これまでのあらすじ
 会社の仲間と東北の温泉にスキーに来た十萬田新一は、土産に買ったまんじゅうを食べたことから、女の子に、さらにはまんじゅうになってしまうというとんでもない体験をすることになってしまう。(温泉まんじゅうこわい)
 そして失踪してしまった新一の消息を追って、妹の初音も温泉を訪れたが、不思議なマントの力によって初音もマントと化してしまう。(赤いマント)
 その後初音は温泉の伝説の八仙人の子孫であるアイニス、佐登静、吉兎守の活躍によって元の体に戻ることができた。しかし、新一は結局元の体に戻ることができず、小学生の女の子の体になってしまいそのまま温泉に留まることになってしまったのだった。(青いマント)
 そしてゴールデンウィーク、留まった兄に会うために再び温泉を訪れた初音は、兄新一共々秘術を駆使した八仙人の争いに巻き込まれてしまう。(初音再び)
 その翌日喜生迦神に従う八仙人佐為の企みにより、新一は悪夢のような思いを味わうことになるが、吉兎の新たな力の発動により佐為の企みは敗れる。だが人が変わってしまった初音は喜生迦神と共に姿を消してしまったのだった。(黄金週間の悪夢)


(これまでの話を詳しくお読みになりたい方は、下記の作品をご覧下さい)

 第1話「温泉まんじゅうこわい」・・・夢幻館(まんじゅう企画に投稿)or TS解体新書
 第2話「赤いマント」       ・・・TS研究所(まんと企画に投稿) or TS解体新書
 第3話「青いマント」       ・・・TS研究所(まんと企画に投稿) or TS解体新書
 第4話「初音再び」       ・・・こうけい。オルグ          or TS解体新書
 第5話「黄金週間の悪夢」   ・・・WindShear(WindShear版)
                     TS解体新書(TS解体新書版) 





