世良啓介の陰謀によって、恋人でありチーム専属のレースクイーンでもある女子大生の佐古田真紀の姿にされてしまった慎一。
慎一の姿に変身した啓介は、慎一に真相を放談すると、高笑いしながら更衣室を出て行った。
一人残された真紀(慎一)は、閉じられた更衣室のドアを呆然と見ながら、そこに立ち尽くすしかなかった。
アクセル・クイーン(後編)
作:toshi9
挿絵:HIROさん
「確か数日経てば元に戻るって言っていたな。一生このままじゃないんだ」
慎一(啓介)の言葉を思い返して少しだけ安堵する真紀(慎一)だったが、気を取り直す。
「いや、俺の姿になってわざとレースに惨敗する? 駄目だ、一刻も早く何とかしないと。そもそもわざと惨敗だなんて……待てよ、組織と言っていたな。まさかまたレース賭博を……俺の姿で!?」
もし実行されると、誰もが慎一がレース賭博に加担したと思うだろう。そうなったら、例え元に戻ってもレース界から永久追放だ。
それに気がついた真紀(慎一)はぶるっと身震いした。
「くそう、何とかしないと」
だが、そこでまたドアがどんどんと叩かれる。
「真紀、真紀、いつまで待たせるのよ。慎一さんの話は終ったんでしょう。全く忙しいのに慎一さんったら。早く着替えなさい」
操がドアの向こうから催促する。
さっきよりさらに声がきつく感じる。
「このままじゃひと悶着起きかねないか。結局、これに着替えて外に出るしかないのか」
キャリーバッグからレースクイーンのコスチュームを取り出すと、真紀(慎一)は着ている服を脱いでそれに着替えた。
鏡の前に立つと、そこにはすっかりレースクイーンとなってしまった自分の姿が映っている。
その魅惑的な姿に、真紀(慎一)はため息をつくしかなかった。
「色っぽい、色っぽいよ。
でもこの真紀が俺だなんて」
そう思いながらも、鏡をじっと見ているとむらむらとしてくる。
少しポーズを取ってみると、レースクイーンの衣装を着た最愛の真紀がそこで思い通りのポースを取ってくれるのだ。
短いスカートをたくし上げて上目遣いの表情をしたり、胸を両手でくいっと鏡に突き出したりしてはニヤけてみたものの、はっと気がついて再び落ち込む真紀(慎一)だった。
「何やってるんだ、俺……」
だが気を取り直して空になったはずのキャリーバッグを閉じようとした時、真紀(慎一)はその底に1本のドリンクがあるのに気がついた。
「あの時のドリンクだ。もう1本ある? まさか予備?」
八百長賭博で確実に儲けようとしているのなら、入れ替わりを必ず成功させようとするだろう。用心深い組織なら予備のドリンクを啓介に渡しておく事くらいするかもしれない。だがこんな大事なものをそのまま放置していくものだろうか。
首をひねる真紀(慎一)だが、チームに在籍していた頃からどこか緻密さに欠ける啓介が、有頂天になって持ち去るのを忘れてしまうというのは十分有り得る事だと思った。
とにかく、このドリンクは反撃の為のかすかな光明だ。もう一度二人で飲んでキスすることができれば、すぐに元の姿に戻れるかもしれないのだ。
そこまで考えて、ぱっと気持ちが明るくなる真紀(慎一)。
だが、慎一(啓介)が「ああそうですか」と、すんなり飲んでくれる訳がない。
貴重な1本をどのように使えばいいのかと考え込んでしまう真紀(慎一)だが、良いアイデアを思い巡らす暇もなく、しびれを切らした操がドアをバタンと開けて更衣室の中に入ってくる。
「もう、何しているのよ。早くしなさいって言っているでしょう。ほら、そんなもの置いて。行くわよ」
「す、すみません」
操の剣幕に押されて、ドリンクをキャリーバッグの中に残したまま真紀(慎一)は引っ張られるように「アクセル・レーシング」チームのピットに向かう。
