俺の名前は成瀬信行。都内のとある警察署に勤めている刑事だ。と言っても、既に国家公務員上級職試験に合格して入署した俺は、いわゆるキャリア組ってやつだ。現場勤務の2年を大過なく過ごし、あと一か月を無事勤め終えれば、来月からは念願の本庁勤務が待っている。

 そんな矢先にその事件は起きた。そして俺は……




黒の牢獄

作:toshi9




 その日俺は、署の先輩刑事と一緒にある事件の犯人を追いかけていた。
 それは署の刑事課に配属されてからずっと行方を追っていた指名手配犯人だった。その男をようやくある廃ビルの中に追い込んだのだ。だが、ビルの中に踏み込むと人の気配が全くしない。俺たちは男を見失ってしまっていた。

「おい、二手に分かれよう」
「わかりました、それじゃ俺は非常階段で屋上に上がって、上から探します」
「よし、お前は上から頼む。俺は1階からしらみつぶしに上がっていく。成瀬、アイツにはこれまで何度も追跡を振り切られている。今度こそ逃がすわけにはいかないぞ。焦らなくてもいいから慎重に探すんだ」
「はい。俺が必ず逮捕してやりますよ」

 俺は先輩に向かって自信満々に答えた。

 このビルには入口が一ヶ所しかない。あとの出入り口は外壁の非常階段だけだ。その中に追い込んだということは、奴はもう袋のネズミ同然じゃないか。
 そうだ、こんなチャンスは滅多に無い。ここで俺が奴をこの手で逮捕したら、本庁勤務になる俺のキャリアにますます箔が付くってものさ。

 内心そんな思いを巡らしながら非常階段を駆け上がると、屋上の非常扉を開けてビルの最上階に入った。そして部屋を一部屋ずつ確かめていく。だが、どの部屋にも犯人らしき姿はない。
 そしてまた一つ、俺は部屋のドアを開けた。

「もう逃げ場は無いぞ、大人しく出て来い……え? 誰だ?」

 がらんとした部屋の中には誰もいないのかと思いきや、窓から差し込む夕陽に誰かが横たわっている姿が映し出されていた。
 だがそれは追いかけていた犯人ではない。がっちりした犯人のシルエットとは全く違う小柄な女性のものだった。
 近寄ってみると高校の制服、それも都内でも有名な私立女子高のブレザーを着た女の子だった。俺は、気を失っているその女の子を抱き起こした。

「おい、君、しっかりしろ」
「う、う〜ん」

 あれ? この子は失踪届けの出ていた芙蓉財閥の令嬢じゃないか。
 名前は……確か、芙蓉みずほ。

「君、芙蓉みずほさんだろう。奴に拉致されていたのか? いつからここに? 奴はどこだ?」

 抱き起した俺の腕の中で目を開いた女の子に向かって、矢継ぎ早に問いただす。
 だが、彼女は怯えるように顔を伏せて何も答えない。

「あ、ごめん。怖がらせちゃったかい? もう大丈夫だから安心して」

 ちょっと言い過ぎたかな。
 そう思って謝る俺に無言のままいきなり抱きつくと、彼女は俺の胸の中に顔を埋めて泣き出した。

「ひっく、ひっく、ひっく」

 泣きながら俺にもたれかかり、彼女は俺の体を両手でぎゅっと抱きしめた。俺の二の腕に密着した胸の膨らみがくにゃりとつぶれるのを感じる。

「お、おい、君」

 戸惑いながらも、押し付けられてくる柔らかなふくらみに俺はにやけていた。

 くうっ、何て感触だ。こんな大きな胸と密着するの初めてだが……って、それどころじゃないだろう、俺。とにかくこの子を落ち着かせなきゃ。

「落ち着くんだ、大丈夫、大丈夫だから」

 俺は彼女に抱きしめられたまま話しかけ、ゆっくりと彼女を引き離そうとした。

 ん?

