Who am I?
Who am I?

作:つるりんどう

CG:ねこじゃらし





自分という人間、他人という人間...

何が違うのだろう...

姿形が違う...

中身が違う...つまり、個性、人格が違う...

それでは、その個性とは、一体どうやってできるものなのか、考えたことがあるかい?

個性とは、それが経験してきたたくさんの事象、その記憶の上に形作られているではないだろうか?

その記憶、人の記憶とは、その人だけのものだ。

そう、他人の記憶を覗くことなんてできない。当に、不可侵の領域...

だからこそ、その人が何を見てきたのか、何を考えているのか、人は知りたいと思うのかもしれない...

でも、実際に、他人の記憶を見ることができたなら、どうなってしまうのだろうか?

その人のことをすべて知ってしまったなら、どうなってしまうのか?

それは、本当に知ってしまった人にしか分からない...





俺の名前は志野 英明。これでも、超難関高校と言われる南陽高校に通ってる高校2年生だ。この俺に一年前、ころっと人生観が変わってしまうような大事件が起きたんだ。自分で言うのもなんだけど、あの大事件が起こる前の俺はひどい奴だったと思うよ。なんたって、自己中心男っていうあだ名を付けられていたくらいだからな。本当のこと言って、他人なんかどうでもいいっていう感じだったよ。自分さえ良ければそれでいい、どうせ弱肉強食の世の中なんだからと思ってた。だからかもしれない、あの事件は起こるべくして起きたものかもしれないって最近思うんだ。そう、あれは天罰だったんだってね。


第1章

自分の体とは?


ピピッ


俺のデジタル式の腕時計が5時を知らせる。

やばいっ...

俺は慌てて愛用の6段変速の自転車に跨ると、家の門を開けっ放しにしたまま飛び出した。
なぜそんなに急いでいるかというと、5時20分からは塾の小テストが始まるからだ。普段なら4時40分には家を出て、塾で予習するぐらいの余裕はあるのだが、今日は学校で授業中にするはずだった英単語のテストを放課後に行ったおかげで遅くなったのだ。

俺はペダルを力いっぱい押し下げると、すぐに最速の段に切り替えた。
3丁目の角で左に曲がると、某私鉄の高架線路沿いの2車線道路に出る。
いつものように車道脇の狭っ苦しい歩道を悠長に走っていられるほどの余裕もないので、俺は車道の隅を走ることにした。
この道はさほど交通量がないので幸いだ。
しばらくすると、駅前に近づいてきただけあって、ビルが多くなる。
と、目の前に大型トラックが10年前は億ションといわれた高級マンションの前で止まっているのが見えた。

くそっ、邪魔なところに止めやがって...

少し危ないが、俺は反対車線に飛び出すと、1車線分丸々道を封鎖しているトラックの脇を摺り抜けた。


バンッ


えっ...

トラックを抜いたとたん、トラックの方から何かがぶつかったようなすごい音がした。

止まっているはずのトラックに何がぶつかったっていうんだ?...

そう思った俺は、思わず後ろを振り返った。
すると
トラックの上方に、逆光で良く見えなかったが、人の形をしたもの...
人形だろうか...
が空中に浮いているのが見えた。
恐らくさっきの音は、この物体がトラックの上でバウンドした音なのだろう
と判断したとき、俺はとんでもないことに気が付いた。
その物体がだんだん大きくなってきているのだ。
つまり、その人の形をしたものは放物線を描きながら、俺の方をめがけて飛んできているのだ。

うわっ!!

冷静でいられたなら、ハンドルを切るとか、ブレーキを掛けるとかで回避できたかもしれないが、もう俺にはそんなことを考えられるほどの時間は残されていなかった。


どげしっ!!


ぶつかると思って目を閉じた瞬間、ものすごい衝撃を頭に感じた。本当に頭が割れそうな痛みだった。
そして、意識が遠のいて行ったんだけど、そのとき、不思議な気分がしたんだ。
俺のすべての感覚が手足の先から消えていくかと思ったら、急に体が軽くなったような感じだった。そうまるで体から抜け出るような。

...