ピットの前には同じ衣装を着た数人のレースクイーンが集合していた。
チームのレースクイーンはグループリーダーの操以下全部で5人。真紀(慎一)もやむ無くその中に加わる。
「誰かさんのせいで遅くなっちゃったけど、もう一度スケジュールの確認よ。チームの練習走行は12時で終わりだけれど、私たちはグループ全員でそのままピットウォーク継続。12時30分になったら各チームのレースクイーン合同の写真撮影会があるから、時間になったらメインスタンド前に集合よ。レースの開始は13時。スタートしたらピット前に戻って1号車と2号車の応援に専念すること。いいわね」
「「はい」」
ミーティングを締める操の声に、チーム5人が一斉に返事する。真紀(慎一)も、
無意識に返事に加わっていた。
「おっ、よく似合うじゃないか」
ミーティングが終ったところで、にやにやと笑った慎一が彼女たちの前に現れる。
「あ、江波さん、調子はどうですか?」
憧れ色を浮かべた瞳を向けて、操が慎一(啓介)に尋ねる。
「上々さ、優勝は任せとけ」
「あたしたちも一生懸命応援しますから、がんばってくださいね」
「ああ、頼むよ。真紀もがんばれよ、あっははは、楽しみだ。じゃあな」
そう言ってピット内の1号車に向かう慎一(啓介)
その背中を真紀(慎一)はじっと睨みつける。
「くそう、このままじゃレースがめちゃめちゃになってしまう……何とかしないと」
「どうしたの? 顔色が悪いわよ、真紀」
レースクイーンの一人、神谷忍が真紀(慎一)に声をかける。
「その、俺は真紀じゃないんだ」
恐る恐る切り出してみた真紀(慎一)だが、忍の目が点になる。
「は? 何変な冗談を言い出すのよ、ばっかじゃないの? ほら行くわよ」
「……やっぱり駄目か」
やがてレース前の最後の練習走行が始める。だが慎一(啓介)の運転する1号車はペースが一向に上がらない。ストップウォッチを持つチームの監督は、いらいらしながらピット前を通過する1号車を見ている。
いつもの慎一では考えられないその走行ぶりに、ピットに戻った慎一(啓介)に監督が声をかける。
「どうしたんだ江波。どこか体調が悪いのか?」
「すみません、精一杯やっているんですが」
「メカニック陣ががんばってくれたおかげで車の整備は万全のはずだ。頼むぞ、総合優勝もかかっているんだからな」
「はい。本番は任しておいてください」
それを聞いた監督は、わかったと言わんばかりにぽんぽんと慎一(啓介)の背中を叩く。
そして、再び慎一(啓介)は1号車に乗り込むと、ピットを発進していった。
それを、真紀(慎一)はくやしそうに見ていた。
「監督!」
「なんだい真紀ちゃん。今忙しいんだから、できれば後にしてくれるかい?」
「あ、はい……いいえ、何でもありません」
あれは俺じゃない、偽者だ。
そう監督に訴えようとして真紀(慎一)は思いとどまった。
この姿で何を言っても無駄だ。怒り出すのが関の山だ。考えるんだ、何か方法があるはずだ。
「お姉さん、写真撮っていいですか〜?」
思いつめた真紀(慎一)にカメラを持った若者が声をかけてくる。
はっとして振り返る真紀(慎一)。
「どうしたの? ほら、真紀、ポーズとって」
操が隣からささやく。
「え? はい」
「もっと笑ってくださ〜い」
「こ、こう?」
「OKです、ありがとうございま〜す」
怒りを押し殺して笑顔を向けたものの、真紀(慎一)は内心泣きたい気分だった。
「考えろ、もっと考えろ。何とか元に戻らないと……待てよ、そうだ!」
「どうしたの? 真紀」
「ちょっと、トイレ」
「トイレって、あなた……早くしてよ」
