小話:にへらぼう
作:九重 七志


今日、電車で痴女を見ました。
手を胸と足の間に差し込んで、にへらぁと呆けた笑みを浮かべていた、OLっぽいお姉さん。

たぶん、すごい美人だったと思う。
なんであんな事してたのかな……やだ、また、気持ち悪くなってきちゃった。

「おーっすユッキーっ!
 どしたん、なんか顔色悪いよ?」

いつの間にか後ろに居た、友人の叶海が。
肩に手をやり、顔を寄せてくる。

「え、あ……そ、そう?」

叶海のスキンシップは過剰だと思うんだけど、まあ慣れてきたしもういいかな――みたいに思っている。

「そうそう! なんか変なものでも食べた?」

「違うよー。ちょっと朝、電車で"変なの"を――」

「っ!」

突然、叶海がしゃっくりのような短い悲鳴をあげる。
少しうつむいたかと思うと、すぐ何事もなかったかのように顔を上げる。

「あ、大丈夫、なんでもない。
 それでさ、その"変なもの"って――」

……あれ?
叶海、こんな笑い方、してたっけ――?

「――"こんな顔"じゃ、なかった――?」

にへらぁと、蕩けるように表情を歪ませていた――

「ひっ……か、叶海……? 冗談なんて――」

嘘、これって――朝の女の人と――同じ……?

「あぁんっ……気持ち……いいぃんっ……ぁはっ」

叶海はいつの間にか服を半脱ぎにして、自分の胸や股の辺りを執拗にこね回していた。

「ちょ、ちょっと叶海!?」

「気持ちいいよぉ〜……あっ……あはっ……」

笑いながらひたすらに、自分の体を慰める叶海。

「や、やめなよ! みんな、見てる……!」

「あはぁ〜……あたしぃ、みんなに見られてコーフンする……変態女なのぉ〜……んはぁぁんっ」

おかしい。変だ。だめ。耐えられない。

「叶海!!!」

思わず、大きな声を上げると――

「え、ちょっと……叶海?」

叶海は私を見てにへらぁと笑うと、糸が切れるようにカクンとその場に倒れ伏した。


「――そうなの?
 ふうん、急におかしな行動を――」

たまたま近くにいた保健の佐神先生が手伝ってくれて、なんとか叶海を保健室のベッドに寝かせることができた。

「お酒でも飲んじゃったのかしら?
 バレたら大事になっちゃう事だから、ほどほどにね」

「いえ、そんな……叶海はお酒なんて飲むような子じゃないです」

"いつも優しい父親が、酔っ払って帰ってくる時だけは大嫌い"そんな事を言っていた叶海だ。
わざわざお酒なんかに手を出すとは思えない――

「でしょうね。熱もないし、異常な発汗もない。
 こうしていると、全くの健康体ね。何かあったのかしら?」

「えっと……その、なんて言えばいいか……」

「なんでもいいわ、話してちょうだい。
 悪い病気かなにかだったら、大変だもの」

「……はい。えっと――」

わたしは、恥ずかしさを堪えながら、友人の――痴態を、できる限り正確に、佐神先生に伝えました。

「――そんなことがあったの?
 急に――笑いだして?」

先生はどこか不思議そうな表情で、わたしの顔を見ます。

「はい、そうなんです。
 こう、にへらぁっと笑ったかと思うと、突然――」

――ぴくん。

先生は突然「えっ」と声を上げ、顔を伏せました。

「せ、先生――?」

わたしはおそるおそる先生に声をかけます。
先生はすぐに顔をあげると。

「ごめんなさい、ちょっと虫がいたように見えて。
 気のせいだったみたい。大丈夫よ」

そう言って先生は笑顔を見せる。
よかった、いつもの先生だ――

「ところで――さっきの話なんだけど」

先生は話題を変える。
さっきの話。

そう、急に叶海が、笑いだして――

「それって、もしかして――

 ――こんな感じぃ?」

「――ひっ!
 せ、先生!?」

先生は突然、にへらぁと表情を崩し、笑い始めました。

まただ――叶海とも朝の女の人とも――"同じ顔"!

