『能力者の使い方 2話』
九重 七志


夕暮れ時の校舎、人気の少ない廊下。
窓の外を覗けば、帰宅途中の生徒の群れ。

いま、僕は生徒会室の前にいる――そう、幽体で。

……なぜ、今。こんな事をしているのかというと。
まあ、言ってみれば、先輩の悪巧みだ――

僕は先輩が部長を務める『能力開発研究部』の部員になった。
基本的な部活内容は、『能力を伸ばし、それを活用すること』とかなんとか。

まあ、僕も先輩のおかげでこんな能力を得ることができたのだから、言わんとすることは分からないでもない。

問題は、また別の一つ。

この部活は、先輩の――個人的な野望を満たすために活動する。
そんな秘密結社めいた裏の顔が――まあ、無いわけでもなかったんだ。

……あの小物めいた可愛らしい先輩に、そんな野望が達成できるのかはともかく。
能力の奨励は校則にも載っているし、まあ活動上は問題ないんだろうなぁ……。

そんなこんなで入部してから数日たった、ある日のこと。

部室代わりの図書準備室で、僕が意味もなくぼーっとしていると。
先輩――もう部長って言ったほうが良いのかな?――が、入ってきて言ったんだ。

「予算減額で――このままでは蔵書の維持ができないんだ!」

話を聞くと、どうやらその件で生徒会に直談判をしに行ったようなのだが、残念ながらあっさり却下。
しかもその時に対応したのが、先輩の苦手な生徒会長さんだったらしくて。

「このまま黙って引く訳にはいかないね! それいけ蝉野司! 予算を取り戻しにッ!!」
――と、燃え上がってしまったわけだ。

ああ、先輩としては。
折角引き入れた僕の能力を試してみたくて仕方がないらしい。

それに関しては、僕も完全に同意見だけれど。

なお、能力の使用は校則でも認められているれっきとした抗議行動の一つだ。
『能力者たるもの、不平不満は抗議して然るべきだ』なんて標語も有るし、大丈夫なんだろうかこの学校。

……まあでも、教職員は殆ど強力な能力者で揃えられているし、生徒の自治を行う生徒会もツワモノ揃いだもんなぁ。
要は殆どの場合、要求は力で突き崩されてしまうというわけだ。

通るのはせいぜい、公共利益をもたらすようなものぐらいだ。自販機の増設とか、そういう。

そういえば百花が花壇の花の申請が通ったって喜んでたなぁ。

「――? ……!」

と、まあ。そんな感じで、僕はこうしているワケだけど。

「〜〜♪ ……!?」

……はぁ。それにしても。

「蝉野司! 見ろ! 壁抜けも床抜けも出来るぞ! 素晴らしいな君の能力は!!」

なんで先輩までついてきているんだろうか。

「僕一人で十分じゃないんですか?」

「む、蝉野司。良い所に気づいたな。
 書類を書き換えるだけなら君一人でも十分だ、記憶は読めるからな」

半透明をした先輩の霊体は、勿体ぶったように腕を組む。
なんとなく靄がかかっているようにしか見えないけど、なぜかボディラインがはっきり見える。
指摘したらどうなるかなぁ……と考えてやめておく。楽しみはあとに取っておこう。

「しかし! 私にはもう一つ目的がある! だから、私自身が行かなければならないのだ!」
「わかりました。ところで先輩。先輩の霊体、すごく綺麗ですね」
「〜〜!!? 急に何を言い出すんだ蝉野司!! 確かに透けてはいるが……透け……透け……!?」

いつもの身体なら真っ赤になっているだろう。やっぱり先輩は可愛い。
そんなふうに僕は先輩で遊んでいると、近づいてくる人影が有ることに気づいた。

「先輩、誰かきましたよ」
「――ん? ああ、そうだな。アレは――」

三つ編みの長い髪……少しだけ色を抜いてある。
丸メガネをかけた幼い顔立ちに、控えめな胸。すこし大きめの制服。
そして、肩には生徒会の腕章を付けている。役職は書記のようだ。