真紀(慎一)は更衣室に向かって走った。
キャリーバックの中のドリンクのことを思い出したのだ。
「とにかくあれを奴と二人で飲んでキスできれば、もう一度入れ替わることができるはずなんだ。問題は奴にどうやって飲ませるかだが……いや、いちかばちかやるしかない」
更衣室でキャリーバッグからドリンクを取り出すと、真紀(慎一)はピットへの通路を歩きながら考えた。
「最後の周回が終ってピットに戻ってきたら、必ず休憩する。喉が渇いているはずだから、その時がチャンスだが……そうだ」
何かを思いついたように、真紀(慎一)はドリンクの中身を半分紙コップに開けると、そこにドライバー用のスポーツドリンクを継ぎ足して混ぜた。
ピットに戻ってくると、慎一(啓介)の1号車が最後の周回練習を終えてピットに入ってくるところだった。
真紀(慎一)はピットの端にいた忍に歩み寄ると、声をかけた。
「ねえ、忍さん」
「どうしたの? 真紀」
「慎一さんがピットに戻ってきたら、このスポーツドリンクを飲ませてやって」
「え? いいけど、そんなの自分でやれば? あなたたち恋人同士でしょう。まあ、操は認めてないけどね」
「だって、えと、恥ずかしいから」
目を伏せて咄嗟にそう言い繕ったものの、何で自分の偽者に向かって「恥ずかしい」なんて台詞を言わなくちゃいけないんだと内心落ち込む真紀(慎一)。だがそれよりも「何とかしないと」という必死な気持ちのほうが勝っていた。
「うん、わかった。じゃあ代わりに渡してあげる」
「あたしが頼んだのは内緒にしてね」
「わかったわかった、妬けるね」
1号車から慎一(啓介)が降りてくると、忍は紙コップを渡した。
「お疲れ様」
「おっ、気が利くね。喉がからからだよ。ありがとう」
ドリンクを受け取った慎一(啓介)は、何の疑いもなく一気に飲み干す。
それを見た真紀(慎一)は、手に持ったドリンクの残り半分をぐいっと飲み干すと、慎一(啓介)に向かって駆け寄った。
「お、おい、何を……うんぐっ」
慎一(啓介)に抱きついた真紀(慎一)は、その唇に自分の唇を押し付けた。
思いもよらぬ真紀(慎一)の行動に、ピットにいた他のレースクイーンたちからキャーという歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる。
「真紀ちゃん、何考えているんだ。スタート前なんだぞ」
監督が怒り出す。
だがそれに構わず、真紀(慎一)は数秒間に渡って口付けを続けた。
「ぷはっ、どうだ、この偽者」
「ま、まさか今飲んだドリンクは!?」
「そうさ、そのまさかだ。俺の姿を返してもらうぞ」
真紀(慎一)は慎一(啓介)の手を引っ張ると、ピットからスタンド内の更衣室に向かって駆け出す。
ピットクルーもレースクイーンたちも、その行動を呆気に取られて見ているしかなかった。
そして更衣室に飛び込んだ途端、二人の姿はみるみる変わりはじめる。
慎一(啓介)は真紀の姿に、真紀(慎一)は本来の自分の姿に。
更衣室に入って数秒後、部屋の中にはだぶだぶのレーシングスーツを着た真紀と、身体にぴっちりと密着したレースクイーンの衣装を着た慎一がいた。
「やった、成功だ! 元の俺に戻った」
胸と股間を確かめて安堵する慎一。
「くそう、もう少しだったのに。こうなったら……チームをめちゃめちゃにしてやる。お前ら失格だ」
真紀の姿に変わってしまった啓介は、だぶだぶのレーシングスーツを着たまま部屋の外に飛び出した。
「あ、待て」
真紀(啓介)の後を追って外に出ようとする慎一。だが、ちらっと鏡に映った自分の姿を見て、動きが凍りつく。
「うわっと、このまま外に出たら変態扱いだ」
