胎児転生
 作:幼女おじさん


「はいオーケー!!」

ようやくジュニアアイドル「愛夢育美(あいむ いくみ)」の撮影が終わった。
先程までアイスキャンディーを艶かしく舐めていたが、終了の合図を聞いて素の少女へと戻る。

「はい、それでは本日の撮影は終了です。お疲れ様でした!!」

監督がそう言うと、スタジオ内から自然に拍手が湧き上がった。
アイスキャンディーを食べ終えた彼女に、女性アシスタントがラッパ巻きタオルを渡した。


「よく頑張ったねー。今日も素敵だったわ」
「うん、ありがとう!」

ジュニアアイドルをしている育美は、自宅とスタジオの間は女性アシスタントの車で送り迎えしてもらっている。
少女の家は、華やかな繁華街から外れた場所にある古びたアパートの2階にあった。

「それじゃーね!」

アシスタントに別れを告げて車から降りると、くたびれたアパートの階段をギシギシ鳴らしながら2階へ向かう。
そして鉄製の重たいドアが開いて閉まるのを見届けてから、女性アシスタントは車を発進させた。

「ただいまぁ……」

殺風景なアパートの一室に戻ってきた育美。
入ってすぐ横には粗末な台所があり、奥には2つの和室があった。
一つは居間と勉強部屋を兼ねた部屋で、もう一つは勉強部屋になっている。
どれも長い間使われたようで、畳も壁も年季が入っていた。

「お母さん……?」

彼女は母子家庭で育ったが、多忙な母は今日も不在だった。
心細さが少女の胸に広がり、彼女は深いため息をついた。

『育美。今日もお母さんは外出してしまったけれど、晩ご飯は冷蔵庫にあるものを温めて食べてね』

そういう置き手紙が古びたテーブルの上に残されていた。
そして、いつものように冷めた料理を電子レンジで温める。
やがて電子レンジの動きが止まると、温かい料理を取り出した。
そしてて彼女はテーブルに料理を並べて、今日も一人ぼっちで食べた。

「お母さん、どこにいるのかなぁ……早く帰ってきて欲しいなぁ」

ガチャガチャと食器類を片付け終えると、シャワーを浴びた。
タオルで体を拭くと、母親に買ってもらった可愛らしいパジャマを出す。

「ひゃん?!」

ピンク色のパジャマを手にした間、育美は寒気が走った。
何かがが、お尻の穴から体の中へ入っていく感覚がしたのだ。

「いやああああああ!!」

その感覚は、お腹の中で次第に暴力的な動きとなり、余りにもの苦しみと激しい痛みに、育美は思わず床でのたうち回る。
お腹が異常に膨れ上がり、得体の知れないものが蠢き、細胞が急速に分裂している様子が、激しい痛みとして彼女の感覚に伝わった。
その成長するものは、育美の内側で命を得ているという不思議な恐怖が、彼女を覆い尽くす。
その様子はまるで「妊娠」のようだった。
理解の出来ない現象に襲われた少女は、すぅ……っと意識が遠くなっていった。

「あ……あれ、私どうなったの」

目を覚ますと、いつの間にかきちんとパジャマを着て布団に入っていた自分に気がついた育美。
昨日の苦しみは夢だったのだろうか。
でもお腹の違和感は相変わらずあり、何気なく手で腹部を擦った。

「――!?」

ふとした痛みを感じる。その痛みは一瞬だけだったが、彼女の体と何かがつながっているような感覚があった。
その感覚は、お腹の底へ伝わっているようだった。

「ど……どういうことなの」

彼女は不安と好奇心が入り混じった気持ちで、自分の体をよく観察した。
パジャマのボタンを外しズボンを脱ぎ、パンティも下ろすと姿見の前に立つ。
鏡には、少女の裸体が写されている。
ところが平たい乳房が、今日になって膨らんでいることに気づいた。
また、お腹の僅かな膨らみを指先で撫でると、それに応じて体全体に微かな刺激が走る。

――何かが、お腹の中で育っている。

そうとしか思えなかった。


「こ……こ……は……?」

因藤 凌介(いんどう りょうすけ)は、いま自分が置かれている状況に戸惑いを隠せなかった。
ふと気がつくと、赤い天井が眼の前にあったのだ。
それは柔らかな光を反射し、優しく自分を包み込んでいるように感じられた。

――ということがあったの
――夢じゃないのかな?

