勇者のパートナーA

 作:verdsmith7


太陽が昇り暗い森を照らし始めた。
不気味な静けさが終わり小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「えい!」
カナンは平均の女性よりも小さな身体で剣の素振りをしていた。
だが、明らかにその剣はカナンに不釣り合いなぐらいに大きく、振り上げる度にカナンはよろよろとバランスを崩しそうになった。
それでも彼女は続けた。
「はあ、98、99・・・だめ、もう限界」
頭上に掲げた剣を下ろし「ぜえ、ぜえ」と息を切らす。
汗が流れ、腕は疲れ果てて震えている。
(もうこれ以上は無理ね・・・)
カナンは自分の手を改めてみた。
その手は細くか弱い女の子の手、かつて自分が勇者だった頃とは違うひ弱な手だった。

本来ならカナンは賢者だ、剣術や格闘術は専門外である。
それにも関わらずカナンが剣の稽古を続けるのは来るべき新しい勇者のためだ。
勇者だった頃に取得した剣術や秘技を伝えなければならない。
身体は違っても勇者の知識は健在だった。
だが、今のままでは・・・
(もう剣を使うの諦めた方がいいのかもね・・・)
つい弱気な事を考えてしまう。

カナンは近くの川へ行き乾いた喉を潤した。
ゆっくりと流れる川の水面に自分の顔が映っている。
その表情からは辛さ、悔しさ、怒りなどの負の感情が漂っていた。
そんな自分自身の姿を見たカナンは水を思いっきり自分の顔に浴びせた。
「こんな姿エミリに見せられないよね」

よく見れば身体中が汗でベトベトだった。
「誰もいないよね」
周囲に誰もいないことを確認してカナンは服を脱いだ。
かつて勇者のパートナーだったカナンの身体だ。
サキュバスのエミリに比べれば子ども同然だったが、それでも女性の体に変わりはなかった。
カナンと入れ替わってだいぶ精神も馴染んできたがそれでもまだ羞恥心がないわけではなかった。

ゆっくりと川に入り水につかる。
冷たい川の水が動いて温まった身体を冷やしてくれる。
カナンは手で顔をもう一度洗った。
スベスベの肌が自分の手の感触で分かった、男の肌とは全然違う。
その感触に今自分が女の子であると改めて実感させられてしまった。
もう屈強な勇者ではないのだと・・・
「私、カナンなんだよね」
ポツリと呟く。そこには今の自分をまだ認めたくないという思いが込められていた。
カナンは自分の胸を触った。
手にふわふわとした感覚が伝わってきた。
そして女の子の股へと手を伸ばす、そこには当然男の象徴などあるはずもない。
「やっぱり女の子なんだ」

「はあ、はあ。私何やってるの?」
カナンは胸と股へと這わせた手を離すことなく弄り続けていた。
触れた最初は何も感じなかったが、次第に自分が興奮している事が分かった。
「はあ、気持ちいいよ」
この身体になってから何度もエミリと女同士のエッチはしたが、オナニーは初めてだった。
今、カナンは新しい身体でのオナニーの快感を知ってしまった。

「はあ、ああん」
段々と息が荒くなり喘ぎ声ももれ始めた。
その気持ちよさは男の時とは比べ物にならない。
「す、凄いよ、勇者様・・・」
自然と口からそんな言葉が出てきた。
気持ち良さと共にかつて勇者と旅をした思い出が溢れてくる。
(これは・・・カナンの記憶?)

初めて勇者と出会った時、カナンは見習い賢者として緊張しながら冒険をした。
カナンが危なくなった時、勇者は身を挺して守ってくれた。
辛いことがあった時、私の側にずっといてくれた。

カナンの記憶が次々引き出されてくるようだ。
そしてカナンが勇者の事を思っていたことも。
「はあ、はあ、ああ勇者様。だめ」
その感情に流されていってしまう。

そしてあの日、サキュバスと交換させられた日の記憶が蘇る。
カナンの身体にサキュバスが入り、カナンの身体を弄んだ。
毎日のようにオナニーをし、金で男を買い、快楽に浸り続けた。
入れ替わった後のサキュバスの記憶が流れてくる。