十萬田兄妹と温泉の八仙人

第6話「サヨナラは言わないよ」

作:toshi9






「決戦だニャァ!」

 一刻も早く追いかけなければ初音が危ない、興奮したアイニスは白い毛に覆われた猫娘に変身してしまっていた。

「アイニス、落ち着いて!」

「落ち着いてなんかいられニャイ!」

「佐登さん、喜生迦神と初音は一体何処に」

「心配しないで、新一さん。でもほんと何処に行ったんだろう。ぐずぐずしてられないしなぁ」

「喜生迦神がここ以外に現れそうな場所、か。待てよ……静ちゃん、もしかして」

「アイニス、何か心当たりが?」

「……想像だけど、山の神社が元々あった場所じゃニャイのかニャ」

「元々の場所って……確か今」

「スキー場の中のあのホテル」

「え〜! ホテルってそれじゃあ初音は、初音は」

「落ち着いて、新一さん」 

「とにかく他に心当たりも無いし、急いで行ってみましょうよ」

「でも吉兎さんは」

「こんな馬鹿放っておけば」

「でも大事な戦力なんじゃないんですか」

「う! まあそれもそうね。でも裸じゃねぇ」

「そこに何かありません?」

 新一が指差した本殿脇の棚からは白い布がはみ出していた。

 早速アイニスがその棚を開けてみると、そこに入っていたのは白衣と緋袴、そう巫女の衣装だった。

「へぇ、巫女の衣装じゃニャイ。しかも二着……何でこんなもの」

「大方佐為と鄭羅がそれを着て楽しんでいたんじゃないの。全くあいつらときたら」

「何か気持ち悪いけれど、他に着るものもニャイし、仕方ないか。じゃあ急いで吉兎くんを起こしましょう」

「そうね、何か着ないとアイニスだってその姿じゃあホテルの中に入るのは無理だしね。ほら、起きなさい。この馬鹿」

「う、うーん、俺は……頭が突然割れるように痛くなって、い、痛ててて」

「早くしないと初音さんが危ないわよ」

「初音さん、初音さん……あ〜!」

 ようやく正気に戻った吉兎であった。

「ほら、いつまでもそんなもん人に見せてないで、早くこれ着なさい。喜生迦神と初音さんを追いかけるわよ」

「初音さんは何処に」

「多分スキー場の中のホテルじゃないかと思うんだけれど……そうか! 守、あなたのほうが正確にわかるじゃないの」

「あ、そうだな」

 手早く白衣と緋袴を着込んだ吉兎はそこで静かに座禅を組んだ。

「へぇ、なかなか似合うじゃない」

 ようやく落ち着いて人間の姿に戻ったアイニスも、巫女装束に着替え終えていた。そして吉兎のほうを見てちょっとだけ微笑んだ。

「気を散らさせないでくれ」

「ようやく真面目になったか。感心感心」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どお」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「初音は、大丈夫なんですか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その時吉兎は結界を大きく薄く広げ、レーダーのようにそれに触れる気を分析していた。

 性格さえ直せば攻守にバランスの取れたその力は恐らく八仙人最強だろうに。そう思いながら彼を見つめる佐登であった。

「・・・・・・・・・・・・うん、これだ」

「わかったの」

「ああ、確かに二人はスキー場のホテル、元の社のあった場所にいる。それにしてもこの気、やっぱりあの野郎」

「あの野郎って」

「ああ、鄭羅の野郎が初音さんに取り付いてやがる。でもそれだけじゃない」

「え? それだけじゃないって、どういうこと?」

「どうやら指五と狭霧がホテルの近くで戦っているようだ」

「何ですってぇ! じゃあ急ぎましょう」

「んと、俺はもう少し残るよ」

「え? 初音さんを助けに行かないの」

「ああ、助けるさ、俺が必ず! でもそのためには、ここでやらなければならないことがあるんだ」

「……そうか、わかったわ。じゃああなたが来るまで初音さんのことはあたしたちが何とかするから。吉兎くんもがんばって」

「ああ。ホテルの2階の真ん中の部屋に二人はいる。俺が行くまで初音さんを頼むぜ」

 佐登たち3人が神社を飛び出して行くのを尻目に、ゆるりと立ち上がった吉兎は本殿のさらに奥に踏み込んでいった。






 その頃、指五と狭霧の互いの秘術を尽くした戦いは佳境に入っていた。

 スキー場にほど近い森の中で修行していた指五は、それが喜生迦神と初音の二人とはわからないまでもスキー場の中に怪しい気が突然現れたのを感じ、スキー場に向かっていた。そこに立ち塞がるように現われた裸の女性の群れ。言うまでも無く狭霧の式神たちだ。

「これ以上先には行かせんぞ、立ち去れ指五」

「お前たち何を企んでいる」

「企み? 違うな。喜生迦神の復活を待っているだけさ」

「何? そんなことを」

「ああ、あの初音という娘はどうやら喜生迦神の血筋らしいぞ。喜生迦神は、遂に彼女の体を寄り代に現世へ完全復活することを決心されたらしいのさ」

「喜生迦神の血筋、それであの二人には喜生迦神の力が及ばなかったのか」

「さあな。とにかく喜生迦神があの娘の体で復活されるまで、ここを通すわけにはいかんな」

「ということはこの先に二人がいるのか。それを聞いたらますます初音さんを奪回しないわけにはいかないな。どけ、狭霧」

「いやだと言ったら」

「力づくでも通るまで」

「やれるもんならやってみな」

 狭霧は懐中から絵の描かれた懐紙を取り出すと、空中に放り投げた。それらは皆実体化してさらに裸の女性がその数を増やした。ざっと20体ほどだろうか。いずれも佐登かアイニス似の美女ばかりだ。いや、中に数体初音に似た美女や新一に似た裸の女の子も混じっている。

