黄色く光る淡い幸せ
  作: メス牡蠣


パリン、と。不意に何かが割れるような音が聞こえて思わず鍋をかき回す手が止まる。

私の名前は柿本麻衣。結婚を機に最近このマンションに越してきた専業主婦だ。
家事も買い物もほぼ済ませ、今日は珍しく夫の帰りが早いということもあって少し手の込んだ料理に挑戦していたんだけど……
花瓶でも割れたのだろうか。コンロの火を止めて音のした方向、リビングへ向かうとカーテンが風に煽られ揺れているのが見える。床には照明に照らされたガラス片が光を反射しており、カーテンの向こうの窓の鍵は開いていて人が入れるほどの隙間ができていた。

「やだ……まさか泥棒?」

頭からサーっと血の気が引いていくのが分かる。ゆっくり部屋中を見渡すが、不審な人影は特に見当たらなかった。
とにかく警察に通報を。そう思い置いてあるスマホを取ろうとキッチンに向かったその時、背後から何者かの手が口を覆った。

「……ッ!?」
「叫ぶな。動くな。死にたくなかったら大人しくしてろ」

眼前に鋭く光るナイフが現れる。震えながらも、コクコクと首を縦に振る。

「よしよし。それじゃあ……そうだな、あそこの椅子に座れ。分かってると思うが、余計な気は起こすんじゃねえぞ?」

男はそう言うと、しっかりとナイフを向けたまま私の口元から手を離した。

「お、お金なら渡します……た、助けて、殺さないでください……」
「あ?別に金なんていらねえよ。それよりさっさと向こうに……いや、そうだな。先に服を脱げ」
「ふ、服ですか…?」
「いちいちうるせえな、俺の機嫌を損ねたくなかったらさっさとしろ」

男に促されるままに、部屋着のワンピースのファスナーをゆっくりと降ろしていく。夫以外の誰にも見せたことのない私の下着姿があらわになった。

「え、えっと……あの…下も、ですか?」
「あ?当然だろ」

振り返ると、不快そうな表情をした男の顔が目に入る。仕方なしにブラジャーのホックに手を掛けながら、私は思案していた。
男の顔は知っているものだった。隣の部屋に1人で住んでいる男の人。名前は確か、藤原さんだったと思う。
越してきた時や、朝に顔を合わせた時に挨拶をするくらいしか面識はなかったが、この少し不機嫌そうな低い声とだらしない体型には見覚えがある。
恐らくベランダ越しにこちらの部屋までつたってきたのだろう。あまり良い印象は覚えなかったが、まさかこんな、こんなことをするような人だとは思ってもいなかった。

気づけば男も服を脱いで裸の姿をさらけ出している。でっぷりと太った身体とツンとした体臭に、思わず表情を歪めた。
そしてその下半身の、股間にぶら下がっているモノははち切れんばかりにその大きさを主張している。
金銭目的ではないと言った彼が何をするつもりなのか、想像に難くはなかった。

「あ、あの。あなた、お隣の藤原さんですよね…?どうしてこんなこと……」
「ごちゃごちゃとうるせえな、脱いだんならさっさとそこの椅子に座れ」

男の言葉に従い、リビングに置かれた椅子に腰掛ける。お尻越しに伝わる冷えた椅子の感触が、否応なしに今のこの状況が現実であるということを物語っていた。
すると、男はバッグから何やら紐のようなものを取り出して私の腕と肘掛けを結びつける。動かれると困るのだろうか、足も同様に椅子の脚部と結ばれて固定された。
男はニヤニヤとしたいやらしい目つきで満足げに私の姿をじっくり眺めると、今度はバッグの中から金属製のボウルと、中身の入ったペットボトルを取り出した。

