日が落ちて暗くなったアパートの部屋の中で、僕は昼間のことを思い返していた。

「あたし、将来結婚するなら俊行兄さんのような人と……あれ? あたしったら何話しているんだろう」

 あの雪菜の言葉を聞いた時、僕の心の中を何かが走り抜けた。

 ……雪菜、ごめんよ。僕はお前が思っているような立派な男じゃない。でもお前のおかげで目が覚めたよ。

 ゼリージュース。確かにこいつはいろんな可能性を秘めたすばらしい飲み物だ。でも使い方を間違えると自分の欲望に自分自身が潰されてしまう。さっきまでの僕のように……

 苺のゼリージュースの時もそうだった、そしてブルーハワイのゼリージュースも。由紀さんには悪いけれど、もうこれ以上開発を続けるわけにはいかない。そして二度と欲望の為に使うまい。自分にも、そして他人に対しても。

「終わりだ、もう終わりにしよう」

 暗闇の中、僕は心の中で何度も何度もそう呟いていた。




ゼリージュース!外伝(4)「気分はトロピカル(前編)」

作:toshi9




「え? 俊行さん、今何て言ったの。良く聞こえなかったわ、もう一度言ってみて」

「何度でも言います。今日限りでゼリージュースの開発は終わりにします」

 次の日の朝、1週間行う予定だった外部調査のスケジュールを打ち切った僕は、高原ビューティクリニックの開発室で由紀さんが来るのを待った。そして彼女が部屋に入ってくるなり、開口一番ゼリージュースの開発を止めることを由紀さんに向かって宣言した。

 思いもかけない僕の言葉に由紀さんは呆気に取られている。

「俊行さん、どうしたのよ。いきなりそんなこと言ったって、完成したゼリージュースはまだ赤と青の二つだけじゃないの。それもまだ不完全みたいだし、最低あと一つは完成させないとゼリージュースシリーズとして発売するには不十分よ」

「わかってます。でもゼリージュースは高原ビューティクリニックでは、いや何処でだって発売させません。このまま葬ります」

「そんな、あなた何を言ってるの。あなたは何のためにここに来たの。今までに無いような面白いものを作ってやるってあたしに話してくれた決意は嘘だったの。それに高原社長に何て説明するのよ。折角ここまでこんなに素晴らしいものを作り上げておきながら」

「由紀さん、僕にはわかったんです。由紀さんも赤色のゼリージュースを使った時の僕の様子がおかしかったことはわかりますよね。ゼリージュースを何度も使っていると気が付かないうちに自分の欲望の抑えが効かなくなっていくんです。それがどんなに怖ろしいことなのかわかりますか」

「それは……確かにあの時のあなたの様子はおかしかった。でも折角のゼリージュース、組み合わせはそれこそ無限にあるんでしょう。出来上がった赤や青のゼリージュースだってまだ改良できるだろうし、もっと安心して使えるものだってきっとできるはずよ。それを完成させるのが今のあなたの仕事でしょう。私、これからあなたがどんなものを作ってくれるのかとても楽しみだったのよ」

「由紀さん……でも、こいつはそんな奇麗事で済まされるような代物じゃないです。試した僕自身が一番よくわかる。一晩考えた末の結論なんです」

「俊行さん……あなた」

 由紀さんがじっと僕の顔を見詰めている。落胆とも悲しみともつかない表情で。こんな由紀さんの表情を見るのは初めてだ。

 由紀さん……

 僕は自分の決心がぐらつかないよう気を取り直すと、なおも話し続けた。

「あ、でも高原社長に対して何らかの研究成果を報告しないと由紀さんも困りますよね。だからこいつのサンプルとレシピだけは置いていこうかなって思っているんですよ」

 僕は手に持った紙袋の中から1本のゼリージュースを取り出した。

「それは……白色? 白いゼリージュース?」

「はい。由紀さんにも黙っていましたが、ゼリージュースに配合する素材の組み合わせを色々試した中で、今までに赤と青以外にも幾つかの試作品を作ってその効果を少しずつ実験していたんです。でも予定していた変身でも憑依でもない効果を持つものばかりだったのでそのほとんどは処分していますが、これもそんなもののうちの一つなんです。そして恐らくこいつが一番高原ビューティクリニックに相応しいんじゃないかって思えるんですよ」

