのうちに廃品回収に出されてしまったみたい」
「で、そいつはどうなったんだ」
「さあ、そんなのあたしもわからないわ。はっきりしているのは、彼の持っていた『名刺』は欠番になって帰ってこなかったことだけ」
「欠番?」
「販売した『名刺』が犯罪に使われないように1枚ずつ固有のシリアルナンバー入りチップ入っているんだけど……その時には名刺がこの世から消えてしまったことがわかっただけで持ち主がどうなったのかそれ以上の調査はできなかったわ。さあ、わかったらいろいろ試してみてみてちょうだい」
「あ、あのそれは僕の……」
「あ、そうだったわね。あなたには代わりの名札を準備しますから」
抗議しようとする鈴村に紫木さんが答えた。
「良かった、助かります。新しい『名刺』はこんなこと起きないですよね」
「ええ。多分この『名刺』と彼の相性だと思うから」
「ふーん」
紫木さんの話を聞いていた鈴村は、興味ありげに俺を見ると少しだけ唇の端を歪めさせたように見えた。


店を出た俺は、『名刺』をひらひらと指の間で動かしながら歩いていた。
俺の横を鈴村が並んで歩いている。
「いきなりこんなものくれるなんて、どうするんだこれ。モニターって言ってもなぁ」
「先輩、あまり深く考えないで自分はこういう存在になりたいって思ったものの名前を書けばいいんですよ」
「何でもいいのか?」
「はい制限はないです。先輩だけに特別にただで使わせてるってことは、原因に心当たりがあるということでしょう。いいなあ、モニターなんてこんなチャンス滅多にないですよ。それ高かったんですから」
「そうなのか?」
そう言えば、鈴村の家は財産家だったな。
でもこの話が本当だったら、俺のあの夢が叶うのかな。

「先輩、何か使ってみたいことってありますか?」
俺が『名刺』の使い道について思い描いていると、唐突に鈴村が聞いてきた。
「いいや、他の存在になれるって言われてもなあ」
ドキリとしたが、俺は内から湧き上がるすぐにでもアレに使ってみたいという気持ちを抑えつつ、それを鈴村にそれを悟られないよう興味なさげに答えた。
「ほんとですか? 人間一度は別人になってみたいって思うことあるでしょう。そう言えば、先輩毎日部活の時に森山先輩のことを見ていますよね。そうだ、先輩も一度森山先輩になってみたらどうですか? その名刺に森山理奈って書けばいいんですよ」
「ば、ばかやろう、俺はそんな気持ちで彼女を見ているんじゃねえ」
「本当ですか? 朝、僕を見ていた時の先輩の表情ったらなかったですよ。顎がはずれるくらいぽかーんとした表情で」
鈴村は俺の気持ちを見透かしたかのように、にやにや笑って俺を見ていた。
俺は慌てて否定したものの、心臓はドクドクと高鳴っていた。
(そうだ、先輩も一度森山先輩になってみたらどうですか? その名刺に森山理々香って書けばいいんですよ)
その鈴村の言葉を頭の中で反芻しながらぼーっと歩いていると、俺たちはスイミングクラブの前を通りがかった。
鈴村が立ち止まる。

「そうだ先輩、ここでちょっと遊んでいきませんか?」
鈴村は自分の『名刺』に、『波多野佐織』と書いた。
「先輩は『波多野香織』って書いてみてください」
「誰なんだ?」
「このスイミングクラブに所属している有名な双子のスイマーです。ちょっとここで泳いでいきませんか? 確か彼女たちはこのクラブでは顔パスだったのを見たことありますよ」
「そ、そうなのか?」
鈴村は名前を書いた『名刺』を自分の生徒手帳に挟んでポケットに入れた。
途端にその姿は他校の制服を着た小柄な女子に変わる。その顔も少し幼さの残る見知らぬ女の子の顔に変わっていた。恐らく中学生だろう。