「ツイてるぞ蝉野司、アイツに憑依して潜入だ!」
「書記なら書類にも近づきやすそうですね、行きましょう」


「今日の書類、やることが多そうだなぁ……
 でもっ! 私、尊敬する会長たちの為に、頑張らなくちゃっ!」

書記の女生徒はなにやら独り言をいいながら、上を向いて何やら陶酔している。

「(……スキだらけですね先輩)」
「(全くだな蝉野司! 私とキミと、どっちが憑依するとしよう?)」

「(……まず、ボクから行ってみます)」

書記の生徒の背後に幽体を動かす。
細く編んだ三つ編みは乱れ一つなく、几帳面な性格を伺わせる。

「(なんて考えている場合じゃないな。
  とにかく、身体に、幽体を――)」

僕はとりあえず、2つに別れた三つ編みの付け根から、指先を侵入させていく。

「――!? ひゃっ……あ、え? なに、からだ、が……?」

検証済みだが。このように"意識のある相手"に憑依する場合、相手は何かしらの違和感を感じ取られてしまうらしい。

対処法は、至ってシンプルだ。

「ひゃっ! ぅ…………」

僕の幽体を、一気に彼女の身体に押し込むように入れてしまう。

彼女の身体はいま、俯いて、体から力が抜けている状態のハズだ。
このままでは、倒れて、他人の体を傷つける事になってしまう。

「…………んっ……」

なので、一気に意識を掌握する。

先程までは失われていた、重力の感覚が戻ってくる。

身体の下半分からは、スースーした空気に触れる感覚が。
頭には、後ろに引っ張られるような、長い髪の重みを。

あたりを見渡すと、何故かひどくぼやけて見える。

……ああ、眼鏡が外れてしまったのか。
この子には、そんな風に見えているんだな。

「……まあとにかく、憑依、成功……っ!」

眼鏡とファイルを拾い、ぎゅっと身体を抱きしめながら言う。
これで、先輩にも僕が憑依したことが分かるだろう。

あとは……そうだな。

「先輩も、この身体に入ってください。
 そうしないと、話ができませんから」

あの辺りに居るであろう先輩の幽体に向かって話しかける。
一応、理論上。"同時憑依は可能だ"って事になった筈だし。その方が安全だ。

しばらくすると、身体に、ビクンとした感覚が走った。
体が震え、寒気のようなものを感じるが――何も変わらず、身体を動かしているのは僕だ。

「(せせせ蝉野司っ! どうなってるんだ!? ぜんぜん身体を動かせないぞ!!?)」

頭の中で声が響く。
ああ、なんだ。先輩もちゃんと憑依できてるじゃないか。

「(落ち着いてください先輩。どうやら僕の方に主導権があるみたいです)」

「(そうなのか? うう……変な感覚だ。まるで霊体生理学に於ける精神同居の仮定みたいだ)」

精神同居……そんなものもあるのか。
先輩は色々変な知識が豊富なんだなぁ。

――そうだ、あまり関係ないけれど、思い出した。
徹底しておかないことがあったんだった。

「(ああそういえば、先輩。
  言い忘れていたんですが、今はフルネームで呼ばないでくださいね)」

「(え? なぜだ、蝉野司。何か問題でも有るのか?)」

「(問題大有りですよ先輩。
  万が一、名前を呼んでいるところを誰かに見られたら、後で賊の正体の手がかりになっちゃうじゃないですか)」

「(ん、あ……そうか。すまない、気付かなかった。
  なら、そうだな……なにか、コードネームでもあった方がいいかな?)」

「(いいですねそれ。僕ずっとまともなコードネームが欲しかったんですよ)」

「(君は確か『オポッサム』じゃなかったか?)」

「(あれは世を忍ぶ仮の姿です。つい最近そうなりました。
  なので、新しいコードネームがほしいんです)」

「(その前に必要なのは能力名なんじゃないか?)」

「(うーん、それもちょっとは考えたんですけどね
