【外道忍法:蛤崩しの術】
九重 七志


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とある城主が、お抱えの妖術師へと問うた。

捕らえた女忍びが口を割らない。
閉じた蛤の如くに口閉ざす忍びに、口を割らせる手だてはあるか――と。


妖術師は答えた。
我が秘薬を用いれば、蛤は己からその口を開くことでしょう――と。


取り出されたのは妖気を帯びた秘薬、その名も「遊魂離魄丸」

魂を魄、即ち肉体より離脱させ、
幽鬼邪霊の真似事を成す、妖術師が至上の外法薬。

なに、彼奴が喋らぬというのなら、
彼奴の躯に喋らせればよい――


【忍法、蛤崩しの術】


薄暗い地下牢、内側には一人の少女。
疲労困憊し、身体には無数の傷跡が残る。

上階より、足音が二つ。近いてくる。

「……して、どうなっておる?」
「は、"これ"さえ用いれば、必ずや……」

何事かを話しながら、足音は少女の牢へと近づいてくる。

「ほう、この娘が昨日捕らえた忍びか」
「なかなか美しい御髪をしておるわ」

下卑た声に、不気味に高い声が応える。

「殿、お戯れはまだ早うございます」
「まずはこの忍の情報を、喋らせることです」

「うむ、では頼むぞ――"妖術師"どの」


背の高い方の男が、髭だらけの顔で笑う。
美丈夫とはとても言えないが、野性味溢れた男の顔だ。

「ええ、全てお任せくだいませ」
「この"遊魂離魄丸"さえあれば、口を割らぬ忍びなど有り得ませぬ」

小男が、妙に甲高い声で応える。


小男は何やら、頭巾と面頬で顔を隠しており、
南蛮の外套のような奇妙な衣服を見に纏っている。

「して、妖術師よ」
「その"遊魂離魄丸"とは、如何なる仙薬であるのか?」

妖術師と呼ばれた小男が応える。


「殿、これは
 『人の魂を操り、更にはその体をも、繰人形の如くに操る秘薬』
 なので御座います」

そして妖術師は座禅を組んで座り込み。
懐から、毒気の強い色をした丸薬の包みを取り出した。

「まあ、ご覧になればすぐに分かる事でしょう」
妖術師はくぱっと口を開き、丸薬の一つを飲み込んだ。


そして妖術師は息を吸い、ゆっくりと吐き始めた。

するとなにやら煙のようなものが妖術師の身体から
吐き出され、牢内を覆い始めた。

充満した煙は、緩やかな流れを描きつつ、ある一転へと集まっていく。

忍びの少女のところへと。


幾多の拷問によっても顔色一つ変えず、
能面のような無機質な表情を貫き続けた少女が、
眼を見開き、何かに怯えるような姿を見せる。

収束した煙は、少女の中へと入り込もうとしていた。


猿轡をされた口の隙間から。

無防備に晒された耳から。

微かな呼吸を覗かせる鼻から。

鞭打ちの痕の残る尻の穴から。

柔らかな肉の疼きを忍ばせる臍から。

溢れるものを受け止め続ける股間の穴から。

孕ますものを受け入れる秘部の隙間から。


人体九所の穴の到るところから、煙が少女へと入り込んで行く。

ビクン、ビクン、ビクンと身体を震わせ、
少女の眼が段々と虚ろになっていく。

入り込んでくる煙の刺激のせいなのか、
穴という穴から汁が漏れる。

ついに崩れ落ちた少女は、大きく身体を震わせると、鯉の様に大きく跳ねた。


――

「…………ぁ、ぁ…………」

目を覚ました少女が、口を開く。

少女は己の姿を見る。
はだけた忍び装束、細い腕には傷跡、体躯に似合わぬ豊かな乳房。
そして、下腹の底に燻る、甘やかな疼き。


「……フフフ」

少女は小さく笑みを浮かべると、身体を起き上がらせ大男の方を向いた。

その表情は、先程とはうって変わって、だらしの無いにやけた表情だ。

そして、少女は楽しげに言い放った。


「如何に御座いましょう?」

「これぞ、我が秘薬の効能」

「人の身体に、己の魂を捻り込み」

「"身体の全て"を奪い去る」

「この"妖術師"、秘蔵の妙薬にございます」


それは。

そこで脱け殻のように座禅を組む妖術師の、
"それ"そのままの口調で、少女は殿へと語りかけた。

殿は口の端をぐいと上げ、ただ一言
「見事」と呟いた。


「では、首尾は如何か?」
殿は上機嫌で言った。

「上々でございます」
「この忍び、どうやら隠河の間者のようでして」

「何と! あの古狸め、まだ儂の銀山に未練があると見える」
「して、目的はなんだ?」


「お待ちを」
忍の少女は額に指先を当て、何かを思い出すような仕草を取る。
妖術師が、彼女の記憶を読み取っているのだ。

「は、"内通者"との密通……のようです」
忍の少女は一際邪悪な笑みで、"絶対に話すことの許されない情報"を明かす。


「密書は焼き、中身を覚えさせ、その内容を伝える手筈だったようで」
「……もちろんこの通り、"この頭"が覚えておりますとも、くくく」
と、少女は自らの頭を軽くつついた。


「便利なものだ……して、内通者の名は?」

「は、透ヶ沼の小倅でございます」

「なんと! あの小わっぱめ……儂を謀るとは十年早いぞ!」

「隠河の手勢による奇襲が企てられているようです」
「透ヶ沼の内応で門を開かせ、場内に攻め寄る目算かと」

「戦支度が必要となるな、だが……」


「その前に透ヶ沼の小わっぱめに灸を据えてやらねばならん」

「……待てよ、良いことを思い付いた」
「妖術師よ、その秘薬の効力は何刻ほどになる?」

「私がこの娘を解放しない限りは、
 幾日幾月幾年経てども効力が切れる事はございません」

「なんと、それほどのものか」


「ならば妖術師よ、この儂が命ずる」
「お主は"その忍の身体"を用いて、透ヶ沼めを
 二度とは見られぬ姿へと変えてやるのだ」
「やり方は問わぬ、"好きなように"やるがよい」

