佳代さん 番外編 私の掴んだ幸せ 「俊彦ちゃんかぁ?可愛いわねぇ、この子を清彦君が産んだんだ?」 ベビーベッドに寝かせた赤ん坊を覗き込みながら俺の姿の佳代さんが微笑んで話しかける。 俺が俊彦を産んで一ヶ月、久しぶりに佳代さんが訪ねてきた。 俺と佳代さんが入れ替わって七年の時間が経っていた。 「可愛いでしょ?本当だったら佳代さんが産むはずだった赤ちゃんですよ。そう思うと余計に愛しくなりませんか?」 「う〜ん、可愛いとは思うけど、そう言う感慨はないわねぇ。この子は間違いなく俊秋さんと清彦君の間に出来た子供で、私は何も関わってないもの」 「でも身体は佳代さんですよ?」 確かに、俺もそうは思うけど、そう思ってしまう事が何か寂しい気がする…… 「それよりさ?」 「なんですか?」 「どうだった?初めての出産は?」 「初めての出産って……」 「ね?ね?やっぱり痛かった?」 俺は少したじろぎながら答える。 「ふふふ、貴重な体験だったよね?ずっと男の子をやってたら絶対に出来なかった経験だよ?」 「一生、経験したくは……」 「…………」 目の前にいる我が子。 「経験したくなかった?」 「いえ、経験して良かったと思います。 俊秋さんもすごく喜んでくれましたし……」 「お母さんだなんて……、俺はまだまだですよ」 ……でも、確かに七年に及ぶ歳月は俺を完全に"俊秋の妻"にした。 ふと、視線を感じて目を落とすと目を覚ました俊彦が俺たちを見上げていた。 「いえ、多分ご飯の時間でお腹が空いたんでしょう」 「あぁ、赤ちゃんはすぐにお腹が空くらしいわね」 「ふ〜ん?」 「なんですか?」 「すっかり、お母さんよねぇ。どう?子育ては大変?」 「まぁ、そうですね。大変ですよ。こうやって3時間事にお乳をあげなくっちゃいけないし、オシメも代えて、ウンチだらけのお尻も拭いて……、この身体もね。色々と…… 胸が張って痛いし、放っておくと胸からお乳が溢れてくるんですよ?」 「ほら?こんなに。うわっ、お乳臭い!」 「……楽しそうね?」 「ははは、そうですか?」 「まぁ、わからないところだらけですけどね。6年も佳代さんをやってきて女性としては完全に慣れたつもりでいましたけど、出産は別ですよ。妊娠してからこっちの一年は混乱の連続でした。 佳代さんの実家に頼ればいいんでしょうけど……」 「私ならあそこには絶対に頼りたくないわねぇ」 「残念ながら、俺もです。遠い上に針のムシロですからあの格式にこだわる家は。逆にストレスばかり掛かりそうで。 だから、わからない事がある度に本やネットを検索したり、恥ずかしいけど俺の母さんに頼ったり」 「ね、本当に幸せ?」 「幸せですよ?どうしたんですか、佳代さん?」 「う〜ん……えぇっとね……」 「なんですか?言って下さいよ?」 「えっとね…… 結婚する事になったの……」 「へぇ?結婚ですか?それはおめでと…… ぶっ! え?え!誰が!?え?」 「う〜ん、……わたし」 「佳代さんが結婚? えぇ!!どこの男性と?」 「いや、私は男だから相手は女の子に決まってるでしょ」 いやいやいや、笑い事じゃなくって、佳代さんが結婚するって事は俺の身体が結婚するって事で…… 「えぇ!!誰と?てか、佳代さんまだ大学生でしょ?なんで!?」 「双葉ちゃんと…… 実は赤ちゃんが出来ちゃって……」 佳代さんの口から出た女性は俺の幼なじみの女の子だった。 双葉も俺の事は好きだと言っていてくれた……、小学生のオママゴトと言ってしまえばそれまでだが、佳代さんほどの積極さには欠けるだろうけど、本当なら今頃は俺が双葉と…… 「やっぱり、複雑よねぇ……」 「佳代さんは…… 俺から全てを奪っていくんですね…… 母や父や、友達。幼なじみまで……」 「うん、ごめんね」 「やっぱり、元に戻れるものなら戻りたいでしょうね」 元に戻れたら俺は幼い頃から想いを寄せていた幼なじみをお嫁さんに出来る…… 両方を手にすると言う事は不可能だ。現在、俺が手にしている幸せは佳代さんが手に入れていた筈の幸せだ。佳代さんは一方的に俺から奪っていったワケじゃない。俺だって佳代さんから大事なものを奪っている。 「戻れるものなら…… ダメですよね。身体だけ戻っても、培ってきた時間までは戻せませんから。 「いえ、清彦君の言う事は間違ってはいないから謝る必要はないのよ。私の方こそごめんなさい」 「あははは……、それじゃお互い様って事で。 それで双葉に赤ちゃんが?」 「2回目の結婚式ですか?」 「俺はおかげで一度も結婚式は出来ませんけど」 「いやですよ。