「せ、先生! どうしちゃったんですか!?」

「ああ、大丈夫よぉ、ちょっとした健康診断だからぁ」

意味がわからない、話が通じてない!

先生は白衣を乱暴に脱ぎ捨て、スカートを下ろし、ブラウスのボタンを外してガバっと広げ、ついには下着まで脱ぎ捨ててしまいました。

「せ、先生! 先生ぃ!」

「柔らかくしなやかでぇ〜、しこりの一つもないっ! 私の胸は健康だわっ!
 あっ、あん、あんっっ! んっ、んんッ! ああん、あっぁあ〜ん!」

大きな胸をこねくり回して、息切れしそうなほどの喘ぎ声を上げます。

「せ、先生……」

ど、どうしよ。先生まで、おかしく――

「最後はこれねぇ〜、検温のお時間でぇ〜すっ」

先生は傍にあった太い体温計を手に取ると、ぺろぺろと舐め回すように下を這わし……あろうことか――その、自分の、女の子の穴の中に――

「んっほおおおおぁっっぁぁぁぁん!!!」

あまりにもだらけて、どろどろで、いやらしく染まったその顔は。

にへらぁと、滑稽なほど不気味に笑い続けていた――


気付いたら保健室のベッドで眠っていた。
家に連絡が行き、今日は早退させてくれるらしい。

お姉ちゃんがちょうど休みらしいので、車で迎えに来てくれるみたい。

本当、今日はどうしたんだろう。
まるで変な夢を見てるみたい――

校門前、夕暮れ、カラスの鳴き声。

キィィと車が止まる。
お姉ちゃんだ。まだブレーキの音、直してないんだなぁ。

「おおーい、ユキ〜」
「こっちだよー、お姉ちゃーん」

窓越しに手を振るお姉ちゃんを見つけて、わたしは手を振り返す。
わたしが歩いていこうとすると、気を使ってくれたのか、私の側まで車を移動させてくれた。

車に乗り込み、発進する。
いつものような、姉妹の、とりとめのない会話。

「――折角の休みなのにぃ、もー」
「ごめん、ありがとう、お姉ちゃん」

「あ、いいよいいよ、どうせ暇だったし。
 今日はどうしたの? まだだったっけ今月?」

「ううん、もう終わったはず。
 そうじゃなくてね。今日は、ちょっと変なことが――」

「変なこと? それって――
 ――何さ? なんかあったの?」

お姉ちゃんは結構私のことを心配してくれる方だ。
だから、言いづらいようなことも、突っ込んで聞いてくれる。

わたしはどう話そうかと考えていると――

「――っとと」

信号が赤に変わり、お姉ちゃんがあわててブレーキを踏む。

「――お姉ちゃん?」

ふと横を見ると、お姉ちゃんは、ハンドルの真ん中をじっと見つめていました。

「……ん? どうしたの?」
「ううん、なんでもない」

まさか、お姉ちゃんまで変にならないよね――?