「あ、今度は顔も完全に変わったぞ」
「そうですか、良かった。ほら先輩も早く。僕が書いた佐織の『佐』の部分を『香』に変えて書けばいいんですよ」
鈴村に促されるままに俺も白紙の『名刺』にシャープペンシルで『波多野香織』と書いてみた。
一瞬視界が眩しくなって何も見えなくなる。だが視界が戻った時、下半身が妙にスースーしているのに気がついた。まるで急にズボンを脱がされたような心細い感じだ。
目を落とすと、俺は紺のプリーツスカートをはいていた。
着ているのは鈴村と同じ女子の制服、どこかの中学校の女子の制服だった。

「こ、これは?」
両手で身体じゅうをまさぐる。少しだけふくらんだ胸、華奢な身体のライン、そしてパンツの中から俺の息子の存在感は消え失せていた。背も低くなっている。
俺の体は小柄な女の子になっていた。

「先輩の存在が『波多野香織』に変わったんですよ。僕の、いいえ『波多野佐織』の双子の妹、香織に」
「妹? 俺がお前の妹なのか?」
「面白いでしょう、さあ香織、あたしのことを呼んでみて」
鈴村の口調が急に女口調に変わる。
「佐織姉……って、なんだこれは」
「ふふっ、まあいいじゃないですか。それじゃ行きましょうか」
そう言って鈴村はその小さくなった手で俺の手を握ると、強引に俺を引っ張ってスイミングクラブに入った。

「おや佐織ちゃん、今日も練習かい?」
「ええ、今日も泳いでいこうかと思って、香織と一緒に」
そう言って、鈴村は波多野佐織の顔で振り向くと俺を見る。
「そ、そうなんです、佐織姉に誘われて」
「そうか、二人ともがんばるね」
「ありがとう!」
鈴村はごく自然に『波多野佐織』として振舞っている。
香織になった俺も、奥に入っていく鈴村の後をもじもじしながらついていくしかなかった。
通路の鏡に同じ姿の同じ顔をした二人の女子中学生が映っていた。
こっちの女の子が俺なのか? 
制服姿のかわいい女の子が俺と同じ動きで歩いているのが変な感じだった。

鈴村は物怖じすることなく受付でカードキーとレンタルの水着を受け取った。
俺の分だと渡されたのは競泳用の紺のワンピース水着とベージュのアンダーショーツだった。
「こ、これ俺が着るのか?」
「当然でしょう、着替えて早く練習しましょう、香織」
そう言って、鈴村は佐織の顔でにやっと笑う。
戸惑う俺を見て楽しんでいるように見えた。

二人で女子更衣室の前に立つ。
「お、おい、いいのか、ここって女子の」
「今の僕たちは女の子なんだからいいんですよ。さあ入りましょう」
何の躊躇することもなく、鈴村はドアを開けて中に入る。
(こいつ、もう何度も女の子になって女子更衣室とかに入っているんじゃ)
ふとそんなことを思ったが、恐る恐る後について女子更衣室に入った。
幸いにと言って良いのか、中で着替えている女性はいなかった。
一般ロッカーの列の奥に、個人の名前が入った会員用ロッカーが並んでいる。
「あったあった。やっぱり会員制クラブは違うな」
そう言って、鈴村は受付でもらったカードキーで『波多野佐織』のプレートが貼られたロッカーを開いた。
「香織、早く着替えましょう」
「か、かおりって」
「あなたは今、私の妹で美人中学生スイマーの『波多野香織』でしょう。はやく練習して、それから、ね」
そう言って、鈴村がウインクする。
か、かわいいじゃねえか
そう思いながらも、俺も着ていた制服を脱いだ。

