高原社長に白色のゼリージュースを飲まされ、僕の体は女の子の身体に作り変えられてしまった。それもとびきりかわいい女の子に。元に戻る術のない僕は、止む無く「小田みゆき」という名前で高原ビューティクリニックに勤めることになったんだ。そう、くやしいけれど僕の体を元に戻すことができるのは、今や高原社長だけだ。
 何もできない自分自身に、僕は悶々とした日々を送った。でもそんな僕を由紀さんは「もっと自信を持ちなさい」って励ましてくれた。
 そして二人で見つけた打開策、それはゼリージュースに加えることで不思議な力を生み出しているハーブエキス「ダッシュセブン」を無力化できないかというアイデアだった。その方法を調査するためには、僕自身が虹男さんのところに行かなければならない。
 とは言っても、そんなことを高原社長が許すわけがない。でも由紀さんは自分の姿と入れ替わって行けば良いと言った。僕たちの手元に最後に残ったゼリージュース、黄色のゼリージュースを使って。


 黄色のゼリージュースを飲んだ僕の体は、ゼリー状に変わりつつあった。そして由紀さんの体も……。






ゼリージュース!外伝(5)「幸せの黄色い・・・(前編)」

作:toshi9






 ゼリージュースを飲んでしばらく経つと、僕の体も由紀さんの体も、すっかり透明なゼリーと化してしまった。

 僕の目の前には、由紀さんのシルエットを残して彼女の服が浮かんでいる。そしてその服はめくられたかと思うと、次々に床に落ちていった。そして黒で統一されたランジェリーさえも床にはらりと落ちていく。その下は勿論透明で何もない。

