河童と嫁取り
 作:teru



番外編・女としての覚悟

俺が河童にチンコを取られてから数週間が経っていた。



「清彦、いるかぁ?」
俊秋あんちゃんが玄関から声を掛けてくる。


「あんちゃんか。いるよぉ。皆は農場の方に行ってるから用があるならそっちに行ってよ」
俺はあんちゃんを玄関まで出迎える。


「いや、清彦に用事があってきたんだが…… なんだ、寝てたのか?」
「ん?いや、ちょっと体調を崩してね。寝てるってほどでもないんだ」
俺はぎこちなく笑って俊秋あんちゃんにそう告げる。


「そうか?だったらいいんだけど……、それにしても清彦?」
「ん?なに?」


「清彦、ピンクのパジャマなんて着てるんだ?可愛くって似合うぞ?」
俊秋あんちゃんがニヤリと笑って俺の姿を上から下まで見て、再び上まで見上げていく。


「な、な、なに言ってんだよ、あんちゃん!ただの普通のパジャマだろ!色こそピンクだけど、シンプルなただのストライプ柄のパジャマだろ?可愛くなんかねぇよ!それにこれは母ちゃんが無理矢理に!俺はランニングとパンツだけでいいって言ったのに!」
あんちゃんの視線からなるべく身体を隠す様に俺は身をよじらせて、顔を赤くする。


「いや、いや、謙遜するなよ。さすがは俺の嫁」
機嫌良さそうに笑う俊秋あんちゃん。


「嫁じゃねぇよ。まぁ、あんちゃんが俺と交際してると言いまわってくれたおかげで随分と助かってはいるけどね。それにしてもこの村の住民はどうなってるんだよ? 一晩で男が女に変わったんだぞ?不思議がるとか、気味悪がるとかの反応が普通じゃないのか?」


「だから不思議がって皆、確かめに来ただろ?」
「来たよ、来たけど、俺が本当に女になったのを確認した途端に縁談を持ってくるんだぞ?どうなんだよ、それって?」
俺は憤慨した顔で俊秋あんちゃんに訴える。


「まぁ、女になった清彦は"農村の嫁"としてスペックが高いからな」
「農村の嫁?」


「だって、清彦はこの村で生まれ育ってるから農業の大変さは知ってるだろ?清音さん達が都会から嫁を迎えるって頑張ってるけど、今どきの女の子がすぐにすんなりと土に馴染めるとは思えないし?仮装盆踊りなんて開いて明るいイメージを押し出しても、実際に農村の現実を知ったら殆どが逃げ帰る。仮に村の男に惚れ込んだ娘が現れて、村に嫁に来てやろうと言っても、農業は一からの教育になる」


「まぁ、そうだろうね」
「その点、清彦なら殆ど出来るだろ? 果樹関係はウチの手伝いによく来てくれてたし野菜関係は清彦のウチの得意分野。酪農、養鶏だって学生時代から習ってるから全くの素人じゃない。農機具だって一通り動かせる。お前さ、気づいてないのか?汗水垂らして牛糞にスコップ入れて、トラクターに一生懸命積み込んでるお前の姿って爺さん婆さん達の注目の的だぞ? あんな嫁をウチに欲しいって?都会から来た娘はおろか、この村の娘でもなかなかいないぞ?そんなことが出来る娘って」


「いや、まぁ、男だったからな、俺。それが普通だろ?」
「男だったらな。でも、今のお前は女だ。そして働き者だってのも皆わかってる。そうなったら"元男"なんてものは問題にならない程の些細な欠点だ」


「さ、些細かな?かなり重要な問題だと思うんだけど?」


「些細、些細。俺だって気にしてないぞ?」
俊秋あんちゃんがそう言って笑う。


いや、絶対におかしいって、この村のやつらは…… 
目の前の俊秋あんちゃんはおろか、俺の家族も含めて…… 
清音さんは清音さんであんな計画を立ててるし……




俺が困惑した顔をしていると新たな来客が……
「清彦?大丈夫かぁ?見舞いに…… あ、俊秋さん……」


「え?晴彦?どうしたんだ?」
俺は入ってきた高校時代の同級生の晴彦に尋ねる。


「え?いや、今朝、市場で清彦の具合が悪いって聞いて見舞いに来てやったんだ。ほら、ウチので悪いがリンゴだ」
そう言って、晴彦が持ってきた紙袋に入ったリンゴを玄関に置く。


「やっぱり、来やがったな。晴彦が一番乗りか?」
俊秋あんちゃんが晴彦を睨みつける。


「え?なんの事ですか?俺は清彦の見舞いに……」


「清彦、いるかぁ?」
晴彦が俊秋に何かいいわけをしようとした時、さらに新たな来客が……


「あ、和彦……」
「和彦、お前まで……」


「あれ?晴彦に俊秋さん?」
入ってきた和彦が二人を見つけて"しまった"という様な顔をする。


えっと、なんで今朝は玄関の人口密度がこんなに高いんだ?


「おまえら…… 魂胆はわかってるんだぞ?心配して来てみれば」
俊秋あんちゃんが晴彦達を睨みつける。


「えっと……、なんの事ですか?」
「俺たちは純粋に清彦の身体を心配して……」


「お前ら、今朝、市場に来てたよな?あの話、耳に入ったよな?」


「あははは、なんの事やら?」
「と言うか、別にお見舞いに来るくらいいいじゃないですか?なにも清彦は俊秋さんだけのモノと決まってるわけじゃないんですから?」


「なにを!」
和彦の反撃に一瞬、たじろぐ俊秋あんちゃん。


「そうですよ。確かに清彦と俊秋さんは付き合ってるって話ですけど、清彦に結婚する意思は無いらしいって噂もありますよ?」
晴彦も和彦の反撃に乗る。って、こいつら何を言ってるんだ?
俺は晴彦が持ってきた袋の中から林檎を取り出してパジャマの裾で拭くとそれを齧りつきながら、あんちゃん達の会話に耳を傾ける。




「そんな事はない!現に今もこうやって清彦の家に居るだろ?」


「そんな事を言ったら俺たちだってここにいますよ?なぁ、和彦?」
「あぁ、そうだよな。清彦と俊秋さんが付き合ってるって事は皆知ってますけど、清彦に結婚の意志は無いんじゃないか、って噂も確かにあるんですよ?つまり全員が同じスタート地点にいるんじゃないかって?」


