クラブ「ワルプルギス」 完結編
 作:teru


あれから3年あまりが経った。
私は娼婦の双葉として男と寝まくった。
少しでもチップを多くもらう為に、話題性の豊富な女として経済誌に目を通し、ゴシップ誌の下らない情報を吸収し、政治家達の動きに注目した。
男達の関心を引く為になれない手料理にだって挑戦した。 家庭的な女性を求められれば、それらしい真似事を。 妖艶な娼婦を求められれば濃い化粧で求めに応じた。

この身体はそれように作られただけあって、どんなに男達と寝ても肌に張りがあり、みずみずしかった。
お陰でどれだけ男と寝ようと肌が損なわれることが無いのでいくらでも男と寝る事が出来た。


そうして……、私はこの3年あまりの時間でこの身体の所持権を譲り受けるだけのお金を手にした。
               *
私は私の部屋でテーブルの上に札束をオーナーの前に積んでみせる。
「どうですか? これでこの身体の所有権を私に譲って頂けますか?」
「素晴らしい。 まさか3年でここまで貯められるとは! えぇ、結構ですよ。 魂をその身体に定着させましょう。 これで貴方はどこに行くのも自由です。 どんなに遠くへ行こうと魂がその身体から分離することは無くなるでしょう」
そう言いながら立ち上がるとオーナーは床の絨毯を捲り、床に描かれた魔法陣を出す。
私が魔法陣の中に身体を座らせると、時に高く、時に低く、オーナーの呪文が詠唱される。
床の魔法陣が徐々に光を帯びていく。 いつもより長い呪文が詠唱される。
この魔法陣は憑依させた魂を安定させておく目的もあったらしい。
先代の双葉があまり外に出なかったのもそれがあったからだそうだ。
あくまでも男と寝る事を拒んだ先代の双葉はだからこの部屋から出ることを嫌ったのだそうだ。
最低限の賃金での憑依。 うっかりと外に出て何かの事故で魂が分離されてしまっては元も子も無い。
ずっと、この牢獄で暮らす日々。 私が客になった時、先代の双葉は男の身体で外に出ることを夢見たらしい。 なぜ、私が?どうして私なのか?それは永遠にわからない。

「終わりましたよ。 これでその身体はもうアナタのものです」
そう言ってオーナーが微笑む。気がつけば床の魔法陣による光は消えていた。
「本当だろうな?」
「えぇ、嘘だとお思いなら試しに外に出られてみては?」
「いや、信用しよう。 ……これで自由に」
私は自分の手をじっと見つめる。 どれだけ渇望したことか。
「それでどうされますか? ここを出て行かれますか?」
「行けるわけが無いだろ! 私の身体はお前に作られたものだ。 だから戸籍も何も無い!それで外でどうやって暮らせと!」
そう、自由を手に入れたものの社会的に私は存在しない人間なのだ。 結局はここで娼婦を続けていく
しか道は残されていない。
「そうですか。 まぁ、出て行かれるもここに留まられるのも自由です。 今まで通り、紹介料を頂けるなら私はどちらでも構いませんよ」
「……もし、私がここを出て行ったらどうするつもりだ?」
「新しい"双葉"を作ってここに住まわせますよ。 まぁ、最初は魂がないので私が動かすことになると思いますが、どうせ暫くすれば新たな魂が補充されると思いますが」
そう言ってオーナーが笑う。
新たな双葉…… 新たな犠牲者か。
「双葉さんのお陰で魔力が充実しましたからね。 新たな双葉を2体でも3体でも作れますよ」
「私のお陰?」
「私のホムンクルスである貴方が色々な男と寝て下さったお陰で、私の方にも魔力が流れ込んできたんですよ。 本当に前の双葉さんと言ったら…… 魔力供給もままなりませんでしたからね」
そう言って、困ったように首を振る。
「私が男と寝たからアンタの魔力が……」
つまり私が寝なかったら、前の双葉のせいでこいつの魔力は消耗していった。
しかし、今となってはそんな事はもうどうでもいい。
とりあえず自由は手に入れた。
               *
私はいつものようにサロンでくつろいでいた。
イブニングドレスを着てグラスを傾けながら店内を見渡す。
他のホステス達はそれぞれの客の相手をしている。
店内ではここが娼館だと知らない客もいるので、皆ただのホステスのように振る舞っている。
私はもう借金が綺麗に清算されたから無理に男を誘う必要もない。
それでも、私はこの3年間ですっかり娼婦になってしまった。 
男と何のためらいもなく寝る事が出来る。
男が求めるままに奉仕をする。 求められる体位を求められるシチュエーションで笑ってこなせる。
ロリコンのように甘えた声も、犯されながら痛がる演技も、女王のように誇り高く振る舞うことも……
私は百戦錬磨の娼婦なのだ。 
3年もすれば他の娼婦達も入れ代わっていく。 お店を持ちたいと夢を語って金を貯めて出て行った娘もいれば、結婚までの遊びとしてここに居た者もいる……
でも私は男と寝る為だけにここに存在している。
ホンの3年前まで上杉商事の頂点に立って社長をしていたことが幻のように思えてくる。
私は本当に社長だったのだろうか?本当は生まれた時から娼婦だったんじゃないだろうか?
私はこのまま、娼婦としてこのクラブで一生を送るのだろうか?