 そう、由紀さんは自分の体が透明になったことを確認するや、さっさと服を脱ぎ始めたのだ。

「ゆ、由紀さん、あの……」

「俊行さん、なにぐずぐずしているの。ほら、時間がないんだから、あなたも早く脱いだら」

 ふう、こんな時も由紀さんにすっかりペースを握られっぱなしだ。全く由紀さんときたら。

 苦笑しながらも、僕も由紀さんを追いかけるように自分の着ている白衣と制服を脱いでいった。

 女の子になっている僕の体。でも今やその姿は透明と化して見ることはできない。

「脱ぎましたよ」

「うん、じゃあ始めましょうか」

「はい」

 二人とも着ていた服を全て脱ぎ捨てると、研究室の中には薄ぼんやりとした二つの影だけが佇んでいる。

 僕たちは互いに相手の影に近づいていった。そう、目の前に段々とうすぼんやりした由紀さんの影が迫ってくる。

「い、いきますよ」

「ふふっ、なに緊張しているの? 赤や青をもう何度も使っているでしょう」

 それはそうなんだが……。

 そう、今僕が入ろうとしているのは由紀さんの体なんだ。他の女の子の中に入るのと、由紀さんの中に入るのでは全く違う。

 透明な僕の心臓はどくんどくんと鼓動を高めていた。

「ほら、早くして!」

「は、はい」

 はぁはぁと自分の息遣いが荒くなっているのがわかる。

「い、い、いきます」

 僕は意を決してゆっくりと目の前に影に手を伸ばした。手がぷよっとした暖かいものに触れる。それはゼリー状になった由紀さんの体だった。

 少しだけ力を込める。

 すると僕の手がその中にすっと入っていくのがわかった。

「あ!」

「うん? どうしたの?」

「い、いいえ」

 どくん どくん どくん

 思い切ってもう一歩踏み出すと、同時に背中に由紀さんの手が触れるのを感じた。そう、今の僕よりも背丈の高い由紀さんがぎゅっと僕の体を抱きしめているんだ。

 さらにもう一歩足を踏み出すと、そのまま自分の体が由紀さんの中にずぶずぶとめり込んでいくのを感じた。

 そして僕の中には由紀さんが入ってくる。全身から彼女の存在が染み入ってくる。

 僕はゼリージュースを使って入る感覚と入られる感覚を同時に味わっていた。

 ああ、僕は今由紀さんと一つに……。

 僕は彼女で満たされていた。

 だが感慨に浸る僕に対して、どこからか由紀さんの声が聞こえてくる。

「俊行さん、ほら、数かぞえて」

「え? は、はい。いち、に、さん……」

 全く由紀さんときたら。

 僕はあまりに冷静な由紀さんの言葉に内心苦笑しながらも、数を数えていった。

「……く、じゅう。OKです」

「わかったわ」

 由紀さんの気配が僕の中からから抜け出ていく。そして僕も由紀さんの中から抜け出していた。

「ふう〜、取り敢えずこれでもういい筈です。後は……」

 言い終わらないうちに、透明な自分の手が肌色を取り戻していくのがわかった。手が、脚が、そして金色に染められた髪がその色彩を一気に取り戻し始めていた。






 僕の目の前には裸の少女が立っていた。それは今までの僕「小田みゆき」の姿だ。

「ふぅ〜ん、肌はつやつや、胸もあたしより大きくてしっかり張りがあるし……」

 小田みゆきの姿になった由紀さんは、興味深そうに自分の肌を、そして胸を撫で回していた。

 見てるだけでどきどきするようなかわいい女の子が、裸で立っている。おまけに自分の大きな胸を揉んでいる。それが今までの自分の姿だとわかっていても、そしてその中身は由紀さんなのだとわかってはいても、そんな様子を見ているとこっちのほうが恥ずかしくなってくる。

「こ、こほん」

「素敵ねこの体。俊行さん、あたしこのままでもいいかな」

「え゛」

 ゆ、由紀さん。

「冗談よ、冗談。それにトイレに行けば元に戻れるんでしょう」

「はい、これも表タイプですから大丈夫なはずです」

 ふう、全く由紀さんにはかなわないな。

「さあ、それじゃあ早くお互いの服を着ましょう」

「お互いの服……って」

「俊行さん、ほら、これ」

 由紀さんは、さっき自分が脱ぎ捨てた黒のショーツを投げてよこした。

 ぎょぎょぎょ。

「ゆ、由紀さんのを……僕が履く……ん……ですか?」

「そうよ、当たり前じゃない。今はあなたがあたしなんだから、それはあなたのものなのよ」

 事も無げに由紀さんが言う。

 研究室の鏡には今までの僕「小田みゆき」と由紀さんが映っている。それも二人とも裸のままで。でもそれはいつもと逆。鏡に映っている由紀さんは僕、みゆきが由紀さんなんだ。

 胸を張って堂々としているみゆきと、ショーツを握り締めておどおどしている由紀さんの姿はどこかおかしかった。

 そう、由紀さんの姿なのに全くらしくない。

 やっぱり由紀さんの姿になっても僕は僕、みゆきの姿であっても由紀さんは由紀さんだな。

「あの、由紀さん」

「違うでしょう。もうあなたがあたしなんだから、あたしのことはみゆきって呼んで」

 僕の複雑な思いを他所に、由紀さんは楽しそうに僕に向かってそんなことを言う。

 そう言えば、由紀さんがゼリージュースを飲むのは初めてだったんじゃ……。

「由紀さん、何だか楽しそうですね」

「ええ、楽しいわよ。それにとっても新鮮。自分で試してみてゼリージュースの良さがまた一つわかったような気がする。さあ俊行さん、急ぎましょう。あたしたちが入れ替わっていることは社内の誰にも悟られないようにしなきゃいけないのよ」

「そ、そうですね」

 そうだ、由紀さんの言う通りだ。僕たちが入れ替わっていることを、高原社長に知られる訳にはいかない。
 僕は握り締めていた由紀さんの黒いショーツを広げると、そこに脚を通してするすると引き上げていった。

 黒色のショーツは僕の下半身にぴたりと張り付いた。

 同じ黒色のブラジャーを両手で広げ、カップで胸を包んで背中でそのホックを留めると ブラジャーは優しく少し小ぶりな胸を包み込む。

 これって、由紀さんの胸……なんだ。

 由紀さんの浅葱色のブラウスを着て黒の膝上丈のスカートに脚を通すと、スカートのホックを腰で留める。

 そして上から白衣を羽織ると、鏡に映っているのはもういつもの由紀さんだった。

 不安気なその表情に、目元の泣きぼくろが一層映えた。

 こんな由紀さんの表情って見たことないな。

 僕は由紀さんになった自分の姿にじっと見入ってしまった。

「俊行さん!」

「は、はい」

「なにぼーっとしているのよ。あなた、あたしになったのがそんなに嬉しいの?」

 さっきまで僕が着ていた下着と高原ビューティクリニックの制服と白衣を着込んだ由紀さんは、僕のほうを見てみゆきの顔でにやっと笑っている。

「えぇ? い、いえ、そんなことは……」

「さあ、ぐずぐずしてないで早く虹男さんのところに行ってきなさい。虹男さんにはあたしからメールを打っておいてあげるから。彼に会うには長野の戸隠まで行かなければならないけど、今すぐに新幹線で出発すれば、今日中に会ってこれるでしょう」