それからどれくらいたっただろうか。
俺は真っ暗な闇の中にいた。
俺は嫌な予感がした。もしかしたら、俺は死んだのかもしれないと思った。
俺の意識は確かに覚醒しているはずなのに、周りに何も感じられないどころか、自分の肉体の感覚すらないからだ。

じゃあ、ここはあの世なのか...

あきらめてそう思ったときだった、俺は一点の光を見つけたんだ。
その光はだんだん近づいてくるようだった。

えっ?

と思う間もなく、その光は大きくなり、俺を包み込んだ。
いや、俺がその光に吸い込まれたといった方がいいのかもしれない。
とにかく、目の前が真っ白になった後、俺は何かがフィットしていくのを感じながら、意識が途切れた。

...



「うっ、うーんっ。」
徐々に体の感覚が戻ってきたようだ。
背中に、地面のアスファルトの感触が伝わってくる。

ということは、俺は生きているのか...

俺は、全身に痛みを感じながらも、確かに自分の肉体を感じることができた。
あれだけスピードを出していた自転車から転げ落ちたのだ。
きっと打ち身とか、擦り傷をしているのだろう。
何はともあれ生きていたことに、ほっと一息ついて、俺は目を開けた。

さすがにすぐにはピントが合わなかったが、少し紅く染まり始めた秋空が目の前に広がっていた。
そして、通りの五月蝿い雑音がだんだんはっきりと頭に響いてくる。

ぼうーっとそのまま空を眺めていると、急に目の前に真っ黒な物体が出現した。

「だいじょうぶかい、あんたーっ?」

目の前の物体にピントを合わせると、それは、中年の男性の顔だった。
服装からして、どうやらさっきのトラックの運転手が、心配して駆けつけてくれたらしい。
ようやく自分を取り戻した俺は、応えようとして起き上がった。

「あっ、はいっ。だいじょうぶで.す...!?」

と、そこまで言いかけたところで、俺は自分の声の変調に気付いた。
どう聞いてみても、メゾソプラノのまだ成熟しきっていない女性の声だ。

これが、自分の声??

俺は転んだときに自転車のどこかで打って、声帯をつぶしたのではないかと思って、首筋をさすった。
だが、特に大きな外傷は見当たらない。

なぜだ...

よくよく触ってみると、いつもあるはずの喉仏が見つからない。
その時、背筋にぞくっとしたものが走った。

首筋をさすっている腕の端に、妙な感覚が...いや、腕だけではない、胸からもいつもと違う感覚が伝わってくる。
腕を動かすと、何か柔らかい物の存在を感じた。

まさか...

俺は思わず、下を見た。
そして、信じられないものを見てしまったのだ。

自分の胸が膨らんでいる...

それを包んでいるのは、どう見てもセーラー服だ。このリボンからして間違いない。
しかも、腰の周りにはプリーツスカートがまとわりついていた。裾から出ている足も、つるつるの女の子の柔肌にしか見えない。

「なっ、なんなんだよこれーっ。」

思わず俺は叫び声を上げてしまった。
しゃがんでいたトラックの運転手は、突然の悲鳴に驚いたのか尻餅を搗いた。
そして気にでも触れたかと思ったのだろうか、運転手は慌てて俺を揺さぶった。

「ちょっと、あんた、頭だいじょうぶかっ??」

一瞬パニックに陥っていた俺だが、揺さぶられてはっと我に返ると、先ほどの自分の発した悲鳴を聞きつけたのか、数人の通行人が物珍しげに俺を取り巻いていた。
そう、ここは通りの真ん中なのだ。
自分にとんでもないことが起こっていることは確かだが、こんな人目の多いところで騒ぎを起こすわけにはいかない。

とっ、とにかく人気のないところで、今の状況を確認せねば...

「あっ、どうもありがとうございました。たっ、たいしたことありませんから...」

そう応えつつ、慌ててこの場を離れようと立ち上がった俺の見たものは、俺を穴が空くほど見つめている「俺」だった。




「おいっ、お前は誰なんだよっ。」

放心状態の「俺」を引っ張って、体中の痛みに耐えつつ路地裏まできた俺は、「俺」の胸元を掴んで、金網に押し付けた。

「あっ、えっ...あなたこそ、誰なのよっ。なんであたしが、あたしの前にいるの...」

「俺」は目に涙を溜めながら、応える。
それで俺はだいたいぴんときた。
今、俺はこいつで、こいつが「俺」になっているんだろうと。
つまり、俺達が入れ替わったんだということに気付いたんだ。

でも、まさか...こんな漫画みたいなことが!?