『羽化』みたいな意味の言葉があれば良いんですけど)」

「(じゃあ、英語でeclosion……いや、ここはフランス語だね。
 『Eclore(エクロール)』なんてどうかな?)」

「(じゃあそれでいいです)」

「(投げやりだな蝉野司! うう、これでも頑張って考えたんだぞ……)」

「(そういう可愛いことは生身のときにやってください。
  とりあえずボクの能力は『羽化(エクロール)』ということで)」

「(ならコードネームもそこからで良いな。
 作戦中、蝉野司のことは『ルークロエ』と呼ぼう)」

「(なんでアナグラムしたのかは分かりませんが、それでいいです。
 じゃあ、先輩はなんて呼んだらいいでしょうか?)」

「(私はもう決めてあるぞ、名付けて『replique(レプリック)』
 フランス語で模造品、複製品の意味で――)」

「(あ、そういうのはいいです)」

「(ひどい!)」

「(それじゃあ、こっちもアナグラムで。
 『クリプレ』と呼びます。いいですね?)」

「(なにか引っかかるところのある響きだが、まあ良いだろう蝉野つか――いや、ルークロエ)」

「(ノッてきましたね、流石先輩です。
  じゃあクリプレ、行きましょうか)」

「(ああ!)」

書紀の娘の身体を動かし、生徒会室の前に立つ。

ノックを2回。自然な動作だ。
やはり身体が覚えている、というのは楽でいい。

「失礼します」

喉からは少しか細いが、透き通ったきれいな声が出る。

……返答がない、鍵は開いているようだ。

「(そのまま入りますか?)」

「(そうだな、ここで待っていても仕方ない)」

扉を開け、部屋の中へと入る。明かりはついている。

奥にある生徒会長用の机には、積み上げられた書類と、机においたままのペン。

すこし席を外している、といったところだろう。
――急がなければ。

「(それで、クリプレ。
  何を探せば良いんですか?)」

「(予算審議書の今年版だ。
  まだ確定はしていないから、書記が保管しているはず――)」

「……これかな?」

ボクは書紀の机の上に在った一枚の書類を手にとった。

「(それだ! やっぱり記憶が読めるなんて便利極まりないな! 羨ましいぞせm――ルークロエ!)」

「(いっぱいいっぱいじゃないですか。
  とにかく、『能力開発研究部』の項目を――これか!)」

ボクは書類の数字を、違和感がない程度に書き換えた。
もちろん、自分たちにとって必要な分は確保した上で――

「(よし! これで作戦成功だな!
  あとは――ふふ、あいつの机に嫌がらせを――!)」

なんてみみっちいことを……。
最初に言っていた、もう一つの目的って、そんなちゃちなことだったのか……。

「(先輩ってだいぶ小物ですよね)」

「(がーん! そそそそそそんなことはないぞ! これは我々にとって崇高な……)」

先輩が、長ったらしい言い訳を始めた時だった。

――コン、コン。

ノックの音。

「――失礼します」

ドア越しに、転がる鈴のような声。

「(ゲェっ! まずいぞセ、ルー!
  あいつが、あいつが来――)」

ガラリと開く引き扉。
現れたのは――柔らかな長い金髪を耳のあたりで二つ結びにした、キリッとした雰囲気の上級生

「あら、写野さん。ごきげんよう。
 今日は少し早いんですのね」

生徒会長――籠目 美聖(かごのめ みさと)だった。

「は、はい。ごきげんようです!」

僕は咄嗟に書記の子(マノさんと言うらしい)の記憶を総動員して、違和感が少しでも少なくなるよう挨拶を返す。

「(どどどどどうするセミルー!
  ヤツの能力はやばいんだぞ!)」

「(能力!? 会長の能力って一体――)」

「(ヤツの能力は魔眼!
  しかも7つもの特殊能力を併せ持つハイブリッド型だ!
