(前回のあらすじ)

 パンツァーレディを撃破して奈津樹の心を解放したハニィは、幸枝の体を井荻恭四郎から取り戻すべく再び研究所の地下室に突入した。そして遂に特殊ガラスケースに守られた恭四郎の体を見つけるハニィ。しかし歩み寄るハニィを遮るように現れたシスターの眼光がハニィを心地よい夢の世界へと引きずり込んでいく。そしてハニィの意識は少しずつ刷りかえられていった。

「シスター様のお命、メイドハニィがお守りします。世界平和の為に」
「うふふふ、頼むわよ、ハニィ。そうね、一緒にこの世界を平和な世の中にしましょう」
「はい!!」

 シスターの前で嬉しそうに叫ぶメイド姿のハニィを、シャドウガールはただ呆然と見ているしかなかった。
 果たしてハニィはこのままシスターの手先になってしまうのだろうか。





戦え!スウィートハニィ

第10話「さらばスウィートハニィ」

作:toshi9






「ハニィ、あなたにお願いがあるの」
「はい、あたしにできることなら何でも」

 目を輝かして答えるハニィを見て、シスターは満足そうに笑う。

「いい子ね。それじゃ、そいつを始末して頂戴。あたしの邪魔をする裏切り者を」

 シスターはハニィの後ろにいるシャドウガールを指差した。

「はい!」

 歯切れ良く返事したハニィは、くるりとシャドウガールのほうを振り向いた。だがシャドウガールを睨みつける彼女の目は、最早さっきまでの優しいハニィのそれではなかった。
 その鋭い眼光に思わずたじろぐシャドウガール。

「ハニィ? ど、どうしたんだニャ!?」
「シスターに仇なす裏切り者、死になさい」



 プラチナフルーレをすっと振り上げるハニィ。
 一方ハニィの変心を理解できないシャドウガールには、その場で肩をすくめて目を瞑ることしかできなかった。
 そんなシャドウガールに向けて、ハニィはためらうこともなく剣を一気に振り下ろそうとする。

 だが……。

(だめぇ!)
「え?」
(違う!)
「え? え?」
(違う! 違う違う違う!)
「誰?」
(先生、しっかりして!)
「誰なの? あたしの中で叫ぶのは。それに先生って何のこと?」
(あたしよ、ハニィよ、先生しっかりして)
「誰だか知らないけれど、何を言ってるの? あたしがスウィートハニィよ、先生なんて知らない!」
(違うの先生、先生はあたしじゃないの。それにあれはお母さんじゃない!)
「あなた、何言ってるの? あたしはお母さんを守るの。そして二人でこの世界を平和な世の中にするんだから」
(先生違うの、先生はシスターにマインドコントロールされているの。先生は如月光雄で、あたしが本当の蜜樹なの。先生はあたしの姿に、スウィートハニィに変身してシスターと戦っていたんでしょう。お願い、思い出して!)

 ハニィは光雄に向かって必死に呼びかけた。

(先生、思い出すの、指輪のことを、あたしと一緒に戦ってきたことを。あたしの姿をしていても先生は先生、あたしじゃないの!)

 ハニィの必死の呼びかけが、偽りの記憶を植えつけられてしまった光雄の心の中に響く。

「あたしは……俺は……如月……光雄……光雄……ハニィ、スウィートハニィ、ううう」

 光雄の中で、本来の彼の記憶と植えつけられた偽りに記憶が回り灯籠のように交互に巡る。

「う、ううう、うわぁ!!」 

 混乱の極みに陥ったハニィは、振り上げたシルバーフルーレをぽとりと落とすと、その場に頭を抑えてうずくまった。

「がんばって! 先生!!」

 ハニィの必死の呼びかけに、光雄の中に植えつけられた偽りの蜜樹の記憶は少しずつ駆逐されていく。
 そして光雄は本来の自我を取り戻していった。

 お、俺の名前は如月光雄、ううう、そ、そうだ、そうだった、俺は生田蜜樹じゃあない。
 くっ、いつの間にこんな……そうか、シスターの目から目を逸らせなくなって、そのままおかしくなったんだ。 くそう、すっかり自分がハニィ本人だと思い込んでた。
 シスターを守る? 
 世界平和のため?
 どこで俺の意識は刷りかえられたんだ。

