俺の名前は藤丸和也。17歳の高校二年生、藤丸家の一人息子だ。藤丸家はじっちゃんまでは代々忍者の家系だったらしいけれど、親父はごく普通のサラリーマンをしている。

 ところがお盆前のある日、突然田舎からやってきたじっちゃんから、俺は藤丸家に代々伝わるという奥義「陰画移し」を伝授された。それは写真に撮った人物の姿に変身できるというもので、俺は早速隣りに住んでいる幼馴染の風野麻美に変身すると、数日間麻美としての生活を楽しんでしまった。

 その後再び麻美に成りすました俺は、彼女の友だちの田端千秋、栗山秀美、池山明子の3人と一緒にホテルのプールに遊びに行ったんだけれど、ラッキーなことにホテルのロビーでアイドルの近藤詩織ちゃんの写真をゲットすることができたんだ。

 次の日俺は詩織ちゃんに変身すると、テレビ局の中に潜り込んだ。そこでアイドルの西野さやかちゃんと話したり歌番組の収録に出たり、アイドル近藤詩織を楽しんでしまった。

 でも歌番組の収録が何とか終わって、そろそろテレビ局から逃げ出そうかと思っているとマネージャーのお姉さんが俺の元に駆け寄ってきた。

「詩織ちゃん、ご苦労様。これでおしまいって言いたいんだけれど、もう一つ仕事が残っているの。それが終わったら家まで送ってあげるから、もう少しだけがんばってね」

「え? 何のお仕事?」

「この間話した雑誌の水着グラビアの件、覚えているわよね、今日が撮影なのよ」

「そっか、水着グラビア・・・水着・・グラビア・・ええぇ〜!?」



 俺の一日はまだ終わらない。





奥義4

作:toshi9




 
 ステージ衣装から元の半袖ワンピースに着替えさせられた俺は、メイクも落とさずに急かされるようにマネージャーのお姉さんと一緒にタクシーに乗り込んだ。

「ごめんね急がせて。あんまり時間がないの。でも詩織ちゃん、体調は大丈夫? みんなが心配していたみたいだけれど」

「え? は、はい、大丈夫……です」

 別れ際に「詩織ちゃん、がんばってね」と両手を握って応援してくれたさやかちゃんの笑顔を思い出しながら、俺はマネージャーさんに答えた。

 それにしても水着撮影なんてなあ。

 俺が女の子の水着を着て写真を撮られるんだよな。カメラの前で水着姿でポーズ取ったり……そんな恥ずかしいこと、俺にできるのか。

「なあに変な言葉使いしちゃって。でも良かった。もしかしたらあなた今日の仕事をすっぽかすんじゃないかって心配していたのよ」

「え?」

「詩織ちゃん拓海くんと別れるのはいやだって昨日あんなに駄々こねていたものね。でもちゃんと収録に来てくれて安心したわ。やっぱり詩織ちゃんもプロね」

「は、はあ」

 そうか、詩織ちゃんっていなくなっちゃったんだ。そう言えばあの時ホテルのロビーで誰かと待ち合わせしていたみたいだったけれど。拓海? 拓海って男性アイドルグループの藤崎拓海か。

 そ、そうだったのか?! 

 詩織ちゃんって藤崎拓海と付き合っていたんだ。まさか二人で駆け落ち? いやまさかな。

 でも詩織ちゃんが来ない代わりに俺が現れたもんで、タイミング良くすりかわったって訳だ。それにしてもこのままずっとというのも困るよなあ。う〜ん、どうする。




「ほら、着いたわよ、降りて」

 いろいろと頭の中で思い巡らしているうちに街中を走るタクシーは写真スタジオらしき建物の前に止まった。入り口には『篠田フォトスタジオ』というネームプレートが掛けられている。

 篠田? 篠田ってまさかあの篠田貴信?