「そのゼリージュース、飲むとどうなるの」

「試してみます?」

「うっ、いいえ、止めとく」

「こいつは、飲んだ後ゼリー状になってしまった体を、そうですね、例えば粘土でもこねるように自由に第三者が変型させることができるんです。だから一流のエステシャンがこれを使えばどんな女性だってスタイル抜群の美人に、理想的な体型に生まれ変わらせることが可能です。勿論男性の体を女性に作り変えることだって不可能じゃない。しかも排泄した後でもその効果は持続するみたいなんです」

「そうか、改造型のゼリージュースって訳ね」

 由紀さんの目がきらりと光った。

 そう、たった今まで落胆に満ちた表情を見せていた彼女は、僕の話を聞いた次の瞬間、瞳に好奇心を満ち溢れさせていた。

 彼女ってやっぱり根っからの研究者なんだな。

 そんな思いがふと僕の心の中を通り過ぎていった。

「はい。でもそれだけに取り扱いが難しい。ただ、高原ビューティクリニックに委ねるゼリージュースとしてはこれが一番だと思います。店の評判もさらに上がることでしょう。これ以外のものはほんとに危なっかしいものばかりで……」

「他にはどんなものがあるの」

「赤色と青色のゼリージュース以外でサンプルとして手元に残っているのは、この白色のゼリージュースと黄色のゼリージュースだけです。それ以外の試作品はもうサンプルを残していませんし、それらがどんなものだったのかについてはあまり話したくありません」

「そう……で、黄色のゼリージュースのほうの効果って何なの?」

「黄色は作っただけで、その後は調査に追われてどんな効果があるのか結局まだ実験していないんですよ」

「そうか。その黄色のゼリージュースっていうのも気になるわね」

「でも黄色のほうはこのまま廃棄します。そしてこの白色のゼリージュースは、由紀さんに委ねたいんです」

「どうしてあたしに? あなたが高原社長に持っていって直接説明したら良いんじゃないの?」

「由紀さんは僕にとって……いえ、僕のパートナーです。最後のゼリージュースはあなたに手渡したかった」

「そうなの……ありがとう。でも多分このままじゃ済まされないわよ。その白色のゼリージュースだけで社長に納得してもらえると良いけれど、最悪今後うちとあなたの会社の関係にもヒビが入りかねないわ」

「それも覚悟の上です。例え僕が会社を辞めることになろうとも」

「そこまで決心が固いんじゃあ仕方ないわね。今まであなたと一緒にチームを組むことができてほんと楽しかったんだけどな」

「僕も楽しかったです。って言うか……由紀さん、僕は……あなたのことが……」

「俊行さん、それ以上は言わないで!」

 言いかけた僕の言葉を、由紀さんはさっと手の平で制した。

「ふふっ……さあてと、じゃあ社長に報告してこなくっちゃね」

「え? え……ええ、お願いします」

 由紀さんは僕の話を遮ってそう言い残すと、ふっと寂しそうな表情を残して出て行った。

 さあ、これでもうゼリージュースとはお別れだ。そして由紀さんとも……

 自分の思いの全てを由紀さんに伝えることができなかった僕は、ふーっとため息をつくとソファーにどさりと腰掛けた。

 もうすぐ全てが終わる。

 僕はじっと目を瞑り、由紀さんの帰りを待った。






……どうしたんだ。由紀さん、遅いな。

 そのまま30分近く座っていただろうか。なかなか由紀さんが戻ってこないことに少し不安を感じ始めた僕は、ふとおかしな気配を感じた。何時の間にか部屋のドアが開いている。 

 何だこの感じ。誰かに見られている?