「双葉ちゃん。 今晩どう?」
いつの間にかお客さんが私の隣で私に耳打ちをした。
「あ、高野さん。 はい、いいですよ。 それじゃお部屋に行きましょうか?」
私はそう言って高野さんの腕を甘えるように抱える。


「あ、あぁ〜、いいです、高野さん。 あぁ、ふ、双葉壊れちゃうぅ、ひゃんらめぇ〜、赦してぇ」
「ふふふ、、そんな事を言って。 双葉ちゃんのお股はビショビショだよ? くすくす」
「あぁっ、恥ずかしいことを言わないでぇ。 くふぅ! た、高野さんのいじわるぅ」
私は顔を手で覆ってイヤイヤをする。
「ふふ、可愛いなぁ、双葉ちゃんは。 それじゃそろそろいくよ?」
「あぁん、お手柔らかにお願いしますぅ。 き、きゃあぁ らめぇぇ!」
高野さんが満足したように私の中に気を放つ。
相手の好みに応じて女を使い分けるのにもすっかり慣れてしまった。
「はぁはぁ、高野さんのいじわるぅ。 あれだけお手柔らかにって言ったのにぃ」
私は頬を膨らませて高野さんにクレームを付ける。
「あはははは、ごめんねぇ。 双葉ちゃんがあまりにも可愛いから」
そう言いながら、胸の中で甘える私の頭を撫でる高野さん。


「それじゃ、またよろしくお願いしますねぇ」
私はガウンを羽織って笑顔で高野さんを部屋の外まで見送る。
「あぁ、これはチップだよ。 また頼むよ。 本当に双葉ちゃんは最高だよ」
高野さんは上機嫌で帰っていった。
もう、それほどがんばって稼ぐ必要はないのだけど… 私は渡されたチップをしまいながらつぶやく。
「さてと、もう一稼ぎ…… って何を言ってるんだ? たった今、稼ぐ必要が無いと言ったばかりなのに。 身も心も娼婦だな。 本当に」
私は部屋に戻って、改めて熱いシャワーを浴びた。

いつもと変わらぬ日々……

               * * *

「それでものすごく大きいの。 絶対に無理だろってくらい。 今度、紹介してやろうか?」
「あはは、いやだぁ、双葉さんたっら」
「双葉さんに無理なら私達にはなおさら無理ですよぉ」
「でも、金回りはいいんだよ? 気も優しいし?」
「でも、身体が壊れちゃったら元も子もありませんしねぇ」
「やっぱりそう言う人は双葉さんにお任せします」
その日も私はサロンで娼婦達を相手に猥談をしていた。 早い時間もあって、お客はまだ来ていない。
「大野君、そう言えばオーナーは? いつもならカウンターにいる時間なのに?」
私はバーテンの大野に声を掛ける。
「オーナーは何かの買い付けに言っています。 なんでも人を作るんだそうですよ? 3日は戻れないらしいですよ」
大野が笑って答える。
冗談だと思ってるんだろうな。 人を作るか…… 新しい"双葉"を作る気なのかも知れない。
私が魂を定着させたせいで、この身体とオーナーの魔力リンクが切れたとか何とか言ってたから。
多分、新しい"双葉"を作ってまたそこから魔力を供給しようって事なのだろう。
カラン
私の背後の方で鈴がなる。 ドアが開いてお客様が来たようだ。
「すいません、お客様。 ここは会員制となっていまして……」
大野が客にそう声を掛ける。
珍しいな。 この店にはオーナーの結界が張られているから害意の有る者は勿論、資格のない者も入って来ることはできないはずなのに。
私は談笑を続けながら何気なくドアの方向に目を向ける。
「いた!」
客が私を指さす。 そこには意外な人物がいた……
「山口…… 課長?」
そこには3年ぶりで見る山口総務課長がいた。
「みつけた。双葉」
大野に制止されている向こうから山口が声を掛ける。
「大野さん…… その人は私の知り合いです。 入れてあげて下さい」
私は大野にそう告げると、山口を奥へと促した。