「お前そんなものばかり描いているのか」

「ほざけ、彼女たちに精を搾り取られるがいいさ」

「俺には効かん」

「我が式神たち、この男の精を絞り尽くすのだ」

 ゆっくりと指五に近づいた美女の群れは、その周りを取り囲む。

「俺のこの手が真っ赤に燃える」

「おっと、それを食らうわけにはいかないな。いけ」

 『輝指弾』の構えを取る六郎に一斉に四方八方から取り付く美女たち。その数と、至近距離のために六郎は彼の必殺技『輝指弾』を放つことができなかった。拳と脚を繰り出して美女たちを剥ぎ取ろうとするものの相手の数が多すぎた。

「く、くう数が多すぎる」

「ははは、さあやれ」

 美女たちは寄ってたかって指五の拳法服を剥ぎ取りにかかった。

「や、やめろ」  

 ある者は指五の胸を撫で、ある物は股間を手の平でゆっくりと撫で始めた。またある者は六郎の口を己の唇で塞いた。

「んんん」

 それは普段禁欲生活をしている指五にとって厳しい攻撃であった。美女の群れに押し倒されてしまった彼の股間はみるみる大きく膨らんでいく。そしてまさに彼のズボンがずり降ろされそうになった時に後方から声が上がった。

「指五くん、しっかりして!」

「ん? その声は」

 狭霧が振り向くと、そこには新一と佐登、それに巫女装束のアイニスが立っていた。

「お前たち、来たか。だがここは通さんぞ」

「全く性懲りも無くそんな術、もうあったまにきた」

 佐登は神剣を鞘から抜き放つと、次々に指五に取り付いている美女たちを切り払った。

 神剣が一閃する度にひらひらと紙に戻っていく美女たち。

「助かったぜ、佐登。……俺はまだまだ修業が足りん」

「何を落ち込んでいるの、指五くんらしくないぞ。さあ早く片付けましょう」

「よし、後は俺がやる……俺のこの手が真っ赤に燃えるぅぅぅ」

「くっ、まずい」

「お前を倒せと輝き叫ぶぅぅぅ」

 残った美女たちは狭霧を庇うように彼の前面に集まった。

「シャァァァアイニィィィイング……フウィングァァァァァァー」

 六郎の突き出した拳から凄まじい光の渦が放たれる。それは美女たちを粉々の紙屑に戻して燃え上がらせ、狭霧をも包み込んだ。

「ぐっ、ぐぁあ!」

 彼の怒りに満ちた輝指弾、それはいつもにも増して凄まじい破壊力であった。

 光の渦がその場から消えた時、そこには大の字になって伸びてしまったすすだらけの狭霧だけが残されていた。

「さあ、急ごう」

「こいつは」

「当分目を覚まさないさ」

「そうね、この様子じゃあ大丈夫か」

 先を急ぐように狭霧の横を駆け抜けていく4人であった。






 その頃、ホテルの一室に瞬間移動していた喜生迦神と初音はまさに抱き合わんとしていた。

「さあ、我が子孫よ、我が精を受け私と一体になるのだ」

「はい、喜生迦神さま、初音はあなたの精を受けられて幸せですわ」

「うむ」

 自らベッドの上で服を脱ぎ始めると、左手で胸を揉み、右手を股間に這わせる初音。その表情は淫猥なものに満ち溢れていた。

 既に明らかなように初音には鄭羅が憑依しており、今や彼女の体は彼の思うがままであった。昨日の新一もそうであったが、彼の憑依術には誰も抗うことはできない。彼は偽の佐登とアイニスが夢幻館に現れた時に一緒に幽体となって付いてきており、初音が抵抗する間もなく彼女に憑依したのだった。

(あの新一の体も感度良かったけれど、やっぱまだ小さかったからな。この娘は、うっ、くぅ〜なかなか良さそうだぜ。自分で触っただけでもこんなに感じるなんてなあ)