 立ち上がろうとした僕の背中に不意にぞろりとしたものが触れた。そしてそれはじわっと背中から僕の中に入り込んでいく。

「え? 何だ? これってまさか……誰だ、止めろ!」

 この感覚、ゼリージュース? いや違う、これは、これ……は。

 そのまま僕の意識は遠のいていった……








 どれ位時間が経ったのだろう。ふと気が付くと、僕はマッサージ用のベッドの上に寝転がっていた。視界に入っている部屋の時計の針は午後3時を指している。ええっ? 由紀さんが出て行ってからもう5時間以上が過ぎてるなんて。

 どうして……それに、こ、ここは開発室じゃない……そうだ、ここはクリニックの個室サロン……え? 裸?

 ふと、ベッドに横たわっている自分が全く服を着ていないのに気がついた。

 何時の間に脱いだんだ。それもパンツまで脱いでいるなんて。ふ、服は何処だ。

 慌てて起き上がろうとするが体に力が入らない。どうしたんだ。

「お目覚めかしら、小野さん」

「その声は、高原……高原友香梨……社長」

 かろうじて視線だけを声のほうに向けると、そこには高原友香梨社長が足を組んで座っていた。後ろにはスーツ姿の若い女性が立っている。由紀さんじゃない?……ああ、社長の秘書か。

「小野さん、あなたにはとっても期待していたのよ。それなのに折角完成したゼリージュースをみすみす廃棄しようだなんて、どういうことかしら」

「ゼリージュースは危険なんです。とても普通のビューティサロンで安易に販売できるような代物じゃありません」

「あら、あたしは何もうちでそのまま発売しようなんて思っていませんでしたよ」

「どういうことですか」

「あたしはね。初めて由紀ちゃんからゼリージュースの報告を聞いた時、これは新しいビジネスチャンスになるって思ってたの」

「ビジネスチャンス?」

「あたしは今ゼリージュースをメイン商材にした『TSショップ』の創設とその展開を考えているのよ」

「TSショップ? 何ですかソレ」

「ある思いを持つ者たちが集う、その願いを叶えてあげる場所よ。それを新しく作るの。勿論異性になりたいという者たちの願いをね。異性になってみたいと密かに思っている人はきっとこの世の中にたくさんいる。ゼリージュースを買うことでその願いが安く簡単に叶えられる店、きっと繁盛するわ」

「そんな、無茶です」

「そうかしら。あたしはそうは思いませんよ」

 高原社長はにこにこしながらなおも話し続ける。

「ねえ小野さん、そういうことだから、あなたはにはゼリージュースの開発を続けてもらいたいの」

「お断りします」

「報酬ははずみますよ」

「嫌です」

「このあたしがこんなに頼んでも?」

「僕がもう僕の意志でゼリージュースを開発することはありません」

「そう……じゃあ仕方がないわね。ねえ小野さん」

 突然猫撫で声に変わった高原社長に、僕は言い知れぬ不安を感じた。

 高原社長、何を企んでいるんだ。

「あなた面白いものを持っていたわね」

「そ、それは」

 社長が差し出したもの、それは空になったゼリージュースのボトルだった。

「しばらく意識が無かったでしょう。後ろにいる私の秘書がさっきまであなたに憑依していたのよ。芳雄さんに頂いてたPPZ−4086を使って」

「ええっ? そうか、PPZ−4086・・・芳雄さんから・・・あのぞろりとした感覚はあれで憑依される時の感覚だったのか。でもなんでゼリージュースの空っぽのボトルがそこに」

「なぜだと思う?」

「……まさか」

「彼女はあなたに憑依している間にいろいろと仕事してくれたわ。残っていたサンプルも全て頂きましたよ。それからあなたのパソコンにファイルされていた研究開発日誌とゼリージュースのレシピは全てダウンロードさせてもらったわ。そして最後にあなたにはこれを全部飲んでもらったのよ」