更衣室の中を見回す慎一。すると見覚えのある段ボールが置かれているのに気がついた。
「これは、確か予備のレーシングスーツを入れて送った段ボール」
ふたを開くと、果たしてそこには慎一のレーシングスーツが入っていた。それを取り出した慎一は、ぴちぴちのレースクイーン衣装を脱ぎ捨ててレーシングスーツに着替えた。
一方、更衣室を飛び出した真紀(啓介)はピットに駆け戻っていた。
「真紀ちゃん、どうしたの? 慎一さんは? え? なんであなた慎一さんのレーシングスーツを?」
血相を変えてだぶだぶのレーシングスーツ姿で現れた真紀に、ピットにいた操たちレースクイーンと、車の整備とガソリン補給を終えたメカニック陣は訳がわからず、一瞬かける言葉を失う。
「どけ!」
エンジンがかけられたままの1号車の脇に立つメカニックの一人を突き飛ばしてドライバーズシートに乗り込んだ真紀(啓介)は、アクセルを踏み込むとピットから勢い良くコースに飛び出した。
「おい、真紀はどうした?」
服を着替えてようやくピットに戻った慎一は、発進したばかりの1号車を呆然と見送るメカニックの一人に声をかける。
「それが、戻ってきた途端いきなり1号車に乗り込んでコースに飛び出して行っちゃって。江波さん、何があったんですか?」
「あいつめ……。監督、予備の3号車をピットに入れておいてください。すぐに使えるようにして。1号車は俺が止める」
整備を終えていた2号車に乗り込み急発進させた慎一は、コースに飛び出すと1号車の後を追った。そして無線で真紀(啓介)に呼びかける。
「貴様、今さら何をしようと言うんだ。ピットに戻れ!」
「うるさい、もうやぶれかぶれだ」
コースを練習走行している他のチームの車の間を縫うようにチェイスする1号車と2号車。
だが、二人のテクニックの差は明らかだ。そもそも真紀の姿になった啓介は、思うように車を操れない。
2号車に幅寄せされ、ついに1号車はコースアウトしてしまった。
「くそっ、これまでか。だがこれで1号車はもう使えないぞ。ざまあみろだ」
コース脇の丈の長い雑草が生い茂る荒地に頭から突っ込んだ1号車から這い出てきた真紀(啓介)は、勝ち誇ったように笑う。
「こ、こいつ」
逃げようとする真紀(啓介)を捕まえ、観客の整理用に張られたロープでぐるぐる巻きにした慎一は、そのまま助手席に放り込むと、2号車を運転してピットに戻ってくる。
「アクセル・レーシング」のピットではメカニック陣が予備の3号車の整備を終えようとしていた。
「江波、一体何があったんだ。こんな時に痴話喧嘩なんか許さんぞ」
「監督すみませんでした。こいつは真紀じゃありません。真紀に化けた偽者です」
「はあ?」
縛られた真紀(啓介)を見る一同。
「操さん、この偽者をレース中に逃げないようにしておいてくれ」
「偽者ねぇ」
じろじろと真紀(啓介)を見る操。
「解いて、ねえこの縄を解いてよ、お願い」
しなを作って必死で訴える真紀(啓介)だが、そんな彼女を見て操はにやりと笑う。
「ふーん、信じられないけれど、要は逃げなければ何をしてもいいのね」
「ああ、任せる」
「わかったわ。ふふん、覚悟しなさい。みんなちょっと集まって」
輪になってこそこそと話を始めたレースクイーングループは輪を解くと、縄でぐるぐる巻きにされた真紀(啓介)を引っ張るように更衣室に連れていった。
やがてコースアウトした1号車はクレーン車でピットに戻されてくる。だが、前輪を大破しておりレースに使えそうもない。
「江波、お前は2号車に乗れ。前沢は3号車を使うんだ。2号車は燃料補給を急げ」
監督のてきぱきとした号令に、メカニックが2号車に取りつく。
「スタートまで時間がない。1分で済ませろ」
