その店は路地裏のビルの2階にあった。
 そこは、ある願望や欲望を抱いた人間の集う場所。
 名前は《TSショップ》 
 そこで売られているのは色々な種類の「ゼリージュース」

 今日も一人の男が店のドアを開けようとしていた。
 さて、彼はどのゼリージュースを選ぶのか。




「いらっしゃいませ」
「すみません、ネットショップで注文した者ですが」
「ネットショップですね。ご注文番号をお教えいただけますか?」
「…………ですけど」
「……はい、確かに承っております。それではこちらを」
「あの、ネットでは1本しか注文できなかったけれど、2本買えません?」
「申し訳ありません、お一人1回に1本と決められておりますので」
「そうか、じゃあそれでいいよ」

 制服姿の女性店員は冷蔵ショーケースから明るい空色の液体が入ったペットボトルを取り出すと、男の前に置いた。

「レア物ですので料金は通常品よりも少々お高くなりますが、よろしゅうございますか?」

 男は財布から代金を抜き出すと、店員に差し出す。

「ああ、これを使ってみたいんだ」
「ありがとうございます。それではゼリージュースをどうぞお楽しみください。でも取り扱いにはくれぐれも気をつけてくださいね」

 そう言いながらゼリージュースを袋に入れると、女性店員は男に手渡した。

「わかってる、よくわかってるさ……くっふふふ」

 店を出てビルの外に出た男は、手に持ったペットボトルの入った袋を握り締め、含み笑いを漏らしていた。




銀盤に舞う(前編)
作:toshi9 




「よし成功だ! 真帆、いいぞ」

 トリプルルッツとトリプルトゥループの連続ジャンプを成功させ、スケートリンクの上で真帆が小さくガッツポーズをする。そして、白い衣装に身を包んで華麗に舞う妹の演技に、俺も観客席で大きなガッツポーズをしていた。

 俺の名前は深田篤志。名古屋の私立大学に通う20歳の大学生だ。そして今リンクで舞っているのは妹の深田真帆。高校1年生ながら次のオリンピック出場が確実視されている、女子フィギュアスケート界のアイドルだ。
 実はかく言う俺もフィギュアスケートをやっているが、真帆と違って競技会への出場はおろか大学のスケート部の中でさえ選手になれない、平凡で目立たない存在だ。そんな俺にとって妹の真帆は眩しく、そして誇らしい存在だった。

 やがて真帆のショートプログラムの演技が終わり、スコアボードに真帆の点数とRANK1という文字が映し出され、順位表の一番上に「MAHO FUKATA」という名前が上がる。

「やったぜ、真帆がトップだ!! こりゃあ明日のフリーが楽しみだぜ」

 リンクの中央で嬉しそうに観客に手を振る真帆。その姿は白い妖精という言葉が相応しい。そんな氷上の妹を俺はある種の羨ましさと、少し甘酸っぱい思いを抱いて見詰めていた。
 真帆はスケート協会の理事を務める親父が再婚した相手、フィギュアスケートのコーチでもある新しい母さんが我が家につれて来た。つまり妹と言っても真帆と俺とは血が繋がっていない。
 一人っ子だった彼女は俺のことを「おにいちゃん」と呼んで慕ってくれているが、俺のほうは彼女がなついてくればくるほど、自分の気持ちを必死で抑えていた。

「よお篤志、相変わらずのシスコン振りだな」
「え? ああ、なんだ緑川か」

 振り返ると、そこには同じ男子スケート部員の緑川悠太が立っていた。部員と言っても、部活中も練習そっちのけで女子部員が練習する様子ばかり眺めている、そして女子部員とのコンパになると元気になるような奴だ。

「なんだはないだろう。いやあ、それにしても『女子フィギュアスケート界のエース』と言われたうちのアネキをショートプログラム2位に蹴落とすとは、全くあんな妹を持って羨ましい奴だな」
「ま、まあな」
「でも篤志、お前は彼女をただの妹だとは思ってないんだろう」
「……どういうことだ?」

 どきりとしつつ、俺は緑川に問い返した。

「真帆ちゃんのことを秘かに好きになっている。できればえっちした……」

 がつっ!

