(前回のあらすじ)

 シャドウガールと共に、謙二に取り付いたブルーイソギンチャクを倒した蜜樹だが、謙二の妹・未久に成りすました謎の男、いや井荻恭四郎は次の指令を発していた。
 翌日、2年C組の朝のホームルームの始まりと共に校長先生に連れられて一人の男が教室に入ってきた。

 爽やかに笑う男。歓喜する桜井幸。
 しかしその男を見た蜜樹は呆気に取られていた。
 お、俺だ。
 そして呆然とする蜜樹に向かってその男、如月光雄は思いもよらぬ言葉を言い放つ。

「全くひどい目に遭ったよ。俺は今まで生田生体研究所の地下室に監禁されていたんだ。お前はひどいやつだ生田蜜樹、いやスウィートハニィ!」






戦え! スウィートハニィU

第5話「窮地」

作:toshi9





 え? 今何が起きているんだ。俺が俺の前に現れて、それも俺が今まで生田生体研究所に監禁されていただなんて……そんな馬鹿な。
 如月光雄、即ち元の自分が目の前に立っているのを見て、蜜樹はすっかり混乱していた。

(先生、先生、落ち着いてください。今はあたしの姿をしていても、先生が如月光雄でしょう)
「え? あ、ああ、そうだよな。だがあそこに立っているのも確かに俺だ。俺がもう一人いるってどういうことなんだ。もしあれも俺だとしたら……そうか、指輪が二つに割れた時に、もう1人の俺が生まれたっていうことか」
(早合点しないでください。あの指輪にそこまでの力はなかったと思います。でも先生、あたしにも何がどうなっているのかよくわからないんです)
「それともあれは俺の偽者……まさか恭四郎か!」
(いいえ、あの感じは恭四郎ではないと思います。それにわざわざ先生に化ける理由がありませんし)
「そうか……」
「ちょっとハニィ、どういうことなの? ぶつぶつ言ってないで、あたしに説明して頂戴!!」
「え?」

 ぼーっと自問自答していた蜜樹がはっと気が付くと、立ち上がっていた桜井幸が怒りに満ちた目で睨みつけていた。

『そうだそうだ、どういうことだ』
『スウィートハニィって何だ??』
『ほら、夏の怪人襲撃事件の時に現れた変身美少女よ』
『そうか、生田さんって誰かに似てるなって思ってたけど、あの時の変身美少女に似てるんだ』
『じゃあ如月先生はハニィがあの時の変身美少女だって言ってるのか? ってことはハニィとあの時現れた怪人たちはグルだったってことか??』
『馬鹿! あの時変身美少女は怪人と戦っていたじゃないか』
『でもハニィが先生を連れ去ったんだろう。それを今まで俺たちに隠していたんだ』
『そんな風に決め付けるなよ。生田さんがそんなことする訳ないじゃないか』
『じゃあ如月先生の言ってることが嘘だって言うの?!』
『いや、そうじゃないけど……』

 わいわいがやがやと喧騒に包まれた教室内は、いつしか異様な雰囲気に包まれていた。そして謙二らごく一部の男子生徒を除いた大部分のクラスメイトたちは怒りの目で蜜樹を見詰めていた。

 今まで騙されていたんだ。

 教室にいた人間のほとんどがそう思い始めていたのだ。

「如月先生の言っていることって本当なの? ねえハニィ答えて!」
「そ、それは」
「あたしにちゃんと説明できないの? じゃあ先生の言っていることは事実なのね」
「違う、幸。あいつは如月先生じゃないの」
「何をわけのわからないこと言っているのよ。先生のどこが先生じゃないって言うの。先生よ、先生があたしの元に帰ってきてくれたの。紛れも無くあたしの如月先生よ」

 ますます興奮する幸。そんな彼女の様子を見て、教壇に立つ如月光雄は一瞬にやりと笑った。だが幸も蜜樹も、そして二人の動向に注目しているクラスメイトの誰もそれに気が付かない。
 いや、一人だけ光雄の一瞬の表情の変化をその目に捉えた者がいた。ふと教壇を振り向いたクラス委員長・相沢謙二である。

(あれ? 何だ今の先生のおかしな笑いは……そう言えば何で如月先生が生田生体研究所に監禁されなければならないんだ。そもそもあの生田家の人たちがそんなことをするなんてとても思えないし)

