く、暗い・・・熱い・・・ここは・・・どこだ・・・・・・俺は・・・いったいどうなったんだ・・・・・




十萬田兄妹と温泉の八仙人

第2話「
赤いマント」

作:toshi9




 あたしの名前は十萬田初音(じゅうまんだはつね)、親元を離れて兄と一緒にアパート暮らしをしている。けれども、その兄が先月突然失踪してしまった。

 兄は岩手のスキー場に行ったっきり帰ってこない。兄と一緒に行った会社の人の話によると、旅館に荷物を残したまま姿を消したそうだ。それからもう一ヶ月近く経とうとしているのに、依然として兄の行方はわからない。もう警察だけに任せていられない。そう思い立ったあたしは、自分で兄の行方を捜すために、新幹線に乗り込んで件の温泉に向かっている。

「お嬢さん、お嬢さん」

「は、はいぃ?」

 寝不足でうつらうつらしていたあたしの横に座っている初老の紳士が声を掛けてきた。

「気分でも悪いのかな、顔色が悪いぞ」

「あ、いえ大丈夫です。ありがとうございます」

「何か心配事でもあるんじゃないのかね。もし良ければ、わしに話してみんかな。気が紛れるかもしれんぞ」

「はい、実は・・・・・」

 あたしは兄の失踪のことを話した。

「初めてお会いした方にこんなこと話すなんて、すみません」

「いやいや、いいんじゃよ。わしも盛岡で降りるんじゃ。その温泉のことは良く知っておる。最近スキー場が出来て若者に人気のようじゃな。しかしあそこはもともと古い温泉でな、昔から色々な言い伝えの残っている土地なんじゃ」

「へぇー!そんなところなんですか」

「うむ。お嬢さん<怪人赤マントの伝説>を知っておるかな」

「いいえ、何ですかそれ」

「昭和の初めの頃のことじゃ。夜一人歩きしておる女性の後ろから声をかける怪人がいたという話でな、赤いマントがいいか、青いマントがいいかと声をかけ、赤と答えると後ろから刺し殺され、青と答えると血を抜かれて殺されるという伝説だな」

「はぁ、変な話ですね・・」

「あちこちの土地に同じような伝説が残っておるが、元々あの温泉の伝説が元になって日本中に広まったということじゃ。しかも温泉のものは一般に知られているものとは少し違う」

「へぇぇ、どう違うんですか」

「温泉に残る伝説はな、後から赤いマントがいいか青いマントがいいかと声を掛けるというところまでは同じじゃが、後がちがう。赤と答えると姿を盗られる、青と答えると魂を盗られるという話なんじゃ」

「やっぱり田舎の温泉ですね。殺されないんですから」

「いいや、ある意味もっと恐ろしいかもしれんぞ。いずれにしても、あそこに行ったら気をつけるんじゃぞ。決して夜一人で出歩かぬことじゃ。」

「はい、ありがとうございます」

 盛岡の駅で老紳士と別れると、私はバスに乗って温泉に向かった。

 窓越しに見える山並みにまだ雪が残っていて景色がきれいだ。

 バスに揺られること約2時間、やっと温泉街の入り口に着いた。バスから降りたあたしは早速兄が泊まっていた旅館を捜した。名前は「夢幻舘」そして程なく街の中心に近いところでその名前の旅館を見つけた。

「すみませーん、誰かいませんかぁー」

「はい、何か」

 若女将らしき綺麗な女性が出てきた。淡い赤地の和服にアイニスと書かれたネームプレートを付けている。

はて、源氏名だろうか。

「あたし、電話で連絡いたしました十萬田と言う者ですが・・・・・」

「ああ、十萬田新一さんの妹さんですね」

「はい、兄の行方を捜していまして、何か手がかりは無いかと思いまして・・・」

「そうですか、ご心配ですね。でもお兄さんならきっと大丈夫ですよ」

 励ましてくれているのだろうか。でも自分の宿で客が行方不明になっているというのに、またえらく能天気な若女将だ。

「実はうちの旅館では初めてですが、この温泉では突然いなくなってしまった方ってこれまでに何人もいるんですよ。でも時間の差こそありますが、ほとんどの人は必ず後で見つかっているんです。街では神様の気紛れじゃないかという噂もあります。ただ・・」