どう疑ってみても、それ以外にこの状況を説明できそうになかった。

「はぁーっ、お前、まだ分かんないのかよ。どうやら、俺達、その、体が入れ替わっちまったみたいだな。」
「えっ、ええっ...」

「俺」は、未だに訳が分からないというような顔をしている。

これだから、女はいやなんだよ。こんな奴に、自分の体を使われるなんて...

そんな「俺」にうんざりしながら、俺は「俺」をなんとか落ち着かせると状況を説明してやった。


「じっ、じゃあ、あたしは今、本来のあなたの体にいるの?..ひくっ...」
「そうだよ。はぁーっ、これじゃあ、今日は塾無理だなぁ。」
「ごっ、ごめんなさいっ..あっ、あたしのせいで...うぅぅっ...」
「あんたに謝ってもらったってどうにもなんないよ。それより、なんでお前、トラックの上から落ちてきたんだ?」
「うっ、うぇぇぇん..うぇぇぇんっ。」
「おいっ、泣くな!!いい加減に応えろよっ。誰のせいでこんな目にあってると思ってんだ?」
「そっ、そんなこと..言ったって...うぅぅぅっ。」

それから10分ほどかかって、ようやく俺は彼女から一部始終を聞き出すことができた。
彼女は例のマンションの6階に住んでいて、ベランダに出ているとき、風に飛んだ洗濯物を追って、謝って転落したらしい。
そして、俺がすり抜けたトラックの幌の上で跳ねて、俺とぶつかったのだ。
やれやれ、それでこの程度の怪我で済んだなんてたいしたもんだ。今は彼女の体が俺の体なんだから。

「とにかく元に戻る方法を考えないとな...」
「ひくっ、ひくっ...」

「俺」は未だにしゃっくりを上げている。

「お前なぁ、俺の体で泣くなよ。そんな情けない俺の姿なんて見たくないんだ。」
「ごっ、ごめん..なさいっ..ひくっ...」
「はぁーっ。とにかく、今日はもう遅いし、お互い相手の家に帰らざる得ないなぁ...お前、俺の振りできるか?」
「ひくっ...ひくっ。」
「これじゃあ、前途多難だな...」

俺は彼女の顔を引き攣らせながら、ため息を吐いた。
俺は「俺」を俺の家まで案内すると、とにかく勉強する振りをして部屋に閉じこもってろと指示した。いつもテスト前なんかはそうしているから、家族も別に気にはしないだろう。
その方が、入れ替わったことを悟られずに済みそうだ。
そして、俺は「俺」に教えてもらった通り、彼女の家に向かうことにした。

煉瓦色のタイルを側面に張り詰めた見るからにも高そうな彼女のマンションは10年前、億ションと言われていただけあって、マンションのエントランスに入るにも暗証番号がいった。
エントランスと言っても、天井にはシャンデリアがぶら下がっていて、たいした物だ。
あんまりきょろきょろしていては管理人に怪しまれそうなので、そのまま、エレベーターに乗り込むと、6階のボタンを押す。

6階に着くと、廊下の外にもう灯りが点り始めた街が広がっているのが見えた。
さすがに、見晴らしが良い。俺の家は一戸建てだから、普段こんな景色は見れないのだ。

えっーと、607号室か...

ドアに付いているプレートを1つ1つ確認しながら、足を進める。
あった。
廊下の端っこの部屋だ。
3面とも外を向いているのだから、結構いい物件なのだろう。
俺は教えてもらっていた通り、彼女の鞄の内ポケットからマスコットの付いたキーホルダーを取り出すと鍵を開けた。

中に入ると暗かったので、電気を付ける。
すると、途中に幾つかドアのある廊下が十数メートル続いていた。

ふーんっ、ここが彼女の家か...

