佳代さん 番外編 夏の一日 佳代さんになって早2ヶ月。 俺は寝室で夏物を出していた。 「しかし、暑くなってきたよなぁ?今年の夏は暑くなるのかな?」 「しかし、佳代さんも服の入れ替えくらい手伝ってくれてもいいのに……」 『ねぇ、清彦くん。もう服の入れ替えは終わってるでしょうね? いつまでも春物や冬物を出してちゃダメよ?クリーニングに出すものはちゃんと出して仕舞ってる?』 お手伝いを頼んだら佳代さんは笑って言ったのだ。 なんだかなぁ…… 佳代さん本気で元の身体に戻る気があるのか?思いっきり、中学生を楽しんでないか? ブツブツと愚痴りながら衣服を選り分けて、防虫剤を入れた衣装ケースにしまい込んだり、出したりする俺。 そういや、佳代さん、この前も学校のプール開きがあったって俺に楽しそうに言ってたよな? 『それに清彦くんって結構、スポーツマンなんだ?いや、もう、泳げる泳げる。この身体ってスペック高いよね?』 ……でも、あのはしゃぎっぷりを見てると俺ほどは得意じゃないのかな? いいなぁ、泳ぎに行きたいなぁ…… そんな事を思いながら額の汗を手で拭って、夏物のしまい込まれていた箱を探っていると白い小さな衣服が手に触る。 「え?これって?」 「ふ〜ん、佳代さんの水着かぁ?佳代さんってワンピース派なんだ?」 えっと…… 俺が泳ぎに行く場合、これを俺が着るんだよな? 女子の水着…… これを……俺が……? 確かに海パンで泳ぐことはできない身体だし…… 第一、そんなマネをしたら俊秋さんに怒られそうだし…… これを…… 着る? 「……ちょっと ……着てみようかな? どんな感じか試しに…… 俊秋さん、昨日そのうちにホテルのプールに連れてってくれるって言ってたもんな? いきなりぶっつけ本番で女子の水着を着る勇気は……」 俺は立ち上がって、着ていた麻のワンピースを背中から引き抜く。 うん、普段はじっくりと見ないけど、よくよく見れば佳代さんもスタイルはスポーツマン系じゃないのか?すらっとしてるし、余計なお肉は付いてないし?身体を捻って鏡に映し出された身体を見る。 背中に両の手を回してブラのホックを外し…… えっと…… やっぱり下も脱ぐんだよな?水着だし? 「う〜ん…… いいんだよな?今は俺が佳代さんなんだし?」 水着に片足づつ足を通して引き上げる。 少し屈んで、胸の所を引っ張って水着に付いているカップに胸を収める。 「それほどきつく締め付けるような感じじゃないんだ?普通の下着と変わらない感じだよな?しかし、俺も女の人の服の着方に慣れてきたなぁ……」 「やっぱり、佳代さんっていい身体してるよなぁ?水着だと体の線も綺麗に見えて……」 「えっと…… 佳代?」 ちょうど、腰をかがめて鏡の中の胸の谷間を覗き込んでいた俺は後ろから掛けられた声に驚いて振り向く。 み、見られた?!佳代さんの水着を着て色んなポーズで鏡を見てたのを? 俺って変態? 俊秋さんに水着姿のままで背中を向けてしゃがみ込み、股間と胸を手で隠して真っ赤な顔で言い訳をしようとするが、うまく言葉が出てこない。 「いや…… 何を謝ってるのか、よくわからないんだけど、そんなにプールを楽しみにしてたの?」 「あぁ、そうなんだ?そんなに楽しみにしていたんだ。じゃ、来週の休みに行こうか?佳代ってカナヅチだから余り気が進まないかもって心配してたんだけど、よかった」 「あはは、そう私ってカナヅ…… え?!私、カナヅチなんですか?!」 「いや、僕に聞かれても……? 佳代が言ったんじゃないか。カナヅチだから海とかは溺れた場合が気になってあまり気が進まないって? だからホテルのプールに誘ったんだけど?」 「ホテルのプールってそういうことだったんですか?」 「あれ?違った?だから波もないし、深さもそれほど深くないホテルのプールなら安心するかと思ったんだけど?余計な気遣いだったかな?」 「じゃ、プールは来週のお休みって事でいい?」 