霊チューバー・チャンネル
作:九重 七志





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開かれた動画のページ、再生待ちの円弧がくるくると回る。
間もなく始まるのは『彼』の動画。

俺が、今一番推している『動画配信者』の動画だ。

「はい、どーも〜! 知っているヒトはこんにちは、知らないヒトははじめましてッ!」

再生が始まった。
画面には、薄暗い部屋と。天井付近に、半透明の――なにか、ヒトのような姿をした、緑色のものが写っている。

「ユーレイ配信者の[激しいノイズ、判別不能]でっす! よかったらチャンネル登録お願いしますねー!」

この辺りは定型文だ。いつものやつ、といえばいいだろうか。
しかしなんで毎度毎度、名前にノイズが入ってくるんだろうか……。

そのままでは呼びづらいので、俺は彼のことをユーさんと呼ぶことにしている。

「それでは今日は――なんですけど、じゃーん! 見てくださいッ!」

ユーさんは両手を広げ、寿司屋の広告めいたポーズを取る。
するとカメラが下方向にバン――移動し、ユーさんの真下にあるものが映し出される。

「はいっ! 今日試してみるのは、この女の子の身体でーす!」

画面には、すぅすうと寝息を立てる、若い女の姿が映る。
顔だけしか見えないが、なかなかの美人に見える。
来ているのはジャージらしき服だ。たぶん、まだ学生ぐらいの年だろう。

「この子はちょっとした事情があって、ちょっと引きこもり気味の
 自堕落な生活を――っとと、そんなのは後にして」

お、始まるようだ。
その話もだいぶ気になるが、一番の楽しみはここからなのだ。

「早速、身体に入って見ようと思いまーす!」

彼の身体がふわりと、頭を下にして下がってくる。
そして、女性のちょうど胸の辺りに頭を当てると――するり、するりと女性の体の中へと入り込んでいく。

女性の体は小刻みに震えている。女性の声らしき、あっ、あっ……という音声が入る。

やがて彼の身体が全て女性の中に入り込むと、女性の震えはピタリと収まった。

「ん……けほっ、けほっ」

女性の声。少しハスキーだが、きれいな声だ。
普段あまり声を出していないのか、いきなり咳き込んでしまうのがまた面白い。

「っ……はぁ……あー、あー……よしっ!」

女性は発声練習をしているようだ。
――それが終わると、カメラの方をじっと見つめて、にやっと悪戯っぽい笑顔を見せた。

「は〜い! 憑依成功でーす! えーっと、私の名前は……うん、ソノカっていいまーす! よろしくでーす!」

彼と同じような口調で流暢に話し始める女性――ソノカちゃんと言うらしい。

「n年前から家の外に出てませーん、自己嫌悪でいっぱいでーす!
 でも肌もスタイルも綺麗なままですんで、十分楽しめる身体だと思いまーす!」

話すのも苦痛であろう忌まわしい現状を軽々しく言ってのける女性。
本人が、望むはずも、そうしようと考えるはずもない――そんな行為だ。

だが、それは当然。
なぜなら、彼女は彼女であって彼女ではない。

いま、ソノカちゃんの身体は、別の人物が利用しているのだ。
それはもちろん――ユーさんに他ならない。

自称幽霊動画配信者であるユーさんは、時折こうして。
女性の体に乗り移って動画を作り、配信しているのだ。

俺は、そんな彼の動画が大好きで、密かに追い続けている。

「じゃあ早速ぅ〜……あ、声すっごくカワイイですねぇ。
 てへっ☆ きゃるん★ あはっ♪ あ〜、何言っても再生数伸びそう(笑)」

表示されたテロップに笑いの文字が記されている。[冗談で言ってますよ]という符号だ。
可愛い声を出すと同時に、ちょっとしたポーズをとる姿も可愛らしい。

「気を取り直して、早速身体を使っていってみましょう
 まずは、えーと……ここいっときましょうか」

ソノカちゃんはジャージの上着をはだけ、中の体操着を露出させる。
どうやら下着はつけていないようで、ぽつっと二点の突起が浮かび上がっている。

「やっぱりここからですよね〜。それじゃあ、よいしょっと――」

彼女は自分の胸元に白い細く長く指先をあてがい、至極ゆっくりと揉み始めた。

「ひゃぁん!! うわこれメチャクチャ開発されてますよ……!
 ちょっと弄っただけで電流みたいに……はぁんっ!」

背を反らせて悶える女性。
まあ、自宅で出来る娯楽といえば……そういうことなのだろうか?