「そ、そんな……」

 僅かに動く手の平を、僕はぎゅっと握りしめていた。

「さあて、これからあなたをどうしてあげようか」

「どうって」

「私は私のこの腕一本で会社をここまで大きくしてきたの」

「はあ」

「だから」

「だから?」

 突然、社長は動けない僕の胸に両手を伸ばしてきた。

「な、何を」

 社長の柔らかい手が僕の胸を撫で回す。すると手の動きに合わせて、少しずつ僕の胸は盛り上がっていった。

「あら、面白い。本当に出来るんだ」

「社長、いったい何を」

「まあ見てなさい」

 見てなさいも何も、体を動かせない僕には社長がその手で僕の体を撫で回すのをただ見ていることしかできない。

 社長は僕の上半身だけを秘書に抱き起こさせると、なおも胸をこねくり回し続けた。その両手の手の平の中で小さな盛り上がりはやがて大きな山となり、そして僕の両胸にはいかにも柔らかそうな形の良い乳房が作られていった。

「社長、まさか」

「ふふふふ」

 社長が最後に胸の先をつまみ上げると、そこにぽちっとしたかわいい乳首が出来上がった。

「ちょ、ちょっと、あふっ」

 社長が乳首から手を離すと、その拍子に出来上がったばかりの僕の胸がプルンと揺れる。

「さあ横になって」

 僕の体をうつ伏せにベッドに横たえさせると、社長はその両手で今度は僕の脇腹を両側から絞るようにしごき始めた。すると脇腹がどんどん絞れてきゅ〜っと細くなっていく。しごき下ろされた肉が腰とお尻に集められ、盛り上げられ、形の良いヒップが作られていった。

 自分の体の形が変えられているのが感覚ではわかるものの、いくら力を込めても全く体を動かすことができない。僕は社長のされるがままになるしかなかった。

「や、やめてください」

「ふふっ、やめないわよ」

 社長の手が僕の太股を、足首を、腕を、肩を撫で回していく。そして社長の手が優雅に動く度に僕の体のその部分は一つずつ女性的なものに変わっていった。そしていつしか体全体のラインも丸みを帯びた柔らかいものに変わっていた。

 社長の手つきはさすが腕一本で会社を築き上げただけあって、その動きには全く無駄が無く、洗練されていた。そして触られている僕のほうはマッサージをされているようでとても心地よい。でもその心地よさの中で僕の体はどんどんと作り変えられている。