「お前らなぁ…… 清彦!清彦も何か言ってやれよ!」
俊秋あんちゃんがいきなり話を林檎を食ってる俺に振る。


「シャクッ え?俺? あぁ、俺はあんちゃんと付き合ってるよ?うん。 シャクシャク」
俺はとりあえず、俊秋あんちゃんにつく。


「な?ほら」
俊秋あんちゃんが晴彦たちに向かって胸を張る。


「……いや、なんか説得力のね〜言い方だよな、和彦?」
「あぁ、林檎を食いながら他人事のように言われてもなぁ?」
二人が顔を見合わせる。


「ってかさ?なんで今さら俺があんちゃんと付き合ってるかどうかが問題になるんだ?皆、それで納得してたんじゃないのか?」
俺は林檎を食い終わって、改めて二人に尋ねる。


「いや、まぁ…… な?」
「あぁ…… まぁ、清彦の態度が今ひとつ俊秋さんと本当に結婚する気があるのかわからないし……」


当たり前だ。俺と俊秋あんちゃんは俺の縁談話を断る為のニセ許嫁だ。俺に男の元に嫁ぐ意思はまったくない。


「いや、俺があんちゃんと結婚するのは皆わかってると思ったんだけどなぁ?てかさ、俺は男だぞ?すぐに結婚と言われても心の準備が出来てないから無理だろ?だから他人から見れば気がないように見えるんだろ? だから、なんで急にお前たちがそれを気にしだすんだ?」
俺は適当ないいわけを言ながら、もう一度晴彦たちに尋ねる。


「こいつらは今朝、市場に来てたからな。もう少ししたら他のやつらもお前の様子を見に来るんじゃないのか?」
俊秋あんちゃんが変な事を言う。


「? 今朝、市場で何かあったのか?」


「いや…… いつもなら来てるはずのお前が来てなかったからさ?」
「まぁ…… それで心配になって…… な?」
何か奥歯にモノが挟まった様な言い方をする二人。心なしか顔が赤くないか?


「?」
俺は俊秋あんちゃんに無言で視線を向けて尋ねる。


「えっと…… まぁ、そう言う事だ」
そう言って、俺の肩を叩く俊秋あんちゃん。


はい?俊秋あんちゃんまでどういう事だ?それで説明は終わりか?


「ちょっと待って?何かおかしいな?皆、俺に何か隠してる?」
俺は三人を見回す。


「えっとな?清彦。 落ち着いて聞けよ?」
俊秋あんちゃんが代表して俺に声を掛ける。


「なに?」
「さっきさ、清彦は農家の嫁としては高スペックだって話をしたよな?」


「あぁ、聞いた。でも、それは元々男だから当然だろ?」


「でも、清彦の場合、男の時でも農業に真面目だったからな?」
「あぁ、今も部屋の中は農業関係の雑誌で一杯なんじゃないのか?」
晴彦たちがそう言って俺の顔を見る。


「いや、まぁ俺はそう言うの好きだから……」


「うん、それはいいんだ。でも、そのせいでこの村じゃ"嫁に欲しい娘"候補の上位に清彦は入ってたんだ」
俊秋あんちゃんの言葉に他の二人もうなずく。


「入ってた?過去形?じゃ、もう上位にいないのか?」


「上位と言うよりトップに躍り出たな、今朝」
「あぁ、清彦は小柄で可愛いし、良く動くし、最後の懸念も……」


「今朝?最後の懸念?なんの事だ?」
俺は二人の言葉にイヤな予感を覚える。


「……」「……」
二人が俺の質問に気まずそうに顔を見合わせる。


「あのな、清彦。お前が男から女に変わった事はみんな知ってる。でもな?本当に子供が産めるかどうかまでは皆、確信はなかったわけだ?」


ぎくっ ……まさか? 俺は思わず下腹を軽く押さえる。


「えっと……、何を……」


「今朝、市場でお前の姿を見かけなかったからウチの親父が"清彦はどうしたんだ?"ってお前の親父さんに聞いたんだ」


「そしたら、清彦のおばさんが"清彦は初めての生理で体調崩したようだから家に居るんですよ"って。 いや、市場のあの周りが一瞬静まりかえったよな?」


「あぁ、清彦は可愛くって働き者で、その上、健康で子供もちゃんと産める。農家の跡継ぎの嫁としては何の憂いもない事がわかったんだ。今頃は村中に噂が広がってると思うぞ?清彦を諦めきれない俺たちみたいな奴がまだ見舞いに来ると思うぞ?」


「な、な、な……」
俺は顔を真っ赤にして股間を隠す様に玄関にへたり込む。


村中が俺の生理の事を知っている?母ちゃんのばかぁ〜!!


「くわえて、清彦は俊秋さんと一緒になる気はそれほど無いんじゃないかって噂だろ?」
「ダメ元でももう一度アタックしてみる価値はあるんじゃないかって。なぁ?」
二人が顔を見合わせて笑いあう。


「お・ま・え・ら・なぁ」
俺が何か言いかけた時だった。


「おはようございます!清彦君いますかぁ?」
昭彦が明るい顔で入ってきた。


「帰れ!バカ野郎共!俺は男と結婚する趣味はこれっぽっちもねぇよ!!」
俺は裸足のまま玄関に降りて晴彦達を強引に押し出す。


「なんだ、なんだ?俺はまだ何も言ってないぞ?てか、あれ?晴彦達?どうしたんだ?」
入ってきたばかりの昭彦が状況を理解しないまま、晴彦達と一緒に押し出される。


がらがらがら……ぴしゃっ、カチャン


俺は玄関を閉めるとそのままロックする。


「きよひこぉ?俺たちマジだから?からかって言ってるワケじゃないぞぉ」
「そうだぞ、ちゃんと真面目に嫁として迎え入れる気はあるんだからな」
「なんだか、よく判らないけど、俺だって清彦に本気でプロポーズに来たんだぞ?」


玄関の外からバカ共の戯言が聞こえる。
「うるさい、バカ!帰れ!」




いや、それにしても見たか?清彦のパジャマ姿?
すげぇよな?ピンクのパジャマにそれを押し上げる胸!
尻だって安産型でこう……
それにコンパクトな身体で思わず抱きしめたくなるよな?
やっぱり、今、嫁にもらうなら清彦が一番だって
でさ、俺は状況がわかんねぇんだけど、何で清彦は怒ってたんだ?
いや、女ってアレの時は感情が不安定になるっていうから、そのせいだろ?
あれはテレてるんだよ?男の時はそれほどモテてなかったのに女になった途端にこれだろ?