 その時、俺は言いようのない違和感を感じた。

 何だろう。

 年頃の女の子と密着しているのに、彼女からは少女特有の良い匂いがしてこない。匂ってくるのは汗とタバコの匂いが混じったような……まるで中年のおっさんのような匂いだった。だが戸惑う間もなく、俺は突然首筋に痛みが走るのを感じた。

 チクッ

 え?

 気が付くと、胸の中で怯えていたはずの女の子は顔を上げてにやりと笑っている。その手には夕陽を反射して赤く光る針のようなものが握られていた。

「よくも俺をここまで追い詰めてくれたな、若い刑事さんよ。へへへ、ご褒美をあげないとなあ」

(え? 君、どういうことだ)

 そう言おうとしたものの、声が出ない。どんどん体から力が抜けていく。やがて四肢に全く力が入らなくなってしまった俺は、床にぐったりと寝転がってしまっていた。

 一方制服姿の女の子は、冷たい表情で、横たわった俺を見下ろしている。
 彼女の穿いている青いパンツが目に飛びこむ。

「ふふふふふ、油断大敵だな、刑事さんよ」
「う〜う〜」
「この針で、お前の全身の筋肉を弛緩させてやった。しばらくは体に力が入らないだろう」
「ううう〜うう〜」
「さてと、それじゃあいいものを飲ませてあげるぜ」

 財閥のお嬢様とは思えない乱暴な言葉使いで、彼女は部屋の隅に置かれていた私立高校の名前入りの濃紺のスポーツバッグの中から2本のペットボトルと紙コップを取り出すと、ペットボトルの中身を紙コップに注いでいく。1本目から出てきたのは黒い液体、2本目は白い液体だった。

「さあ、飲みな」
「あ、あぐっ」

 彼女は俺の顎を押さえて口を強引に開かせると、床で大の字に寝転がった俺の口の上からそのジュースを注ぎ込んだ。いや、紙コップの中で混ざらずに白と黒のマーブル状になっていたそれは、ジュースというようりゼリーのような感触だった。

 ごくっ、ごくっ

 自分では閉めることのできない開いたままの口に、そのゼリーはどんどんと注ぎ込まれていく。
 紙コップから注がれるゼリーの最後の一滴が俺の口の中に落ち終えると、程なくして全身が熱くなると共にむずむずとしてくる。

「う、うう〜(かゆい、何とかしてくれ)」
「よし、そろそろいいかな」

 俺の苦しげな表情を見ながら、彼女は一枚一枚俺の服を脱がせ始めた。

(この子、俺に何をしようと言うんだ)

 全ての服を脱がされすっかり裸になった俺のことを、彼女は小馬鹿にした表情で見詰めている。

「さてと」

 彼女はバッグから奇妙な形のナイフを取り出すと、その刃を俺の腹にさくっと突きたてた。

(ぐえっ、痛……あれ? 痛くない?)

 刃先を徐々に腹から首筋にかけて切り進めていくと、俺の首から胸、腹とぱっくりとした傷口が開く。だが血は一滴も出てこない。

(なんだ、何が起きているんだ)
「さあ、出て来るんだ、刑事さん」

 彼女は開いた俺の傷口に両手を突っ込むと、がばっと押し広げようとする。

(ひっ)

 声にならない悲鳴を上げる俺。だがその時、驚くべきことが起こった。
 俺の体の皮がぺろりと剥けたのだ。
 彼女は傷口を大きく広げて、頭から首、肩、そして胸と上手に俺の皮を剥がしていく。だが皮を剥がされたにもかかわらず、俺は痛くも何ともなかった。

 女の子は足先まですっかり剥き取られてしまった俺の皮を、俺に向かって広げてみせた。髪の毛も顔も、そして股間にぶらりと垂れ下がったナニもそのままついていたそれは、まるで俺の身体をかたどった全身タイツか着ぐるみのようだった。