 これって間違いなく白色のゼリージュースの力。憑依されている間にあれを飲まされたのか。

 それがわかっても、今や僕にはどうすることもできない。

 ごろりと仰向けにされると、少し広げられた僕の両足の間に社長の手が伸びる。

「そ、そこは」

「ふふふ、ここは念入りにやってあげるわ」

「駄目です、もう止めて……ううっ」

 社長の手の平が僕の股間にあてがわれた。そしてぎゅっと社長の手に力が込められると、僕のモノは何の抵抗も無くずぶずぶとそこにめり込んでいった。

「まあ! 立派なものを、ごめんなさい」

 社長の手がそのまま股間をもそもそと這い回る。やがてその指先までもが僕の中に入ってくるのを感じた時、突然そこから痙攣するような心地よさが伝わってきた。

「ひゃうっ、や、やめ、あひぃ……」

 社長の指が僕の中で動く度に何だか体の芯が熱くなっていく。

「あ、ああ、い、いや、くぅぅ、やめ、やめて……」

 この感覚って、ま、まさか……

「ええ、もう終わったわよ。ふふふ、小野さんのここにとっても素敵なものができたわよ。この体にぴったりの素敵なものが。でもその顔はこの体には似合わないわね」

「や、やめてくれぇ」

 遂に半ば悲鳴に近い声を上げてしまったものの、社長の手が止まる事は無い。社長は僕の頬に両手をぎゅっとあてがうと顔を撫で回し始めた。

 顔が、僕の顔が、ああ……






「さあ、出来た。立って」

 時計を見ると3時半、社長が僕の体を弄り始めてまだ30分くらいしか経っていない。でも僕にとってそれはもう何時間も過ぎたかのようだった。

 ふと気が付くと体が動く。

「ふーん、我ながら上手くできたものだわ。ねぇ田丸さん、写真撮って頂戴」

 そう言われた秘書が立ち上がった僕の前でカメラを構える。

 カシャッ、カシャッ

 何で秘書がカメラを持っているんだという疑問を抱く暇も無く、裸のまま立ちすくむ僕の姿は写真におさめられていった。

「ほら、小野さん、見て御覧なさい」

 振り返った僕の目の前にある個室の鏡に僕の姿が映し出されていた。でもその姿は最早今までの僕ではなかった。鏡に映っている僕、それは手足がすらりと伸びた美少女だった。ぱっちりとした大きな目、つんと上を向いたかわいい鼻、瑞々しいぷくっとした唇。少しあどけなさを残したその顔はどう見ても20歳くらいにしか見えない……どこか雪菜に似ている……けれども、その体は細い肩幅、大きく膨らんだきれいな胸、きゅーっと絞れた腰、張りのある上を向いたお尻、そしてつやつやとした白い肌、どこから見てもグラビアアイドル顔負けの容姿をしていた。そして股間に目を下ろすと、僕の男の証は無くなり、代わりにのっぺりとしたそこにはぴたりと閉じた溝が刻まれていた。

 これが僕だなんて……

 それは赤色のゼリージュースで恵利華さんに変身した時や青色のゼリージュースでいろんな女の子たちに憑依した時に味わったことの無い、そして恐らく初めて女の子の姿に変身した時とも違う衝撃だった。それは目の前の見知らぬ美少女が他の誰でもない、紛れも無く自分自身が変わってしまった姿なんだという驚きと、もしかしたらもう二度と元の自分の姿に戻れないかもしれない、そんな恐怖感が織り交ざったものだったのもしれない。

「素晴らしい、素晴らしいわ。ほんとうに完璧なスタイルね」

 高原社長は勝ち誇ったかのように僕に向かってそう言い放った。

「そんな、この姿では……元に戻してください。え?」

 はっと、口を押さえる。

 そう、僕の口から出てくる声も、最早か細い女の子の声に変わっていた。

 くそう、まさかこんなことになるなんて。

 これは僕自身が作った白色のゼリージュースがもたらしたことなのに、今の自分にはどうすることもできない。くやしいけれど、それは僕自身が一番よくわかっていることだった。

「あら、どうやったら元に戻せるの。もう一度そのゼリージュースを飲めばいいの? でもそれはもう空っぽなのよ」

「あ!」

 そうだ、白色のゼリージュースはもう無い。どうする。それに白色のゼリージュースの効果はほとんど検証していない。もう一度作ってそれを飲めば本当に体を再び変型させられるんだろうか、それとも……まさか一生このまま。
 
 そう考えた時思わず惑乱しそうになった。

 これからずっと女の子として生きていく? でもこの姿では誰も僕のことを小野俊行だなんて信じてくれやしない。雪菜や広幸に会っても目の前の女の子がまさか僕だとは思わないだろう。このままでは僕の存在がこの世から消えてしまうんだ。僕はだれなんだ。

 それは一時的に他人に変身したり憑依したりするのとは全く違う恐ろしさだった。

……いやだ、そんなの。

「まずゼリージュースを作ることね。もう一度あなたがあの白いゼリージュースを飲んで同じように変型させられるんだったら、その時にはあたしの手で元の姿に戻してあげる。勿論それには条件がありますよ。尤もたとえあなたが元に戻れなくても私はちっとも構わないけれど」

 僕に向かって突き放したようにそう言うと、高原社長は秘書のほうを振り返って指示した。

「田丸さん、服を用意して頂戴。取り敢えずうちの制服でいいわ。それに下着も忘れないでね。ブラはF65でいいわ。サイズは88−55−89で仕上げたからそれで頼みますね」

「はい、かしこまりました」

 秘書がそれに答えてお辞儀して出て行く。

「じゃあ小野さん、これからはその姿でゼリージュースの研究を続けてもらいますよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんな勝手な」

「さっきも言った通り、あなたがあたしの条件に応えてくれたら元に戻してあげますわ。それにしても本当にすごいものね。あなたの姿を見ていると、あのゼリージュース、確かにあなたがうちで使うのにぴったりだって言ったのがわかるわ」