「さっさと帰れ、ばかぁ!」
俺は玄関の外に向かって怒鳴ると、外の三人組はぶつぶつと言いながら俺に見舞いの言葉を掛けて帰っていった。


「はっはっはっ、清彦も女になってから気苦労が絶えないよな?あんな奴らばかりで」


「あんちゃんもだよ!用が済んだんなら帰ってよ!」
俺は無責任に笑う俊秋あんちゃんを睨みつける。


「いや、俺の用はあいつらに乱入されたせいでまったく済んでないんだけどな?」
俊秋あんちゃんが笑いながらこたえる。


「あれ?そう言えばそうか?だったら上がってよ。俺の部屋に行こう。ここで話をしてたらまたどこのバカがやってくるかわかったもんじゃない」
そう言って俊秋あんちゃんに上がるように促す。





「で?話ってなに?」
そう言いながら俺は、俊秋あんちゃんの前にお茶と、晴彦の持ってきた林檎を出す。


「その前にな、清彦。 お茶うけに林檎か?」


「林檎か、ってなんだよ?晴彦のウチの林檎って美味いんだぞ?晴彦の奴、食べ頃のいいヤツを持って来たみたいだな。さっき食ったけど美味かったぞ?」


「いや、お前が美味そうに食ってたのは俺も見たけど、普通、客に出す時は剥いて出さないか?お前、林檎くらい剥けるだろ?」
俊秋あんちゃんがお盆の乗せた林檎をひとつ手で持ち上げる。


「剥けるけどさ。女じゃないんだからそのまま齧り付いた方が美味いだろ?」


「否定はしないけど、俺としては清彦に女の子としてのロマンを要求したい。俺の目の前でかいがいしく林檎を剥いて細かく切ったヤツをガラスの皿に乗せてさ?爪楊枝か何かを刺して……」


「あんちゃん、俺に何を期待してるの?再三、言うけど俺は男だよ?俺は男に林檎を剥いて出す趣味はないよ?オカマじゃないんだから?シャクッ」
そう言って俺も林檎を一つ掴んで齧り付く。


「いや。まぁ……お前がそういうヤツだってのはわかってはいるんだが、その容姿を見ているとつい期待しちゃうんだよなぁ……シャクッ」
そう言って、俊秋あんちゃんも林檎に齧り付く。


「シャクッ 妙な夢は見ないでくれよな。姿は多少変わったけど、俺の本質は変わってないんだからな。 シャクシャク」


「だよなぁ、さっきもあまりにも自然だったから誰もツッこまなかったけど、お前、林檎を芯ごと食ってたもんなぁ……ぜってぇに女の子の食い方じゃねぇよなぁ。シャクシャク」


「わかってんならいいじゃん?それで話って?シャク」
「あ、あぁ?結婚式の日取りをいつにするか聞いてこいって親父達が……」


「ブホッ」
俺は俊秋あんちゃんの言葉に口に頬張っていた林檎を吹き出す。


「うわっ、汚ねぇなぁ?それは男でもアウトだろ?」
俊秋あんちゃんが顔をしかめて俺の散弾から身をよける。


「いやいやいや!今のはあんちゃんが悪いだろ?いきなり何を言い出すんだよ!」


「いきなりじゃないだろ?前から俺たちは結婚を前提にしたおつき合いをしてるんだから、そろそろ具体的な結婚話をしてもいいだろ?」


「結婚を前提にしたおつき合い?あ、なんだ。偽装の話か?マジな話かと思っちゃったよ」
俺は胸をなで下ろす。


「いや、偽装じゃなくってマジ。清彦も女の子になってしまったんだからそろそろ腹を決めて、将来設計を考えろよ」
俊秋あんちゃんが真面目な顔で俺を見る。


「マジ?」「マジ」


「……」「……」
じっと無言で見つめ合う俺たち。


「えっとな……、あんちゃん。俺、女やめるから」
「はぁ?女をやめる?どういう事だ?」


「いや、女になってから俺ってロクな目にあってないじゃないか。 今回に至っては生理だぞ、生理!あいつら、俺が子供が産めるとわかった途端にまた騒ぎ出しやがって」


「いや、女なんだから仕方がないだろ?」
「あんちゃん、この身体の鬱陶しさがわからないだろ?この身体で寝てみろよ?胸が邪魔で邪魔で。仰向けになれば上の重圧が気になるし、横になれば下に引っ張られるし、歩けば揺れるし……、股間は何もないから小便の度にズボンを降ろして座り込むんだぞ?」


「スカートを履けばいいだろ?高校のスカートみたいな短いヤツだったらパンツを降ろすだけで済むだろ?」
「そんな恥ずかしいものが履けるかよ!それにそんなので農作業が出来るかい! とにかく俺はもう一度河童に頼んで男に戻してもらう!」


「いや、戻してもらうにも代わりのチンコはもうないだろ?」
「……まぁ、そうなんだけど。 ……そうだ!あんちゃん、チンコくれよ!そうしたら俺、あんちゃんチに婿養子に入ってやるからさ」


「やだよ!これは俺のチンコなんだから。いいじゃないか清彦は女の子として皆から認められてるんだから。結婚して何か支障があるか?住居だってうちから隣に移動するだけだろ?俺んちの家族も清彦の家族も同じ家族の様なモノじゃないか?」


「それならあんちゃんだって同じじゃないか?俺が男で、あんちゃんが女をやっても変わらないだろ?」
俺は興奮気味に訴える。


「いや、変わる!180センチ越えの大女のどこが可愛い?160センチの女の子の方が圧倒的に可愛いだろ?それに顔立ちだって清彦の方が女の子っぽいのに俺はこんな顔だぞ?具体的に想像してみろ?お前、その姿の俺をマジで愛せるか?」
俊秋あんちゃんが俺の肩をガッシと掴んで真剣に主張する。


えっと……俺が鏡の中に毎日見ている姿…… チンコを取られた時の俊秋あんちゃん…… 


「ごめん、俺が悪かった……」
俺は思わずあんちゃんに向かって土下座する。


「わかればいいんだ。 で、女のままじゃイヤなのか?」


「ヤだよ。てか、一時はこのままでも仕方がないと納得し掛けたんだけどね。皆が寄ってたかって俺を女扱いする様になってウザくなってきた所にコレだろ?」
そう言って俺は自分の股間を指さす。