「ふん、まずまずだな」

 そう言って、持っていた俺の皮をぽいと床に放り投げる制服姿の令嬢。

「さてと、それじゃ俺も脱ぐとするか」

 彼女は己のブレザーを脱ぎ捨てると胸のリボンタイを取り、ブラウスのボタンを一つ一つ外していく。スカートのホックを外すと、はらりとスカートが床に落ちる。ブラジャー、ショーツ、そして紺のハイソックスまでも脱ぎ捨てると、彼女は一糸纏わぬ姿になってしまった。
 華奢だが出ているところはしっかり出ているその姿を、体を動かせない俺はじっと見ているしかなかった。

「どうだい、この綺麗な体。これは今から……ふふふ、まあ見ているんだな」

 すっかり裸になった彼女は、今度は己の滑らかな腹にナイフを突きたてると、刃先を徐々に引き下ろしていく。やはり血は一滴も出ない。そしてその傷を自分で押し開くと、ゆっくりと自分の皮を剥いていった。

(なっ!)

 まるで着ぐるみから抜け出るように出てきたのは、俺と先輩が追いかけていた犯人の男だった。
 なぜ華奢な少女の身体の中からはるかにごつい男が出てくるのか、まるで理解できない。だが、それは紛れもなく男だった。

(お、お前は、なぜお前が……どういうことなんだ)
「ふふふ、何が起きているのか理解できないって顔だな。ま、すぐにわかるさ」
(くそう、体さえ動かせれば)

 男を睨みつけようとしたが、思うように顔も首も動かせない。
 男は動けない俺に近寄ると、にや〜っと笑った。

「な、何をする気だ。だ、だがお前が何をしようと……どんなことがあっても俺がお前を逮捕してやる。も、もうすぐ先輩もここに上がってくる、くっ」

 やっとの思いで、動かない口から声を絞り出す。

「へぇ、もうしゃべれるようになったのか。ふふふ、そうか、もう一人仲間がいるんだったな。それじゃ早いとこ済ませるとするか」

 男は今まで自分が着ていた女の子の皮を俺の前に広げて見せる。

「この皮は本物なんだぜ。誘拐した芙蓉家の令嬢から剥ぎ取ったものさ。このまま俺が彼女に成りすまそうかと思っていたんたが、気が変わったよ。もっと面白いことを思いついた」
「お、面白いこと?」
「黒のゼリージュースで作ったこの皮を被ると、被った人間は彼女になれるが、脱げば元に戻ることができる。でもな」

 そう言いながら、男は切り裂いた部分を押し広げて俺に近づいて来る。

「もしも脱皮したばかりの人間が着るとどうなるか」

 ぞくっ

 男がにや〜っと嫌な笑いを浮かべた。

「お前が飲んだジュースは黒と白のミックスジュースだ。効果は脱皮するだけだが、もし脱皮してすぐに別の皮を着たら、新しい皮は肌から離れなくなる。脱皮した皮の代わりに新しい皮が馴染んでしまうんだよ。つまり、お前自身の肌になってしまうというわけだ」

 男は意味不明の説明をしながら動かない俺の右足を持ち上げると、芙蓉みずほの皮の中に入れていった。
 まだ生暖かい感触が足先から伝わってくる。そして左足も皮の中入れると腰を持ち上げ、俺の脚から下半身に徐々に皮を着せていく。
 ようやくしゃべることができたものの、体は未だ動かすことができない俺の身体は、男のなすがままだった。
 不思議なことに、皮のサイズは俺よりも小さいにも関わらず、俺の下半身はその中に何の抵抗もなくすっぽりと納まっていく。

 恐怖を感じた俺は抵抗しようとした。だがいくら力を入れようとしても体は自由に動かない。
 がくがくと口を震わせながら俺は男に問いかけた。

「お、お前、何を考えてるんだ……本物のみずほさんはどこだ」
「本物? さてな。皮の中身は用済みだ。この皮を着たお前が今から本物の芙蓉みずほになるんだからな」
「……や、やめろ、やめろぉ」