 篠田貴信、少年雑誌から週刊誌までアイドルの水着や女優のヌードのグラビアで有名な写真家だ。俺も随分グラビア雑誌買ってお世話になっているけど、だけど、この俺が撮られるのかよ〜。

「ほら、どうしたの」

 マネージャーさんに再び促されて、俺は仕方なくタクシーから降りた。

「詩織ちゃん、撮影が終わったらゆっくりお休みしましょう。でも篠田先生って今日は大丈夫だろうな」

 ちょっと小首をかしげるマネージャーのお姉さん。

「ええ? どういうこと……なの?」

「今日は水着だけですよって念を押してるんだけれど、あの先生ノッてくると何を言い出すかわからないから」

「何を言い出すかって?」

「今まで何人も撮っているうちに全部脱がされたって噂があるし」

「脱がされて? 脱がされてって……それって」

「水着撮影がヌード撮影になったってこと」

「え゛」

「ふふっ、でも大丈夫、このあたしがいるんだから詩織ちゃんのヌード写真なんか絶対撮らせないわ。安心して」

「お、お、お願いします」

「詩織ちゃん、あなた今日ほんとに変ね」

「そ、そおかな」

「じゃあ早く行きましょう、篠田先生もうお待ちかねだと思うから」

 後続のタクシーで到着したスタイリストさんたちと一緒にスタジオに入った俺たちをサングラスをかけた髭面のおっさんが出迎えた。

 これが篠田貴信か。

「やあ詩織ちゃん、久しぶりだね」

「はい、篠田先生、お久しぶりです」

 詩織ちゃんになりきって俺は丁寧にお辞儀をした。

「先生、詩織ちゃん今日はあまり体調が良くないんですよ。だから手早くお願いしますね」

「俺はやっつけ仕事はしないぞ。少々体調が悪かろうが、納得した絵が撮れるまで詩織ちゃんにはがんばってもらうからね。でも大丈夫、詩織ちゃんテレビで見ているより顔色が良いよ」

「え? そ、そうですか」

「うーん、何と言うかな、むしろ内側から精気が溢れている感じがするな。それも男性的な元気よさみたいなものを感じるな」

 げっ!

「うん、沸いてくる沸いてくる。おお、どうやらいい写真が撮れそうだよ。さあ早速始めようか」

「全く篠田先生ったら……。それじゃあ詩織ちゃんがんばってね。利根山さん、詩織ちゃんの水着とメイクをお願い」

 スタイリストさんの一人がこくりと頷き、俺を別部屋に引っ張っていく。

 水着撮影ってワンピース? ビキニ? それともまさか……すっぽんぽん、うわぁ〜。

 あたふたと利根山さんに手を引っ張られて更衣室に駆け込む俺の頭の中をぐるぐるとカメラを向けられた水着姿の詩織ちゃんや、恥ずかしそうに水着を脱ごうとしている詩織ちゃんの姿が駆け巡っていた。