「よし、これを飲め。吐き出すなよ?全部飲み込むんだ」

そう言うと、男はクリーム色の液体のようなものが入ったペットボトルを私の口元に近づける。

「な、なんですか?これ」

男の予想外の行動に、思わず質問がついてでる。ゼリー……だろうか?ペットボトルの中身はぷるぷると揺れていて、蓋の空いた飲み口からはバナナのような甘い匂いが鼻孔を通り抜けていく。

「とにかく飲め。溢すんじゃねえぞ」

男は再び私にナイフを向ける。どうやらなんとしてでもこのペットボトルの中身を飲ませたいらしい。
私がうなずいて口を開けた瞬間、ペットボトルの飲み口が口内へと強引に押し込まれる。

「う、うぐっ……」

口内がゼリーのような触感の物体で満たされていき、流されるままにそれを飲み込んでいく。
ペットボトルの中身が半分程になったところで、男は私の口元からそれを引き離した。

「んっ…ぐっ……はぁっ…はぁっ……あの、これって一体……あ、あれっ?」

口内に入ってきたそれらを全て飲み込むと、強烈な吐き気が襲ってきた。
いや、吐き気だけではない。全身から力が抜けていくような感覚とともに、私の胃の中から温かい物体が食道を勢いよく通り抜け、口内が一気に満たされていく。
男はその様子を見て、待ってましたと言わんばかりに私の目の前にボウルを差し出した。

「う、うぐっ…おええええぇぇぇっ……」

差し出されたボウルの中に、ビチャビチャと音を立てて嘔吐物が溜まっていく。私の体内から吐き出されたそれは、先ほど飲まされたもの同じ、いや、どこかうっすらとピンク色をしたゼリーのようなものだった。

「はぁっ…はぁっ……」
「へえ、これが…。随分と綺麗な色をしてるんだな」

涙目になりながらも息を整える私を尻目に、男はボウルの中のゼリーをじっと見つめている。
すると、ボウルをゆっくりと自らの口元に持っていき、あろうことかその中にあるものをごくごくと飲み込んでいった。

「な、何を……!?」

男は尚も、ごくごくと喉を動かしていく。やがてそれをすべて飲み込んだところで男は声を上げた。

「へへっ、中々美味かったぜ……。あっ…?き、きたっ…う、うぷっ…おえぇっ!」

苦しそうに嗚咽を上げたと思った瞬間、男は勢いよく口からゼリー状のものを吐き出していく。音を立てて吐き出されたゼリーは濁ったような青い色に染まっていた。

「あなた……一体何がしたいんですか?」
「まぁ見てろって、これからが面白いところなんだから…よ……?」

突如、男の顔面がゆっくりと波打ち始める。

「うはっ!きたきたっ!」

脂肪で丸みを帯びていた男の大きな顔が、まるでCGアニメのようにゆっくりと、その形を変えながら縮んでいく。
それだけではない。厚ぼったいまぶたがスッとその形を変えたかと思うと、長いまつ毛とつぶらな瞳が顔を覗かせる。口や鼻なども同様に、元の面影を感じさせないような整ったものへと変わっていく。
同時に短く刈り上げられた薄い髪がぐんぐんと伸びていき、やがてそれは艶のある綺麗な長い黒髪となっていた。

「な、なにそれ……私の…顔……?」

なおも変化を続ける男の身体。いち早く変化を終えたその頭部は、普段鏡で見る自分の顔と瓜二つのモノとなっていた。

「お?もしかして顔はもう終わって…って何だこの声、俺の声か!?」

ニタニタと薄気味悪い表情を浮かべるワタシの顔は、私そっくりの声色で素っ頓狂な声を上げる。そうしている間にも変化は続いていった。
全身を覆う深い体毛が少しずつ薄くなっていき、それが消える頃にはつやつやとした白い肌が姿を現す。
でっぷりと膨らんだ脂肪に覆われたお腹は徐々にその膨らみを無くしてキュッとしたくびれのあるほっそりとした腹部へと姿を変え、それに合わせるかのようにその手足もすらりとした美しい四肢へと変身を続けていく。
男の興奮を現すかのように怒張していたグロテスクな股間は少しずつ小さく、いや、まるで身体の中に納まっていくかのように収縮を続けて行き、それと連動するかのように、だらしなく垂れていた胸部がその形を綺麗に整えながらむくむくとその大きさを増していく。
現実離れしたその光景がようやく終わりを告げた時、目の前には私そのものの姿となった女性が立っていた。