 ハニィは何度も頭を振った。

「ハニィ、だ、大丈夫かニャ?」

 恐る恐るハニィに近寄るシャドウガール。

「え、ええ、もう大丈夫。でもごめんなさい、もう少しであなたのことを切ってしまうところだった。それも何の疑問も持たずに。何て怖ろしい」
「いったい何が起こったんだニャ?」
「シスターの目を見ていたら、自分がシスターの為に働かなければいけないような気になってきて。それが正しいことなんだと思い込んでしまったの。でももう大丈夫よ」

 二人のやりとりを見ていたシスターは自分の術が破れたことを悟った。

「くっ、私の術が解けた? そんな馬鹿な」
「賢しいよ、シスター。このスウィートハニィにそんな能力効きやしない!」

 シスターに向かって見得を切るハニィだったが……

(とは言ったものの、ほんとに危ないところだった。ありがとうハニィ)
(もう大丈夫ですね、先生。がんばって)
(ああ。しかしどうする? どうすれば君のお母さんをあいつから取り戻せるんだ)
(目の前のシスターはこの際無視しましょう。あいつは精神だけお母さんに乗り移っている、いわば影のようなもの。お母さんを傷つける訳にはいかないし、あいつには何のダメージも与えられない)
(それじゃどうするんだ?)
(シスターには構わずに、後ろの特殊ガラスのケースを破って恭四郎の本体を叩くほうが先決じゃないかしら。まずそれに全力を尽くしましょう)

「よし、わかった、『みつお・フラァッッシュ!』」

 指輪を胸に当てて再びバトルスーツに変身したハニィは、いきなりシスターに向かって突進すると、肩からタックルしてシスターを突き飛ばした。

「きゃっ!」

 あっけなく弾き飛ばされるシスター。

「へ? どうしたんだ?」
(せ、先生、あんまり無茶しないで)
「す、すまん。つい力が入って」
(シスターの体はお母さんの体、生身の人間だもの。力はこっちのほうがずっと上でしょう。お母さんの体を傷つけるようなことは……あれ? ちょっと待って)
「どうした、ハニィ」
(……そうか、そういうことなんだ)
「そういうことって、どういうことなんだ、ハニィ)
(恭四郎は乗っ取ってるお母さんの体には改造手術を施していないってことですよ。ということは、シスターが今使える特殊な能力って瞬間移動能力と催眠能力くらいじゃないのかしら)
「力勝負なら俺たちにも勝ち目があると」
(そうね、たくさんいた筈の怪人たちが今日はほとんどいないし、怪人たちに守られていない今がチャンスなのかも。さあ先生、やりましょう)
「よし!」

 ハニィは床に転がったままのシルバーフルーレを素早く拾い上げると、その柄をガラスケースに向かって叩き付けた。

「うぉぉぉぉぉおおおおお」

 カキン

 しかし、サーベルはいともあっけなく弾き返されてしまう。

「か、硬い」

 繰り返しサーベルの柄を叩きつけるハニィ。しかし何度やっても同じ事だった。恭四郎の体を守るガラスケースに傷一つつけることができない。

「はぁはぁ……はぁはぁ……これだけやってもびくともしないなんて。何て硬さなんだ」
「そのケースはお前ごときに割れるような代物じゃない。諦めるんだな」

 むくりと起き上がったシスターは、あざ笑うようにハニィを見詰めていた。

「二度と私に逆らわないように、今度は念入りにお前の記憶を書き換えてやる。さあハニィ、今度こそ私の僕になるんだ」

 ガラスケースを背にするハニィに向かって、シスターは妖しく目を光らせながらゆっくりと近寄ってくる。
 ハニィはかつてレディ・アイと戦った時と同じように己の視点をぼかすことでかろうじてシスターの催眠力を受け流していたが、所詮一時しのぎの技に過ぎず、このまま対峙していては長く持ちそうにない。

