広幸の部屋。ドアを叩く音がする。
 

広幸:「兄さん?鍵開いてるから」
 

広幸が勉強机の椅子に座りドアを見つめていると、そのドアがゆっくりと開いて俊行兄さんが入って…来なかった。
開いたドアの前に立っていたのは妹の雪菜だったのだ。
 

広幸:「雪菜、どうしたんだよ」
 

雪菜は何も言わずにドアを閉めると、広幸のベッドの上に荒っぽく座った。
そして広幸を見ると、口を開いた。
 

雪菜:「さて、話を始めようか。広幸」

広幸:「えっ……」
 
 
 
 
 

ゼリージュース!(青色)中編
 
 
 
 

広幸:「雪菜?」

雪菜:「違うって。俺だよ。俊行さ」

広幸:「と、俊行…兄さん…」
 

広幸のベッドに座っているのは白いトレーナーに淡い茶色の、膝上くらいまでの丈しかないスカートを穿いた
雪菜だった。白くて短い靴下。その靴下を穿いた足をベッドの上で組む。
これが俊行兄さんだと言うのか?
 

雪菜(俊行):「お前、今日1日何してたんだ?」

広幸:「え、何って…べ、別に…。そ、それよりどうして兄さんが雪菜になってるんだよ」

雪菜(俊行):「先に俺が質問しただろ。ちゃんと答えろよ」
 

雪菜の顔で、雪菜の声で広幸に話し掛ける俊行兄さん。
じっと見つめられると、本当に雪菜に話し掛けられているようだ。いや、本当に雪菜なのか?
胸の前で両腕を組み、細い足を組んでいる事で太ももが少しだけセクシーに見える。
こんな仕草は雪菜には似合わない。
そんな風に行動している…させているのは、やはり俊行兄さんなのだろうか。
きっと広幸が使ったゼリージュースの赤色を使って、雪菜に化けているのだ。
そうに違いないと思った広幸。
 

広幸:「俺が使った赤いゼリージュースを使って雪菜に変身してるの?」

雪菜(俊行):「俺が先に質問したんだ」
 

雪菜(俊行)が鋭い眼差しで広幸を見る。
 

広幸:「……今日は…兄さんが帰ってくるまで…待ってたんだよ」

雪菜(俊行):「どこで?」

広幸:「い、家で…さ」

雪菜(俊行):「本当か?」

広幸:「ほ…本当さ。母さんに聞いてみればいいさ」

雪菜(俊行):「…どうしてウソを付くんだ?」

広幸:「ウ、ウソじゃないよ」

雪菜(俊行):「行ったんだろ。TSFショップに」
 

その言葉を聞いて、広幸は一瞬眉をゆがめた。
俊行兄さんには分かっていたんだ…
 

広幸:「い、行ってないよ…」

雪菜(俊行):「俺は昨日やめとけって言っただろ。ゼリージュースは癖になるからって」

広幸:「わ、分かってるよ…で、でも…」

雪菜(俊行):「もう一度聞くけど、お前、女になって何がしたいんだ?」

広幸:「お、女になって…女になって…お、俺は…」
 

椅子に座ったまま俯く広幸。次の言葉を言い出せないでいる。
それを見た雪菜(俊行)は、ふぅと可愛いため息をついて広幸に話し掛けた。
 

雪菜(俊行):「お前の気持ちはよく分かるよ。男に生まれたんだ。もし女性になれるとして
                  男の感情のままで女の快感を得られたら…それはとても魅力的なことだからな」

広幸:「……」

雪菜(俊行):「でもな。お前は男として生きたいんだろ。友人の省吾君…だっけ、彼とも男同士で
                   遊びたいし、可愛い彼女を作ってみんなに自慢したいと思うだろう。違うか?」