玄関に置いてある置物も値が張りそうなものだ。
こうして見ている限りでは、彼女の両親はそれなりにいい趣味をしているらしい。

俺は穿いていた革靴を脱ぎ捨てると、まず最初のガラス張りの大きなスライド式の扉を開ける。
どうやらリビングのようだ。電気を点けると、俺の家とは比べ物にならないような物がいっぱい置いてあった。

まずは、L字型に置いてある立派な緑色の革張りで猫足の椅子。
サイドボードにしても、ヨーロッパ製であるのは間違いないだろう。
その中にも、いろいろと高級そうなお皿や、お酒が入っている。

確かに家具や調度品類もセンスよく置かれているし、きちんと片づけられてはいるのだが、なんとなくさびしい感じもする。

視線を右に逸らすと、食卓テーブルがあった。大理石のテーブルなんてまたすごいものだ。

あれ...

よく見ると、食卓テーブルの上に1枚の紙が置いてあった。
俺は近づいて行って、それを見てみた。

智佐へ
今日も遅くなります。冷蔵庫に夕飯入れてるから、レンジで暖めて食べなさい。


母親の書き置きらしい。
さっき、彼女から聞いたとおり、母親は仕事で忙しく、よく残業するようだ。
父親も単身赴任しているらしいので、彼女と体が入れ替わるという非常事態が起きている今、両親ともほとんどいないというのはありがたい。
これで、しばらく怪しまれずに済むだろう。

俺は取りあえず着替えようと彼女の部屋に向かうことにした。
カウンター風になっているキッチンの横を抜け、ドアを開けるとさっきの廊下と垂直に交わっている短い廊下に出た。
2つ並んでいるドアが目に入ったが、片方に

智佐の部屋

と書かれたかわいらしいプレートが付いていたので、彼女の部屋は一目瞭然だった。

「ふぅーっ。」

俺は大きく息を吐き出すと、ドアノブに手を掛けた。


ガチャ


昼間中締め切られていたせいか、すっかり暖まった、そして女の子の部屋独特の甘い匂いがする空気が俺の肺に入り込んだ。
かなり凝ったレースのカーテンの向こうにすっかり傾いた夕日が少し差し込んでいるバルコニーが見える。


パチッ


もうかなり暗くなってきているので、俺はまず電気を点けた。

うわーっ、ほんと女の部屋だよ...

家具といい、棚の上のぬいぐるみといい、ベッドといい、なんとも少女趣味な部屋だ。
まぁ、それでも、お嬢様系というか、結構高そうなものばかりだけど...
俺は手元の大きな熊のぬいぐるみを手に取ると、ため息を吐いた。

女ってまだこんなもん持ってんだな...

ぬいぐるみを元の場所に戻すとベッドの上に置かれている畳まれた着替えを取ってみた。


バサッ


ひらひらの付いたピンク色のワンピースだ。

こんなもん、ほんとに着るのかよ...

思わず俺の頬を汗が伝った。
俺はワンピースをベッドに投げ捨てると、改めて部屋を見回した。
元に戻るまでとはいえ、こんなところで寝起きしないといけないなんて考えるだけでやになってくる。

俺は再び大きくため息を吐くと、カーテンを閉めに窓際に行った。

ここか...

この夕日が斜めに差し込んでいるバルコニー、
ここが彼女が転落したところらしい。
6階から落ちたなんて、高所恐怖症ではない俺でも、考えただけでぞくっとした。
しばらく、俺はバルコニーを内側から眺めていたが、こんなことをしていても元に戻る訳ではないし、むなしくなってきたので、思い切ってカーテンを閉めた。

さて、着替えるか...

と、俺はいつも通り上から脱ごうと、胸元のボタンに手を掛けようとした。

あっ、そういや俺、今、女になってたんだな...

そう胸元には家から飛び出した時に着ていた南陽高校のワイシャツのボタンがあるはずもなく、セーラー服のリボンがあった。
さすがの俺も思わず唾を飲み込んでしまった。なんか女装してるみたいだ。まぁ、今の体なら問題無いんだろうけど。

これって、まず解くのか?

セーラー服なんて着たことは当然ないので一瞬迷ったが、リボンに手を持ってって解いてみた。
そして、セーラー服の上を脱ぎ捨てたのだが...

