4年後

作:toshi9





 あの嵐の日から4年が過ぎた。あの悪夢の日から……。

 嵐の中、雷を避けるために早紀と二人で飛び込んだ人里離れた洋館。そこで留守番をしていたありさちゃんが出してくれたピンク色のゼリーを食べてから全ては変わってしまった。

 気がつくと僕の体は顔だけを残して、他の全てが幼い少女に、ありさちゃんの体に変わってしまっていた。そう、120cmそこそこの小さな少女の体なのに、顔だけは僕のまま。

 だが不思議なことに買い物から帰ってきたありさちゃんの両親は、僕のことをありさちゃんと信じて疑わない。

 この顔は明らかに僕の顔だというのに、彼らには僕の全てがありさちゃんに見えるらしいのだ。

 そしてあの日以来、僕はありさちゃんとしての生活を余儀なくされた。

 ありさちゃんの両親と洋館で暮らす毎日。いくら僕が「自分は市川和夫なんだ」と説明しても、彼らは娘の夢物語としか聞いてくれない。

 自分の家に電話しても、幼い子供の悪戯だと一蹴されてしまう始末だった。



 新学期が始まると、僕は小学校の女子制服を着せられ、母親の車で小学校に通うようになった。だが小学校でも事態は何ら変わることなかった。両親と同じように先生もクラスの同級生も僕の言うことに取り合おうとしない。

 僕の周りの誰もが僕のことをありさちゃんだと信じ込んでいる。

 休みの日には母親の選んだドレスを着せられ、父親が買った人形に囲まれて暮らす。

 ありさちゃんは両親に溺愛されていた。

 だが僕にとってそれは逃げ場の無い牢獄のようなものだった。

 年月だけが空しく過ぎていく。

 少しずつ成長していくありさちゃんの幼い体は、幼女から少女らしい丸みのあるラインを描き始めていた。

 こりこりした違和感とともに、胸が日に日に膨らんでいくのを感じる。

 こないだ母親が「もうすぐありさにもブラジャーを買わなきゃね」って言ってた。

 そして遂に僕は……。

「う、うわぁ〜」

「どうしたの、ありさちゃん」

 母親がトイレの外から声をかける。

 個室の中で、僕はぶるぶる震えていた。

 僕の股間からは血の雫が滴り落ちていた。



 その夜の食卓には赤飯が添えられた。



 そして4年が過ぎた。

 14歳の僕はセーラー服を着て中学校に通っている。女子中学生として。

 こんなことにならなければ今頃僕は24歳、とっくに就職しているはずなのに……。

 不思議なことに、ありさちゃんの体が成長しても、僕の顔は4年前と変わらない。

 いや、体の影響を受けているのか、あの日以来ヒゲが生えることもなくなった。それに顔つきも女っぽくなってきたような気がする。

 僕の顔も、もしかしたら本来のありさちゃんになってきているのかもしれない。

 そう言えばこの頃、女の子としての暮らしにもすっかり慣れてしまった。その一方で男だった頃の記憶は段々あやふやになっていくような気がする。

 僕はこのままありさちゃんになってしまうんだろうか。

 時折そんな恐怖が頭をよぎる。

 でもそんな恐れは無駄なことなのかもしれない。

 だって誰も僕のことを僕と見てはくれないんだから。

 早紀はどうしているんだろう。あれから全く連絡が取れない。



(了)

                                        2006年9月12日脱稿




後書き

 この作品は、ボディスナッチャー(ピンク)の後日談として書いてみた作品です。目にした方がいるかもしれませんが、実はある掲示板でボディスナッチャー(ピンク)の和夫は成長したらどうなるんだろうって議論されているのを偶然目にしまして、つい即興で和夫のその後を描いたショートストーリーをその掲示板に投下してしまいました。で、この作品はそれを元にもう少しだけ内容を膨らませてみたものです。
 それにしても、4年前に書いた作品を今でも話題にしてもらえる、作者にとってこんな嬉しいことはありません。あそこであの書き込みをしていただいた皆さん、どうもありがとうございました。
 この作品を感謝の気持ちに代えて。
                         toshi9


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