 今まで見たことの無いような光雄の怪しげな笑い顔に不審感を覚える謙二だったが、その時教室のざわめきを打ち払うように教壇上の如月光雄が再び口を開いた。

「静かにしてくれ、みんな。俺が今まで学校に来れなかったのはそういう訳だったんだが、どうやら彼女もこのクラスの一員になっているようだし、最早終わったことだ。今までのことは水に流して一緒に勉強していこうじゃないか」
「お、お前、なにを言って……」

 蜜樹が反論しようとするのを無視して話し続ける光雄。

「生田さん、これから俺が君の担任だ。だから君は今日から俺のかわいい教え子の一人という訳だ。よろしく頼むよ」

 再び爽やかに笑う如月光雄。

「さっすが先生。ハニィ、先生に感謝しなさい!」

 両手を合わせて光雄をきらきらとした瞳で見詰め、返す刀でハニィをきっと睨む幸。まあ彼女らしいと言えば彼女らしいのだが……

「み、みゆき……」
「ごほん、じゃあ如月先生、後は頼みましたよ。それから生田さん、君は放課後校長室に来なさい」

 事情が飲み込めず話題にすっかり取り残された校長先生が、咳払いして口を開く。

「はい校長。どうもお手数かけました」

 深々とお辞儀する如月光雄。そして校長先生は皆に手を振ると、両手を後ろ手に組んで教室を出て行った。

「それじゃあホームルームはこれで終わりだ。今日はこのまま1時間目の授業を始めるぞ。みんな、教科書を開いて」
「「え゛〜〜〜」」

 ざわざわとした空気を鎮めるように授業を始める光雄。
 そしてハニィはそこで再び驚かされることになる。
 授業が始まると、彼の教え方は失踪する前の光雄と全く変わるところが無かったのだ。
 目の前で黒板に問題を書いている光雄の背中をじっと見詰めながら、蜜樹は言いようのない気持悪さを覚えていた。

(やっぱりあれも俺なのか。俺が俺の生徒で、俺に俺が教わって……いや、何で俺がもう1人いるんだ?)

 混乱するばかりの蜜樹だった。




 そして瞬く間に1日が過ぎた。
 職員室でも光雄は話題の中心だったが、彼の様子は失踪前と何ら変わるところがなく、誰もが彼の復帰を喜んでいた。

「如月先生、本当に生田研究所に監禁されていたんですか? だとしたらこれは大問題ですよ」

 学年主任の森本が腕組みしながら光雄に問いかける。

「まあまあ、いろいろありましたが、もう済んだことです」
「警察には連絡したんですか?」
「いえ、そんなことはしません。だって生徒の家庭を犯罪者の一家にする訳にはいきませんから」
「え? 犯罪者ですって? それではやはり生田研究所では何か良からぬことを?」
「あ、少し口が滑ってしまったようです。皆さん、気にしないでください。まあ今まで何があったのかはお話できませんが、この問題は担任の私が責任を持って処理します。生田蜜樹にはどうか今までと変わらぬように接してやってください」

 爽やかに他の教師たちの疑問に答える光雄だった。

「素敵です、如月先生。先生って本当に生徒思いなんですね。今までひどい目にあったというのに、あたしにはとても真似できません」

 女性教師の一人が感嘆のため息を漏らす。
 そしてその場にいる教師の誰一人としてそれ以上の詮索をすることはなく、光雄のことを改めて見直していた。




 一方校長室を一人訪れた蜜樹は、校長先生から停学を言い渡されていた。

「え? 停学? どうしてあたしが……」
「如月先生は水に流すと言われてましたが、教師を監禁するなどとは、学校としては見過ごす訳にはいきません。事実関係がはっきりするまで学校に来ることを禁止します。親御さんには私から電話しておきましょう」
「そ、そんな……校長先生、誤解です。あの如月光雄は本物じゃないんです。偽者なんです。信じてください」
「ふーむ、水に流そうという恩師に対してそんな出まかせを言ってごまかそうとは。改めて教育指導について考えないといけないな。待てよ? そうか、君は確か転校生だったな」
「は、はい」
「教育委員会からの要請もあって特別の計らいで編入試験を免除して転入を許可したが、これは考え直さないといかんな」
「あ、あの……」
「とにかく自宅で大人しくしていなさい。この件は後日職員会議に諮ってみることにしよう。決定は追って連絡します」
「校長先生!」
「私の話は終わりだ。さあ、早く下校しなさい」
(先生、今は何を言っても無駄です。校長先生の心証を悪くするだけですよ。今日のところは帰りましょう)
「くっ!」