下着姿の女の上半身の実物なぞ、初めて生で見る俺は、当然それに釘付けになってしまった。
いくら進学校に通っているからといって、俺だってエロ本を持ってない訳ではないし、女の子の裸に興味がない訳ではない。
いけないこととは知りつつも、俺は手を胸の膨らみへと何時の間にか押し当てていた。
スリップとかいうらしい下着の下にあるブラジャーに覆われているせいか、あまり直接的に触れてる感じはしなかったが、男とは違う胸の柔らかさとくすぐったさのようなものを感じた。

押し当てていると、急に顔が火照るような感じがしたので、俺は急いで胸から手を離した。

なっ、何やってたんだ、俺は...

俺は胸を押さえていたときの形のまま固まっている自分の手が恥ずかしくなって、慌ててスカートに手を掛けた。
何か行動を起こさないと、落ち着かなかったのだ。
でもその行動が、更に事態を悪化させることには気付かなかった。


スサッ


という音と共に、スカートが床に落ちると、下から上まで完全に下着姿になってしまった女の子を見下ろしている形になってしまったのだ。

「あっ...」

俺は小さく声を上げると、瞬きすらもできなくなってしまった。
目の前に、下着に包まれた女の体があるというだけで、ついついその下にあるはずの女の裸がエロ本で見た裸と重なって見えるような気がした。
俺の胸の膨らみの下にある心臓は今にも爆発しそうなほど、鼓動している。
そして、俺の手は何時の間にか、本能的にか、下着に手を伸ばそうとしていた。
だが、次の瞬間...


ツッ


脹脛に当たっていた脱いだスカートが体制を崩したせいかほんの少し動き、肌に触れた瞬間、痛みが足から頭に駆け上った。

「痛たたたたっ。」

俺は我に帰ったかのように、慌てて脹脛に手をやった。

血だ...

今までスカートが触れていなかったためか、そんな事に構っていられなかったためかは分からないが、急に傷が痛み始めたのだ。
あれだけのことがあって、怪我していない方が不思議だが...
路上に落ちたとき、スカートから出ていた脹脛は擦り傷を負っていたらしい。

そして、怪我の状態をよく見ようと、覗き込んでいると、視界の隅にうす桃色の物体が隅に入っているのに気が付いた。

これって...

俺はそのまま上を向いてしまった。
そして、そこには、
俺の目と鼻の先には、
女の子のパンティーがあったのだ。

男のあの膨らみなぞない、ぴったりと股間にフィットしたパンティーが...

「なっ!!!」

それでなくても、下を向いていて頭に血が上っていたのに、興奮して急激に血圧が上昇したせいか、鼻の奥が熱くなっていくのが分かった。

こっ、これはっ...

当にスカートの中に頭を突っ込んだ状態同然のシチュエーションに俺はすっかり慌てた。何て言ったって、顔からわずか、数センチの所に女の子の股間があったのだ。
周りから見れば、女の子が自分で股間を覗き込んでいるだけにしか見えないのだろうが、女の子になって数時間の俺にとっては刺激がきつすぎた。
誤ってスカートの中に頭を突っ込んで慌てない男なんて普通居ないだろう。当然俺も急いで顔を上げようとしたが、もう既に時は遅く、体制を崩した俺は前転してしまった。


ドッシーンッ


転倒した途端、当然の報いといわんとばかりに体中から痛みが伝わってきた。

「いたぁっ!!」

俺は彼女のメゾソプラノ声で、叫んでしまった。体のあっちこっちで、内出血やら打ち身をしているようだ。
気が付くと、涙腺が緩み、俺の目が霞み始めていた。

ぐすっ

この俺が何、情けないことしてんだよ。これは彼女の体だろ、こんなことしてちゃあまるで痴漢みたいじゃないか!!

いくら、自己中心男と言われる俺も、常識はある。弱肉強食はともかく、犯罪を起こす気は毛頭ないのだ。痛みのおかげで、ようやく煩悩から目覚めることができた俺は、洟を啜りながらも、できるだけ目をつぶりながら、消毒した。
消毒が終わると、俺は仕方なくワンピースに着替えたが、すぅーすぅーして落着かなかった。
どうも裾がひらひらしてて、心もとない。裏地の肌触りは悪くないのだが...