 社長は僕をじっと見詰めて嬉しそうに微笑んでいたが、僕にとってはそれどころではなかった。

 くっ、どうする。

 しかし、良い考えが思い浮かばないまま時間はずるずると過ぎていった。やがて一組の服を持って秘書が帰ってきた。それはピンクの半袖ブラウスとミニのタイトスカート、そう、高原ビューティクリニックの制服と、それにフリルのいっぱいついた光沢のあるシルクのブラジャーとショーツだった。

「うん、これでいいわ。さあ小野さん、これを着てくださいな」

 そう言われて、はっと今の自分が未だ裸のままだということに気が付いた。

 これを着るしかないのか……

 秘書から服を受け取ると、それをとにかく着込むことにした。

 既に何度か女物の服は着ているので、さほど苦労しないで着ることができる。

 ショーツに足を通し、腰まで引き上げる。ぴちっと股間に密着する滑らかな生地の感覚が改めて、そこに僕のモノがないことを実感させられた。前かがみになって大きな胸をカップによそうように入れると、背中でブラジャーのホックを留める。

「手馴れたものね。とても元男だなんて思えないわ。あなた本当は喜んでいるんじゃないの」

「そんなことありません!」

 そう否定しながら、内心僕は別な驚きに見舞われていた。

 このブラのサイズ、僕にぴったりだ。

 エステシャンとしての社長の腕に妙に感心しながらも、その社長の目の前で色っぽい下着を身に付けている自分が例えようも無く恥ずかしくなってくる。

 ううう、もう何でこんな恥ずかしい下着にしたんだ。

「小野さん、その下着姿かわいいわよ。ねえ田丸さん」

「はい」

 高原社長が秘書に目配せすると、再び秘書が僕にカメラを向けた。

 カシャッ、カシャッ

「こんな格好を……やめてください」

 思わず胸を両手で抱え、体をよじって撮られるのを避けようとする。

「あら、そんなに素敵なスタイルなんだもの。ちっとも恥ずかしがることないわよ」

「僕は男です」

「あら、その姿の何処が? あなた立派な女の子じゃないの」

「うっ」

「ほら、背筋を伸ばして、胸を張って」

「え?」

 その声に思わずその通りに背筋を伸ばしてしまう。

「両手を腰に当てて」

「は、はい」

「笑って……違う違う、もう少し唇を開いて」

「こうですか」

 社長に言われるままににっこりと微笑んでしまう。

「そうそう、それでいいわ。田丸さんもう一度撮って頂戴」

「はい」

 カシャッ、カシャッ
 
 はっ、僕は何をやってるんだ。

 社長に言われるままにポーズをとってしまっている自分にはっと気が付き、思わず頭を抱えそうになる。

 どういうことなんだ。

「ふふっ、もう良いわよ。さあ服着なさい」

「は、はぁ」

 ブラウスを羽織るとボタンを留めるのもそこそこにスカートに穿いて腰でホックを留める。

 ほ、本当に腰が細い。これって恵利華さん以上……

 ファスナーを引き上げ、残ったブラウスのボタンを留めると、そこにはすっかり高原ビューティクリニックの制服に身を包んだ僕がいた。いやそれはもう男としての僕じゃない。女の子に成り果てたもう一人の僕だ。

「ふふっ、そうしていると、どこから見てもうちのスタッフね」

「僕をこんな姿にしてどうしようって言うんですか」

「あなたは今までと同じように由紀ちゃんと一緒にゼリージュースの開発を続けて頂戴。出来上がったサンプルとレシピは必ず彼女に渡すこと。それから、ふふっ、そうね……うちのモデルもやってもらおうかしら。その姿、あなたは私の作り上げた傑作品だわ。そんな完璧なスタイルの娘ってそうそういないもの」

「それでいつ戻してくれるんですか。もっと具体的に約束してください」

「あたしからの条件は、少なくとも3種類のゼリージュースシリーズを完成させること。赤色と青色のゼリージュース、それにもう一つ。何にするかは由紀ちゃんに任せることにするわ。それから研究開発日誌に記載されていたいろんなゼリージュースについてもデーターをきちんと整理すること。そしてその他にも、できるだけたくさんの種類のゼリージュースを試作してその効果を検証すること。それらがどんな効果であっても構わないわ。それができたらもう一度あたしの手で元のあなたに戻してあげますよ。尤も白いゼリージュースの効果があればの話だけれど、それはあなたの腕次第ってところかしら。ああ、研究に対する報酬はきちんと出しますよ。私は決してあなたを奴隷にしようって思っている訳じゃないから」

 奴隷じゃない? でもこの状況じゃあまるで自分の体を人質に取られてしまったようなものじゃないか。

 内心そう思いながら睨む僕を無視するように高原社長は携帯電話を取り出した。

「由紀ちゃん、501号室に来て頂戴」

 程なくしてドアが開くと、由紀さんが入ってきた。

 由紀さん!