 拳をぎゅっと握り締めて怒りを堪え、立ち上がって静かに校長室を出る蜜樹。だがその肩はぶるぶると震えている。
 そんな彼女を冷ややかな目で追いながら、廊下の陰で数人の女子生徒がひそひそと話していた。
 
「くすくす、どうやら停学になったみたいね」
「ふふん、転校生のくせしていい気になってるからよ。いい気味だわ」
「そうね、くすくす」

 そんな陰口に晒されているとも知らず、蜜樹は一人教室への廊下を歩く。

「それにしてもあの俺は何者なんだ。くそっ」
(先生、落ち着いてください)
「これが落ち着いていられるか。俺が俺に教えられているんだぞ、それも女子生徒として。おまけにあいつはほんとに俺そっくりの教え方をする。くっ、俺が生徒で、俺の担任が俺? こんなことってあるか!」
(そうですね。でも不思議なんです)
「え? どういうことだ」
(もう一人の先生って、先生のような感じもするし、違うような感じもするし、何だか変な感じなんです)
「???」
(ごめんなさい、おかしなことを言って。でもまた何か気が付いたらお話しますね)
「ああ、頼むよ。それにしても本当にわからないことだらけだ」

 2年C組に戻った蜜樹は、帰り支度をしている桜井幸に声をかけた。

「みゆき、一緒に帰らない?」
「ふん!」

 誘う蜜樹を無視してカバンを片手に教室を出て行く幸。

「桜井……」

 置き去りにされた蜜樹は右手を幸のほうに向かって伸ばしかけたが、やがて寂しそうにゆっくりとその手を下ろした。
 教室に残っている生徒のほとんどは、そんな彼女を冷ややかに見詰めている。
 そう、クラス一の人気者だった蜜樹は1日にしてその座を滑り落ちていたのだ。いや、それどころか彼女は大多数のクラスメイトから無視され始めていた。
 誰もが蜜樹を避けるように教室を出て行く。
 蜜樹の他に教室に残ったのは、謙二ただ一人だった。

「なんでだ、なんでこんなことに……」

 いきなり元の自分が現れた上、突然の停学処分、しかもクラスの中で除け者にされた蜜樹は少なからずショックを受けていた。

「ハニィ、一緒に帰ろうか」
「委員長、いいよ。あたし一人で帰れるから」
「……そうか。それにしてもみんなひどいよ。お前やお前んちのお母さんやお姉さんがそんなことをする訳ないのに、何でそれが分からないんだ」
「如月先生がそう言うんだから、みんな信じちゃうよ」

 目を伏せて、半ば自嘲気味に話す蜜樹。

「元気出せよ、元気の無いハニィなんてハニィらしくないぞ。俺はハニィのこと信じているから」
「ふふっ、ありがとう。でも大丈夫、あたしってそんなにやわじゃないから」
「うん、さすがハニィだ。明日もがんばれよ」

 伏せていた顔を上げて気丈に話す蜜樹を、謙二が励ます。

「明日か……それが、校長先生からしばらく学校に来なくていいって」
「え? それって……」
「停学処分ってことね」
「そんな、よく調べもしないで。くそう、俺が校長先生に説明してくる」
「いいよ、委員長にまで迷惑かけるから」
「そんな。ハニィ、水臭いぞ」
「そんなことより委員長、未久ちゃんのことだけど」
「未久? そう言えばハニィは未久のことを偽者じゃないかって言ってたな」

 そう言って、ちらりと蜜樹の顔を覗き込む謙二。

「う、うん。その後何か気になる事とかなかった?」
「未久ならいつもと変わらないぞ」
「何でもいいの。いつもの未久ちゃんがしないことをしていたとか」
「別段そんな……待てよ?」
「どうしたの? 何かあったの?」

 腕組みして一瞬考えた後、謙二が口を開く。

「昨日の晩、俺が未久の部屋に行ったら、未久の奴携帯で電話してたな。そう言えば、あいつ携帯持ってたっけな。携帯を使うところなんて初めて見たけど、何か手馴れた感じだったような気がする」
「携帯で電話?」
「ああ、未久の奴、そう言えば誰と電話してたんだろう」
「ねえ委員長、今からあたしを委員長の家に連れて行ってくれない?」
「ええ? 俺んちにか?」
「うん、未久ちゃんと話がしてみたいの」
「でもお前は未久のことを変な目で見てるだろう」
「大丈夫、変なことはしないから」
「ん〜っと、わかったよ」