そんなことを思いつつ、私はさっきあった事をお姉ちゃんに話しました。

「――なにそれ、変なの。
 春になると変な人増えるからなぁ……
 でも、身近な人だとショックだよね」

「うん……やだなぁ、もう……」

わたしは一瞬さっきの恥ずかしい姿を思い出し――ちょっと、嫌な気分になりました。

そんなわたしの気分を察したのか、お姉ちゃんは話題を変えて。

「あ、ちょっとコンビニ寄っていい?」

「あ、うん。大丈夫だよ。
 なにか買うの?」

そう行っている間にも、コンビニの駐車場に車を入れます。

「うん、ちょっと――便j――おトイレがね」

「なーんだ、じゃあわたし、車で待ってるね」

……なんで途中で言い直したんだろう?
いつも結構、便所とか平気で言うタイプなのに――

「おまたせー、待った?」

「ううん、全然。大丈夫だよ」

しばらくして姉が帰ってくると、
そのまま何事もなく、車に乗って道に出ました。

川、公園、商店街。
抜けて、もうすぐ住宅街。

窓の景色は進み、もうすぐ家に着こうかとする頃。
どこか、姉の様子がおかしいことに気づきました。

「お姉ちゃん……?」

「ん……んっ……んんぅっ……!」

「お、お姉ちゃん!?」

見れば股のあたりをきゅっと閉じて、何かに堪えるように時折ビクッと体を震わせている。

「だ、大丈夫? どうしたの? 具合悪いの?」

「ううんっ……なんでも……ない……んんっ! よ……」

そうは言いますが、顔は赤く、息は荒く、体は震えています。

「停めたほうがいいんじゃない? ねえ、お姉ちゃん!」

「――ふ、ふふふっ……んっ……あぁぁぁんっ!」

「え……!」

わたしは思わず、お姉ちゃんの股のあたりを見てしまいました。

「こ、これ……」

膨らんだ股間、そこから長く伸びる線、その先にあるお姉ちゃんの右手の中には――

「やだ、これって……お姉ちゃん!」

お姉ちゃんがたまにお風呂で使っている、大人のおもちゃのスイッチがそこにありました。

「あは、あははっ……いいっ、いいよぉ! 気持ち……いぃっ!!」

「お姉ちゃん! どうして――」

どうしてこんなことを――そんなことする、お姉ちゃんじゃなかったのに……!

「ねえ、ユキちゃぁあぁん……んっ……」

「な、なに!? お姉ちゃん! やめてよぉ!」

「んっ、さっきっ……言ってたっ、変な……あんっ! 顔って――」

「!! お、おねえちゃんっ!」

変な顔、変な顔、変な顔。
もしかして、もうお姉ちゃんも――!?

「 こ ん な 顔 ? 」

「ひっ……」

隣りに座っている私の方を向いたお姉ちゃんは。

叶海とも、佐神先生とも――
――最初に見た、OLのお姉さんとも。

同じ。

よく似た。

そっくりな。

瓜二つの。

――同じ、顔を……していました。

にへらあぁと歪む、だらしない、淫らな喜びに満ちた。
そんないやらしい笑みを浮かべるお姉ちゃんは。

今にもハンドルから手を離し、服を脱ぎ捨てて。

とても人前では出来ないような、えっちな行為を。
始めてしまう、勢いでした。

――それでも、車は進み。

そして――

「お、お姉ちゃん! 前! 前ぇっ!」

T字路、直進、雑木林。
お姉ちゃんはいやらしい事に夢中で、ブレーキさえ踏もうとしません。

――ぶつかる!
そう思った瞬間、わたしの意識は薄れてゆき――


「――え? わたし……?」

気づけば自分の部屋の中、部屋の端のベッドの中。

着替えた覚えもないパジャマ。
妙に散らかった私の部屋。

――そして、体中に残る、吐くような甘怠み。

体は濡れていて、下着までもがびっしょりしていて。

――それが、汗なんかじゃないって、本当はわかってて。

わたしの手は、わたしの意思など解さないように。
わたしの、いやらしい所へ吸い寄せられていきました。

「あっ、ああんっ!!」

初めて触ったはずの――赤ちゃんの穴の中は。

「ひゃっあぁんっ! なんでっ、こんなに――」

今まで感じたことがないはずの、すごく変な気持ちよさが詰まっていて。

「いいぃっ! なんでっ、こんなにっ……気持ちっ! いいっ! のっ!?」

わたしは手を、止めることが出来ません。

「あっあっあっ……ひゃあんっ! っひ……ひっ、あっ……ああああんっ!!!」

なんて、気持ちがいいんだろう。

「あっ、あっ――ん……んぅ……んっ――」

そして、わたしは。

「――!」

"来る"

そう、思いました。

「―――――――――――ッ!!!」

わたしのお腹の奥が、弾けるみたいに。
どうしようもない快感が、わたしを――

                           
「――んひゃああああああああああぁああぁ――っ!!!」
                           

わたしを。

わたしの、あたまのなかを。

洗い流して、いきました。


目を覚ますと、わたしは。
だらしなく淫らな格好で、ベッドに寝転がっていました。

服装を整えようともせず、わたしはゆっくりと立ち上がります。

机の横の、大きな姿見。
その前に立ち、布のカバーを外します。



   「……えへぇ……」   



鏡に写った、わたしの顔は。

朝からずっと、見てたものと同じ。
にへらぁという、蕩けた顔をしていました――


【小話:にへら貌】おわり
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