「く、く、くくくく……流石は殿、実に良い趣味をしておられる」


「この妖術師におまかせあれ、必ずや満足のいく結果をもたらしましょう!」




「(遅い……よもや伝令が捕らえられたか?
 でなければ、近々に隠河殿からの知らせがあるはず……)」
透ヶ沼は床に付きながら、眠れぬ夜を過ごしていた。

目下の懸念は、己が造反の謀だ。
敵方の武将と密かに通じ、落城の暁には
城主の座が約束されるという、裏切りの密約だ。


「(このままではいずれ……いや、考えるまい)」

――その時だ。
灯の火がゆらりと揺らめき、音もなく一つの影が現れた。

「……〓〓」

女の声。発せられた言葉は、符丁。
――すなわち、合言葉だ。

「〓〓〓……」

透ヶ沼は直様、言葉を返す。
心配は杞憂であったか、と人心地だ。


「……隠河殿は、何と?」

透ヶ沼は、現れた忍びに問いかける。

艶やかな御髪、紅を差したような血色の唇。
体躯に似合わず豊かな乳房は、闇色の忍び装束に隠されている。

ここ数度の連絡は、全てこの忍が行っていた。
それは間違いない。

だが透ヶ沼にはこの、顔を伏せた忍の少女が。


――何故か、"嗤っているように"見えた。


「――透ヶ沼さま」

少女が口を開き、顔を上げる。
いくつかの傷はあるが、綺麗な顔をしている。

「どうした、また何か別の動きでも――?」

「いえ、そうではありません」
「少し、耳をお貸し願いたいのです」

忍の少女は即座に否定し、透ヶ沼の耳元へと唇を寄せてくる。


「(このような事は、今までにはなかったが……どういう事なのだ?)」

思索する内に、耳元に吐息が触れる。
そして、言葉が発せられる。

「"『動くな』"」

「(な……!?)」

驚愕した透ヶ沼は、己の身体が巌のように、
ピクリとも動かせなくなっている事に気付く。


恐怖ではない、怯えでもない。
まるで首から下を斬り跳ねられたかのように、
なにも感じず、動けない。

忍の少女は、嗤う。
整った顔を大きく歪め、獣染みた微笑みを見せる。


「くくく、明王忍法"不動金縛り"……これほどとはな」

己の技を、まるで他人の物かのように評する少女は、
透ヶ沼に向かい、言い放った。

「それでは透ヶ沼……謀反の咎により、
 貴様の"精"を奪わせてもらうぞ、ククッ!」


――


「(な――)」

「(違う、あの娘ではない)」

「(何者だ、物の気か)」

「(それに今、何を奪うと――)」

唯一動く部位、目玉をぐるぐると動かし、思考する透ヶ沼。
だが、打開策など見えやしない。

「ごちゃごちゃと、何を考えているのやら」


「くく……だが、もう暫しで、何も考えられなくなる」

少女は己の装束を破り捨てるように脱ぎ捨てると、
仰向けの体制で動けぬ、透ヶ沼の上に乗しかった。

襦袢の帯をはずし、透ヶ沼の体をさらけ出すと。
そこには、天高く屹立した、七寸ほどもある、
透ヶ沼の巨大な陰茎が聳え立っていた。


「ふん、この女殺しめ」