「ふふっ、先輩、胸大きいですね」
「え?」
「双子の妹なのに、妹のほうが僕より発育いいんだな。失敗したかな」
「え?」
「こっちの話ですよ。ほらっ」
むにゅ
「ひあっ!」
俺の胸に鈴村の手が伸びる。
俺の胸についた柔らかいおっぱい、それを佐織のひんやりした手で触られると、くすぐったいような痛いような、ぞくっとしたような感覚が俺を襲った。思わず鈴村の手を払って胸を腕で覆う。
「や、やめろ」
「ふふっ、その仕草、表情、かわいいですよ、本物の女子中学生みたいだ。ほら香織、早く着替えなさい」
鈴村自身の口調と佐織の口調を織り交ぜながら、鈴村は本当の姉のように振舞った。
「わ、わかったよ」
自分の身体を見ないようにセーラー服と下着を脱いだ俺は、アンダーショーツを履くとぐっと引き上げた。何もない股間にピチっとショーツの滑らかな生地が当たり、覆われていくのを感じる。
そしてワンピース水着に足を通し、そしてぐっと引き上げた。
水着の滑らかな生地の感触を全身で感じる。
「うふふ、かわいい、ほら見て」
鈴村は俺の手を取ると、全身鏡のほうに振り向かせた。
鏡に肩を寄せて手を組んでいるワンピース水着姿の同じ顔をした二人の女子が映っている。
それは俺と鈴村のはずだ。だが映っているのは中学生くらいのかわいい双子の女子だった。


プールに出ると軽くストレッチしてプールに入る。水を吸って肌にぺたりと貼りついてくる水着の生地が変な感じだ。
泳ぐとひんやりした水が気持ちいい。いつもとちょっと感覚が違うのを感じる。
「この身体で泳ぐのも気持ちいいですね。それじゃ、そろそろ本番行こうか香織」
「え?」
「練習はあっち」
佐織になり切った鈴村は高飛び込み台を指さす。
「え? え?」
「波多野佐織と香織、この二人は高飛び込みの選手なんですよ」
「ちょ、ちょっと待て、俺は高いところは……」
「あれ? だめですか」
「ちょっと苦手で」
「いつも強気な先輩がそんな不安げな表情見せるなんて、香織の姿とは言えそそられますね。でもきっと大丈夫ですよ。ほら行こう、香織」

そう言って鈴村は俺の手を引っ張って10m上の飛び込み台に登る。
台上に上がった俺は、はるか下のプールを恐る恐る見た。プールの周囲から数人のギャラリーがこっちを見ている。
いつもの俺なら膝がガクガク震えて立っていられないのだが、眼下のプールを見下ろすことができる。
「あれ? 怖くない」
「ふふふ、先輩は今、『名刺』の力で『波多野香織』になっているから、ここから飛び込むのもへっちゃらでしょう。感覚も彼女そのものなんですよ。じゃあお先に」
そう言って、飛び込み台から飛び込む鈴村。
下から水音と歓声、そして拍手が上がる。

「ほら、香織!」
下から佐織の声。プールから上がった佐織姉が下から手を振っていた。
「そ、それじゃ」
俺は飛び込み台をジャンプすると空中でクルっと回転し、そして鮮やかに着水した。
プールから上がると、再び拍手。
「香織さん、さすがね」
「中学選手権、がんばってね」
俺に憧れの表情を見せて寄ってくる中高生の女子に囲まれて、俺はにやけた。
「あ、ありがとう」
「どお、気持ちいいでしょう」
そう言って、寄ってきた佐織がウィンクする。
(気持ちいい、ほんとに気持ちいい。これがこの子がいつも感じていた気持ちなんだ)
そう思って、俺ははっとした。
これ、この子が感じてる快感か……

「佐織姉、もう行こう」
「どうしたの?」
「もういいから。何かわかった気がするし」
「そっか、じゃあ、帰ろうか香織」
プールに不思議そうに見ている観衆を残して1回で終わった高飛び込みの練習、でもそれは不思議な感覚を俺に残していた。