「ただ、何か」

「見つかった後、みんな性格が変わってしまったらしいんですが」

「どんな風にですか」

「さあ、その辺まではよくはわからないんですけれど」

「はぁ?何か変な話ですね」

「そうですよね、ああそうだ、よろしければしばらくうちに泊まっていきませんか。それでじっくり捜されてみてはどうですか」

「ええ。特に宿の当てはありませんし、そうさせてもらおうかしら」

 あたしは、結局この「夢幻舘」という名の旅館にしばらく滞在することにした。




「ではこちらのお部屋にどうぞ」

「ありがとうございます」

 案内されたのは「佐登」という札の掛かった部屋だった。

「お兄さんはあちらの部屋だったんですよ」

 そこには「愛爾」という札が掛けられていた。

「ここって何部屋あるんですか」

「全部で八部屋です」

 他の部屋を見ると「指五」「鄭羅」「吉兎」「杜氏」「佐為」「狭霧」とそれぞれ掛けられていた。

「変な名前ですね」

「昔、この温泉を守ったという八仙人の名前から採っているんですよ」

「ふーん。ここは本当にいろいろな言い伝えがあるんですね」

「そういう土地柄ですから」

 若女将がにっこりと笑って答える。

「それではごゆっくり」

 その後少し部屋で休んでみたものの、まだ陽が暮れるには少し時間がある。何か手がかりがないか、少し街を歩いてみることにした。

「すみません、ちょっと出てきますね」

「はい、どうぞ。夕食は7時で良いですね」

「ええ、お願いします」

 旅館を出て街中をぶらぶらと歩いてみると、古いいかにも温泉街という町並みが続いている。

〜おいしい温泉まんじゅうだよ〜おいしい温泉まんじゅうだよぉ〜

 へぇ定番だなぁ、温泉まんじゅうも売っているんだ。

 おみやげ屋のおじさんの声が響いている。

「お嬢さん、温泉まんじゅう買わないかい、おいしいよ」

「うーん、おいしそうだけど、今ダイエット中なんだ」

「そうかい、じゃあ中のものでも見ていってくれ。いろいろ取り揃えているよ」

「はあ、じゃあちょっとだけ」

 あたしは店の中に入った。そこにはおみやげの類が所狭しと置かれていた。

 菓子、漬物、人形、置物・・・

 その中で一際目に付いたもの、それは壁に対になって掛けられている赤いマントと青いマントだった。風が吹き込んでいるのか、マントがかすかに揺れている。

「おじさん、これって・・」

「ああ、それかい。この温泉には<怪人赤マントの伝説>というのがあってな、昭和初期のこと・・・」

「あ、それ知っています」

「そうかい。で、まあその伝説に因んだ怪人のマントをみやげとして売っているわけだ。勿論レプリカだがな」

「当たり前じゃないですか。本物だったら怖いですよ」

「そうだな、本物だったらなぁ・・・もしかしたら本物かもしれないよ、どうだい、買っていかないかい。暖かいし、実用にも使えるよ」

「うーん、何か不気味だなぁ」

「他では売ってないものだよ、安くしておくから」

 普段だったらそんな胡散臭いもの買わないんだけれど、あたしは何となくそのマントに惹かれるものを感じた。

「うーん。じゃあ赤いほうを買ってみようかしら」

「まいどありぃ」




「・・何でこんなもの買っちゃったのかしら」

 あの時の感じって何だったんだろう。何だかうまくあのおじさんに乗せられたような気がする。

 旅館に戻って部屋の中で広げてみると意外と大きいマントだ。しかも真っ赤、暖かそうだが自分で着るにはちょっと恥ずかしいかなぁ。



 その夜のこと、布団の中でふと目を覚ますと、何か声が聞こえる。

「初音ぇ〜、初音ぇ〜」

「う、うーん、誰」

「初音ぇ〜」

「え、この声、兄さん?」

 あたしはがばっと布団から飛び起きると、声のほうに向かって飛び出した。

 ぶるるっ、夜だと外はまだ寒い・・・うーん仕方ないあの赤いマント着ていこう。私はパジャマの上に赤いマントを羽織ると、深夜の道を声の聞こえるほうへ向かって歩いていった。