 だが男は俺の悲鳴に似た言葉を無視して、動けない俺の身体に彼女の皮を着せていった。
 両脚から下半身、腰、胸と皮を引き上げられ、その両腕の皮の中に腕をするすると入れていく。
 そしてあっという間に頭だけを残して俺の首から下に少女の皮を着せられていた。俺の身体よりはるかに小さな皮を着せられているのに、全く窮屈な感じはしない。

「いい格好だな。あとは頭の皮だけだ。全ての皮を被せたら、もうお前はお前じゃなくなる」
「や、やめ」
「あばよ、刑事さん」

 そう言うや、男は少女の頭の皮を俺にずぼっと被せた。
 一瞬視界が真っ暗になる。
 俺の顔や頭の周りを手が這い回るのを感じる。
 だがそれはほんの短い間だった。すぐに視界がよみがえる。

「ふふふ、すっかりかわいくなったな。それじゃあ服も着せてあげようか」

 男は手に持った青いショーツに俺の両足を通すと、腰にするすると引き上げていった。
 ブラジャーも胸につけられる。
 ブラジャーはパチンと止められても全く締め付けられる感じがしない。なぜか彼女の下着は俺の身体にぴったりだった。
 そしてブラウス、プリーツのスカート、リボンタイと着せられていく。
 そう、俺はさっきまでの令嬢の制服を次々と着せられていた。
 下着だけでなく、彼女が着ていた服はどれも少しもきつくはなかった。すべてが妙にフィットしている。

「ふふふ、これでおしまいだ」

 紺色のハイソックス、そしてローファーまでも彼女のものを履かされると、俺は男の手で上半身を起こされた。 
 男はスポーツバッグから手鏡を取り出すと、俺にかざして見せる。

「あ、あ……」

 語るべき言葉が見つからない。
 そこに映っているのは俺ではなく、私立女子高校の制服を着た財閥令嬢・芙蓉みずほの姿だった。

 これが俺なのか

 鏡の向こうで困惑の表情を俺に向けている少女の顔を見ながら、俺は唖然としていた。

「さて、次は……」

 男は再び皮を手に持っていた。それは俺から剥ぎ取った皮だった。
 男はそれを自分で着込んでいく。最後に頭からすっぽりかぶるとやりと笑った。俺の顔で。俺の皮を着込んだ男は俺の姿に変わっていた。

「き、きさま〜」

 そう言って、俺は「あっ」と口を手でおさえた。
 俺の声は甲高い少女の声になっていた。

「時間が経てば着替えた皮に体が馴染んでいく。声も、体臭も体の中身も外見と同じ少女のものに変わっていくんだよ。生理が来れば子供だって生めるぜ。そしてもう二度と元の姿には戻れない。もうその姿がお前の姿だ。そしてお前の皮は俺のモノだ。今からこの俺がお前になるのさ。そうさ、俺が刑事だ。そしてこのイケメンの刑事さんが今からやることは何だと思う? ふふふ」

 俺の皮を奪って俺になった男は、服を着ると濃紺のスポーツバッグの中から今度は小型のカメラを取り出した。そしてそれを力無く床に座らせられた俺の前で自動録画の準備をし始める。