「まぁ、ソレについては俺は何も言えないけど、皆が女扱いするのはそんなにウザいか?」


「あんちゃんは知んねぇんだよ。見ろよ、コレを!」
俺はクローゼットを開け放つ。


そこにはスカートやワンピースが目一杯詰まっている。
「うわっ?コレ皆、清彦のか?」


「それにほら?」
俺はタンスから引き出しを引き抜いてあんちゃんの前に並べる。


カラフルな女性の衣装、小物入れに入れられた各種アクセサリー。
「おぉ、すごいな?」


俺はどんどんと俊秋あんちゃんお前に引き出しを並べる。


ストッキングにカラフルなレースのついたブラ、ショーツ、色んな下着と、その隣に開封されたナプキンの袋……


「う、うわぁ!!これは見んなぁ!」
俺はナプキンの袋を引き出しから取り出すとクローゼットの奥に見えない様に投げ込む。


「あ、あははは……」
俊秋あんちゃんがバツが悪そうに視線を泳がせる。




「と、とにかく、俺は女になってから家族からこういう目にあってるんだよ!」
俺は散らかった部屋で俊秋あんちゃんに手を広げて、今の俺の状況を見せる。


「え?コレは清彦が買った物じゃなくて?」


「俺が買った物なんて何一つないよ!下着と服は母ちゃん、服とアクセサリーは親父に清司あんちゃん、アクセサリーは爺ちゃんが街に出るたびに買ってくるんだよ!」


「うわぁ。すごいな。でも俺は清彦がこんなのを着てるのを見た事がないぞ?」


「当たり前だよ!こんなの着て農作業が出来るわけ無いだろ!ヒラヒラのワンピースを着てトラクターを運転できるか? 一度だけ家族の前で試着させられた後は全部、タンスの肥やしだよ!これってイジメだと思わないか?」
俺は俊秋あんちゃんに訴える。


「なぁなぁ、清彦?どれか一つ着てみてくれないか?」
俊秋あんちゃんが目をキラキラさせて俺を見る。


「な、何を言い出すんだよ!」
「イヤ、絶対に似合うって。てか、家族の前では着て見せたんだろ?」


「だって、あいつら"せっかく清彦の為に買ってきてあげたのに着てくれないのか"って泣き落とすんだぞ?仕方が無いじゃないか」
「一度、袖を通したんならもう一度通しても同じだろ?な?」


「な、じゃねぇよ!なんだよ、あんちゃんまで。とんだヤブヘビだよ!」
俺はガクリと畳に膝をつく。


「な?な? このワンピースなんて良くね?」
えっと、あんちゃん?なんでそんなにハイテンションになってるの?俺の悩みはどうなったの?


「えっと……あんちゃん?俺は女装させられるのがイヤだって話を……」


「女の子が女の子の服を着る事を女装とは言わねぇ!」」
クローゼットからワンピースを取り出して、キラキラした目で迫る俊秋あんちゃん。


「ちょっと待て!落ち着け、あんちゃん!!着ねぇから!いくらあんちゃんの頼みでも!」
俺は迫る俊秋あんちゃんに抗議の声を上げながらも勢いに押されて、畳の上に座り込んだ姿勢で後ずさる。


「えぇ?ダメなのかぁ?」
ワンピースを手に残念そうな顔で肩を落とす俊秋あんちゃん。


「ダメに決まってるだろ!ほら、返して、返して」
俺は立ち上がって、俊秋あんちゃんからワンピースをとりあげるとクローゼットに戻す。


「ちっ、残念」
名残惜しそうに、仕舞われたワンピースの入ったクローゼットを見る俊秋あんちゃん。


「だからさ、あんちゃんでそうなのに一緒に暮らしてる家族が殆ど毎日、それを要求してくるんだよ?この前なんか、偶に家族で外食しようって言われたから喜んで街に出たら結婚式場に連れてかれてウェディングドレスの試着をさせられそうになったんだぞ?」


「なに?ウェディングドレスの試着?それはダメだな」
「だろ?」
俺は俊秋あんちゃんの言葉にうんうんとうなずく。


「やはり、花嫁のウェディングドレスを選ぶ時には花婿の意見も聞いてもらわないとな?次に式場に行く時は俺にも声を掛けてくれ」
俊秋あんちゃんが俺の肩の上に手をポンと乗せる。


「ばかぁ〜、あんちゃんのばかぁ〜!」
俺は俊秋あんちゃんの肩を掴み返してガクガク揺さぶる。


「あは、あははは、冗談、冗談だよ」


言えねぇ、ぜってぇに言えねぇ。本当は何着も試着させられた上にお色直し用の着物まで着せられたとはぜってぇに俊秋あんちゃんには言えねぇ!


「と、とにかく俺は河童に言って男に戻してもらうからな?もう女なんてやってらんねぇよ!誰でもいいから河童に男を襲わせてチンコを取ってこさせる。それを俺の股間に付け直して俺は男にもどる!」
俺は俊秋あんちゃんに向かってハッキリと宣言する。


「…………」
俊秋あんちゃんが黙って何かを考える。


「なんだよ?あんちゃんや母ちゃん達がいくら反対しても無駄だからな?俺はもうこんな鬱陶しい身体は沢山なんだよ!」


「いや、まぁ清彦の身体なんだから俺に何かを強制する事は出来ないけどな……」
考えながら俊秋あんちゃんが口を開く。


「出来ないけどなんだよ?」


「誰のチンコでもいいって言ったけど、河童がトミタケさんのチンコを取ってきたらお前、素直にそれを股間に付けられるか?」


「うっ!」
トミタケさん……遠見家の次男竹治朗さん、村で有名な重傷のインキン持ち…… さすがにあのチンコを俺の物にするのは……


「まぁ、トミタケさんに限らず、他の男のチンコを付けられるのか?実際、男のモチモノなんて何があるかわからないぞ?皮をすっぽり被ってたり、早漏だったり、遅漏だったり、短すぎたり長すぎたり、細すぎたり太すぎたり……」


「や、止めて止めてぇ!想像させるなぁ!そんなのを付けるのはいやぁ!自分の持ってたヤツがいい!どんなのでも自分のがいい!」
俺は俊秋あんちゃんの言葉を耳を押さえて聞こえない様にして首を振る。


「でも、清彦のチンコは河童のウンチになって清美川を下って行っちゃったぞ?もう戻ってこないぞ?」
「じゃ、やっぱりあんちゃんのチンコでいい!あんちゃんのチンコをくれよ!」
俺は俊秋あんちゃんの肩をガクガクと揺さぶってチンコをねだる。