「ははっ、終わったみたいだな!どうだ、この姿。誰に見える?」
「わ、私……?」

夢でも見ているのだろうか。先ほどまで立っていた男の巨体は影も形もなく、代わりにまるで鏡に映したかのように私と瓜二つの女性が、私がしたこともないような歪んだ表情でこちらを見下ろしている。

「そうか、ちゃんとお前になれてるみたいで安心したよ。しっかし女の身体ってのは変な感じだな、デカい乳してるとは思ったがこんなに重いとは……んっ♡」
「ちょ、ちょっと何してるんですか、やめてください!」

嬉々とした表情で自らの乳房を揉みしだくワタシの姿を見ていられず、思わず声を上げた。

「あ、あなた一体、誰なんですか?なんで私そっくりに変装なんか…?」
「おいおい、間近で見たってのにまだわからないのか?俺は藤原だよ。ま、身体はお前とまるっきり同じモンだけどな」

目の前のワタシは細い腰に手を当てながらふふんと笑い、全身を見せつけるかのようにポーズをとる。
その体つきだけではない。私そっくりの高い声も、隠そうとすらしない股間から姿を覗かせる女性器も。目の前の女性が先程の男だとは到底思えなかった。

「さっきお前に飲ませたこれのおかげだよ。これを飲むと飲んだやつの肉体の情報がゼリー状になって吐き出されてな、それを飲むと吐き出した奴とまったく同じ身体に変身できるんだとよ。ま、俺も実際に見せられるまでは半信半疑だったけどな」

半分程中身の残ったペットボトルをぷらぷらと揺らしながら、もう一人のワタシは愉快そうに言う。

「し、信じられない…」

改めてワタシそっくりに変身した男の身体にじっと目をやる。
そっくり、どころではなかった。
顔立ちや体つきだけではない、胸元にあるホクロも、昨日陰毛処理した股間に至るまで、まったくと言っていいほど同じ姿を目の前のワタシはしていた。

「そんな……なんで、私になって一体何がしたいんですか?」
「さっきから質問の多い奴だな…まあ気分も良いし教えてやるよ」

ペットボトルを置き、テーブルに置かれていたボウルを持ち上げながらワタシが続ける。ボウルの中の物体が蛍光灯に照らされ、黒々とした青い光がゆらゆらと揺らめいている。

「ちょっと前に仕事をクビになっちまってな。20年近くも勤めてた会社をいきなりだぜ?ふざけるなって話だよな。まあとにかくだ、再就職も上手く決まらなくてうんざりしてその辺をふらふらしてたんだよ」

もう一人のワタシがゆっくりと私に近づいてしゃがみ込む。間近で見る、鏡で見るのとは違う自分の顔。
男のような乱暴な言葉遣いで私に語り掛けるその顔に、思わず寒気が走った。

「そんな時に知らねえ女に声を掛けられてあのゼリーを渡されたんだ。俺も初めは馬鹿にされてるのかと思ったけど実際に使ってるとこを見せられてな。あれは確かその辺にいたホームレスと若い女だったっけ?薄汚ねぇジジィが見る見るうちに綺麗な姉ちゃんになっちまって、ケッサクだったぜ。とにかくそれを見て思ったんだよ。こいつを使えば俺も糞みたいな人生をやり直せんじゃねえかって」
「そ、そんなの私に何の関係もないじゃないですか」
「いーや、あるんだよ。なんたって今言った俺の人生がこれからはお前のものになるんだからな」