「そ、それはそうですが……」

「それから、はいこれ」

 由紀さんは机の引き出しから紙片を取り出すと、それを僕に向かって差し出した。
 
「なんですか、それ」

「虹男さんの連絡先と地図に決まっているじゃない。あなたどうやって会いに行くつもりだったの?」

「あ、そうか」

 思わず照れ笑いしながら、僕はぽりぽりと頭をかいた。

「ぷっ、あんまりあたしの顔で変な表情しないでよ。じゃあ俊行さん、頼んだわよ」

「ええ。必ず虹男さんに会ってヒントを掴んでみせます。そして元の僕の姿に戻ってやる」

「そうよ、その意気よ。がんばってね」

 由紀さんは伸び上がって僕の両頬を左右の手で掴んだ。

「え?」

 CHU

「あ!」

「この体、ほんとに感じやすいのね。あたしとってもどきどきしてる。そっか、この体になってた俊行さんってこんな風に感じてたんだ」

 由紀さんは興味深そうに己の唇に指先を当てた。

 10代後半の少女そのものにしか見えないその様子は、とてもかわいらしい。

「じゃあ行ってきます」

「それから俊行さん」

「え? まだ何か」

「あたしの体でえっちなことしないでね」

「そ、そ、そんなことしません!」

 そう言いながらも、自分の顔がほてっているのがわかった。

「ふふっ、まあいいわ、ほら、早く行って」

 再びにやっと笑う由紀さんの笑顔に、何を考えていたのかを見透かされたような気がした僕は、ノートパソコンが入ったバッグを背負うと、慌てて部屋を飛び出した。

 ふうぅ、全く由紀さんって。

 一人ロッカールームで白衣を脱いで由紀さんのジャケットに着替えながら、僕は安堵のため息をついた。

 さあて、でもほんとにぐずぐずしていられないな。早く行かなきゃ。

 ほのかに湧き上がる自分の体への欲望を抑えつつ着替え終えた僕は、高原ビューティクリニックを出た。誰にも疑われることもなく……。




 由紀さんとして町を歩く。
 由紀さんとして電車に乗る。
 由紀さんとしてチケットを買って新幹線に乗り込む。

 歩いていてもふわふわとして足が地につかない。

 そうだ、僕は今由紀さんになって、由紀さんとして新幹線の座席に座っている。

 街中で僕のことを男だと疑う人間は誰もいなかった。パソコンの入ったブランドもののリュックを背にスーツ姿で颯爽と歩く僕のことを、誰もがどこかのキャリアウーマンだと思っている。

 女性になって街を歩くことなど何度も経験しているのに、それは何だか新鮮な感覚で、ふと初めて変身した頃のことを思い出させるものだった。

 そうだ、あの頃はほんとに驚きの連続だったよなぁ。 

 自分で開発した巨峰のゼリージュースを飲んだ後「ダッシュセブン」の入ったハーブオイルを体に塗られて、初めてゼリー状の体になったこと。さらに中田恵利華ちゃんのポスターを見て彼女の姿になってしまったこと。

 その後、顔だけ由紀さんになったり、顔は自分のままなのに体だけヌードモデルの体に変わってしまったり、何度も恵利華ちゃんに成りすましたり、ほんと最初の赤のゼリージュースが完成するまでは大変だった。