「言葉の表面だけで捉えると、女の子が口にする言葉としてはすっごく淫乱っぽくて萌えるけど、実際の言葉の意味はムチャクチャだよな?」


「ちょうだい、ちょうだい、チンコちょうだい!あんちゃんのチンコが欲しいよぉ!」
俺はそう言って俊秋あんちゃんに迫る


「あ、ヤベ!マジで勃ちそう……」


「あん?なんのこと……」
俺は仰向けになった俊秋あんちゃんに馬乗りになった格好で言葉の意味を尋ねる。


「いや、まさか幼なじみの女の子からそう言うセリフを聞かされるのってアダルトビデオかアダルトコミックの中だけの世界だと思ってたからな……」
そう言って俺の顔を見上げてニヤリと笑う俊秋あんちゃん。


セリフ?セリフって……『チンコちょうだい!あんちゃんのチンコが欲しいよぉ!』って……俺の言ったセリフを別の意味に理解した途端に俺の顔が真っ赤になる。


「ち、違う!そう言う意味じゃなくって!!」
俺は慌てて俊秋あんちゃんから飛び降りて尻餅をつく。


「いやぁ、俺のチンコがそんなに欲しいのか、清彦ぉ?」
笑いながら俊秋あんちゃんが起きあがる。


「いや、そう言う意味じゃなくって!欲しいけど、一般に言われているそう言う意味じゃ無くって…… だ、ダメだぞ! 今、俺を襲うとあんちゃんのチンコが血だらけになるぞ!」
俺は手を振って、俊秋あんちゃんの股間を見ながら涙目で後ずさる。


「ば〜か、わかってるよ。話の流れからいって、言葉の意味が理解できないわけないだろ」
そう言って笑いながら俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「お、おどかすなよ、あんちゃん。あは、あはははは」


「まぁ、とりあえず落ち着け、清彦。それにしてもこの前まで女でいる事を嫌がってはいたけどそんなに拒否反応は示してなかったじゃないか? やっぱり生理のせいか?」


俊秋あんちゃんが俺の前に胡座をかいて座り込み、尋ねる。


「…… だって、女にはあんなのがあるんだぞ?毎月、血が出るんだぞ?将来的には男のチンコを入れられるんだぞ?それどころかヘタをするとあそこを赤ん坊が通るんだぞ?男は出産の痛みに耐えられないって言うじゃないか?ショックで死んじゃうとか?それを考え出すと恐ろしくて、恐ろしくて…… 今まではそれほど真剣に考えてなかったんだ。胸が出てるとかチンコが無いとか、単に姿形が変わっただけの問題じゃないんだよ?だから、あんちゃんのチンコを"譲って"くれよぉ」
俺は女である事のリアルを俊秋あんちゃんに訴える。


「いやいや、俺のを譲っちゃうと俺が今度はそれを体験するハメになるだろ? てかさ、清彦は今は女なんだから出産の痛みに耐えられないって事はないだろ?」


「い〜や、耐えられないね。だって、指一本入れただけでムチャクチャ感じるんだぞ?それなのにあんな巨大な物がアソコを通るんだ、ショック死は免れないね」


「そんな事を言ったら、世の女性は出産した途端に全員ショック死してるだろ?」


「女性は生まれた時から女の子だから大丈夫なんだよ。でも俺はこの間、女になったばかりだからダメなの!」


「いや、何か無茶苦茶な理屈だな…… あれ?」
俊秋あんちゃんが妙な顔をする。


「なんだよ?」


「清彦、今お前"指一本入れただけで無茶苦茶感じる"って言ったよな?」
「言ったよ。本当に敏感すぎ…… あっ!」
俺は自分の口走った失言にきづく。


「ははは、なんだぁ?女に完全に拒否反応があるわけじゃないんだ?それなりに楽しんでるのかなぁ、清彦くぅん?」
見透かした様な目で俺に笑いかける俊秋あんちゃん。


「ち、違う!こ、これは…… ちょっと試しに……そう、一回だけ試してみた時の感じが……だって、男として女の身体に全く興味がないわけないだろ?それに俺の身体がどう変わったか調べる必要が…… だから一回だけ……」
俺は冷や汗を垂らしながら、しどろもどろに一気にまくし立てる。


「ふ〜ん?まぁ、いいけどな。 実はお前が寝ているそこの掛け布団を捲ってみると敷き布団に恥ずかしいシミがしっかりと付いていたりしてな? あはは…… えっ?」


俺は俊秋あんちゃんの言葉が終わらないうちに、すばやくさっきまで自分が寝ていた布団に飛び乗り、掛け布団を捲られない様に体育座りで座り込む。


「…………」
「…………」
じっと、黙って見つめ合う二人。


「あは?」
「あはは……」


「あはははは」
「あはははは」
空々しい顔で笑いあう二人。


「あはははは」
俊秋あんちゃんが笑いながら俺の後ろに回る。


「あはははは…… え?なに?」
俺は首を巡らして俊秋あんちゃんを見上げる。


「よいしょ、っと」
俊秋あんちゃんが俺の背後に屈み込んだかと思うと、後ろから俺の膝を持って持ち上げる。


「えっ!ちょっと、あんちゃん!なにを!」
俺はあんちゃんに抱き上げられた状態で藻掻く。


「はいはい、ちょっと場所を移動しような、清彦」
そう言って俺をクローゼットの中に仕舞う俊秋あんちゃん。


パタンとクローゼットが閉まる。 …………えっと?


「ちょ、ちょ、ちょっと待って、あんちゃん!何をしようとしてるの!!」
俺が慌ててクローゼットから出ると俊秋あんちゃんは布団の端に手を掛けていた。
俺はその布団の上にダイブする。


「いや、清彦がどれだけ女性の身体に馴染んでいるか調べようとな? ほら、清彦の言葉による証言と実際の行動が乖離してる様な気がするからな?」


俺は布団の上に腹這いなった状態で、布団の端を握った俊秋あんちゃんを見上げて首をプルプルと振る。
「あんちゃん?武士の情けって言葉知ってる?」


「知ってるけど、ウチの村は全員農民で武士の家系は一軒もないぞ?」
「お代官様ぁ!オラ達、百姓に罪は無ぇだぁ!どうか、お慈悲を〜 それを見られたら明日からオラは生きていけねぇだぁ!」


「ふむ? だったら正直に言ってみろよ?本当に女に馴染めないのか?」
「全く、全然」


「………… ふ〜ん?全然馴染めないんだ?その馴染めないヤツが布団の中で何をやったんだろうな?」
そう言って掛け布団の端を引っ張る俊秋あんちゃん。掛け布団が俺を乗せたままズルリと動く。