そう言いながら、もう一人のワタシが私の顎をクイっと持ち上げる。

「ちょ、ちょっと何を……」
「人生をやり直すって言ったろ?この身体だけじゃねえ、お前の人生を丸ごともらって代わりに生きてやろうと思ってな。お前みたいな専業主婦になっちまえばわざわざ働かなくても済むだろ?」
「そんな身勝手な理由でこんなことを……で、でもあなたが私のフリなんかしたってすぐバレるに決まってます。これから私をどうするにしたって、あなたが偽物だって分かれば夫が必ず本物の私を探し始めるはずです」
「そうそう、そこなんだ。俺がこのままお前として生きていくためには同じ姿の奴が2人もいちゃ困るんだよ」

焦る様子も無く、むしろ一層楽し気な顔をして口を歪めるもう一人のワタシが、私の口元に青いゼリーの入ったボウルをゆっくりと近づける。

「さっきお前が吐き出したゼリーを飲んだ俺はこうなったよな。それなら俺が吐き出したこれを飲んだら、一体お前はどうなると思う?」

瞬間、背筋にぞくりとした冷たい感覚が込み上げる。

「やっ……やだっ!お願いします!やめてください!やだ!!……ぐっ!」

身体を揺らして目の前のワタシの手を払おうとしたが、勢いが余って椅子ごと床に倒れこんでしまう。
後頭部を打ち付けてしまい意識が朦朧とする中、ワタシの指先に鼻を摘ままれてそのままボウルの中身が無理やり口の中に流し込まれていく。呼吸をしようとする身体が、口内に満たされたそれを無意識にゴクゴクと飲み込んでいく。
遠のいていく視界、そして全身がムクムクと膨らんでいくような奇妙な感覚を最後に私の意識は闇の中に沈んでいった。





「あ、あれ?私……」

少しずつ、意識が戻り始める。
何か変な夢を見ていたような気がする。確か、部屋に藤原さんが入ってきて、縛られて、私そっくりに変身を……
いつの間に寝てしまっていたのだろうか、背中に冷たい床の感触がする。もちろん手足は縛られてなんかいない。

「なんで寝ちゃってたんだろう、いたた……」

どこか身体が重く、頭もズキズキと痛む。声の調子もおかしく、どこか掠れたような低い声になってしまう。風邪でも引いたのだろうか。

身体を起こして痛む後頭部に手を当てた。いつの間にか、長く整えていたはずの髪の毛が首も隠れないほどに短くなっている。それどころか毛の量が信じられないほど減っており、頭皮に触れた指からはベタついた感触が返ってきた。

「な、なにこれっ!?」

慌てて手を前にやると、更なる絶望が私を襲った。
目の前にある手、それだけじゃない、腕も視界に入る脚も、お腹も……
胸を触る。脂ぎった、たぷんとした平らな胸の感触が返ってくる。
お腹を触る。毛に覆われ、脂肪で膨らんだやわらかい感触が返ってくる。
股間を……触る。あるはずのない感覚。女性にあってはいけないはずの、何かがあるという感覚を、指先、そして股間が私の脳にこれでもないほどの現実味と共に伝えてくる。

「嘘……でしょ……」
「早速チ〇コなんて触っちまって、男になれたことがそんなに嬉しいのか?」
「え?」

不意に聞こえた女性の声に振り向く。
そこにいたのは、ワタシだった。
鏡かと思ったが、違う。今私は床に座り込んで、目の前のワタシはそれを見下ろしていて……

「な、なんで私が……嘘……」
「お前じゃねえよ、これはもう俺の身体だ。お前の身体はこっちだろ?」

もう一人のワタシはそう言うと、目の前にある膨らんだお腹の肉をたぷんと持ち上げる。

――夢じゃなかった。
あれは現実で、私の身体は本当に奪われていて、私が代わりにあの男の身体に………!