 妹の未久を偽者ではないかと疑う蜜樹に少し不安を感じながらも、謙二は蜜樹の願い通りに彼女を自宅に連れて行くことにした。それは蜜樹を一度は自分の家に呼びたいと内心思っていた謙二にとっては、願ってもないことではあったのだが……。




「ただいま、未久帰っているか?」
「おにいちゃんお帰りなさい。あら、あなた」
「こんにちは、未久ちゃん」
「ハニィお姉ちゃんか」

 玄関を開けた謙二の後ろから蜜樹が顔を出すと、未久は一瞬驚いた表情を見せる。

「『ハニィお姉ちゃんか』はないでしょう」
「へへ、そうだね。いらっしゃい、ハニィお姉ちゃん」

 玄関の二人に向かって笑う未久。それはもういつもの未久の笑顔だ。

「じゃあ俺は何か飲むものを作ってくるよ。未久、ハニィを俺の部屋に案内してくれ」
「うん、おにいちゃん。ハニィお姉ちゃん、こっちにどうぞ」

 階段を上がり、蜜樹を二階の謙二の部屋に案内する未久。
 二階は未久の部屋と謙二の部屋が向かい合わせになっている。
 二人が謙二の部屋に入ろうとすると、扉の開いたままの未久の部屋から子犬が顔を出した。

「おいで、ホワイトガール」
「わん」

 手招きする未久の後ろについて子犬も謙二の部屋に入ると、ベッドに座った未久の膝の上に飛び乗った。
 その子犬を優しくなでながら、未久は立ったまま自分を見ている蜜樹に向かってにっと笑う。

「ハニィお姉ちゃん、ようこそいらっしゃい。未久、来てくれてうれしいな」
「……あなた、誰よ」
「え? ハニィお姉ちゃん、何を言ってるの?」
「あなた、未久ちゃんじゃないんでしょう。未久ちゃんはその白い子犬なんでしょう。未久ちゃんを早く元に戻しなさい!」
「お姉ちゃんの言ってること、良く分からないなあ」

 にやりと大人びた笑いを浮かべてとぼける未久。

「それ以上未久ちゃんのふりをするのはやめなさい、恭四郎。あなたが井荻恭四郎だっていうことはとっくにお見通しよ!」

 未久を睨みつけてビシッと指さす蜜樹。
 すると未久の表情がみるみる変化していく。

「くっ、くくく、お察しの通りさ。そうさ、俺だよ、お前にあやうく殺されそうになった男さ。だが俺は蘇ったんだ。お前に復讐する為にな、くっくっくっ」

 押し殺した笑い声を上げる未久。その表情は最早さっきまでのあどけない未久とは一変していた。

「そんな小学生に化けるなんて、しかも委員長の妹に。でも、もうバレたんだから早く正体を現しなさい。元の姿に戻りなさい。そして未久ちゃんを返すのよ!」
「いやだね、こんな心地良い居場所があるか? この姿でいれば俺のことを娘として、妹としてこの家の家族が守ってくれる。いやこの家の人間ばかりではない。誰もが俺をいたいけな少女として守ってくれるんだ。俺に手出ししようとすると、くくく、あたしのお兄ちゃんが承知しないんだから」
「こ、このっ」
「あら、なあに? その手は。ハニィお姉ちゃん、もしあたしに変なことをしようとしたら大声出して泣いちゃうんだからね、あっははは」

 未久に掴みかかろうとした蜜樹だが、それ以上踏み出せない。

「ふふふ、やれ、ホワイトガール」
「はっ、未久様」

 白い子犬は未久に答えて床に下りると 蜜樹に向かって唸り声を上げて牙を剥く。

「やめて、あなたは本物の未久ちゃんなんでしょう?」
「私が未久様? 馬鹿な。私は未久様の忠実なしもべ、ホワイトガールだ」
「違う、あなたはそう思い込まされているだけなの。よく考えて、自分が誰だったのか」
(そうよ未久ちゃん、しっかりして、思い出すのよ)