そして記憶は最後を迎える。あの日、勇者と入れ替わった時のことを・・・


「はあ、はあ・・・」
川の中で息を切らしているカナンは、溢れる快感と記憶に頭がどうにかなってしまいそうだった。
自分は勇者? それともカナンなのか・・・
水面に映った自分を見てみる。
そこには裸で欲情したカナンが映っているだけだった。
「私はカナン? ずっとカナンだったの・・・?」
混乱する記憶にカナンは自分が誰なのか分からなくなっていた。

よろよろと川から上がり服を着ていく。
そこにはさっきまで練習で使った剣が置かれていた。
かつて勇者だった頃に作った剣だ。
それを見てカナンは少しずつ思い出し始めた。

自分が勇者だと知らされた日のこと。
初めて旅立った日のこと。
モンスターに襲われている村を助けて人々から感謝された日のこと。
初めて仲間ができた日のこと。
そしてカナンとの旅の日々のこと。

「そうか・・・私は確かに勇者だったんだ」




エミリとカナンは勇者の身体を奪われてから人里離れた森の中で暮らしていた。
サキュバスのエミリが人間と接触するのは危険だった。
だから人があまり入り込まないこの地でしばらく暮らすことに決めたのだ。
運よく廃棄された小屋を見つけ、今はそこに住んでいる。

「お帰りなさい、カナン。どうしたの?」
いつものように出迎えたエミリはカナンの様子がおかしいことに気づいた。
カナンは浮かない顔をしている、それを見たエミリは心配そうな表情になった。
カナンは話し始めた、自分の身体に起こった異変の事を。
「ごめんね。カナンの身体でオナニーをしたの、そしたらこの身体の記憶がドンドン溢れて・・・そして一瞬自分がカナンなのか勇者なのか分からなくなって・・・」
カナンの身体でオナニーをした事を話すこともためらったが今は真実を話したかった。
それを聞いたエミリは最初驚いた顔をしていたがすぐにいつもの表情に戻った。

「・・・そうだったの、私と一緒ね」
それは今までカナンに知らなかった事だった。
エミリも同じようなことがあったのだ。
「私もサキュバスのエミリの記憶を見たの」
ゆっくりと落ち着いてエミリは話し始めた。
「正直気が狂いそうだった。私がエミリとして生まれて育ってきた記憶が全部分かるの。だから自分がカナンだと忘れて本物のエミリだって何度も思い込みそうになったわ」
そう言うとエミリは急に自分の大きな胸を揉み始めた。
まるで何かを思い出すかのように。
息は激しくなり胸が手で揉まれる度にタプタプと波打っているのが分かる。
「はあ、はあ、こうやって毎日オナニーする度にどんどんエミリになっていく気がした。凄く気持ちよくて、凄くいやらしくて・・・」
オナニーをするエミリは淫魔に相応しい姿だ。
だが、その行為は突然エミリの意思で止められた。
「はあ、はあ。・・・でもね、そんな時勇者様が私の事を愛してくれたから私はエミリになったカナンだって思える事ができたの。身体は違うけど勇者様が愛してくれたおかげで私は心まで淫魔にならなかったのよ」
そんな事があったとはカナンは全然知らなかった。
今さっきの出来事がなければこの事さえ分からなかっただろう。
「だから勇者様、私の身体は戻らなかったけど心はちゃんと救ってくれたのよ」
そう言ってエミリはカナンに笑った。
その笑顔は淫魔ではなくカナンが愛する愛しいエミリの笑顔だった。

「ごめんね、エミリ。そんな事全然知らなくて・・・」
カナンはエミリに今までの事を謝った。
自分が側にいたのにそんな葛藤があったなんて。
「謝らないで・・・」
そう言ってエミリはカナンにキスをした。
「謝まる必要なんてない。今はただ愛して、前と同じように・・・私が淫魔にならないように」
その言葉を聞いてカナンは決心した。
「エミリ! いいかな?」
カナンの硬い表情を見たエミリは何かカナンが考えたとすぐわかった。
エミリもカナンの次の言葉を待った。
「もう1度人格転移の魔法使えるかしら?」


