小話:ものぐさな魔神と
作:九重 七志

「じゃあ、こういうことか?
 おまえは、"三つの願いを叶えてくれる"――と」

「まさにその通りです、ご主人」

ひょんなことから手に入れた、ホコリまみれの骨董品。
気まぐれの手慰みにひたすら磨いてみたところ、魔神を名乗る奇妙な緑色のが現れた。

その魔神は、3つの願いを叶えてくれるという。

お誂え向きじゃないか。
せいぜい、いい願いを叶えてもらうとしよう――

「――ですが、注意事項が一つだけ」

「なんだ、それは」

「"願いは三つまで"、これだけはルール上変更できかねます」

「……ならば、例えば――"1つ目の願いは、叶える願いを5000兆個にしろ"――とすれば、どうなる?」

「対象となる"願いの数"が変更不可の値となりますので、第1の願いは立ち消えます。あなたの願いの残りは2つとなります」

「……融通の効かない魔神め。他に、禁止事項はないのか?」

「ありません。あなたが望むのなら、死者蘇生でも、横恋慕の略奪愛も、極めて邪悪な無限のパワーでも、あなたは願うことができます」

「……おまえ、本当は悪魔かなんかじゃないのか?」

「そんなものは、あなた達の尺度の問題です。わたしはわたしなのですから」

「そうか、無粋だったな。とっとと願うとしよう」

「でしたら、1つ目の願いをどうぞ」

――決まっている。
ヒトは"それ"を生み出して以来、尽くその魔力じみた魅力に取り憑かれ続けてきたのだ。

「――この俺に、生涯掛けても使い仰せぬ程の、途方も無い富を授けよ!」

「――受理されました。2つ目をどうぞ」

「……まて。一つずつ叶えてみせるのではないのか?」

「わたしは同僚ほど要領がよろしくないので、ひとまとめに3つ全てを叶えるのが精一杯なのです」

「チッ……まあいい、構わん。2つ目の願いだが――」

「はい、どうぞお願いくださいませ」

これも決まっている。
雄々しきもの、素晴らしきもの、それらを討ち滅ぼす、もっとも恐るべき、素晴らしき宝とは何か?

だ。この世で最も美しい――少なくとも、この俺の基準でそう感じる女だ。それを我がモノとしたい」

「はい、俗物ですね。受理されました。」

「俗物、結構じゃあないか。だが俺の俗物根性はそんなものではない」

「3つ目の願いをどうぞ」

富と、愛。
もちろん、それだけでは足らぬ。
――足りるものかよ!

