探偵助手見習い秋津洲広海の冒険
作:toshi9


【第2話】

翌日、赤城家から探偵事務所に迎えが来た。運転手付きの黒塗りの高級車から出てきたのは、年の頃30代前半くらいの女性。彼女は赤城家のメイド長だった。濃紺のロング丈のワンピースに白いエプロンのいわゆるメイド服に身を包み、髪をアップにまとめている。銀の下縁眼鏡の奥から光る鋭い眼は、ヤリ手のキャリアウーマンと同じ雰囲気をたたえていた。

女子の化粧を済ませ、ロング髪のヘアピースをかぶってブラッシングした広海は、白雪女子の制服に着替え終えると雅に伴われて事務所前に出た。

「秋津洲ひろみです。よろしくお願いします」
「霧島あかねです。お嬢様からあなたをお屋敷のメイドに採用したので、ここから屋敷に連れてくるようにとご指示されています。全く何で私がわざわざ迎えに、それもこんな素人を……いえ、とにかくビシビシ仕事をやってもらいますからね。赤城家で働くからには手抜きは許しません」

おずおずと挨拶した広海だったが、あかねはそう言って彼をキッと睨む。

「あ、あの、お手柔らかにね。この子をどうぞよろしくお願いします」

雅は空気を和ますようにあかねに愛想笑いしてお辞儀すると、広海の背中をさすってポン叩き、車に向かって送り出した。
広海はドアを開けて待っていた運転手に促されるように黒塗りの車に乗り込む。スカートにしわがつかないように両手で揃えて座席に座る仕草は女の子そのものだった。


車の中では二人とも無言だった。あかねは広海に向かって何も聞こうとしない。
そして走ること1時間弱。車は広い塀で囲まれた大きな屋敷に入っていった。

「ここが赤城家のお屋敷なんですか? 大きいですね」
「和洋折衷の様式で戦前に建てられた古い建物よ。使用人はあたしたちメイドを含めて30人くらいかな」
「そんなにですか?」
「このお屋敷を維持するにはそれでも足りないくらいよ」

それまで黙っていたあかねが、広海の問いに初めて口を開いた。
小さなため息まじりのその言葉に、この人にもこの人なりの苦労があるんだなと、広海は少しだけあかねに親近感を覚えた。

屋敷の車寄せに車が止まると、屋敷内から6人のメイドが出てきて広海たちを出迎えた。
「メイド長、お帰りなさい」
「みんなお出迎えありがとう」
「「はい!」」
「この子の紹介は後にしましょう。まずお嬢様にご挨拶よ。秋津洲さん、よろしい?」
「え? は、はい」

広海はあかねの後について屋敷内に入ると、彩有里の部屋に連れられていった。
ドアをノックして中に入ったあかねに続いて広海が部屋に入ると、机に座り書類に目を通していた彩有里が顔を上げる。

「お疲れ様。今日からよろしく頼みますね。ええっと」
「秋津洲、秋津洲ひろみです」
「ああ、そうでしたね。霧島さん、この子に服とネームカードをお願い。今日から早速メイドの仕事をしてもらいますけど、仕事の時以外は好きなように行動させてくださいな。いつでも屋敷のどこに入ってもらっても構いませんから」
「彼女が自分の好きなように行動ですか? そんなメイドなど聞いた事がありません。使用人には使用人の分限があります。新人に勝手な行動を許しては他のメイドに示しがつきません。お嬢様、お考え直しを」

そう言って真剣な目で彩有里をじっと見つめるあかね。
彩有里は軽くため息をつく。

「うーん、やっぱりメイド長のあなたにはきちんとお話しておかないと駄目かな。実は、この子にはアレを守る為に来てもらったの」
「アレを守る? それじゃ、例の予告状の件を」
「ええ、吉岡探偵にお話しました。そして依頼を引き受けていただきました。秋津洲さんは吉岡探偵の助手よ」
そう言って彩有里は広海に向かってパチリとウインクする。
「この小娘が探偵助手……ですか?」

あかねは銀縁眼鏡越しに瞳の奥から侮蔑の光を浮かべ、広海をじろじろと見ている。その視線は広海にとって居心地の悪いものであったが、一方で吉岡探偵の助手と紹介された事に舞い上がってしまっていた。

