クラブ『ワルプルギス』 後編
 作:teru


「ねぇ、あなた? 最近、よく帰りが遅いようですけどどこに行ってらっしゃるんですか?」
妻の若葉が娘にご飯を食べさせながら私に尋ねてくる。
「え? あ、あぁ。 ちょっとストレスが溜まっていてね。 気晴らしに会員制のクラブに飲みに出掛けてるのだが、そんなによく行っているかな?」
「かなりよく行っておられるようですけど? 最初は週末に、時々だけでしたが今では週に2、3回はでかけておられますよ?」
そう言ってチラリと私の方に目を向ける。
「そうか。 出費がかさんでいるのか」
「いえ、出費がいくらかは問題ではありません。 あなたの小遣いの内でやりくりされているんでしょうけど、なんでカードを使われないんですか? 毎月来る請求書にそのクラブからの請求がないんですけど?」
まずいな、現金払いにしている事が裏目に出たか。
「いや…… 私用にカードを使うのも気が引けてね。 別に怪しいクラブに出入りしているわけじゃないんだよ?」
「えぇ、わかっています。 "ワルプルギス"でしたか?地味で落ち着いた感じのクラブらしいですね」
こいつ、どこでその名を?
「すいませんね。 あまりに頻繁に飲みに出掛けておられるようのなので少しばかり調べさせて頂きました」
俺の顔色を察したのか、そう言って少しも反省していない口調で謝る。
「私の後を付けたのか?」
「はい、人を雇って付けさせて頂きました。 ひょっとして浮気でもされているんじゃ無いかと邪推しましたもので」
マズイ。 アレは完全に浮気の範疇に入っている。 現に私は何度も数え切れないくらい双葉と身体を重ねている。
「そ、それで?」
「え?」
「私が浮気してると?」
「いえ、ワルプルギスは普通の会員制のクラブであなたもそこだけにしか寄っていないと報告を受けています。 ただ、滞在時間が長いようですが」
助かった。 あのクラブは外から見れば一階のサロンしか目立たないからな。 まさか上の階も店の物だとはわからなかったのだろう。
 『ウチに害意を抱く者は店内にすら入って来れないの』
いつだったか、双葉が言っていた。 多分、何らかの力が働いて私の後を付けた者は店内までは調べられなかったのだろう。
「どうしたの?朝から?」
二人のやりとりに奥の方から義母がでてくる。
「いえ、何でも無いんです。 若葉に最近、飲み過ぎだと注意されたんですよ。 わかった、ほどほどにしておくよ」
私は義母に言い訳をすると、若葉にそう言って微笑む。
外では、怖い物知らずの上杉清彦社長もここではヒエラルキーの最底辺にいる。
「ホント、ストレスが溜まるなぁ……」

               * * *

「ふふふ、大変なんですねぇ」
「あぁ、たまらないよ、実際。 別に虐められているわけでは無いのだが、自宅でくつろげないというのはつらい」
そう言って水割りを口に付ける。
「それでいいんですか? ここでお酒を飲んでいて?」
「……まぁ、あまりよくはないんだが。 気がついたらここに足を向けていた」
「ふふふ、ありがとうございます。 でも、本当に気をつけて下さいね? 奥様に此処のことがバレて離婚とでもなれば此処にも来れなくなってしまっては元も子もありませんから」
「そうだな。 私もここに来れなくなるのは嫌だからな」
そう言って私は水割りをあおると双葉を抱き寄せる。
「あん、上杉様ったら言ってる事とやってる事があっていませんよぉ」
甘えた言葉で双葉が私の胸に抱きつく。
私は双葉を抱き上げるとベッドに寝かせる。
「いいんだよ。 ここまで来たらヤって帰ってもやらずに帰っても結果は一緒。 だったらヤって帰るさ」
「あぁん、今日は憑依の方はいいんですか?」
「さすがにそこまでの時間は作れないからね。 2時間というのは長いんだか、短いんだか」
「あら、残念」
そう言って双葉が笑う。
「そう言えば聞いたぞ? お前が憑依を勧めるのは楽が出来るからなんだって?」
そう言いながら私は双葉の服を脱がしていく。
「あはは、オーナーから聞いたんですか? まぁ、それだけでも無いんですけど、楽なのは楽ですね。
眠りに入っていて気がつけばお金が手に入ってるんですから。 あん……」
「なぁ…… 一応、聞くけど憑依時間の延長とかあるのか?」
私は双葉の胸に口づけながら尋ねる。
「え? あれ? 結構ハマっておられます?」
悪戯っぽい目で私を見上げる。
「いや、そういうワケでは……  と、双葉を相手に取り繕っても仕方が無いか? まぁ、ハマったかな。 この間、オーナーにセックスの相手をしてもらったんだがこれがもう……」
そこまで言って口籠もる。
「あぁ、オーナーは百戦錬磨で、女の子のタイプに合わせて責めてきますからねぇ。 女の子初心者の上杉様なんかイチコロですよ?」
「だよなぁ…… 恥ずかしい話だが、あれから妙に忘れられないんだよなぁ、女の子のセックスが」
そう言いながら双葉の身体にペニスを突き立てる。
「くぁん! ふふふ、いいですよ? もっと楽しみたいのなら延長しても? あ、あぁ 3時間ですか?4時間? あ、でもあまり長く憑依していると奥様がまた浮気を疑いませんか?」
「そうなんだよなぁ…… それが問題だよな。 それより憑依の延長はいいのか?」
「えぇ、上杉様のお好きなだけこの身体を使って下さい」
私の身体の下で喘ぎながら双葉が微笑む。