  その名も――『七星魔眼(セプテントリオン・スターゲイザー)』!)」

「(7つも!? ズルい! 僕もそういうのが欲しかったのに!)」

「(いいか、絶対に目を合わせるな! 『魅了の魔眼』を喰らえば私達は最悪の展開を迎えることになる!)」

「(魅了!? じゃあ、僕たちの悪事を洗いざらい吐かされて――)」

「(最悪、[能力禁止処分]
だ! なんとしてもそれだけは嫌だぁー!!)」

「(落ち着いてくださいクリプレ! まだバレてません! まだ挽回のチャンスは――)」

「――あら、写野さん?
 今、なにか隠しませんでした?」

――気づけば、僕の右手には、今書きかえた書類が在る。
会長から見られないよう、背中で隠せるような位置に。

「(――あれ!? 僕は今、そんなことは――)」

「(え? あ? ……あ! 多分私だ! 思わず咄嗟に――!
  そうか! 同時に憑依状態にある場合操作者は状況によって――)」

「(現実逃避している場合じゃありません!
  どうやって誤魔化すんですかコレ!)」

「……背中、ですわね。
 見せなさい、写野さん。一体、何を隠しているの?」

会長の表情が少し険しくなる。
これは――マズい!

「(完全に疑われてますよ! このままだと――)」

「……出来ませんのね?
 仕方ありませんわ――」

会長がこちらに近づいてくる。
これは、まさか――

「写野さん、いいですか。
 ――私の"目"を見て、話しなさい

至近距離、まつげが触れ合いそうな程の。
会長の碧のきれいな瞳が、僕の視界の中に入り込んで来て――

「(もう、ダメだぁ――!! うわァ――!!)」

……はっ!

そうだ、この距離なら――!

「(一か八かッッ!!)」

僕は、自分から会長に近づいていく。

「――えっ!?」

困惑する会長、思わずまばたきをして、瞳が一瞬だけ閉じる。

「(そこだッ!!)」

その瞬間、僕は。

「――っんん!!!??」

写野さんの身体で、会長の唇に――"口づけ"をした。

「ん、んぁにぉ……!?

 ――ンっ!!?!!」

――そして。

"僕の霊体"を、会長の身体に注ぎ込んだのだ。

「(!!!!? !!!????)」

ただひたすら困惑の呻きを上げる先輩の声が、どこか遠くへ離れていく。

「ン――ン――!! ――ンっ! ……ぁ……」

意識の感覚が酷く揺らぎ、気がついたときには――

「――ん、んんぅ……

 ――はっ!?」

眼の前には、書記のマノさんの蕩けた顔があった。

「……うん……」

頭が重い。先程までのキュッとした髪とは違い、
ふわふわとボリュームが有る。

目線を下に向けると、ブレザーの制服に包まれた大きな双丘
先程までの控えめな胸元とは比較にならないほど、重く、存在を主張する。

机に置いてあった、鏡を見遣る。

そこには。

キリッとしていた筈の表情が淡く消え失せ、ひどく緩んだ顔になった――
――生徒会長、籠目 美聖の姿があった。

「――危なかった……なんとか、憑依できたみたいだ」

会長の身体で、安堵のため息を吐く。
間一髪だ。あのまま魅了
されていたと思うと、ゾッとする。

「……けほ! けほ! けほっ!」

書記の子が意識を取り戻す。
僕の考えが正しければ、まだ――

「大丈夫ですか、先輩?」

「だー! 大丈夫なわけあるかっ!
 なんでお前とキスなんか――あれ?」

僕ですよ、先輩。
 なんとか、会長の身体を乗っ取れたみたいです」

「せみ……ルークロエ!?
 どうしてこんなことに!?」

「それはですね――」

言ってみれば単純なことだ。
僕の『羽化(エクロール)』によって離脱した幽体は、相手の身体に直接入り込むことで憑依行動を行うことが出来る。
つまり、肉体からの距離があり、その分の時間が必要になるということだ。

だが、距離がゼロであったとすれば?

