俺は、パジャマの上にコートを羽織って折からのなごり雪の中をとぼとぼと暗い夜道を宿に向かって歩いていた。 初音、何でこんな所まで来たんだ。こんなことになるなんて・・・ そう、今の俺は女、誰が見てもすっかり妹の初音になっていた。 十萬田兄妹と温泉の八仙人 第3話「青いマント」 作:toshi9 ガラっと旅館の戸を開けると、そこには丁度若女将がいた。 「十萬田さん、こんな夜遅くまでどうしたんですか。いくらこんな田舎でも女性の一人歩きは危ないですよ。それに、ここの伝説をご存知ですか」 「はい、すみません。でも、でも・・」 俺は何を言っていいのか言葉が見つからず、そのうちにじわっと涙があふれてきた。 「俺、俺、どうすれば・・・」 うつむきかげんの俺の両目からポタポタと滴り落ちる涙。こんな涙脆いはず無いのに、初音の姿になっているからなのだろうか。 「まあ、本当にいったいどうしたんですか。よろしければこの私が相談に乗りますよ」 俺はそれから若女将にこれまでのことを全部話した。俺が初音ではなく新一だということ、おかしなまんじゅうのこと、赤いマントのこと、そして初音のこと。 「そうですか、そんなことが・・不思議な体験をされたんですね。でもそれでわかりました」 「何のことですか」 「神隠しから帰ってきた人は性格が変わってしまうという噂があるんです。中身が別人になっていたんですね」 「俺の他にもいるんですか」 「そうらしいですよ」 「俺、これからどうしたら良いのか」 「私も考えてみます。今日のところは遅いですし、ゆっくりお休みになってください」 若女将は俺を「佐登」という名札の部屋に案内すると招き入れた。入ってみると、そこには既に布団が敷かれていた。 「初音さんが泊まられていた部屋です。今日のところは温泉につかってここでゆっくり休んで下さい」 「あ、ありがとうございます」 若女将はにっこりと微笑むと部屋を出ていった。 そうか、俺を捜しに来て初音のやつも同じ宿に泊まったんだ。それで・・か・・・。俺はたった一人の妹がいじらしくてならなかった。 あんなに泣き虫で、一人では何もできなかったあいつが一人でこんなところまでやって来るなんて。俺のために・・・初音、絶対助けてやるぞ。 俺はコートを脱ぐとそのまま寝ようかと思ったものの、不意に少女になった時のあの感触が体の芯から甦ってきた。 うー、気持ち悪い。やっぱり若女将の言う通り温泉で体を洗ってから寝ようか。 俺は、部屋に置いてあった初音のトラベルバッグを開けてみた。そこには丁寧にビニールに包まれた妹の下着が・・・着替えってこれを着なくちゃいけないのか。 パンティとブラジャー、それに長袖の綿シャツが一組になって入ったビニール袋を一つ取り出すと、俺はバスタオルを持って温泉に降りていった。 女湯と書かれた暖簾をくぐると、こんな時間だ、幸いというか誰もいなかった。 脱衣籠にパジャマを脱ぎ捨て、ブラジャーを悪戦苦闘しながらも何とか外すと、大きな初音の胸がプルンと揺れた。 初音、ご、ごめんな。 パンティーをするすると降ろすと、うっすらとした翳りが露わになった。俺は下を見ないように脱衣場から湯殿に入ろうとしたものの、つい壁の鏡が目に入ってしまった。 そこには、はるか昔にしか見たことの無い妹の裸が晒されていた。 初音、き、きれいだ。 大きな胸、ぐっと絞れた腰、きゅっと締まったお尻。鏡の中では茶髪をショートカットにした初音が不思議そうな表情でこちらを見詰めていた。 ふと胸に手を当ててみると、力を入れただけ凹んでいく。ほんわかとしたその感触に思わずぼーっとなってしまった。 俺、今本当に初音になっているんだ。愛らしい自慢の妹、でもこれは俺なんだな。 「兄さん・・・おにいちゃん・・・初音はおにいちゃんのこと・・・」 初音の声で呟いてみる。初音、初音ぇ・・ また俺の目から涙がつつっとこぼれ落ちてしまった。 いかんいかん、早く入ろう。 湯殿に入ると、ボディソープを泡立てて体をこする。シャワーを体に当てる。その一つ一つが俺の肌に新鮮な感触をもたらす。 