「い、いや。やだ。いやいやいや!こんなの私の身体じゃない!」
「あっはは!汚ねえ声で喚くなよ、うるせえな」

今の私のそれとは対照的な綺麗な声で、別人のように喋る目の前のワタシ。
私そのものとなった顔でこちらを嘲笑うかのような表情を浮かばせるその姿を見て、どうしようない焦りが込み上げてくる。

「か、返してっ!私の身体を返してください!こんなのいやです!」
「はぁ?返すわけねえだろ、そもそも……いや、待てよ。そうだな、お前が俺の言うことを聞いてくれるってんならあのゼリーをお前にやってもいいぜ」
「ほっ、ほんとですか!?」

視界がパァっと明るくなったような気がした。戻れる、戻してもらえるんだ。

「そ、それで何をすればいいんですか?」
「ああ、実はよ。お前が起きるのを待ってる間暇だったんでこの身体の探索を…オナニーをしてたんだよ」
「なっ、私の身体で勝手に…!」
「ははっ!今は俺の身体だっての、まあ落ち着けよ。そんでまあ探り探りやってたんだけどどうにも上手くイケなくてよ、ムラムラするばっかで困ってたんだよな。そこでだ……」

もう一人のワタシが、見せるかのように指先をゆっくりと股間に這わせていく。

「俺をイカせてくれたらあのゼリーを渡してやってもいいぜ?」
「ふっ、ふざけないでください!そんなのできるわけないじゃないですか!」
「おいおい、主導権がこっちにあるってのを忘れてもらっちゃ困るな。別に断っても、無理やり奪ってもいいが今の俺は女でお前はその家に忍び込んだ変態なんだよ。通報でもして警察がここに来たら、一体どっちが犯罪者だと思われるかな」
「う……」
「わかったらさっさと始めようぜ。元はお前の身体なんだから、どうすれば気持ちよくなるかくらいお前が一番分かってるだろ?」

もう一人のワタシは背を向けるとテーブルで手を支えるようにしながら身体を傾け、あろうことか私に向かって股間を、女性器をゆっくりと見せつけるように指で広げていった。先ほどまで自慰をしていたせいだろうか、その入り口は艶めいた粘液で湿っている。

「なんだ、渋ってた割には随分やる気満々じゃねえか」
「え…?や、やだっ!」

いつの間にか私の股間の肉棒はビクビクと脈を打ち、その形を大きく変えていた。もちろん私にそんな気なんてない、はずなのに、こちらを誘惑するような目の前の光景に男の身体が、男としての本能が否応なしに反応してしまっていた。

「ほら、早くしろよ、おっさん♡」

私の身体なのに……でも……
…落ち着こう。この人を満足させるだけでいいんだ。私の身体のことは私が一番よく分かっている、どうすれば気持ちよくなれるのかも。
そうだよね、うん。別に挿れる必要なんかない、さっさとこの人を満足させて身体を返してもらうんだ……!

「……分かりました、暴れないでくださいね」
「おお、ようやく乗り気に……んあっ♡」

ゆっくりと膣内に指を沈めたが、まだ十分に濡れ切っていなかった。指でGスポットのあたりを刺激し続けながら、長い髪をかき分けて首筋をそっと舐める。

「ひゃっ、や、やめっ♡」

もう一人のワタシが声を上げる。まさか夫に、正樹さんに普段やられていることを自分自身にするなんて……
少し複雑な気分になりながらも、片方の手でワタシの胸を優しく愛撫していく。
ゆっくりと胸を揉んでいき、時折乳首をクリクリと刺激しながら胸の下あたりを撫でまわす。
もう一人のワタシの挑発的な言動はすっかりとなりをひそめ、私の愛撫で感じているのか小刻みに嬌声を上げている。

「やっ…♡あっ♡あっ…♡くぅっ……♡」

自分の身体が自分の意志とは関係なく勝手に動き、気持ちよさそうな声を上げている。
目の前にあるのは私の身体のはずなのに。なぜだろう、その声を聞くたびに頭の芯がじんわりとするような気持ちよさを感じる。もっと、もっとその声を聞きたい、鳴かせたいと思ってしまう。
女性の身体に慣れていないからだろうか、ワタシの身体はすっかりその身体を火照らせて息も絶え絶えになっていた。
胸の愛撫を止め、すっかりと固くなったクリトリスを指で激しく擦るように刺激していく。