接触状態からの高速憑依――あるいは『肉体の乗り換え』とでも言うべき。
霊体研究学で言うところの『転移』現象を行った、というわけだ。

「理屈はわかった……だが、なんで、その……あいつにキスなんてしたんだ!」

「会長も可愛いなぁとか思ったからです」

「君は女なら誰でも良いのかよぅ……じゃなくて!
 私は! そいつが! 嫌いなんだぁっ!」

「みたいですねー。
 あ、そっちの写野さんの方もよく見たら結構可愛いでs――」

先輩は僕の話が聞こえて内容で、何事かぶつくさと恨み言をつぶやき続けている。

「うう……籠目 美聖ォ……デキるヤツのクセに、なんでやたら私に
 絡んでくるんだ……こ、この脂肪袋も――あーもう! 妬ましい!!」

ふにゅん、と胸を掴まれた感覚が沸き起こる。
僕は思わず、悲鳴のような嬌声を上げていた。

ひゃぁんっ! せ、先輩! 僕ですって僕!」

ムニュムニュと乱暴に揉まれる大きな胸は、形を変える度に刺激され、甘く蕩けた感情が僕の体を揺さぶる。

「知ったことかーっ! くそぅ! こうなったら積年の恨みを果たしてやるぅ!」

僕はもうヤケクソだ。このままでは僕は会長の身体で、おとなしそうな書紀の娘に押し倒されてしまう。
主導権を、主導権を取り戻さなければ。

「あ、いいですねぇ! どうせなら、録画して地下流通させて裏資金にしちゃいましょう! 一石二鳥ですよ!」

「……君はなんでそんな次から次へと下衆いことを思いつくんだい?」

先輩はドン引きしている……とりあえず、落ち着いてくれたようだ。

「今までずっと弱者の立場でしたから。
 そりゃあ鬱憤だってたまりますよ?

「そうか、うん……すまない。悪いことを――」

「いいえ、このままヤリましょう。
 先輩の恨みを晴らすチャンスです!」

「うぇ!?
 だからって、その、ひ、ヒワイな映像をばら撒くなんて、そんな――」

「じゃあばら撒かなくてもいいですよ。
 こっそり持っていて、イザという時の脅しに使えば良いんです!」

「それなら……ううん、悪くない……かな?
 ――いや絶対に悪事だ! そんなこと、私は――」

「だから僕と先輩はもう共犯なんですってば。
 少しでも多くの保険は、持っておくべきです」

悪魔め……ファウスト博士や魔弾のカスパールの方が
 マシだったんじゃないかって思えてきたよ……」

「残念ながら僕は悪魔じゃあありません。
 ただのちゃちい能力者ですよ……」

「ああもうっ! わかった! ヤる!
 あの憎き籠目 美聖スキャンダルを作ってやるぅ!!」

「その意気です先輩! さぁ――愛し合いましょう?

僕は早速ブレザーのボタンを外し、するりするりと身に付けた衣服を脱ぎ散らかしていく。

「う……脂肪袋……なんてだらしの無い毒袋め……くそぅ……」

「なってみると案外気持ちいい感じですよ。
 ほら、もにゅもにゅっ、と

「この女ぁ……喧嘩売ってやがるぅ……ちくしょぉおおお!!」

「もはや中身が誰だか分かんないぐらいキャラぶっ壊れてますよ先輩。
 さて、そこの台に携帯端末をセットして……っと」

見れば、先輩――書記の写野さんの身体も、もう全裸になっている。
ただし顔は真っ赤だ。どうせ他人の身体なんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのになぁ。

「じゃあ――そうですね。どうせなら――」

「ん、どうしたルークロエ。何か――」

「えいっ」

写野さんの身体の顎を掴み、無理やり眼と眼が合う状態にする。

「なっ――!! まさか、おい――!」

[七星魔眼]――[第三の眼:狂騒の魔眼]!!