 そこまで思い出しながら、笑みがこぼれてしまった。

 そうか、そう言えばあの頃からずっと由紀さんに主導権を握られっぱなしなんだなぁ。

 車窓を眺めながら当時のことを思い出し、思わずくすくすっと笑ってしまった。

 新幹線がトンネルに入る。

 窓の向こうに、今まで見たことのないような笑顔で笑っている由紀さんがいた。






 東京駅を発車して1時間半、新幹線は終点の長野駅に到着した。

 駅から出てタクシーを拾うと、僕は運転手に由紀さんにもらったメモを渡した。

「あの、ここまでお願いします」

 運転手はメモを受け取るなり、訝しそうに僕を見つめた。

「お嬢さん、こんな山奥に何の用だい」

「え? あの……」

「この辺は、戸隠のレインボーガーデンだな」

「レインボーガーデン?」

「ああ、インドの薬用植物を栽培している地元じゃ有名な植物園だが、植物園以外この辺には何も無いぞ。今から行っても恐らく夕方になるが、本当にそこでいいのかい」

「ええ、大丈夫です……多分」

 タクシーの運転手はわかったとばかりに車を発進させた。

 インドの薬用植物を栽培しているというレインボーガーデン。間違いない、虹男さんの植物園だ。由紀さんが虹男さんは今植物園を経営しているって言ってた。

 タクシーは駅前のタクシー溜まりを出て、長野市街から郊外へと向かう道を走る。

 窓の外はビルだらけの風景から少しずつ緑深い田園地帯、そして森林地帯から山道へと入っていく。

 くねくねと上っていくワインディングロード。だが、上りきると、周囲の森がぱっとひらけた。

 峠には塀で囲まれた敷地が広がっていた。

 タクシーはその入園口の前で止まる。

「お嬢さん、ほんとにここで降ろしていっていいんだな」

「はい、ありがとうございました」

 僕は運転手に料金を支払ってタクシーを降りると、「レインボーガーデン」というプレートの掛けられた建物の扉を開けた。

「あら、柳沢さんいらっしゃい。お久しぶり」

 受付席に座った金髪の受付嬢がにこりと微笑む。

 本物の金髪、青い瞳……外人だよ。でも日本語は流暢だな。

「あの、虹男さんはいらっしゃいますか?」

「主人ですか?」

「主人!? あ、あの、虹男さんの奥さん……ですか?」

「そうよ。うふふ、そうか、あなた柳沢さんじゃないのね」

「え?」

「柳沢さんだったらあたしのことを知らない筈ないわ」

 青い瞳が僕をじっと見つめている。

「い、いえ、この姿は由紀さんに借りたんです。でも、その、決してあなたを騙そうとした訳じゃなくって、これには訳が……」

「とにかくここでお待ちなさい。主人を呼んでくるから」

「お願いします。あたし、いえ、僕は小野俊行っていいます」

「小野……俊行さんね、わかったわ、柳沢さんの姿をした小野俊行さんが来ましたよって言ってくるわ。うふふ」

「え、え〜と」

 何と答えていいのかわからなくなった僕は、ぽりぽりと頬をかいた。

 何か調子狂うな。

 だが奥に引っ込んだ受付嬢、いや、虹男さんの奥さんはしばらくすると一人の男性を伴って戻ってきた。

 それは50歳くらいの、浅黒い顔の精悍な男性だった。

 これが虹男さん……か。

「やあ、いらっしゃい。いやほんとに柳沢さんそっくりだな」

「ええ。でも僕は違うんです」

「柳沢さんからメールはもらっているよ。あたしの姿をした人間が会いに来るから話を聞いてくれって」

「由紀さんって、そんな風にメールを打ってたんですか?」

「ああ。彼女も相変わらず変わってるな。どうだい、君も彼女のペースに乗せられっぱなしだろう」

「は、はあ」

 にこやかに笑う虹男さん。だがその瞳の奥には、強い意志を感じさせる光が宿っていた。

 この人、信用できそうだ。

 僕は虹男さんに今までの事情を洗いざらい話した。

 僕が本当は男だということ。

 由紀さんと一緒に働いていること。

 ゼリージュースのこと。

 そして高原社長にゼリージュースとそのレシピが奪われたこと。

「ふーむ、高原ビューティクリニックに卸していたダッシュセブンがそんな風に使われているとはな」

「ゼリージュースとダッシュセブンを組み合わせたら面白いことになるというアイデアは芳雄さんからいただいたんですが」

