前回のあらすじ

 南高校に現れた代理教師・朝霧唯。彼女は実は『虎の爪』最強の怪人パンツァーレディだった。捕らわれた委員長・相沢謙二を救うためにスウィートハニィに変身して立ち向かう光雄だが、その強さに全く歯が立たない。そしてハニィの渾身の一撃さえもパンツァーレディの光の剣に弾き飛ばされた。

 くるくると空中に舞い上がったハニィのサーベルが、その剣先をハニィに向けて落ちてくる……。




戦え!スウィートハニィ

第6話「最強の敵(後編)」

作:toshi9





 ハニィに変身した光雄の体は、その時金縛りに遭ったように動かなくなっていた。
 それは光雄の心を覆い尽くした絶望感からなのか、それとも彼の中に棲むハニィが抱いた恐怖感のせいなのか、いやその両方だったのかもしれない。最早取るべき術を失った彼は、いやハニィは自分に向かって落ちてくるサーベルを呆然と見詰めるしかなかった。

 サーベルがハニィに突き刺さってしまう!

 校庭での戦いを見詰めていた誰もがそう思い、思わず目を瞑った。
 だがその時、ハニィに向かって大声で叫ぶ者がいた。

「ハニィ! 逃げるんだニャっ!!」
「……え? はうっ!」

 次の瞬間、呆然と立つハニィの体に何かがぶつかってきた。
 それは一匹の子猫。
 そして子猫はそのままずぶずずぶとハニィの体の中に潜り込んでしまった。
 途端にハニィの頭からは猫耳がピンと立ち、顔には猫のヒゲが生えた。そしてお尻からは尻尾がにょきにょきと伸びていく。
 コンマ数秒の後には、ハニィはすっかり猫娘と化してしまっていた。そして『猫娘ハニィ』は素早くその場からジャンプして飛び退いた。
 次の瞬間、たった今までハニィが立っていた場所にサーベルがぐさりと突き刺さった。

「危なかった……ニャ」

 地面に突き刺さってブルブルと刀身を震わせているサーベルを見つめながらハニィは、いや、ハニィに合体したシャドウガールは思わず安堵のため息を洩らした。

(体が勝手に……くそ、こんなこと……油断した)

 状況は油断するどころではなかったのだが、自ら動かすことのできなくなった体の中で光雄はただ歯ぎしりするしかなかった。光雄の体、いや、スウィートハニィの体はまんまとシャドウガールに乗っ取られしまったのだ。

「シャドウガールか?」
「そうだニャ」

 パンツァーレディの問いにこくりと頷く『猫娘ハニィ』。

「よくやったわ、シャドウガール。これで指輪は我が『虎の爪』のもの。それにしてもその姿、うふふ、無様なものね、スウィートハニィ。あっははは」

 猫耳と尻尾が生えたその姿をじっと眺めて、パンツァーレディは高らかに笑った。

(く、くそう、だ、だめだ、体が思うように動かない。この間の猫怪人の仕業か。このまま指輪を『虎の爪』の手に渡してしまうなんて……こんなこと……ハニィ、すまん)

 体の主導権を奪われた光雄は、もう一人のハニィに謝った。そんな彼の心の中にはハニィが力なく微笑みながら立っていた。

(先生、先生はよくがんばってくれました。でも、このままあいつに指輪を渡してしまうなんて、あたし、くやしい)
(そうだな、なんとかならないのか、なんとか……)
「大丈夫だニャ、このあたしにドンと任せるんだニャ」
((え!?))

 パンツァーレディの前から 『猫娘ハニィ』は、二歩、三歩と後ずさる。そこには地面に突き刺さったハニィのサーベル・プラチナフルーレがあった。

「ふふふ、さあシャドウガール、その指輪をあたしに頂戴」

 パンツァーレディは、くいっと顎で『猫娘ハニィ』の嵌めた指輪を指し示した。
 それに答えるように、右手に嵌めた指輪に左手を添える『猫娘ハニィ』。だがその手はじっと動かない。

「どうしたの、さあ早く」
「いやだニャ」

 指輪から左手を離して、『猫娘ハニィ』はにっと笑った。

「え? ……よく聞こえなかったけど、シャドウガール、今何と言ったの?」
「指輪を渡すのはイ・ヤ・ダと言ったんだニャ」
「あなた組織に逆らうつもり!?」

 パンツアーレディは飄々と立つ『猫娘ハニィ』をキッと睨んだ。

「逆らう? うんニャ、あたしはハニィに借りを返したいだけなんだニャ」
「借り? 何をわけのわからないことを。この私に逆らうということは組織に逆らうということ。許さないわよ」
「許さないわよと言われてもニャァ。……でも簡単にはやられないんだニャ」