 でもこれから撮られる詩織ちゃんってこの俺なんだ。

「ほら詩織ちゃん、しっかりして。早くこれに着替えて頂戴」

 呼びかけられて俺ははっとした。

 そう、気が付くと鏡の前に座らされてメイクの修正が終わっていた。

 我に返った俺に利根山さんが手渡したのは白い滑らかな布切れ。

 広げてみると、それは小さなアンダーショーツと真っ白なワンピース水着だった。

 ほっ、これならプールで着たのとあんまり変わらない。でもこれを着て篠田貴信にカメラを向けられるなんて。

 目の前の鏡に映った詩織ちゃんの顔がぽっと赤くなる。

「ほら、急いで」と俺を立ち上がらせてフィッテングルームに押し込める利根山さん。

 さすがに水着はこの中で着替えるらしい。

 そして中に入るや否や、利根山さんは俺の着ている半袖ワンピースの背中のファスナーをサっと下ろした。

「ちょ、ちょっと待って」

「何恥ずかしがっているの、詩織ちゃん。お仕事でしょう」

「あ、あの、後は一人で着替えるから」

「そお、じゃあとにかく急いでね、水着はそれ一着じゃないんだから」

 そう言いながらカーテンを閉める利根山さん。

 げげっ、他にもまだあるのか。

 全く何でこんなこと。でもこれじゃ今更逃げるに逃げられないしなあ。

 ……仕方ない、とにかくなるようになれだな。




 既にファスナーが下ろされた半袖のワンピースを体を抜き出すようにして脱ぐ。

 フィッティングルームの鏡にはスリップ姿の詩織ちゃんが映っていた。

 し、詩織ちゃん、俺これ以上脱いでもいいのかな……いいよな、これって俺の体なんだし。

 スリップの肩紐を肩から外すと、スリップがファサリと床に落ちる。ブラジャーのホックを外して胸からそっと外す。すると桜色のぽっちりが顔を覗かせた。

 ううう、これ詩織ちゃんの乳首……かわいい。

 俺はどきどきと興奮しながら穿いているショーツに手をかける。

 顔を上げると、ショーツ一枚になって少し屈んだ詩織ちゃんが恥ずかしそうにこっちを向いていた。

 い、いくぞ

 思い切ってショーツを両手で下ろす。

 恐る恐る顔を上げると、目の前の鏡の中に裸になった詩織ちゃんがいた。

 顔、胸、腰、そして股間の……。

 ぐはぁ!