「はい、吉岡探偵の元で働いています」
上ずった声で答える広海。そんな彼をちょっと微笑みながら彩有里がフォローする。
「そういうこと。ひとは見かけによらないものでしょう」
「こんな小娘に警護をやらせるというのは少々不安ですが、お嬢様のご指示では仕方ないですね。でもさすがに新人にいきなり屋敷内で勝手に行動させるというのは……誰か手練れと組ませるということでいかがでしょう」
「それでいいわ。人選は任せます」
「わかりました。では秋津洲さん、あなたは早く着替えてきなさい」
「ええっと、どこに行けば」
「あかねさん、案内してあげてちょうだい」
「は、はい、お嬢様(全く何であたしがそこまで……)」

彩有里の部屋を出た広海は、あかねに連れられてメイドの待機部屋に入ると、着ていた女子高の制服から赤城家のメイド服に着替えさせられた。白襟の濃紺膝丈のワンピースに白いエプロン、そして頭にはレースのあしらわれた白いカチューシャという典型的なメイド服だ。そして改めて屋敷のメイドたちに紹介される。

「今日から屋敷で働いてもらうことになった秋津洲ひろみさんよ。お嬢様のご指示で、特に持ち場は決めません。それと、彼女にはアレの警護役も兼ねてもらいます」
あかねに紹介されて、広海はメイドたちの前でぺこりとお辞儀する。
「アレってあれですか? この子が?」
見た目は華奢でどう見ても高校生女子にしか見えない広海に、メイドたちがざわざわとざわつく。
「お嬢様のご指示よ。さあさあ自己紹介して」

あかねの指示に、並んでいたメイドたちは自己紹介を始めた。
「漣綾乃(さざなみあやの)です。お嬢様の為に一身を投げ打つ覚悟はできてる? メイド道は大変よ」
「こんにちは、夕立薫子(ゆうだちかおるこ)よ、まだ慣れてないっぽい? 秋津洲さんよろしくね」
「望月圭(もちづきけい)で〜す、よろしく〜」
「谷風紗良(たにかぜさら)だよ。困ったことはなんでも教えてあげる。この谷風にお任せだよ」
「はいは〜い! 村雨日和(むらさめひより)よ、がんばりましょう」
「秋津洲ひろみです、よろしくお願いします」

自己紹介ごとに、5人のメイドたちに向かって広海はぺこりとお辞儀をする。
霧島あかねと同様、メイドたちに反感を持って迎えるのではないかと思っていた広海だが、彼女たちが彼を新しい仲間として快く受け入れてくれた事にほっとしていた。だがそれはあくまでも広海を同性として見ているからだ。もしも男だとバレたらどうなるものかわかったものではない。だが、どのメイドも彼が男だと気付いた様子はなく、広海は内心ほっとしていた。
だが一番左に立つメイドは、挨拶せずにじっと鋭い目線で彼を見ていた。
(彼女、もしかして僕が男だと気づいた?)
そう思った広海は恐る恐る彼女に声をかけた。
「あの、秋津洲ひろみです。よろしくお願いします」
「不知火佳織(しらぬいかおり)です、よろしく」
「メイドって初めてでわからないことばかりなので、お仕事教えてくださいね」
「ふっ、くだらない」
「え?」
「使用人とは言っても、あたしたちもプロよ。素人にできるのかしら。自分で覚えるのことね」
「不知火さん!」
あかねが佳織を睨む。
「不知火さん、あなたには秋津洲さんと組んでもらうわ」
「こんな未熟者とですか?」
「そうよ。できるわね」
「やれと言われればやりますが、手加減はしません。いいですか?」
「それでいいわ。秋津洲さん、昨日まで彼女と漣が屋敷内の見廻りを担当していたのよ」
「そうだったんですか、よろしくお願いします」
「本当にこの子にアレの警護もやらせるんですか?」
「こればっかりはお嬢様のご指示ですから」
あかねの言葉に端に少しばかりの不満がにじむ。 
「わかりました。全く、こんな子にいきなりそんな大事な仕事をさせようだなんて、お嬢様も何を考えているんだろう」
そう言ってやれやれといった風情で両手を広げると、佳織は部屋を出ていった。
「ほんとあの子、融通が利かないんだから。あ、気にしないで。あんな性格だけど悪い子じゃないの。いろいろ助けてくれると思うわ」
「わかりました。よろしくお願いします」
広海はあかねにペコリとお辞儀した。
「それじゃ、あたしは執務室に戻るから、みんな、後はよろしくね」
そう言い残すと、あかねは部屋を出て行った。