 地面に突き刺さったプラチナフルーレを引き抜き、その場から駆け退こうとする『猫娘ハニィ』。だがパンツァーレディは風のような速さでその前に回り込む。

「逃がさないわよ。早くその指輪をあたしに渡しなさい」
「ニャはは、いやだニャ、とう!」

 『猫娘ハニィ』はその場で空高くジャンプすると、くるりと回転して十字架のてっぺんに飛び乗った。

「この指輪、あなたたちには渡さないんだニャ。取れるものならとって御覧ニャさい。……うん、かっこいいニャア。このセリフ、一度言ってみたかったんだニャ」

 能天気に十字架の上で悦に入る『猫娘ハニィ』。そのヒゲがピクピクと動いている。

(おいおい、どうなってるんだ)
(さ、さあ)
「ハニィ、あたしは助けられた恩は忘れないんだニャ」

 『猫娘ハニィ』が呟く。

(シャドウガール……なの?)
「そうだニャ」
(恩って、猫は三日経ったら恩を忘れるって言うけれど)
「失礼だニャァ、そんなの迷信だニャ」
(ふふ、ごめんごめん。うれしいよ。助けてくれてありがとう)
「ニャハハハ」

 一人で照れる『猫娘ハニィ』。尤も今の光雄に行動の選択権はない。取り敢えずシャドウガールに身を委ねて成り行きを見守るしかなかった。

「くっ、この裏切り者め!」

 十字架の上に立つ『猫娘ハニィ』に向かって怒りの目線と光の剣を向けるパンツァーレディ。だが『猫娘ハニィ』は謙二を十字架に縛りつけている縄をプラチナフルーレで切り解くと、大きくジャンプした。
 未だ気を失ったままの謙二は、そのまま地面にどさりと崩れ落ちた。

「ニャははは、さらばだニャ、とお!」

 そのまま怪人たちの囲みの外に飛び出そうとする『猫娘ハニィ』。だが今度はパンツァーレディは見逃さなかった。

「逃がさない!!」

 その瞬間、パンツァーレディの持つ光の剣の剣先からビームのような光の束が『猫娘ハニィ』に向かって伸びていった。

「ニャヒッ!」

 盾のようにプラチナフルーレを己の前にかざしてビームから体を庇おうとする『猫娘ハニィ』。だが光の束はサーベルの刀身ごと彼女の体全体を覆っていった。

「フギャァ!!」

 『猫娘ハニィ』をボールのように包み込んでいく光の束。そしてその体の中から子猫がずるずると引き出され、ぺっと吐き出すかのように光の玉の外に放り出された。途端に『猫娘ハニィ』は元のハニィの姿に戻っていく。
 猫耳もヒゲも尻尾も無くなってしまった。
 だが変化はそれだけでは終わらない。光の玉に包まれたハニィの体は、さらに変わり続けていた。

「どうしたんだ? 元に戻ったんじゃないのか? まさか変身が解けているのか?」
(違います! これってパンツァーレディの仕業です!)

 ようやく自分の意志で動かせるようになった体を起こした光雄だったが、その時には既に新しい変化が起こり始めていた。
 光の玉に包まれたハニィの体がどんどん縮んでいく、見事な膨らみを持った胸も、豊満なお尻も、盛り上がりを無くしていく。
 身に着けているバトルスーツもブーツも手袋も段々ダブダブ、ブカブカになっていく。
 彼女の体は縮み続けていた。
 小さく、小さく。
 やがてその背丈は100cmにも満たない小さなものになってしまった。そして手も足も体もすっかりか細くなってしまっている。
 体の変化が終わった時、だぶだぶのバトルスーツの中にいたのは、10歳にも満たない子どもになってしまったハニィだった。

「ふふふ、もうこれくらいでいいでしょう」

 パンツァーレディの声とともにハニィを包んだ光の玉が消える。それと共に小さくなったハニィの指から、指輪がからりと外れ落ちた。

「あっ!」

 ころころと地面を転がる指輪。
 それを追いかけようとする『幼女ハニィ』。
 だが、ブカブカになったブーツに足を取られて思うように動けない。
 そんな彼女をあざ笑うかのように、パンツァーレディは自分の足元に転がってきた指輪をひょいと拾い上げた。

「全く手間をかけさせる。だが遂に手に入れたぞ」
「くそぅ、返せ、その指輪、え? ハニィ、どうした」
(………………………)

