「んん……」
 

私はゆっくりと目を明けた。
頭の中がふわふわとして意識がはっきりしない。
それは目覚めた部屋が薄暗かったせいもあるのだろう。
何がどうなっているのか分からず、ただぼーっとしていると徐々に目も慣れてきて意識もしっかりしてきたようだ。
どこかのマンションの一室に見える。
視界がはっきりしても薄暗さは相変わらずだ。
分厚いカーテンが外からの光を遮っているところを見ると、多分昼間なのだろう。
カーテンの隙間からほんの少しだけ光が漏れているが、
その光は部屋の中を照らすほどの強さでは無かった。
 

「あ、あれ……」
 

ふと身体を動かそうとすると、手足が動かない。
手首と足首を縄か何かで縛られているような感じ。
どうやら椅子に座らされ、その椅子に手足を固定されているようだ。
手足を動かすと、ギシギシと縄がきしむ音がして少し痛い。
 

「え?何?どうなってるの……」
 

何度も身体に力を入れたが、椅子に固定している縄は外れない。
そのうちに縛られている所が痛くなった私は、諦めて椅子に座ったまま部屋の中を見回してみた。
目が暗さに慣れてきたせいで、部屋の雰囲気が何となく分かる。
床はフローリング。
そしてテーブルやソファーなどの家具や、テレビ、冷蔵庫などの電化製品が置いてある。
ごく普通の部屋のように思えたが、何故か私の目の前の壁には白いスクリーンのようなものが
吊られてあり、私が座っている横には小さな台があって、その上にプロジェクターが置いてあった。
電源が入っているようで、緑色の小さなLEDが光っている。
耳を澄ませばプロジェクターに付いているファンの小さな音が聞こえてくるようだ。
 

「ど、何処よ。ここは……」
 

そう呟いた瞬間、プロジェクターがまぶしい光をスクリーンに放ち始めた。
プロジェクターのファンの音が「ブーン」と大きくなる。
突然の事でビックリした私は「キャッ」という悲鳴も上げることも出来ず、
ただ鼓動を激しく高鳴らせた…
 
 
 
 
 
 
 
 

私が二人…(前編)
 
 
 
 
 
 
 

スクリーンに明るく映し出される映像。
私はその風景をよく知っていた。
それは私が勤めている会社の小会議室だったからだ。
 

井戸:「宮原君。一体どうしたんだい?こんな所に呼び出したりして」
 

濃い青色のスーツを着た井戸課長がスクリーンに現れる。
井戸課長は四角に並べられた長机に軽く手をつくと、その下に仕舞いこまれていた椅子を引き出し、
ゆっくりと腰掛けた。
 

宮原 有里:「井戸課長、お願いがあるんです」
 

それとなく井戸課長の側に近づいてきた女性。
その女性も私はよく知っている。
 

「えっ!?私っ!」
 

そう。井戸課長の側(そば)に歩み寄って来たのは、淡いグレーのジャケットにタイトスカートを穿いた私だったのだ。
それは今日、会社に着て行った服装。いつのまに撮ったのだろう。
そんな事よりも、どうして私が!?
 

「うそっ!ほ、本当に私!?でも今日は井戸課長と小会議室でなんて会って無いのに?」
 

スクリーンの中に登場した私は井戸課長の前で立ち止まると、長机から椅子を引き出して井戸課長の前に座った。
そして、信じられない言葉を次々と口にし始めたのだ。
 

有里:「井戸課長。私、井戸課長の事が好きなんです」

井戸:「な、何言い出すんだいっ!宮原君っ」

有里:「前からずっと想っていました。でもなかなか言い出せなくて」

井戸:「き、急にそんな事言われても……」
 

井戸課長は戸惑っている。その反面、スクリーンの中の私は何のためらいも無く告白している。
 

「どうしてよ、どうして私が井戸課長なんかに……」
 

まるで芝居を見ているかのようだ。
私はこんな事していない。でも、目の前に映っているのは、どう考えても私――
 

井戸:「み、宮原君。私には……」

有里:「あのっ!そ、それ以上言わないで下さい。分かっています、そのくらい……」
 

井戸課長の言葉を制止したスクリーンの中の私。
きっと井戸課長は家庭があるって言いたかったのだろう。
いや、そんな事より……
 

有里:「今から何もしゃべらないで下さい。お願いです」

井戸:「宮原君……し、しかし……」

有里:「お願いっ……」

井戸:「わっ!な、何するんだっ!おいっ、み、宮原君っ!」

有里:「静かにして。私、井戸課長と一つになりたいっ」

井戸:「わっ!ちょ、ちょっと待てっ……くっ……ううっ」

有里:「はむっ……んんっ……んっ……」
 

「な……ちょ、ちょっと……何してるのよ……わ、私が井戸課長の?ええっ!?」
 

スクリーンの中の私は、椅子に座っている井戸課長のズボンのファスナーを下ろすと、
中からムスコを取り出して咥え始めていた。
それも嬉しそうに。
井戸課長も「やめるんだ」と言いながらも、スクリーンの中の私を引き離そうとしない。
床に膝をついてニヤけた表情をしながら頭を上下に動かす私が、スクリーンの中に映っている。
 