「ところで佳代?そろそろお昼なんだけど昼ご飯の仕度はまだだろ?」 「すいません、すぐにお昼の用意を−−」 「いや、外に食べに行かないかい?どうせ、そこに出してる服はクリーニングに出すんだろ?だからクリーニング屋さんに寄ってそれを出したら街のデパートまで行って食事してから夏物を買い足さないか?」 ……そうか、母さんが外食を喜ぶのは自分の作ったご飯ばかり食べてるからかな?自分のがその立場になるとよくわかるな。 「いいですね。外食って好きです。買い物もするんですか?」 えっと、俺もよくわからないんだよね?夏物って言っても何を買えばいいのか?まぁ、買ってくれるって言うのなら買ってもらっておけばいいんだよね? 「あぁ、そう言えば佳代、清彦くんから携帯ゲームを借りてるだろ?」 「ずっと借りっぱなしっていうのも清彦くんに悪いから佳代に買って上げようか?」 俺は喜んで俊秋さんの言葉に頷くと、クリーニングに出す予定だった物を大急ぎてたたんで、持っていく袋に放り込んでいった。 ・ 大喜びで俊秋さんの車に乗り込み、街のデパートのレストランに入ってメニューの中から俺の好きな物を注文して一息ついてお手洗いに入ったときだった…… パンツを下ろそうとしても下ろせないことを不審に思い、その原因が家からそのまま着て来たワンピースの下のワンピース水着であった事に気付いたのは…… うわぁ、やっちまったよ。ゲームを買ってもらえると思って浮かれててすっかり忘れてた。 仕方なく、個室の中で再びワンピースを頭から引き抜き、水着姿になると肩から水着の肩ひもを外し、水着を膝まで引き下げ便座に座る。 うぅ、なんだか恥ずかしいなぁ…… しかし、どうしよう? このまま下に水着を着たまま買い物をするか、それとも、脱いで小さくたたんでバッグの中にしまい込んで……って事はワンピースの下が素っ裸? ダメだ、それは何かあった時にさらに恥ずかしい思いをする…… 結局、用を済ませた後、膝の水着を引っ張り上げる。 「遅かったね?食事はもう来てるよ」 「ところで、食事が終わったらどっちへ先に行きたい?ゲームショップ?ブティック?」 え?あ、そうだ! 「え?下着売り場? いいけど、下着売り場なんていつでも行けるんじゃないのかい?」 「ぷっ!」 「すると、そのワンピースの下はあの水着のまま?」 「ぷっ!くくくくく、い、いいなぁ!最近の佳代って本当にいいなぁ」 「よくありません。それで下着が欲しいんです!」 「くくく、うん、わかった。食事が終わったら買いに行っておいで」 「俊秋さん、そんなにおかしいですか?」 「いや、ごめん。でも最近の佳代って変わったよね?前はミスなんてしない完璧な奥さんだったけど、今の佳代って失敗ばかりするよね?」 「いや、いいんだ。べつに怒ってるワケじゃないんだ。僕はね、前の佳代よりも今の失敗ばかりして僕に頼ってくれる佳代の方が安心するんだよ」 「それにしても…… ぷっ、くくく。君はプールが楽しみで家から水着を着て来て、着替えのパンツを忘れた小学生の女の子かい?」 ・ 「じゃ、買っといで。お金は持ってるよね?」 「えっと、パンツはこれでいいとして…… 上は…… たしか、70のCだっけ?」 「買ってきました。それでちょっと、履き替えたいんで、トイレに行って着替えてきます」 「え?でも買い物もしないのに着替えるだけに使わせてもらうのは悪いですよ……」 え?あそこって……? たしか、水着売り場? いや、すでに着てますって? えっと…… ビキニですか? ブラとパンツに別れてるヤツ? 下着と変わらないデザインの水着? 「いえ…… まだビキニは……」 「いや、似合いませんよ、私にはワンピースがお似合いですよ」 「えっと……」 「……わかりました。買います」 「じゃ、いこうか。水着の試着をして最後に下着を履き替えればいいからね」 ・ その後、俊秋さんは水着売り場で俺に似合う水着を数点見つけて試着室でそれらを俺に着せた。 