他の男の人と結婚なんて。それに俺は俊明さんを女として愛してますから…… そういえば、佳代さんは双葉の事をどう思ってるんですか? ちゃんと異性として好きなんですか?それとも同性愛?」 「同性愛って…… いや、さすがに昔は妹っぽい意識だったけど、7年も経てばちゃんと異性として双葉ちゃんを好きになったのよ?今だって、清彦君と話してる時は女性言葉で話すけど、それ以外はもう男として思考して、男言葉で話すもの。それは清彦君も同じでしょ?」 「まぁ、そうですね。普段は女言葉が自然ですし、思考は完全に主婦ですね。 それじゃあ、双葉はちゃんと男性として愛してるんですね。よかった。幼なじみが変な愛され方されてなくって」 「いやだ。まるで人を変態みたいに……」 「うん、そう言う事になっちゃった。それで清彦君にちょっとお願いがあるの」 「お願い?なんですか?」 「てか、はぁ?母親の先輩?俺が?」 「先輩でしょ?俊彦君を産んだばかりの?ほら?清彦君なら今、経験してる真っ最中だからわかるでしょ?出産と子育てって不安で一杯だって?だから双葉ちゃんの力になってあげて欲しいの。 この近所で若いお母さんは清彦君だけだし、清彦君は"佳代さん"としてでも双葉ちゃんと知らない仲じゃないでしょ?」 「そりゃ、まぁ…… おばさんとはお母さん達と一緒の主婦仲間で、双葉はその娘としての付き合いですけどね……」 「ね?だからお願い。双葉ちゃんをよろしくね。これからはお互いに色んな意味で助け合えると思うから」 「俺と双葉がお母さん同士になるわけですか……」 「イヤじゃありませんけど、複雑ですね」 それはそれで嬉しいけど。 ……同性だもんなぁ? ……母親同士としてだもんなぁ。 その後、色々とたわいのない話を佳代さんとした。 * * * 夕食の支度をしながら色々と考える。 双葉と佳代さんが結婚かぁ…… まぁ、外見だけでいえば双葉と清彦…… お似合いと言えばお似合いだよなぁ。 途中で中身がバトンタッチしてるとはいえ、幼なじみ同士だから、周りからも祝福されるだろうし…… 刻んでいるタマネギのせいで視界が歪む。 いやいや、わかってる。両方の幸せを手に入れる事は不可能だ。"俊秋さんからの愛"と"双葉への愛"理屈ではわかってる。 ……わかってるけど。 いつの間にか、手が止まってる。 ダメだ、俺は子供だ。身体は大人でも精神は未だに入れ替わった時の小学校を卒業したばかりの時のままだ。どうしても無い物ねだりをしてしまう。 そんな俺の持つ空気が伝播したのか、俊彦が目を覚まして泣き出す。 「ほぎゃぁ、ほぎゃあ」 「あ〜、起きちゃったか、俊彦。ほ〜ら、どうしたんだ?」 「あ……」 「お前なぁ?夕飯の支度中は勘弁して欲しかったぞ?」 「くちゃいぞぉ、俊彦ぉ。ほぉら、お尻をもっと上げないと綺麗にならないぞぉ」 − 本当に佳代は子煩悩だよね。昔はそれほど子供好きには思えなかったけど。これならもっと早く 俊彦の世話をする俺の姿を見て、にこにこと微笑みながら言った俊秋さんの言葉が浮かぶ。 わかってる、わかってるんだ。俺は一生を佳代さんとして生きていくのが幸せだって。 新しいオシメを取り出して、俊彦に装着。 そう言いながら、胸を出して俊彦に乳をふくませる。俊彦は喜んで俺の胸に吸い付く。まぁ、赤ちゃんは寝る事と食べる事が仕事だから食欲があるのは結構な事だ。 一生懸命、俺のお乳を飲む俊彦を見ながら考える。 もし、俺が「実は清彦だ」って主張したらどうなるだろう?誰も信じないだろうな。入れ替わりを信じてもらおうにも入れ替わった当事者の片割れ、佳代さんは敵に回るだろうな。 入れ替わった当初から"清彦"を嬉々としてやってるみたいだし…… 時々、思うんだよね。この"入れ替わり"に犯人がいるとしたら佳代さんじゃないのかって…… もし、何らかの方法で入れ替わりが証明されたとして…… 元に戻る方法があるとは限らない。いや、たぶん戻る方法なんて無いのだろう。有れば、この7年の間に何かヒントの欠片のひとつも見つかるはずだ。 佳代さんの姿のまま、俺が清彦であることが証明されたら…… 双葉と結婚…… 出来るわけがねぇ、身体は女同士なんだから…… ぞわっ! 自分のした想像に頭から血の気が引く。 全てを失ってしまう。双葉はおろか、今の幸せの元である俊秋さんさえ…… 絶対に知られちゃいけない。俺が清彦である事は口が裂けても言えない。 恋人としての双葉に未練はある。 「はぁい。もうお腹は一杯か?