メイド長の霧島あかねがいなくなると、部屋の空気が少し和む。若いメイドたちの中に取り残され不安になるひろみだったが、その不安はすぐに解消されることになった。

「秋津洲さん、よろしくね」
メイドのひとりが寄ってくる。
「あなたは、ええっと」
「村雨よ、村雨日和。あたしも欠員補充で一週間前に入ったばかりなんだ。新参者同士仲良くしようね」
「そうなんですか、こちらこそよろしく」
「ところで、秋津洲さんあなたもしかして……」
「え?」
「ううん、なんでもない。がんばろうね」
「う、うん」

一瞬、真顔になった圭だが、すぐに元のにこにことした笑顔に戻る。
広海は男だとばれたかのと思い一瞬ドキッとしたのだが、その後彼女がそんな素振りを見せることはなかった。

「ほらほら、ぐずぐずしていないで屋敷内の掃除に庭の手入れ、やることはたくさんあるんだから、みんな仕事にかかりましょう」
漣綾乃が、パンパンと手を叩く。
それを合図に、メイドたちは各々の仕事に取りかかっていった。

広海は漣に連れ戻された佳織について、彩有里の部屋の掃除、ベッドメイキングといった仕事をこなしていった。どの仕事も雅に叩き込まれていたおかげで、その鮮やかな手際は佳織を驚かせるに十分だった。
当初は広海をばかにしていた佳織も、広海の仕事ぶりを見て段々とその態度を変えていった。


午後になると、広海は仕事の合間に佳織とともに屋敷の様子を少しづつ調べて回った。だが庭にも、どの部屋にも特に異常は見つからない。調度を凝らした屋敷内は広海たち一般人の暮らしとはかけ離れたものであることは間違い無いが、それでもそこにあるのは平和な日常そのものだった。

「予告の日は明後日。本当に屋敷内に怪人緋朗やその手下がいるんだろうか……」

そう思いながら、広海は大事なことを思い出した。

「不知火さん」
「なあに?」
「ボクたちが守らなければならない赤城家の家宝って、どこにあるんですか? 今まで見廻った部屋には、それらしきものが無いんですけど」
「あら、そうだったわね、こっちよ」

廊下の奥に進むと、行き止まりになっていた。そこは白い壁だ。だが壁には認証用のセキュリティボックスがある。佳織はそこに右手をかざし、壁に向かって立つ。
しばらくすると、何もない白い壁が左右に分かれて入口が開いた。

「指紋認証と、顔認証のダブルチェックになっているの。そして入り口を通れるのは一人ずつ。扉の向こうが隠し部屋になっているの。あなたも登録しないとここには入れないわ」
「あの、どうすれば?」
「今、登録するから、そこに立って、手をかざしなさい」

セキュリティボックスの前に立つと、右手をかざす。しばらくすると、ピッという音が鳴る。

「はい、これで終わりよ」
「意外と簡単なんですね」
「あたしがこれの管理者なの。認証登録は管理者権限よ。と言っても誰でも認証しているわけじゃないわ。認証登録済みなのはあたしとお嬢様と霧島メイド長、それに執事のセバスチャン・東郷さんだけ。あなたが5人目」
「あ、そうなんですね」
「それじゃ、あたしについてきてちょうだい。あ、中は土足厳禁だから、入る時に靴を脱ぐのを忘れないで」
「わかりました」

言われた通りに靴を脱ぐと、広海は佳織の後に続いて狭い入口から隠し部屋の中に入った。部屋の中は意外に広い。おおよそ十畳ほどだろうか。その真ん中に置かれたテーブルに載せられたガラスケースの中に、煌めきを放つネックレスがあった。彩有里が首にかけていたものとそっくりだ。大きなペンダントヘッドが部屋の照明にきらきらと輝いている。天井には四隅にカメラが設置されていた。部屋の中は常に監視されているのだろう。

「これが赤城家の家宝『スパローティアズ』よ」
「素敵ですね。でもこんなところに置かれてて大丈夫なのかな」
「あら、誰でも入れないということはわかったでしょう。不安なの?」
「普通の泥棒では手出しできないと思いますけど、でも相手はあの怪人緋朗ですからどんな手を使って盗み出そうとするか」
「怪人緋朗がこれを盗み出すとしたら、どうすると思う?」
「ボクは…うーん、わかりません。とにかく予告時間までしっかりこれを守るだけです」
「ふふっ、素直なのね。それじゃここはもういいかしら」
「ええ、今日のところは」

かおりはふっと笑うと、小さな扉をくぐって廊下に出る。広海もそれに続いた。

(出入り口はひとつ、認証登録している人間はごく一部だけ。それも顔と指紋のダブルチェック。この中からどうやって盗み出すというんだ)

広海の中にその答えはなかった。


(続く)




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