広幸:「そ、そりゃそうだけど…」

雪菜(俊行):「ゼリージュースはな、別に異性の快感を得たいがために作られたものじゃないんだ。
                  もっと大きな意味合いを持った物なんだよ。だから気軽に使えるような代物じゃ無い事を
                  分かってほしいんだ」

広幸:「……でも…兄さんだって興味あったんだろ。女性の身体…快感に」

雪菜(俊行):「あった。確かにあったさ。開発段階ではお前にも言えない事を色々とやってきた。
                  それは否定しない。でも俺にはもっと別の目的があったんだよ」

広幸:「何さ。別の目的って」
 

広幸は顔を上げて雪菜(俊行)を見つめた。
どこから見ても雪菜にしか見えない。
まるで妹に諭されているようで、腹立たしいような恥ずかしいような…
 

雪菜(俊行):「お前は女性の快感が目的だろう。でも俺は今、食品会社の研究員として
                  働いているんだ。会社のために、売れる新製品を開発しなければならない。分かるな」

広幸:「うん…」

雪菜(俊行):「食品と言ってもとてもたくさんの種類がある。そして食べる人も老若男女さまざまだ。
                   だから俺が美味しいと思っても、そうは思わない人だってたくさんいる。もちろん
                   マーケティングは怠っていないよ。でもそれだけでは補えないところもあるんだ」

広幸:「……」

雪菜(俊行):「そこで俺は思ったんだ。他人の感覚を知る事が出来れば、絶対に売れる商品が出来ると。
                  甘い、辛い、歯ごたえ、飲み心地…こんな感覚は十人十色だろ。女子高生をターゲットにするのか、
                  それとも成人男性をターゲットに商品を開発するのか。その商品を開発するためには
                  そのターゲットになってみればいい。そうすればどんなものが美味しく感じるのか、
                  大体の傾向は分かるんだ」

広幸:「…じゃあ、商品開発のために色々な人になって味覚を調べたって事なの?」

雪菜(俊行):「ああ。例えばこの雪菜。俺が好きじゃないミルクだって、雪菜の身体なら美味しいと感じる事が出来る。
                  逆に、俺が好きなニンニクを食べると、すごくまずく感じるのさ。お前も雪菜の身体に変身したんなら
                  少しくらいこの感覚は分かるだろ」

広幸:「た、確かに…個人によって味覚の違いがあることは分かった様な気がするけど…」

雪菜(俊行):「それを利用して商品を開発するのさ」

広幸:「ふ〜ん…真面目な目的なんだ」

雪菜(俊行):「当たり前だ」

広幸:「でもどうして一般の人でも買える様に売ってるんだよ。商品開発のためだけならゼリージュースを売る
          必要なんてないだろ」

雪菜(俊行):「世の中には色々な人がいるんだよ。お前は知らなくてもいいんだ。このゼリージュースは、人によっては
                   夢を与える事だって出来るんだからな。それに一般の人は手に入らないだろ。お前は偶然なんだから」

広幸:「ふ〜ん」

雪菜(俊行):「話はズレたけど、俺はゼリージュースを使った人たちが人生を踏み外していくところを何度も見たことが
                  あるんだ。それは悲惨な状況だったよ。だからお前にはもう使ってほしくないんだ」

広幸:「……でも…」

雪菜(俊行):「あのな、この身体、雪菜のものだと思うか?」

広幸:「ううん。さっきも言ったけど、俺が使った赤いゼリージュースで変身したんだろ」

雪菜(俊行):「違うさ。これは本当の雪菜の身体なんだ。この髪、顔、胸、お尻…そして足まで」

広幸:「……」

雪菜(俊行):「雪菜本人なんだよ。この服だってお前がキッチンで見たのと同じだろ」
 

そう言われれば確かにそうだ。
夕食の時、雪菜はこの服を着ていた。
変身したのなら別の服を着ているはず…
じゃあやはり目の前にいる雪菜は、本物の雪菜…
 

広幸:「も、もしかして…」

雪菜(俊行):「これがゼリージュースの青色、ブルーハワイ味の効果なんだ。他人の身体に入り込んで支配できる。
                  憑依と同じ現象だと考えているんだ」