 初音の両手の動きが段々激しくなっていく。それを何故かぼーっと見詰めている喜生迦神であった。

「うっ、うっ、あ、あはん……いい、いいよぉ、はぁはぁ……さあきて、喜生迦神さまぁ」

 あえぎ声を洩らし始めた初音は、己の濡れた股間を徐々に開き始める。

「よし、いくぞ。いひひっ鄭羅が乗り移ってるとはとても思えん。楽しみだな」

「あたしも楽しみ……ん? ちょっと待て」

 押し倒そうとする喜生迦神を押し止める初音。

「あなた……喜生迦神……ですよね」

「う、うむ、いかにも。さあ、早く交わろうぞ」

「ちょっと待て、あんた杜氏さんだな」

「そんなことはどうでも良いではないか」

 初音を抱きしめて頬にキスする喜生迦神、いや杜氏九郎丸だった。

「待て待て、喜生迦神はどうしたんだ。ひゃん」

 ぺろっとほっぺたを舐める杜氏。

「うーん、たった今急に離れられたんだ。それよりお前もその娘の体を味わってみたいんだろう。もうここも準備が出来上がっているみたいだし、二人で楽しもうじゃないか」

 右手を初音の股間に差し入れる杜氏。

「う、い、いや、くはっ、やめろ、喜生迦神に逆らうことになるぞ、い、いやん」

「もうどうでもいいよ。喜生迦神がその娘と一体になったら、わしにはもう何の力も無くなるからな。また元のお土産屋に逆戻りさ。喜生迦神にはずっとわしに降りてきてもらわなければなぁ。そうだろう鄭羅、いや初音と呼ぼうか。さあ今の状況を楽しもうじゃないか。お前はその初音という娘としてわしのこれを受け入れるんじゃよ。年は取ってもこいつには自信があるぞ」

 杜氏は己のものを初音の前にさらけ出した。

(お、俺のよりか大きい。今まで女の子に取り付いて何回か男とセックスしたことがあったけれど、こんな大きいのはなかったな。喜生迦神だったら何の問題も無かったのに……まあ、ちょっと味わってみてもいいか。喜生迦神とはまたいつだってできるだろうしな)

 目の前のものに釘付けになる初音の目、それを見た九郎丸は満足したように、再びぎゅっと初音を抱きしめた。

 あ、あぁーーー

 体中から湧き上がってくる快感に力が抜けていく初音。

(この女の体になって抱きしめられる感じ、何回味わっても良いんだよなぁ。これから俺は抱かれて、アレが俺の中に入ってくるんだなぁ)

 杜氏は初音の両脚を広げ、その間に体を入れていく。杜氏の硬くなったモノが少しずつ初音の股間に近づいていく。

 危うし初音!

 それにしても、何故突然喜生迦神は杜氏から離れたのか。

 話は少しだけ遡る。






「あった! これか」

 そのころ山の神社に残った吉兎は奥の院の中であるものを発見していた。それは一体の神像であった。

「喜生迦神、もうお止めください。初音さんは、初音さんはあなたの生贄ではありません」

 しかし、しーんと静まりかえったまま室内には何の反応も起こらなかった。

「あなたが何故この世界に復活なさろうとされるのかわかりませんが、どうぞお鎮まりください。確かに人間は煩悩の塊、不愉快になるのもわかります。しかしそれを高所からお導きなさるのがあなたの役割ではないのですか。今更私たちと同じ人間に戻ってどうしようと言うのです」

 部屋の空気がゆらりと揺れた。

「あのスキー場、確かに作った人間、協力した人間はあなたを敬う心を忘れたもの。しかし、今や関係者はことごとく姿を消しております。女の子が代わりに増えたようですが……。
 街の人間は決してあのスキー場を、ホテルを良しとはしておりません。我ら八仙人がいつか必ず再びあの場所に社を復興してご覧にいれましょう。あなたを、社を災厄から守ることが本来の我らの役割のはず。ですから、今回は何卒お怒りをお納めください」

 吉兎は神像の前で座禅を組んだ。彼の体から気が発散していく。

 やがて吉兎の前に光の塊が姿を現した。

「ふん、わしはこの温泉の人間にこけにされたのだぞ。このままではわしの気持ちがおさまらぬ」

 突然喜生迦神の声が吉兎の中に響いた。

「何をなさろうと言うのですか」

「この温泉の男を全て女に変えてくれる。すでに3割近くの男は女性と化しておるはずだ。しかしまんじゅうやマントを使っていたのではまだるっこしい。肉体を復活させ、我が力を解放させる」