「ひっ!? あ――

僕は会長の能力の一つ――『狂騒の魔眼』を先輩に使った。

「……あれ、別に、なんとも――?」

「……ふふふ」

この魔眼の効果は――すぐに現れる

「ふぁ……? はれ、なんだか、身体が――熱い……?

「効いてきたみたいですね、魔眼の効果が」

狂騒の魔眼……会長の記憶を漁ってわかったことだが。
これは本来、目を合わせた相手を興奮、暴走させ、思考を妨げる作用のある魔眼であるらしい。
だが、それはつまり。『精神の高揚』『感覚の鋭敏化』を引き起こす効果だ。
よって、この通り、出力を調整すれば――

「ひぁぁぁん! ななんななな何をしたセミぃ!」

この通り、性的欲求の増幅――ヤりたくて仕方ない状態にすることができるということだ。

「言うならば媚薬に近い作用を施しました。
 これで目一杯ヤりまくれますわね……写野さん♪」

「う、うわあぁん、鬼! 悪魔! 鬼畜小動物ぅ!
 ひゃああっっ、身体の、疼きが止まんないよぉおお!」

「ふふ、写野さんったら、可愛らしいですわね。
 さぁ、わたくしと――ドロドログチョグチョのあま〜いセックスをしましょう?

会長の記憶を使えば、それらしく演技するのにさほどの苦労はない。
もちろん、多少のアレンジは加えているが。

お淑やかな会長が、こんな卑猥なセリフを言うはずがない。
そういうことを無理やりやらせているのだ。
これはこれで――すごく、たのしい。

僕はセットした端末を録画状態に切り替え、股間を抑えてうずくまる写野さんの身体に近づいた。

「ああん、もうそんなに濡らしちゃって、はしたないですわ、はしたないですわ〜」

背後から股の間に手を差し込み、指先でひと撫でする。

「ひゃぅあぁぁぁ!! やめ、ちょ、まて!! まって! やああぁあ!!」

「クスクス……わたくしの魔眼がそんなに効いてるなんて、写野さんったら……可愛らしいわ」

一応、音声は残るものなのだ。

ならここで
『会長は魔眼を使って、生徒会のメンバーを手篭めにしている』
ことにしてしまおうじゃないか。

写野さんの愛液に濡れた会長の指を、僕はぺろりと舐める。
たいして味など無いはずの滑った液体は、どうしようもなく甘く感じた。

「んっ……わたくしも感じてきちゃいましたわぁ……
 ねえ、写野さん。わたくしのココ、綺麗にしてくださる?