「わ〜!ウソウソ!全くじゃ無いけど、それでも生理はいやぁ!男とのセックスもいやぁ!ましてや赤ちゃんなんか産めないぃ!!」


「自慰は?」
「…………」


「自慰行為は?」
俊秋あんちゃんが掛け布団をクイクイと引っ張る。


「嗜み程度に……」
俺は布団に顔を埋めて、俊秋あんちゃんの顔を見ないようにして仕方なく答える。


「嗜みねぇ?」
「本当だよ!別に毎晩ヤってるわけじゃないよ!本当に偶にだからね?1、2回だけだよ!」


「まぁ、ここを見れば……」
クイ〜ッ


「わ〜、手が勝手に動くんだよ!だって、気になるのは仕方がないだろ!何も考えずに寝てると無意識につい自分の身体に手が行くんだよ!本当に不可抗力だから!」
俺は必死になって、布団の恥ずかしいシミを俊秋あんちゃんに見られないようにしがみつく。


「……まぁ、この程度で勘弁しておいてやるか」
俊秋あんちゃんの手がやっと布団から離れる。


「た、助かったぁ……」
俺は全身を弛緩させて、布団の上で大の字に仰向けになる。




「とりあえず、清彦はさ?」


「ん?」


「女の子である事の全てに拒否反応があるワケじゃないんだ?嫌がってるのが本当だろうけど、楽しんでる部分もあるんだろ?」


「た、楽しんでなんか…… た、楽しんでます!わぁい、女の子は楽しいな!」
ニヤリと笑って俊秋あんちゃんが布団に手を掛けたのを見て、即座に意見を変える情けない俺。
とりあえず、俊秋あんちゃんと言えど布団のあのシミは見られたくない。


「俺の見たところじゃ、初潮にパニクってるのが、女がイヤだって言い出した原因とみたが?」


「いや、まぁ…… 否定はしないよ。でも、パニクった結果じゃなくって現実を思い知った結果だと思う…… だって、今までは女扱いされたり女装を強要されたりするのを嫌がっていただけだけど生理になって思い知ったんだ。俺はこのままじゃ将来、男のチンコを受け入れなきゃいけなくなる、そしてその先にあるのはこのお腹に赤ちゃんを宿して出産することだって。 いや、都会じゃ結婚しない女の子も子供を産まない女の子も沢山いるよ? でも、この村じゃ女は結婚して跡継ぎを生むのは当然の事として皆が思ってるだろ?」
俺は鈍痛のする下腹に手を当てて俊秋あんちゃんに話す。


「まぁ、そうだよな。その辺は殆ど江戸時代のままの認識だからな」


「そんな事を昨日から考えていたら、すごく怖くなった…… 俺は出産なんて絶対に出来ない。でも、結婚はそれとイコールだろ?」


俺の話を聞いて俊秋あんちゃんが腕を組んで考える。




そして、俊秋あんちゃんがおもむろに口を開く。


「清彦としては今の女の子の状況に満足していない。でも男に戻るには他の男のチンコがいる。しかし他の男のチンコじゃ気色が悪い。一時的に付けた事がある俺のチンコなら我慢できるが、それは俺がイヤだ。つまり、今の清彦に男に戻る選択肢は閉ざされている。ここまではOK?」


「うん……、まぁ、そういう事だね」


「でも、女の全てがどうしてもイヤってわけじゃない、と。女扱いや女装は不快程度。自慰行為は嗜む程度?ぷぷっ!」


思わず吹き出した俊秋あんちゃんに俺は抗議する。
「笑うなよ!いいじゃないか、俺だって男だもん。女体に多少なりとも興味はあるよ!」


「あははは、悪い悪い。 つまり、清彦としては一番の問題は生理とセックスと出産と言う女性特有の身体の問題って事でOK?」


「まぁ生理は慣れの問題じゃないのか?俺は男だからわからないけど、何度か経験すれば慣れて来るんじゃないか?」


俺は俊秋あんちゃんの言葉にイヤな顔を返す。
「慣れたくはないなぁ…… でも……」


でも、俊秋あんちゃんの言葉も否定できない。確かに今は初めての経験に戸惑っている部分が大きいだろう。でも…… 俊秋あんちゃんに不満をぶちまけてしまったら気分が落ち着いてきてしまってる。一人で悶々としていた時は女である事が嫌で嫌で仕方なかったのに……


「慣れるよな? じゃ、後はセックスと出産! 自慰が出来るのならセックスも目を瞑っていれば何とかなるんじゃないか?」


「な、なんねぇよ!大体、大きさが違うだろ!俺の指とあんちゃんのチンコじゃ!」
「あ、嬉しいなぁ?一応、俺のチンコを想定してくれてるんだ?」
そう言って俊秋あんちゃんが笑う。


「え?いやいやいや!それは別にあんちゃんとヤりたいってワケじゃなくって、身近な対象者が偶々あんちゃんしかいないから例えにつかっただけだよ!」
俺は真っ赤な顔をして、目の前で慌ただしく両手を振り回す。


「あははは、本当に可愛いよなぁ、清彦って」
笑いながら俊秋あんちゃんが俺の頭に手を乗せてくしゃくしゃと撫でる。


「か、可愛くなんか無い!俺は男なんだから可愛いって言葉は屈辱にしかなんないだろ?」
俺はそう言って、俺の頭の上に置かれた俊秋あんちゃんの手を退けようとする。


「よし、わかった!清彦、デートをしよう!」
突然、俊秋あんちゃんがおかしな事を口走る。


「はぁ?! なに、突然?」


「いや、いきなり"セックスしよう"とか言われても引くだろ?」
「はぁぁ?そりゃ、引くよ!だだ引きだよ!」


「な?だから清彦を徐々に女に馴染ませていく。そして最終的にはセックスに抵抗を無くさせるって企みなんだがどう思う?」
「どう思うって…… 企んでる本人が相手に向かってそれを聞く?」


「後から企みがバレて清彦に嫌われるより、最初っから言っておいて本人に協力を仰ぐ方が良策だと思わないか?」
ニヤリと俊秋あんちゃんが笑う。


「まぁ……黙って企まれるより…… でも、俺から女に馴染むように努力するってのもなぁ?」
「馴染めないと思うか?」
俊秋あんちゃんがそう言って布団の端に手を……


「わぁぁぁ!!馴染めるような気がします!多分、時間を掛ければ!」


「だろ?だから馴染んでいこうな?徐々に、でいいから。 清彦はまだ19なんだから急いで結婚する必要も、子供を産む必要もないんだからさ?」


「えっと、確認なんだけど、それは前提としてあんちゃんと結婚する事を想定してるのか?それとも一般論?」


「俺と結婚する事を前提としてるんだが、今の清彦にそれを言ってもピンと来ないだろ?」
「まぁ、建前として"俊秋あんちゃんと付き合ってる"って言い廻ってはいるけどリアルに想像して言ってるワケじゃないからね」