「初音さんをそのために。しかし何故初音さんなんですか」

「あの二人はわしの子孫にあたるでな」

「そうだったんですか。それならば尚更二人を巻き込まないでください」

「ならぬ、もう一息であの娘の体はわしのものになる。邪魔をするな」

「喜生迦神!」

 これ以上俺には喜生迦神を説得することはできないのか。そう思った吉兎は再びその場で座禅を組んで祈った。

 誰か、誰でもいい、誰か喜生迦神の怒りを収めてくれ! 初音さんを助けてくれ! 

 彼は必死に念じた。そしてやがてもう一つの光の塊が姿を現した。

「あなたの真摯な願い、私にも届きましたよ。あのお方は今怒りに我を忘れている。神ともあろうものが興奮し過ぎです。私があのお方にお話ししましょう」

 光の中にはぼんやりと女神の姿が浮かんでいた。彼女のその美しい声は吉兎の心の中に直接響いていた。

「あの、あなた様は……」

「さあさあ、早くお行きなさい。大丈夫、あのお方のことは私に任せて。あなたは初音さんを助けるのでしょう」

「あ、ありがとうございます」

 立ち上がり脱兎のごとく駆け出す吉兎。その後姿を光の中の女神はにこやかに見詰めていた。

「喜生迦さん、何を戯れをなさっているの。いい加減こちらにいらっしゃいな。」

「眠か」

「はい」

「わしはあの時お主を救えなんだ。このわしに残されたのはお主との思い出が残されたこの山のみ。だがこの辺りも今や変わろうとしている。お主が愛した山が、街が変わってしまう。わしにはそれが許せんのだ」

「もうこの街のことはこの街の人間に任せるべきじゃあありませんの。私はそう思いますよ」

「お主、わしのことを恨んでいないのか」

「何故恨みましょう。さあ、今一度ご一緒しましょう」

「おお、眠よ……」

 二つの光の塊は一つにまとまったかと思うと、天高く昇っていった。






「さあて、入れるぞ」

「来て」

 ベッドの上で抱き合う杜氏と初音。そして杜氏のモノが初音のソコに触れようとしたまさにその時、ホテルの部屋に新一、佐登、アイニス、指五の4人が飛び込んできた。

「間に合った!」

「え? お前たち」

「志郎、あなた初音さんになんて事を……早く離れなさい」

「喜生迦神、お願いです。それ以上おやめ下さい」

 アイニスと佐登が二人に同時に話しかける。

「いやよ、こうしているのって気持ちいいんだもん。これからいいところだったのに、あなたたち邪魔だから出て行ってよ」

「あんたねぇ」

 ブルブルと怒りに体を振るわせるアイニスの頭に猫耳が生え、緋袴の裾からニョキニョキと尻尾が生えてきた。

「それ以上続けると、いくら志郎でも許さニャイわよ」

「うっ、ちょ、ちょっと待て」

 アイニスの凄まじい迫力にベッドの上で思わず後ずさりする初音。

「志郎!」

「は、はい! ……あ、あれ? あたし一体……ここ何処……体が熱い……きゃぁ!」

 己が杜氏と共にベッドの上に入るのに気が付き、慌てて飛び降りる初音。

「初音!」

「「初音さん」」

「あ! 兄さん、静さん、アイニスさん、それに指五さん、あたし一体どうしたの。静さんと話していたら突然冷たいものを感じて、それから、それから……何故こんな所に」

「どうやら鄭羅の奴離れたようね。やっぱあいつアイニスには頭上がらないんだなぁ。初音さん安心して、あたしたちが来たからにはもう大丈夫よ。喜生迦神、どうぞお怒りをお鎮めください」