「ほう、あの高校生発明家、相変わらず突拍子も無いことを思いつくもんだ。しかしそれを現実のモノにした君も大したものだぞ」

「いえ、僕なんか駄目なんです。現にこうして高原社長にいいようにされて」

「ふふふ、もっと自分に自信を持ちたまえ」

「え!?」

 顔を上げると、虹男さんが優しい目で僕を見つめていた。

 虹男さんも由紀さんと同じことを……。

「いずれにしても、私が師匠から受け継いだハーブミックスが引き起こしたことだ。そのままにしておく訳にもいかないな」

「それじゃあ」

「ああ、あれを無力化する方法は確かにある。よろしい、教えてあげよう」

「ありがとうございます」

「オルガ、アレを持ってきてくれ」

「え? でもあなた、アレはもう……」

「構わん、持って来るんだ」

「はい、あなた」

 オルガと呼ばれた虹男さんの奥さんが再び出て行くと、部屋の中は僕と虹男さんの二人だけになった。

「私がここで育てているハーブは、全てインドから持ち帰ったものだ。私はインドでお師匠様の下で厳しい修行を受けて、様々なハーブの見分け方、育て方、そしてブレンドの仕方を伝授された。そして修行を終えた私は、インドのハーブを日本で暮らす人々の為に役立てようと思って持ち帰ったのだよ。 そして私が受け継いだハーブミックスの中でもダッシュナンバーで呼ばれるハーブミックスは、摂取することでそれぞれこの地球に満ち溢れる自然の力、そう、月、炎、水、草木、黄金、土、といったものの気を取り込んで、不思議な働きをもたらすのだ。特に「ダッシュセブン」はダッシュナンバーシリーズの最高傑作と言えるものだ。太陽の気を体内に受け入れて人体の細胞一個一個に至るまで活性化し、様々な効果を得ることができるのだ」

 虹男さんの話を聞きながら、僕はこくりと頷いた。

「芳雄さんが見つけた面白いことって、ゼリージュースとダッシュセブンを併用すると、その細胞活性化が極限まで高められて体がゼリー化してしまうということだったんです」

「なるほど、そういうことか。まさかダッシュセブンにそんな使い道があったとはなあ。
う〜〜む」

 虹男さんがぐっと腕組みをする。

「小野くんと言ったな」

「はい」

「その不思議なゼリージュースとかを作った君自身はどう思っているんだ」

「僕は……」

 僕はじっと考えた。

 にっこりと微笑む由紀さんの顔、そして楽しそうに笑う雪菜の顔が頭に浮かぶ。

「僕はゼリージュースを使っていろんな人に喜びを与えたいんです。他人に変身できたり憑依できたり、ゼリージュースの不思議な力はいろんな可能性を秘めています。勿論使う人によっては悪用されることだってあるかもしれない。実際僕自身もゼリージュースの魔力に飲み込まれそうになったこともあります」

「ふむ」

「一度は開発を中止しようと決意したこともありました。でも何となくわかったんです。自分には自分の良さがあるのに人はそれを自分自身ではなかなか気が付かない。けれども他人を体験してみることで初めて見えてくることがたくさんあるんじゃないかって。そしてそれはゼリージュースを使うことで実現できるんです。だから使い方さえ間違えなければ、ゼリージュースはいろんな夢や希望を与えることができるのかもしれないって思うんです」

「誰もが他人を、そして自分自身をわかりあえるか、確かに素晴らしいことだ」

「でも高原社長はそんなゼリージュースをビジネスの、金儲けのために利用しようとしている。ましてや他人を自分の思うがままに操る道具にしようだなんて、僕はそんな彼女のやり方が許せないんです」

「確かにあの社長、やり手だが少し度が過ぎるようだな」

 腕を組んだまま、虹男さんがじっと目をつぶる。

「よし、君の考えはよくわかった」

 そこにオルガさんが入ってきた。

「あなた、持ってきました」

「おう、ちょうど良かった。さあ注いでくれ」

「はい、あなた」 

 虹男さんに促され、オルガさんは持ってきたガラスのカップをテーブルに置くと、ティーポットの中身を注ぎ始めた。

「アーユ・ヴェータの最高奥義……というのはちと大げさだが、お師匠様からハーブを誤って使ってしまった場合に使うようにと授けられた解毒用のハーブティーだ。これを飲むと、私が手がけた全てのハーブミックスの効果効能を消し去ることができる。傑作ダッシュセブンやダッシュ4086も例外ではない」