 指輪が指から外れた瞬間、光雄は自分の中からハニィの意識が消え失せたのを感じていた。

「くそう、指輪を、ハニィを返せ!」

 すっかり子供のそのものになってしまった声で叫ぶと、ブカブカのブーツを履き捨てて、パンツァーレディに掴みかかろうとする『幼女ハニィ』。だが……。

「うるさい! 失せろ」

 拾い上げた指輪に目を細めながら、『幼女ハニィ』を蹴るパンツァーレディ。

「げふっ!」

 小さな『幼女ハニィ』の体はたまらず吹っ飛ばされ、背中から十字架に叩きつけられた。

「がふっ!」
「ハニィ、ハニィ、しっかりするんだニャ」

 『幼女ハニィ』に近寄って前足でその顔を叩くシャドウガール。
 だが気を失った彼女はぴくりとも動かない。

「ふふふ、よし、これで目的は達した。引き上げるわよ」
「「はっ!」」

 その声を合図に、十字架を取り囲んでいた怪人たちは、現れた時とは逆に再び地面に現れた影の中に消えていった。

「ハニィ、いい様ね。命だけは助けてあげるからもう二度と私たちに逆らおうなんて気を起こさないことね。尤もその姿では逆らうことなんてできないでしょうけれどね。あっははは」

 変わり果てた姿で気絶しているハニィと、その傍らに寄り添うシャドウガールを一瞥したパンツァーレディは、満足そうに笑った。

「シャドウガール、お前の処分は後で決めるわ。まずこの指輪をシスターにお届けしなければ」

 そう言い残すと、最後まで残っていたパンツァーレディも影の中に消えていった。





 戦いは終わった。

 ハニィの完敗だった。





「ハニィ、ハニィ、目を覚ますんだニャ」

 再び前足で気絶した少女の顔を叩くシャドウガール。だが彼女は未だ目を覚まさない。

「そうニャ」

 シャドウガールは未だ気を失ったままの謙二の体に飛び込んだ。
 途端に謙二の髪がざわざわと伸び始め、ピンクに染まっていく。頭の上に猫耳がぴょこんと生え、むくむくと大きくなったお尻からはズボンを突き破って尻尾が伸びる。腰が細く絞られ、その両胸がむりっと盛り、みるみる体の線が柔らかくなっていった。

「ハニィ、しっかりするんだニャ、ハニィ」

 謙二に合体したその体で少女を抱き起こして揺り動かすシャドウガール。

「う、うーん」
「良かった、気が付いたかニャ?」
「お、俺はいったい」
「俺? ハニィどうしたんだニャ?」
「ハニィ……そうだ、ハニィ、ハニィの意識が……何処だ、ハ……ニ……ィ……」

 そして少女は再び気を失った。

「ハニィはお前だニャ。どういうことなんだニャ?」

 少女の言葉の意味がわからず、考え込んでしまうシャドウガールだった。

「謙二くん、大丈夫? それにその子、誰なの? とにかく保健室に」

 静けさを取り戻した校庭。
 保健医の宮下愛子はシャドウガールの元に駆け寄ると、気を失ったままの少女を自分の手で抱きかかえて保健室に運んだ。だがその少女が実は光雄だなどと気づくべくもない。それは後から保健室に入ってきた桜井幸でさえも同じことだった。

「先生が何処にもいないの。委員長、如月先生って何処に行ったのか知らない?」
「何処に行ったと言われてもニャァ」
「委員長ったらどうしたのよ? そのしゃべり方。それに髪も伸びて胸も膨らんでるし、何かあたしよりかわいいし、まるで女の子みたい。大体その猫耳と尻尾、何時の間につけたのよ。全くこんな時に」
「そんなこと言われてもニャァ」

 ぽりぽりと頭をかくシャドウガール。

「う、うーん」
「あら、この子気が付いたみたいよ」
「こ、ここは?」
「学校の保健室よ。あなた何処の子」
「宮下先生、それに桜井と相沢? いやその姿……」
「大丈夫かニャ? ハニィ」
「……お前、シャドウガールか!」
「ニャハハハ」
「そうか。で、あいつは、パンツァーレディはどうしたんだんだ?」
「あら、あなたあたしたちのこと知ってるの? でも年上のあたしたちを呼び捨てにするなんて、ちょっと生意気よ」
「え? 年上? 呼び捨て? 生意気? 桜井、お前何を言って……」
「ハニィ、鏡を見るんだニャ」
「鏡? え゛!」