 緑川が言い終える前に、俺の拳は奴の顎を捉えていた。

「貴様、変なことを言うと承知しないぞ!」
「ぺっ、よく話を聞け。どうだ篤志、お前の秘かな願い、俺が叶えてやろうじゃないか」

 取り出したハンカチで血の滲んだ口を押さえながら、緑川は言った。

「願いを叶えるだと?」
「ああそうだ、この『ゼリージュース』を使ってな」

 そう言いながら、緑川はバッグから1本のペットボトルを取り出した。中には青っぽい色の飲み物が入ってる。

「ゼリージュース? なんだそりゃ!?」
「ふふん、お前が知っている筈ないか。とにかくこれを使えば、真帆ちゃんのほうからお前に『好き』って言い寄ってくるんだよ。そしたらお前は彼女とえっちすればいい」
「よくわからんな。それにそもそも俺が真帆とえっちしたいなんて思う訳ないだろう」
「へへっ、隠さなくてもいいぜ。物欲しそうに真帆ちゃんをじっと見ていたお前の目、あれは兄が妹を見る目じゃなかったな。お前が何を考えていたのか見え見えだぜ。彼女とえっちしたい。そうに思っているに決まってる。そもそもお前たちは血が繋がってないんだろう。それなのにあんなかわいい子と一つ屋根の下で暮らしているんだもんな。わかるわかる、俺だったらもう我慢できないぜ」
「お前、何か勘違いしてないか?」
「どうだ、この俺がその願いを叶えてやるから、今から俺に付き合わないか?」
「お前に付き合う?」
「ああ、実はこのゼリージュースは手に入れたばかりでまだ試してないんだ。一人じゃちょっと不安なんでお前も一緒に飲んでみないかと思ったんだ。つまり……」
「待て、俺はそんな得体の知れないものを飲む気はないぞ」
「駄目か?」
「断る」
「どうしてもか?」
「くどい!」
「そうか、わかったよ。仕方ない、じゃあ一人で試してみるとするよ。そうだな……それじゃあ、今日もし真帆ちゃんがお前とえっちしたら、明日改めて俺に付き合うっていうのはどうだ」
「お前、何をしたいんだ?」
「それはまだ言えんが、いいな、真帆ちゃんが今日中にお前とえっちしたら、明日は俺に付き合うんだぞ」
「わかったわかった、でもあの真帆がそんなことをする訳ないよ」
「それはどうかな? まあ楽しみにしてるんだな。じゃあまた後で会おうぜ、おにいちゃん」

 からかうような口調でそういい残すと、緑川はすたすたと歩み去っていった。

「前から変な奴だとは思っていたけど、あいつ何を考えてるんだ。……まあいいや、それよりも真帆を迎えにいくとするか」

 俺は観客席から選手控え室に降りていくと、部屋の前で真帆が戻ってくるのを待った。そしてしばらくの後、真帆のコーチでもある母さんと一緒にスケートシューズを履いたまま真帆がやってきた。勿論さっき滑っていた時に着ていた白い衣装のままだ。

「あ、おにいちゃん」
「よお真帆、やったな」
「うん、でも本番は明日のフリーだから。明日は絶対失敗できないよ」
「そうね、真帆、明日もがんばるのよ」
「うん、お母さん」

 俺は二人の会話を眩しく聞いていた。三流スケーターの俺には表彰台やエキシビジョンのスポットライトは全く縁がない。

「じゃああたしは、今夜はお父さんと一緒に協会の方たちとお話があるから。篤志さん、真帆のことを頼んだわよ」
「ああ」

 昨今のフィギュアスケート人気で、真帆は街中を歩いているとすぐに声をかけられ、ファンに囲まれてしまう。ましてや大勢のファンが押し寄せる競技会の会場から一人で出るのは一苦労だ。俺はそんな妹のボディガードも兼ねていた。