こんなに体を洗うのが気持ち良いなんて。 そして俺は自然と膨らんだ胸の下にある自分の股間に目が行ってしまった。シャワーに濡れたソコには翳りの中の割れ目が露わになっていた。 くそっ、あのオヤジどういうつもりなんだ。 オヤジの不条理な行動にどうにも合点が行かない俺は、あの時のオヤジの感触を振り払うかのようにソコにシャワーを当てた。 「くー、ここに何も無いなんて何か変な感じだ」 そこを手でこすると、また変な気分になってくる。駄目だ駄目だ、これは妹の体なんだから。 俺はやっとのことで湧き上がってくる欲望をこらえると湯船に漬かった。 暖かい温泉の湯が体に染み渡る。 「はぁー、これからどうしたらいいんだろう」 もしこのまま元に戻れなかったら、俺は一生初音として暮らしていかなければならないのか?妹の女子大に通って妹のボーイフレンドと付き合っていつか結婚して子供を生む?男のナニを受け入れなければならないのか?気持ちいいって言うけれど、俺にできるんだろうか。男に抱かれる今の俺・・初音の姿を想像して思わず太股の間がぎゅっと緊張してしまった。 でも本物の初音は・・・赤いマントになったまま誰かに買われるまであのみやげ物屋に飾られ続けることになるんだ。 もし買われたら、初音は違う誰かになってしまうのか?一体誰に?老人かもしれないし、中年のおばさんなのかもしれない。そんなことを想像すると思わずぞっとしてしまった。 「やはりあのオヤジと対決しなければならないな。でもどうやって」 俺の思考は同じところをグルグルと回り続けていた。そのうち熱さに段々のぼせてきた。 「いかん、そろそろ上がろう」 俺は湯殿を出てバスタオルで体を拭くと、初音の真新しいパンティに足を通した。 小さなそれを目の前で広げ、これを穿かなくちゃならないのかと思うと思わず赤面してしまったけれど、するすると引き上げ下半身にぴちっと纏うと何となくほっとした気分になった。 ブラジャーは・・・止めとこう。 俺は直接長袖のシャツ(これってババシャツっていうやつか)を着てみた。胸の先のポッチリが浮き出てちょっといやらしい。そして下着の上から白地に赤い模様の入った柄の浴衣を着込むと部屋に戻った。そのまま布団に入ったものの、どうにも落ち着かない。それもそのはず、胸に今までなかったものがあるのだ。寝返りを打つとその度に胸がくにゅ、くにゅっとつぶれるし、先端がどうにもくすぐったい。結局仰向けになってじっとしていることにした。 初音、明日何とかしなければ・・・でも・・どう・・やって・・・ 布団の中でじっとしていると疲れがどっとやってきた。いつの間にか俺はすーすーと寝息をたてていた。 翌朝、若女将に起こされた。 「おはようございます」 「あ、おはようございます」 「よく寝れましたか」 「はい、温泉で温まったらぐっすり寝ちゃいました」 「それは良かったですね。さてと、もう起きられるんでしたら、着替え手伝いますよ」 「え!いや・・でも」 「お化粧とかできないんでしょう、服の着方もわかります?」 「・・・お願いします」 若女将って何考えているんだろう、中身が男の女の子なんて普通だったら有り得ないことなのに妙に落ち着いているし。そう考えながらも、結局俺は若女将に化粧と着替えを手伝ってもらった。 顔を触られる感触がくすぐったい。若女将は軽めにといっていたものの、みるみる自分の顔がより女性らしく愛らしく変わっていくのがわかった。着替えはハイネックの青いセーターとパンツの組み合わせにしてもらった。若女将の目の前でパンティストッキングを穿くのはちょっと恥ずかしかった。ピタッと脚に張り付く感触が何となくむずむずする。初音が持ってきている中では男の格好に近いと思って選んだんだけれど、いざ穿こうとすると、男のズボンとファスナーの位置が違っていた。 これってファスナーが横にあるんだ。 そして足を入れて引き上げてみると、スリムで少し伸縮性のあるパンツはのっぺりした俺の股間とパンストを穿いた脚のラインをそのまま浮き上がらせていた。 男のズボンとは別物だな。 