 光雄はベッドから起き上がると保健室の壁にはめ込まれた鏡を見た。しかしそこには光雄もハニィも映っていない。小さな体、ほのかに胸が膨らんだ華奢な体。映っていたのはどう見ても小学生にしか見えない少女だった。おまけに着ているのは、今の体には明らかに大きすぎるハニィのバトルスーツ。
 鏡を見つめながら、かわいくなってしまったその手で思わず自分の体をまさぐる光雄。その容貌は赤い髪こそハニィと同じだが、ハニィというよりもむしろ光雄の面影を残していた。

「あなたどうしてそんな服を着てるの? それにあなた何処の子? 何故うちの校庭で倒れていたの?」
「え? それは……」
 愛子の矢継ぎ早の問いに答えようも無く、口ごもるしかない光雄。
「先生、この子まだ記憶が混乱してるんじゃないんですか? そんなに急にいろんなことを聞いてもね。何でこんな格好をしているのかわからないけど、きっとさっきの騒ぎを見に来て巻き込まれちゃったのね」

 幸は勝手にそんな風に解釈していた。

「桜井、俺だ、俺は如月光雄なんだ」
「なにおかしなこと言ってるの? そっか、あなた如月先生の知り合いなんだ。先生に会いに来たの? でも先生、何処にもいないのよ」
「いや、そうじゃないんだ。俺が……」
「女の子が自分のこと俺なんて言っちゃ駄目よ。それにきっとお母さんが心配しているから早くおうちに帰ったほうがいいわ、ねっ」

 幸は優しく少女の頭を撫でた。そんな幸を見上げながら、はぁ〜っとため息を付く光雄だった。

「(駄目だ、とても信じてもらえそうにないな。仕方ない。話を合わせるか)……うん、お姉ちゃんありがとう。変なこと言ってごめんね。もう大丈夫だから」

 自分の台詞に尻がむずむずしてくるのを堪えて、光雄は謙二……いやシャドウガールに目配せした。

「あ、じゃああたしが送っていくんだニャ」
「うん。それじゃ委員長頼むね……え? あたし?」
「いや、なんでもないんだニャ」

 光雄とシャドウガールは、ぽかんとしている幸と宮下先生を残して保健室を出た。

「シャドウガール、助けてくれてありがとう」
「いいんだニャ、命を助けてもらったお返しなんだニャ」

 ハニィの言葉にシャドウガールは照れながら答えた。

「命を助けただなんて、そんな大げさな」
「うんニャ、あの時あたしはほんとに死ぬかと思ったんだニャ。でも敵のあたしをハニィは何の迷いもなく救ってくれた。ほんとに嬉しかったんだニャ。あの時のハニィの笑顔をあたしは一生忘れないんだニャァ」
「そ、そうか、それにしても俺はどうなったんだ? それに指輪は?」

「思い出せないのかニャ? パンツァーレディがハニィをそんな姿に変えてしまったんだニャ。指輪は小さくなった指から抜け落ちたのをパンツァーレディが持って行ってしまったんだニャ」

「そうだ! あの時指輪が外れて、取り返そうとしてまともに蹴りをくらって……そうか、俺は指輪を守れなかったのか」
「また自分のことを俺って、ハニィ、さっきから何でそんな言葉使いをするんだニャ?」
「今の俺はスウィートハニィじゃないからさ」
「どういうことだニャ?」

 街中を歩きながら光雄は相沢謙二に合体したシャドウガールにこれまでの経緯を説明した。

「ふぅーん、シスターからは指輪を奪えとだけ指示されていたけれど、そんなことがあったんだニャァ。でもお前はやっぱりハニィなんだニャ」
「え? どうして?」
「ハニィの匂いがする。優しいハニィの匂いが」

 今度は光雄のほうが照れる番だった。

「た……頼むシャドウガール、俺を『虎の爪』のアジトに連れて行ってくれ」
「そんな姿でどうするんだニャ?」
「指輪を奪い返す」
「そんなの無理だニャ」
「やってみなければわからないだろう」
「その体でどうやってパンツァーレディと戦うんだニャ。あいつはむちゃくちゃ強いんだニャ」
「それはわかっている。でもこのまま何もせずに手をこまねいているわけにはいかないんだ。ハニィとの約束なんだ。必ず指輪を守るって。このまま指輪を渡したら、世界は奴らの思うがままになってしまうんだ」