しかし…… 本当に妻の目をどう誤魔化すかが問題だな。

「ねぇ、上杉様?」
事が終わった後、双葉が私の胸の中で甘えた声を出す。
「ん?なんだい?」
「怒らないで聞いて下さいね?」
「なんだ?言ってみてくれ」
双葉は少し躊躇うようにして口を開く。
「私も一度、男性の感じを体験してみたいんです」
「あぁ?」
「上杉様の身体を私に貸して下さい!」
双葉が思い切ったように私に訴える。
「はぁ?どういうことだ? 私の身体を体験してみたい?」
「はい。 上杉様が私の身体で楽しんでおられるのを見ていたら、私も上杉様の身体を使ってみたくって…… ダメですか? ……ダメですよね?」
そう言って上目遣いで私を見る。
普段なら断るところなのだが…… 私がいつも一方的に双葉の身体を使っているという負い目もあったし、ほんの少しの悪戯心が芽生えた……
「なぁ?それってお前が私に乗り移っている間、私はどうなるんだ? 眠っているのか?」
「それは、まぁ…… 眠っていてくれてもいいですし、いつものように私の身体を弄くってもらっていても結構ですよ?」
双葉がそう言って微かに笑う。
「つまり…… それは二人が入れ替わることも可能だと?」
「え? はい、そういう見方もできますね。 相互憑依とオーナーは言ってましたけど」
「ふむ……」
私は考えこむ。
「なぁ?いつも私が家族のことや会社のことは話しているだろ?」
「えぇ、上杉様の事はある程度はわかっているつもりですけど、それがなにか?」
私はニヤリと笑って双葉に更に尋ねる。
「週末に私のフリをして家に帰っても誤魔化せるか?」
「え?上杉様の振りをですか? ……そうですね。 何か特別なことでも無い限りは…… 大体の上杉様の習慣も把握しているつもりですけど? って、まさか?!」
「私の振りをしてウチに帰ってくれるのならこの身体を貸してやってもいい。 特別料金も払おう。どうだ?」
私はそう言って笑う。
「え?でも、お金が無いって?」
「ここの事は妻にバレているんだからもう現金で支払う必要はない。 カードを使うさ。 カードなら無制限だしな?」
「ふふふ、面白いですね? 私が上杉様として上杉様の家に帰るんですか?」
「そうだ。 こういう方法で男になるのは嫌か?」
「いえ、お金が貰えて男性であることを経験できるなんて…… 面白いですね。 やってみたいです、やらせてください!」
双葉も目を輝かせて私の提案を受け入れる。

              *
「いいか? 何かあったらメモにでも走り書きをして置いてくれ。 元に戻った時に何をやっていたかわかるようにな? それと戻る時間になったらちゃんと座るか寝ている体勢でいてくれよ?」
「あぁ、わかってるさ。 任せておいてくれ。 そちらもちゃんとしておいてくれよ?」
双葉になった私は私になった双葉にそう注意すると、双葉はすっかり私になりきった口調で答える。
「再度、言っておきますが、相互憑依における身体の管理責任はお互いに持ってもらいますからね? 
普通の憑依時と違ってお互いの身体が動き回るので店として責任は持ちかねますので?」
オーナーが二人を見てそう確認する。 
まぁ、店内に身体を置きっぱなしの時とは違うのだから店の方でも責任は持てないのは当然だろう。
「あぁ、わかってるよ」
「了解して頂ければ結構です。 それでは24時間、充分に憑依をご堪能ください」
そう言ってオーナーは部屋を出て行く。
「それでは私の方はウチに帰りますね? いいですか?」
私の姿の双葉がそう言ってスーツに着替えて私に声を掛ける。
「あぁ、くれぐれもバレないようにたのむよ?」
「任せて下さい。 これでもお芝居にはちょっと自信があるんですよ」
そう言って明るく笑って双葉は出て行った。 
多少の不安は残っているが、普段から私の家の事は散々に愚痴って知識は入れてあるのだから、致命的な失敗はしないだろう。
私は部屋でゆっくりとくつろぐと水割りを一杯飲んで、期待に胸を膨らませながらオーナーのところに浮かれ気分で出掛けていた。 気分はすでに恋する乙女に近いのではないだろうか?
そして文字通り私はその夜、オーナーに女体を充分に堪能させてもらった。

