「水泳部の先輩(その2)」
(ファシット・ファクトリー・シリーズ)


作:JuJu



 まぶしい光で気がついた。目の焦点が合わない、あたりが何重にもブレて見える。何回か瞬きをすると、やっと焦点が合って来る。
 腕に重みを感じた。下を向くと、俺の高校指定の白いブラウスが目に入った。形のよい二つの大きな胸がブラウスを盛り上げている。
 下半身は紺色の短いスカートが風で揺れている。手にはバッグが握られていた。
 
――そうだ、俺は工藤先輩の体に入ったんだ。

 俺は改めてあたりを見まわした。工藤先輩に入った時と同じ、俺の家の前だった。見なれた風景だが、視点が高いために妙に新鮮に見えた。


「成功!」


 先輩の声だった。
 やった! 先輩の体に入ったために、俺は工藤先輩の体を操れるようになったんだ。
 俺は自分の部屋にもどって、裸になって先輩の体を見たかったが我慢した。
 喫茶店の女の子が言うには、ゼリーの効果は小便をするまでだそうだ。夏美先輩でいられる時間は限られている。
 その間に泳げる様にならなければならない。
 裸になって先輩の体を鑑賞するのはとてつもなく魅力的だったが、それ以上に俺は、山本と仲良くなりたかった。
 それに夏美先輩がどんなに美人だとしても、俺は山本一筋だ。他の女に浮気するわけにはいかない。
 く〜、俺はなんて男気があるんだろう? 
 自分で自分がカッコイイと思う。それなのにどうして山本は、俺に気がついてくれないのだろう? ここまで思っているのに。
 って、そんな事を考えている場合じゃない。早くプールに向かわなければ。でも、先輩がいつも通っているプールってどこだろう?
 この町には、プールがニ箇所ある。山本と待ち合わせしているのはどっちのプールだろうか? 両方のプールを回って見るか?


「まず、近いほうのプールに行ってみるか……あっ! 足が!」


 先輩の足が、俺の意思とは関係なく、勝手に動き始めた。
 そうか、喫茶店の女の子が言っていた、体が憶えている事は考えるだけで体が動くって言うのはこの事なのか。
 先輩がいつも通っているプールに向かっているのだろう。体が勝手に動いてくれる。こいつは楽ちんだ。
 でも、思っただけで足が向かうなんて、先輩、よほどプールに通って練習して来たんだな。
 そんな事を考えていると、俺の家の近くにあるスイミングクラブについた。


「夏美先輩っ!」


 突然後ろから、女の子が抱きついて来た。この声は山本か?
 だとしたら、俺の背中に当たっているやわらかい物は、山本のオッパイ?
 俺は上ずる声を抑えて、先輩のしゃべり方を思い出しながら言った。


「待った? 遅れてごめんなさいね」

「いいえ、全然!」


 山本は俺の前に回ると笑顔で言った。こんなに明るい笑顔を見たのは始めてだ。自分と山本の距離がわかった気がしたが、まあいい。
 もっと明るい笑顔がもうすぐ俺に向けられるようになるのだから。
 こうして見ると、山本は高校生とは思えないほど小さい。俺よりも背の高い工藤先輩に憑依しているせいもあるのだろうけど。


「早く中に入って、指導してください」

「え? あ、ああ」


 山本は俺の腕を取ると、スイミング・スクールに引っ張っていった。




 *




「夏美先輩、どうしたんですか〜?」

「なっ! なんでもない!」


 俺は女子更衣室の前に来ていた。開いたドアからは、中が見えない様につい立が立っている。
 更衣室の奥から山本が呼ぶ声が聞こえた。
 ここをくぐれば、そこはすべての男子あこがれの世界だ(ホモ除く)。
 入っても良いんだよな。今の俺は工藤先輩なんだから。顔が赤くなっていくのが分かった。息が荒く、心臓の鼓動が速くなる。


「先輩〜?」

「い、今行く」


 俺はつばを飲みこんで、更衣室に入った。
 更衣室の中を見回したが、ロッカーが並んでいるだけで女性の姿はなかった。まだ夏には少し早い季節のためかも知れない。残念だ。


「先輩、なにしていたんですか? 早く!」

 奥の方のロッカーで、山本が呼んでいる。


「ブッ!」


 俺は驚いた。
 山本が下着姿で手を振っているのだ。
 淡いブルーのブラジャーと白と青のストライプのパンツ。
 顔がますます赤くなってくるのが分かった。きっと耳まで赤くなっているだろう。


「なにしているんですか、こっちですよ」

「う。うんうん」


 だ、大丈夫だ。山本は俺の事を工藤先輩だと信じきっている。と言うか、俺が工藤先輩じゃないなんて、絶対にばれるはずがない。
 俺は自分に言い聞かせながら、山本に近づいた。
 女子更衣室には誰も着替えていないのが残念だったが、こうして山本の下着姿を目の前で見られるだけで幸せだ。
 いや、誰もいないのが逆に、二人だけの世界を作っていてかえって良い感じだ。
 俺が来たのを見ると、山本は体にバスタオルを巻いてしまった。
 
 ちっ、残念。

 山本はバスタオルで下着を隠して、着替えを続けていた。


「先輩、着替えないんですか?」

「え? ああ、今着替える所よ」


 そうだ。更衣室に入れる事や、山本の下着姿でパニックになっていたが、俺も水着に着替えなくちゃならないんだ。
 でも、本当に着替えていいんだろうか? この体は工藤先輩の物なのに。
 だが、着替えなければ泳げない。泳げないと山本と仲良くなれない。
 そうだ、俺は泳げるようになって山本と仲良くなるんだ。
 俺は気合をいれた。


「(よし、水着に着替えよう)」


 そう決心したとたん、手が勝手に動き出して制服のブラウスのボタンに向かった。

(つづく)

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