「ダッシュ4086? それって芳雄さんのPPZ−4086と関係があるんですか?」

「ああ、あの高校生発明家は全く妙なものばかり作っているらしいな。そうだ、そのPPZ−4086にも私が彼に分け与えたハーブミックスの一つダッシュ4086が配合されている。まあ彼からその薬のことを教えられたのは最近なのだが」

「そうなんですか。あのPPZ−4086の力も無力化できるんだ」

「さあどうぞ、小野さん」

 オルガさんがハーブティーの満たされたティーカップを僕に差し出した。

「さあ、飲みたまえ」

「はい、いただきます」

 僕はカップを手に取ると、中のハーブティーをゆっくりと口に含んでいった。

 こくっこくっ。

 飲むほどに体中がハーブティーで満たされ、温まっていくのを感じる。

 おいしい。そして何とも心地よい。

 だがハーブティーを飲み終えると、突然腹の中からきゅーっと何かが絞り出されてくるかのような感覚が沸き起こった。

「う、ぐ、ト、トイレは?」

 スカートの上から両手で下腹を押さえながら、虹男さんに聞いた。

「扉を出て右手にある」

「ちょ、ちょっとお借りします」

 僕は慌ててトイレに駆け込むと、パンティストッキングとショーツを下ろすのももどかしく、あたふたと便座に座った。

 その瞬間腹の中から何かが絞り出されていく。

 そして排泄の感覚とともに、僕の全身から何かが出て行くのを感じた。

「ふぅ〜〜〜」

 一息ついてトイレを出ると、既に鏡には由紀さんの顔ではなくみゆきの顔が映っていた。

 そう言えば、何時の間にか由紀さんの服がぶかぶかだ。いや、胸だけはきつくなっている。

「みゆきに戻っている。そうか、黄色を排泄したからか」

 だが普通はそこで終わってしまう変化は、まだ続いていた。

 ぶかぶかになった由紀さんの服が、今度はきつくなっていくのを感じる。

 肩幅も胸もどんどん広くなり、そして背が伸びていく。

 ショーツの中で、体の奥から何かがむくむくとせり出し、窮屈そうにショーツを盛り上げていく。

 そう、僕はみるみる男の姿に戻っていった。

 本来の僕の姿に。

「やった、戻れた!」

 トイレの鏡に僕が、男の僕が映っていた。

 それは久しぶりに見る自分自身の姿だった。 

 僕はトイレを飛び出すと、部屋に駆け戻った。

「虹男さん、やった、元に戻りました!」

「おめでとう、その姿が君の本当の姿か」

「はい。虹男さん、本当にありがとうございました」

「お礼などいらないよ。それよりもその服を何とかしなきゃな」

 虹男さんが苦笑いしながら言う。

 そう、僕は窮屈な由紀さんのスーツを着たままだった。

「私の服を貸してあげよう。オルガ、着替えさせてやりなさい」

「はい、あなた。さあ小野さんこっちに」

 オルガさんがくくっと笑いを堪えながら、虹男さんの部屋に案内してくれた。

 そこで虹男さんの服に着替えると、僕はようやくほっとした心境になった。

「さて小野くん。これからどうするかね?」

「高原社長と対決します!」

 僕はぎゅっと拳を握り締めて言った。

「彼女から全てのゼリージュースを取り戻す。そしてレシピも。ゼリージュースをあのままにしておく訳にはいきません」

「うむ、そうするがいい。私も今後一切高原ビューティクリニックにはうちのハーブエキスを卸さないようにしよう。ダッシュセブンは、君か柳沢さんだけに分け与えることにする」

「ありがとうございます。で、虹男さん、お願いがあるんですが」

「何かね?」

「ダッシュセブンのエキスを少し持ち帰らせて頂けないでしょうか」

「ああ、必要なだけ持っていきたまえ」

「ありがとうございます」

「このハーブティー、あと数杯分しか残ってないが、これも分けてあげよう。好きに使うがいい」

「そんな貴重なものを、よろしいんですか?」

「ああ、有効に使ってくれ」

「助かります。両方あれば、高原社長に対抗できるかもしれません」

「だが小野くん、一つ言っておこう」

「はい、何でしょうか」

「君がこれから何をしようと、私はそれを止めはしない。だが今の君は会社という組織の中の人間だ。それを忘れないことだな。でないと結局しっぺがえしを受けることになるぞ。さもなくば、私のように会社など辞めることだな」