「どこ兄さん」

 声を辿っていくと、それは街の中、マントを買ったあのみやげもの屋の中から聞こえてくる。そっと店の中を覗くと、まだ灯かりがついている。

 ドアに手をかけると、スルスルとドアは開いた。

 いったいどこから・・・

 店の中を見回してみると、壁に掛かっている青いマントが妙に気になった。私の買った赤いマントの掛かっていた場所はそのまま空いている。

 青いマントをじっと見ていると何となく昼間と少し形が違う?いや少しずつ形が変わっているんだ。マントは上下左右に枝分かれしていった。そして、段々ある形を取り始めた。

 それは、人型。

「何なのこれ」

「それは寄り代だよ」

「え!」

 振り返ると、店のおじさんが立っていた。

「こんな時間に何の用かな」

「ここから兄さんの声が聞こえたの、兄さんのことを知らない?」

「兄さん?わしは何もしてないよ。あいつが勝手にやったんだからな」

「知ってるのね、兄さんに会わせて」

「会いたいかい?」

「当たり前でしょう」

「じゃあ、これでも食べてみるんだな」

 おじさんが差し出したのは、まだ湯気の立っている温泉まんじゅうだった。

 は?何を言い出すかと思えば。

 でも、じっと目を凝らして見ているとまんじゅうが心なしか動いたような気がした。

「さあ、どうする」

 あ・や・し・い、でも他に手がかりがない。それに本当においしそうに見える。

「わかったわ、頂戴」

 あたしは温泉まんじゅうを手に取った。何となくいとおしく見える。

 ぱくっ

 うん、おいしいよ。

「ふふふ、食べたね。じゃあ唄ってあげよう」

「へ?」

「赤いマントにしましょうか〜青いマントにしましょうか〜」



「え! 何?からだが・・・」

 体が重い。何、何なの。

 気がつくと背中がとっても重い。どうしたんだろう。立っていたあたしは背中にのしかかるその重さに耐え切れず、手をついて座り込んでしまった。

 そのあたしの背中では・・・赤いマントがむくむくと膨らみ始めていた。

 マントは枝分かれしてさっきの青いマントのように人の形をとり始めているようだ。手のように、足のように、そして、顔のように。真ん中は少しずつくびれていく。腰のように。

「もういいだろう」

 おじさんは私から膨らんだ赤いマントを外すと、その上に青いマントを裏返しにしてばさっとかける。

 青いマントを被った膨らんだ赤いマントの顔の部分は・・・はっきりとした輪郭を刻み始め、段々ある人物に似てきた。そう、それは私の顔だった。

 赤いマントは完全に人の形に変形すると、全体が膨らみ始めた。まるで人型の風船に空気が入っていくように。腕が、脚が、お尻が、腰が膨らんでいく。胸が、首が、そして顔が厚みを増していく。赤い色もいつの間にか白い人肌色に変わっていた。

 気がつくと、そこには裸の私が仰向けに横たわっていた。

「いやぁ!! 何これ」

 もう一人の私の目がぱちっと開き、そしてゆっくりと起き上がった。

「だ、誰よあんた」

「お、俺は、いったい」

「おれって、それって、え! なに? からだが・・・」

 あたしは体に段々力が入らなくなっていくのを感じた。手をついていることもできずに、ふにゃりと床に倒れこんでしまう。

「か、からだが・・・しぼむ、そんな・・ばか・・な」

 自分の体を見ると、みるみる空気が抜けるように膨らみを無くしていくのがわかった。脚が、お尻が、腰がぺらぺらになっていく。腕が、胸が、首がどんどんしぼんでいく。

「いやー、いやだ、やめて・・や、やめ・・て・・い・・や・・」

 それっきりあたしは意識を失った。





・・・真っ暗闇の中で、俺は自分がどうなっているのか全く手ごたえを掴めなかった。少女になってオヤジにやられて、本当にあいつの言ったように俺はまんじゅうになってしまったんだろうか。