 絶体絶命だった。

「くっ、くそう、どうする」
(こうなったら……先生、ガラスケースを破る方法が一つだけ、たった一つだけあります。でも……)
「どうしたんだハニィ、歯切れが悪いな。何か方法があるのなら教えてくれ。もう考えている余裕は無いはずだぞ」
(先生、先生は今までよくやってくださいました。でももうこれ以上は……)
「何を言ってるんだハニィ。今こいつを倒せなかったら多分俺は一生後悔するよ。いやもしかしたら後悔さえできなくなるかもしれない。俺は、いや世界中は『虎の爪』に支配されてしまうかもしれないじゃないか。さあ、ぐずぐずしてないで教えてくれ。俺はどうすれば良いんだ」
(……唱えて)
「え?」
(指輪を胸に当てて唱えて、『ファイナルフラァッッシュ!』って)
「唱えるとどうなるんだ?」
(指輪の力が全て解放される。そして解放された力を剣先に集中させるんです。指輪の力を凝集させたプラチナフルーレに切れないものは、この世には無い。ガラスケースがどんなに硬くても、必ず切れます)
「わかった、それでいこう」
(でもこれは危険な方法なの。先生が指輪を嵌めたまま力を全て解放した時に先生の身に何が起きるのか、それは私にもわからないの。先生、それでも……それでもいいですか?)
「そうか……でも今あれを叩き壊さなければ『虎の爪』の野望は打ち砕けない。そうだろう、ハニィ。やろう!」
(せんせい、あたし……本当にありがとう……あたしもお手伝いします)
「よし!!」

 ハニィは指輪を胸に当てて叫んだ。

『みつお、ファイナルフラァッッシュ!』

 指輪が光を放つ。そしてその光はハニィの体を包んでいく。その光の中で赤と黒を基調にしたハニィのバトルスーツは赤一色の滑らかでぴちっとしたものに変化していった。そして光雄は自分の中からどんどんと力が涌いてくるのを感じていた。

「おう、体に力がみなぎってくる!」
(さあ先生、力をプラチナフルーレに集中させて。刀身が光輝くまで)
「よし、わかった。 いくぞ」

 ハニィはサーベルを高々と頭上に差し上げると叫んだ。

「輝け! プラチナフルーレ!」

 光を失っていたシルバーフルーレの刀身が徐々に輝きを増し始める。

「もっとだ、もっと、もっと、輝け!」

 意識をさらに刀身に集中させる光雄とハニィ。

 プラチナフルーレが、そして同時に指輪が光り輝き始める。

「眩しいニャァ」

 ハニィの様子を見ながら思わず目を細めるシャドウガールだった。
 ハニィの持つプラチナフルーレと指輪は今や眩いばかりの輝きを放っていた。

(さあ先生、早く!)
「よし、やるぞ」

 輝く剣を振りかざすハニィ。
 それを苦々しそうに睨みつけるシスター。

「くそう、止むをえん」

 シスターは自分の本体近くでの格闘戦を極力避けようとしていた。
 だがハニィの剣の輝きを見て、最早そうも言ってられないと悟った。

 シスターがパチッと指を鳴らす。
 するとそれを合図に部屋の中に怪人たちが陽炎のように現れた。
 ティラノレディ、レディ・ビー、そのほか数体の怪人。そして……。

「シャドウレディ! あなたも!!」
「ハニィ、また会ったな」
「こいつはあなたが従うような奴じゃあない」
「言っただろう、パンツァーレディは気に食わんがシスターに逆らう気はないと。我々が生まれたのはシスターのおかげだからな」

 じわりとハニィを取り囲もうとする怪人たち。堪らずハニィは部屋の隅に追い詰められる。
 だがその時、怪人たちに向かってシャドウガールが叫んだ。

「シャドウレディ、シスターの言う事を聞くのは止めるんだニャ、シスターはとんでもない奴なんだニャ」
「シャドウガール、シスターには逆らうな」
「うんニャ、シスターには従えないんだニャ。シスター、いやそいつはあたしたちのことなんか何とも思っちゃいない、野望の塊りのいやらしい奴なんだニャ」
「……どういうことだ」

 シャドウガールは現れた怪人たちに屋敷の中で起こったことを手短かに話した。
 それをシャドウレディ以下の怪人たちはじっと聞いている。

「……という訳なんだニャ」
「なるほど、では私たちはその野望の為に生み出された道具にすぎないと言う訳だ」
「シャドウレディ、そんな裏切り者の言うことに耳を貸すんじゃない。早くスウィートハニィと戦え! 奴を倒せ! そして指輪を手に入れるのだ」
「妹は、シャドウガールはおっちょこちょいだが人を見る目は確かだよ。我々を生み出してくれたというだけでお前を崇め、従ってきたあたしが馬鹿だったのか」
「シャドウレディ、お前は……もういい、誰か、誰かハニィと戦え! 私の体をハニィから守るんだ」

