コ・コ・ロ・ガ・ケ
  (Web版)

 作:toshi9



「四つんばいになれ」
「はい」
「尻をあげろ」
「はい」
「もっとだ」
 ピシリという音が部屋の中に響く。
「うううっ」
 俺は奴の声に促されるように肘を床に付けて頭を下げると、尻を高く差し上げた。その動きに、床に向かって俺の胸からたわわにぶら下がった乳がぷるんぷるんと揺れた。
「よし、じゃあいくぞ」
 奴の手がショーツ越しに俺の臀部に宛がわれる。そして……。
 ああ、俺はこのまま奴のものを受け入れるのか。この体で、しかも今の俺はそれを望んでいる。何故だ、どうしてこんなことに。
 はぁはぁと荒い息を吐きながら、俺は今日の出来事を思い返していた。
 そう、そもそも事の発端は会社で起きたある出来事からだった。だがそれは特別な出来事ではなく、俺にとってはいつもとさして変わらぬ些細な出来事だった。たった一つのことを除いては。そしてその事の裏に秘められた意味に気付いた時にはもう遅かったのだ。

 俺の名前は里崎圭、化粧品会社に勤める40歳のサラリーマンだ。会社でのある出来事というのは、仕事上の失敗を重ねる部下の清水を散々怒鳴った事だ。だが怒鳴るのも、もうこれで何回目だろう。清水は入社二年目、俺の部下として配属された時には有名国立大学を現役卒業した優秀な人材ということもあり大いに喜んだものだが、それも束の間、清水には仕事を任してみると自分本位なところがあり、ちっとも相手のことやお客様のことを考えようとしない癖があった。今時の若者ってそうなんだろうか。しかし俺は何とかそんな彼の悪癖を直そうと、配属されて以来事有る毎にやんわりと注意してきたのだった。だが何度注意しても彼の癖は直らない。俺のほうも何度となく繰り返しているうちに段々と我慢ができなくなってくる。語気も荒くなり最近ではついつい怒鳴ってしまうことが多かった。そう、昼間もそうだった。
 だが、今日に限っては彼の態度が少し違っていた。いつもはうな垂れて俺の説教を聞いている清水が恨めしそうな目でじっと見つめ返すのだ。そんな彼の目を見て「これは少しフォローをしておかなければいけないな」と思い、仕事が終わった後飲みに誘ったのだ。清水の奴いつもは何だかんだ理由をつけ俺の誘いを断ってしまうのだが、今日は何も言わずについてきた。

 飲み屋で俺は生ビールを煽りながら何度も清水に諭した。
「なあ、清水くん、しっかりしてくれよ。俺は君に期待しているんだ。君ももうこの仕事に就いて丸1年になるんだろう。もっと相手の身になって仕事するように心がけてくれよ。そうすれば自ずと自分がどう動かなければいけないのかわかるはずだぞ」
「はあ、そうしているつもりなんですが」
「いや、わかっちゃいない。大体君はだなぁ……」
 わかっちゃいないのは俺のほうかもしれないな。今日は腹を割ってゆっくり飲み合おうと思っていたのについつい説教してしまう。そんなつもりは無かったのだが……。
「ねえ里崎さん」
「ん?」
「お客様や、相手の身になって考える。里崎さん自身はそれをいつも実践されているんですか?」
「当たり前だ。俺はいつもお客様第一。どんな時だって相手の気持ちになって対応しているぞ」
「そうですか……。そうだ里崎さん、今から俺の家に来ませんか」
「ほう、君の家にか」
 部下が上司を自分の家に誘う、昔は俺も自分の上司を家でもてなして気に入られようとしたもんだが……そうかそうか、こいつもようやくサラリーマンの自覚が芽生えてきたか。
「ああ、構わんよ」
「ありがとうございます。実は面白いものを手に入れたんですよ」
「面白いもの?」
「はい。常々相手の身になって仕事しなさいと言われる里崎さんの言葉を自分なりに考えてみまして、先日手に入れたものがあるんです。それを使ったら僕も少しは変われるのかなって。でもそれが果たしてどれ位効果があるものなのかよくわからないんで、できましたら里崎さんに効果の程を試してみてもらえないかなと思いまして」
「ほう、それは良い心がけだ。それにしてもその面白いものとは何なんだい」
「それが口ではうまく説明できないんで、それで早速今からうちに来てもらえないかと思いまして」
 清水の奴、何だかんだ言いながらちゃんと俺の言ってることを考えてくれているんだ。俺は彼の話を聞いて少し嬉しくなった。それにしてもこいつ一体何を手に入れたんだか。
「よし、わかった。じゃあ早速それがどれ位君の仕事に役立ちそうか試させてもらうとするか。ごくっ、ごくっ、ぷは〜」
 酔った勢いも手伝って、俺は清水の家に乗り込んでみることにした。だがジョッキに残ったビールをぐいっと飲み干した瞬間、奴が一瞬にやりと笑ったことに俺は気付いていなかった。