「し、信じられない……私、こんな事……しない……」
 
 
 

――好きでもない井戸課長とどうして?
家庭があって……仕事もそれほど出来る訳でもない、そして信頼すらしていない課長と……
絶対に私じゃないと思った。
でも、スクリーンに映っている女性は、何処から見ても私にしか見えなかったのだ。
 

「な、何よこれ。何の悪戯なのっ!!」
 

私は椅子に縛られている手足をギシギシと軋(きし)ませながら叫んだ。
 

「どうだい?ビックリしたか?」

「きゃっ!」
 

急に背後から男性の声がしたので私は驚いた。
人の気配なんてしなかったのに。きっと、私が目覚めるのを、そして私がこの映像を見るところを
後ろから眺めていたのだ。
 

「だ、誰よっ!?」
 

私は大きな、少し裏返った声を出しながら精一杯後ろを振り向いた。
でも、これ以上後ろに振り向けないので、何気なく人影らしきものが確認できるだけだ。
 

「誰なのよっ!」
 

もう一度叫ぶ。
すると男性は無言のまま、薄暗い部屋の中を私の後ろまで歩いて来ると、丁度真後ろに立った。
私が見上げると、その男性も俯いて私の方を見た。
スクリーンの光が男性の顔を照らしている。
 

「た、田村さんっ……田村さんなの?」

田村:「ああ、田村だよ。驚いただろ」

「ど、どうして?……私を椅子に縛ったのは田村さん!?」

田村:「そうさ。別に君に悪気は無かったんだよ。ただあの井戸課長が邪魔だったんでね」

「ど、どういう事よ」

田村:「ほら、もうすぐ分かるよ。スクリーンを見ていてよ」

「……」
 

スクリーンにはグレーのジャケットと白いブラウスを脱がされ、白いブラジャーの上から胸を揉まれる私の姿が映っていた。
先ほどとは逆に、私は抵抗しているようだが井戸課長の方は鼻息を荒くして襲い掛かっている。
 

「い、井戸課長……や、やだ……こんな事……」

田村:「もうすぐさ……ほらっ!」
 

ガチャッとドアが開く音がする。
そのあと、「キャァ〜ッ!」という女性の叫び声が聞こえたのだ。
慌てて私を突き放す井戸課長。
スクリーンの中の私はすすり泣きしながら、床にペタンと座り込んでしまっている。
そして数人の社員が小会議室の中に入って来たところで映像が止まる。
真っ白になったスクリーンには、それ以上映像が映る事は無かった。
 

田村:「井戸課長はこれで飛ばされるだろう。その次は俺が課長の座ってわけさ」

「な……ど、どうして……」

田村:「君だって井戸課長の事、上司として認め無いだろ。俺だってそうさ。どうしてあんな奴が課長やってて
     俺が平社員だなんて。だから俺が井戸課長の代わりをする必要があると思ってな。
     君だってその方がやりやすいだろ」

「そんな勝手な……」

田村:「嫌なんだよ。マンネン平社員なんて。この会社は係長ってのがないからすべて課長が仕切るだろ。
    俺だって部下を持って働きたいんだ。だから井戸課長にはいなくなってもらうのさ」
 
 

田村さん――
井戸課長と同期で入社した人で、特に目立つような感じは無い。
だから……と言うわけではないが、仕事の成績でも少しだけ上だった井戸さんが課長に昇進した。
私には他人事だったのだが、田村さんとしては同期の井戸さんが先に出世したことが面白くなかったのだろう。
 

田村:「君にも悪い事をしたけどさ。もうすぐ結婚して会社辞めるんだろ。だから君を利用させてもらったんだよ。
      今辞めても、少し後に辞めてもそんなに変わらないだろ」