 ガラスケースの中の本体を庇うように両手を広げて回り込み、じりじりと後ずさるシスター。

「ほう、ではやはりそこの男がお前の本体なのか、シスター」
「え? はっ!」

 思わず口を押さえるシスター。それを冷ややかに見詰める怪人たち。

「いや、その……」
「私はお前のことを、気高い志で世界を導いてくれる造物主、美しき我らの女神だと思っていたのだが、どうやら違うようだな。ただの人間、しかもそんな男がお前の正体だったとは」
「待て、待ってくれ」

 にじり寄る怪人たちに取り囲まれ、身動きが取れなくなるシスター。

(今のうちよ、先生)
「よし、輝け! プラチナフルーレ!」

 再び眩く輝きを放つプラチナフルーレをハニィは振り上げた。

「切り裂けえ!」

 光り輝くサーベルが一閃する。

 ピシッ!

 ガラスに小さなヒビが入った。

 さらに輝き増す刀身を再びガラスケースに叩きつけるハニィ。

 バチッ! 

「もう少しだ、いっけぇええ」

 三たびハニィはプラチナフルーレの刀身を叩きつけた。

 ビシッ! ビシビシッ!

 ガラスのヒビがどんどん大きく広がっていく。

「よ〜し、これで最後だ! いくぞ、うぉぉぉぉぉりゃぁああああ!」

 両手に持ち替えた輝く剣を、ハニィは渾身の力でヒビの入ったガラスケースに叩きつけた。

 ビシビシビシビシ!

 その瞬間、ガラスケースは粉々に砕け散った。
 そして遂に恭四郎の体が皆の前に晒される。

「やった! え!?」

 バチッ!

 眠るように横たわる恭四郎の体に向かって踊りかかろうとしたハニィだったが、その瞬間光り輝いていた指輪が音をたてて真っ二つに割れてしまった。

「ゆ、指輪が……割れた」
(割れた、指輪が。まさか、まさかこんなことになるなんて)
「いや、いいさ、こうしてガラスケースを割ることができたんだから」
(それはそうですけど)
「あれ? ハニィ、指輪が割れても君はまだ俺の中に……」
(そう言えばそうですね、よくわかりませんけれども、私の意識はまだ先生の中に残っているみたいです。どうしてだかわからないけど……それに先生の姿も私の姿のまま元の姿に戻らないみたいですね)
「ああ、その気配はないな」

 そうなのだ。指輪が割れた後も光雄は未だハニィの姿のままであり、その変身が解けることはなかった。

「くっ、とにかく恭四郎の体を叩くぞ」
「やらせはせん、わたしの体、やらせはせんぞ……」

 怪人たちに取り囲まれ身動きできないシスターは懐から一錠のカプセルを取り出すと、それを口に含んだ。
 すると次の瞬間、シスターはその場に崩れるように倒れ込んでしまった。

「え? どうしたんだ」

 と、その時、ハニィは自分の背中から誰かが抱きついてくる気配を感じた。

「な、なんだこの感触は」

 後ろには誰もいない。だが 背中にくっついたひんやりとした感触が、背中から体の中に少しずつ入り込んでくる。

(ふっふっふっ、お前の体、私が使わせてもらうぞ。今からこの私がスウィートハニィになるんだ。世界を統べる女王スウィートハニィにな、はっははは)

「ぐっ、体が……」

 ハニィの体の自由が徐々に効かなくなっていく。

「意識が、だめだ朦朧と……」

 がくりと膝をつくハニィ。そしてその表情は苦しげなものから段々と邪悪な笑いに満ちたものに変わり始めていた。

「ふふふ、体が軽い、しかも力に満ち溢れている。この体こそ私の体に相応しい」

 立ち上がって両手で胸を弄りながらにやにやと笑うハニィ。

(そうはさせない!)
「なに?」
(先生の中にはあたしもいるんだ、あんたなんかの好きにはさせない。先生、しっかりして、恭四郎なんかに負けないで、意識を集中して、あたしを感じて、二人で彼を追い出すのよ)
(う、ううう、す、すまないハニィ)
(お前なんか! ウオォォォォォーー)
(うおおおおおおーーーー)
「や、やめろ、やめろぉ」