「はい……あっ、うっ……なんで、身体が、勝手に……」

魔眼によって妨げられた思考は、命令に逆らおうなどとは思いはしない。
……こういう風にも使えるのか、まったく便利な能力だ……ズルいなぁ。

とはいえ、今この能力を使っているのは、会長の体を乗っ取った僕の意志ということになるのだけど。

「ひゃんっ! う、ふふふ……いい子ですわ……!
 もっと、もっと……あひゃぁんっ」

会長によって操られた書紀の娘、中身は先輩だが……は、ひたすら僕の――会長の恥ずかしい女の子の部分を舐め回し攻め立てる。

……はっきり言って、何かを考えられる状況ではない。
下腹部が熱い、ジュクジュクと広がる熱量と切なさ、押し寄せる快楽が、脳髄さえも蕩かせてしまいそうだ。

前に先輩に憑依したときは、ここまでの事はやらなかった。
でも、こんなに気持ちいいのなら、もったいない事をしたかもなぁ。

全身の力が抜けるように、手足がだらし無い姿になっていく。
緩みきった表情は、きっといつもの会長ならば、絶対に他人には見せない類いのものだろう。

……きちんと録画できたならば、強烈な映像記録となることだろう。
つまり――会長の、ひいては生徒会の――"弱み"に。

きゅん……。

下腹部が収縮する。
脳内物質の分泌が激しくなる。

「(あ、これは――)」

――来る。

そう確信した瞬間、僕の身体は、激しく震えた。

「――!!!」

ビクン。

びくん、びくん。

体の奥底から。

押し寄せる、波。

それに。

僕は。

僕は――


「あああああああああああああああああ〜〜〜!!!!!!!」

耐えることなど、出来ようはずもなかった。

「――はっ!? えっ! げほっ、げほっ!」

ようやく気を取り直すと、僕の股の下で、写野さんがむせこんでいた。
どうやら魔眼の効果は解けているようで、いつもの先輩らしいムーブメントをしている。

「……あらぁ……どうしましたのぉ?」

あたまがぽーっとする。
口から出る言葉も、なんだかぽわぽわした響きだ。

「おえぇえっぇ! よりに、よってっ!
 あ、あいあいあいあ……液、だなんてぇぇぇ!!」

……あい、液? ということは――

「ああ、なるほど。潮吹いちゃったんですわね、わたくし」

「軽く言うなぁっ! のののの飲んじゃったんだぞ私!
 お前の……コイツの……籠目 美聖のー!!! ぐぉべべえええええ!」

「そんなこと、気にしなくても大丈夫ですよ。
 どうせ他人の身体ですし、ノーカンです」

「それは……そうだけどぉ……
 そういう問題じゃないんだよぉ……ううっ」

「とりあえず、映像としてはこんなもので十分でしょう。
 この辺りは後でカットするとして、まずは――停止、っと」

停止、保存、送信……履歴削除、映像削除……これなら、処理は完璧だ。

「うう……くそう、なんで私ばっかりこんな目に……」

「――日頃の行いなんじゃないですかね?」

「だいたい君の所為な気がするんだが!?」

「まあまあ、僕と先輩は一蓮托生、悪夢の共犯関係ですよ」

あーくーまー!!! この悪魔ー!!!
 ……でも、とりあえずの目的は果たせたから……良いんだろうか?」

「いえ、まだです先輩。
 書き換えたのが僕たちの部だけだと、
 後で怪しまれる可能性があります。
 フェイクとして、他の適当な部活の予算も
 書き換えておく必要があると思います」