「な……何言ってるのよ。どうして私が……そ、それよりも、ねえっ!あの映像は一体何なの?どうして私が井戸課長と……」

田村:「どこから見ても君だっただろ。フッ……実はさ、あれ、俺だったんだよ」

「えっ!?」

田村:「あの映像に映っていた君は、俺が化けてたんだよ」

「ば……化けてたって…どういう事よ……」

田村:「だって君にあんな事してくれって頼んでも承知してくれるわけ無いだろ。
     だから俺が直接君の姿に化けて井戸課長を誘ったんだよ。
     上手かっただろ。ほんとに君みたいなしゃべり方だったし」

「そ、そんな馬鹿な……そんな事……で、出来るわけないじゃないっ!」
 

ば、化けるって――
怪盗ルパンでもあるまいし、180センチもありそうな田村さんが15センチ以上低い私に
どうやって化けるって言うのよ……
 

田村:「誰だってそう思うさ。でもそれが出来るんだよな。ある方法で」
 

そう言った田村さんは、部屋の壁際にあったスイッチを入れて部屋の明かりをつけた。
そのまぶしい光に目がくらんだ私。
目を細くして田村さんの方を見る。
 

田村:「これが俺の使った服だよ。苦労したよ、短時間で同じ服を見つけるの」
 

田村さんが埋め込み式のクローゼットの扉を開けて服を見せる。
それは今私がきている服と同じだった。そう、あの映像に映っていた服と同じ……
 

「そ……そんな服を着たって私に見えるわけ無いじゃないのっ」

田村:「そりゃそうさ。こんな小さな服、俺が着れる訳が無い。でも、君の身体になればピッタリと合うんだ。
    そうだろ」

「……」
 

田村さんは別の引き出しから白いブラジャーとパンティ、そして肌色のパンストを引っ張り出してきた。
 

田村:「ほら、この下着を着ければ完璧じゃないか」

「何言ってるのよ。そんなもの身につけたって、私には見えないわよっ」

田村:「誰も今の俺の身体のまま着るなんて言ってないじゃないか。その前に面白いものを飲むのさ」
 

そう言うと、田村さんは冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
赤い色のジュースが入っている。
 

田村:「ゼリージュースって言うんだよ。ジュースに見えるけど、ゼリーのような食感が楽しめるんだ。
     イチゴ味で冷やして飲むと美味しいのさ。ま、そんな事はどうでもいいとして、これを使うと……」
 

田村さんがキャップをあけてゴクゴクと赤いジュースを飲み始める。
ポコポコとペットボトルを押しながら飲んでいるところを見ると、確かにゼリー状の固まっている液体のようだ。
 

田村:「はぁ……君もイチゴ味は好きかい?俺は結構好きなんだ」
 

そう言いながら、着ていたスーツを脱ぎ始める。
 

「や、やだ……何服脱いでるのよ」

田村:「脱いでいる方が楽なんだよ。もうすぐ俺が見えなくなるから」

「はぁ?」

田村:「まあ見ててくれよ。ほら、どうだい?だんだん俺の身体が透けて見えてきただろ」

「何を言って……え?……う、うそ!?」
 

田村さんは私の目の前で裸になっていた。
でも……その姿をしっかりと見る事が出来ない。
田村さんの言うとおり、身体が半透明になってきているのだ。
 

田村:「ほら、もうすぐ……」

「や、やだ……うそでしょ……こ、こんな事って……」
 

私の目には、田村さんの姿が映っていなかった。
空中から声だけが聞こえてくる。
いくら周りを見渡しても、田村さんの存在を確認する事が出来ないのだ。
 

田村:「ビックリしただろ。これがゼリージュースの特徴なんだよ。でもね、ビックリするのはこれからだよ……」

「ど、何処にいるの?ねえ、田村さんっ」

田村:「君の目の前だよ。ちょっと気持ちが悪いかもしれないけど我慢してくれよ」

「な、何?どういう事??」

田村:「まあいいから……」
 

田村さんの声が近づいてきたような気がする。
目をじっと凝らしえてみると、何気なく赤い物体が私の目の前にあるような感じだ。
これが田村さんなんだろうか?でも、あまりに薄すぎてよく分からない。
そんなことを考えていた私は、足に今まで感じた事の無い違和感を覚えた。
何て表現したらいいのだろう。
とにかく、何故か足に何かが入り込んできたような感じがするのだ。
 

「え……やだ……」

田村:「今ね、見えないけど俺の足と君の足が重なってるんだよ。それから……」

「う……うう……」
 

その感覚は、一気に全身に襲ってきた。
足から下腹部、そして上半身を過ぎると縛られている両手へ。
そして最後には頭の中にまで……
身体の中に何かが埋まってくるような感じ。