 未久を助けたい。そう思う蜜樹と蜜樹の中のハニィの意志が一つになる。その瞬間、ホワイトガールははっと我に返ったように辺りを見回した。

「あたし……気が付いたら子犬にされて……あうっ……違う、あたしは……助けて、ハニィ……いや……私はホワイトガール、未久さまのしもべ……」

 苦しそうに床に伏せるホワイトガール。

「ちっ、余計なことを。ホワイトガールもういい、部屋に戻れ」
「は、はい」

 よろよろと部屋を出て行くホワイトガール。

「待って! 未久ちゃん」
「どうしたんだ? ハニィ」

 子犬の後を追ってドアに駆ける蜜樹だが、その時ジュースを持った謙二が部屋に入ってきた。

「あ、お兄ちゃん丁度良かった。あたし喉が渇いてたんだ。いただきま〜す」

 未久は謙二が持ってきたジュース入りのグラスをさっと取って飲み始める。

「こら未久、お客さんが先だろう」
「いいでしょう、これくらい。ね、ハニィお姉ちゃん」

 蜜樹に向かってにこっと笑う未久。それはもう本物の未久と何ら変わらぬ無邪気な笑顔だ。

(くっ、ごまかされた)

 苦々しく未久を見詰める蜜樹。だが未久はどこ吹く風といった表情でストローを吸っている。

(一筋縄じゃいきそうもありませんね)
(くそう、どうすればいいんだ、どうすれば)
(先生、出直してよく考えましょう。今日はあの子犬が間違いなく本物の未久ちゃんなんだとわかっただけでもいいんじゃないですか?」
(問題は、どうすれば元に戻すことができるかなんだが)
(そうなんですよねえ……)

 結局それからの30分は、蜜樹にとって全く無駄なものとなってしまった。即ち未久は、もうどこをどう突っついても未久そのものだったからだ。

「委員長、あたしそろそろ帰るから」
「ああ、また来てくれよ」
「う、うん。今日はありがとう」
「ハニィお姉ちゃん、また遊ぼうね」

 蜜樹を笑顔で送る未久の表情に、一瞬勝ち誇った笑みが浮かぶ。
 そして蜜樹が帰った後 部屋に戻った未久は乾いた視線で床に伏せているホワイトガールを見詰めた。

「計算よりも俺の正体に気づくのが早かったな。さすがスウィートハニィと言うべきか。しかもホワイトガールのこの様子では、複写が解けるまであと1日も持たんようだ。ふん、所詮は急造品か」

 床に伏せているホワイトガールは、さっきからはっはっと息が荒い。

「しかし、このまま複写が解けても面白くないな。ふふふ、スウィートハニィめ、少しからかってやるか」

 そうつぶやくと、未久はホワイトガールに向かって命令を下した───




 一方相沢家を出た蜜樹は生田生体研究所への帰路を歩いていたが、彼女を冷ややかに見詰める複数の瞳にぶつかった。それは数人のクラスメイトの女子だった。

「あら、スイートハニー様のお帰り?」
「全く、男子にちやほやされて、その裏であんなひどいことをしていたなんて、恐ろしい人ね〜」
「あら三条さん、あたしたちの如月先生をさらってしまうような方ですから、そんなこと言うと、あなたも監禁されてしまいますわよ」
「そうですね。おーこわ」

 くすくすと笑いながら、自分たちの脇を通り過ぎようとする蜜樹にあからさまに聞こえるような大声でしゃべり続ける女子生徒たち。それは以前から蜜樹に反感を持っていた女子のグループだった。教室でいつもひそひそと陰口を叩き、蜜樹を嫌な目つきで見ている。校長室から出てきた蜜樹を陰から見ていたのも彼女たちだ。

「あ、あなたたち、何を言って……」

 女子生徒たちの横を通り過ぎようとしたものの、その言葉に立ち止まって女子生徒たちを見返す蜜樹。だが彼女たちは少しも悪びれる様子がない。

「ふん、美人転校生なんていい気になっているからよ。何が『ハニィって呼んでね♪』よ。全くかわいい顔をして、恐ろしい人ね」
「違う、あたしは……」
「あたしは何よ、先生とあなたととっちが正しいって言うの? そんなの先生に決まっているじゃない!」

 朝のホームルール以来、クラスメイトのほとんどが彼女たちと同じ反応を見せている。蜜樹の話に全く聞く耳を持たないのだ。
 ぐっと唇を噛む蜜樹。
 勝ち誇ったように彼女を取り囲む女子生徒たち。
 だが……