「何を……する気だ」
「何をする気だって? ふふふ、こうするのさ」

 俺の顔をした男は、カメラの録画スイッチを入れた。そしてカメラの前で、床に投げ出された俺の両脚をがばっと押し開くと、体の上に覆いかぶさってきた。

「お嬢さん綺麗だなあ、俺はもう我慢できないんだ」

 そう言ってへらへらと笑いながら俺の股間を片手でまさぐる。

「あひっ」
「お嬢さんヤらせてくれよ、俺に逆らうと逮捕だぞ。いい子だから大人しくしているんだ」

 ブラウスの上から胸をまさぐられる。乱暴にスカートの中に手を突っ込まれ、股間をいじられる。だがそこに慣れ親しんだ俺のムスコの感触は無い。伝わってくるのは胸にできあがった豊乳を奴の手でまさぐられる感触、そして突起のなくなった股間を指が動きまわる毎に体の中からこみ上げてくる切ないような奇妙な感情だった。指が乱暴に俺の股間の陰唇の間に押し入ってくると、そこから感じられる今まで体験したことのない心地よさに、自分のものとも思えぬ嬌声を漏らしてしまう。体の奥からじわりと何かが股間に溢れてくるのを感じた。

「あ、あん」
「おや、もう濡れてきたのかい? そんなに気持ちいいんだ。そうか、君はもう随分経験しているんだね。全くなんて淫乱なんだ。この刑事さんがお仕置きしないとなあ」

 そう言って、男はズボンのファスナーをおろすと、中からペニスを取り出す。見慣れた俺のムスコを。

「気持ちよくしてくれよ」

 そう言って、男は俺の顔にペニスを近づけると、俺の口の中に突っ込んできた。

「ん、んぐぐ」

 口中でゆっくりと出し入れされる、さっきまで俺のものだったペニス。
 その柔らかく生暖かい、気持ちの悪い感触に噛み切ってやろうかと思ったが、思うように力が入らない。
 そうしている間にも、口の中のペニスはみるみる硬直してくる。

「ふふふ、芙蓉財閥のご令嬢の口でしてもらうとは、何て幸せなんだ。さてと、もういいようだな」

 制服のスカートをまくりあげ、俺のはいていた青いパンツを脱がした男は、鼻息を荒くして俺の股間にムスコを押し当て、そしてぐいっと押し込んできた。

「あ、あがっ」
「ううう、いい気持ちだ。絡みついてくる、いい、いいぞ」

 俺の腰を両手で押さえて、己の腰を前後に出し入れする男。俺の中に挿入されたペニスはみるみる硬くなり、ぐりぐりと膣の中を動き回る。脳天まで貫かれるような心地よさが俺の身体を駆け巡った。

「あ、あうん」

 いつの間にか俺は目の前の男の首に手を回し、自分のほうから腰を動かしていた

「気持ち……いい、も、もっと、もっと」
「気持ちよさそうだな、さあ、一緒に」
「あ、あん、なにこれ…ああん」
「い、いくぞ」

 どぴゅ!

 男の声と同時に、俺の中で硬く硬直したペニスから体の奥に勢い良く噴出されるモノを感じた瞬間、俺の頭の中は真っ白になってしまった。



 朦朧とした意識の彼方で声が聞こえる。



「いい絵が撮れた。ありがとよ、刑事さん。いいや、お嬢ちゃんか。それにとっても気持ち良かったぜ、この体もその身体もな。ふふふ、またヤりたくなったら連絡するからヤらせてくれよ。ああ、その時はお金も持ってくるんだぞ。いやだと言ったら、今撮った映像をネットで公開する。どういう意味かわかるだろう」



 遠くでサイレンが聞こえる。



 気がつくと、いつの間にか先輩が男の横に立っていた。どうやら、先輩もようやくここまで上がってきたようだ。
 俺に成りすました男は、先輩に向かって何やら説明をしている。
 どうやら、犯人は取り逃がしたけれども芙蓉家の令嬢を発見して身柄を確保したと言っているらしい。