写野さんは、先輩は、ずれた丸メガネを無意識に戻しながら、いつも先輩がよくやるジトッとした目つきで僕を非難した、

「……君は本当に悪い子だな」

「いえいえ、先輩ほどでは」

「うそつけー……なんなんだよもうー。
 ……とにかく、適当に書き換えを――」

先輩はいくつかの部活をランダムに選択し、
予算を微妙に書き換えていく。

――立体模擬戦闘部、魔女の大釜研究会、念写部、映像研究会――
――アビストリニティ第三支部、超美術部、造物主信仰会……。

「うちの学校、変な部多いんですかね?」

「そんなこともないだろう。
 いまどきの能力系高校ならそう珍しいものでもないさ」

「へー、そういうものなんですね。
 考えてみれば、ウチの部活もそうでしたね」

それなりの含みを込めて言う。
まあ、僕としては楽しければ何でも良いのだけど。

「……よし、終わった。このぐらいでいいだろう。
 後片付けして撤収するぞ!」

「は〜い!」

衣服を整え、床を拭い、顔を洗い、
何事もなかったかのような雰囲気を演出する。

なにもかもがすっかり元通りといった状態に
なったところで、最後の仕上げをする。

「あとは、まあ、二人の記憶ですね。
 覚えていることから何か感づかれそうですし」

「なら、そいつの魔眼を使えば良いんじゃないか?
 たしかあったろ、そういうの」

「じゃあそれで行きましょう。
 私の目を見て――【【[七星魔眼]――[第五の眼:睡眠の魔眼]】

写野さんの目がとろんとなり、すぅと意識が刈り取られる。

これも出力の調整によって、ある程度の
記憶障害を発生させられるとのことだ。

……全く便利な能力だ、妬ましいことこの上ない。

「あとは――」

僕は鏡を覗き込む。
さっきよりも更に緩んだ顔になった、生徒会長、籠目 美聖の顔だ。

たまに集会で見る、少しきつそうな顔よりも、ずっとずっと可愛らしい
そんなに気を張らなくてもいいのに……と思わなくもない。

さてどうやら、反射によって自分にも効果があることも
実証済みだ――記憶では――ということらしい。

一体何を使ったのか……気になるが、今はそれどころではない。

「もう一度――【[七星魔眼]――[第五の眼:睡眠の魔眼]】!」

会長の意識が蕩けていく。
身体が動かせない……。

――と、いったところで会長の身体から抜け出す。

先に抜け出していた、先輩の幽体が待っていた。

「(とりあえず作戦成功だぞ蝉野司! 早く自分の体に戻ろう!)」

「(そうですね先輩
  ところで、守りたい蔵書ってなんだったんですか?)」

「(ん? それはもちろん、能力者の出生件数や地域に依る
  能力傾向やらの資料の類いだが――)」

「(……思いの外まともですね。
  僕はてっきり、秘蔵のいやらしい冊子のようなものかと)」

「(なっ!? そんなものはなーいーっ!
  君は私のことを何だと思ってるんだ……)」

「(……小悪党系ぽんこつ残念むっつり美人……?)」

「(ひどい!)」

「(冗談です。素敵な先輩だと思っていますよ、部分的にですけど)」

「(――す、素敵!? ……部分、的に……?
  ……まあいい、褒め言葉として受け取ったからな)」

「(いいんですかそれで)」

「(いいんだよ! もう! 早く帰るぞ!)」

「(はい、先輩――)」


結果良ければ――全て良し。

そんなわけで、先輩の――僕たちの最初の悪巧みは、
秘密裏に成功を収めたのだった。


――だけど、僕たちはまだ気づいていなかったんだ。

この時、犯していた――致命的な、ミスに。


「……あれ、わたし……眠っちゃってたのかな?」

夕暮れ時の生徒会室、目覚めたのは三つ編みの少女
目頭を袖でこすりながら、キョロキョロと周りを見渡している。

「会長も……ねてる……珍しいなあ」

机に突っ伏して眠るのは、氷雨森学園生徒会長、籠目 美聖
いつも人前で弱々しい姿を見せない彼女が、無防備に寝顔を晒すなんて。

珍しいものを見たと思った彼女は、ふと自分の中の"違和感"に気づく。

「……あれ? 何か……残ってる? おかしいな、眠っていただけのハズなのに」

"残っている"――彼女は、そう言った。

何が、果たして、彼女の中に、"何"が?

彼女は右のこめかみに指を当て、能力を起動する。

「ええと。念のため――
 {忘れ得ぬ記憶(エルディティック・メモリーズ)}!」

彼女の頭の中に、いくつかの映像が浮かび上がる。
その中に、自分の記憶にない、奇妙な映像が映し出される。

「!」

再生が終了する。
浮かび上がった映像は――

「これは……」

――"資料を改ざんする、自分の手"。
無論、そんなことをしたことも、しようとしたことも――ある筈がない

「会長に知らせなきゃ!」

操作系、あるいは洗脳系、完全催眠系の能力である可能性もある。
一般生徒の範囲に、この手の類いの能力者はいなかったはず。

だとしたら、まさか――

「もしかしたら、{アビス・トリニティ}の仕業……?
 あるいは{[ギンヌンガへの回帰]教会}の手勢かもしれない!」

立ち上がった彼女は、急ぎ会長の席へと向かう。
決意を秘めた声で、何事かをつぶやきながら。

「氷雨森の平和は、必ず守るから……!」


「――私達、氷雨森学園生徒会が!」





┌─────────────
│生徒会-書記

│ [写野 明凜(まの あかり)]


│【能力】
│  ・・・・
│ 『写真記憶』





第2話【侵入】おわり。
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