「じゃあ一緒に帰ろう。早く着替えてきな」
「うん、おにいちゃん」

 真帆はにこっと笑うと控え室に入った。だが中に入ってしばらくすると「きゃっ」という真帆の小さな悲鳴が上がった。慌てて中に飛び込むと、スケート靴を脱いだ真帆が床に倒れている。

「真帆、どうしたんだ!」

 気絶している真帆を抱き起こしたが、目を覚まさない。

「驚かせちゃったみたいだね」

 ロッカーの陰から、突然男の声が聞こえてきた。

「だ、誰だ!」
「俺だよ、篤志」
「おまえ、み、緑川なのか?」

 出てきたのは空中に浮かんだ服、いや、体が半ば透き通った緑川だった。だがその姿は見る間に薄れ、どんどん透明になりつつあった。

「どうしたんだ、お前の体が透き通ってる」
「ああ。ここに忍び込んでゼリージュースを飲んだのさ。透明になってじっと彼女が入ってくるのを待っているつもりだったんだが、思ったより早かったな。体が完全に透明になる前に見つかってしまったよ」
「貴様、真帆に何をした!」
「何もしてないよ。俺を見て勝手に驚いて気絶したんだ。でも丁度よかったよ。さて……と」

 そう言いながら、ほとんど透明人間と化した緑川は服を脱ぎだした。

 Tシャツと一緒に着ている黄色いセーターをくるりと捲くり上げ、ズボンのベルトを外しトランクスと一緒に一気に下ろすと、もうそこにはうすぼんやりとした青い影が浮かんでいるだけだった。

「どうだい、ゼリージュースの力は」

 青い影が俺に呼びかける。
 現実離れしたその光景に、俺は頭の中がくらくらしていた。

「信じられん。さっきの飲み物のせいなのか?」
「ああそうさ。身体が透明なゼリー状になるんだ。でもゼリージュースの力はそれだけじゃない」

 青い影が倒れている真帆に近づいていく。

「お、おい、緑川」
「心配するな、今からゼリージュースの真の力を見せてやるよ」

 真帆の傍らに立つ緑川の影に、俺は慌てた。

「真の力? お、お前なにをする気だ」
「ふふふ……今から何が起きるか、まあそこで見てな」

 緑川の声が唖然と見ている俺の耳に響く。
 奴が何をしようとしいてるのか、さっぱり見当がつかない。だが、透明化した身体の緑川がそこに立っているという現実を見せ付けられ、俺の背中にぞくりとしたものが通り抜けていった。

「やめろ! 真帆には手を出すな!!」

 だが緑川の青い影は、真帆の横にしゃがみ込んだ。
 真帆は気絶したまま、すーすーと静かな寝息を立てている。
 影から細長い影が伸びていく。どうやら腕を伸ばしているらしいが、その先端が真帆の腕に触れると、すっと一体化していく。途端に真帆はぴくんとかすかに身体を振るわせた。

「うん、入れるぞ。ふふふ、どうやら間違いなくできそうだな」

 緑川の青い影は、足元から真帆の体に覆いかぶさっていった。
 真帆の上に青い影が重なる。
 と同時にその青い塊りは真帆の体に潜り、真帆の身体と一体化していく。

「なっ!」

 ずぶずぶと腕に、脚に、体に、真帆の体全体に影が入り込んでいく。
 やがて真帆の体の上に覆いかぶさっていた緑川の青い影はすっかり真帆の体の中に潜り込み、真帆の身体の上を覆っていた青い影はすっかりなくなってしまった。
 真帆の様子はさっきまでと同じく、すーすーと寝息を立てている。