               * * *

「山口課長、どうしてここへ?」
「今は部長だよ。 3年前に君が僕の前から消えた時に社長から聞いた。 君は『ワルプルギス』という会員制のクラブにいると。 でも、いくら探してもそんなクラブは見つからなかった。 でも、今日ここを通りかかったら『ワルプルギス』という看板を見つけたんだ。 今まで何度もここは通っていたはずなのに」
そうか、今晩はオーナーが居ないから結界が弱まったのかも知れない。
「それでなんの用でしょうか?」
私が娼婦をしていることも山口にバレたのか……
「双葉さん、結婚しないか?」
「………… はぁ?!」
私は山口の提案に言葉を無くす。
「結婚。 しないか?」
そう一度、山口が私の顔を真っ直ぐに見て言葉を紡ぐ。
「えっと? 私がここで何をしているか知っていますか?」
「知らない。 何か普通のクラブでは無い事はわかるけど?」
「ここは娼館なんですよ? 私はここで何人もの男達と寝てるんです。 毎日、毎日、何人もの男と」
なんなんだ、なんなんだ、くそっ! これじゃ私は悲劇のヒロインじゃないか? なんで男に結婚しようなんて言われて心が傷つくんだ? 私は男……だったんだぞ?
「それがどうした? 僕だって、この3年の間、何人もの女の子と寝まくったぞ?」
山口が自慢下に鼻息を荒くする。
「えっと…… そう言う問題では? まぁ何人もの女性と寝まくったというのも問題ですが」
「でも、その結果、僕には双葉しか居ないと悟ったんだ。 時間が経つほど双葉のことを忘れなくなったんだ」
「えっと…… 本気ですか?」
「嘘でここまで来ないよ。 君と僕は凄くフィーリングが合う。 そうは思わないかい?」
確かに3年前、こいつと遊び歩いたのは楽しかった。 この3年間、その思い出が心の支えになった事は少なくない。 でも、やっぱり私に娼婦としての負い目がある。
それに私には戸籍というものが無い以上、人並みの幸福は手に入れられないだろう。
自由は得たものの私はまだ社会的な自由は無いのだ。 前の社長のままの私だったら……
「……あれ?」
「どうしたんだい?」
勝手に水割りを作って飲んでいた山口が聞いてくる。
「山口さん、今なんと言われました?」
「結婚しよう」
「いえ、その前。 誰にここを聞いてきたって?」
「あ、あぁ……社長だよ。 ウチの」
「社長?今は誰がやってるんですか? 奥様の若葉さん? それともお義母さん?」
「はぁ?何を言ってるんだい? 社長と言えば前から上杉清彦氏に決まってるだろ? まだ、退陣するほど年寄りじゃないよ。 昔、エレベーターで一緒になった時に君の事について耳打ちされた事があってね」
……上杉清彦が死んでない? 馬鹿な! それじゃなんで私はこんな所で娼婦をやっているんだ?
「ちょっと待って? 上杉清彦は3年前に自動車事故で死んだんじゃ?」
「はぁ? 3年前も今もぴんぴんしてるよ? 現に今もそこの高級ホテルで行われる明日の30周年記念パーティの打ち合わせに来ていたよ」
私はパニックに陥っていた。 なんで? 事故は無かった? いや、私はTVに映される事故の現場を見たし、傷ついた身体だって…… あれ?なんでTVで傷ついた身体を映すんだ?
え?え?何がどうなっているんだ? 私は死んでない? どういうことなんだ?
「どうしたんですか?双葉さん? 大丈夫ですか?」
戸惑う山口の前で私は呆然とソファにへたり込んだ。
まさか、あの身体にはまだ双葉が入り込んだままだというのか? イヤな予感が脳裏をよぎる。

