「水泳部の先輩(その4)」
(ファシット・ファクトリー・シリーズ)


作:JuJu



 俺はだるい体を動かしてプールサイドに向かった。まだ頭がぼんやりしている。
 プールサイドを見る。人はあまりいない。
 プールの水面が目に入った。思わず緊張が走る。プールの水を見ると、どうしても不安になる。

(おぼれたらどうしよう)

 そんな思いが、勝手に俺の頭に浮かぶ。
 先輩の体なんだから、泳げる事は頭ではわかっている。……でも、やっぱり水は恐い。


「工藤先輩〜」


 俺が水面を見詰めていると、山本が声を掛けてきた。山本を見ると、こちらに向かって泳いでいる所だった。
 山本がプールから上がった。工藤先輩と正反対の、子供っぽい水着を着ている。

(これだよ、これ! 山本の水着姿。俺はこれが見たかったんだ!)


「夏美先輩!! ずっと待っていたんですよ?」

「ごめん。待たせたわね山本」

「……」

「山本、どうしたの?」

「もー、さっきから!
 いつもは絵里子って呼ぶのに、今日に限って山本なんて!」


 しまった! 先輩は山本の事を名前で呼ぶのか! 工藤先輩とはほとんど話したことがないから、そこまで気が回らなかった。


「ご、ごめんね絵里子」


 絵里子と呼んでやると、山本はとたんに笑顔になっておしゃべりを始めた。
 俺達はプールサイドに座った。
 それにしても、山本のしゃべり方は俺と話すときとはずいぶんちがうな。これが本来の姿なのか? 
 それとも先輩のまえだから猫をかぶっているのか?
 山本は俺に向かってしゃべりつづけている。
 これ以上ボロが出ない様に、俺は山本の話にあいまいに相槌をうった。だがお喋りな絵里子相手に、
いつまでも相槌だけでは済まなくなってきた。


「先輩、今日はどうしたんですか? ずいぶん無口です……。
 それに、なんて言うか……、しぐさとかが男っぽいというか……」

「え? いや……その……」


 山本は俺の太ももを見た。
 見ると大股を開いている。
 まずい! 先輩はこんなに大股は開かない!
 俺は慌てて足を閉じた。
 山本は俺をにらんだ。まずい。怪しんでいる。
 俺が先輩になって近づいているなんて山本にバレたら、山本と親しくなる所か、もう一生、二度と口を聞いてくれないかも知れない……。
 だが、山本は急に思いっきり笑顔になって言った。


「わかってますよ先輩!
 マンネリにならないように、今日はそのシチュエーションなんですね?
 それならはそうと、ちゃんと言ってくれないとダメです。
 それに、男っぽい先輩も、絵里子は好きです!」

「は?」


 よくは分からないが、どうやら山本は自分で勝手に理屈を付けて納得してくれたようだ。
 とにかく、俺が先輩になっている事には気がついていない様だ。
 それはそうだろう、夏美先輩の中身が俺だなんて、誰も分からないはずだ。


「それよりも、早くおよぎましょう」

「え? う、うん」


 ついにこの時が来た。
 俺はプールの水面を見た。水への恐怖が再び襲ってくる。
 もしも、おぼれたらどうしよう? そんな気持ちが襲ってくる。
 まずい、このままでは水への恐怖で心が負けてしまう。

(泳ぐんだ、泳ぐんだ……)

 俺は工藤先輩の体に言い聞かせる様に、なんども思った。
 右足が前に出た。先輩の体はプールに向かって歩いていた。

(よし、いいぞ)

 だが、プールが近づくに連れて、俺の恐怖心も巨大になっていく。泳げなかったらどうしよう? 
 おぼれたら死んでしまうのではないか?

(やっ、やっぱりもう少し後で泳ごうかな?)

 迷っている俺の心など知らない様子で、先輩の体は軽くしゃがむと水面に飛んだ。
 目の前に水面が近づいてくる。目の前は水だけが広がっていた。

(やっぱり怖い!)

 腕から水に入った感覚が伝わってくる。
 恐怖で俺の頭の中は真っ白になっていった……。




 *



「先輩? 大丈夫ですか?」


 山本の呼び声で気がついた。
 苦しい、全身が空気を求めている。
 目を開ける。ゆがんだ視界……。体に水の感触……。そうだ、俺はプールの中にいたんだ。
 俺は気を失っていたのか?
 とにかく、息が出来ずに苦しい。くそぅ、上はどっちだ? 苦しい。
 俺はあがいたが、あがいた所で体の中の酸素が余計無くなるだけだった。


 苦しい。

 おぼれ死ぬ!

 誰か助けて!


「先輩!?」


 山本の声がした。
 そうだ。俺は死ぬわけにはいかない! 山本と別れたくない! 俺は泳げるようになって、山本と泳ぐんだ!!

(工藤先輩、助けて!!)

 俺の声を聞いたように、先輩の体は手と足を動かした。
 苦しい。もう限界だ。

 先輩の足のうらが堅い壁にあたる。プールの底だ。先輩の体は、半回転すると、足で底を力強く蹴った。
 顔から水がなくなる。
 水面に出たんだ!
 俺は大きく息を吸った。


「ぷはーっ!!」


 こんなに空気がおいしいとおもったのは始めてだ。


「先輩!? 大丈夫ですか? 先輩が出てこないから、びっくりしてしまいました。足でもつりましたか?」

「え? そう、まあそんな所。でも、もう大丈夫だから……」


 俺は息を整えながら言った。
 やっと、落ち着いた所で、俺は思った。

(先輩、泳いで)

 先輩の体は勝手に動き出した。
 わかっている。もう大丈夫。
 こうして、先輩の体に任せておけば、すべて安心だ。
 先輩と一緒ならば、泳げる自信がある。
 先輩の体は軽々と水の中を進んだ。
 俺は考える事をやめていた。すべて先輩に任せればいいんだ。
 水の中を流れる感触を顔で、体で感じとる。
 気持ちいい、これが泳ぐって事だったんだ。
 俺は先輩の体の動きを覚えた。大丈夫。こんなに気持ちいいのならば、すぐに上手くなれる気がする。


「せんぱーい、そろそろ個人指導してください」


 山本がプールサイドから声をかけた。
 僕は夏美と山本が水泳部だと言うことを思い出した。
 山本も先輩の指導を期待しているのだろう。

(そうだな。泳ぐコツもつかんだし。
 後は絵里子の相手でもしてやるかな)

「うん。じゃ、絵里子、こっちに来て」

「はい。相手して下さいー。よろしくお願いします」


 山本もプールに入って近づいて来た。
 山本の水着は当然だがプールの水で濡れていた。体に張りつい幼児体型の山本の体の線をあらわにしていた。
 
 濡れた水着って言うのもまた色っぽいな。
 そうだ、どうせ工藤先輩が俺だとはわからないんだし、ちょっとイタズラしてみようかな。
 女同士ならば、少しくらいイタズラしたって大丈夫だろう。

(つづく)




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《水泳部の先輩(その4)》
(ファシット・ファクトリー・シリーズ)

2004/07/25-26 制作
2004/07/27 Ts・TSに投稿

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