ブラジャーの留め金を後から止めてもらいセーターを頭からかぶる。鏡に向かって髪をブラッシングしてもらうと、そこに映る自分の姿・・・それは初音の姿・・・大きな二つの胸の膨らみくらみがセーターを盛り上げスリムなパンツは体のラインをそのまま浮き立たせている・・・それが今の自分。鏡に向かって無意識にポーズを取っている己に気がついて思わずはっとしてしまった。若女将はにこにこと俺を見ている。 うっ、ちょっと恥ずかしかったな・・・ 化粧、着替え、本当にわからないことだらけだ。俺は恥ずかしいながらも、若女将にちょっぴり感謝した。 「じゃあ食事を済まされたら、後で私の部屋に来ていただけます。会わせたい人がいますので」 「誰ですか」 「私のおともだち。詳しいことは後で説明しますわ」 そう言うと、若女将は部屋を出ていった。 俺は言われた通り、朝食を終えると若女将の部屋に行った。 「こんにちは」 「こ、こんにちは」 「紹介します。私の親友の佐登静さんよ」 「さと・・しずかさん。その名字って」 「ええあなたの泊まっている部屋の名札と同じ、彼女は八仙人の一人『佐登』の子孫なの。実は私もそう、『愛爾』の子孫なの」 「若女将の胸のネームプレートのアイニスって」 「これ?私の名前って難しいんでこの愛称で呼んでもらっているのよ。新一さんもそう呼んでいただいてかまいませんよ。このほうがかわいいでしょう」 (・・・・余計な質問だったかも) 「さて、昨日あなたから聞いた話について佐登さんと話し合ったんだけれど、今まででは考えられないことなんで、どうしようかと思っているところなの」 「どういうことですか?」 「みやげ物屋をやっているのは、杜氏九郎丸。彼も八仙人の子孫よ。当然村の平穏を乱すようなことをするはずはないんだけれど」 「そう言えば、あのオヤジ昼間と夜と印象がまるっきり違ってたなぁ。昨日の夜もその前の夜も妙に威圧感があって、まるで・・」 「まるで?」 「神様か何かのようでした。言動もそんな感じでしたし」 「うーん、そうか。もしかしたら」 「どうしたんですか、何かわかったことが・・・」 「杜氏は神下ろしの仙人だった。となると簡単にはいかないかもね。とにかく九郎丸おじさんの所に行きましょう。静ちゃん、手伝ってくれる?」 「ええ、行きましょう」 俺とアイニスさん(何かこう呼ぶのは気恥ずかしいんだけれど)、それに佐登さんは連れ立って旅館を出ると、オヤジのみやげ物屋に向かった。 「おい、どうしたんだい、二人揃って深刻そうな顔をして。それにそのかわいい娘は?」 「あら、吉兎(よしと)くんじゃない。ちょっと面倒なことがあって、九郎丸おじさんのところに行くところなの。この娘は十萬田初音さん、いえ新一さんね」 「はぁ? どういうことだい?」 アイニスさんが彼にかいつまんで事情を説明した。 「へぇ〜、そうだったのかい。何だか信じられないけど俺も付き合うよ」 結局やはり八仙人の一人である兎の子孫の吉兎くんが加わり、4人でみやげ物屋に行くことになった。吉兎くんって大学生位だろうか、何だか俺・・というか初音に気があるようだ。しばらく歩いていると俺に声を掛けてきた。 「俺、吉兎守、よろしくな。ねぇ新一さんじゃおかしいし、初音さんって呼んでいいかな」 「え? ええ良いですよ。今の俺は初音なんだし」 「初音さん!」 「はい?」 「俺なんて言わないほうが良いですよ。やっぱ女の子はアタシって言わなきゃ。でもホント初音さんってかわいいなぁ。俺惚れちゃったよ」 俺は頬がかーと真っ赤になってしまったのを感じた。 「吉兎くん、なに馬鹿言ってるの。皆真剣なんだからね」 「ええ、わかってますよ。初音さんは俺が守ります」 歯をキラリと光らせて笑う吉兎くんを俺はまともに見ることができなかった。男なのに、年下のはずなのに何だか胸の奥がドキドキした。これって・・・何? 店の近くまで来ると、それまで黙っていた佐登さんが急に話しかけてきた。 「十萬田さん、杜氏さんが口ずさんでいたという唄のことですけれど」 「ああ『赤いマントにしましょうか〜青いマントにしましょうか〜』というやつですね」 「ええ、店にはマントは両方とも置いてあったのかしら」 「はい、確かに青いマントも赤いマントもありました。