「ひゃっ、それっ…あっ♡お、おいっ……♡ひ、ひぐっ♡♡い、イってるって、やめっ、あっ♡♡♡」

もう一人のワタシは一際大きな声を上げたかと思うと、ビクンと身体を震わせる。
流石に満足しただろう。そう思って、身体を離そうとした。


なのに、私の身体はワタシから離れてくれなかった。
いつの間にか手がワタシの腰を掴んでいて、ビクビクと熱く脈打つ股間を収める場所を探そうと腰がゆっくり動いていく。
ダメだと分かっているのに、耐え難い衝動が私を襲ってくる。
でも、だって。すっかりワタシの身体は出来上がっていて、なのにまだ私は全然気持ちよくなれてないなんて、おかしいよね?
――そうだ。私の身体なんだから、好きにしたって構わないはず……

「やっ、おい…んっ♡♡お前何してっ……♡♡」

未だ肩で息をしているワタシの中に向けて、ゆっくりと肉棒を差し込んでいく。
気持ちいい……
ワタシのナカって、こんな感じなんだ。私の男性器がヒダを掻き分け、ゆっくりと奥まで差し込まれたかと感じたところでワタシが小さく声を漏らす。
ソレを引き抜いて、また奥まで差し込んで。男性器から伝わってくる快楽をもっと感じたいがため、いつの間にか私は激しく腰を前後していた。

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ…!」
「すっ…♡すごいっ♡♡や、も、もっと、もっとぉ♡♡♡」

肉と肉が擦れる音と、女性の可愛らしい喘ぎ声だけが耳に入ってくる。腰を打ちつけるたびにプルプルと揺れる胸を乱暴に揉みしだく。
今まで感じたことの無いような新鮮で暴力的な快感が頭の中をどんどん熱くしていく。

「うぁっ♡♡い、イクッッ♡♡♡また、うっ♡♡あうっ♡♡♡♡んぅぅ♡♡♡♡♡♡」
「ああっ、で、出るっっ!!」

大きな嬌声が響くとともに、挿れていた膣内がキュウっと締め付けられる。ビクンと私の股間が大きく脈打ったかと思うと、ドクドクと温かい液体がワタシの中へと注がれていった。



「はぁっ……♡はぁっ………おいおい、随分とたくさん出してくれたじゃねえか。そんなに俺のマ〇コは良かったか?」
「ぅ…あ……!」

紅く染まった顔でこちらに目を向ける女性の、ワタシの言葉を聞いて少しずつ頭に冷静さが戻り始める。
やってしまった。挿れるつもりなんてまったくなかったのに。自分の身体に、この男の身体で……!

「なに呆けた顔してんだ?もう一発ハメたくなったんなら付き合うぜ?」
「そっ、そんなわけないじゃないですか!」

ワタシの言葉に慌てて身体を引き離す。繋がっていたモノをズルリと引き抜くとワタシは「あっ」と悩まし気な声を発し、その声を聞いたこの身体の股間から再びむず痒いような感覚が沸き起こり、ムクムクとその大きさを取り戻していく。

「うっ……」
「へぇ、やりたくないとか言う割には随分興奮してるみたいじゃねえか」
「ちがっ……これはあなたの身体が勝手に!と、とにかく、約束通り元の身体に戻してください」
「あーはいはい、そんなこと言ったっけな。ほらよ」

もう一人のワタシは面倒くさげにそう言うと、ゼリーの入ったペットボトルを掴み、私に向かって放り投げた。急に投げられたことに驚き、取り損ねたペットボトルからこぼれたクリーム色のゼリーが床の上に広がっていく。