俺たちは水着から制服に着替えるとある家に向かった。
『波多野洋一』という表札のかかった家に帰る為に。
プールからの帰り道は俺の頭の中にも浮かんでいた。
「ここ」
「はい、この姉妹の家ですね。さ、入ろう」
そう言って、鈴村はスカートのポケットから鍵を出して、玄関ドアを開けた。
「ただいま〜」
「お、おい、いいのか、他人の家に勝手に」
「今の僕たちはこの家の子供だからいいんですよ、幸い両親の帰りはいつも遅いようですしね」
「だってお前、佐織と香織本人たちが帰ってきたら?」
「だから今は僕たちがその本人なんですよ」
「???」
言ってる意味がわからない。単に変身しただけじゃ?
「ふふ、納得いかないという顔ですね、その表情もかわいいですよ。説明しますと、『名刺』に名前を書くと、存在が完全にその存在に置き換わるんです。だから僕たちが佐織たちに置き換わった時点で元の佐織たちの存在は無くなるみたいで、僕たちが『波多野佐織』と『波多野香織』としてここにいいる以上、本当のこの姉妹はこの世界からいなくなっているんです。『名刺』の名前を消すとまた本物が現れるようですけど」
「そ、そうなのか? よくわからないけど便利というか、ええっと、何と言ったら……」
「だからあまり深く考えないで。それより香織、お母さんが帰ってくる前に部屋でいいことしない?」
『さおり』、『かおり』と名札をかけられた部屋に入ると、鈴村は俺の制服を脱がしにかかった。

あっという間に下着まで脱がされる俺、そして鈴村も自分の制服を脱いで裸になってしまうと、二段ベッドの下のベッドに座らされた俺の上にのしかかってきた。
ベッドの上で裸で絡み合う。
「あ、ちょっと、やめて」
「香織はここが弱点だよね」
佐織の指が俺の大きな胸の乳首を撫でる。
「あ、ちょ、ちょっとそこだめ」
「ふふ、どお、香織の快感は?」
「どおって、、ちょ、ちょっと、やめ、あひっ」
胸を撫でていた指が、今度は俺の両脚の間に伸びる。
クチュ、クチュ
「だ、だめ、やめて」
「気持ち良くないですか?」
そう言って、指の動きが止まる。
「き、きもち、いい」
「そうでしょう、それじゃ僕の胸も触ってください」
発育しきっていない佐織の胸、その乳首を指でなぞると、むくむくと大きくなってくる。
「ああ〜ん」
俺たちはベッドの上で二人でお互いの身体を撫で合い、いじりあう。そして両脚を絡めて抱き合った。
お互いの胸が押しつぶされ、乳首がこすれ合う。
「あ、ああ〜ん、いい、いい、気持ち、いくぅ」
「僕も、ああ、いい、これいいです、あ、ああん」
そして俺たちはベッドの上でイってしまった。


二段ベッドの上で、俺たちはしばらく二人で放心していたが、やがて佐織が起き上がった。
「さてと、両親が帰ってくる前に退散しましょうか」
「退散?」
「まず服を着て、それから一度家を出ましょう」
俺は脱いだ香織の下着を再び着ると、下着姿でクローゼットを開いて香織の服を物色した。佐織も同じように着替えている。二人で着替え終えると波多野家を出た。
家から離れると、ポケットから生徒手帳を出してその中から『名刺』を取り出すと消しゴムで名前を消す。
途端に俺たちは元の姿に戻っていた。
「あれ? 待てよ、どうして俺の生徒手帳がこのスカートの中にあるんだ?」
「『名刺』の入った入れ物も『名刺』と一緒に僕たちは肌身離さずつけていられるんです」
「???」
「僕にも原理はよくわかりませんけど、とにかく出したいと思えば出せるんです。便利ですよね」
(ほんと、どんなマジックなんだ)
「どうです先輩、『名刺』の力は。他人になるって面白いでしょう」
「あ、ああ」

他人になる・・か
俺はふと思った疑問を鈴村にぶつけた。
「おまえ、どうして今朝は森山さんになっていたんだ」
「一度快活な彼女になってみたかったんですよ。どうしていつもあんなに明るく振舞えるのかなって思って。あ、僕は彼女にそれ以上の興味はないですし、もう彼女の生活を楽しみましたから。先輩も森山さんになってみたらどうですか? そうそう、裏書きも試してみたらどうですか?」
「裏書き?」
「『名刺』の表も裏も白紙でしょう。表に彼女の名前を書いて、裏に自分の名前と住所を書いてみると面白いですよ」
「どうなるんだ?」
「書いてのお楽しみです。紫木さんが言ってたように、自分でいろいろ試して彼女に報告するんですね。それじゃ後は先輩一人でどうぞ。僕はこの街でもう少し遊んでいきますので。ではまた明日」
渋谷駅前の交差点で俺は鈴村と別れた。
駅ビルの中に入る俺の前を、見覚えのある双子の女子中学生が通り過ぎていった。