でもお話したように赤いマントは初音なんだとオヤジが・・・」 「そうですね、じゃあ絶対に両方とも確保しましょう」 「え?初音の赤いマントだけじゃないんですか」 「初音さんを元に戻すのはともかく、あなたが元に戻るには多分その青いマントが必要なんじゃないかと思うの。私とアイニスの二人が杜氏おじさんを引き付けている間にあなたはマントを確保してね。吉兎くんは十萬田さんを助けてあげて。お願いね」 「よっしゃあ、わかったぜ」 吉兎くん妙に張り切っているな。 佐登さんの仕切りで各自の役割分担を終えると、いよいよみやげ物屋に突入することにした。 店先にあのオヤジが出てきている。まんじゅうを蒸し器に補充しているようだ。 「九郎丸おじさん」 「おお、愛爾んとこのお嬢ちゃんかい。珍しいね、何の用だい?」 「杜氏おじさん、あなた最近八仙人の子孫にあるまじきことをしておりません?」 「おや、佐登んとこの嬢ちゃんも一緒かい。さて、何のことかな」 「最近この温泉で頻発している行方不明事件はご存知ですよね」 「ほう、そんなことが起きているのかい?初耳だなぁ」 「知らばっくれないで。あなたが事件に深く関わっているのではないかという情報が入ったの。少し話を聞かせてもらえないかな」 「そんな刑事みたいなこと言われてもなぁ・・・・・」 三人が言い合っている間に俺と吉兎くんの二人はそっと通用口から店内に入った。吉兎くんがそっと俺に向かって呟く。 「『吉兎』は結界作りの仙人なんだ。実は俺も結界を張るのが得意でね。多分誰にも見つからないと思うよ」 「へぇ〜、そうなんですか。すごいんですね」 チャラいだけの男ではないんだ。そう思うとまた心臓がどきどきしてきた。こら静まれ、俺の心臓・・・ 店内には様々なみやげものが置かれていた。そして、壁の方を見やるとそこに件の青いマントと赤いマントがペアで飾られているのが眼に入った。 「よし、あれだな」 吉兎くんが呟くと素早く両方とも壁から取り外した。 「これってどうすればいいんだ」 「兎に角、一旦店から出ましょう」 俺と吉兎くんは再び通用門から外に出た。 「佐登さん確保したよ!」 「何? やや、そのマント何時の間に」 「よし、打ち合わせ通りね。杜氏おじさん、この娘知っているでしょう。あなたがどうしてこんなことをしたのか私にはわからないけれど、どうか彼女、いえ彼を元に戻してあげて」 「いやだと言ったら」 「力づくでも」 佐登さんの目がキラリと光った。いつの間にか右手に古い刀が握られている。あれ、あんなもの持ってたっけ。 「わ、わかったよ。あんたと争うつもりはないよ。お嬢さん、その赤いマントを羽織りなさい」 「は、はい」 俺は思わず返事すると、初音の赤いマントをヒラリと広げると肩に巻いた。何だか暖かいものに包まれる感じがした。一瞬その心地良さに浸っていると、背中のマントが段々膨らんでくるのを感じた。むくむくと膨らんできたマントは枝分けれして段々人の形をとり始める。頭、首、手、胸、腰、足と形がはっきりしてくる。顔の輪郭が段々出来上がって、マントは初音の姿に変わっていた。俺は静かにマントを背中から下ろすと板間に横たえた。結局今ここには初音の姿をした俺と初音、つまり服を着て立っている初音と裸で横たわっている初音、二人の初音がいた。 「びっくりしたなぁ、本当だったんだ」 吉兎くんが思わず叫んでいる。 「は、初音」 俺は思わず初音に声を掛けた。 ・・・わたし、いったいどうしたんだろう。もう一人のわたしがいて、体がおかしくなって、それから・・・ 「う、うーん」 「おい、初音、大丈夫か、初音」 「私、もう一人の私が、起き上がって、俺って、それから、あ、ここは」 「初音、もう大丈夫だぞ」 しかし、その時俺は自分の体の異変に気がついた。力が抜けて立っていられなくなる。座り込んだ俺の体がどんどん萎み始めていく。風船の空気を抜いたようにぺっちゃりと凹んでいく。