               * * *
「ん?んん〜」
朝の気だるさと共に目を覚ました私はぼんやりと目を擦る。
「お目覚めですか?」
どこからか男の声が聞こえる。
上半身を起こすとコーヒーのいい匂いと共にカップが目の前に差し出される。 
「どうぞ。 よくお眠りになっていましたよ」
顔を上げるとオーナーがカップを手に立っていた。
「え?あれ?なんで…… あ、そうか」
俺は双葉の身体を丸一日借りていて、夕べはオーナーに散々責めてもらったのだった。
自分の女体を見下ろす。 そこには豊満な乳房が重力に逆らうように張りのある姿を晒していた。
「ありがとう」
私はカップを受け取って一口すする。
「それでどうですか? 長時間女性の身体に憑依されておられる感想は?」
「あ? あぁ…… いいな。 まったりすると言うか、全くの別人として全てから解放されている感じが素晴らしいよ。 なんていうか、女であると言う事が全くの別人という意識を引き立てるな」
そう言って周りを見る。
暖かな陽射しが窓辺から差し込んでくる、そこで私は女性として休息を楽しんでいる。
時計を見ると時刻はもう11時に差しかかろうかとしている。
「意外と……こういうのが幸せなのかも知れないな。 社長として、いつも何かに追われるように生きて家族の為に自分の人生を犠牲にするよりも……」
「ははは、いっそ双葉さんとして娼婦をして生きてみますか?」
オーナーがそう言って笑う。
「まさか? さすがに自分の身体を売って生きるのは無理だな。 やっぱり私は男だから女として他人に性の御奉仕なんてできないしな」
そう言ってコーヒーをぐっと飲み干す。
「ふふふ、そうですよね。 それで、今日はどうされますか? 今夜までその姿のままですが?」
「そうだな。 外に出てゆっくりと映画でも観て街をぶらぶらしてみようかな?」
「意外と普通の行動ですね? それは男でもできるのでは?」
「いい歳のおっさんが一人で映画見たり、街をぶらぶらしてもリストラされた中年親父みたいで侘びしいだろ? それに外では知り合いに会わないとも限らないからな。 休日くらい社長業から解放される喜びを満喫したい」
そう言ってベッドから降りると着てきたガウンを羽織る。
双葉に部屋に戻り、シャワーを浴びると改めて着替えを探す。
「う〜ん、さすがに……」
いつも外に出る時の服装って夜の物なんだよな? 真っ昼間に着て行くものって改めて見るときわめて少ない。 真っ昼間…… セーラー服ってのはないよな?近隣にこんな制服を採用している学校はないし…… 
メイド服は論外。
イブニングドレスは昼間っから歩くに派手すぎる。
ワンピースもあるにはあるが、ヒラヒラがちょっと恥ずかしい。 夜ならまだ平気なんだがな。
OL服…… これはウチの会社からくすねてきたウチの会社の制服だ。
これも論…… OL服を見ているうちに悪戯心がムクムクと湧いてくる。
……ちょっと着てみるかな?
 
ショーツとブラを着けてブラウスを着ると派手目なスカーフを首に巻き、淡いブルーのタイトスカートを履いて、同色のベストを着て……
鏡の前に立って、自分の姿を映す。 真正面から見ると胸を軽く圧迫させるベストがそそる。
腰をひねって身体全体のスタイルを確かめる。 いや……いいかも?
色々なポーズを楽しんでみる。 お尻を包み込むタイトスカートの圧迫感と足を広げられない拘束感がちょっと心地いい。
「これは……」
暫く鏡を見つめる。 いや、なんだか、これは……
「…… 課長、お茶が入りました」
鏡の中のOL、双葉が恥ずかしそうに手を出す。
社長の私がOLとなって、末端管理職の為にお茶をいれる姿を想像してみる。 
股間がキュンと感じる。 ……う。 ダメだ、凄くドキドキする。 私が自分の会社のOLになっている事を想像すると、心臓が高鳴る。 
鏡の中でウチのOL服を着た双葉が顔を赤くして私を上目遣いで見ている。
「いや、そんな趣味は無かった筈なんだが……」
ベッドに腰掛けて自分の服装を見下ろす。 本当にドキドキする…… これは自分のオナニーを他者の視線で見ているような気分だ。 気持ちいような、恥ずかしいような……
「この格好で外に出たらどうなるだろう?」
いや、さすがにそれは…… でも、それも面白いかも知れない。
そう言えばウチの会社の前の定食屋、社長になってからはまったく行ってないな…… 何年ぶりだろ?
私はそばに有ったバッグに財布を放り込むと立ち上がった。
          *
タクシーで会社の前に着いたのは昼過ぎだった。
OL服のまま、車を降りると伸びをする。
「う〜ん、夕べ帰ったばかりなのに、こうしてみるとまた新鮮だな」
自分のビルを見上げる。 
土曜日でも休日出勤している社員がいるのだろう、何人か私と同じ服を着たOLが道を歩いている。
「ま、お仕事、がんばって下さいな、と」
私は向かいの路地に有る小さな定食屋に足を向ける。
古い定食屋だが、味と値段の安さに定評が有って、昼休みになると早く来ないとすぐに満席になる。
今日は土曜日な上にお昼もかなり過ぎているのでその心配もないが。
「なつかしいな」
私はお薦め定食を注文して周りを見渡す。
私の他には余所の会社のOLと何人かのビジネスマンが食事をしているだけだ。
本当に懐かしいな。 私もホンの数年前まではここで皆と同じように食事をしてたんだな。
「お待たせしました。 ごゆっくりどうぞ」
暫く待つと定食が運ばれてくる。 数年ぶりにその定食に舌鼓を打つ。 