家に戻った俺は、その夜、名刺に彼女の名前を書いてみた。『森山理々香』と。
そして裏に自分の名前と住所を書いてみる。
とたんに、俺の部屋が一変した。
ピンクの壁紙、男性タレントのポスター、それはまるで女の子の部屋のようだった。
壁にはうちの高校の女子の制服が掛けられている。
クローゼットを開くと、中には女の子の服であふれていた。
普段着だけではない、メイド服やバニースーツ、そして一目でわかるアニメキャラの衣装。
そしてクローゼットの鏡には……

「森山!」

俺の姿は半そでのTシャツとミニスカート姿の森山理々香に変わっていた。
「あら、理々香ちゃん帰ってたの」
「か、母さん!?」
スーツ姿の母さんが部屋の前に立っていた。仕事から帰ってきたのだろう。
「会議が長引いて遅くなっちゃって、ごめんね、夕飯の支度するから。理々香ちゃんも手伝って」
俺の姿を見ても、すっかり変わってしまった部屋の様子を見ても、母さんに驚く様子はなかった。しかも俺の事を理々香って!?
「どうしたの? 理々香ちゃん」
「え? う、うん」
俺は母さんの後について1階に降りた。

母さんの料理の手伝いをしながら母さんと話をする。
母さんの中の俺は一人息子から一人娘になっていた。
いや、そもそも山崎家が森山家に変わっている。
森山理々香になった俺の存在に合わせるかのように、家の存在もすっかり変わってしまったのだ。

食事を終えて、替えの下着とパジャマを持って風呂に入った。
下着を脱いで、己の全身を鏡に映し出す。
俺の目の前で何もかもさらけ出している森山理々香、
この森山理々香の身体、今はこの身体が俺の身体なんだ。
そう思うと気持ちは興奮してくるが、股間の間で興奮していきり立つはずのモノはそこにはない。
裸になってまさぐってみる。
すべすべした肌、胸は大きくないが水泳で鍛えた身体はスレンダーで女の子らしい体形だ。
肩まである髪、愛くるしい顔、そして森山の身体、それが今のオレの身体なんだ。
湯舟に入って股間に手を伸ばす。
股間に手を当てて、思わずはぁ〜っと感慨の溜息をついた。
そこには何もなかった。
そっと溝の中に右手の中指を差し込んでみた
「いたっ!」
指を動かしてみたが痛みしか感じなかった。
「これが森山の感覚……か」
昼間の波多野香織の感覚とは随分違っていた。あの子はここを佐織に触られると気持ち良かったのに。
森山はまだオナニーも経験していないのかもしれないな。

どきどきしながら下着とパジャマを着て部屋に戻った俺は制服のポケットに入った生徒手帳を出して中から『名刺』を抜き出した。
今更ながら気がついたが、生徒手帳も『森山理々香』の名前と彼女の写真に変わっていた。
でもそこに書かれている住所は元の俺の家のままだった。
俺は取り出した『名刺』に書いた名前と裏書きを消してみた。
とたんに部屋の様子が元に戻り、そして俺の姿も元に戻っていた。パジャマも下着もだ。
再び『名刺』に『森山理々香』と書くと、部屋の中も俺も森山理々香の存在に変わる。
「ふーん、これが『名刺』の力なんだ」
机に『名刺』を置いて、俺はピンクのパジャマを着た森山の姿で勉強机に座った。
「でも、どうして今朝はあれが鈴村だってわかったんだろう」
いくら考えてもわからなかった。
でも……せっかくだからこの状況を楽しんでみるか。
そう、それは俺が長年望んでいた望みが実現することでもあった。