「んっ、んっ、んんっぅ――こ、これ胸だけでイけるんじゃないですかね。
 まあでも、まだ他の部分も試して――あ、あれあれ? 股間の方に違和感が――?」

とろけた表情を一度やめ、怪訝そうに自らの股ぐらを覗き込む少女。
カメラもその辺りがアップになる。

「うっわぁ、挿入ってますねぇローター。寝る前にオナるのが趣味なんでしょうか」

女陰からはしっとりと濡れた愛液と、ピンク色の線が伸び出ていた。
線の先には――強弱を切り替えるたぐいのスイッチのようなものが。

「まあせっかくなんで使っちゃいましょう! スイッチは……おっ、これ結構強めに出来るヤツですよ」

女性がローターのスイッチを見て嬉しそうに微笑む。
何かこう、ミスマッチで背徳的な絵面だ。嫌いじゃない。

「じゃあ思い切っていきまーす! 最強……っと!」

直後、淫靡な絶叫が大音量で出力される。
ヘッドフォーンでも漏れかねないちょっと危うい音量だ。少し下げておこう。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――――!!!! ひぐぃいいい……んぁっ! んぁっ!!! ふぁああああ!!」

しばらく聞こえてくるのは、女性のハスキーな喘ぎ声だけだ。
画面には、前後に大きく体を震わせたり、横に倒れ込んでビクビクと悶え続けるソノカちゃんの姿。

恐ろしく蠱惑的で、だがどこか滑稽だ。
やっぱりユーさんの動画は一味違うなあ。

そしてなんとかスイッチを止めたのか、はあはあと荒い息を吐きながら、カエルのように仰向けで倒れ込む女性。

「っ、はぁ〜……気持ち良すぎだろ、ソノカちゃん……」

自分の体のことを、まるで他人のように言う。
そんなシーンが、割と俺は好きだったりもする。

そして彼女はカメラの方に顔を向ける。

「はぁ、はぁ……楽しんでいただけましたか? 良かったらチャンネル登録――」

その時、薄暗い部屋のドアがバタンと開いた。

ヒステリックな声が聞こえる。
『あんた、なにやってんの!!?』といったような。

しかしそれは一瞬で収まり、画面にはかくんと崩れ落ちたソノカちゃんの姿が映るだけだ。
そして聞こえてきた音声は――

「あー、あー……うんっ」

――さっきの女性の声だ。ヒステリックさは消え、透き通ったきれいな声をしている。

そして画面に女性の姿が映る。
ソノカちゃんによく似ているが、それより2~3歳程度年上の女性だ。姉か何かだろうか。

「ごめんなさいっ! ちょっとトラブルが有りましたが、大丈夫ですっ!
 改めて、もしよかったらチャンネル登録よろしくおねがいしまーす!
 [激しいノイズ、判別不能]でした〜!」

ああ、終わりの合図だ。
今回の動画もよかった――うん? 再生バーがまだ残ってるな?

「――あー、次回予告みたいな感じですが、次回はこの子の身体を使ってみることにしまーす!」

両手の指で自身の顔を指す美人の女性。
片目を閉じて舌を出し、悪戯っ子のような表情だ。

なるほど、そう来たか。
この子もなかなか綺麗だし、きっと次回も楽しませてくれることだろう。

「おたのしみに〜! それではっ!!」

再生バーが右端に至る。動画の終了だ。

今回もいいものを見せてもらった。
またいいものを魅せてくれるだろう。

俺は多大な満足感と幸福感を懐きながら、
青く光る半透明の手で再生機器の電源を落とすのだった――

【霊チューバー・チャンネル】おわり。
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