「ここ、よろしいでしょうか?」
顔を上げるとスーツを着た若い男が微笑んで立っていた。
「他にも席は沢山空いてますよ?」
私は食事を続けながら答える。 えっと、どこかで見た顔だな? 確か……
「君、ウチの社員だよね? それにしては見た覚えが無いけど?」
そう言って私の前の席に腰を下ろす。
「あなたは会社のOLの顔を全部知ってるんですか? 総務課の山口課長?」
「あれ? 僕のことを知ってるの?」
「女性に手が早いって評判ですよ?」
私は食事を続けながら答える。
「本当にウチの社員? おかしいな、美人の社員の顔は一通り覚えている筈なんだけど?どこの課?」
「ふふ、どこでしょうね?」
「う〜ん?」
「ふふふ、実は私は社長秘書室所属で、社長命令によりOLに身をやつしてセクハラ管理職がいないか探ってるんですよ。 山口課長、要チェックと……」
そう言って箸で手の平にメモを取る仕草をする。
「そんな漫画みたいな?」
そう言って山口課長が笑う。 なるほど、女子社員が騒ぐのもわからなくはないな。 女性の身体で見るとなかなかの笑顔だ。 男に抱かれることを覚えてしまうと男を見る目も変わってしまうようだ。
「まぁ冗談ですけど、それでなんなんですか?」
「いや、ご飯を食べにきたら美人がいたのでついフラフラとね」
「噂に違わぬナンパ師ですね?」
「なに?女子社員の間でそんな噂が立ってるの?」
屈託無く笑う山口。 女子社員だけじゃないだろ? 社長の耳にまで入ってるんだから。
それにしても、こうやってOLっぽく話をするのも楽しいな。
「噂ですか?立ってますね。 社長の耳に届くほど」
「あはは、冗談ばっかり」
冗談じゃ無いんだよ、山口君?
「それにしてももうお昼の時間はとっくに過ぎてると思うんだけど、まだ戻らなくっていいのかい?」
「私のお仕事は午前中で終わったので食事が終わったら帰るだけですから」
「それは奇遇。 僕も午前中で仕事が終わって帰るだけなんだよ。 よかったらこれからどこかで食事でも?」
「私が今ここで何をしていたか知ってますか?」
定食を食べ終わってお茶をすすりながら尋ねる。
「あははは、そうだったね。 で、これからどうするの?」
なかなか粘るな?
「映画を観て、帰るだけですよ?」
「映画!いいね。 僕も一緒にどう?」
「どうと言われても。私はこの服で会社に来たので二人連れで見るにはかなり目立ちますよ?」
そう言ってOLスーツを摘んでみせる。
「え?着替えは? 会社の更衣室で着替えて帰るんじゃ?」
「着替えません。 いや、着替えてみたいけど、さすがに社内に入る度胸と服はないので(ぼそっ)」
「え?なに?」
「面倒くさがりなんですよ。 今日は制服のままできたんです。 だから、このまま帰りますから」
「よし、わかった! 服を買ってあげよう。 それでデート! どう?」
「は?」
俺はきょとんと山口を見る。
「だからデートに相応しい服を買ってあげるからそれでデートしようって事。 どう?」
そう言って笑う山口。 
いやホント爽やかそうに笑うヤツだな? でも服を買ってもらうというのは悪くない。 
なにしろ、双葉の財布には1万円も入ってなかったのだ。 
入れ替わった時にうっかり財布の中身を確認しなかった私の失敗だった。 これでは服など買えないと諦めたところだったのだ。
「後で服代を払えとか、服を返せとか言いません?」
「ははは、言わないよ。 僕はそんなにケチくさくはないよ?」
「身体で返せとか言いません?」
「…………」
無言で笑う山口課長。
「言う気なんだ?」
「…… あはは、冗談だよ?」
目が笑ってない…… まぁ、それでもいいか……
「まぁ、奢ってやろうと言うのなら奢られてもいいですけど、それによる過度な期待はしないで下さいね?」
そう言って私は立ち上がる。
「よし! そう来なくては」
山口がそう言ってガッツポーズをする。 いや、何か本当に憎めない奴だな?
「それじゃ車を回してくるから待っててね」
そう言うと喜び勇んでダッシュで掛けていく山口。
……えっと、あいつ、ウチの総務の課長なんだよな? 大丈夫か?ウチの会社……

山口の車で連れて行かれたブティックでシックな感じのワンピースを買ってもらった。
「ふん? 面白いな、こういう服も?」
私はクルリと回って、スカートの裾が広がる感じを楽しむ。 柔らかな生地が膝をくすぐる感じがなんとも言えない。
「うん、よく似合うよ」
山口が満足そうに微笑む。
「ふふ、そうか?」
「で、どこの映画館に行くの?」
「え? あ、あぁ…… どこって決めてなかったな。 何でもいいから偶には映画を観たいって思っただけで、とくには決めてなかったな」
「じゃ、向こうに行ってから決めようか? すぐそこだから歩いて行こうよ?」
そう言って腕を差し出してくる。 ……これは腕を組めって事か?
「…………」
「行こうよ? …… えっと、何ちゃん?」
そう言って腕をぐいっと差し出す。
「仕方が無いか。 少し……いや、かなり恥ずかしいが、奢ってもらった服の分だけでもサービスしておきましょうか。 ちなみに私の名前は双葉ですよ」
そう言って私は差し出された腕を取る。