「違うんです、そいつは俺じゃない、にせ」……そこまで言いかけて声が止まる

 俺の顔をした男が先輩の横で睨んでいる。

「令嬢はまだ意識が混乱しているようです。よほど怖い目に遭ったんでしょう」
「そうか。お嬢さん、我々が責任を持ってお守りしますので、もうご安心ください」

 先輩は俺に向かって「お嬢さん」と声をかける。

「あ、あの……」

 俺は先輩に「俺は芙蓉みずほじゃない、成瀬信行です」と訴えようとした。だが再び男は先輩に話しかけ、俺の言葉を遮る。

「とにかくここを離れましょう。そうだ、すぐに署に連絡してご両親をお呼びしては?」
「そうだな、結局今日も奴を取り逃がしてしまったが、まあ仕方なかろう。代わりに令嬢の身柄を確保できたんだ。まず令嬢を安全に送り届けるのが第一だな」
「ということですよ、お嬢さん。もう安心ですから何も怖がることがないんですよ」

 男は俺を見てそう言うと、にやっと笑った。
 なおも先輩に訴えかけようとしたが、その時応援の警官隊がどやどやと入ってきた。喧噪の中、結局俺は何も話すこともできずに、警官隊に守られながらパトカーに乗せられてしまった。

 刑事の俺がこんな姿にされて、犯人に自分の姿を奪われたなんて大失態だ。それにこの状況を署で何と説明したら良いんだ。

 パトカーの後部座敷に座ってそんな事を考えていると、スカートから伸びる形の良い自分の太ももが目に入ってくる。ルームミラーに目をやると、女性警官に左右から挟まれるように座る芙蓉みずほの姿が映っている。この少女が今の俺なのだ。
 俺は自分のほっそりした指を目の前にかざしてふぅ〜っと溜息をついた。

 この姿じゃ、話したところで誰も信じてくれないかもな。そしたら俺はこのまま女として、芙蓉財閥の令嬢として生きていくしかないのか。待てよ、ということは大金持ちの娘として何不自由ない暮らしを……ま、それもいいかもしれないな。

 あきらめとも期待ともつかない思考が頭を覆っていく。

 結局、俺の芙蓉みずほではないという訴えは誰にもまともに取り合ってもらえることなく、俺の身柄は程なくやってきた両親に引き取られた。



 それから数か月が経った。
 『芙蓉みずほ』らしくないどころか、女らしくもない俺の行動は普段であれば不審がられるところだろうが、学友も教師も拉致されたショックのせいだろうと気遣ってくれる。俺は少しずつ芙蓉家の令嬢として私立女子校に通う生活に、女子高生としての毎日に慣らされていった。

 だが、家に戻ると古いしきたりに縛られた上流社会の堅苦しい生活、かわいいのが取り柄とは言え、女として生きる窮屈な毎日、そんな暮らしに俺は易僻としていた。
 そしてある日、はいていたショーツの股間ににじみ出た赤いシミを見た時、ただ深い溜息をつくしかなかった。

「この俺が男と結婚して子供を産むのか。そんな事できるわけ……」

 その日の前日、親から突然婚約話について切り出されていたのだ。
 ハードケースに入れられた、正装の男が写った一枚の大判写真を俺の前に出すと、その男と婚約しろと言うのだ。おまけに、こんな良い縁談はない、高校を卒業したらすぐにでも結婚したほうがよいとまで言う。
 表面上は凶悪犯に襲われた俺のことを気遣っての事だと説明するが、実のところいわゆる政略結婚というやつらしい。

 同じ家柄の格式ばった良家に嫁いで、そこで子供を産み育てる。そんな未来を想像して俺はぞっとした。断ろうにも、やんわりと諭すばかりで、内実は有無を言わせず結婚させる腹らしい。

 今の俺は芙蓉みずほという名の牢獄に捕らわれた俘虜そのものだ。

「お嬢様、いかがなされました?」

 思いにふける俺に、芙蓉家の屋敷のメイドが尋ねる。

「いいえ、何でも」

 このメイドにも何度「俺はみずほお嬢さんじゃない」と説明したことだろう。でも笑って聞き流すだけで信じてくれない。
 結局、誰も俺が芙蓉みずほではなく成瀬信行だと知る者はいない。話しても信じてくれない。ただ一人を除いて。