 心なしか彼女の表情は固かった。

「由紀ちゃん、今日からこの娘があなたの下で働くことになったから」

 高原社長はちょっと笑いを堪えるように、僕を由紀さんに紹介した。

「そうですか、よろしく」

 言葉少なに挨拶した由紀さんは、じっと僕を見詰めている。

「由紀さん、僕は……」

「僕? え? あなた……まさか俊行……さん?」

 固かった由紀さんの表情が、はっと驚きに満ちたものに変わった。

 僕はこくりと頷いた。

「そんな、どういうこと、どうして……」

「由紀ちゃん、あなたの報告通りだったわ。素敵ね、あの白いゼリージュース」

「そうですか、アレを使ったんですか。それにしてもどうして」

「うふふ、彼には自分が元に戻れるようにがんばってもらいませんとね。ねえ小野さん」

「くっ!」

 唇をかみ締める僕に由紀さんが近づくと、そっと囁いた。

「今は我慢するの。チャンスを待つのよ、きっとチャンスがある」

 え?

「じゃあ由紀ちゃん、頼みましたよ。ゼリージュースシリーズの完成はあなたに任せるわ。経過は逐次報告するのよ」

「はい、わかりました」

 由紀さんはそう答えると、僕の手を掴んで妖しげに微笑んだ。

「じゃあ行きましょうか、また楽しくなるわね、うふふふ」

 ゆ、由紀さん、あなたって……






 ・・・今回のお話はここまでといたします。こうして僕は再びゼリージュースの研究を続けざるを得なくなってしまいました。それも女の子として。さて果たしてすんなりと元の自分、小野俊行の姿に戻ることができたんでしょうか。その話はまた次回。

 ゼリージュース!外伝(4)「気分はトロピカル(前編)」 ・・・終わり




                              平成16年1月18日脱稿  






後書き
 どうも長らくお待たせいたしました。「今宵ブルーハワイをご一緒に(後篇)」を書き上げて、あっという間に半年、ほんと遅くてすみません。ようやく「気分はトロピカル」編を書き始めましたが如何でしたでしょうか。

 え? 話が違う? 「気分はトロピカル」って黄色のゼリージュースの話だったはずじゃないのかって?

 うーん(^^;

 書き始めたら、何時の間にか白色のゼリージュースの話になってしまいました。まあ黄色のゼリージュースのほうも、そのうちに効果を発揮することと思いますんで。
 それにしても本当に本編に繋がるんだろうか(ぼそっ
 と、とにかく、お読みいただきました皆様、どうもありがとうございました。次回をお楽しみに。
 
 toshi9より
 感謝の気持ちを込めて。





「ゼリージュース!外伝」
作品予定(あくまでも予定ですが)

第1話     始まりはハーブと共に(Ver.1.02) (プロトタイプ・変身)  2002年 7月12日脱稿
第2話     いちごの誘惑               (赤・変身)   2002年 7月27日脱稿
インターミッション  プリティフェイス/ラブボディ (プロトタイプ・部分変身) 2002年 8月25日脱稿
第3話     今宵ブルーハワイを御一緒に(前編)(赤・変身)    2002年10月 2日脱稿
         今宵ブルーハワイを御一緒に(中編)(青・憑依)   2003年 1月13日脱稿
         今宵ブルーハワイを御一緒に(後編)(青・憑依)   2003年 6月21日脱稿
第4話     気分はトロピカル(前編)        (白・改造)    2004年 1月18日脱稿
         気分はトロピカル(後編) 















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