               * * *

翌日の昼。 私は近くのホテルの上杉商事30周年記念パーティに紛れ込んでいた。
部長職以上の家族を招いて催される豪華なパーティだ。
私は山口部長の婚約者という立場でパーティに忍び込んだ。
そして…… 私は壇上でにこやかに挨拶する"上杉清彦"を見た。
その姿は3年前と殆ど変わらない。 いや、若干、身体は精悍になったようだ。
自信満々で挨拶をするその姿は以前の私よりも堂に入っている。
会場の端から壇上の自分を睨みつける女に気づいた清彦は、笑って私に軽く手を上げた。
余裕じゃないか、双葉?
壇上で挨拶を終えた上杉社長は私に向かって顎で軽く合図をすると裾に消えた。
私は上杉社長を追って舞台袖に歩いて行った。
上杉社長は控え室の方に入って行く、私もそれを追って控え室に入った。
「双葉! お前、私を騙したな?!」
私はサイドボードに立つ双葉に詰め寄る。
「ははははは、双葉がよく似合ってるじゃないか? 物腰がすっかり女性だな?清彦君。 ここにはどうやって入り込んだんだ」
双葉がそう言って笑う。
「山口部長の婚約者という立場で入らせてもらった。 それより!私はお前のせいで3年も男と寝続けたんだぞ? この身体を買い取る為に!」
「ほう?すごいな? その身体を買い取ったのか、たった3年で? 私としては買う気になっても5年は掛かるだろうと思っていたのだがな。 娼婦としての才能があったのだろうな」
双葉の口調はすっかり上杉社長そのものだ。
「お前、本当にあの双葉なのか?」
あまりに自信満々なので本当に双葉なのか自信が揺らぐ。 まさか、第三者が……
「ふふ、双葉ですよ? 上杉様と相互憑依で身体を交換した正真正銘の双葉ですよ」
昔の双葉の口調で上杉社長が面白そうに答える。
「だったら、今からオーナーの所に行って相互憑依を……」
「ダメだよ。 私は上杉社長の財力でちゃんとこの身体に魂を定着させたからね。 君もその身体に魂を定着させてしまったのだろう? だったら、お互いに今の身体が自分の身体というワケだ」
そう言って私に向かって自分の身体を見せつけるように両手を広げる。
「巫山戯るな! それは私の身体だ!」
「でも、今のこの身体は正真正銘、私の身体だ。 そっちのその身体だって君自身がオーナーに頼んで定着してもらったんだろ?」
悪びれること無く言い放つ。
「それはお前がもう死んでると思ったから……」
コンコン
急にドアがノックされる。
「だれだ?」
社長が誰何する。
「私です」
そう言ってドアが開いて二人の少女を連れた女性が入ってくる。 
3年ぶりに見る妻の若葉だ。 子供が二人?
「お父さ〜ん」
「お父さ〜ん」
小さな娘が二人、上杉社長の足に抱きつく。
「会場の方にいらっしゃらないのでどうしたのかと。 えっと、こちらの方は?」
そう言って妻が私を見る。
「あぁ、山口部長の婚約者だよ。 少し、プライベートな事を相談されてね。 ほら、山口君は女の子に手が早いから」
娘の頭を撫でながら私を紹介する上杉社長。
「あぁ、そうだったんですか。 大変ですね、貴女も。 ウチの旦那様のように私だけを見て下さる男性だとよかったのにね
そう言って妻が微笑む。
「こらこら、こちらは真剣なんだから惚気るんじゃないよ。 もう暫くしたら会場に行くから、お前も向こうにいってなさい」
そう言って妻を追い出すと、妻は私に一礼をして去って行った。