 苦しそうに体をよじるハニィ。

((ウオオオオオ!!!ーーーー))

「やめろ、やめ……ろ……や……」

 がくっと片膝をついたハニィ。やがてその顔に、いつもの表情が戻る。

「危うく体を乗っ取られるところだった。全く怖ろしいやつ。ありがとうハニィ」
(大丈夫ですか? 先生)
「ああ。しかし奴はいったい何処に」
「ぐ、ぐぐっ、うーん」

 その時横たわっていた恭四郎の体がむくりと起き上がった。

「スウィートハニィ一人にここまで追い込まれるとは、くそう、戦力を分散し過ぎたか。この私がなんて様だ。だが世界中に派遣した幹部を呼び戻せば『虎の爪』はまだまだ立て直せる。だが許さんぞスウィートハニィ。必ずこのお返しは……え? 何だお前ら」

 恭四郎がふと我に返ると、起き上がった彼の周りを怪人たちが取り囲んでいた。

「よくも今まで私たちを欺いてくれたな」
「や、やめろ、やめろぉ、俺に近づくな!」

 しかし徐々に囲んだ輪を縮めていく怪人たち。そして……。

 バキッ、ボキッ

「ぐ、ぐあぁ〜やめろ、やめ……ぐふっ!」
「……命を弄んだ報いだな」
(そうですね。折角素晴らしい才能を持っていたのに、どうしてこんな邪なことに使おうとしたのか。あの能力、並外れた頭脳を自分の野望ではなく世の中の為に使ったらどんなに良かったことか) 
「そうだな。おっ、ハニィのお母さんが気が付いたみたいだぞ」
(母さん、やっと元に戻って……長かった。でも良かった。良かったよ)

 床に倒れていたシスター、いや幸枝が目を覚ました。

「う、うーん、あたしはいったい……恭四郎くんの計画を突っぱねて、その後は……だめ、記憶が」
「お母さん……」
「蜜樹、蜜樹じゃない、どうしたのその格好。それにその怪しげな人たちは」
「お母さんが意識を無くしている間に恭四郎が研究所で生み出した者たちよ。でも悪い者たちじゃないわ」
「そうなの? 駄目、まだ頭がぼーーっとして」
「お父さんたちがまだ庭にいるかもしれない。呼んで来るわ」
「ハニィ!」

 駆け出そうとするハニィを呼び止めるシャドウレディ。

「シャドウレディ……あの、いろいろありがとう。あなたの助けがなかったら、恭四郎の野望を叩き潰せなかったかもしれない」
「礼には及ばんよ。パンツァーレディは気に食わなかった。シスターは信頼するに足らん者だった。だから見限った。私は自分の信念に従って行動したまでだ。ここにいる皆が同じ気持ちだよ。気にすることはない」
「そう、あなたってほんとに誇り高いのね。で、これからどうするの?」
「我々はこの街を離れる。そして世間の目に触れないよう人里離れた山奥で生きていくことにするよ。我々の体もそれに適しているしな」
「わかったわ。シャドウレディ、元気でね」
「姉さん、あたしは残ってもいいかニャア?」
「ふむ、お前ハニィと一緒にいたいのか?」
「あたしはハニィのことが好きなんだニャ。ハニィと一緒にいたいニャ」
「よかろう。だが今は私たちと一緒に来い。落ち着き先が決まったらまた戻ってくればいいさ」
「……わかっニャ、ハニィ、必ず戻ってくるから、それまでさらばだニャ」
「シャドウガール、あなたには本当にお世話になったわね、ありがとう。またすぐに会えるよね」
「うん、すぐに戻って来るんだニャ」
「じゃあそれまで元気でね」

 CHU!

