お風呂場にて

作:toshi9




 とあるお風呂場の中に二人の男女がいた。

 一人は頭が禿げ上がった50歳過ぎの中年の男。もう一人は白いビキニの水着を身に付けた20歳くらいの女の子だった。

「おじさん、今日はあたしを指名してくれてありがとう」

「いやいや、この店に君みたいな子がいるなんて知らなかったよ」

「あたしここには先週入ったんです。よろしくね♪」

「そうだったのか。しかしこんなかわいい子にやってもらえるとは、とても幸せな気分だよ」

「そう? えへへ、そう言われると嬉しいなぁ。じゃあ今日はたっぷりサービスしちゃう」

 女の子は風呂の椅子に座っている男を仰向けに寝そべらせると、手にオイルをたっぷりと漬けて男の腹をマッサージし始めた。男は気持ち良さ気にマッサージを受けていたが、なかなか饒舌らしく、マッサージを受けている間も女の子に冗談を言っては彼女を笑わせていた。







「あ〜気持ちいいな。君、みゆきちゃんと言ったね。みゆきというのは本名かね」

「え? 違いますけど」

「本名はなんて言うのかな」

「本名ですか?」

「ああ、是非教えてくれないかな」

「あたしおじさんのこと気に入っちゃったから教えちゃおうかな。あたしの本名は本田郁美って言うんだ」

「そうか、郁美ちゃんか。いい名前だ」

「そお、ありがと」

「郁美ちゃんは今一人暮らしなのかい」

「うん、卒業してすぐ田舎から上京して就職したんだけれど、実際に仕事に就いてみたら高校で聞いていたのとは大違い。会社が嫌になって半年で辞めちゃったんだ。でも生活費を稼がなくっちゃいけないし、今はここでバイトしているって訳。おじさんこれからも遊びに来てね」

「そうだな……それで、郁美ちゃんには彼氏はいるのかい」

「ええっ? おじさんってもしかしてあたしに気があるとか。いやだぁ。遊びに来てくれるのは嬉しいけれど。ここは本番とか無しだからね」

「ははは、そういう気は無いよ」

「ふふっ、でも教えてあげる。あたし今はフリーなんだ。会社でOLしていた時は付き合っている彼氏……和也さんて言うの……がいたんだけれど、辞めた後は何だか連絡を取り辛くなっちゃって」

「ほう、嫌いになって別れた訳じゃないんだ。それは彼氏も心配しているんじゃないのかい」

「そうだね。時々彼の方から電話くれるんだ。でもこんなあたしじゃぁ……ああ、何だか会いたくなっちゃったなぁ」

「そうかね」

「おかしいね、初めて会った人にこんなこと話ちゃうなんて。おじさんって不思議な人だね」

「もっと郁美ちゃんの事を聞きたいな」

「じゃあ、あたしのこともっと教えてあげる」

 それから男は郁美に腕や背中のマッサージを受けながら彼女のことを聞いていった。家族のこと、田舎でのこと、高校時代の思い出、好きなもの、趣味のこと。

「ああ、これでだいたいわかったよ」

「ええ? どういうこと」

「いや、なんでもない。さて、もうこれでマッサージは終わりなのかい」

「うん、最後にボディシャンプーでおじさんの体を洗ってあげるけれど、追加料金でキスとかお口であっちのほうにしてあげるっていうのはあるよ」

「そうか、じゃあキスさせてくれるかな」

「いいわよ」

 男はくいっと郁美の顎を掴むと、ゆっくりとその唇に己の唇を重ねた。その瞬間郁美の体がびくっと震えた。

「はぁ〜おじさんって……上手。こんなに気持ちいいキスって初めて」

「そうかい、ふふふ、じゃあもう一回どうだい」

「いいわよ」

「でもただのキスじゃつまらないな。今度はこれを口移しに飲ませてあげるってのはどうだい」

「え? なあにそれ」

「ただのジュースだよ。私が時々取り寄せて飲んでいるものさ。美味しいぞ」

「へぇぇ、本当かなぁ。何だか黒っぽくて、気色悪そうだけど、それってコーヒーなの? それともコーラ? あたしコーラは嫌いだよ」

「ふふふ、まあ試してみるんだな」

 男は風呂場に持ち込んでいたそのジュースをごくごくと飲み始めた。それにしても、何だか持つ手に力が入っている。どうやらペットボトルの腹を押さないと中身が出てこないようだ。

 口の中にその飲み物を含ませた男は、ごくりとそれを飲み込んでしまった。

「おっとしまった。飲んじゃったよ」

「おじさんったらばっかみたい」

「すまんすまん、もう一度だ」

 再び男はジュースを飲み始めた。そしてジュースを口に含んだまま。再び郁美の顎を掴むと、くいっと自分の顔のほうに向けた。そして自分の唇を再び郁美の唇に重ねる。

「ん、んんん」

 男が口移しに口の中の飲み物を郁美の口の中に注ぎ込んでいく。いや、その時目を瞑っていた郁美には見えなかったが、男の腹の中から何かがぐぐぐっと口に向かってせり上がっていた。そしてそれも郁美に口の中に入り込んでいった。