そして段々意識がぼんやりしてきた。 この感覚・・・どこかで・・・もしかしてまた・・・ そのまま俺は意識を失った。 「し、新一さん!」 まっ平らになってしまった新一の体は手足が縮み始め、服がいつの間に外れたかと思うと、赤色のマントになっていた。 「静ちゃん、これでいいの? 新一さんがこれじゃ・・・」 「今は我慢して」 「・・・今私に声を掛けてくれたのは誰?もしかして兄さん?どこにいるの?」 「初音さん落ち着いて。ともかく服を着てちょうだい」 「え、ええ? きゃっ、なに、私って裸なの? どうして?」 「説明は後。さあ」 服をアイニスさんがかき集めて寄越してくれた。 あたし何で裸なんだろう。散ばっているのは確かにあたしの服だしいったいどうなっているの? あたしは合点がいかないながらも急いでパンティとブラ、セーターとパンツを着込んだ。 同い年位の男の子が顔を赤くしてそっぽを向いている。私の裸見られちゃったのかしら。うぇーんどうしてこんなこと。 あたしがパニクっている傍らできれいな女の人があの赤いマントを持ってみやげ物屋のおじさんに詰め寄っている。 「さあ杜氏おじさん、早く新一さんを元に戻して。それにこんなことをした理由を聞かせてもらいましょうか」 「俺もこんなことになるなんて思わなかったさ。昨年の12月に山の神社に修行に行った時のことだ。それまでとは違う波動を感じたかと思うと、俺の中にあるお方が入って来られた。そのお方が俺に語りかけてきたんだ。山を荒らす人間にはもう堪忍袋の緒が切れた。懲らしめてやるから手伝えってね。俺は神降ろし、降りてきた神の意向を代行をするのが役目だ。何故あのお方がそうしたかったのかはわからん。命じられるままに行動してきたというわけだ」 「まんじゅうのことは?」 「最初のまんじゅうの作り方も自然に頭に入ってきた。命じられるままに建設業者の家にそれを届けたのも俺だ。勿論それを食べるとどうなるかなんて知らなかったよ。食べた一家がその後どうなったかを後で知ってびっくりしたよ。でもこれは商売になるんじゃないかと思ったし、実際まんじゅうは瞬く間にこの温泉の名物になったなぁ。マントのことを知ったのはつい最近だ。山の神社の中の祠に納められていたよ。彼・・新一くんというのか・・彼がまんじゅうの呪いでまんじゅうになった後、彼にその青いマントをかけてやった。あのお方によると、どうも青いマントには魂を吸い取る力もあるらしいし、そうするようにお命じになったんだ」 「じゃあ早く元に戻して」 「青いマントを裏返しにして赤いマントと残ったまんじゅうの上にかけると良いと思う。ただし・・・」 「ただし?」 「まあ、試してみるんだな」 おやじさんがまんじゅうを数個持ってきた。 「少し売れたし、彼女・・初音さんと言ったかな・・にも食べさせたし、残ったのはこれだけだ」 「あのまんじゅう、い、いやあ」 「落ち着いて、初音さん」 「まんじゅうはまんじゅうだ。人じゃないから安心しな」 「・・・・・・兄さん」 「さあ、静ちゃん早く試してみましょう」 アイニスさんがもう一人の女性・・静さん?に声をかける。彼女はまんじゅうの上に赤いマントを、そして青いマントを裏返しにしてふぁさっと掛けた。するとむくむくと中が膨らんできた。膨らみは段々長く伸びて人のような形を取っていく。でも兄さんにしては大きさが小さい。 「う、うーん」 やがて膨らみがごそごそと動き始めた。中から手が出てきてマントをべろりとはずす。やっと兄さんに会えるの?その時はそう思った。けれども中から出てきたのは・・・・・ 「ううーん。ここは?あ、初音それにアイニスさん佐登さん吉兎くん、そうか元に戻れたんだな。良かった。おい初音どうしたんだ、浮かない顔をして・・・あれ、俺声がまだおかしいな」 「兄さん・・・だよね」 「当たり前じゃないか。やっと元通りになったんだろう」 「新一さん、自分が今どんなだかわかる?」 「え、どんなって・・」 俺は自分の体を見下ろした。胸は・・無い、アソコも・・無い、え、なんだぁ! 立ち上がると、いやに目線が低い。