 ハニィはシャドウガールに近寄ると、そっと頬に口付けをした。
 途端に真っ赤になるシャドウガール。

「あれ? この体、急にドキドキしてきたんだニャ」
「あ、そうか、その体って委員長じゃない。シャドウガール、行く前に合体を解くのを忘れないでね」
「あははっ、忘れていたんだニャ」

 照れ笑いして謙二の体から抜け出るシャドウガール。するとみるみるうちにその体は謙二の姿に戻った。
 尤も着ているのはぼろぼろのドレスのままであったが。

「うっ、うーん」
「謙二くん、謙二くん」
「は! 俺どうしたんだ、何か長い夢を見ていたような。朝霧先生の目を見ていたら急に眠くなって、それから俺が女の子になって誰かを助ける夢を……ええっと、君はハニィ、いや幸、桜井幸だよな」
「いいえ、あたしは蜜樹、生田蜜樹よ」
「そうか、蜜樹ちゃんか、えーとそれでここは……」

 まだ頭がぼーっとしている謙二だが、自分がドレスを着ているのに気が付くいて慌てた。

「うわっ、何だこの格好は」
「うふっ、謙二くん、かわいいわよ」
「かわいいだなんて、まさか……」

 慌てて己の股間に手をやる謙二。

「ほっ、ある」
「当たり前じゃない。謙二君は男の子だよね」
「でも俺、どうしてこんな格好を?」
「ふむ、お前、今日の出来事は忘れてしまうんだな。ハニィ、我々はそろそろ行くぞ」

 疑問を投げかける謙二を遮るように、シャドウレディが声をかける。

「え? こいつらってあの時の化け物」
「化け物とは失礼だな」
「ひっ! う、うーん」

 ティラノレディがぬっと横からそのいかつい顔を謙二の前に突き出す。
 途端に謙二は気を失ってしまった。

「「はははは」」

 謙二は大勢の笑い声を聞いたような気がしたが、彼が目を覚ましたのは翌日の朝、学校の保健室のベッドの中だった。 しかも着ているのは未だにドレスのまま。
 出勤してきた保険医の宮下愛子がベッドに寝ている謙二に気が付いて起こしたものの、毛布を跳ね除けて起き上がった彼の姿を見て呆れ返ったのは言うまでもない。







 そして何週間かが過ぎた。







 とある部屋の中、一人の少女がベッドの中で目を覚ました。彼女は起き上がるとちょっと躊躇しながらタンスの中から一組のショーツとブラジャーを選び出した。そして着ていたパジャマを脱いでショーツ一枚だけの格好になる。さらに穿いていたショーツも脱いですっかり裸になると、ベッドの上に置いた新しいショーツを両手で取り上げ、脚を通すとするすると引き上げていった。ショーツを穿き替え終えると、今度はちょっとぎこちない手付きでブラジャーをその大きな胸に留めた。

 少女は新しいブラジャーとショーツを身に付け終えると、顔を赤くしながらもその大きなお尻のお肉がショーツからはみ出していないか指を差し入れてチェックした。そして今度はブラジャーの中に手を入れて胸の納まり具合を確かめ、その大きな胸をブラジャーのカップに丁寧にフィットさせる。

 下着を着終えると、少女は姿見の前で自分の姿をチェックする。

 大きな胸、大きなお尻、きゅっと絞れた腰。日本人離れしたその体型と少し幼さを残した顔立ちはアンバランスのようでいて微妙な魅力を放っていた。

 鏡に映る己の姿を見た少女は顔を赤らめたまま呟いた。

「ううう、俺がこんな格好する羽目になるとは」
(うふふっ、とっても似合ってますよ。先生)
「ハニィ、でもなぁ」
(あたしの裸なんて、今まで散々見ているじゃありませんか)
「裸って言っても変身の時とかほとんど一瞬だったし、女の子の下着を自分で身に付けることは無かったもんな。これが今の自分の姿なんだと頭の中ではわかってるんだが、何かどきどきして妙に恥ずかしいんだ」
(先生が女の子として自然に振舞えるようにしていたあたしの力は無くなってしまったみたいですね。これからは先生自身が自分は女の子なんだって自覚して、女の子らしくしてくださいね)
「うううう」
(あ、ごめんなさい先生。でも元に戻れなくなってしまったんですし、鏡に映るあたしの姿はもう仮のものではない。これからずっと先生のもの。先生はもうあたしなんですから、しっかりしてくださいよ)
「はぁ〜〜〜」