 飲み屋を出るとタクシーを拾って清水の家に向かったのだが、俺はすぐに寝入ってしまい、何処をどう通ったのかわからないうちに車は清水の家に到着していた。
「里崎さん、里崎さん、起きてください。着きましたよ」
「う、うーん、そうか。どれ、タクシー代を……」
「あ、僕が払っておきましたから」
「おお、すまんな。え? お前の家ってこんな豪邸なのか」
「いえ、豪邸って程じゃないですが」
 タクシーから降りた俺の目の前には立派な門構えの洋館がそびえ立っていた。門柱には『清水』という表札が掲げられている。
「さあ、どうぞ」
「う、うむ」
 門の扉を開けて敷地の中に入っていく清水の後について俺も中に入っていった。月明かりに照らされた庭は広くてよく手入れされている。こいつこんな良いところのおぼっちゃまだったんだ。
 清水がインターホンを鳴らす。
「帰ったぞ」
 その口調は会社ではとても考えられないような横柄なものだった
 やがてカチャリとドアが開くと、屋敷の中から濃紺のワンピースに白いカチューシャと白いエプロンをつけた、絵に描いたようなメイドが出てきた。しかもまだ高校生くらいに見える、どきりとするようなかわいい少女だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」 
「ああ、今日は客を連れてきた。応接に通してくれ。それから酔い覚ましにお茶も頼む」
「かしこまりました」
 メイドはぺこりと丁寧にお辞儀して清水と俺を応接間に案内すると、そのまま奥に引っ込んでしまった。俺がじっとメイドの出ていった後を見ていると、清水が口を開いた。
「実は僕の両親は現在海外に行ってまして、屋敷のことは住み込みのあのメイドに任せているんですよ。さて、じゃあ僕はちょっと例のものの準備をしてきますので、里崎さんはここでしばらく待っていてください」
 清水はそう言い残すと、俺を残して出て行ってしまった。
 おいおい、じゃあ清水の奴あのかわいいメイドと二人だけでここに住んでいるのか。

 コンコン
「失礼します」
 酔った頭でいろんなことを想像していると、程無くしてメイドが戻ってきた。思わずそのかわいい顔をまじまじと見つめてしまうが、彼女はそれを気にするでもなく俺の目の前で黙々と紅茶を点てている。だがその手つきは、どこかぎこちない。
「きみ」
「・・・・・・・・・」
 しかし声をかける俺を無視して、彼女は二人分の入れたての紅茶とチーズケーキをやはり危なっかしい手つきでテーブルに置くと、黙ったまま部屋を出て行ってしまった。
 うーん、かわいいのに愛想の悪いメイドだな。
 出て行ったメイドについてあれこれと考えながらティーカップに口をつけていると、清水が部屋に戻ってきた。
「里崎さん、どうもお待たせしました」
 清水は、テーブルを挟んで向かい側にどかっと腰掛けた。
「これ、頂いているよ」
「ああ、どうぞどうぞ。それはこの辺りではなかなか手に入らない代物ですよ。それにそのケーキも美味しいんですよ」
 清水が紅茶を飲んでいる俺にテーブルに置かれたケーキのほうも勧めた。
「ああ、なかなか美味いな。それにしても……」
「え? 何か?」
「ん? あ、いや、なかなかかわいいメイドじゃないか」
「ははは、彼女のことが気になりますか?」
「かわいい娘なんだが、しかし愛想が悪いな」
「そうですか、どうも気の利かない奴ですみません」
「ご主人様に似ているのかな」
「は?」
「ははは、いやなに、冗談だよ、冗談」
「ま、まあ彼女は接客に慣れていないもので」
「そうかそうか、あっははは」
「はっははは」
 笑い出した俺につられるように清水もへらへらと笑い出していたが、その拳をぎゅっと握り締めていた。それが何を意味するのか、俺はその時全く考えていなかった。