「真帆、真帆!」

 俺はひくひくと顔を引きつらせながら、静かに寝息を立てている真帆の身体を揺すった。

 突然寝息が止まる。そして真帆がパチリと目を開いた。

「真帆、おい、大丈夫か? しっかりしろ」

 俺は、ぼーっとした表情で上半身を起き上がらせた真帆の肩を掴んだ。 
 真帆はゆっくりした動作で目を落とし、自分の両手を見詰めている。そしていきなり顔だけを俺のほうに向けた。

「ま、まほ!?」

 ぼーっとしていた真帆の表情が、その瞬間に〜っと歪む。
 ぞくっと嫌な予感が俺の頭を駆け抜けた。

「おにいちゃん」
「ま、まほ、大丈夫か」
「おにいちゃんか、ふふっいい響きだね。俺がお前に向かっておにいちゃんか、くふふ」

 俺は頭がとろけそうだった。

「まほ……違う、やっぱりお前は」
「そうだ、俺だよ、はっははは、成功だ、成功したんだ。俺は真帆ちゃんに、お前の妹になったんだ。ということでよろしくね、おにいちゃん」

 そう言いながら、真帆は立ち上がると、白いコスチュームのスカートを両手でばたばたとはたいた。

「こんなことって……ほんとに緑川が真帆に? 信じられん」
「まあまあ、いいじゃないか。とにかく俺はもう誰が見ても深田真帆、スケート界の白い妖精になったんだ。それにしても素敵だ、この身体」

 真帆は控え室の姿見の前に立つと、己の姿をじっとみつめた。

「この姿、まさに『白い妖精』という言葉がぴったりだ。男を知らないあどけない顔。身体はほっそりと華奢だけど、しっかりと膨らんだ胸、そしてこの腰のくびれ、これが俺の体なんてな」

 そう言いながら、真帆は自分の体をまさぐり始めた。

「ああ、ここ、すべすべして気持ちいい。それに、柔らか〜い、あ、あん」
「や、やめろ!」

 コスチュームの上から胸を、腰を、太ももを弄る真帆。だが突然、真帆は俺のほうを顔を向けた。

「ねえおにいちゃん、あたしとえっちしよ」
「は!?」
「あたし、おにいちゃんのことが好きだったんだ。おにいちゃんとえっちしたいの。ねえ、しよ」

 そう言いながら真帆は俺の股間に手を伸ばす。

「や、やめろ!」

 俺は真帆の手を払いのけた。

「仕方ないな。じゃあもう少しこの体を楽しむとするか。見てるんだな、フィギュア界のアイドルがオナニーする姿を」

 そう言うと、真帆は再び両手で自分の胸をぎゅっと握り締めた。

「ああ、俺の胸がこんな柔らかい……あうっ」

 真帆の指の動きに合わせて、その胸が柔らかそうに変形する。M字状に脚を折り曲げ座り込んだ両足の間に手の平を押し付けこすり始める。

「ああ、ここに何もないなんて、いい、この感じ、あ、ああん」

 真帆が股間を包む滑らかなコスチュームの生地の脇から指を滑り込ませて、その下のアンダーショーツの内側に指先を這わせていく。

「あ……う」

 最初はゆっくりと動いていた手の動きは、真帆の口から吐息が漏れる度に段々と大きくなっていく。やがて真帆はコスチュームの下に掃いているショーツの内側に右手全部を突っ込んだ。

「はうっ、ううう、女って……こんな」

 篤志の目の前で真帆はオナニーに熱中し続けていた。指がもぞもぞとコスチュームの中で蠢き続ける。

「や、やめろ、お前、こんなところでなにをするんだ」
「ああ、いい気持ち、うふふ、真帆ったらいけない子よね。競技会はまだ終わってないのに、こんなところでオナニーするなんて。ねえおにいちゃん。真帆を叱って」
「や、やめ、わかった、わかったから緑川、もうやめろ!」