 その瞬間凄まじい衝撃が俺の脳天を直撃した。

 き、きれいだ。

 テニスで鍛えられた日焼けして締まった麻美の体も良かったけれど、詩織ちゃんの体は肌が透き通るように白くてきめ細かくって、柔らかくって、そして胸がでかかった。

 うーん、詩織ちゃんって着痩せするタイプだったんだな。

 そういえば詩織ちゃんの水着グラビアって今まであったっけな。

 まさかこの撮影が最初なんてことは……いや、もしかしたらそうなのかも。

 まさか詩織ちゃんってこの撮影が嫌だったんじゃあ……。

 ふとそんな疑念が俺の頭の中をよぎった。

「詩織ちゃん、どうしたの」

 おっと利根山さんが呼んでる。急がなきゃな。

 俺はまずアンダーショーツに自分のすらりとした脚を通し、そしてするすると引き上げていった。

 すっきりとした股間をナイロン地の小さなショーツがぴったりと覆い隠す。

 そして足元に置いた白い水着を両手で広げる。

 これを俺が着るのか、いや、詩織ちゃんがか。

 広げた水着に自分のすらりとした脚をその中に通し、そしてするすると引き上げていった。

 滑らかな水着の生地が俺の腹に、胸に、そしてショーツを穿いた股間にぴったりと密着する。

 何だか気持ちいい。肌触りも昨日のレンタル水着と違う。

 よしっ、詩織ちゃん、君の水着撮影やらしてもらうぜ。

 ・ ・・ ・・・って言ってもなぁ。はぁ〜。

 鏡に映った白い水着姿の詩織ちゃんが肩を落としてため息をついていた。



  
 シャっとカーテンを開くと利根山さんが腕を組んで待っている。

「着替えましたけど」

「詩織ちゃん、もっとちゃんと着付けなきゃ駄目よ、ちゃんと整えて、ほら、こことかこことか」

 利根山さんがあちこちの生地を手で引っ張る。胸の周り、そしてお尻、背中。

「あ、ありがとうございます」

「さあこれで良いわ、じゃあ行きましょう。この水着で撮り終わったら、またここに戻ってきてすぐに着替えるのよ」

「はあ」

「ほら、これ履いて」

 利根山さんがかわいいビーチサンダルを揃えて俺の足元に置く。

 踏み出した俺の足にすっと密着する。
 
 ぴったりだよ。

「さあ、行きましょう」

 利根山さんに手を引っ張られてスタジオに飛び込んだ。

「お待たせしました。詩織ちゃん準備できました」

「おお、いつまで待たせるんだ。待ちくたびれたぞ」

 だが、そう言いながらもサングラスを外した篠田先生の目は笑っていた。

 そして俺の頭のてっぺんから足先までじろじろと見つめる。 

「よし、いいだろう。じゃあ詩織ちゃん始めるよ。スクリーンの前に立って」

「はい」

 スタジオの中には大型のカメラ、デジカメ、固定のカメラといった数台のカメラが準備されている。

 俺が言われた通りにスクリーンの前に立つと、篠田先生が据えられた大型のカメラを覗き込んだ。

「ふーむ、そうだなあ」

 何となく気難しそうに先生が呟くのを聞いて、少し嫌な予感がした。

「詩織ちゃん、そこで何か好きなポーズを取ってみなさい」

「好きなポース……ですか?」

 写真を撮られるのにポーズなんて取ったこと無いぞ。

 戸惑いながらも、ふと思いついて千秋、秀美、明子の3人組を撮った時に彼女たちがやっていたポーズを次々にとってみた。

 マネージャーのお姉さんはそんな俺ことを、腕を組みながら壁にもたれかかり、にこにこと見つめていたが……。

「違う違う、そんな取って付けたようなのじゃ駄目だよ」

「え? 駄目ですか」

「詩織ちゃん、今君は頭の中で考えながらポーズをとっているだろう。それじゃあ駄目なんだ。もっと自然な自分を出しなさい」

「自然な……ですか?」

 そんなこと言われたってなあ。

 それからいくつかポーズを取ってみたけれど、ファインダーを覗いている篠田先生はどうにも気に入らないようだ。

「うーん、僕の最初のインスピレーションは気のせいだったのかなあ。

 ……そうだ! 詩織ちゃん、ちょっとファイティングポーズを取ってみなさい」

「ファイティングポーズ……ですか?」 

「ボクシングや空手の時の構えだよ」

「はあ」

 言われた通り両脇を締めて拳を握り締め、両腕をぐっと構えてみた。

「おっ、それそれ。もっとこう、戦う相手が目の前にいると思って」

 俺は目の前に対戦相手がいると思いながら睨み付けた。

「よしそれだ、それでいこう。始めるぞ」

 慌しく先生の助手が動き始め、ぱっとスクリーンに映る景色が変わった。

 そしてカメラを覗き込みながら貴信先生がカシャッ、カシャッっとシャッターを切っていく。 

「よし! 拳を出して、右ストレート」

「はい!」

 言われるままにシュっと拳を突き出す。

「いいよいいよ」 

「よし、キックだ!」

「はい!」

 前に右脚を蹴り出す。

「そうだ、ほら、腕を前に突き出してみて」

「はい!」
 
「いいぞ〜、さあこっちみて、笑って、勝利のガッツポーズ」

「はい!」 

「うん、いいよ……はい、OK」

 ようやく篠田先生がファインダーから目を離す。

「よおし、良かったよ詩織ちゃん。これでOKだ。じゃあ次行こうか」

 篠田先生が利根山さんに目配せすると、利根山さんがこくりと頷いて近づいてきた。

「詩織ちゃん、じゃあ次のに着替えましょう」

「あ、やっぱりまだ」

「さあ、急いで」

 またもや背中を押されるように更衣室に飛び込んだ俺に利根山さんが新しい水着を手渡した。

「はい、次はこれよ」 

 赤い布切れを渡される。ボリュームの少ないそれを恐る恐るぴろりと広げてみると……。

 で、出たあ!

