僕には好きな女性(ひと)がいた
 いじめられていた僕を庇い、母のようにぎゅっと抱き締めてくれた
 彼女の腕の温もりを今でも忘れない
 彼女はどこにいったのだろう
 僕はどこにいったのだろう



 元気を出して
 作:toshi9



 僕が彼女に出会ったのは、中学の頃だった
 彼女はクラスのマドンナ的存在
 いつも明るい彼女の周りは太陽の光に包まれているようだった
 一方の僕はクラスの中で目立たない日陰の存在
 そんな僕たちに接点なんかあるはずがない
 彼女と話なんてできるはずがない
 そう思っていた

 でもある日のこと
 いつものように教室の中で陰湿ないじめを受けていた僕を
 彼女は身をもって制してくれた

 クラスメイトなんて名ばかり
 最初のホームルームで「出会いを大切にしなさい」と言った先生の言葉は、
 北風のように空しく教室を吹き去っていった
 出会いは無かった
 あったのは理不尽ないじめだけ
 誰も見て見ぬ振りをして止めようとしてくれなかった
 僕の心は凍てついた

「やめなさい!」

 凛とした声が教室に響く
 驚くいじめグループ
 彼らの輪を割って入ってきたのは彼女だった

「なにやってるのよ、恥ずかしくないの!?」

 その気迫に押されて囲みを解くと、彼らはチッっと舌打ちして教室を出ていった
 振り返った彼女は、じっと僕を見る
 そしてぎゅっと僕を抱き締めた
 柔らかな彼女を腕を通して、僕の心に暖かな光が射し込んでくる

「○○君も○○君よ、なんでされるがままにしているのよ」

 え?

「…………」

 次の彼女の言葉は聞き取れなかった
 見上げた彼女の表情は、教室の窓から差し込む夕陽の眩しさに隠れていた
 結局彼女を話したのはその時だけ
 いや話をしたとは言えないのかもしれない
 僕には何も答えられなかったのだから
 そしてそれっきりだった
 だって彼女は……
 翌日、彼女は学校に来なかった
 転校の決まっていた彼女にとって、それは最後の1日だった
 彼女は何も告げずにクラスから去っていった
 朝のホームルームで先生から彼女の転校を聞かされた僕は、
 呆然とそれを聞いているしかなかった

 僕の中に残る彼女の温もりが、僕を揺さぶる
 もう一度会いたい、会って彼女にちゃんと答えたい
 でも僕にはもうそれを実現する術はない
 遠い街に行った彼女に再会するなんて叶わぬ夢



 そして僕は大人になった
 地元の小さな会社に就職した僕は、やがて職場で嫌がらせを受けるようになった
 皆に溶け込もうとしない頑なな僕の態度が気に入らなかったらしい
 でも、そんなことわかるはずもない
 僕の心は、相変わらず凍てついたままだった
 
 そんな日常の中で彼女を見たのは、勤め帰りの電車の中
 いや彼女であるはずがない
 だって電車の中で見たのは、あの頃の彼女そのままの中学の制服を着た女の子
 電車の椅子に座って懸命に携帯でメールを打っていた

「○○さん」

 危うく声をかけそうになって、僕ははっと声を呑む
 彼女のはずがない
 そう、他人の空似ってやつなんだ
 でもそれから同じ時間、同じ電車の中で、僕は彼女を見かけるようになった
 セーラー服の中学生
 でも見れば見るほど彼女にそっくり

 胸が震える
 唇が震える
 そして僕は……

「いらっしゃいませ」
「すみません、これをください」
「はい、こちらですね」

 たった一度だけでいい
 あの時の思いを伝えたい
 そして手に入れた青いゼリージュース

 僕は何をしようというのだろう
 僕はどこにいこうとしているのだろう
 駅をおりた彼女の後を追いながらそう自問する
 でも一度湧き上がった衝動はもう抑えることができない
 やがて彼女は「ただいま」と一戸建ての家に入っていった
 そこが彼女の家

 塀の陰で興奮を抑えながらごくごくとゼリージュースを飲み干す
 僕の体がみるみる透き通っていく
 服を脱ぐと、ぷるぷるとゼリー状になった体が震える
 ああ、もうすぐ僕は彼女に……
 半開きになったままの玄関をそっと開けて中に入る