何も考えられない――

息苦しいとか、そんな事は無いけれど、とにかく私の身体に異変が起きている事は分かった。
それが何かは分からないけれど――

それから10秒ほど経っただろうか。
急に身体の感覚が正常に戻った。
何かが入り込んだような感じがしなくなったのだ。
でも、私の目の前には何やら人らしき物体が現れ始めていた。
 

「……」
 

私はその物体をじっと見つめていた。
すると、それは徐々に肌色に変わり始め、『人の形』という事を認識できるようになり始めた。
 

「……じょ、女性?」
 

そう。後姿だが、それは女性に見える。
くびれたウェストやお尻の形が男性とは明らかに違うからだ。
そんなことを思っていると、みるみる肌色が濃くなり、あっという間に女性の後姿が現れた。
肩よりも少し長いセミロングの栗色をしたストレートヘア。
そして……その体つきは……
 

「……え?……わ、私?」
 

思わずそう呟いた。
自分の後姿をマジマジと見たことは無いが、髪型や体型を見るとそうとしか思えないのだ。
 

「……ふふ。さて、誰でしょう?」
 

目の前で後ろを向いている女性は少し笑いながらそう呟いた。
その声も……

私は何も言えなかった。
その女性はわざと私の方を向かないようにして、先ほど田村さんが持ってきた下着やパンスト、
ブラウスにジャケット、タイトスカートを身につけていった。
 

「……な、何よ……あ、あなた……だ、誰なのっ!」
 

私は身なりを整えた女性に向かって叫んだ。
しかしその女性は何も言わず、私に顔を見せないようにして後ろにある机の方へ歩いていった。
死角になってよく見えないのだが、どうやら化粧をしているらしい。
手鏡のようなものを片手に持って、口紅をつけているようだ。
そして、手鏡を机の上に置いた女性がアイシャドウやマスカラをつけている?ように見える。

パチンとマスカラなどが入っているコンパクトケースを閉める音がすると、その女性は私の死角に
隠れるようにしながら近づいてきた。
 

「だ……だれ……」

「……私は……宮原有里よ」

「なっ……」
 

私の両肩に手を沿え、私の顔の横に女性が顔を出してきた。
その顔を見た私は、また言葉を失ってしまったのだ。
 

「驚いた?でしょうね。あなたがもう1人いるんだから」
 

その……もう1人の私は、私の座っている椅子の前に回ると、立ったままニコッと微笑みながら私を見つめた。
その顔を見上げる私。
どう見ても……私だ。
私がもう1人いる!
 

「声も出ないの?ふふ。そうよね。でも私があなたの代わりに井戸課長を誘惑したのよ。
 そして彼を罠に陥(おとしい)れたの。どう?誰が見てもあなたに見えるでしょ」

「し……信じられない……わ、私がもう1人……」

「ええ。これがゼリージュースの力。私、田村なのよ」

「た……田村……さん……う、うそ……でしょ……」

田村:「ううん。本当なの。あなたの……君の身体をコピーしたんだよ。ゼリージュースを使って。
     これで俺が君に化けたって話、信じるだろ」

「……こ、こんな事……信じられない……」

田村:「世の中には信じられない事だってたくさんあるんだよ。君の目の前で起きている事が現実なのさ」
 

私の声でそう話した私……ううん、田村さんは、私の前にドカッと胡座をかいて座った。
タイトスカートが捲れ上がってパンストの中に包まれているパンティが丸見えになっている。
 

「や、やだっ。そんな格好しないでよっ」

田村:「恥ずかしいのかい?自分の身体でこんな座り方されるの」

「あ、当たり前じゃないのっ」

田村:「まあまあ。君の身体と言っても、これは俺の身体なんだからさ」
 

そう言うと、私の姿をした田村さんはニヤッと笑いながら胡座をかいた膝の上に右腕の肘を付いた。
そして、その肘をついた手のひらの上に顎を乗せて更に話を続けたのだ――
 
 
 
 

私が二人…(前編)おわり
 
 
 

あとがき
ゼリージュース本編とは違ったストーリーです。
何処から手に入れたのかは分かりませんが、ゼリージュース(赤色)を持つ田村が
同僚で上司である井戸をその座から引きずり降ろすために、同じ課の宮原有里の身体を
コピーしたと言うことですね。
有里の身体を使って井戸課長を誘惑する――
それなら井戸課長の身体をコピーして職場に居れなくさせる事だって出来るのに(^^
それをやらずに、あえて女性に変身させるところが私のよいところです(笑

さて、有里の目の前で有里に変身した田村。
これからどうするのでしょうね。ウフフ……

それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
Tiraでした。 inserted by FC2 system