 あれからどれだけ時間が経ったのか、気がつくと俺は裸で座り込んでいた。

「あ、あれ、ここはおみやげ屋」

 きょろきょろとあたりを見回す俺の頬にふぁさっと茶色に染めた髪がかかる。

「え! これ俺の髪か? 声も何か、お、おかしい」

 ふと自分の体を見下ろすと、少女とは違う豊満な胸が大きく盛り上がっていた。伸びやかな脚をMの字に折り曲げて座り込み、その太ももの間に両手を突いていた俺は、お尻に床のひやっとした冷たさをを感じていた。

 力なくゆらりと立ち上がった俺の目に裸の女性が目に入った。

「初音、初音じゃないか、どうしてここに・・・」

 でも良く見ると、それは鏡。

 お、俺が・・・初音。

 立ち上がった俺の足元には女性物のパジャマと下着、それに青いマントと赤いマントが無造作に広げられていた。

「妹に感謝するんだな。そうして生き返ることができたんだ。早くそれを着て宿に帰りな」

「何を言う。これは俺じゃない、初音じゃないか。初音はどうしたんだ」

「お前を捜しに来たらしいな。そこに転がっている赤いマントがお前の妹だ。それはこの土地に伝わる伝説のマントでな、それを着た人間は姿を盗まれてしまう。そして姿を盗まれた人間はマントになってしまうんだ。
 人間に戻るには、また誰かに着てもらうしかないが、別人になってしまうというわけだ」

「俺はまんじゅうになったんじゃなかったのか」

「ははは、なったさ。でも売れ残ったんでな、少し彼女に食べさせた。まぁ彼女に成り変ったこととはあまり関係ないがな」

「あんた、只者じゃないな」

「復讐だよ。山を汚す人間たちへの・・・ささやかな」

「まさか、あんたって」

「さあ、早くこの温泉を出ることだ。人間に戻れただけでも感謝するんだな」

「初音はどうなる」

「それを誰かが身に付ければ、その誰かと入れ替わりに人間に戻れるだろう。いつになるかわからんがな。だが今はそのマントは置いていってもらうぞ」

 オヤジの顔はぞっとするような冷たい笑いに満ちていた。

 仕方なく、俺は初音の下着を身につけ始めた。ぴちっとしたその感触は俺が初音に、女になってしまったことを一層実感させられる。パジャマを着るとオヤジがファサっとコートを投げてよこした。

「寒いからな、それを代わりにやるよ」

「あんた怖いんだか優しいんだか・・・」

「そんなもんだろう、人間にとってのわしらの存在とはな」





 宿にトボトボと帰る俺の後で、オヤジが唄を口ずさみ始めた。

「赤いマントにしましょうか〜青いマントにしましょうか〜」



「初音・・・すまん。でもきっと助けてやるぞ」

 そう、今度は俺が初音を助ける番だ。でも一体どうしたら・・・


 歩く俺の背中になごり雪が舞い降り始めていた。




(了)

                                   2002年12月24日脱稿



後書き

 satoさん10万ヒットおめでとうございます。これからも「TS研究所」の運営がんばってください。
 さて、この作品は「夢幻舘」に投稿いたしましたあの作品の続編です。若女将他どこかで聞いたような部屋の名前は、勿論・・・
 今回は十萬田新一の妹・初音が登場しましたが、話を終わらせることができませんでした。新一は初音を助けて元に戻ることができるのか、赤いマントと青いマントの謎とは?そして登場する新たな仲間! 次回完結編「青いマント」をお楽しみに。

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