               *

「それで何を観る?」
恋人同士のように腕を繋いだ私に山口が尋ねる。
「そうだなぁ? アクション物、ミステリー……」
映画館の案内を眺めながら考える。
「このホラー物はどうだろう?」
山口が指を差した看板は評判のホラーだった。
「う〜ん、悪くは無いけど男と観てもなぁ? 隣が綺麗な女の子ならともかく」
「おぉ、意見が合うねぇ。 じゃホラーと言うことで」
そう言って、手を引く。 
「あ〜、ちょっと待て待て。 そう言うことか。却下却下。 自分が女だって事を一瞬、失念していた。 こっちのラブコメにしよう。 やっぱりここは無難にラブコメだろう?」
「ふ〜ん? 死んだ男が憧れの女性の妹に乗り移る話か? 古いビデオのリメーク物か。 面白いのか、これ?」
「こういうのが意外と面白いんじゃないか? ほら、これにしょ、これに」
俺は山口を映画館の窓口へと強引に腕を引っ張っていく。

そして一時間半後、私達は喫茶店にいた。
「クソだったな……」
「クソでしたね……」
コーヒーカップを前に放心状態で口を開く私達。
「なんで男? せっかく女になったなら女のビジュアルにしろよ! 女を見せろ、女を! 俺は男を見る為に高い金を払ったんじゃねぇ!」
女至上主義の山口が吠える。
「いや、それよりあのダサい服は何? あの覇気の無い男はなに? もっと状況を楽しめよ? せっかく女の身体に入ったんなら能動的に動けよ!」
女性の身体に入り込んで楽しんでる私が叫ぶ。
それから小一時間、たった今観てきた映画の悪口で盛り上がった。 もう払った映画代を取り戻すかのような勢いでボロカスにけなし倒した。

「ははは、あ〜疲れた」
「ふふふ、思いっきり不満を発散しましたね」
二人はいつしか顔を見合わせて笑い出した。
「さて?これからどうする?」
「う〜ん、予定ではウチに帰る筈だったんですけど……」
共通の意識は共感を呼ぶ。 今の盛り上がりで私は山口という男ともう少し一緒にいてもいいと思い始めていた。
「どこか行くところでもあります? もう少し付き合ってもいいですよ?」
「そうこなくっちゃ。 ラウンジの眺めのいいところがあるんだ。 ちょっとお酒でもどう?」
「酔わせて何をする気だか。 いいですよ?付き合いましょ」
そう言って立ち上がる。
              *
「でさ、結局、君は何者なの?」
「だから上杉商事の社員ですよ?」
「嘘だろ? 本当に見覚えがないんだよ?」
「だから、山口課長は全社員の顔を覚えてるんですか、って話ですよ」
私と山口はとあるホテルのラウンジでほろ酔い加減で酒を楽しんでいた。
「全員は無理だけど、可愛い女子社員は殆どチェックしてる。 漏れは無いはずだよ」
「だって、私は会社ではまったく違う姿をしてますからね」
「違う姿ぁ? でも、そんなには変わらないだろ?」
「いえいえ、大違いですよ? 多分、目の前に私が立っても山口課長は私だと気づけませんね」
「そんな事は無い。 僕は君と会ったら絶対に気づくよ」
酔った顔で断言する山口課長。
「わかりました。 じゃ社内で私を見つけてみてください。 見つけ出せたら特別にご褒美を差し上げましょう。 ふふふふふ」
ふふふ、まさか目の前のOLが自分の会社の社長だと知ったら腰を抜かすだろうな。
「よし、わかった。 それじゃ君をすぐに見つけられるようによく目に刻んでおこうかな?」
そう言って私の襟元に手を差し入れてくる。
「ふふん? いいわよ。 好きなだけ見ても?」
「それじゃ場所を変えていいかい?」
いつの間にか、山口の手にはホテルのキーがぶら下がっていた。 なるほど、さすがは上杉商事随一のナンパ師だ。
               *
私はベッドの上で山口の為すがままに身を任せていた。
キスをしながら背中のファスナーを下ろし、ワンピースを脱がせていく。
「ぷふっ いきなりキスからくるか……」
「双葉さんが魅力的すぎて我慢ができなかったんですよ」
そう言いながらブラの下から手を入れてくる。
「ひゃん、くふぅ」
「意外と可愛い反応をするんですね?」
「いや、そんな事は…… ひゃうん、あ、あん……」
ダメだ、山口が会社の人間であることを意識すると妙に気分がおかしくなる。 
恥ずかしいのだ。 社長である自分が部下の腕の中で震えているこの状況が…… 
バレる筈は無いが、もしバレたらと思うと心臓がドキドキする。 もしバレたら私は完全に変態だ。 
男に犯されることを期待して股間を濡らしている変態野郎なのだ。
そんな私の心の内をしるべくも無い山口が私の身体をいいように弄ぶ。
「双葉、可愛いよ」
私の服を脱がし終わった山口が私の全身を嘗め回すように愛撫する。
「はぁん、あ、あぁ…… はふん…… くぅぅ……」
食いしばった歯の間から声が漏れる。
「見かけよりも意外とウブなんだ?」
「く、くぅ…… ち、違う…… これは…… はふぅ」
「いいです、いいです、そのままリラックスしていて下さい」
山口が私の足を大きく広げて顔を突っ込む。
「あ、ちょ、ちょっと、それは…… ひやん…… だめ……」
いくら他人の双葉の身体だと言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「きゃ、ちょっ!、あ…… あん、そ、そんなところを…… あ、あぁ〜!!」
股間が…… 舌が私のあそこを…… 近くに鏡が無いから判らないが、私の顔は真っ赤になっている事だろう。 オーナーの愛撫とは違った快感が私の全身を掛け巡る。
「双葉さんのここ、綺麗ですよ?」
股の間から山口がそう言って笑う。
「いや、ちょっと、恥ずかしいから! ひゃあん、や、ダメ。感じる、感じちゃうからぁ!」
「好きなだけ感じていいんですよ? ここには貴女と僕だけですから思う存分、声を出して下さい」
そう言いながら更に愛撫を続ける山口。
それからの私は山口の為すがままだった。 山口の腕の中で鳴き、悶え、求めた。
              *
「はぁ、はぁ、はぁ…… 凄かった……」
一時間後、私はベッドで全裸の上から毛布を被って山口の胸の上で喘いでいた。
「君の方こそ凄かったよ。 君みたいな女性は初めてだよ」
そう言って山口は私の髪の毛を撫でつけながら満足そうに微笑む。
「ふ、ふふ、ふふふ、いや、ホント。 最高だったよ」
私も満足の笑みを浮かべて返す。
部下に逝かせられちゃったよ、おい? 知らないだろうなぁ、こいつ。 目の前の逝かせた女が自分の会社の社長だって。 思わず笑いがこみ上げる。
「なに? そんなによかった?」
山口が私の事情も知らずに尋ねる。
「うん、よかった。 また、会いたいな」
「そう?嬉しいな、僕も会いたいよ」
そう言いながら私の胸を揉む。
「意外と元気だな? もう復活したの?」
私の腰の辺りで肉が盛り上がる。
「ま、取り柄だからね」
「嫌な取り柄だな」
そう言ってクスリと笑う。
「どう?もう一回戦」
「いいわ…… え? あれ?今何時?」
山口の提案を飲もうとして、時間に気づく。
「え?9時半くらいかな?」
腕時計を見て山口が答える。
「マズい! 時間が……」
私は慌ててベッドから飛び降りると服を着始める。
その様子を全裸でベッドから呆然と見つめる山口。
「どうしたの?」
「ゴメン、門限!」
「門限? そんなのあるのか?」
「ふふ、あるんですよ。 すいません、これで失礼させて頂きます。 また後で連絡します」
それだけを一気にまくし立てると部屋を飛び出てホテルの前でタクシーを拾と行き先を告げる。
時刻は10時前。 夕べ入れ替わったのが今くらいだった筈。 
私は携帯を取りだして大急ぎでメモを打つ。 "今はワルプルギスへの帰りのタクシーの中……"