それから俺は、レンジで夕飯を温めて食べると、余計なことを考えないですむように、リビングでテレビを見ることにした。
何か気を紛らわしていないと変なことを考えてしまいそうだし、自分の体が気になって仕方ないからだ。
それでも、実際気にしない気にしない...と思えば思うほど、ブラジャーの存在感や、ワンピースの裾から入り込む空気が気になってくるのだった。その上、今自分一人かと思うだけで体が熱くなりそうだった。
そのせいか、お笑い番組を見ていても、とても笑えなかった。
大きくてふかふかのソファに座って、大型のプロジェクションテレビを眺めるなんて贅沢なことだとは思うけど、今の俺にはそれを楽しむほどのゆとりがないのが実状だった。だいたい、見ず知らずの他人の家のリビングで一人落ち着けって言う方が難しい。
俺の、いや彼女の体の中心にある心臓は、俺の気持ちを反映するようにどくどくと鼓動していた。

俺の緊張を余所に、何を見ていたかも頭に残らないままお笑い番組は終わりを告げる。時計を見ると何時の間にか8時45分を指していた。

そろそろ、風呂にお湯を入れないとまずいよな...

俺は取りあえず風呂にお湯を入れることにした。
彼女の母親も帰ってくるし、それまで入ってなければ怪しまれるだろうし。


ピピッ


お湯張りが終わったらしい。
台所の湯沸かし器のコントローラーから無味乾燥な電子音が聞こえてきた。

さて、どうしたものか...

俺はその音に思わずびくつきながらも、ソファの上で腕組をして、冷や汗を流しつつ考え込んでいた。
今日はあの忌まわしい事故のせいもあって、体中土まみれになっているといっても過言ではない。
それで風呂に入っていなかったとなるとまずいのは確かだが、風呂に入れば彼女の裸を必然的に見ることになる。

本当に勝手に入ったりしていいのかな?

俺はしばらく思い悩んだが、意を決して入ることにした。


カチャ


俺はバスタオルと、なんとか見ないようにして引き出しから取り出した下着を持って、浴室の隣の洗面所に入った。

「ふぅーっ。」

俺は緊張の極致に達しながらも、大きな鏡の前に立つと、つぶっていた目をぱっと開け、そこに映っているはずの自分の姿を見た。
すると、そこには一人の少女がいた。
入れ替わった直後に一度は見ていたはずなのに、その少女は驚きの表情を浮かべる。

こっ、これが今の俺...

動揺しているせいか、その頬はほんのりと赤い。
じっくりと彼女を見てみると、彼女は恥じらいの表情を浮かべた。

恥じらいの表情を浮かべる智佐
別に彼女に惚れたとか、気になるとか言う訳ではないのだが、なぜか俺はどきどきしていた。
はっきりと言わせてもらうと、彼女は決してものすごく美人とも、かわいいとも言えない。かといって、ブスという訳でもない。
パチッとして、ちょっと大きめの目。
少し低いかなぁとも思える鼻。
ぼってりと耳まで覆い、肩にかかるか、かからないかぐらいの髪。
まぁ、普通の...平均的な女の子だ。
髪型のせいか、内気で目立たない女の子の部類に入るような気もする。

さすがにこんなにじっくりと見ていると照れてきて、俺は慌ててワンピースに手を掛けて脱いだ。
ワンピースの下は、当然ブラとパンティーだけだ。
そう、俺は少し装飾しすぎかなぁとも思える下着を残して、再び彼女の素肌の大半を見ることになった。
これぐらいなら、少年誌の表紙を飾る女の子の水着姿みたいなもんなのだが、それを見下ろすというこのアングルはなんとも言い難い気持ちにさせる。


ごくんっ


俺は無意識のうちに、音を立てて唾を飲み込んでしまった。
我ながらその音に驚いたのか、更に心拍数が上がる。

あーっ、だめだだめだ!!この程度の女に何どきどきしてんだよ、俺は...

このままだと何かしでかしてしまいそうな気がした俺は、呼吸を荒らげながらも上を向いた。
そして、下を見ないようにしながら、さっと背中に手を回した。

取りあえず、ブラを外そう...