「ちょ、ちょっとなにするんですか!や、やだっ、飲まないと……」

こぼれてしまったゼリーを手でかき集め、床に這いつくばるようにしてなんとかすすっていく。

「おいおい何してるんだよ汚ねぇな。今のお前のカッコ、豚そっくりだぜ?」

もう一人のワタシは嘲笑うかのように私に話しかけてくるが、もはやそれに反応することもできないほど必死でこぼれたゼリーを舐め続ける。
なのに。床に広がったものはすべて舐め切って、それでも足りないのかと、濡れた床を必死に舐め続けているのに。
先ほど感じたあの吐き気はいくら待ってもやってこなかった。
すると、その様子を見ていたもう一人のワタシが、堪えきれないといった様子でくっくっと笑い出す。

「な、何がおかしいんですか……ねぇ!どうして、全部飲んだのに、なんで何も起きないんですか!?」
「っははははは!悪い悪い、あまりにも滑稽でさ。そのゼリーだけどな、一度飲んじまったら身体に耐性ができちまうんだとよ。つまりどれだけ飲もうが無駄、お前は一生その身体なんだよ……くくっ…ははははははは!」
「嘘…………」

耳が熱い。視界が狭くなり、見えている景色が遠のいていく。
一生、このまま?
だって、ダメだ、こんな姿じゃ正樹さんに分かってもらえない。私、私じゃなきゃ。ようやく手に入れた幸せなのに、それをこんな……こんな奴に……!

「これからは俺が新婚の人妻、お前は無職の変態オヤジってわけだ。まあ安心しろよ、これからも大人しく俺の言うことを聞くんならセフレとして……お、おい、なんだよ」

許せない。許せない許せない許せない!
私の身体は、私の人生は私のものだ。それをこんな奴が。戻れないなら、奪われるくらいならいっそ……

「く、くるしっ…やめっ……」

私の太い指が、ワタシの細い首にゆっくりと沈み込んでいく。
小刻みに呻き声をあげるもう一人ワタシは私から逃れようと必死に藻掻いているが、この体格差では無駄な抵抗だった。バタバタと暴れる手足の動きが徐々に小さくなっていく。

「がっ……ひゅ……」
「お前何やってんだ!!」

突然、玄関の方から怒号が鳴り響く。見ると、スーツを身にまとった夫が、正樹さんが怒りの形相でこちらに向かっていた。

「正樹さん!よ、よかった、私……」

言いかけたところで、顔に強い衝撃が走る。何が起こったのかまったく分からない。
いつの間にか私は倒れて天井を向いていた。鼻からドクドクと温かいものが流れ、遅れて強い痛みが顔中に走る。

「おい、大丈夫か麻衣!おい!」
「ま、正樹さん……私、無理やり……」

正樹さんの心配そうな声、それに続いてもう一人のワタシの声が聞こえてくる。

「だ、だめっ!騙されないで!そいつは私じゃないの!私が麻衣なの、私が……!うがっ!」

今度は股間に向けて、これまで感じたことのないような鋭い痛みが走った。1度だけではなく、何度も。
怒号と共に私を蹴り続ける夫は、今まで見たことのないような殺気に満ちた表情をしていた。

「や、やめて……がっ…!私はあいつに身体を入れ替えられて……」
「黙れよ。アンタ、隣に住んでる奴だよな?自分が何やったのか分かってんのか?なぁ!?」
「わ、私は何もしてない…!?あいつが、あいつが……がはっ!」

正樹さんは私に馬乗りになり、痛みの治まらない顔を目掛けて拳を振り下ろす。
ぼやけていく視界の中には、怒りの火が灯った鋭い目で私を睨み続ける夫の顔、そして、心底愉快だと言わんばかりに私を見下ろす残虐な笑みを浮かべたワタシの、私のものだった女の顔が映りこんでいた。





目が覚めた時、私は留置所の中にいた。
自分のものではない罪に対する取り調べを受けて、カビ臭い布団で身を休める毎日。
夢だったらと何度も願うが、未だに腫れの引かない顔と股間から来る痛みが、妄想の中に逃避することすら許してくれなかった。