だったらゲップして寝ような」 嬉しそうな笑顔で俺の方に手を伸ばす我が子をじっと眺める。 「……久しぶりに ……俊秋さんにおねだりしてみようかな? 俊彦を出産してからはずっとご無沙汰だったし?」 * * * そしてその日の食卓。 「へぇ?清彦君、結婚の報告に来たんだ?」 「はい、"双葉さんがお嫁さんに来るからよろしく面倒を見てあげて下さい"って」 「やりますねぇ。あっけらかんとした顔で報告するんですから、こっちが驚きです」 「でも、お隣は大変みたいだったよ。僕もお隣のご主人と帰りが一緒になって愚痴られたけど、双葉ちゃんの妊娠を報告されて大騒ぎで、清彦君を引きずって相手の家に謝りに行ったそうだよ?清彦君の顔が腫れてなかった?」 「え?顔?ひょっとして父さんに殴られたとか?」 そう言えば、佳代さん顔にやたらと手をやってたな?うわぁ、それはちょっと見たかった様な…… 「まぁ、お隣もこれから人が増えて大変だね。来月にお嫁さんが来て、半年後には赤ちゃんが生まれる。佳代も隣のお母さんには色々とお世話になってるから、お返しをしないとね」 「えぇ、清彦君にも頼まれましたから」 「そうかぁ、俊彦も近所にいい友達が出来るな。男の子かな?女の子かな?」 「そうだね」 本当に俺は幸せだ……、余計な欲をかかなければこの幸せはずっと続く ……筈だ。 「ん?なんだい?」 「俺…… 私は俊秋さんの奥さんよね?」 「ん?当たり前じゃないか?佳代は僕の大切な奥さんだよ?」 「? 今日の佳代はおかしな事を聞くね?当たり前じゃないか? 僕は佳代が大好きだよ?この世の何よりも愛してる。佳代は僕の大事な愛妻じゃないか?」 「例えば、悪い魔法使いに化け物に姿を変えられても愛してくれますか?」 「う〜ん、外見も確かに大事だけど、僕は佳代がどんな姿になっても大丈夫。 そうだね……、例えば今の佳代が実は中身が男の子と姿が入れ替わってしまっていた、とか言われても僕の愛した佳代は君だ。その愛は絶対に代わらないと誓えるよ?」 そう言って、俊秋さんが私に微笑む。でも、俊秋さんは知らない。冗談で例えとして偶然に使った話がどれだけの真実を含んでいるか。本当に私が男の子だと知っても愛してもらえるのだろうか? そんな事を考えてしまったら、逆にすごく不安になってしまった。 「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」 私は思わず立ち上がり、そんな俊秋さんを背後から抱きしめる。 「ん?佳代?」 「抱いて下さい。私が俊秋さんの奥さんだと言うことをこの身体に刻みつけて下さい」 「べつに何もありません。ただ、急に私が俊秋さんの奥さんだって事を噛みしめたくなっただけです。 私の様子に何かを感じたのだろう。俊秋さんが振り向いて逆に抱き返してくる。 「佳代は何があっても僕の奥さんだよ。君が言葉だけでは不安だというならいくらでも抱いてあげる。 「俊秋さん……」 E N D 「うわぁ!おっぱい!おっぱいに吸い付かれたぁ!」 「俊秋さんが私のおっぱいにぃ!」 「だって、だって、今の私の胸は……」 ちゅっ 「ひゃあ!待って、待って!胸はダメ!そこ以外でぇ!」 「ち、違います。ほら、俊彦を産んでから胸はお乳がよく出るようになってるから……」 ちゅうっ! 「ひゃぁん!やめて!恥ずかしいですからぁ。お乳が出ちゃうからブラを付けていいですか?パットを当てておかないと垂れてきちゃいますから」 「だから、それが恥ずかしいんです。私の胸から出てるんですよ?汚くありませんか?」 「ひぃぃ、吸われた!また吸われたぁ!お乳、私のお乳を〜」 「あ、あれは……」 「ち、違うもん。俊秋さんのは汚くないもん!」 「あはは、いくつになっても佳代は可愛いよねぇ。僕の自慢の奥さんだよ」 「だ、ダメ、ダメですって!出ちゃう!揉んだら余計に出ちゃうからぁ!勘弁して下さい!」 その後、俊秋の授乳をしている時に俊秋さんにまたお乳を吸われた…… まさか、元男の私が親子してお乳を吸われる日が来ようとは思いもしなかった…… その日、昼間の悩みが嘘の様に、私はきゃあきゃあ騒ぎながら俊秋さんに愛されまくった。 俊秋さんには珍しい痴態に私は最後には笑いながら、久しぶりのエッチをしまくった。 私は佳代。愛する旦那様と息子と幸せに暮らす主婦。隣の清彦君は清彦君で、自分の幸せを掴んでいけばいい。 幸せは一つあればいい。 それでいいんだ。今も、これからも。 一生、自分に与えられたこの幸せを大事にしていくんだ。 |