誰かの心臓の鼓動や、おそらく外から聞こえる遠くの声。
それらは遠い存在のように思えていたが、意識がはっきりしていくと、次第に思い出してきた。

(うそだろ……?!)

転生の儀式を試してみたら、魂のまま誰かの卵子に飛び込んだ記憶はある。
すると吹き飛ばされるような衝撃を受けたあと、真っ暗な夢をしばらく見ていたような気がした。
そして気がつくと、赤い天井というべき部分から、臍の緒を通じてぶら下がる存在になっていたのだ。
子宮の中は安定した温度で保たれており、受精卵から発生したばかりの小さな体を外界の寒さや暑さから守っていた。
手や足すらない、まるでタツノオトシゴのような小さな体――妊娠初期の胎児に転生したのだ。

――うーん、でもお腹が今も重たいんだ
――気のせいだと思うよ?
――そうなの?

彼の意識が鮮明になるにつれて、外からの声がはっきりと分かるようになってきた。
二人の少女が会話しているようだ。しかし片方の少女は、自分が妊娠していることに気づいていない。
どうしたいいのかわからないまま、凌介の意識は再び暗闇に落ちていった……。

それから数週間後。
凌介が眠っている間に、彼の体を構成する細胞は分裂し、組織が形成され、肌や骨、筋肉、そして内臓を形作っていった。

「きゃっ?!」

ゾクッとした感触が、また育美の体を襲った。
冷房のよく効いたスタジオ内で、彼女はスクール水着の姿で撮影中だった。
スイムキャップとビート板で、これからプールに行こうとしているシチュエーションだ。

「どうしたの育美ちゃん?」

寒いのかしらと、女性アシスタントは毛布を持ってくる。

「こちらで温まってね。体を温めるまで、撮影はお休みしましょう。」
「うん……」

育美は毛布にくるまれ、温かさに包まれた瞬間、ほっと一息ついた。
女性アシスタントは育美の肩を軽く叩きながら言った。

「撮影も大切ですが、あなたの健康が最優先ですからね」

スタッフたちは撮影を一時中断し、育美が体を温めるまで待つことにした。
しかし彼女には納得のいかない部分があった。

――きっと寒いからじゃないと思う

あの瞬間。周囲はぼんやりと霞み、まるでテレパシーのように、別の存在と通じたのだ。
それはお腹の中、今まで意識したことのなかった空間。
そこに誰かがいるような気がして、何気なく、微妙に膨れたお腹を擦った。


「ねぇ育美、最近おっぱいが大きくない?」
「そう?あまり感じたことは無かったけど」

妊娠にも似た、奇妙な生理現象に襲われてから数ヶ月後。
体育の時間が終わり、男女別に教室で着替えているとき、育美は他のクラスメートから声を掛けられた。

「……もしかして、アレ来ているとか?真っ赤な血みたいなのがでてくるヤツ」

――生理。
今まで知らなかった言葉が、ふと脳裏をよぎった。

――育美ちゃんが「お母さん」になるための準備だよ。
――男の人から精子を受け取ると、赤ちゃんができる。
――そして9ヶ月ぐらいしたら、赤ちゃんが生まれちゃうって。

誰かが彼女の脳内へ語りかけてくる。

「うーん……急にお腹が痛くなったから、そうかも」

昨晩の激痛を思い出す育美。
あれは何だったのか。思わずお腹を擦る。
教室の外でノックがされて、我に返った。
そろそろ着替え終えないと男子がやってくる。
家に帰ってから調べてみよう、そう決めた。


「すごい……ジュニアアイド『育美ちゃん』と、こんな形でつながるなんて……」

そうつぶやくと凌介は、へその緒をを手に取ると、しげしげと眺めた。
普通の胎児なら、へその緒を通じて母親から酸素や栄養分を受け取って、代わりに老廃物を渡す。
しかし今の凌介には、育美の感情や思考、彼女自身の記憶が手に取るように読めた。
逆に、こちらの考えを育美自身の思い付きとしてフィードバックできる。
きっとそれは、臍の緒には血管だけでなく神経まで繋がっているからだろう。