それと対照的に俊秋さんは上機嫌だったけど…… 「いや、本当に佳代は何を着ても似合うよね。次はこっちなんかどうだい?」 「映えたくないです! もっと普通のにしましょうよ? って、その手に持ってるのはなんなんですか?」 「過言です!そんなの着て泳いだら脱げちゃうじゃないですか!? 俺……、私は泳ぎたいんです! 「う〜ん、佳代って結構、水着にこだわるタイプだったんだね? じゃ、これとこれは試着するだけって事で」 結局、家から着てきた水着はバッグに仕舞って新しく買った下着を身につけると、俊秋さんご推薦の真っ赤なビキニを持ってレジに向かった。 俺と俊秋さんの妥協点がそれだった。 それにしても、何でビキニって大きさの割に値段がこんなに高いんだよ? 俊秋さんが払ってくれるとはいえ、納得できないぞ? これだけでソフトがいくつ買えると思うんだ? 後は普通にショップを廻り、俺と俊秋さんの着る夏物を何点か買った後、ゲームショップに行き目的の携帯ゲーム機とついでにソフトも買ってもらい、夕方近くにデパートを後にした。 後はうちに帰って買ってもらったゲームで遊ぶだけ…… あれれ?方向が違ってね? 「あれ?俊秋さん、うちはこっちじゃないですよ?」 帰り道、俺は俊秋さんにラブホテルに連れ込まれてしまった…… ・ その一室…… 「えっと、俊秋さん?まだ夕方ですよ?」 「えっと、そう言うことをするにはまだ時間が早いかと?」 「いや、大丈夫。人を愛するのに時刻は関係ないよ?」 「えっと、俊秋さん、どこか壊れてません?」 「い、いやぁぁ。ま、待って!落ち着きましょうよ?あ、あぁぁ〜」 ・ ・ ・ 「俊秋さんのばかぁ。新品のパンツが穿けなくなっちゃたよぉ」 「いや、ごめん。佳代が余りにも可愛かったからつい劣情を催して……」 「劣情を催したら、私を即、ラブホに連れ込んじゃうんですか!」 「まぁまぁ、そうだ!帰りは夕飯も外食で済ませようか?佳代、お寿司好きだろ?お寿司屋さんに寄って帰ろうな?」 「うん、好きな物を食べていいから。ね?」 * * * 「ぷあぁ〜はっはっはっはっ。それで俊秋さんにまた犯されちゃったんだ?清彦くん」 「笑い事じゃないですよ。大変だったんですから……」 一方、佳代さんは笑いながら俺の焼いたビスケットを囓ってアイスティーを飲んでいる。 「ま、夫婦なんだから問題ないでしょ?それにお詫びの印にお寿司をご馳走してくれたんでしょ? 「あ〜、廻ってたんだ?お寿司が…… うわぁ、安上がりな子」 「うぅん、なんでもない。 それでその買ってもらったビキニってどんなの?見せてよ?」 「でも、来週はプールに行くんでしょ。俊秋さんと? だったら、それは着ないとマズイでしょ? 「それに清彦くん気付いてないみたいだけど、プールに行ったら他の男の人にも見られちゃうのよ? 佳代さんの言葉に改めて現実を認識する。そりゃそうだ。貸し切りじゃないんだからプールに行けば他の大人の男の人もいるわけで…… そこで水着に…… 頭から血の気が引く…… 「あれ?やだ、清彦くん?ひょっとしてまだ男の人がダメなの?顔が蒼いわよ?」 「いや、気にしすぎよ?男の人が全員、清彦くんとヤるわけじゃないんだから?」 「俊秋さんとヤるのは平気なんでしょ?」 「え?じゃあ、昨日は?とゆうか普段はどうしてるの?セックスしてるんでしょ?」 「えっと…… つまり男性の性器が怖いわけ?セックス自体は?」 「………… あ〜、ひょっとして、あれかな? 学校の予防注射と同じ? 注射針が迫ってくるのは怖いけど、刺さっちゃたら平気?」 「え?あれぇ?ひょっとして清彦くん、セックスの気持ちよさに目覚めちゃってる?」 ……否定するが、でも考えてみれば初めての時ほど嫌じゃない。 