 それは、極端に布地の少ない真っ赤なビキニだった。

「こ、こ、これ着るんですか」

「ほら詩織ちゃん、急いで。それとも手伝う?」

「い、いえ」

 シャっとカーテンを閉めると、受け取ったビキニを握り締めて、もう一度は〜っとため息をついた。

 こんなもん、俺が身に付けるのか、こんな色っぽいビキニ……。

 いや、俺じゃない、今は詩織ちゃんなんだが、それにしてもなあ。

 俺はため息をつきながらも着ていた真っ白なワンピース水着を脱ぐと、その真っ赤なビキニのパンツに脚を通した。

 するすると引き上げて下半身にピチっと密着させてみたものの、やっと腰に引っ掛かっているような、今にもずり落ちそうなその感触はどうにも落ち着かない。

 ブラジャーに腕を通して、解かれた肩紐を首の後ろで何とか結ぶと、プラスチックのホックをパチっと止めた。

 水着の中の大きくて柔らかい胸をたぐり寄せ、そしてパンツからお尻の肉がはみ出していないかチェックする。

 うん、大丈夫。で、でも……。

 目の前の鏡に映った詩織ちゃん、その色っぽいビキニ姿に思わず頭がくらくらしてくる。今のこの格好に比べたらさっきのワンピース水着なんて全然かわいいもんだ。

 は、恥ずかしいよ。

 思わずしゃがみ込むと、両腕で胸を隠してしまう。

「詩織ちゃん、どお?」

「は、利根山さん、恥ずかしい」

 シャっとカーテンが開く。

「何言ってるの、よく似合っているわよ。篠田先生今日はとってもノってらっしゃるからきっと素敵に撮ってくれるわよ」 

「はあ」

 これを撮られるのか、この姿で俺は。

「ほら、行きましょう」

 足が竦んだ俺の手を掴むと、利根山さんはスタジオに引っ張っていった。

 そして中に足を踏み込むと同時に篠田さん、篠田さんの助手、マネージャーさん、スタイリストさんの目が一斉にこちらを向き、ビキニ姿の俺をじ〜っと注視する。

 恥ずかしい、恥ずかしいよ。 

 自分の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。

「うん、詩織ちゃん、よく似合っているよ。よ〜し、じゃあいくぞ。さあスクリーンの前に立って」

 利根山さんに押し出されるようにしてそこに立った俺に篠田先生がカメラを向けると、ファインダーを覗き込む。

「ほう、これは……ふーむ、そうだな」

 カシャッ、カシャッ

 ファインダーを覗き込みながら何回かシャッターを切っていた篠田先生は、何かを思いついたように呟くと目を離した。

「すまんが、詩織ちゃんにTシャツとジーンズを着せてくれ。水着の上からな」

 利根山さんが篠田先生に言われた通りにTシャツとジーンズを持ってくる。

「はい、詩織ちゃん。これ着て」

「はあ」

 俺は自分のビキニ姿がレンズに晒されることから解放され、ほっとしながらそれを着込んでいった。 

 Tシャツもジーンズも詩織ちゃんの体にぴったりだ。

「よーし、こっちの鏡を下ろしてくれ」

 先生が助手に指示すると、天井から巨大なスクリーン状の鏡が下りてくる。

 そこにはTシャツ、ジーンズ姿の少しほっとした表情の詩織ちゃんが映っていた。

 カシャッカシャッっと再びシャッターの音がスタジオに響く。

「よし、いいぞ、じゃあ詩織ちゃん、そこでゆっくりとそれを脱いでくれ。Tシャツ、そしてジーンズの順番でな」

「ええ? ここでですか〜?」

「そうだよ、恥ずかしいだろうが、まあ下に水着を着ているんだから大丈夫だろう」

 そんな……その水着が問題なんだ。

「さあ始めよう」

 にやりと笑いながらファインダーを覗き込む篠田先生。

 くううう。

 Tシャツを捲り上げて脱ぐ。

 赤いビキニのブラジャーに包まれた胸がぷるんと揺れた。

 その瞬間カシャッカシャとシャッターの音。

 俯いた自分の顔が再び赤くなっていくのがわかる。

「うん、いいよいいよ、もっと顔を上げて」

 全く篠田先生って何考えているんだ。

 ジーンズのボタンに手をかける。

 カシャッカシャッっとシャッター音が続く。

 ファスナーを下ろしてゆっくりとジーンズを捲りそして下ろすと、徐々に赤いビキニのパンツが姿を現す。 

 は、恥ずかしい。

 そこで動きの止まった俺に、篠田先生の声が飛ぶ。

「うん、とっても良い感じだよ、ほら続けて」

 くうう〜。 

 ジーンズをすっと下ろす。

 窮屈そうにジーンズの中に押し込められていた俺の、いや詩織ちゃんのお尻がぷわっと解放される。

 再びカメラの前に晒される赤いビキニ。

 カシャッカシャッ

 またこれ……恥ずかしいよ。もう何とかしてくれ〜。

「よしオッケーだ、それでいいよ。お疲れさま」

 顔を赤くして立ち竦む俺に篠田先生のOKの声が飛んだ。

「終わった〜!」

 終わったよ、ようやく。

 は〜っと安堵のため息を漏らすと、スタジオの中が爆笑に包まれた。

「詩織ちゃん案外恥ずかしがり屋なんだな、でもなかなか良かったよ、今日はお疲れ様」

「はあ、先生ありがとうございました」

「それにしても」

「え?」

「君、ほんとに詩織ちゃんだよね」

「ええ? ど、どういうことですか?」

「僕はいつも写真にその人の真実の姿を映し出そうとしている。その人の内面や本質をだ。そして今日の僕のファインダーの中にはいつもの詩織ちゃんとは全く違う姿が映っていたんだ。そうだな、まるで男の子のようなね」