まるで、自分が「愛夢 育美」になったような気分。

「ちょっと育美ちゃんのふりをしてみるか」

凌介は未熟な体と頭で試してみることにした。
目を閉じて、育美の意識へアクセスしてみると、頭の中に浮かび上がるイメージは華やかなステージだった。
きらびやかでカラフルなドレスやスカートを身にまとった育美。
フリルやレース、キラキラした装飾が施されていて、ステージ上で光り輝くような存在感を放っている。

「みんな、こんにちは!ジュニアアイドルの愛夢 育美(あいむ いくみ)でーす!」

肺も声帯もないのにるで彼女そっくりに口が動いた。
観客席から歓声があがる。

「幼い頃から歌やダンスが大好きで、いつかアイドルになる夢を持っていました。
ファンのみんなとの交流も大切で、イベントや握手会では、みんながくれた沢山の愛が励みになったよ♪」

凌介の脳裏には、育美がジュニアアイドルとして活動してきた経験が、まるで彼自身の思い出のように蘇った。

「私、今までの活動の中で、スクール水着姿やランドセルを背負った制服姿の撮影も経験したんだ♪
緊張もしたけど、スタッフのサポートや周りの仲間と一緒に楽しい雰囲気の中で撮影できたよ!」

そんな姿の育美を想像した凌介は、下半身がうずいた。
生前の彼は筋金入りのロリコンだったのだ。
しかし、かつてロリに寛大だった法律は厳しくなり、ジュニアアイドルぐらいしか楽しみがなかった。
その中で「愛夢 育美」のスクール水着や制服にランドセル姿といった格好は、彼を発情させるのに十分な魅力があったのだ。

「応援してくれるみんなと一緒に、これからも素敵な時間を過ごそうね!」

ステージ上の歓声が、凌介の脳内に響き渡ったかと思うと、未熟な体はリビドーを迎えた。
産まれてもないのに、下半身が反応するなんて信じられない。
温かくて濃密な羊水で満たされているというのに、明らかに別の液体で濡れていた。

「ふぅ……あれ?」

ふと我に返って下半身を見ると、生前には見慣れた男性器がなかった。
臍の緒をどかしてみたが、あるべき部分に存在するはずのものがなかった。
代わりに未完成のスジがあった。

「ということは俺、女の子として産まれるのか」

まさかの性転換。女の子の赤ちゃんとして産まれたら、どうやって排泄するのだろうか。
再び育美の脳を探ってみる。
すると下半身のスジから液状のものが、まるで思い出したように噴出した。
羊水の中で、体にたまったものを出すような感覚。

「うぇ……こんなところで立ちションかよ……」

しかし勢い良く出てくるものに手を当ててみると、周りを覆っている羊水と何も変わらない気がする。
本能的に飲み込むと、肺の中に液体が広がっていく。
まるで母親から切り離されて生きるための練習のように。

「なーるほど、こうやって胎児は外の世界で生きていくためのスキルを身につけるわけだ」


要領は分かった凌介は、それから胎児プレイを積極的に楽しむようになった。
凌介が収められている空間、つまり育美の子宮の周りには、温かくて濃密な羊水で満たされており、まるで自分を包み込むような安心感があった。
しかも呼吸や代謝などを、何もかも育美の体が代わりにやってくれるというのは、なかなか普通の人間には体験できない世界だ。
その上、育美と胎児が神経でリンクされているので、育美が育美として生きている人生が頭の中に流れ込んでくる。

「へー、ジュニアアイドルのプライベートはこうなっているんだな」

彼女の思い出や交友関係が、どんどん自分の人生としてインストールされていく。

「うーん……産まれたあとは、"俺"というより"私"に変えたほうがいいよね。だって女の子になるんだもん♪」

完璧だ!
育美の魂が、自分自身に染み込んでいく感覚がする。
誕生がが楽しみになってきたのだった。















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