俺はパジャマも下着も脱いで裸になると、クローゼットに入っているバニースーツと黒タイツを取り出して足を通した。
カフスをつけ、兎の耳飾りをつけると、鏡の前に立った。
これはあのアニメでヒロインが着ていたバニースーツだ。それを今、森山理々香になった俺が着ている。
鏡の前で指でV字のポーズを取る。
自分の姿を見ていると無性に興奮してくる。
ベッドに倒れ込むと、胸を、白く丸い尻尾のついたお尻を、そして股間をまさぐった。

ああ、これが俺なんだ。

俺の望み、それはあのアニメのヒロインキャラになってみることだった。
年末に偶然ビックサイトのコスプレ広場でこのバニースーツを着てコスプレを披露している森山理々香を見た時に無性に羨ましかった。男の……いかつい体形の俺では決して女の子のコスプレなんてできない。でも俺も彼女のようにあのキャラに成り切ってみたかった。アニメで図書館の中を歩いてポーズを取っている彼女に感情移入して興奮しながら鏡を見ていた。
バニーガール姿の森山さんが、色っぽい目つきで俺のほうを見ている。
今の俺は、あの時の彼女のようにバニースーツのコスプレして、あのキャラに成り切っているんだ。

あ、ああ、あああ

俺が森山で、ああ……ま……い……、ああ、いい、あああ……

風呂では痛みしか感じなかったアソコが今はジンジンをしている。
バニースーツの股間の上からアソコをまさぐる。
ああ、たまらない。
胸をまさぐる。
力が抜けてベッドにしゃがみこんだ。
股のスリットから指を中に差し込むと、内側がぬらっと濡れていた。
ああ、俺は今バニーガールになってオナニーしているんだ、女の子のオナニーを。
ああ、これが森山の感覚、
ああ、いい、なにか、あ、ああ、あああん。
身体がビクビクッと震える、指を動かし続けた俺は、そのままベッドの上に倒れ伏して行為を続けて、そして果てた。


翌朝、俺はそのまま森山理々香として、壁に掛けられていた制服に着替えて登校した。
このまま森山としての高校生活を味わってみたかった。
通学路の途中で友人二人と合流する。
昨日の朝、俺に食って掛かったあの二人、田村あかりと小倉葉子だ。
そう、森山になった今は彼女たちの名前もわかる。
だが、田村あかりの様子はどこかおかしかった。
おずおずと近づく俺を見てにやにやしている。
「田村……さん?」
田村あかりは悪戯っぽい表情でそっと唇を耳元に寄せる。
「僕ですよ、僕」
「ま、まさか、お前、鈴村なのか?」
「はい、先輩は多分こうすると思って、僕も昨日のうちに田村さんの存在になってみたんです。で、どうでした昨夜は」
「え? あ、ああ、『名刺』って面白いな」
小声で話す俺と鈴村、いや田村さんに、小倉が怪訝な表情を向ける。
「どうしたの? 二人とも」
「え? なんでもないよ、行こうか」
俺は二人と連れ立って校門をくぐり、そして教室に向かった。