「おい、面会だ。出ろ」

不愛想な声で看守がそう告げる。
誰だろう。この身体の男の、藤原さんの家族か誰かだろうか。
重たい身体を引きずって面会室まで行くと、アクリルで仕切られた壁の向こうに元のワタシが立っていた。
化粧も服装も、立ち振る舞いすら普段の私そのもので、中身があの男だとはとても思えなかった。

「わ、私……?」
「すみません看守さん、2人きりで話したいんですけど大丈夫ですか?」
「申し訳ありませんが規則で私が立ち会う必要が……」
「お願いします。事件の話をしたいのですが、あまり、その、わ、私が襲われた時のことを他の方には聞かれたくなくて……」

もう一人のワタシが涙声でそう話すと、「特別ですよ」と、看守が部屋の外へと出ていった。それと同時に、泣きそうな表情を浮かべていたワタシがコロリと表情を変える。

「見たか?あんな泣き落としに引っかかるなんて、ケーサツ失格だよなぁ?」
「なんでこんなところに……あなたのせいで私は…!」
「おいおいそんな鼻息荒くすんなっての。あの後大変だったんだぜ?気を失ったお前を殺す気かってくらい殴り続ける正樹さんを必死に止めてやったんだから、感謝してほしいくらいだけどな」
「ふざけっ……あなたが正樹さんのことを語らないでよ!!」

頭に血が上り、思わず殴りかかろうとしたがアクリル板にそれを阻まれる。ふーふーと息を荒げる私を、もう一人のワタシはただただ愉快そうに眺めていた。

「ふふっ、まあ落ち着けよ。今日はお前にお礼をしに来たんだ」
「お礼……?」
「そうそう。初めはお前のフリをするのにまあ手間取ってよ、正樹さんに疑われないかずっとヒヤヒヤしてたぜ。でも、なんだろうな。多分脳みそまでおんなじに成っちまったせいかお前の、柿本麻衣としての記憶が少しずつ思い出せるようになってきたんだよ。そのおかげで……こうして普段通りの私として振る舞えるようになったんですよ、藤原さん♡」
「う、嘘……」
「嘘じゃありませんよ。というよりも今は麻衣としての意識が自然にでてしまうというか、さっきまで使っていたような言葉遣いも無理をしないと出てこないくらいなんですよ」

そう言いながら微笑む目の前のワタシは、マンションの廊下ですれ違った時と同じような穏やかな笑みをしていた。

「あ、あれっ…?」

おかしい。どうして記憶の中に『私自身』を見ている光景が映ったのか。

「ふふっ、どうしました?とにかく、あなたには感謝してるんですよ。こんなに素敵な身体をくれただけでなく、無遠慮に私を犯してくれたおかげで正樹さんの愛を前よりもずっと感じられるようになりましたから。毎晩すごいんですよ?嫌な記憶を忘れさせたいからって私に……」
「やめて……!やめろ!これ以上私から何も奪わないで!!ふざけないでよ!!!」

とても聞いてはいられなかった。目の前のこの女を殺してやりたい。その一心で何度も、拳から血が滲もうとも透明な仕切りを殴り続ける。

「お、おい!お前何やってるんだ!!」
「あらあら、あなたが暴れるから看守さん来ちゃいましたよ?」

看守に身体を押さえつけられるが、私の怒りはとても収まらない。

「私を返してよっ!!返せっ!!……がっ!?」

全身にビリビリとした強い衝撃が走る。呆れたような顔でこちらに目を向ける看守の手にはスタンガンが握られていた。

「ほんと、哀れですね。それじゃあさようなら、二度と会うこともないでしょうけど」
「待っ…て……私の…………」

遠ざかっていくワタシと私を隔てるように、鉄製の扉がゆっくりと閉められていった。















inserted by FC2 system