「てめえらそこになおりやがれですっ!! このマリア様の親友を疑ったりする奴は、全員ハリセンのサビにしてくれるですっ!!」蜜樹&マリア(illust by MONDO)
「ハニィをいじめるなですっ!!」

 突然現れた一人の女子高生が輪の中の飛び込むと、蜜樹を庇うように女子のグループに向かって啖呵を切った。
 蜜樹を囲んだ女子生徒たちの輪が解ける。

「だ、だれよあなた」
「ハニィの大親友、桜塚マリアとはあたしのことなんだです!」
「なによ、あなたちょっとおかしいんじゃない? 皆さん、いいから行きましょう」
「ま、待つんだです」
「マリアちゃん、ありがとう。もういから」
「でもハニィ、聞いてるあたしのほうがくやしくって。ちゃんと人の話を聞けって言うんです」

 くやしそうに蜜樹を見るマリア。

「それよりどうしたの? マリアちゃんがこんな時間にこんな所にいるなんて。電車を乗り継がないと来れない筈でしょう」
「親父と一緒にさっき生田生体研究所に来たんだです。でもハニィの帰りが遅いんで、何だか胸騒ぎがして。で、迎えに行こうと思ってここまで来たらハニィがガンつけられているのが見えて、それで慌てて走ってきたんだです」
「そうだったんだ。ありがとう、心配してくれて」

 そう言ってマリアに向かってにこっと笑う蜜樹。

「あたしとハニィの仲じゃないかです。どういたしましてだです」
「でもこんな平日に来るなんて、本当にどうしたの?」
「うん、親父が指輪の修理に取りかかるのに指輪の資料を早く見たいからって。で、あたしにも一緒に来ないかって学校にメールが来たんだです」
「そう、それで来てくれたんだ。で、お父さんはもう研究所に戻ってた?」
「今、研究所で親父と二人で話しているです。でも、『お前は席を外せ』って言われたんで、二人でどんな話をしているかはよくわからないです」
「ふーん、二人だけでか。ま、とにかく帰ろっか」
「うん」

 歩き出す蜜樹とマリア。
 そして何気に左手を伸ばして蜜樹と手をつなぐマリア。
 一瞬びくっとする蜜樹。

(先生、そんなに驚かなくても。あたしたちとマリアちゃんは親友なんですから)
(そ、そうだったな)

 ぎゅっとマリアの手を握り返して歩く蜜樹。その胸は幾分ドキドキと高鳴っていた。
 だが研究所近くの公園を通り抜けようとした時、二人は突然白い物体に襲われた。

「スウィートハニィ、覚悟!」

 その声とともに二人の間を風が切る。
 蜜樹の制服のモスグリーンのプリーツスカートの裾がスパっと切り裂かれる。
 だが身体を切り裂かれるよりも一瞬早く、蜜樹とマリアは左右に飛び退いていた。
 二人ともさすがである。
 スウィートハニィの身体能力をある程度維持している蜜樹は勿論だが、マリアも勘が鋭い。
 まあそれには、マリアのことを溺愛している父親からいつどこで何をされるかわからないという特殊な事情があるのだが……。

「だ、誰?」

 二人が間を通り抜けた白い影が立ち上がる。それは白い犬の耳と尻尾をつけた怪人、即ちホワイトガールだった。
 爪を長く伸ばした両手を蜜樹たちに向かって構えたホワイトガールは、ぎらぎらとした目で蜜樹を睨みつけている。

「スウィートハニィ、未久様の命令だ、お前を倒す!」
「ちょ、ちょっと待って」
「問答無用っ!」

 ホワイトガールがウォーンと遠吠えを上げる。
 すると、公園の藪の中から野犬が1匹、また1匹と現れ、集団で蜜樹とマリアを取り囲んだ。

「さあみんな、この二人をやっておしまい!」

 グルルル……

 ホワイトガールの命令に、低い唸り声を上げてじりじりと包囲の輪を縮める野犬の群れ。

「くそう、こいつら」
「ハニィ!」

 マリアが蜜樹の背中に自分の背中をぴたりとつける。
 野犬の群れの輪の中で、二人は背中合わせになっていた。

「ハニィ、あたしは大丈夫だですっ!」

 そう言って巨大ハリセンを構えるマリア。
 背中越しのその声に、蜜樹はふっと吐息を漏らす。
(こいつらを何とかしないと、未久ちゃんを助けられないか)
(そうですよ先生、片付けちゃいましょう。大丈夫、こいつら操られているだけです)