俺は二人と1年の、森山さんのクラスに入る。
森山さんの机も用具置きも今は俺のものになっていた。
俺が森山さんになって授業を受けるなんてな。

「で、どうします? 森山さん。そのまま今日1日過ごします?」
1時間目の休み時間、俺は田村あかり(中身は鈴村だ)と話した。
「そうだなぁ」
俺は早く家に帰ってコスプレの続きをしたかった。
今日はあの高校の制服を着て、水着を着て、あ、ブルマもあったな。
「先輩、先輩」
「え? あ、すまん、どうした?」
「何の妄想しているんですか? 顔がにやけてますよ」
「え? いや・・」
「ま、だいたい想像がつきますけど、教室では森山さんに成り切っていたほうがいいですよ。そんな顔をしていると皆に不審がられますから」
「そ、そうだな」
「ところで昨日顔が僕のままに見えた原因はわかりました?」
「いいや、今日のお前は田村さんにしか見えないのに、どうして昨日はお前だとわかったんだろうな」
「そうですか。まあ、あと1日ありますから、わかったら僕にも教えてくださいね」
「わ、わかったよ」
「先輩、ここは教室ですよ、先輩は森山理々香なんですよ。わかりますよね」
そう言って、鈴村は田村あかりの顔でウィンクする。
「わ、わかった・・わよ・・」
「ところで先輩、トイレは行きました?」
「え? い、いや、家では使ったけど」
「そうですか。次の休み時間に一緒に行きましょうよ、女子トイレ」
「え? いや、だってお前、俺は」
「先輩は女の子でしょう。女子トイレに行って当然じゃないですか。それに興味ありますでしょう、学校の女子トイレ」
「ば、ばか、そんなもん……俺は変態じゃない、ただ」
「ただ?」
「いや、何でもない」
結局、次の休み時間は鈴村と一緒に女子トイレに行く羽目になってしまった。
個室でスカートをたくし上げてパンティをおろして腰をおろす。
ほお〜っと息をつくと、股間からチョロチョロと黄色いおしっこが出てくる
コスプレはしたいけど、森山の体でこんなこと・・これじゃ変態じゃないか。


その日の夕方、家に帰ると叔父さんが訪ねてきた。母さんはまだ会社から戻ってきてない。
学校から帰ってきてドレッサーの中のコスプレ衣装を物色していた俺はそれを中断されて不満だったが、尋ねてきた叔父さんをリビングに上げないわけにはいかない。
(早く帰れよ、このっ)と内心思いながら、叔父さんにお茶を出す。
「理々香ちゃん、久しぶりだね」
叔父さんの中でも俺は甥の『城ケ崎丈太郎』ではなく姪の『森山理々香』ということになっているらしい。
「理々香ちゃん、ちょっといいかな」
紅茶を一口飲んだ叔父さんは、部屋を出ようとする俺を呼び止めた。
「はい?」
「君は理々香ちゃんじゃないだろう。いや、今の存在は森山理々香だが、本当は山崎丈太郎だ」
「え? どうして?」
「君は俺が以前使った『名刺』を持っているんだろう。今はそれを使って『森山理々香』の存在になっている」
「ど、どうしてそれを」
「どうやらその自分が一度使った『名刺』を他人が使っていると、元の存在がわかるらしいね」
「……ってことは、叔父さんも名刺を使ったんですか?」
「ああ。大きな声じゃ言えんがアイドルやら女優やら楽しませてもらったよ。でも『エムシー販売店』に返したんだ」
「返した、どうして?」
「使っているうちに途中でつまらなくなったんだ、人の存在をトレースしても面白くもなんともないってね」
「そうなんですか?」
「君は楽しんでいるかい?」
「まだ1日だけですけど。中古の『名刺』をお店の紫木さんってマネージャーが貸してくれたんです」
「そうか、紫木さんがね、なるほどな」
「知ってるんですか?」
「まあね。とにかくそれは俺が以前使っていた名刺だよ。初期化はしたんだろうが、どこかに残っていた俺の情報が甥の君に影響が出たんだろう。ふむ、改善の余地ありだな」
「叔父さんもまさか俺のことを」
「ああ、森山理々香という女の子の存在にお前の顔がついているというか、顔はお前のままで身体だけ女の子に変わっているから俺にはすぐわかったぞ。お前が女装しているちょっと恥ずかしい姿がな」
「ええええ!」
「ふふふ……楽しんだら早く店に返すことだな」
「はい、どっちにしても今日までのモニターなので、明日返しますよ」
「そうか、それがいい」
二人で話していると、母さんが帰ってきて叔父さんと3人で夕食を楽しんだ。
森山理々香として、姪として振舞っている俺の正体を知っている叔父さんは、時折俺の顔を見てにやっと笑う。
恥ずかしかった。
その後母さんと話し込んでそのまま帰ってしまった叔父さんと、それ以上の話はできなかった。