「監督、無茶ですよ」
メカニック陣が悲鳴を上げる。
だが、言葉とは裏腹に、瞬時に燃料補給が始まる。それを固唾を呑んで見守る慎一たち。
そして彼らの必死の努力により、燃料補給を終えた2号車は、セカンドドライバーの前沢が運転する3号車と共にぎりぎりの時間でスターティンググリッドに車をつけた。
各車がスターティンググリッドに揃うとスタートランプが点灯し、レースがスタートする。
慎一は全力で車を操り、第一コーナーを滑るように抜けていく。
爆音が唸りを上げ、バックストレートで一気の加速を見せる慎一の車は車群の先頭を疾走する。
ピット前を通過するたびに応援を繰り広げるレースクイーンたち。
だがスタート当初はトップを独走していた慎一の2号車は、周回を重ねるにつれて後続車に追いつかれ始め、ついに1台、さらにもう一台と抜かれてしまう。
「くっ、アライメントが狂っている……1号車にぶつけた時か」
それでも何とかハンドルを操り、慎一は車群の中位を維持する。
ピットに入って、タイヤ交換に再調整、そして燃料補給した慎一は再びコースに飛び出していく。
周回を続けるレースカー群。
やがて日が傾く頃、チェッカーフラッグが降られる。
結局慎一は、途中の遅れを挽回できすに2位に終わってしまった。
「監督、申し訳ありませんでした。1号車が使えていれば……」
「残念だったが、まだ最終レースが残っている。1位を取れれば総合優勝できるんだ。お前ならやれるだろう」
「はい。 最終レースで必ず」
「で、アレはどうするんだ?」
「チームをめちゃめちゃにしようとしたバツです。もうしばらく操さんたちに任せましょうか」
真紀(啓介)はレース場外に逃げ出せないよう、過激なハイレグのビキニ水着様のレースクイーン衣装に着替えさせられていた。
彼女の周囲を、さらに他のレースクイーンたちが固めている。
「レースを混乱させた罰だ。その姿でレース場内をもう1周してこい。せいぜいカメラ小僧たちに腰振ってこいよ」
「も、もう勘弁してくれ、いくらなんでもこれは恥ずかしい。これ以上こんな格好で歩き回るなんて」
「何言ってる。俺だって恥ずかしかったんだ! 操さん、頼むぞ」
「ええ、全く許せないわ。レースクイーン魂を叩き込んでやるんだから」
両脇からがっちりレースクイーンたちに腕を掴まれて、真紀(啓介)はカメラを向けるカメラ小僧たちの群がる広場の中に入っていった。
「それにしても……世良を俺に化けさせて八百長賭博を仕組む、その為にあんなドリンクを用意するなんて、いったいどんな組織なんだ」
カメラを一斉に向けられ狼狽する真紀(啓介)を遠目に見ながら、慎一がつぶやく。
「万全の計画だと思いましたが、失敗しましたか。まさか、あやつがあれほど馬鹿だったとは。しかも二度同じ遺伝子を使って変身しては、もう元の姿に戻れませんな。
まあ、こちらの損害は彼自身の体で払っていただかないといけませんから、我々にとっては都合が良いのですが」
「え?」
振り返った慎一の前に黒服の初老の紳士が立っていた。彼は慎一に向かって軽く帽子を上げて小さく笑うと、ピットから遠ざかっていった。
「あれは?」
紳士の背中を見続けていた慎一は、はっと気がついて彼を追いかけようとした。
だが、慎一を監督が呼び止める。
「江波、どうした?」
「え? いえ、何でも」
「最終レースは頼むぞ、今度こそ決めてくれよ」
「は、はい、監督」
慎一が再び紳士の去った方向に視線を移した時、そこにはもう彼の姿は無かった。
それから数日後、行方不明になっていた真紀が、とある廃ビルの中で発見された。
慎一と再会した時、彼女はトレーラーで連れ去られてからの事を全く記憶していなかった。