 背中越しに震えは伝わって来ない。落ち着いたマリアの気配に蜜樹は決心する。

「よし、マリアちゃん、一気にやるわよ!」
「がってん承知だですっ!!」

 マリアが答えると同時に野犬が一斉に飛び掛ってくる。

 ガウッガウッ

 正面から向かってくる野犬の顎を、蜜樹のパンチが捉える。と同時に野犬は吹っ飛ばされていた。
 後ろから大きくジャンプした野犬に、マリアの巨大ハリセンが一閃する。

 キャンキャン

 叩き落された野犬は我に返ったようにキョロキョロを辺りを見回すと、藪の中に逃げていった。
 次々に襲ってくる野犬に蜜樹のパンチが、キックが炸裂し、マリアの巨大ハリセンがヒットする。
 その度にある野犬は逃げ、ある野犬はその場に悶絶する。
 やがて全ての野犬は姿を消していた。

「マリアちゃん、やるわね」
「ハニィもさすがですっ」

 ほとんど息を上げることなく、並んでホワイトガールに対峙する蜜樹とマリア。
 うっすらと二人の額に流れる汗がまぶしい。
 それをホワイトガールがくやしそうに睨みつける。

「くそう、あいつらが歯が立たないとは、お前たち何者だ」
「ふっ、ある時は可憐な女子高生、またある時は……って、そんな口上言ってる場合じゃないか」
「ハニィ、あの犬怪人は何なんだです?」
「マリアちゃん、あれは、いいえ、あの子は操られているの。あの子は未久ちゃんなの。学園祭で拉致された」
「ええっ!? どういうことだです?」
「話は後、未久ちゃん、お願い正気に戻って、あなたが本物の未久ちゃん、相沢未久なのよ、思い出して!」
(そうですよ、未久ちゃん、思い出すの)

 蜜樹と蜜樹の中のハニィの意志が一つになる。
 それと同時に苦しみだすホワイトガール。

「ぐ、や、やめろ」
「未久ちゃん!」

 がくりと膝をつくホワイトガール。その表情は苦しさに歪んでいる。

「くっ、未久様には『失敗したら死ね』と命令されている。未久様の為に死んでお詫びを……」

 車道に向かって走り出すホワイトガール。

「や、やめて、未久ちゃん!!」
(未久ちゃん、しっかりするのよ、あなたは怪人なんかじゃないのよ)

 二人の意志が一つになってオーラのように湧き上がる。
 と、それはホワイトガールに向かって一気に伸びると、その全身を包み込んだ。
 それと共にホワイトガールが動きを止める。

「私はホワイト……ち、ちがう、あたしは……あたしは未久……うわぁああ」
「本当に未久ちゃんなのかです? ……未久ちゃん、ごめんなさいですっ!」

 そう言うと マリアは動きの止まったホワイトガールを巨大ハリセンで思いっきりを引っぱたいた。

「ぎゃっ!」

 倒れるホワイトガール……と、同時にその姿が揺らめき始める。
 そして全身にワイヤーフレーム状の縞が現れたかと思うと、その姿は未久の姿に戻っていた。

「未久ちゃんが元に戻った!」
「私はホワイト……違う、私……あたし……あたしはあたし、ハニィお姉ちゃん、変な男があたしのことを閉じ込めて、あたしになって……怖い」

 起き上がって蜜樹に抱きつく裸の未久。
 その体はぶるぶると震えている。
 蜜樹は制服の上に着ているカーディガンを脱いで、そっと未久に羽織らせた。

「ハニィお姉ちゃん……ひっく、ひっく」

 蜜樹の腕の中で泣き続ける未久。
 その頭を蜜樹が優しく撫でる。

「未久ちゃん、もう大丈夫。心配ない、心配ないよ」
「こんな格好だと、未久ちゃん風邪をひくです。早く研究所に戻るです」
「うん、そうだね」

 蜜樹とマリアは未久を庇うように間に挟んで生田生体研究所に入っていった。

「ぐえっ!」

 空を旋回しながらその一部始終をじっと見詰める一羽の烏。
 だが蜜樹もマリアもそれに気づくことはなかった。

(続く)




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