エピローグ

カナンは町に買い物に行って帰ってきた。
食材がたくさん籠に入れられている。
「帰ったわ」

小屋で待っているエミリに帰ったことを伝えた。
「あら、たくさん買ってきたわね」
エミリは大きなお腹を抱えてイスに座っていた。
カナンが帰ったことに気づくと立ち上がろうとした。
「いいのよ。座ってて、もうすぐ生まれるんだから無理しちゃだめよ」

「それにしても本当に良かったの? 私は元に戻れたけど勇者様は・・・」
カナンは辛そうな目をしてエミリに訴える。
それに対してエミリは優しく語った。
「今はこれでいいのよ。カナンが元に戻った方がその身体の力も使いやすいし、私もサキュバスのこの身体なら格闘術やレイピアや短剣ぐらいの剣術は扱えるから丁度いいのよ」

あの後、再度人格転移の魔法を使ったのだ。
カナンはもう元に戻れないと思っていた。
だが、カナンとエミリは人格転移の魔法を改良することにした。
魂と肉体が絡み合った状態だったものをカナンの強力な魔力で無理やり引き剥がしたのだ。

カナンは元に戻った。だが勇者はサキュバスのエミリになってしまった。
そしてカナンの時と同じようにサキュバスの精神が侵してきた。
淫乱な身体で気持ちよくなりたい、男どもを襲いたい・・・サキュバスの思考が訴えかけてきた。
だが、かつて勇者だった魂はそう簡単に侵されはしなかった。
それは勇者の魂の強さと・・・
「勇者様、町へ行ってる時出来なかった分をするね」
そう言うとカナンはエミリの口にキスをした。
そう勇者のパートナーの支えがあったからこそだった。


「もうすぐね」
カナンはエミリのお腹へ耳を当ててそう呟いた。
以前よりもエミリのお腹の子が元気に動いているのが分かるようになった。
産まれるのもそう遠くないだろう。
それはこの世界に新しい希望が生まれることを意味していた。

外は段々と日が沈み暗くなってきた。
恐らく魔王もそろそろ本格的な戦いを始めるだろう。勇者のいないひ弱な世界に。
それでも希望はある。エミリはお腹をさすりながら語った。
「あなたが新しい勇者になって世界を救うのよ」
エミリは自分の大きなお腹へ語りかけた。
するとカナンはこう言った。
「じゃあ私にとっては勇者は2人いることになりますね。この子とあなたで・・・」
そう言ってカナンはエミリに笑いかけた。

「そうね。2人の勇者ね・・・」

いつかこの子が成長して戦う時、きっともう1人の勇者と戦うことになるだろう。
その時は・・・
エミリは拳を握りしめ、そっと外を眺めた。
太陽が沈み暗闇が辺りを覆っている。
暗闇の時間は始まったばかりだ。




辺境の村

「モンスターが襲ってくるぞ!」
村人達は逃げ惑う、モンスターの大群が襲撃してきたのだ。
そしてそこには・・・
「ふう、今日は取り敢えずこんなものか。こんな辺境の村を襲っても面白くもないがな」
魔王の命令でかつての勇者は辺境の村々を襲っていた。
目的は2つ。
1つ目は魔王軍の勢力が拡大していることを人々に知らしめるため。
2つ目は勇者が魔王軍に入っていることを見せつけ人々の士気を下げるためだった。

その効果は大きく、いくつかの小さな村を襲っただけで噂はあちこちに飛び回っていた。

任務は順調に進んでいたが、かつてのサキュバスはこの勇者の身体の強大な力を存分に発揮できないことに不満を感じていた。
そんな時は・・・
「おい、そこの女は連れていけ。後でたっぷり勇者様が可愛がってやる」
女をあさり男の快楽を堪能したのだ。
ただし勇者の種は残せない、だからおかした後は当然・・・

だが、そんな事をしても手遅れだった。
かつてのサキュバスは勿論魔王軍の誰も気づいていなかったのだ、この時すでに新しい勇者が誕生していたということを・・・






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