「わたしのわんこ(中編・その2)」
(ファシット・ファクトリー・シリーズ)


作:JuJu




「うん。それじゃ。待ってる」


 あたしは携帯電話を置いた。相手は桜乃だった。
 ひとり暮らしで寂しくてしかたがないから、今夜はあたしのマンションに来て泊まっていって欲しい。
 そんな事を話した。

 桜乃は来てくれるといった。

 あたしの事を心配してくれる桜乃。
 桜乃に、あたしはアソコを舐めさせるために、ウソをついた。
 桜乃の声を聞いたら罪悪感が戻ってきて、心が痛かった。
 タローはさっきのエッチで疲れたのか、あたしの足元で丸まって寝ていた。
 あたしはタローを持ち上げる。
 起すのはちょっと可愛そうだったが、心が痛くてしかたなかった。
 タローに少しでも痛みをやわらげて欲しかった。
 タローは目を覚ますと、あたしを見て甘えた声を出した。
 あたしはタローを抱きしめた。


(もうすぐ、桜乃がタローになるんだ。
 こんな風に桜乃があたしに甘えてくれる。
 四つんばいで、あたしのアソコを懸命に舐めてくれる。
 ほしい! 犬になった桜乃が欲しい!)


 そう思うとさっきまでの心の痛みはすっかり消え、欲望だけがあたしの心を支配して行く。
 目をつむって、もう一度タローを抱いた。今度はタローが桜乃だと思いながら。
 そんな事をしながら、桜乃を待った。
 時間が過ぎた。
 壁に掛けてある時計を見ると六時五十分だった。桜乃が来る約束の時間が近づいていた。
 あたしはキッチンに行って、棚から犬用ビスケットがは言った缶を手に取った。自分の部屋に戻ってくる。


「タロー、ちゃんと芸をしたら、ビスケットとゼリー・ジュースをあげるね」

「おすわり」

「お手」

「ちんちん」


 大好物のビスケットを欲しいために、タローはつぎつぎと芸をした。
 そんな事をしていると七時になった。
 あたしは、タローの食事をする皿に、ゼリー・ジュースを注いだ。
 お皿にスカイミント・ブルーのゼリーが広がる。
 タローは最初は、不思議そうにゼリー・ジュースを見ていた。
 やがて恐る恐る口を付けた。一度口にするとおいしいのか一気に舐め尽くしてしまった。
 飲み終わると、タローの体がどんどん透明になっていく。
 あたしは慌ててタローに命令した。


「待て!
 タロー、待てだよ。動いちゃダメだよ!」


 あたしの目の前で、おすわりをしているタローの体が透明になっていく。
 異様なはずなのに、透き通るタローは、ガラス細工の様で美しく見えた。
 やがて、タローの姿は完全にみえなくなった。
 タローが存在する事を示していた、空中に浮いていた首輪も、床に落ちて転がる。
 あたしは一瞬、タローが消滅してしまったんじゃないかと思ったが、このゼリー・ジュースの力を信じる事にした。
 ここまでゼリー・ジュースの力を信じてきたんだ、ここでやめるわけにはいかない。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。
 桜乃が来た。あたしは急いで玄関に向かった。


「こんにちわ」

「いらっしゃい桜乃。あがって。
 このマンション、すぐわかった?
 今ね、タローにお菓子あげていたんだ。
 桜乃もあげてよ」


 あたしは友達にビスケットをわたしながら、あたしの部屋に連れていった。


「うん。タロー。いらっしゃい、ビスケットあげるよー」


 桜乃が部屋に入って来た。
 ついに、桜乃を手に入れる時が来たのだ。
 あたしは震える声で、タローに合図する。


「タロー! 動いてよし!」

 たとえタローの姿が見えなくても、あたしにはタローの行動は手に取るようにわかる。タローは大好きなビスケットに向かうはずだ。


「ひっ!」


 桜乃がまぬけな声を出す。
 見ると、桜乃が落としたビスケットが床に転がっていた。


「なに? いま指のあたりに、生暖かい物が……」


 床にあったビスケットが消える。タローが食べたのだろう。
 タローはビスケットのお礼と、ビスケットの催促に、桜乃に体をすりつけて甘えるはずだ。


「え? 何かが足もとに触ってる? なに? 怖い……」


 桜乃はそこまでしゃべると、硬直してしまった。
 目の焦点が合っていない。しゃべりかけた口は開いたままだ。まるで、マネキン人形の様に、その場で立っている。
 突然、桜乃が動いたかと思うと、体のバランスを崩して倒れた。


「桜乃! 大丈夫?」

 あたしもしゃがんで、桜乃を見ると、うれしそうに笑った。


「ワン!」

 しまりのない、満面の笑顔で、あたしの顔を舐めた。


(成功! 桜乃はタローになったんだわ!!)


 あたしは嬉しくて、桜乃を抱きしめた。
 耳元で、ハアハアと荒い桜乃の息使いが聞こえた。




         * * *




 私の体は、突然動かなくなった。


「(愛華、助けて!)」


 叫ぼうとしたが、口が動かない。
 突然体が動いたと思うと、立っていられなくて倒れた。
 四つんばいになった。


「ワン!」


 口が勝手に動いて、犬の様な声を出す。
 いったいどうしたの?


「ふーん。本当に犬そのものね」


 愛華が私を見下ろして言った。
 もしかして、私が犬の真似をして遊んでいると思っているの?
 ちがう! ちがうの!
 気づいて! 体が勝手に動くの!
 だけど、私の顔は勝手に笑顔になる。
 体は勝手に、愛華に擦り寄る。
 これじゃ、どう見ても、私の苦しみは愛華には伝わるはずはない。
 愛華は私を抱きしめた後、立ちあがった。


「おすわり」

 愛華が言うと私の体は勝手に、犬の様にしゃがみこんだ。


「お手」

 右手が上がり、愛華の差し出す手に乗せる。


「ちんちん」

 愛華が命令するたびに、体が言われた通りに動く。


「桜乃、パンツが見えているわよ!
 まるで、おしっこをするポーズみたい」


 笑いながら言う愛華の言葉。
 愛華の前でこんな事をして、恥ずかしくて死にたいくらいだった。
 ああ、私どうしてしまったんだろう?




         * * *




 これが征服感という奴だろうか?
 あたしの言うとおりに動く桜乃を見るたび、一言一言命令をするたび、心のそこから熱い物がわいて来る。
 桜乃の可愛い顔も、体も、全部あたしの自由にできる。
 桜乃の体はあたしの物なんだと思うと、充実感のような物が心を支配していく。
 そうだ。もう桜乃はあたしのモノなんだ。
 あたしは、更衣室でできなかった事をここでする事にした。


「犬が服を着てるなんて、変でしょう?
 あたしが脱がせてあげる」



(つづく)

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