 げげげっ。

「でもまあいいさ、良い絵が撮れたよ。お疲れ様、また君と仕事したいね」

 パチっとウィンクする篠田先生。

 ううう、ばれてる? まさかね。





 元の半袖ワンピースに着替えると、マネージャーさんに付き添われてタクシーに乗り込んだ。

「詩織ちゃん、今日はほんとにお疲れ様」

「ほんと疲れた〜」

「ふふっ、調子が悪いのにこんな遅くまでよくがんばったわね」

「うん」

 そう、外はすっかり暗くなっていた。

 タクシーは明かりの灯った街中を走っていく。そして真新しいマンションの前で止まった。

「詩織ちゃん」

「え?」

「今日は最後まであたしの名前で呼んでくれなかったわね。やっぱりあたしのこと怒っていたのかなあ……。でもあたし、あなたにはもっと大きくなってもらいたいの。

 明日からはまたいつものようにゆかりさんって呼んでね、じゃあね、お休みなさい」

 マネージャーさんは俺の肩をぽんぽんと叩くと、再びタクシーに乗り込み、走り去っていった。

 そうか、あのマネージャーさんってゆかりさんって言うんだ。心配かけちゃったな。

 それにしてもこれからどうしたものか。

 このまま詩織ちゃんの部屋に入ってみようか。それとも……。

 玄関の前で俺はしばし迷っていたものの、結局マンションの中に入ってみることにした。

 でも玄関ホールに入った途端、キキーっと1台の車が玄関前に止まった。

 驚いて振り向くと、車の中から詩織ちゃんが出てくる。

 げげっ、マズイ。

 玄関ホールに誰もいないことを確かめると、俺は慌てて術を解いた。

 詩織ちゃんの皮や服が粉々に破れて俺の体から離れ、そして塵になってやがて消えていった。

 何気ない顔で玄関を出て行く元の自分の姿に戻った俺、入れ替わりに入ってくる詩織ちゃん。

 すれ違い様に俺がペコリとお辞儀すると、彼女も優しく笑ってお辞儀してくれた。

 でもその表情は心なしか寂しげだった。

 ふと玄関の外に止まっている車を見ると、その中にはサングラスの男が……藤崎拓海か。

 そして詩織ちゃんが中に入っていくのを確かめると、走り去っていった。

 詩織ちゃん・・






 それから数週間後、撮られたグラビアが掲載された雑誌が発売された。

 新学期の始まった学校の昼休み、クラスの男子の間ではそのグラビアの話題で持ちきりになっていた。

「近藤詩織の水着グラビアってこれが初めてなんだよな」

「ああ、それにしても詩織ちゃんってほんとかわいいよな。俺改めてファンになったよ」

「そうだな、俺はこのガッツポーズの詩織ちゃんがいいな」

「いやいや、このジーンズを脱いでいる詩織ちゃんの恥ずかしげな表情、堪んないぜ」

「詩織ちゃーん、俺とデートしてくんないかな」

「馬鹿やろう、詩織ちゃんがお前なんかとデートする訳ないだろう」

「言えてるな」

「ちぇっ」

 わいわいと賑やかな男子の輪の中心に置かれた1冊の雑誌。そこに映っている水着姿の詩織ちゃんは元気はつらつな女の子で、初々しくって、それまでの大人しくてどこか陰のある彼女とは全く違う魅力を放っていた。

 そしてこの雑誌の発売後、近藤詩織の人気がさらに上がったのは言うまでもない。





 グラビアの詩織ちゃんを眺めながら俺は複雑な心境だった。

 これって、俺なんだよな。





(終わり)


                                       2004年9月7日脱稿




後書き

 「奥義」の第4弾、ようやく書き上げました。第3弾が中途半端に終わってしまったのに、それから1年半近くお待たせすることになりまして、たいへん申し訳ありませんでした(汗

 詩織ちゃんになりすました和也くん、今回は撮る側から撮られる側になることになってしまいました。そして男の彼にとって水着姿での撮影は相当恥ずかしいものになったようです。
 そう言えば陰画もゲットできませんでした。というか、彼にはそんな余裕も無かったようです。
 取り敢えず詩織ちゃん編は終わりですが、またいつか彼の活躍を描いてみたいものですね。
 それでは、ここまでお読みいただきました皆様、どうもありがとうございました。

 toshi9より
 感謝の気持ちを込めて
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