 鏡に映っている少女が肩を落としてますます落ち込んでいる。

(あ、少し言い過ぎました……)
「いや、うん、まあ……その、そうだな、早く慣れなきゃいけないよな。これからは俺が生田蜜樹、君なんだからな」
「蜜樹〜早くしないと遅れるわよ〜」
「おっと、奈津樹姉さんか。彼女もすっかり元気になったなぁ……って、いっけない早くしないと」
(そうですよ。転校生が初日から遅刻じゃシャレになりませんよ)
 光雄、いやもう少女のことは蜜樹と呼んでいいだろう。彼女はハンガーに掛けられたセーラー服を手に取ると、再び恥ずかしそうに身につけ始めた。



 指輪が割れ、結局元の姿に戻れなくなってしまった光雄は、赤い髪を茶色に染め、変身したまま、即ちハニィの姿のまま生田蜜樹として生田研究所で暮らすことになってしまったのだ。勿論賢造と幸枝が、そして手術を終えた奈津樹が喜んだのは言うまでもない。





 さて、少しだけ時間を遡る。
 南高校では怪人乱入事件から数日が過ぎ、校内もようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

「はぁ〜先生ったら何処に行っちゃったんだろう」

 桜井幸は事件の後行方不明になってしまった光雄の行方を必死に捜したが、その行方は遂に知れなかった。
 そしてある日、幸が光雄のアパートを訪れてみると、その部屋は何時の間にか引き払われていた。
 幸は慌ててアパートの管理人に誰が光雄の荷物を引き払ったのかを尋ねた。

「管理人さん、すみません、如月先生の部屋が空っぽになっているんですけど、先生ここに来られたんですか?」
「ああ、如月さんの代理人という方が荷物を引き取りに来られて、部屋を引き払っていったよ」
「えぇ? 代理人? その人ってどんな人ですか。先生の連絡先ってわからないんですか」
「さあてね、色眼鏡を掛けていて顔はよくわからなかったし、連絡先も特に残していかなかったからなあ」
「そうですか……」

 先生、何処に行っちゃったんだろう。

 幸はただ落胆するしかなかった。





 そして職員室の光雄の席が新しく赴任してきた教師のものになった数日後、南高校に転校生がやってきた。

「みんな、今日からこのクラスで一緒に勉強することになった生田さんだ。仲良くするんだぞ」

 新しい担任の教師に連れられて入ってきたのは美少女だった。クラスの生徒は皆その顔立ちが誰かに似ているなと思ったものの、それが誰だったのか思い出せるものはいなかった。いや、二人だけは……。

「あの子はハニィ、スウィートハニィじゃないか。いや幸がハニィだった筈、でも幸はハニィなんて知らないって言ってたし、どうなってるんだ。待てよ、そう言えば……」
「あの子……先生に似ている」

 呟く謙二の隣の席で、幸がぽつりと漏らす。

「え? そうかなぁ、全然似てないぞ。桜井は何でも如月先生に結び付けて考え過ぎるんじゃないのか?」
「ううん、入ってきた時の歩き方とか仕草が先生と似ているの」
「そうか? 気のせいだよ。思い出した、俺はあの子のことを知ってるよ。あの子、確か生田蜜樹って言ったっけな」
「ふーん、会ったことがあるんだ」
「あれ? 何処でだったっけな、何処で会ったのか良く憶えていないんだけれど、どっかで会ってるんだよ。何故だか彼女のことを知ってるんだ」
「そうなんだ、不思議だね」
「ああ。それに何だかわからないけれど、俺、彼女にとっても親しみを感じるんだ」
「謙二君も? あたしも何となくあの子とは気が合いそうな気がするんだ」
「彼女とはいい友達になれそうな気がするよ」
「そうね、あたしもそう思う」

 謙二と幸、二人は顔を見合わせて互いにこくりと頷いていた。





「さあ、自己紹介してくれ」

 担任の言葉に促されて転校生は黒板に向かって『生田蜜樹』と一気に自分の名前を書くと、彼女の一挙手一投足に注目しているクラス全員のほうに向かって振り向いた。

「生田蜜樹です。ハニィって呼んでね♪」



 黒板に自分の名前を書き終えて、振り向いた蜜樹はぱちっとウィンクした。

 どよめく男子たち。

 光雄が行方不明になった後ずっと沈み込んでいたクラスは、それからしばらくの間、久々に明るい喧騒に包まれていたという……。









 こうしてスィートハニィの物語は幕を閉じた。

 そして新しい物語が始まる。

 女子高生ハニィの物語が。


(第一部・完)




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