正面に立ちすくんでいる初音の胸が俺の目の前にある。何だこれは。両手で自分の体をまさぐると、小さくてすべすべした女の子の体だった。 「ほら、鏡を御覧なさい」 アイニスさんが指差した先にある壁掛けの鏡・・・初音になった時にも見た鏡だ・・・その鏡を見ると、そこには不思議そうな顔で見入っている12歳位の女の子が映っていた。 「これが俺ぇ、元に戻れたんじゃないのか。それにこの間より小さいじゃないか」 「杜氏おじさん、どういうことなの?」 「青いマントにはもう一つ修復の力があるんだが、まんじゅうが足りないんでな、そこまでしか戻せないんだ」 「ちっとも戻ってないじゃないか」 「気の力と体の部品が足りないんだよ。ここで修行すればそのうち戻れると思うがな」 「うー、そんな」 「新一さん、今は辛抱して。しばらくうちで暮らしながら修行してみましょう。それにしても九郎丸おじさん。ひどいにゃぁ」 アイニスさんの目が光って瞳孔が小さくなったかと思うと頭にピンと何か生えてきた。え?猫の耳? 「おじさん、本当に馬鹿にゃことを。許さにゃいですよ」 アイニスさんの爪がみるみる伸びていく。 「おいおい、止めてくれ。悪かったと言っているだろう」 「杜氏おじさん。もうあのまんじゅうは売らないでくださいね」 横から佐登さんが声を掛ける。相変わらず右手には刀をぶら下げている。 「わかったわかった、もう普通のまんじゅうしか売らないよ」 「約束ですよ。それにしても、あのお方って誰にゃんですか?」 「多分、お前たちもよく知っているお方だ。だがそれ以上は話せん。神降ろしの掟なんでな」 「今も杜氏さんに降りているのかい」 「いいや、昨日の夜出て行かれてしまった。もし居られたらただではすまなかったかもな」 「にゃんですってぇ!」 「た、例えばの話だよ」 「しかしどうしてこんなことを、人間に復讐と言ってもちょっと違うような・・」 「さて、それは俺にもわからん。でも、いずれその答えは明らかになるかもしれないな」 「そのマントは静ちゃんが預かっていた方が良さそうね」 「そうね、私が預かりましょう」 「まんじゅうはかにゃらず普通のものにして下さいよ」 「あれはおいしくてよく売れるんだがなぁ」 「まだそんなこと、駄目です!」 「わ、わかったよ。うーんでも残念だ」 「じゃあ、新一さん、初音さん、宿に戻りましょうか」 「おい、その前に」 「何? 吉兎くん」 「杜氏さんよぉ、何か新一さんが着られるものないのかい。この格好で宿までじゃかわいそうだぜ」 「そうか、おじさん何か貸してあげて」 「わ、わかったよ、ちょっと待っていな」 俺はオヤジの子供のものだという小学生用の下着それにセーターとミニスカート・・・こんなものしか無いのかよ・・・を借りるとようやくまともな格好になることができた。俺に服を渡すオヤジからはもう昨日のような殺気は感じられなかった。 やっぱりあれってあのお方っていう・・・ 「すまなかったな、わしも少しどうかしていたらしい。だがあれは決してあのお方の指図だけじゃなかったと思うぞ」 「え、それってどういうことですか」 「お前、なかなかかわいかったぞ」 俺は思わず顔を真っ赤にしてしまった。 「ば、ばかやろう、そんなこと」 「こ、このロリコン(ドスッ)」 佐登さんが刀の峰の部分でオヤジを殴りつけた。そこにみるみる間にたんこぶができたかと思うと、オヤジは倒れてしまった。 「いいのよ、こんなやつ。私たちの前でしゃあしゃあと・・・もう信じられない」 「あ、あのう」 「あ、新一さん、そういうことで良いかしら」 「この格好じゃ会社にも行けないし、仕方ないですね。会社には妹から『見つかったけれど重症で動けない』とでも説明してもらいましょう。な、初音」 「兄さん、あたし・・・ずっと探していたんだから、いっぱい探したんだから」 俺に向かって泣き崩れる初音、でも今は俺の方が小さいのでとても支えきれない。 「おっとっと。初音、心配かけたな。こんなになっちゃったししばらく離れ離れになるけれど、大丈夫きっと元に戻れる。