「子供を…… 作ったのか?」
「あぁ、この身体になってすぐにね。 いや、憑依をしてる頃だったかな? 私の娘だ。 勿論、二人とも私の娘なんだから分け隔てはしないから安心したまえ。 なにしろ、二人とも若葉の娘なんだからね」
何か言い方が引っ掛かる。 が、憑依している頃に出来ただぁ?どこまで巫山戯た……
それに妻の雰囲気がこいつに対して妙に従順だ。 私の時にはまだ拒否感があったのに。
「さてと。 で、どうするね?」
上杉社長が私に尋ねる。
「ど、どうするとは?」
「このまま、大人しく帰って娼婦を続けるか、あくまでも私に盾を突くかと聞いているんだよ? あぁ、山口部長の妻におさまると言う手もあるか? あの男はなかなか優秀だから出世するぞ? その妻にお前がおさまるというのなら私も悪いようにしない」
どこまでも上から目線の上杉社長に憤る。
「巫山戯るなよ? その身体は私のものだし、妻も子供も私のものだ!」
「浮気をしたクセに? 妻を愛しているのならなぜ、双葉と寝た?」
この時、初めて上杉社長の視線に殺気のようなものが走った。 私は思わずたじろぐ。
「うるさい! それは男の甲斐性だろ?」
「ふふん、言うなぁ? それなら、言わせてもらうがな?」
「な、なんだ?」
「私を誰だと思ってる?」
双葉がおかしな事を聞いてくる。
「え?双葉だろう?」
「オーナーに聞かされなかったのか? 双葉には代々、客の魂が封じられていると?」
「あ、あぁ、その話は聞いた」
「だったら、私にも双葉の前の存在があったと思わないのか?」
「双葉の前?」
「私の双葉になる前の名前は"上杉俊秋"」
……え? 先代の社長? 若葉のお父さん?若葉をあれほどまでに溺愛していた上杉俊秋氏?
私は口をぱくぱくさせるだけで言葉が出てこない。