「な、ならぬぞぉ」

 居丈高に話す杜氏だが、その声はおどおどとしている。

「ん? あなた、もしかして九郎丸おじさん?」

「違うぞぉ、俺は喜生迦神だぞぉ。まだ喜生迦神は俺の中にいるんだぞぉ、皆出て行くのだぁ」

「喜生迦神がそんなことを言うか〜!」

 どかっ

 神剣の峰打ちをくらわせる佐登。

「う、うーん」

 堪らずベッドの上でのびてしまう杜氏だった。

「全く、このスケベオヤジ」

「それにしても喜生迦神はどうしたんだ」

 その時部屋の中に吉兎守が駆け込んできた。

「皆、大丈夫か」

「あ! 吉兎くん、それが喜生迦神って杜氏おじさんから離れているみたいなの。勿論初音さんは無事よ」

「そうか、良かった。じゃあやっぱり」

「やっぱりって」

「ああ、山の社の神像の前で必死に祈ったら、喜生迦神が戻って来られたんだ。それで何とか説得しようと思ったんだが上手くいかなかった。でも諦めかけていた時に美しい声の女神様が現れて、俺に『大丈夫だから、お行きなさい』って言われたんだよ。背中越しに聞こえていたけれど、喜生迦神は『眠』って呼んでいたぞ」

「眠様が、そう、眠様が現れたの」

「あ……あの、眠様って」

「ああ、新一さん、眠様というのは言い伝えでは喜生迦神の恋人で、昔この温泉を守る戦いがあった時に戦いの犠牲になったって言われているの。まさか眠様が現れてくださるなんて……」

「喜生迦神の行動を見るに見かねたんじゃニャイのかしら」

「それに俺たち八仙人同士が互いに争っていることもな」

「そうかもしれないわね」

「そうだったんですか。じゃあ俺たち眠様に感謝しなくちゃいけませんね。ん? 体が」

「そうね、みんな眠様に感謝しなくっちゃ……え? どうしたの新一さん」

 その時新一は突然体を抑え、苦しそうにしゃがみ込んだ。

「く、くるしい……何だか……体が疼く……」

「兄さん、どうしたの、大丈夫? しっかりして!」

 顔を伏せたままその場にしゃがみ込んだ新一の体は、皆の見ている前でむくむくと大きくなり始めていた。そう、両手を床に突いた彼の小学生のような体は手が伸び、脚が伸び、体がどんどん大きくなっていく。大きくなった体に着ている服が食い込んで、今にも破れそうだ。

「お、俺は……元に戻れたのか……」

 苦しさが治まったのか、新一は自分の体が大きくなっているのに気が付くと再び立ち上がった。

「に、兄さん……」

「「し、新一さん」」

「おお!」

「うーむ」

 皆が新一の前で一斉に驚きともため息とも付かないような声を上げた。

「俺って、一体」

 自分の胸に手をやる新一。

 むにゅ

 彼の手の平に大きな柔らかいものが。

「こ、これって、やっぱり……」

「あ、あはは……修行の成果が現れたようね。だけど、まだ不十分みたい。もう少しがんばりましょうよ、きっと元に戻れるから。ねえ新一さん」

「そうね、ここまで大きくなれたんだし、もうひとがんばりですよ」

「兄さん、鏡……見て」

 初音に促されて新一は部屋の姿見に目をやった。そこには初音よりは少しだけ年下に見える、彼女そっくりの美少女が映っていた。しかも服のサイズが小さい為に今にも破れそうなセーターの裾からはへそが丸出しになっており、ただでさえ短かったスカートは超ミニスカートを通り越して、完全にパンツがまる見えになっていた。

「は、恥ずかしい……」

 思わず再びしゃがみ込む新一。それは先程までの小学生の姿だった彼とは違う意味でかわいさに満ち溢れていた。

「いやぁ、かわいいなぁ、新一さん。初音さんもいいけど今の新一さんも……ねぇ今度俺とデートしないかい」

「この馬鹿! 折角見直してやったのに!」

 どかっ!