「うん、俺も最初は同情で清彦に対する助け船のつもりで言ってたからな」
「だよね〜?やっぱり、建前としての俺との結婚を前提として…… あれ?"最初は"?」


「うん、今はお前をちゃんと女性としてみてるから」
ニッコリとさわやかに笑う俊秋あんちゃん。


「………… え?えぇーーっ!!」
驚きに目を丸くする俺。


「いや、冗談抜きで俺はお前を嫁にもらいたいと思ってるし、女になってからのお前って男と女として好きだぞ。出来れば本当にお前の方から本心で俺の所に来て欲しいと思ってる」
真剣な目で俺を見つめる俊秋あんちゃん。


えっと、えっと、なに?この展開?いや俺はマジで男同士のつもりでいたんだけど……


思わず顔を反らそうとする俺の顔を、両手で挟み込んで正面に向ける俊秋あんちゃん。


「清彦が俺の事をまだどういう風に思ってるのかはわかってる。だからこれについては何も言わなくていい。 ただ、女に馴染む努力をするのは嫌か?それだけ答えろ」
真剣に尋ねてくる俊秋あんちゃん。 うわぁ、藪をつついて蛇を出しちゃったよ!


「まぁ、自ら進んで女の子っぽくなろうとは思わないけど、精神的に安定を保つ程度には慣れてもいいかな…… それよりさ。頼むからいい加減に顔を離してくんないかな?こうして至近距離で見つめ合うとすっげぇ、恥ずかしいんだけど?」
俺は気恥ずかしさに顔を赤くして、俊秋あんちゃんに懇願する。


「じゃ、とりあえずデートから始めよう。いいよな?来週の週末。街まで出るぞ?」
あいかわらず、俺の顔を見ながら俊秋あんちゃんが提案する。


「俺を好きって本当か?」
「好きだぞ。だから、始めに来た時に言っただろ、結婚式の日取りを決めに来たって?幼なじみを助ける為に好きでも無いヤツと冗談で結婚する程のボランティア精神は俺にはないよ。"結婚"よりも後退しちまうけど"デート"で手を打ってやる」


「ありがとう。 って、俺が礼を言う立場なのかぁ??とにかく手を放して貰えると……」


「それはデートを了承したと取っていいんだよな?約束したぞ?」
そう言って、やっと俺の顔を解放する俊秋あんちゃん。


「約束させられちゃったよ、何がなんだかわからないウチに……」
俺は近くの団扇に手を伸ばして火照った顔に風を送る。


「もう昼前か。それじゃ清彦、邪魔したな。俺は帰って来週のデートコースを考えるから。後はゆっくりと身体を休めてくれ」
俊秋あんちゃんは明るく笑うと部屋を出て行く。


なんだったんだ、もう…… 俺は俊秋あんちゃんが部屋を出て行くと脱力して布団の上に身を横たえる。 


「あ〜ぁ、何でこういう話になっちゃったんだろう?呼び鈴が鳴った時に素直に面倒くさがって居留守を決めてりゃよかった……」
頭を抱えながら、ごろんごろんと布団の上を転がって後悔する俺。




ガララ……


 あれ?俊秋、来てたのか?
 おう、俊秋?清彦の見舞いに来てたのか?
 あら、俊秋くん、いらっしゃい。


あぁ、皆帰ってきたのか。俊秋あんちゃんと玄関で出くわしたな?


 あぁ、清司さんにおじさん、おばさん、こんにちは。
 ちょうどいい、一緒にお昼にしない?


 いえ、これからうちに帰って来週の清彦とデートの予定を立てなくっちゃいけませんから。
 え?清彦とデート?ついに清彦もお色気に目覚めてきたか!


目覚めてね〜よ!


 じゃ、清彦を思いっきり、おめかしさせないとね?
 よろしくお願いします。清彦のファッションセンスに期待できませんから。


え?ちょっと待て!女装するのか、俺?女装して街に出るのか?


 俊秋、もう大人なんだからお泊まりOKだからな?弟、いや妹をよろしく頼む。
 あぁ、清彦には女らしさが足りないから多少の暴走は許す。しっかりやってこい。


あんちゃん、親父ぃ!なにを言ってるんだよぉ!


 あはは、任せて下さい。
 よし、任せたぞ。


えっと、俺の何を任せるの?俊秋あんちゃんは何を任されちゃったの?


俺はさらに後悔に襲われて身悶えする。





          * * *





そして翌週、俺は家族中で女としておめかしをさせられて、両家総出で見送られて俊秋あんちゃんと街に出た。 


……そして、俺は人生最大の過ちを犯す。






好きなアクション映画を観て、アミューズメントパークで散々に遊び倒し、夜になってこの街で一番の高級ホテルの最上階でディナーを取る頃にはすっかりリラックスしていた。


俊秋あんちゃんもすっかりご機嫌だった…… 




「なぁ清彦、今日は楽しかったな?」
ワインを片手に俊秋あんちゃんが言う。


「あぁ、思ったより大丈夫だった。てか、俺も楽しかったよ」
俺もワインに口をつけながら微笑む。


「だろ?意外と女も馴染めるもんじゃないか」
「あぁ。もっと、女の服を意識して動けないかと思っていたけど、後半は自分が女装してる事を忘れてたよ」
そう言いながら、ヒラヒラの淡いピンクのワンピースの膝を軽く摘む。


「ふふふ、可愛いぞ。清彦」
少し酔った顔で俺を見つめる俊秋あんちゃん。


「あはは、そうかぁ? てか、あんちゃん?そんなに酔って大丈夫なのかぁ?」
俺も酔いの回った頭でまんざらでもない顔を返しながら帰りの心配をする。


「いや、酒を飲む事は想定してあるから、下に部屋は取ってある」
「あはは、そうかぁ。だったら、まだ安心して飲めるよな? あ、すいません、ワインもう一本下さい、これを」