その夜も、俺は自分の部屋でアニメヒロインのコスプレを楽しんだ。
試しに、名刺の裏に体形を追記してみた。バストを88、ウエスト58、ヒップを85と。
とたんに俺の胸とお尻がむくむくと大きくなる。
スレンダーな森山理々香の、いや俺の体形がメリハリのある体形に変わる。
「この森山の姿だったらどんな子のコスプレだって似合うよな。俺、このまま・・」
水着のような異世界の衣装を身にまとった俺は自分の姿を視姦し、そして自分の手で、指で自分の身体をまさぐった。
そして今夜も果てる。
「これ、ずっと持っていたいよ。このまま、この森山の姿で、もっともっと」
ベッドの上ではぁはぁと息を漏らしながら天井を見ているとそんな気持ちが湧いてくる。
でも『名刺』は明日あの店に返さないといけない。


翌日も、俺は『名刺』の名前を消さずに森山理々香のまま登校した。
鈴村は、今度は小倉葉子の姿になっている。
まったく飽きないやつ。

「先輩、まだ森山先輩のままなんですか?」
「え、ああ」
「ふーん。で、今日お店に行くんですか?」
「ああ、下校時に寄ってくよ」
「じゃあ、僕も付き合いますね」

そして放課後、俺は森山理々香の姿のまま渋谷に行った。
渋谷の街を歩くと、時折俺たちに男が声をかけてくる。それをあしらいつつ再び『エムシー販売店』に入った。
「あら、来たのね。どうだった?」
「はい、原因がわかりました」
「もしかして『城ケ崎恭介』が原因?」
「あ、やっぱりわかってたんですね。ええ、俺の叔父さんがこの名刺を使ったことがあるそうです。ちょうど昨日叔父さんが家に来て、それで『名刺』のことを話してくれました」
「そう、彼が現れたの」
「でもどうして叔父さんのことを?」
「あなたの苗字が城ケ崎だからもしかしたらって思ったの。でも……そうか、中古品の再販は注意しないといけないわね」
「叔父さんもそんなことを言ったな。まだ自分のデーターが残っていたんじゃないかって」
「調べてみることにしましょう。『名刺』は返しておらえるかな?」
「あ、あの……」
「なあに」
「俺、このまま……」
「使ってみたいの?」
「……はい」
「ふーん」
紫木さんは、右手を顎に当てて俺をじっと見ている。
「まっ、いいか、原因はわかったけど完全消去する方法は今のところわからないし、それはもう売り物にならないわね。だから、あなたにあげるわ」
「本当ですか?」
「でも気をつけるのよ。裏書きも使っているみたいだけど、『名刺』に書いたことが矛盾しているって周囲にばれたら、あなた自身が消滅してしまうかもしれないから」
「そ、そうなんですか!?」
「まあね。この間もちょっと話したけどうちの商品は使い方次第、使う人次第。万能じゃないのよ。だからあんまり無茶なことを書かないようにね。そっちのあなたのほうもよ」
紫木さんは、俺の隣に座っている小倉葉子の姿をした鈴村を見る。
「は、はい? 僕もですか?」
「そうよ、あなた随分派手に使っているんじゃないの? この店の商品も特別な人じゃないとわからないようにしているの。お客様にこういう事を言いたくないんだけど、あまり騒ぎになっても困るから」
そう言って紫木さんは鈴村を睨む。
「わ、わかりました」


俺は鈴村と店を出た。
このままコスプレイヤー森山理々香として生きていける。
そう思うと街を歩く俺の胸はどきどきと高鳴るばかりだった。
「先輩」
「え?」
「これから僕と一緒に楽しみましょうね。うん、ほんとに楽しみ」
そう言って鈴村は小倉葉子の顔で笑うと、俺の腕を掴んで組んだ。
「わかった……わよ」

俺たちはセンター街の人込みの間をかき分けるように歩いていく。
俺たちって、仲の良い女子校生にしか見えないんだろうな。
そんなことを思いながら。


(終わり)










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