 それからしばらく二人で黙々と紅茶を啜り、ケーキを食べていたが、やがて皿の上のケーキも紅茶も無くなった頃、清水が口を開いた。 
「さて里崎さん、もう酔いは醒めましたか。もしよろしければ早速例のもののある所に案内したいのですが、如何でしょうか」
「え? あ、ああ」
 清水が呼び鈴を鳴らす。するとさっきのメイドが入ってきた。
「はい、ご主人様」
「これから例の所に行く。お前も一緒に来るんだ」
「はい」
「さあ里崎さん、行きましょう」
 清水に促されるように席を立った俺は、メイドと彼の後ろについて応接室を出ると地下室に下りていった。ドア開けてメイドが部屋の中に入る。続けて清水と俺もその中に入った。

 部屋の中には大きな機械が置かれていた。操作ボタンの並んだその機械は既に起動させられていて、ディスプレイには明かりが入り、パネルがチカチカと瞬いていた。
「じゃあ説明します。この機械はデーターの記憶兼送受信装置になっていまして、子機を付けた人間に特殊な電波を送ることで、その人間にあらかじめインプットされた他人の生活を体験させられるようになっているんです。所謂バーチャルマシンの発展型ってところですね」
「ほお、もうそんなものがあるのか。すごいもんだな」
「ではまずこれを頭に付けてください」 
 清水が差し出したのは薄い金属製のヘアバンドのようなものだった。
「それは?」
「これが子機です。これを頭に装着すると、機械本体から発信されたデーターが直接脳に送られるんです。そしてそのデーターに従って他人の生活が体験できるという訳です」
 清水が幾つかのボタンを操作すると、機械がブーンという唸り音を発生させ始めた。
「うーん、しかしお前何処でこんなものを手に入れたんだ」
「うちの大学の研究室から借りてきたんですよ。どうです、これを使えば限られた条件ですが、どんな場所のお客様でもデーターさえ有れば、お客様の立場でものを考えるって言うのが本当に体験できるんですよ。昨日少しだけ試してみましたが、とっても面白いですよ」
「ふーむ」
 俺は清水がにやりとした笑いを浮かべるのを見て何となく嫌な感じがした。
「さあ、お願いします、里崎さん」
 嫌な感じはするが……だがこのバーチャルマシン、確かに面白そうではある。
「よし、じゃあ試してみようじゃないか」
 俺はヘアバンドを受け取るとそれを自分の頭にパチンと嵌めた。
「だが、うちのお客様の立場と言ってもなあ。どんなパターンが用意されているんだい」
「最初は対面販売での、そして……あ、今聞かないほうが面白くありませんか」
「ふーむ、それもそうだな。よし、じゃあ頼むよ」
「はい、それでは早速始めますので、ソファーに横になってリラックスしていてください」
 俺は言われた通りソファーに横になった。清水がカチカチとキーボードを慣らす、そしてエンターキーを押した瞬間、機械のランプがチカチカと点滅を始めた。ディスプレイに何かの文字が映し出されている。俺がこれから体験するパターンについて書かれているんだろうか。ちょっと興味を感じて覗き込もうとしたが、その瞬間ふーっと猛烈な眠気が俺を襲った。早いな、もう始まるのか……。
「それでは課長、良い体験を。そしてあなたが次に目覚めた時には…………」
 そこまで聞いて俺の意識は途絶えてしまった。清水の奴、何を言おうとしたんだ。だが俺の心はそのまま深い闇の中に沈み込んでいった。
 最後に目に入ったのは両手に二つのヘアバンドを持った清水がゲラゲラと笑っている姿だった。何だこいつ、何を笑って……。

(その2へ)

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