「うっかり双葉の口車に乗って相互憑依をしたのが運の尽きだった。 あのバカ、酔った勢いで道路に飛び出しやがった。 結果はお前の知ってるように事故死だ。 だが、あれは自殺だろうな」
 "どうも双葉の身体に閉じこめられてしまった方達は男に戻ってから死にたがるようで……"
いつかのオーナーの言葉が甦る、この事だったのか。
「お前、せっかく大事な若葉を嫁にやったのに平気で俺と寝たよな?」
真剣な目で私を見つめ、詰め寄る上杉社長。
「そ、それは……」
「まぁ、お陰で愛する娘を妻にできたんだから感謝しないとな。 ははははは」
そう言って距離を置く。
「そんな……」
「かつての妻が義母で、娘が妻、孫は娘。 なかなか面白い趣向だ」
そう言って大口を開けて笑う上杉社長。 その姿は確かに先代社長だ。
「お前が『ワルプルギス』に来た時は天の助けと思ったよ。 身体を交換する為に慎重に事を進めるのは大変だったがな」
「最初っから私の身体を狙って……」
「あぁ、その通りだ。 そのお陰でそれまで男と寝た事が無かったのに、お前の為に尽くす振りをするのは大変だった。 まぁ、オーナーとの交渉はスムーズにいったがな。 あの悪魔、俺が性交渉を殆どしないものだから相当弱っていたところに俺が魂を交換する事を提案したら飛びついてきおった」
「悪魔?」
「知らなかったのか? あれは性エネルギーを魔力に代えて生きている淫魔の類だ。 詳しい名前は知らんがな」
この人は相手が悪魔と知っても取引ができるのか。
「それだったら最初に私に事情を話してもらえば……」
「それだとたとえ身体を買い取っても身体は双葉のままだろう? 俺は男の身体が欲しかったからな。
娘婿の身体というのはまさにうってつけだったというワケだ」
そう言って笑う上杉社長。 その姿はもう私の身体を完全に自分のものにしている。
「とりあえず、双葉と寝て最初に私を裏切ったのはお前だ。 反論はあるか?」
そう言って睨まれると反論ができない。 だが、自分の身体を簡単には諦めきれない。
「お前、元に戻ったとしても社長を続けられるのか?」
社長が尋ねる。
「それは……」
「経済は常に動いている。 お前、3年のブランクは大きいんじゃないのか? それに俺の家族を俺以上に愛せるか?」
先ほどの妻や子の幸せそうな顔を思い出す。
社長という立場どころか、上杉清彦という存在自体が先代社長に奪われてしまっている。
上杉商事の社長という立場も、若葉の夫という存在も娘達も、すべて社長に奪われた。
私の残されているのは"双葉"という娼婦の存在だけ…… この人を何とか出し抜く事は可能だろうか?
無理だろう…… 私がどう太刀打ちしようとこの人には敵わない。
「……お願いがあります」
「なんだ?言ってみろ?」
「戸籍を…… 私が社会で生きていける証明を下さい」
「ふん? それはお前の敗北宣言と見ていいんだな? お互いの身体で生きていくと?」
「狡猾な社長にはどう足掻いても勝てませんから……」
「いいだろう。 俺の力を使って戸籍を手入れてやろう。 もし、娼婦を止めて働きたいというなら、ウチの秘書に雇ってやってもいいぞ? 仮にも2年間は社長をやってたんだ。 要領はわかるだろ?
それとも、山口部長と結婚をするか? 俺が仲人をやってやってもいいぞ? 出世に箔が付くからな」
上機嫌で私の肩を叩く上杉社長。
コンコン、再びドアがノックされる。
「すいません、社長。 ウチの双葉が来ていませんでしょうか?」
そう言って山口が顔を覗かせる。
「おぉ、山口君か? 入ってきたまえ。 話は今済んだところだ」
「もうしわけありません。 どうしてもウチの双葉が社長と話がしたいと申しましたので」
「うんうん、なかなかいい娘さんじゃないか。 君たち結婚するのか?だったら仲人は私に任せたまえ」
上機嫌で山口に告げる。 そう言われた山口は頭を下げて恐縮する。
そりゃ、部長と言っても社長はまだまだ雲の上の存在だ。 そんな事を言われたら恐縮もするだろう。
それはかつての私が居た地位だ。
               *
控え室を後にした私達は会場で軽食を取って、しばらく立ち話をした。
「それで何の話をしたんだい?」
「うん? いや、別にお久しぶりですって型どおりの挨拶だよ」
「そうかい?」
「そうだよ? なぁ、もし仮に私はかつて社長と肉体関係を持っていたと言ったらイヤか?」
「うん? 別に? だって双葉は娼婦をしていたんだろ?一人二人知り合いが居たって驚く事じゃないだろ? ぼくだって、営業の宮川さんやら庶務の田中さん、秘書課の樋口さん……」
「具体名を出すな! デリカシーが無いな?」
「だって双葉とだったらそう言う話だって平気でできるだろ?」
「まぁ、そうなんだけど…… 変な夫婦だな?」
「お?プロポースを受け入れてくれたんだ?」
「ちがうよ、ただ…… ただなんとなく……」
山口とは本当に気が合う。 合うがそれに甘えていい物か、今一つ踏ん切りが付かない。
「もう、帰るよ」
私は山口にそう言って別れを告げる。
「あ。『ワルプルギス』まで送っていくよ」
そう言って山口が追ってくる。

               * * *

「あれ?」
「あれ?」
二人で立ち尽くす。
「店が……」
「ない?」
二人で店があった場所を探し回るがどうしても見つける事ができない。
「どういうことだ? バーが二軒続いていて次が……」
「『ワルプルギス』だったと思うんだけど?」
どうしても入り口が見つからない。 いや、目の前にある筈なんだけど、認識ができないのだろう。
「初めて来た山口さんはともかく、そこに住んでいる私まで認識できないとは……」
そうか。 借金を返し終わった私は店と絆が切れている。
そこに先ほどの社長との会話。 私はオーナーの正体を知ってしまった。
私はもう『ワルプルギス』にとって危険な存在と認識されてしまったのか?


「…… あはははは。 帰る家を無くしてしまいました。 しかも、現金は手持ちだけ」
私はこの3年間で身に付いてしまった女の子の表情をして、半笑いで隣の山口を見上げる。
「ウチ、来る?」
山口がそう言って優しく笑う。
「私、エッチな事しか取り柄の無い女ですよ?」
「またまた、ご謙遜を? 知性も教養もあってエッチが大好き。 これ以上何を望めと?」
そう言って悪戯っぽく山口が笑う。
「いいんですか? 本当に私で?」
「双葉だからいいんだよ。 あ、料理なんかはできる?」
「簡単なものなら……」
「よし、スーパーで食材を買って帰ろう。 お手並み拝見」
「お手柔らかに」
私達はそう言って笑いながら夜の街に消えていった。

               E N D
















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