 彼女はどこだ

 僕はそっと二階に上がった
 扉を開けると彼女がいた
 白い肌にぴたりと張り付いた桃色のブラジャーとショーツ
 制服を脱いだ彼女は、着替えている最中だった

「○○さん」

 そっと声をかけた僕は、背中を向けた彼女の後ろからそっと抱き締める
 いとおしむように、あの時の彼女を思い出しながら

「誰?」

 僕の手が触れた瞬間、彼女が振り向く
 僕は構わずに抱き締めた腕に力を込めた

「はうっ」

 僕の腕の中でビクリと体を震わす彼女
 その瞬間、僕の手はずぶりと彼女の体の中に溶け込んでいた
 彼女の動きが止まる

「なに? なにかが入って、いや、誰なの、やめて!」

 彼女が小さな悲鳴を上げる
 だが僕にやめるつもりはない
 抱き締めた彼女に向かって無言で体をぐっと突き出す

「いや、やだ、気持ち悪い、やめて、やめて、やめ……」

 僕の体が彼女の中にゆっくりと入っていく 
 彼女の手に、足に、頭に、そして指先に、体のすみずみに僕の体が染み渡っていく
 突然彼女の悲鳴が止まる
 
「……ふう」

 気がつくと、僕は彼女になっていた
 ドレッサーの扉についた鏡を覗き込む
 中学生らしいあどけなさを残した彼女の顔
 それは眩しくて真っすぐに見られなかった、あの時の彼女の顔
 そんな彼女が鏡の向こうからじっと僕を見ている

「○○さん」

 鏡に向かって声をかける
 鏡の彼女も僕も向かって言葉を返す

「○○君」


 僕は彼女になった、いや、僕が彼女なんだ
 そう感じながらブラジャー越しに両胸をそっと押さえる
 手に柔らかな胸の感触が伝わる
 自分の胸の膨らみが潰されている感触が伝わる
 息が荒くなる
 はぁはぁと彼女のかわいい息遣いが僕の口からこぼれる
 ぎゅっと強く体を抱き締める

「あん」

 少女そのものの甘い喘ぎ声が僕の口から漏れる
 がくがくと膝が震える
 立っていられなくなった僕はベッドに倒れこんだ
 ふわりと彼女の匂いが鼻腔をくすぐる

 ベッドに体を横たえたまま胸のブラジャーをまくりあげ、ショーツを膝まで下ろす
 左手と右手を恐る恐る彼女の大事な部分に伸ばす
 指先がくにくにとした柔らかさに触れる
 僕のモノではない彼女のモノがそこにある
 息がますます荒くなる

「はぁはぁはぁ、はぁはぁはぁ」

 僕のモノとは違う感触、
 僕のものとは違う感覚

「これ僕の、いいえ、あたしの」

 そっと指を差し入れる

「あ、ああん」

 その瞬間、体を電気のようなものが走り抜ける
 指を動かすと、その度に快感が体中を駆け巡る

 目をつぶると僕が彼女を抱いていた
 いいえ、あたしは僕に抱かれていた
 そう、あたしが今受け入れているのは……

「あ、あうん、い、いい、気持ちいいの。○○君、もっと、もっと」

 指の動きが激しさを増すと共に、何かがこみ上げてくる
 口から喘ぎ声が漏れる

「い、いく、いっちゃうよ」

 全身を覆い尽くした快感の嵐が最高潮に達する
 瞬間、体が浮き上がるような絶頂感が僕の体中を貫いていった
 僕は幸せで満たされていた



 快感の嵐が吹き去った後、
 僕はベッドの上で仰向けになったまま虚ろに天井を見上げていた
 彼女になって僕は何をしたかったのだろう
 こんなことをするつもりはなかったのに
 涙が一筋頬を濡らした

 その時、雲間から太陽が顔を出した
 自己嫌悪に陥った僕の顔に、窓からぱっと光が差し込む
 眩しさの中で、あの時聞き取れなかった彼女の声が聞こえたような気がした

「元気を出して」

「……僕……がんばってみるよ」

 春の日差しが優しく僕を包み込んでいた



(終わり)

                                  2009年1月18日脱稿














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