広幸:「……」

雪菜(俊行):「俺の行動が雪菜の行動。俺が万引きすれば、雪菜が万引きしたことになる。俺が人を殺せば、
                   雪菜が人を殺した事になるんだ。でも、ゼリージュースを使って雪菜の身体にいる間は、
                   雪菜の意思は眠っているんだ。要は俺がしたことを全然覚えていないと言う事さ」

広幸:「……」

雪菜(俊行):「もしお前が他人の身体に入り、間違った行動をとったらその人が辛い目に遭うんだ。お前の身勝手な
                  行動が、他人を不幸に陥れる可能性だって十分にあるんだぞ」

広幸:「……」

雪菜(俊行):「女性の快感を得る…お前は軽いノリで考えているんだろうけどな、ちゃんと考えて使わないと大変な
                   ことになるんだ。広幸、俺の言っている事、間違っているか?」

広幸:「……間違って…ない…」

雪菜(俊行):「お前が使った赤いゼリージュースだって、もう一つの黄色いゼリージュースだってどれも同じさ。
                  自分ではない他人になると言う事は、その人の生き方を変えてしまう恐れがある。
                  非常に危険なことなんだ」

広幸:「わ、分かったよ。もうそれ以上言わなくても。俺は…ただ女性になって…女性の快感を得たいと
          思っただけなんだ。女性…女の子になって…き、昨日は省吾のために雪菜に変身したんだけど…
          今度は俺が楽しみたいって…」

雪菜(俊行):「……初めにも言ったけどな。お前の気持ちもよく分かるんだ。だから…お前が今俺の話を聞いて、
                   他人に迷惑が掛かると言う事を理解したうえで、それでもいいから使いたいと言うなら…俺はお前に
                   ゼリージュースをやる」

広幸:「……いいよ、もう。他人に迷惑をかけてまで女性になりたいなんて思わないからさ。兄さんの話を聞いて
         何となく分かったよ。なんか気持ちが冷めたって感じかな」

雪菜(俊行):「そうか。お前がそう考えられるのならよかった。結構しっかりしてきたんだな。俺としてはうれしいよ」

広幸:「へへ、まあね」

雪菜(俊行):「よし、納得できたようだから雪菜に身体を返そうか。ちょっと雪菜の部屋に行ってくる」

広幸:「うん」

雪菜(俊行):「お兄ちゃん。もう私の身体に変身しないでね」

広幸:「な…」
 

雪菜(俊行)が立ち上がり、軽くウィンクをして部屋を出てゆく。
その表情に顔を赤くした広幸は、もうゼリージュースの事は忘れようと思ったのだった…
 
 
 
 
 
 

ゼリージュース!(青色)中編…終わり
 
 
 
 
 
 

あとがき

短いですがキリがいいのでここで切りました…って、話が終わってしまいました(^^
俊行兄さん、いいこと言いますねぇ。
全くそのとおりです、うんうん(笑
まあ女性の快感を得たいがためにTSする…では済まないでしょう。
一回きりならともかく、これがあれば何度でもTS出来ると分かれば
性欲以外の事も求めてしまうと思うのです。
この身体を使って、友人を騙してやろうとか、最悪の場合は
犯行の道具として使ってしまうかもしれません。
俊行兄さんは、快感に溺れてしまう事も心配ですが、一番それを恐れていたのでしょう。
かけがえの無い弟の事も大事ですし、他人に迷惑をかける事はなおさら心配なようです。

さて、ゼリージュースの事を頭から切り離そうと考えた広幸。
でも、広幸がちゃんと分別を弁えて行動できると考えた俊行兄さんは
広幸にある提案をします。
どんな展開になるでしょうね。
私は分かっています(笑

それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
Tiraでした。 inserted by FC2 system