「お嬢ちゃん、持ってきてくれたかい?」

 俺は学校帰りにあるシティホテルの一室に来ている。
 部屋の中で待っていたのは俺の顔をしたあの男。

「ほら、これだ」

 俺は紙袋を男に放り投げた。
 俺の姿を奪った男は、時折俺の体と、そして金を要求してくる。
 応じなければあの時撮った映像を公開すると脅すのだ。
 公開したら困るのはお前のほうだろうと言い返すが、男にとっては何でもない事らしい。

「ありがとよ」
「もういいかげんにしてくれ。いくら金持ちでも俺の小遣いにも限度があるんだ」
「またパパにおねだりすればいいだろう。全く良い生活だな。俺にこんな額のお金を貢いでくれるほど有り余った小遣いをもらう女子高生なんてざらにいないぜ、みずほちゃん」
「みずほちゃんはやめろ。それよりお前、本庁で妙な事をしていないだろうな」
「さてね、そんな事みずほちゃんの知ったことじゃないだろう、ふふふふ」

 奴は俺に成りすましたまま本庁に異動し、今や本来俺が進むはずだったエリート街道に納まっている。犯罪者が警察の中枢を担っているだけでも恐ろしいことなのだが、奴にとってはそれもどうでもいい事らしい。もし公開したらしたで、俺の皮を脱いで姿をくらますだけだと事もなげにいう。
 仕方なく俺はその度に男の指定したホテルで会っていた。朦朧とした記憶の中で聞いた男の言葉が妙に気にかかっていたのだ。

「もういいだろう。いい加減あの時のビデオのメモリーを渡してくれ。お前にとっちゃ何の得にもならないものだろう」
「ふふふ、これを公開して俺が行方をくらませば、お前は元に戻っても全国指名手配だな。未成年恐喝不純異性行為その他でムショ暮らしは避けられないだろうよ。お前の人生は終わりさ」
「元に戻ってもだって? お前、もう元に戻れないと言っていただろう。俺は元に戻れるのか?」
「さあな」
「教えてくれ、元に戻れるのか戻れないのか」
「簡単なことさ。お前はもう元には戻れない。この世で芙蓉みずほはお前ひとりさ。だが元のお前の皮はここにある。じゃあどうすればいいかわかるだろう」
「お前が何を言っているのか俺にはさっぱりわからない。ちゃんと説明してくれ」
「ふふふふ」

 そんな問答を繰り返しては、いつもはぐらかされてしまう。

「まあ、とにかくありがとよ。それより今夜もその身体を堪能させてくれよ」
「頼む、俺を元に戻してくれ。もういやだこんな生活」
「ふふふ、早く服を脱ぐんだ。そして体を開け」

 エリート街道は目の前だった。それなのに……どうしてこんなことになってしまったんだ。元に戻れるという言葉、信じていいのか? それとも……

 美しき牢獄の中で、今夜も俺は俺の姿をした悪魔の贄となる。


(了)





後書き
 「TS解体新書」を立ち上げて早や11年目になりました。最近は自分で執筆する余裕がほとんどなくなってきましたが、11年目の記念作品にと、久々に1本書き上げてみました。
 この作品は随分昔によしおかさんのところに投稿してみようと書き始めたゼリージュース作品の最初のプロットが元になっています。その後大幅な修正の末に完成した作品が投稿した「黒の選択」なのですが、残していたプロットをも元に再び書き綴っていったのが今回の作品です。ですから、この作品と「黒の選択」は姉妹作品と言えますね。使ったゼリージュースも「黒の選択」と同じ黒と白のミックスです。黒だけを使うと皮を残して中身がゼリー化しますが、ミックスすることで一皮むけるだけという設定です。少しでも楽しんでもらえれば何よりです。
 何はともあれ、今年もがんばって更新していきたいと思いますので、よろしくお願いしますね。 (2014年2月24日 toshi9)















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