ふと気がつくと私は自分の家のベッドの上にいた。
「あ?」
「どうしたんですか?」
隣で寝ていた妻が尋ねる。
「うん?いや、なんでもないよ」
そうか、戻ったのか…… 途中だったけど、あのメモで状況はわかるだろうな?
「そうですか?」
妻はなおも不審そうに私を見る。
ふふふ、ホンの数十分前まで私が女性として他の男と寝ていたとは夢にも思っていないだろうな。
そう思うとひとりでに笑みがこぼれる。
「? おかしな人……」
そう言って妻は布団を被り直して寝てしまった。

憑依か、つくづく面白い遊びを見つけたものだ。

               * * *

それからの私は週末ごとに長時間の相互憑依を楽しんだ。 幸いにも双葉は上手く私の代役をこなしてくれたようだ。 その間、私はオーナーと寝たり、山口と遊び回ったりと楽しんだ。

とくに山口課長と遊び廻るのは楽しかった。 
山口と会う時は私は好んでOLの服装をしていく。その方がオフィスラブぽくて背徳感を高めるからだ。 
ホテルにしけ込んで、普通の服に着替えてからデートに出掛けるのがいつものコースだ。
山口の入っているスポーツクラブに入れてもらって水泳に興じてみたりもした。 身体にぴったりフィットする競泳水着の着心地は新鮮だった。
海に泳ぎにも行った。 山口の隣でビキニの胸を揺らしながら歩くと男達が振り返るのが面白かった。
焼けるのは勘弁して欲しいと双葉が言ったので、日焼け止めを山口の塗ってもらったが、公衆の面前で腹這いになって、ブラの紐を外すのがドキドキした。
 