背中にあるホックを外せば、ブラが取れるくらいは俺だって、当然知っている。
でも、実際に自分で付けたり外したりしたことのない俺に、簡単にできるはずはないのだが...
次の瞬間、驚くべきことが起きた。
背中に回った手は、初めからホックがどこにあるのか、どうやったら外れるかを分かっていたかのようにさっとブラを外してしまったのだ。

えっ...こんなにもあっけなく...

と思う間もなく、その上俺の手はそのままブラを脱ぎ捨ててしまった。
その手つきは、不思議なことに手慣れたものだった。

こんな...

俺はほとんど無意識のうちにやってのけてしまった自分の仕種が信じられなくなり、手を胸元まで持ち上げると、下を向いてしまった。
そして、俺は見てしまったのだ。
今までのような平らな男の胸ではなく、女の子の柔らかそうな2つの膨らみがある胸を...

見てしまった!!
「あっ、あっ...」

我慢我慢をずっとしてきたものが、視覚からの刺激によって急に堰を切ったかのように溢れ出したかのように、俺は手を本能的の赴くまま動かした。
そして、胸元にあった手を、それに包み込むように近づけていったのだ。


フニッ


俺のしなやかな指がその膨らみに触れたかと思うと、その僅かな圧力に微かに胸がたわんだ。

柔らかい...

お世辞にも大きいとはとてもいえない胸だけど、くすぐったいような、気持ち良いような不思議な感覚だった。
そう、着替えの時ブラの上から触った時とは全然違うものだった。
その感覚をより強く確認するかのように、指に自然と力が加わった。そして、胸のたわみが更に大きくなったとき、1つの刺激が脳天を貫いた。

「ぁっ、うんっ...」

俺の口から、甘酸っぱい声が漏れる。
それは、男のアレとは似て非なるものだったが、それでいて、昔どこかで感じたことがあるような刺激だった。

これが、女の子の体...

なぜだか分からないが、俺の手は何かを知っているように動いていた。そして、その動きは、確実に何かを射ていた。
まるで、この手が俺の意識とは無関係に動いているかのようだった。
俺は体の奥が次第に熱くなっていくのを感じながら、その刺激に陶酔していった。
目のピントは次第に合わなくなり、喉からは意味不明な声を漏らし始めていた。







「うっ、あうんっ...」

今までで一番大きい声が漏れたその瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。一回だけ、心臓がどくんっと大きく波打った。
そう俺は、目の前に誰かが現れたような気がしたのだ。

みっ、見られた?...

急に現実に引き戻された俺が見たものは...
目の前にいる一人の少女だった。

「あっ...」

胸の小さな膨らみに手を当てて、頬を林檎のように染めたこの少女は、水城 智佐
今の俺のはず...なのに...
その少女の表情は、明らかに自分の表情ではなかった...
辱められたかのように、羞恥心を顔に湛え、今にも泣き出しそうだった。
その表情は、今までの俺の行為を責め立てているようにも思えた。それは、彼女の精一杯の抗議のようだった。

おっ、俺は...

俺は思わず、両手で頬を押さえた。
してはいけないことをしてしまったような情けなさが俺を襲った。
そして、俺は慌てて、鏡の中の彼女の顔から視線を逸らした。鏡の中の彼女の表情を見ていられなくなったのだ。

罪悪感でいっぱいになった俺は、目を瞑ったまま、パンティーを脱ぎ捨てると、タオルを体に巻いたまま浴室に入った。


カポンッ


浴室に洗面器の音が響く。スカートからはみ出していた脹脛が擦り傷を負っていて染みるので、俺は足あげたまま体を洗っていく。
そのため、女の子の大事なところが丸見えになっていたのだが、軽く洗っただけでそれ以上のことはできなかった。
生で初めて見るそこは、本で見ていた通り、割れ目があるだけで、男のそれはなかった。
いじくってみたい気もしたが、今も目の前に鏡に映る彼女に自分が見られているような気がしてとてもできなかった。
それにしても、彼女の肌は、きめが細かく、プニプニしていた。


チャプン


緊張のあまり、さっとだけ体を洗い流した後、俺はさっさと湯船に浸かった。
この方が、体を直視しなくて済むので、幾分気が楽だ。
それでも、怪我をしている足は水の外に出したままなのだが...