 俺は真帆の腕を掴むと、コスチュームの脇から股間に差し入れている手を強引に引っ張り出した。
 そんな俺を、真帆はにやりと見る。

「いやだ。折角だから、ねえ、えっちしようよ。でないと大声出すよ。こんなところをもし誰かに見つかったらただではすまないだろうなあ。妹を、フィギュア界のアイドルを強姦しようとした、血の繋がっていない兄か。いやあスキャンダルだね」

「お、お前、俺を脅かすのか?」
「冗談冗談。でも篤志、いや、おにいちゃん、もう少し楽しませてくれよ」
「お前、何を……」

 真帆はすっと立ち上がると、呆然と立っている俺に近づいてくる。
 にやにやと笑いながらぺろりと舌を出した真帆は、普段の真帆からは考えられないような好色そうな表情を見せていた。

「ふふふ、おにいちゃん、今から真帆がおにいちゃんを気持ちよくしてあげるよ」

 手が篤志のズボンに伸びる。

「ほらもうこんなに大きくしちゃって。おにいちゃん、オナニーしていた妹に欲情ちゃってたんだ。この変態!
 でもいいんだよ、あたしがこれを鎮めてあげるから」

 真帆は俺の前にしゃがみ込むと、ズボンのベルトを外してファスナーを下ろすと、トランクスごと強引に引き下ろした。
 途端に、俺のいきりたったものが、ピンと直立する。

「うわあ、ビンビンだね、はむっ」

 少しだけ躊躇したものの、次の瞬間、真帆は垂れてくる髪を片手で押さえながら、俺のモノを口に咥え込んだ。

「あ、う、真帆……や、やめ」

 チュバ、チュバッ

 だが、真帆は口のピストン運動を続ける。

 チュバッ、チュバチュバチュバッ

 真帆の口のピストン運動が段々と早くなっていく。

「あぅ、い、もうやめ……駄目だ、で、でる」

「おにいちゃん、どお、気持ちいいでしょう。いいよ、あたしの口の中に出していいんだよ」

 チュバ、チュバッ

「や、やめろお」

 チュバ、チュバッ

「う……つっ、い、いく、あ、駄目だ!」

 次の瞬間、俺のモノを咥えた真帆の口の中に、俺は勢いよく放出していた。

 ついさっきまでリンクで観客を魅了していた白いフィギュアの衣装を着たまま俺の前にしゃがみ込んだ真帆、好色そうに笑うその口から、たらりと俺が放出した白い粘液がこぼれ落ちる。

「うっ、うげえ、やっぱり美味いもんじゃないな。でもどうだ、俺のフェラもなかなか気持ちよかっただろう」
「ば、ばかやろう、真帆とこんなことをするなんて……違う、俺はただ真帆が羨ましかったんだ。日本中から注目を浴びて、かわいいな衣装を着てリンクで華麗に舞う真帆のことが」
「なるほど……そうか、思った通りだったな。やっぱりお前も俺と同じだったんだ」
「え? どういうことだ」
「お前もその願いを叶えてみたいと思わないか?」
「え?」
「明日、お前もゼリージュースを飲んでみないか?」
「ええ?」
「今度はお前が真帆ちゃんになるんだよ」
「お、俺が真帆になる……」
「そうさ、俺たちは競技会にも出られない三流スケーターだ。一方俺たちのアネキや妹は人気抜群のアイドルスケーター。そうさ、大観衆の中で華やかな衣装をまとって滑る。さぞ気持ちいいだろうよ。俺たちもその気分を味わってみるんだ。アネキとして、真帆ちゃんとして」
「どういうことだ? ま、まさか」
「そうだよ、明日のフリーで俺がアネキに、そしてお前が真帆ちゃんになって最終組で滑るんだ!」
「そんなことできるのか? いや、今のお前を見れば、他人の体の中に潜り込めることはわかったよ。でもたとえ真帆やお前のアネキの姿になれたとしても 俺たちの腕前じゃ二人のように滑るなんてとても無理だろう」
「いや、そうでもないんだ。あのゼリージュースは潜り込んだ身体の持ち主の意識も記憶も自在に残すことができるのさ。だから俺たちが二人になりきってプログラムをこなすことは可能なんだ」
「そうなのか?」