「虹男さんは昔商社に勤められてたって聞いてましたが、何かあったんですか?」

「うむ。私が初めてインドに行ったのは、まだ商社に勤めていた頃だ。しかし現地で古くから伝わるアーユ・ヴェータの素晴らしさに魅せられ、そのまま休職して現地に留まり修行することにしたのさ。当時の上司とは大喧嘩になったがな。しかし復職後、私がインドから多くのハーブの苗や種を持ち帰ったことを知ったその上司は、今度は私にそれを育てて新商品として発売するように命じたのだ。業務命令としてな。だが私が休職してまでインドで極めようとしたことは、儲けを上げるためのものではない。私は会社の業務命令に従うことができなかった。結局私は持ち帰ったハーブとともに会社を辞めて、自ら植物園を開いたのさ」

「そうだったんですか」

「君もいつか私と同じ選択を迫られるかもしれんな。どんな選択をしようと構わんが、出向中であっても今は会社の一員だということを忘れんことだ」

「はい。よく覚えておきます」

「それからもう一つ」

「はい、何でしょうか」

「ゼリージュースにダッシュセブンを配合する時、ダッシュセブンのエキスを過剰に配合してないかな」

「入れすぎ……ですか?」

「うむ。高原ビューティクリニックで売られてるマッサージオイル用のエキスは、ダッシュセブンの原液を100分の1に希釈したものだぞ」

「あ!!」

「やはりそうか」

「はい、おっしゃるとおりです。くぅ、うっかりしてました。僕は原液をそのまま配合して……そうか、それでやたら性欲が高まったり、妙な行動をとったり……エキスの量が多い分、副作用になって現れていたのか。虹男さんアドバイスありがとうございます! これで真のゼリージュースが完成できる」

「いい目をしているな。研究者の目だ。小野くん、じゃあがんばれよ」

 虹男さんは僕を見つめてにこりと笑った。

 その浅黒い顔からこぼれた歯はとても白く見えた。









 ・・・今回のお話はここまでといたします。こうしてようやく僕は元の自分の姿に戻ることができました。その後虹男さんと別れを告げて東京に戻った僕は、いよいよ高原社長との対決の日を迎えることになりますが、その話はまた次回。

 ゼリージュース!外伝(5)「幸せの黄色い・・・(前編)」 ・・・終わり




                              平成18年5月21日脱稿  




後書き
 長らくお待たせいたしました。ってこればっかりですね。「気分はトロピカル(後編)」を書き上げてあっという間に1年が過ぎてしまい、早く続きを書かなければと思いつつも、なかなか手をつけられない状態が続いてましたが、ようやくここまで書き上げることができました。これも最近ゼリージュースを盛り上げていただいている月よりさんやRさんのおかげです。お二人には感謝しないといけませんね。
 さあ、この「ゼリージュース!外伝」もようやくエンディングが見えるところまでたどり着きました。といっでもあの高原社長は一筋縄ではいかない相手です。小野俊行に秘策はあるのか。次回をお楽しみに。まあ次回がいつになるかは全く未定なんですが。
 ということでここまでお読みいただいた皆様、どうもありがとうございました。
 
 toshi9より感謝の気持ちを込めて。










【蛇足】


「虹男さん、もう一つお聞きしたいことがあるんですが」

「何かな」

「僕は小さい頃、虹男さんに良く似たヒーローが出てくる特撮番組に熱中してたんです」

「ほう」

「インドの山奥でダイバダッタという師匠の元で修行して七つの力を身につけた彼は、日本を抹殺しようとする悪の結社と戦う正義のヒーローとなって戦ったんです。そのヒーローの名前って……」

「ふふふ、商社を辞めた後この植物園を開くための資金作りに、テレビ局にあの番組の企画書を出したのさ。あの番組の原作者は私なんだよ」

「そうだったんですか」 



 ……この作品はあくまでもフィクションです。


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