「う、うーん」

 吉兎はたんこぶを作ってその場に伸びてしまった。はてこれで何度目だろう。

「さあ、これでもう八仙人同士が争う理由はなくなったわ。皆で夢幻館に帰りましょう」

「そうだな」

「これからはみんなでこの山、喜生迦神と眠様が愛した山を元の姿に戻せるようにがんばりましょうよ」

「そうだな。しかし一旦スキー場になったこの土地、戻すったって容易じゃないぞ」

「そうかもしれない。でも私たちが力を合わせれば何だってできる。そうでしょう」

「そうだな、まあやってみるか」
  
「新一さんももう少し修行がんばってね。それにあなたも初音さんも喜生迦神の血筋らしいし。やっぱり二人はこの土地に縁があったのね」

「修行……まだ続けるのか」

「あら、新一さんもう元の姿に戻りたくないの。まあ私たちは別に構わないけど」

「戻りたいよ。やる、やりますよ。もうひとがんばりだよな」

「そうそう、がんばってね。それにしてもその格好じゃ外に出られないわね。うちの研究所から何か着る物を持ってくるわ」

「あ、佐登さんお願いします」

「俺は修行に戻る」

「指五さん、今回は色々お世話になりました」

 新一がお礼を言うと、六郎は照れるようにそっぽを向いた。

「何の、また会おう」

 六郎は伸びたままの吉兎を担ぎ上げると、佐登と一緒に部屋を出て行った。






 それからしばらくして、佐登は新一の着替えを持って帰ってきた。

「ねえ、佐登さん」

「ん? なあに」

「これしか無かったんですか」

「だって新一さんのサイズだと今のあたしの服じゃぁ大きいから」

「それにしてもこれって……」

「あら、かわいいじゃない」

 新一が着替えさせられたもの、それは紺色の上下に白いスカーフのセーラー服だった。

「私のお古なんだけれどぴったりね」

「なかなか似合うじゃないですか。でも何だか二人並んでいると初音さんがお姉さんで新一さんのほうが妹に見えますね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「兄さん、これからどうするの」

「と、とにかく今までと同じように修行を続けるしかないか」

「今度は夢幻館のお仕事も手伝ってもらおうかしら」

「そうですね、修行をしていない時は宿の仕事を手伝いますよ」

「ええ、そしてもらえると助かるわ」

「はい、アイニスさん、もうしばらくお世話になります」

「改めてよろしくね、新一さん♪」









 それから数日が過ぎた。ゴールデンウィークも残すところあと一日となり、再び初音が東京に戻る日がやってきた。

「じゃあ、兄さん。またしばらくお別れだね」

「ああ、でもここまで回復したんだ。あともう一息さ」

「待っているよ兄さん……あたし……元の姿の兄さんが帰ってくるのを」

 初音が新一の姿を見て涙ぐむ。

「ああ、がんばるよ。一日でも早く元の俺に戻れるようにね」

「ぐすっ……うん」

「じゃあ初音さん、気をつけて。今回はほんと大変な目に会わせてしまってごめんなさいね」

「いいえ、そんなこと。アイニスさん、静さん、私こそ本当に本当にお世話になりました」

「初音さん、またいつでも遊びに来てね」

「はい。あの、ところで他の皆さんは?」

「吉兎くんは来るって言ってたんだけどなぁ。指五くんは修行中だから来られないって。よろしくって言ってたわよ」

「そうですか」

「佐為と狭霧はあの後行方不明。全く何をやっているんだか。鄭羅はアイニスが会いたくないからここに来るなって」

「あの、鄭羅さんって……」

「ふふっ、実は二人って付き合っているのよ。まあ鄭羅のほうがアイニスの尻に敷かれているけどね。だいたい彼女と付き合っていながら性懲りも無く女の子に憑依を繰り返しているんだから、鄭羅もアイニスには頭が上がらないわよ」