「ふぅーっ。」

俺は大きくため息をつく。
温かいお湯の中で落ち着いてくると、まずは今日1日のことを振り返った。
全くとんでもない1日だった。まさか見ず知らずの女の子と体が入れ替わってしまうなんて...
今日1日だけで、数ヶ月分の出来事があったかのようだ。
早い内に元に戻る方法を見つけ出さなければならない。いつまでも、お互いに相手の振りをし続けてられるはずがない。
遅かれ早かれ、ボロを出すに決まっている。
俺は、15分ほど湯船に浸かりながら、いろいろと考え込んでいた。


カチャ


彼女の部屋のドアのノブを回す。
ネグリジェとかいうらしいものに着替えた俺は、彼女の母親が帰る前にさっさと寝ることにした。
母親を顔を合わすことになれば、何が起こるか分からない。トラブル前に寝てしまおうという訳だ。
それに、この非日常的な出来事に俺も相当に参っていたし...

「さぁて、そろそろ寝るか...とは言ってもなんだよなぁ...こんなレースの付いたシーツのベッドで寝るなんて...」

あまりにも女の子っぽい寝床に戸惑い、苦笑いしつつ、取りあえずベッドに腰掛けた俺は机の上に1冊のノートがあるのに気がついた。

なんだ?...

横から見たノートは水にでも濡れたのか、紙が所々歪んでいた。
気になった俺は、立ち上がると机に近寄った。

『智佐の日記』

そのノートの表紙には、そう書かれていた。

彼女の日記か...

不思議なことに日記の表紙は濡れた跡がなかった。不思議に思った俺は、日記を捲ってみたい衝動に刈られた。
そう、見てはいけないと分かってはいても、しようと思えばそれを見ることができるとき、人は余計にそれを見てみたいと思うことがあるものだ。
当に、その時の俺がそうだった。

彼女のプライベートなものなんだから、見ちゃいけないのは分かってるんだけど...

不意に魔が差してしまった俺は、1ページだけ見るつもりで、紙が歪んでいる最後のページ...
恐らくは一番新しく書かれたページを開いてみた。

そこには...

さようなら

と一言だけ大きく書かれているのが一瞬見えた。


ズキィッ


その一言を見た直後、1秒も立たないうちのことだ。
視界がブラックアウトした後、俺の頭に激痛が走ったのだった。

「うっ、うわぁぁぁぁっ...」

それはまるで頭の中で何かショートしたような感じだった。
頭が割れそうな痛みを感じつつ、次第に全身が麻痺していった。
そして、俺は意識を失った...



<第1章終わり>



***祝 エスプリ一周年!!***

<後書き>
ちわーっ、つるりんどうです。この作品はエスプリ一周年を記念して贈らせてもらいました。
ジョニーさん、本当におめでとうございます。(^o^)/
実はCG担当のねこじゃらしの方でスキャナーが故障するというアクシデントがありまして、仮のCGを載せるということになってしまいました。
(代用策として、スキャナー用の原画をペンタブレットで読み込んだらしいです。)
たいへん申し訳ありません。また、スキャナーが直り次第、ねこじゃらしにちゃんとした?CGを描いてもらうつもりです。

さてさて、なんか暗い方に行きそうな感じもするこの作品ですが、実はもう一人作品上重要な人物が出てきます。それで結果的には、ラブコメにして行くつもりなのです。
(↑なるのかなぁ?? (^^; )

作者へのご意見、ご感想は以下eメールアドレスまでお寄せ下さい。
 
アドレス



うーん、なんとか、ぎりちょんで完成させたこの作品、どうでしたか?ご不満な点があれば、また修正いたします。ここの所、私は多忙なため、執筆がなかなかできず、ストーリーがしつこくなっているかもしれませんね。(^^;


早速、長編になりそうな感じがしているこの作品ですが、今別にもう1つ連載物を書いているため、多少続編が出るまで時間がかかるやもしれません。その点はご了承下さい。
それでは、どうぞ今後もよろしくお願いします。m(_ _)m      −−1999/12/01−− つるりんどう





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