――それも永遠に近いそれだ。もちろん不老と健康と、好きなときに死ねる権利もつけてもらう」

「全くもう、欲張りさんですね。嫌いじゃありません。受理されましたよ」

「……」

「……」

「……おい、どうした。願いはまだ叶えられんのか?」

「もうすぐですよ、お待ち下さいな」

「う……なんだ、視界が――」

急激な眠気、微睡みゆく意識。
水底へと沈みゆくかのように、俺の意識は闇の中へと落ちていく。

――う……ぁ……


「――はっ!?」

柔らかな日差し、囀る鳥の鳴き声で、俺は穏やかに目覚める。

真白く揺れるカーテンは、穏やかな風を部屋の中へと招き寄せる。

「ここは……?」

見覚えのない、白い部屋。
塵一つ無いほどに磨かれ、見事な調度品に彩られた、あまりに美しく見事な部屋だ。

「おお! これは、つまり――!」

魔神によって叶えられた、富の願いということか。
屋敷まで付いてくるとは、思いのほか気前の良いやつじゃないか。

「これなら――うん?」

ふと、違和感に気付く。

「声が――妙に、高いな……」

出しなれた渋く低い声ではなく、妙に甲高い、風を引いたような声。

思わず喉に手を伸ばそうとすると、動かした右手は。

その前に、なにか"やわらかいもの"に触れる。

「なっ!?」

ふにゅんと柔らかく弾き返すその感覚は、今まで一度も味わったことのない奇妙なものだった。

「こ、これは――?」

見れば、己の胸元に、柔らかな二つの膨らみ。
大きすぎず、小さすぎず、手のひらにすっぽりと入るほどの大きさ。

吸い込まれるように手を伸ばすと、その膨らみは、弾力と刺激を以て応えた。

「ぁんっ!!」

脳髄が雷霆に打たれたかのような瞬間の刺激。
それは即ち、一度も味わったことのない"快感"で――

「……まさかっ!!」

あわてて、"大事なモノ"がある筈の、股の間へと手を伸ばす。

伸ばした腕は空を切り、何一つ掴むことはない。

探し回り、跳ね回る指は、不意に何処かの部位に触れ――

「ひゃぁあああんっ!!?」

先程の"快感"の、更に強烈なものが、体全てを駆け巡る。

体がピクピクとして、思うように動けない。
トロンと目が潤み、視界が曖昧になる。

藻掻き、ベッドの外へと抜け出ようとすると。
視界を塞ぐ、金色の絹糸。

「――髪!? なんで!? 俺は――」

長い金髪が、自分の頭から伸びている。
馴染みの縮れた汚れ毛ではなく、全く見覚えのない綺麗なものが。

「どうなって……おい、まさか――」

家具の中に見つけた、鏡台へと走る。
膨らみが揺れ、足はもつれ、随分と不格好だが、鏡の前へとなんとか辿り着く。

「なんだ――おい、"誰"だよ、"この女"!!」

鏡の中に映し出されたのは、一糸まとわぬ、金髪の美女。
背筋の凍るほど美しい、正に絶世の美女と言うべき、美の顕現がそこにあった。

「これが、俺――? どういうことだ! どういうことだよ!」

鏡の中には、混乱し憔悴する美女の姿。
そんな姿さえ、あまりにも美しくあった。

「そうだ――おい、魔神! いるか、魔神!?」

「――なんですか、ご主人」

どこからともなく現れた緑色の半透明に、俺は詰め寄り食って掛かる。

「どういうことだ! なんで俺が……女になってるんだよ!!」

「願いの結果です」

「どういうことだよ! 説明してみろ!」

「上等です。説明を開始しましょう」

「まず、この姿はなんだ!」

「世界一の美女です。それはもう、紛れもなく。あなたの望んだ最高の女性です。あなたは"それ"を手に入れました」

「女になりたいなどと言ったか!?」

「いいえ。ですが、ヒトは心変わりをするもの。どれだけ愛を囁やこうとも、いずれあなたから離れることでしょう。ですがそれは"浮気性"、あなたの望む"基準"に反しています」

「だからどうしたんだ!」

「よって、あなたはその美女の身体そのものを、あなた自身の魂によって保持することとなりました。これによって、あなたは最高の美女を保有し続けることが出来るようになりました」

「言いたいことはソレだけか!?」

「いいえ、もちろん違います。その美女は幸い、"生涯かかっても消費し切ることのできない財産"を相続しておりました。これによって、第1の願いも同時に叶えられる事になります」

「このものぐさ野郎! ちゃんと個別に判断しろ!」

「続いて、3つ目の願いですが――」

「――おい、待て。まさか――」

「残念ながら不老不死の肉体をご用意することはできませんでした。それは人間という尺度において上限を突破してしまう恐れがあるからです」

「――で、つまりどうなったんだ」

「第三の願いにおける、"自由自裁権の確保"を拡大解釈し、あなたは幽体の自由を得ることができました」

「は? つまり、何が言いたいんだ」

「あなたの魂は不滅となりました。
 たとえ肉体が滅びようと、別の肉体を得ることによって生命活動が可能になります。
 また、自由自裁権の条項により、任意で幽体のみを切り離すことも可能です」

「魂が……不滅? それはそれで――不老不死、なのか……?」

「はい、あなたは望むのならば永遠を生きることができます、任意の肉体を用いて」

「そ、そうか……なら、まあ、一応、願いは叶えられた……のか?」

「そうです。願いは叶えられました。これにてアフターサービスを終了します。ご利用ありがとうございました」

「おい! 待て! 消えるな! まだ聞きたいことが――」

「4つ目の願いは聞き入れられません。それでは、ごきげんよう」

そしてそのまま、魔神は消えてしまった――


「はぁ、これから、どうすれば――」

俯けば、そこには、柔らかな双丘。
何の気無しに、手を伸ばし、揉む。

「あぁんっ!!」

快感が走り、全身が跳ねる。
鏡には、美女が悶える姿。

「――まあ、いいや」

床にどっかりと座り込み、むき出しのツルツルした秘所を鏡に写す。

後のことは、後で考えればいい。

今は、とりあえず――

「んはっ! この……んッ!! 身体を……ぁん! 思いっきり……ぁぅ! 愉しむと……するかっ」

そのまま美女は、そのきれいな顔立ちに似合わぬ品の無さで、肉欲に溺れ自らの身体貪り続ける。

その姿は、まるで――

――暴君の戯れに弄ばれる、語り部の情婦のようだった。

【小話:ものぐさな魔神と】
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