「へぇ〜そうだったんですか」

 初音は自分に鄭羅が取り付いていたなどとは知らない。

「杜氏おじさんにも一応言ったんだけれど、まあばつが悪いのか現れないわね」

「あの人も変なおじさんでしたね。何か掴み所が無いっていうのか」

「唯のスケベオヤジよ。気にしないで」

「あら、バスが来たようですよ」

「それじゃ、お別れね」

「はい、じゃあお二人とも、お元気で」

「初音さんもね」

「兄さん、待っているわ」

「ああ」



 バスは初音一人を乗せると停留所を発車した。

「さようなら」

「「さようならぁ〜」」

 バスの中から手を振る初音。手を振って見送る一行。

 またいつかお会いしましょうと心の中で呟く初音を乗せて、ゆっくりとバスは遠ざかっていった。











 やがてバスが街を離れ峠に差し掛かった時、丘の上からバスに向かって叫ぶ者がいた。

「初音さ〜ん、元気でなぁ〜、でもサヨナラは言わないよ〜、必ずまた来てくれよ〜」






(了)

                                  2003年11月8日脱稿





後書き

 「TS解体新書」も遂に10万ヒットを達成いたしました。来て頂いた皆様、本当にどうもありがとうございました。そして10万ヒットをキーワードにしたこの連載作品もこれにて取り敢えず完結です。
 一度は初音の体で現世への復活を決意した喜生迦神ですが、恋人・眠と共に天上で幸せに暮らすことでしょう。新一はいつ元の体に戻れることやら。小学生の体から高校生並みの体に成長したのですからもう一息かもしれませんが、さてさて(笑
 まあ完結と言いましても、このお話の設定って好きなので、もしかしたらいずれ別な形で復活するかもしれません。その辺りはまあ今後のアイデア次第ということで。

 それにしてもこの作品、ここまで続けることになるとは思ってもみませんでした。うちの10万ヒット達成時に書きたいとは思っていましたが、ここまで話が展開するとは。でもまあ何はともあれ終わらせることができて良かったです。
 そして、自分自身で書きながらとっても楽しい作品ではありましたが、サイトの垣根を越えた連載という変な形で投稿させて頂きました愛に死すさん、さとさん、こうけいさん、inaxさんどうもありがとうございました。また登場人物のモデルになって頂きました皆様……あえて名前は申しませんが(笑)……どうもありがとうございました。
 それではこれからも「TS解体新書」をよろしくお願いいたします。最後にこの作品をお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。

 toshi9より感謝の気持ちを込めて。




 
付録:八仙人の子孫それから

 「佐登静」   :さとしずか。神剣の使い手。神剣を自在に呼び出し使いこなす。
           郷土史研究を続ける傍ら、新一に修行を施す毎日。
           今度研究をまとめた本を出版するらしい。
 「愛爾e壬翔」:あいにすみか。通称アイニス。動物霊使いで自ら変身する。
           温泉旅館「夢幻館」の若女将。居候している新一は、旅館の手伝いをする
            ようになった。鄭羅と付き合っているが相変わらず彼の悪戯には手を焼い
           ている。
 「指五六郎」  :さしごろくろう。拳法の達人。得意技は「輝指弾」。
           今も山で修行を続けている。時折新一の修行の相手をしてやっているよう
           だ。
 「吉兎守」   :よしとまもる。結界の達人。一皮剥けたのか修行に精を出すようになった。
           どうも時々初音に電話しているらしい。        

 「杜氏九郎丸」:としくろうまる。神降ろしだが喜生迦神が去り、力を失ってしまい、ほとんど
           普通のお土産屋のオヤジになってしまった。

 「鄭羅志郎」  :ていらしろう。憑依師。
           相変わらず色々な女の子に憑依して悪戯してはアイニスにどつかれて
           いる。
 「佐為啓介」  :さいけいすけ。カメラで映した人そっくりの皮を作る皮師。
           黄金週間事件の後、行方不明になった。

 「狭霧達彦」  :さぎりたつひこ。式神使い。自ら描いた絵を式神として様々に使いこなす。
           佐為と同じく行方不明。


そして八仙人ではありませんが、今回の特別出演です(笑)
 「眠」      :みん。その昔喜生迦神が地上にいた頃、恋人だったらしい。
           昔の戦いの中で不幸な事故により死亡し、美しい声の女神に転生した。

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