 俺はごくりとつばを飲んだ。最終組で滑る。妹として、『白い妖精』深田真帆として。あのスポットライトの中を。

「そうさ。それに万が一明日俺たちが失敗しても、今ならまだオリンピックには間があるからな。二人に迷惑はかからんだろう」

 俺は目の前で喋り続ける真帆をじっと見詰めた。
 そんな俺の心の内を見透かしたかのように、真帆はにやりと笑い返した。

「決まりだな。じゃあ行こうか」
「行こうかって、何処に?」
「《TSショップ》さ。ゼリージュースは1人1本しか売ってもらえないんだ。今から二人で買いに行こう。
……ということで、おにいちゃんは外で待ってて頂戴、あたし着替えるから」
「お前、いつまでも真帆の真似するんじゃない。いい加減真帆から離れろよ」
「もう少しいいじゃないか。折角だからアイドルになった気分を味あわせてくれよ。ほら早く出て行って。
 あ、おにいちゃんったら女子校生の生着替えが見たいんだ」

 そう言いうと、真帆は背中のファスナーに手をかけた。

「へ、変なことするんじゃないぞ」

 俺は仕方なく、控え室の外に出た。





 じりじりと扉の外で待っていると、高校の制服に着替えた真帆がキャスターバックを片手に出てきた。

「お待たせ、さ、行こう、おにいちゃん」
「真帆の真似をするのはもうやめてくれよ」
「いいじゃないか、今の俺は誰が見ても真帆ちゃんなんだからさ」

 真帆はそう言うと、俺の手をぎゅっと握る。

「お、おい」
「さあ、いこっ」

 二人で会場の外に出ると、数十人のファンが真帆を待っていた。

「で、出てきた」
「真帆ちゃん、サインくださ〜い」
「応援してるからね〜」
「明日がんばってね、絶対優勝するんだよ」

 ファンが一斉に真帆に声援をかける。

「うん、ありがとう。明日も一生懸命滑るから応援してね」

 さっきまで俺とえっちしていた真帆がにこやかに笑いかける。
 いや、今俺の隣にいるのは、真帆に成りすました緑川悠太だ。
 だが真帆のファンたちの前で、緑川は真帆になりきってごく自然にファンが差し出した色紙にサインペンを滑らせていく。
 驚いたことに、色紙に書き込まれいくのは真帆そのもののサインだった。

「それ真帆のサイン……どうして!?」
「何言っているの? おにいちゃん。あたしがあたしのサインをするんだから当たり前じゃない」

 一通りサインを書き終えた真帆は、俺の手を引っ張る。

「さあ、おにいちゃん、早く行こう」

 その仕草はいつもの真帆そのものだった。

「あなた、真帆ちゃんのお兄さんなんですか?」
「いいな〜、真帆ちゃんと一つ屋根の下か」

 そんなファンたちを強引に振り切って人ごみに紛れ込んだ真帆は、俺を数駅離れた古びたビルに連れていった。




「いらっしゃいませ」
「ねえ、新しいゼリージュースが欲しいんだけど」
「あらあなたは?? もしかして今使ってるの?」
「ええ、空色のやつ。でもおしっこしちゃったら効果がなくなっちゃうんでしょう」
「そうですね。空色のゼリージュースは裏モノですが、排泄したらその時点でその子の体から離れることになりますよ」
「そうよね。で、新しい空色のゼリージュースをあたしとこのおにいちゃんに1本ずつ欲しいんだけど」