(エピローグ)
一ヵ月後の最終レース。
ピットを飛び出していく慎一の操るGTRと、それを腕を振り上げて応援する真紀の姿があった。
ポールポジションからスタートしたGTRは、疾走を続ける。
そして他車に一度も抜かれる事無く周回を重ねた慎一のGTRは、チェッカーフラッグが振られる中、トップでゴールに飛び込んだ。
「やった、優勝と総合優勝、ダブル優勝だ」
「江波さん、やりましたね」
「慎一さん、優勝おめでとう」
監督が、メカニック陣が、そして真紀たちレースクイーンが車を停めて降りてきた慎一に駆け寄る。
「真紀、やったぜ!」
「うん、おめでとう」
表彰式の表彰台のセンターに立つ慎一はシャンパンの栓を抜くと、噴出する泡を祝福するチームのメンバーに向ける。
抜けるような笑顔で笑う慎一。
そして表彰台から降りてきた慎一に抱きつくレースクイーン姿の真紀。
歓喜の祝福の中、二人は熱い口づけをするのだった。
(終わり)
一方……
とある地下カジノで、ドリンクの載ったトレイを手に客の間を動き回るバニーガール姿の真紀(啓介)がいた。
その見事なスタイルにぴっちりと密着するバニースーツを着た姿は、カジノの客の注目の的だ。
「ねえちゃん、こっちにもドリンクちょうだい」
「は〜い」
「君、こちらにもひとつ持ってきてくれ」
「はーい」
ひっきりなしに注文を受ける真紀(啓介)。
「なかなかいい体しているな、どうだい、これからわしの相手をしてくれんか」
一人の老人が、真紀(啓介)の腕をつかむ。
「い、いやだ、そればかりは勘弁……」
「君に拒否する権利はありませんよ。ご指名です。ご奉仕するのですよ」
「うひひひ、楽しみじゃのう」
「いやだ、こんなの、もういやだ〜〜〜」
バニーガール姿の真紀(啓介)は黒服の男に腕を掴まれると、老人と共に別室に連れられていくのだった。
「助けてくれ〜〜〜」
(完)
後書き
以前、HIROさんから、本格的にTS同人漫画に挑戦していうというメールと共に、その作品「Body Guard」を読ませていただきました。変身薬で女性に変身して活躍?するボディガードのお話で、とても面白かったのですが、読んでいるうちにもっと違うHIROさんのTS作品を読んでみたいと思い巡らし、そして完成したらいつかHIROさんにお送りしようと思って勝手に書き始めたのが、この「アクセル・クイーン」です。といいましても途中で頓挫して長い間中断していました。
でも、ある日HIROさんから「これからもっとTS作品を増やしていきたい」という旨のお話をお聞きし、何としても完成させようとそれから必死で書き進めました。まあアイデアに詰まっていた箇所をクリアできたら、それから後は一気に完成させることができました。
その後、HIROさんに作品の前半だけを試しにお送りしてみたところ、早速キャラのラフデザインをお送りいただく等、とても気に入ってもらえ、漫画化が進行していきました。HIROさんのこだわりやアイデア、そして収集された情報が加わって、私の原作とは少し違う形で完成したのが、漫画版の「アクセル・クイーン」です。どこがどう変わったのか、漫画版を買われた方は読み比べてもらえるとなかなか面白いですよ。今回改めて小説版の最終版として加筆の上で前後編に書き直しましたが、改めて漫画版とキャラの性格が微妙に違うのを感じました。漫画版はHIROさんのペンによってキャラたちに新たな命が吹き込まれたんだなあって、改めて感慨深いものを感じました。
またいつかHIROさんと同人漫画を共同制作してみたいものです。
それでは小説版も最後までお読みいただきありがとうございました。