競馬場で掛けに興じてみたりもした。 山口と抱き合って、賭の結果に一喜一憂するのが楽しかった。
バーで落ち着いて酒を飲みながら経済談義からエロ話まで幅広く話をするのも楽しかった。 山口の話は私の知識欲を満足させた。
そしてセックス。 色々な場所で色々なセックスを楽しんだ。 
ホテルは勿論、夜の公園、車の中、一度などは社内に忍び込んで総務課の机の上で犯された時は興奮した。 
SMクラブに行ってソフトSMなどもをやってみた。 女性の私が両手両足を拘束具で繋がれて、部下である山口に嬲られるという体験は私の自虐心をかき立てた。 どうも私は双葉の身体に入るとマゾ気質になるようだ。
山口は時折、私の正体を知りたがった。 だが、さすがにそれだけは口が裂けても言えない。
社員名簿まで調べたという話を聞いて数日後、偶然エレベーターで一緒になった山口にそっと耳打ちをした。
「双葉の名前は社員名簿には載ってないぞ?」
その時の山口の顔と言ったら。 鳩が豆鉄砲を喰らうという言葉があるが、まさしく山口の顔はそれだった。 目を丸くして社長の私を凝視している山口の顔を思い出しては一日中クスクスと笑っていた。
その時、まさに私の人生は充実していた。

男として、妻と寝て、双葉を犯す。 
女として、オーナーに蹂躙され、山口と淫蕩に耽る。
全ては私の思いのまま。 私はこの世の全てを手に入れたような高揚感の中にいた。
そして……
               *
それはとある週末だった。
いつものように双葉と相互憑依をした私はいつもより早くワルプルギスに帰ってきた。
夕方と言うこともあって、サロンには客も少なかった。
私はオーナーの前のカウンターに座って水割りを注文した。
「今日は早かったですね?」
「あぁ、山口が急に社用ができたとかで会社に行ってしまったんだ。 だから、今日の予定は全てキャンセル」
「それは残念でしたね」
コップを拭きながらマスターが笑う。
「まぁ、夕べから散々、楽しんだんだからいいけどね」
そう言って夕べの痴態を思い浮かべて笑う。
「随分とお楽しみだったようで」
「あぁ、この身体は最高だよ」
グラスを弄びながら答える。 そうだ。この身体は最高だ。 もっともっと、いろんな事をこの身体で体験してみたい。 男では味わえないような……
オーナーがカウンターの中のTVをつける。
いつもはつけないのだが、まだ夕方と言う事もあって暇なのだろう。
丁度、夕方のニュースの時間だった。
「あれ?」
オーナーが妙な声を出す。 私は一瞬、頭に妙な違和感を覚える。
「どうしたんですか?」
『今日の昼、上杉商事社長の上杉清彦氏の運転する乗用車がセンターラインを飛び越え……』
オーナーがTVの音量を私にも聞こえる大きさに調整する。
ちょっと待て?今、なんと言った?
『救急車で病院に運ばれましたが、手当の甲斐も無くお亡くなりになりました。 原因は上杉氏の居眠り運転と……』
TVは淡々と認められない事を話す。 オーナーもコップを洗う手を止めてTVを観ていたが、やがてどこかに携帯を掛ける。 その後もTVには無残な私の身体が救急車に乗せられるシーンが映る。
「え、えぇ。 ……上杉清彦氏の事故の件なのですが。 ……いえ、知り合いなもので。 ……はぁ。
間違いない? …… …… そうですか」
携帯を切るとオーナーは私の方を向いて黙って首を振る。
「……どういうことだ?」
何が起こった?頭の理解が付いてこない。 私が死んだ? いや、私はここにいる。
「残念ながら双葉さんが事故を起こしたようです。 ほぼ、即死に近い状態だったらしいです」
そう言って、残念そうにうつむいて首を振る。
「双葉が死んだ……」
と言うことは私はどうなるんだ? この身体のままなのか? 
私は自分の身体を見下ろす。 事実が追いついてこずに何も考えられない。
「せっかくお得意様として馴染みになってもらったのに残念です。 あと2時間ですか……」
オーナーがポツリと漏らす。
「あと2時間?」
「憑依が解けるまでです」
オーナーが答える。
「憑依が解ける? 解けるとどうなる?」
「双葉の身体が空っぽになってあなたの魂は元の身体に戻っていきます」
「生き返るのか?」
「まさか! 死にますよ。 上杉様の身体はボロボロで魂を繋いでおけるだけの霊力はありませんからね。 上杉様の身体に入っていた双葉が逝ってしまったように、アナタも後を追うことになります」
「じょ、冗談じゃ無い! 私は生きてる! なんで死ななくっちゃいけないんだ!」
「魂はまだ生きていますが、身体は死んでしまいましたからね。 残念です、非常に残念です」
そう言ってオーナーが笑う。
「ふざけるな! 何とかしろ! これはお前の責任だろ?」
「だから、最初に私は注意しましたよ? 相互憑依における身体の管理責任はお互いに任せますと? 今になって責任の所在をこちらに持ってこられましても。 一方的な憑依の場合、身体は私の方で責任をもって管理させてもらうのですが、相互憑依はお互いが動き回られますからね」
にこやかにオーナーが手を上げる。
「…… あと2時間。 2時間で私は…… だったら! だったらこの身体に私がいられるようにしてくれ! 双葉はもういないのだろ? だったら、この身体には魂の空きがあるのだろ? この身体を私のものに」
「空いてはいますがタダで貸すわけにはいきませんね」
「タダでって、双葉はお前の持ち物じゃないだろ!」