 女性店員は俺のほうをちらっと見た。

「在庫は丁度あと2本残ってますからお売りできますが、レア物ですので料金は通常品よりも少々お高くなりますよ。よろしいですか?」
「うん、わかってるわかってる、それに取り扱いにも注意するんでしょう。それじゃおにいちゃん、代金払っといてね」
「あ、ああ……ってなんで俺が真帆の分まで払うんだよ」
「こんないいものがあるっておにいちゃんに教えてあげたんだから、当然でしょう」

 こ、こいつ、すっかり真帆になりきってやがる。

 ショップの中でも真帆として振舞っている緑川に、俺はつい真帆と話をしているような錯覚に陥ってしまった。
 俺は仕方なく2本分の代金を女性店員に支払った。

「ありがとうございました」





 女性店員の声を背に店を出た俺たちは、そのまま二人で家に戻った。

「じゃあおにいちゃん、明日試合前に会場でこれを飲んでね、そして身体が透明になったらあたしの体に被さるんだよ」

 真帆が2本のうちの1本を俺に渡す。

「そしたらお前みたいに俺も真帆になれるのか?」
「そうよ、で、あたしは、いや、俺は明日はアネキになるんだ。アネキと真帆ちゃんはライバルだけど、明日のフリーは俺とお前がライバルとして対決するという訳だ。あはっ、何か楽しみだな」
「それにしても、ほんとにそんなことをして大丈夫なのか?」

「言っただろう、心配するなって。空色のゼリージュースなら大丈夫さ。身体の持ち主の意識や記憶が自在に使えるから、アネキになろうが真帆ちゃんになろうが、二人がフリーで行う予定のプログラムは身体を乗っ取った瞬間に理解できる筈だ。それを確かめるのに、俺は今日こうして真帆ちゃんに成りすましてみたんだ。俺のほんとの狙いはアネキさ」
「で、どうなんだ?」
「ああ、真帆ちゃんの気持ちや記憶、仕草、今なら何でも自分のことのようにわかるぜ。俺がファンにサインしたところを見ただろう。今の俺は完全に夏帆ちゃんとして行動できる」
「確かにあれは真帆のサインそのものだったな。それにしてもすげえな!」
「そうだろう。でも真帆ちゃんの意識はもしかしたらどこかで残っているかもしれないから、彼女もお前にフェラしたことを覚えているかもしれないぞ、まあその時は夢だと言ってごまかすんだな」
「それにしても、どうして俺を誘ったんだ?」
「一人より二人のほうが楽しいじゃんか。それに、明日もしヤバくなったら、お互いにフォローし合おうぜ」
「そういうことか。わかったよ」
「それじゃあ今日は帰るとするか。おい、トイレ貸してくれよ」
「お前、真帆の体で……」
「女の子のおしっこか、いったいどんな感じなんだろうな」
「おい、これ以上真帆に変なことをしたら承知しないぞ」
「ゼリージュースを排泄しないと、俺はいつまでも彼女の身体から出られないんだ。仕方ないだろう。じゃあトイレを借りるぜ」

 そう言ってトイレに行く真帆。
 そしてしばらくの後、裸の緑川がトイレから出てきた。

「真帆ちゃんはトイレの中で寝ているから、彼女が目を覚ましたらうまくごまかしといてくれよ」

 真帆のキャスターバックから自分の服を取り出して着込むと、緑川は帰って行った。
 残されたのはテーブルに置かれた空色のゼリージュース。

「これを飲んで真帆の中に入ったら、俺が真帆になれるんだ。明日俺が真帆の衣装を着て、真帆としてフリーを滑る……」

 ゼリージュースをじっと見ながら、俺はどきどきと胸を高鳴らせていた。




(続く)

                                   2007年3月9日 脱稿


後書き
 最近全く新作を書けてません。時間が無い中、焦れば焦るほどアイデアが浮かばなくなります。そんな中で迎えた4周年。何か1本新作をアップしたいとネタをまとめたのがこの久々の裏ゼリージュース作品です。まああまりダークでもえっちでもないかもしれませんが如何でしたでしょうか。
 後編はまだできてませんが、お楽しみいただければ幸いです。


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