お前も時々ここに来ると良いよ」 「うん、でも約束だよ。変なことには関わらないって」 「ああ、修行は修行として気をつけるよ」 「さあ、じゃあ宿に帰りましょう」 「そうだね、おっと新一さん。初音さんじゃないんだし今度は何て呼ぼうか。しーちゃんなんてどうかな。それに、女の子は俺なんて言っちゃ駄目だよ」 俺に向かってウィンクする吉兎くん。あれ? また胸のどきどきが・・・うーん本当に元に戻れるんだろうなぁ。 それから宿に戻って初音が帰り支度を済ませると、俺たちはバス停に向かった。 「じゃあ兄さん、また来るね」 「ああ、今回は大変な目にあったけれど、こうして居られるのは初音のおかげだよ。ありがとう。あっちに帰ったらよろしく頼むよ」 「アイニスさん、今回はいろいろお世話になりました」 「ええ、新一さんも無事にとはいかなかったけれど、良かったですね」 「ところで、アイニスさん、もしよければ名刺でもいただけません」 「ああ、そうですね。初音さん、もしいらっしゃる時には電話くださいね」 アイニスが差し出す名刺、そこにはこう書かれていた。 温泉旅館「夢幻館」 若女将 愛爾e壬翔 「???確かに読めませんね」 「あいにすみかって読むんですよ」 「・・・ありがとうございます。ところで佐登さんって何やってらっしゃるんでしたっけ」 「私ですか? この温泉の郷土史研究をやっているんですよ。自分の祖先達のことももっと知りたいですし、色々興味深いこともあるんで。そのおかげでいろいろな情報を仕入れることができたんだけれど、まさかこんなことが起きているなんてね」 「今回は本当にありがとうございました」 「いいえ、私は何も・・皆で力を合わせたおかげですわ。ところで今度来る時は私の研究所にもいらしてください」 「はい、是非伺わせていただきます」 「それじゃ、また」 「初音さん、元気で」 「あれ? あなた誰でしたっけ」 「そうか、新一さんだった時にしか挨拶してなかったか。俺は吉兎守、また会いたいな」 「よしと・・・まもるさん、今回はお世話になったんですね。ありがとうございました」 「へっへっへ、良いってことよ」 「ほら、バスが来たようですよ。じゃあ初音さん、お気をつけて」 「はい、皆さんもお元気で」 「さようなら」 「さようなら」 バスが初音を乗せて発車する。それを見守る新一、アイニス、佐登、吉兎の4人。 でもまた会える、そこにいる誰もがそう信じていた。 「またお会いしましょう・・・」 (了) 2002年12月28日脱稿 後書き 取り敢えず完結いたしました。「温泉まんじゅう」の続編を作ろうと思い立ったものの、どんどん構想が大きくなってしまい、結局「赤いマント」「青いマント」の前後編に分けることになってしましました。始めは「赤いマント」編だけで終わらせる予定だったのですが・・・ また、これだけの多人数が出てくる作品を書いたのは初めてなので、少し読みにくかった部分もあると思います。視点もくるくる変わりましたし、1人称だけで書くには辛い部分もありました。その点筆者の力不足で、ご勘弁ください。 さて、ここでこの物語の設定について少し書いておきます。八仙人の子孫を全員登場させることはできませんでしたが、またいつか書いてみたいですね。 1.マントについて 「赤いマント」:着ている人間は呪文により姿を奪われる。 「青いマント」:着ている人間は呪文により魂を奪われる。 使い手により能動的にも受動的にも使える。また裏返して着ると治癒的に働く。 2.八仙人の子孫について 「佐登」:神剣の使い手。神剣を自在に呼び出し使いこなす。 「愛爾」:動物霊使い。猫霊を使うのが得意。 「指五」:拳法の達人。得意技は「輝指弾」。 「鄭羅」:幽体離脱師。修行を積んで憑依師にレベルアップしたという噂も。 「吉兎」:結界の達人。いかなるチカンも寄せ付けない(笑) 「杜氏」:神降ろし。最近出入りする神が増えたらしいが良くない噂も。 「佐為」:符術師。最近は符の代わりに写真機を使うという噂も。 「狭霧」:式神使い。自ら描いた絵を式神として様々に使いこなす。 |