「私の持ち物ですよ?」
オーナーがそう言って笑う。
「え?」
「元々、双葉は私が錬金術で錬成した人間、ホムンクルスなのですよ」
ニヤリと不気味にオーナーが笑う。
「錬成した? ……人間を? お前が作ったというのか?」
私は改めてオーナーを見る。 
そこにはいつもと変わらない人当たりのいい笑顔のオーナーの顔があった。 だが、何かが違う。
「はい。 "双葉"というのは私が錬金術で作りあげた人間なのです。 部屋に魔法陣があったでしょ? そこで、こうやって手をパンと合わせて」
そう言って何かの漫画のような仕草をする。
「ただ、魂までは錬成できなかったのでタダの木偶でしたが。 ほら?魂まで作ると私が向こうに持ってかれちゃいますから」」
オーナーがそう言って「知ってるでしょ」という風に笑いかける。知るか!
「最初の頃は私が憑依して動かしていたんですけどね。 いつからか、店に迷惑を掛けた人や女性体に興味がある人に入って頂くようになったんですよ」
「……そ、そんな?」
「ですから、双葉は私の物なんですよ。 あれでもわりと稼いでくれるんですよ。 それをタダで貸し出すワケにはいきませんね」
「ちょっと待て! それじゃあ、あの双葉は…… 私の身体に入っていた双葉は?」
「前のお客様ですよ。 前の方も相互憑依を試されたんですが、運の悪い事に今回のように憑依を試した初日に事故に遭われましてねぇ……」
"魂に楔を打たれてるんですよ。 逃げられないように" いつだったか双葉が言っていた。
逃げようにも仮初めの身体に魂を閉じ込められているだけだから逃げれば、魂を身体から引き離されてしまうと言うことか・
「どうも双葉の身体に閉じこめられてしまった方達は男に戻ってから死にたがるようで…… あ。失言でした」
そう言って笑いながら口を押さえる。
「まさか、わざと事故を起こしたというのか? 男として死にたくて?」
「いえいえ、そんなことはないと思いますよ? そんなことをすれば上杉様に迷惑が掛かるではありませんか?」
わざとらしく大仰に手を振って否定する。
「ただねぇ…… あの双葉さんは女に馴染めなかったんでしょうねぇ。 最後までアナタ以外の男性と寝ませんでしたから。 いえ、アナタとだって寝るのはイヤだったんでしょうねぇ、アナタが帰られた後、いつもシャワーで身体をしつこい程、洗っておられましたから」
「……どういう事だ?」
「貴方の男の身体を手に入れるために我慢しておられたんだと思いますよ?」
ウソだ…… 双葉のアレは全て演技だったというのか? 男の身体を手に入れるための……
「さて、そろそろ時間も無くなってきたようですし。 本題に戻りましょうか? どうされますか? 憑依時間を延長されますか? その場合、支払い方法はどうなされます?」
そう言って、笑い顔を収めて俺の顔をじっと見るオーナー。
当然ながら死にたくはない。 しかし、今現在、所持している金は知れている。 相互憑依をする時は必要程度の金しか持っていないのだから。 双葉の部屋に帰っても双葉の所持金なんて知れている。
「少し待ってくれ。 うちに帰って取ってくる。 妻の若葉に説明をすれば……」
「ダメですよ。 その身体は双葉なんですから。 上杉社長の家に行ってもお金が手に入るわけがありませんよ。 それに今はお葬式の準備でバタバタしてるんですから自分が社長だと言っても誰にも相手にされませんよ。 もっとも、それ以前にここの事が外にバレるのは困りますから、行かせませんけどね」
「じゃ、どうしろと!!」
私はヒステリックに叫ぶ。
「どうしても憑依時間の延長をお望みなら、双葉の仕事で稼いでもらうしかありませんねぇ。 なぁに今のその身体は空いてるんですからお値段の方は安く対応させて頂きますよ、『双葉さん』」
そう言ってオーナーは楽しそうに笑った。
「憑依料金だけなら前の双葉さんのようにホステスだけでも何とかなりますよ。 かなり苦しい生活になりますが」

私は諦めたように口を開く。
「…… ちなみに」
「え?」
「ちなみに一時的な憑依じゃなくって、ずっとこの身体に魂を固定させ続けることは出来るのか?」
「ほう?」
感心したようにオーナーが目を上げる。
「つまり、憑依(レンタル)ではなく、乗り移り(買い取り)を希望されると? えぇ、できますよ。ただし、お値段はかなりの高額になりますけどね」
そう言ってオーナーは八桁に上る数字を示した。
「憑依料金を支払いながら乗り移り料金を貯めるとなると、必死に働いても二年、三年でどうにかなるもんじゃないですね。 それにそんなに働くとその頃には心まで娼婦になりきってしまうでしょうね」
そう言ってオーナーは愉快そうに声を上げて笑った。
私はその顔を唇を噛んで睨みつけた。



こうして私はその日、『社長、上杉清彦』という男の身体と権力を失い『娼婦、双葉』という女の身体の牢獄に閉じこめられた。
そして私は、その夜から男に奉仕する日々を送ることになる。 
生きるために。そしていつか自由を手にするために……















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