「そうだニャァ……」

「今からアジトに潜り込んで、何とか隙を見て指輪を奪い返す。そしてもう一度ハニィに変身してあいつと戦う」

 腕組みして考え込むシャドウガール。

「お願いだ! シャドウガール、連れて行ってくれ!」

 光雄は必死でシャドウガールに訴えた。

「……う〜ん、わかったニャ。とにかく本部に行ってみるんだニャ。でもその格好のままじゃちょっと目立つんだニャァ」
「え?」

 光雄は立ち止まってビルのウィンドウに映る自分の姿を見た。確かに冷静になって眺めると、真っ赤なだぶだぶのバトルスーツを着た幼女という今の姿は、とても街中を歩けるようなものではなかった。おまけに猫耳と尻尾を付けたピンクの髪をした男装の美少女が一緒に並んで歩いているのだ。
 はっきり言って二人はめちゃくちゃ目立っていた。すれ違う誰もが振り返っていく。

「確かにこんな格好じゃなあ……」

 と、その時、

「あなたたち、こっちに来なさい」
「「え?」」

 ビルの中から突然見知らぬスーツ姿の女性が出てくると、そう言って二人を手招きした。

「シャドウガール。パンツァーレディに逆らうなんて、全くなんて無茶なことをするの」
「お前、まさか」
「ふふふ、久しぶりだなハニィ。しばらく会わないうちに情けない姿になったもんだ」

 女性の影がにやりと笑った。

「シャドウレディか」
「まあね」
「どうしてお前がここに……」
「私はパンツァーレディに指揮権を奪われた。しかも彼女は瞬く間に指輪の奪取に成功してしまった。遠からず私がシスターから処分されるのは明らかだ」
「それで俺を助けると」
「お前を助ける為に来たのではないよ。このままでは『虎の爪』に我ら二人の居場所はない。ならば我ら姉妹自身の手で己の身を守るまでだ」
「どうするつもりだ」
「お前に指輪を取り返してもらう。そしてもう一度パンツァーレデイと戦って勝ってもらうのだ。そうすれば我らの生き残る道が残されている」
「『虎の爪』を裏切るというのか」
「自分の身を守るためだ。それにシスターに逆らう気はないが、パンツァーレディの奴は気に食わん」
「……そうか。取り敢えず俺とお前の利害が一致しているというわけだな」
「そういうことだ」
「わかった。俺はとにかく指輪を取り返せればいい。お前の力、借りることにするよ」
「よかろう、それではこっちに来るがいい」

 シャドウレディが操っている女性は、どうやらビルの中にあるブティックの店長のようだ。光雄とシャドウシャドウガールは、彼女の後についてブティックの中に入った。






「シャドウレディ、何なんだ……この格好は」





 ブティックのフィッティングルームの鏡の前で、光雄は戸惑っていた。シャドウレディに着替えさせられた格好、それはリボンをふんだんにあしらったピンクのドレスだった。
 その姿はまるで中世イギリスの王侯貴族の子女のようだ。
 続いてシャドウガールのほうも同じようなドレスに着替えさせられた。
 猫耳を隠すために帽子を被っているが、二人並ぶとほとんど貴族の姉妹のようだ。

「ニャるほど、まだこのほうが目立たないんだニャ」
「そうかな、充分目立つような気がするが」
「ふふふ、本部には私が送っていこう」
「送ると言うと?」
「私が操っているこの女が車を持っている。その車を使おう。本部の中で誰かに見つかったら『二人でシスターにお仕えするように言われて来た』といって誤魔化すんだな」
「なるほど……」
「ハニィ、本当に行くんだニャ」
「ああ、必ず指輪をこの手に取り戻す」
「でもその体でどうやって取り戻すんだニャ?」
「そうだな……とにかくパンツァーレディに見つからないように指輪の在処にたどり着くことだな。それじゃあ頼む、シャドウレディ」
「ああ、ついてくるがいい」
 
 シャドウレディは二人を駐車場に連れて行くと、車に乗せて『虎の爪』の本拠地の前に連れて行った。其処は、街の郊外の雑木林の中に佇む個人研究所だった。入口には「財団法人【生田生体研究所】」という看板が掲げられている。

「あたしにできるのはここまでだ。うまく忍び込むんだな」
「充分だ。ありがとうシャドウレディ」
「礼には及ばんよ、ハニィ。それではシャドウガール、後は任せたぞ」
「ふっふっふっ、このあたしにドンと任せるんだニャ」
「……その自信が信用できんのだ」
「シャドウガール、それじゃあ頼む」
「うん。こっちだニャ」

 そう言いながら正々堂々と正面玄関から入るシャドウガール。その後ろを恐る恐る付いていく光雄。そしてそんな二人をシャドウレディが頭を抱えながら見送っていた。




「まったく……こういう時は裏からこっそりと入るものだろうが」

(続く)




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