「はぁぁ〜 おじさんほんとに上手いわ。この飲み物もおいしい。 え? おじさんどうしたの」

 キスをし終えた男はうつ伏せになったまま郁美の目の前でぐったりしていた。

「おじさん、おじさん、しっかりして、ひっ! ひくっ、ひくっ」

 郁美は慌てて男を揺り動かしたものの、突然しゃっくりをし始めた。

(出て行け)

「え? え? なに? ひくっ、ひくっ」

(出て行け)

「誰? 誰なの? ひくっ、ひくっ」

 何処からか声がする。風呂場には郁美とぐったりしている男しかいないはずなのに。

「ひくっ、お前はここから出て行くんだ……え? だれ? あたし自分で喋った? 何のこと? ひくっ、ひくっ」

 しゃっくりが止まらない郁美。そして彼女のお腹が突然ぷくっと膨らんだかと思うと、膨らみは腹から胸に上がっていった。

「ひくっ、ひくっ、この体はわたしのものだ……いや! 口が勝手に……お前は出ていくんだよ……ひくっ、ひくっ」

 膨らみは、さらに喉に上がっていく。

「ひくっ、ひくっ、きれいな体だ……それに若い……この体、たっぷりと楽しませてもらうとするよ……これからずっと……ひくっ、だれ? どこで喋ってるの。変なこと言わないで! ひくっ、ぐっ」

 喉まで上がってきたものが遂に郁美の口の中に広がり始めていった。

「ぐっ、ぐえっ、なに……気持ち悪い。何か出てくる、ぐえぇぇ」

 郁美は両手で口を押さえて体の中から出てくるものを堪えようとしたが、やがて堪えきれなくなって彼女は口の中から黒いものを吐き出していった。口からこぽこぽと溢れ出て手の隙間からこぼれ落ちていくそれは、郁美の目の前でうつ伏せになったままぐったりと床に倒れている男の背中にぼたぼたと落ちていった。そしてそれは男の体を濡らすことなくまるでゼリーのようにぷるんぷるんと男の脇腹を伝って床に落ちていった。男の周りに黒いゼリー状の水溜りが広がっていく。

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 すっかりお腹のものを吐き出した郁美はしばらく苦しそうにしていたものの、やがて右手で口を拭った。そして拭った自分の右手をじっと見詰めると、にやりと笑った。

「郁美ちゃん、おいしいキスをありがとう。そして素敵な体もね。これって特別料金を払う必要があったかな。と言っても、ふふっ、もう遅いか」

 郁美は目の前の黒いゼリー状の水溜りとその中の男を見詰めてにやりと笑った。そしてすっと立ち上がると、胸に手をやり白い水着のブラジャー越しにその柔らかい乳房をゆっくりと揉み始めた。

「はぁ〜、いい気持ちだ」

 郁美は満足そうに笑うと、足元の男の体を踏みつけた。

「は、はは、ははは、ははは」

 郁美は笑い出だした。





「あっはははは」 

 うつ伏せの男の周りに溜まっている黒いゼリー状のものは徐々に排水溝から流れ出ていった。そして男の体は郁美に踏みつけられる度に体の中身が失くなったように萎んでいった。

 郁美は尚も踏みつける。

 横たわった男の体は、いつしか人間の体というよりも布のような平べったいものになっていた。そして黒いゼリー状のものはすっかり排水溝から流れ出ていって床の上には平べったくなった男の体だけが残されていた。

「ばいばい郁美ちゃん。はははは、さあてと、これでもう今までの生活とはおさらばだ。会社でもうちでも邪魔者扱いだったが、これからは違うぞ。ふむ、これはどうするかな」 

 郁美はすっかり床の上で平たくなってしまった男の体をくるくると丸め始めた。するとそれはまるで紙か布を巻くように簡単に巻かれていった。そして男の体を巻き取り終わると、それを置いたまま郁美は自分の体をぺたぺたと撫で回し始めた。

 細い腕、太股、きゅっと絞れた細い腰、すっきりとしたお腹、そして水着に包まれた何も無い自分の股間をゆっくりとゆっくりと撫で回しては心地良さ気にため息を洩らす。

「はぁ、あ、あ、はぁん、いい気持ち」

 郁美は自分の肌の感触を確かめながら呟いていた。

「郁美ちゃん、君の姿はもらったよ。これからわたし、いやあたしが本田郁美。さあて、帰ったら和也さんに電話してみようかな。もう一度会いたいって。彼デートしてくれるかな、楽しみ……はははは」






(了)

                                     2003年11月17日脱稿



後書き
 この作品は紅珠さんに頂いたイラストを元にして書いてみた作品です。頂いたのは少し前だったのですが、話を付けてアップしたいなと思いつつ、ずうっと手元に置いたままでした。結局10万ヒット達成に合わせてアップすることになってしまいました。紅珠さんイラストどうもありがとうございました。そしてアップが遅くなってすみませんでした(汗
 さて、この作品はお読みになれば分かります通り、裏ゼリージュースのお話として書いてみたものです。黒のゼリージュースの使い方の変形で、自分の体から魂を郁美の体に移すと共に必要に応じて、郁美の体になった後も元の自分の皮を被ることで元の姿に戻れるというわけです。でもこの男、多分もう自分の皮を被ることはないでしょうね。
 紅珠さんのイラストに付けたお話なので、続きはありません。

 それでは、お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。


                                    

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