「こらこら、だからと言ってあまり飲み過ぎるなよ?ははは」
「ははは、それにタダ酒だからな。当然、あんちゃんの奢りだよな?」


「あぁ、俺の奢りだ。どうだ、清彦。女もいいもんだろ?」
「そうだな、女もいいかも知れないな。ははははは」


「だろ?あはははは」


俺たちは上機嫌で美味しい食事に舌鼓を打った。




「なぁ、清彦?」
「ん〜?なにぃ?」
赤い顔でご機嫌で会話を続ける俺たち。


「いや、気分がいいところでな。試してみないかぁ?」
「ん〜?なにをぉ?」


「セックスだよ、セックス。今の清彦なら大丈夫なんじゃないのかぁ?あはは」
「あ〜、セックスねぇ〜?ま〜いずれしなくちゃいけないんなら、今でもい〜かなぁ?あはは」


「よし、じゃあ試しにやってみようか?」
「あ〜、でも俺、避妊具持ってねぇぞ?あんちゃん持ってるのか?」


「大丈夫、大丈夫、そんなに簡単に妊娠するわけ無いだろ?ああいうのは何回もヤったあげくになるもんだ。最初の一発で当たるヤツなんてマレだよ。あはは〜」
「あはは〜、それもそうかぁ。そうだよなぁ?じゃお試しって事で」


「あはははは」
「あはははは」




油断だった、完全に心のタガが外れていた……、いつもならば絶対に乗り越えようとしない堅固な壁が脆く崩れていた…… しかも、この身体が特殊な体質を有していた事を知らなかった……


          ・ ・ ・


翌日、俺は俊秋あんちゃんの腕枕で目を覚ました。


「……えっと?あれ? ツゥッ!」
目覚めると同時に事態が把握できないまま、股間の痛みに顔をしかめる俺。




「えっ?えっ?なに?え?何で裸?ここ、どこ? えっ?え?」


「すまん!清彦!いいわけをさせてくれ!別に最初からこれを狙ってたわけじゃなくって、酔った勢いというか、成り行きだったんだ!」
俊秋あんちゃんがダブルベッドの上に正座して頭を下げると、夕べの記憶の断片が蘇ってくる。


「え?えぇぇーっ!ちょっと待って!え?え?」
俺が勢いよく掛け布団を捲ると、そこには処女の証が点々と……


ベッドの外には俺たちの衣服が点々と…… おいおい?


「とりあえず、シャワーを浴びて目を覚まして気を落ち着けろ」
そう言って俊秋あんちゃんが俺をバスルームに押し込む。




          ・ ・ ・




「夕べの記憶ってある、あんちゃん?」
シャワーを浴びて服を着た俺が俊秋あんちゃんに尋ねる。


「まぁ、所々がとんでいるけど、大体は…… 清彦は?」
「ワインに酔って、あんちゃんに誘いに了承してしまったような記憶はあるけど……」


「よかった。合意の上だって事は覚えていてくれたんだ」
ほっとした表情で胸をなで下ろす俊秋あんちゃん。


「でも、俺が泣いて赦しを乞うているのに、笑いながらのし掛かってくるあんちゃんの顔にも記憶の断片が残ってるんだけど?」
俺は頬を膨らませて俊秋あんちゃんを睨みつける。


「あ、あははは、清彦の記憶違いじゃないのか?俺がそんな酷い事をするヤツにみえるか?」
俊秋あんちゃんが引きつった笑いで俺を見る。


「……あんちゃん、昔から焦って嘘を吐くと激しく鼻の穴が膨らむよね?」


「え?」
あんちゃんが慌てて両手で鼻を隠す。


「はぁぁぁ。いいよ、もう。俺にも油断があったから、これはお互い様って事で」
「そうか?すまないな。 所で感想はどうだ?初めて女としてセックスをした感想は?」


「殆ど記憶がない上に、かろうじてあるのは得意気に俺にのし掛かる酒臭い男の顔の記憶です。これって本物の女の子だったら最低最悪の初体験だよね?ちなみに、気持ちがいいか悪いかなんて全く記憶に残っていません。残ってるのは股間の痛みだけです。はぁぁ〜」


「すまん!ごめんなさい、勘弁、俺が悪かった!」
手を合わせて平謝りに謝る俊秋あんちゃんの姿を見ていたら、俊秋あんちゃんを"可愛い"と思ってしまう。


あ〜なんか、一度やってしまったら変に余裕が出来てきたのかな?心境が微妙に変わった気がする。


「だから、いいよ、もう。とりあえずセックスは印象的に良くなかったけど、何かが吹っ切れた気がするから、セックスに関してはクリアって事で」
そう言って苦笑する。


「だったら、また……」
俊秋あんちゃんが嬉しそうに顔を上げる。


「はいはい、次は気が向いたら俺の方から声を掛けるから。ま、当分はヤる気にならないと思うけどね。 はい、デートはこれでおしまい。帰ろうか、あんちゃん」


そう言って、俺は立ち上がる。


「そうだな、またデートしような、清彦」
「そうだね、次は酒は控える様にしようね?それとセックスは抜きだからね?」


「そんなぁ?もう慣れただろ〜?」
「慣れてません、ほら、帰るよ」


そして、俺たちの最初のデートはこうして終わった。





               E N D






        ……が。




2ヶ月後、俺は台所で吐いている所を母ちゃん達に見咎められる。
「あら。清彦ったら、おかしな物でも食べたの?それともつわり?」
「そう言えば、前に俊秋くんとお泊まりデートしたよな?」


「えっ?」


        ……で。


半月後、俺は結婚式場でウエディングドレスに身を包んでいた。
「いやまさか、仮押さえしておいた式場の予約が土壇場で役立つとは思わなかったな」
「お腹が出る前だから、前にしておいた試着が役に立ったわね」


「えっ?」


        ……結局。


翌年の初夏、俺は病院の窓から憔悴した顔で外を眺めていた。
「いや、可愛い女の子だったよ。俊秋くんにも清彦にも面影があるわね」
「これで清彦も本田家の嫁として一人前だな」


「えっ?」





「清彦ぉ、お疲れ様ぁ、今、俺たちの赤ちゃんを見てきたよ。いや、ホント感動したよ。俺の娘を清彦が頑張って産んでくれたと思うと涙が出たよ」


「いや、違うだろ?!あんちゃん前に言ったよね?俺は徐々に女に馴染んでいけばいいって?なに、このジェットコースターな展開は?女になって一年足らずで嫁で母親だよ?俺、まったく心の準備なんて出来てなかったよ?覚悟もなにもしてなかったよ?痛てててて……」


「ほらほら、清彦。さっきまで出産で大変だったんだから興奮しちゃダメだよ。大丈夫だよ。ほら、"案ずるより産むが易し"って本当だったろ?」


「易くなかったよ!死ぬかと思ったよ!もう二度とごめんだよ!俺は男なんだからねっ!」
俺は涙目で旦那様の俊秋あんちゃんに訴える。





しかし、その後も俺は子供を身籠もり続ける事になるのだった。













inserted by FC2 system