現に、昨日だっていきなりだったにも関わらず、犯られちゃった後でも、俊秋さんに抗議できるほど心はは元気だった…… お寿司屋さんでは、いつものように落ち込む事もなくはしゃいでいたような…… 「お〜い、清彦く〜ん」 「悩み事はいっぱいあるんですけどね? まぁ、いいです」 「で、なんです、佳代さん?」 「俺のビキニ姿じゃないでしょ?これは佳代さんの身体なんだから佳代さんのビキニ姿でしょ?自分の身体なんだから見慣れてるでしょ?」 佳代さんの強引な希望に渋々俺は立ち上がる。 俺は2階に上がって、タンスの上に乗せっぱなしだった水着ショップの袋に手を伸ばして中から水着を取り出した。 ブラの止めるのがまた下着とは違うんだよな?俊秋さんは紐のやつって言ってたけど、あれじゃ益々結べないよな…… 胸の位置を整えて、股間のアブナイ場所を鏡の前に立ってチェック。 「こうやって自分で見てる分には平気なんだけどな?」 「あ、なんだ! 結構、気に入ってるんじゃない、清彦くん!」 鏡に写った自分の背後に佳代さんが笑っているのが映る。 「いや、清彦くん、遅いから、ついね?」 「ははは、しっかり女性の自覚があるんだ?清彦くん。それにしても似合ってるよ、それ」 「うん、それで来週はプールの男性の視線は釘付けだね?」 「イヤな褒め方ですね、それ。 ってか、男の人の注目集めちゃいます?!」 そう言って佳代さんは俺の身体を鏡の方に向ける。その鏡にはスレンダーな身体に派手な赤いビキニを着た佳代さんの身体が…… 「うわっ、なんとかなりませんか、これ?」 「矛盾した希望ね? アレって事にしたら? って、それだとプールにも入れないか?」 「だったら、後は精神論ね? 嫌らしい変な目で見られる事はあっても行動に移して襲ってくる人も居ないと思うから、ひたすら耐える。 またはスイカやカボチャだと思い込む。それしかないわね」 落ち込んでいたら、ふと、聞かなくてはいけないことがあったのを思い出す。 「あ、そう言えば佳代さんってカナヅチ?」 「それはこの前、聞きました。 問題はこの身体ですよ。泳げないのは身体に依存するんですか?」 「今まで泳げなかった人に言われても説得力がありませんって!」 * * * 結局、次の週に俊秋さんとプールに出かけた俺は自分がカナヅチになっているという事実を改めて、思い知らされた…… 意外な事にこれは俺は女性になったときよりもショックで屈辱感を感じた…… 去年までは泳げてたのに…… 前もってわかってたことだけどショックだった、好きだった泳ぎがができなくなってる。 プールに入れば泳げないし、プールサイドに立っていたらナンパされるわ、で鬱になってたらチェアで寝ていた俊秋さんが笑って練習に付き合ってくれた。 手を取ってもらい、身体を浮かせて足をパシャパシャやる練習法。 子供が親にやってもらってるのは見かけるけど、大人の女性になってる俺がやるとは思わなかった。 廻りから見たらバカップルってヤツに見えね? 俊秋さんは楽しそうだったけど…… バシャ、バシャ 「そりゃね。こんな美女の手を取って仲良く泳いでるんだからね。男として本望ってヤツなのかな? バシャ、バシャ 「いえ…… 楽しいですよ。 自力で泳げないのが悔しいですけど、俊秋さんが一緒にいてくれるおかげでさっきみたいにナンパをされずに済みますし、やっぱり水の中は気持ちいいですから」 本当、俊秋さんがいてくれているおかげで、水の中でも安心感を与えてくれる。 多分、俊秋さんがそばにいてくれる限り、俺はさっきみたいに男の人に恐怖感を覚えることもないんだろうな。 「そうかい。僕も楽しいよ。今日は一日佳代が満足行くまで付き合って上げるからね?」 バシャ、バシャ、バシャ! 結局、言葉通り俺たちは夕方までプールを楽しんだ。 そして、夕方には俺は満足してホテルのプールを後にした。 ・ 「あれ?俊秋さん?ウチはこっちじゃないですよ?」 ………その日、夕飯は外食でお寿司だった。 E N D |