「これで何人の生娘を悦ばせた? ん?」

少女は男根を撫で回す。
蛇の舌が獲物を嘗め回すかのように。

じわり、と粘つく液体が落ちる。
少女の女陰より滴り落ちる、情欲の一滴。

「そろそろ出来上がってきたか」
「――では、"頂く"としよう」


少女は女陰をくぱあと開き、男根めがけてゆっくりと腰を落としていく。
ずぶり、ずぶりと粘らかな音が響き、ついには陰茎の根本までを丸呑みにする。


「(何故、こんなこと、を……? 何の、意味が――!)」

透ヶ沼は動けない、成すすべもなくただその光景を見つめている。

少女は声にならない声を抑え、矯声を嘲笑に変えながらも、
腰をゆっくりと上下させる。

「(よもや、これは――『房中術』!!)」


情交によって体内の陰陽の気を整える術、それが房中術だ。
だが、忍の業ともあれば無論、それだけではない。

陰の気の注入、吸出し、割合の強制変容、
忍の用いる術であれば、その様なことはいとも容易い。


時に、男性は陽の精気によって男性足り得るのだという。

ならば、それらを全て吸い付くされてしまった男は、
果たしてどうなるのであろうか……?


「(い、いかん! このままでは)」

「くくくくくっ! いよいよ限界のようだな……?」

上下の動きがゆるやかになる。これは、"溜め"だ。

……そして少女は、ことさらに激しく、腰を上下に動かす。


ずちゅり。

――溢れ、出た。

ごぼ、こぼ、ぼぼぼぼ。

透ヶ沼の陰茎より迸る精の気が、女陰の奥へ奥へと吸い込まれていく。

少女は嗜虐的な笑みを浮かべながら、呆けたように口を開け、
だらだらと唾液を滴らせている。

その瞬間を最後に、
透ヶ沼の意識は、奈落の底へと落ちていった。




乱れた布団の上に、倒れた人影が一つ。

髪は短く切られているが、顔立ちは女の様で、
胸元には乳房らしき物も見られる。
股には何かを引き抜かれたかの様な傷跡と、
腹の奥へと続く深い深い裂け目が見える。

この者が何者なのか、誰一人として分かる事はないだろう。

――彼以外、妖術師以外には。


妖術師は、忍の娘の姿のまま、殿の元へと戻った。

「四方や、人の陰陽さえ翻すとは」
「恐れ入ったぞ、妖術師」

殿の機嫌は上々だ。
隠河の奇襲など、もはや恐れる必要もないのだ。

「は、有り難き幸せにございます」

「しかし、これ程の術を用いる忍の肉体」
「ただ打ち捨てるには些か勿体なくはないか」

「くくく、問題ありませぬ」
「この秘薬、落魂散さえ用いれば、
 二度とこの娘の意識が戻ることはありますまい」
「そうなれば、我々が身体のみを使えば良いのです」

「流石は妖術師よ、抜け目がない事だ」


殿が笑い、妖術師が笑う――


嗚呼、咲き誇るのは悪の華。

世は無情な常者必敗、
手など選ぶは敗者の法よ。

己が為に全てを成せ。
己が敵に全てを使え。

嗚呼、世は並べて外道法。
全て外道の行き着くところ。

外道忍法、罷りて通る――

【外道忍法:蛤崩しの術】