佳代さん 番外編 夏の一日


佳代さんになって早2ヶ月。 俺は寝室で夏物を出していた。


「しかし、暑くなってきたよなぁ?今年の夏は暑くなるのかな?」
独り言をいいながら今まで出しっぱなしになっていた春物と冬物をたたんでしまい込んで、夏物と入れ替える。隣の部屋では俊秋さんがパソコンで何かをしている。

「しかし、佳代さんも服の入れ替えくらい手伝ってくれてもいいのに……」
そう、昨日突然、佳代さんに言われたのだ。

『ねぇ、清彦くん。もう服の入れ替えは終わってるでしょうね? いつまでも春物や冬物を出してちゃダメよ?クリーニングに出すものはちゃんと出して仕舞ってる?』
だから、俺はそんなの知らないって!主婦なんて初めてなんだから!

お手伝いを頼んだら佳代さんは笑って言ったのだ。
『ダメよ、明日は双葉ちゃん達と街に遊びに行くんだから。 それに明日は休みだから俊秋さんが家にいるでしょ?それなのに、私が手伝いに行ったらおかしく思われるでしょ?なんで隣の清彦くんが僕の服を整理してるんだ?って?』」

なんだかなぁ…… 佳代さん本気で元の身体に戻る気があるのか?思いっきり、中学生を楽しんでないか? ブツブツと愚痴りながら衣服を選り分けて、防虫剤を入れた衣装ケースにしまい込んだり、出したりする俺。

そういや、佳代さん、この前も学校のプール開きがあったって俺に楽しそうに言ってたよな?
『いや〜男の子っていいよね?水着でも男からスケベな目で見られることもないし?』
そりゃ、男が男をスケベな目で見てたら怖いよ……

『それに清彦くんって結構、スポーツマンなんだ?いや、もう、泳げる泳げる。この身体ってスペック高いよね?』
手でクロールの形を作って生き生きと話してたよなぁ? いいなぁ、俺もこんなの放り出して泳ぎたいよ。 って、泳ぎってやっぱり身体に影響されるんだろうか? 佳代さんって泳げるんだろうな?

……でも、あのはしゃぎっぷりを見てると俺ほどは得意じゃないのかな?

いいなぁ、泳ぎに行きたいなぁ…… そんな事を思いながら額の汗を手で拭って、夏物のしまい込まれていた箱を探っていると白い小さな衣服が手に触る。

「え?これって?」
取り出して目の前に翳してみるとそれは佳代さんの水着のようだった。

「ふ〜ん、佳代さんの水着かぁ?佳代さんってワンピース派なんだ?」
しげしげと水着を眺める俺。

えっと…… 俺が泳ぎに行く場合、これを俺が着るんだよな? 女子の水着……
持っていた水着を床に置いて睨みつける。

これを……俺が……? 確かに海パンで泳ぐことはできない身体だし…… 第一、そんなマネをしたら俊秋さんに怒られそうだし…… これを…… 着る?

「……ちょっと ……着てみようかな? どんな感じか試しに…… 俊秋さん、昨日そのうちにホテルのプールに連れてってくれるって言ってたもんな? いきなりぶっつけ本番で女子の水着を着る勇気は……」

俺は立ち上がって、着ていた麻のワンピースを背中から引き抜く。
下着姿になって鏡の前に立つ。 

うん、普段はじっくりと見ないけど、よくよく見れば佳代さんもスタイルはスポーツマン系じゃないのか?すらっとしてるし、余計なお肉は付いてないし?身体を捻って鏡に映し出された身体を見る。

背中に両の手を回してブラのホックを外し……

えっと…… やっぱり下も脱ぐんだよな?水着だし? 
ショーツに手を掛け下に引き下ろし全裸になると、床に広げた佳代さんの水着を手に取る。

「う〜ん…… いいんだよな?今は俺が佳代さんなんだし?」

水着に片足づつ足を通して引き上げる。
腰を通って胸まで引き上げると肩ひもを肩に引っ掛ける。 
「なんか落ち着きが悪いな?胸が変な感じだよな?」

少し屈んで、胸の所を引っ張って水着に付いているカップに胸を収める。
全身にぴたっと張り付く感覚が気持ちいいようなくすぐったいような?

「それほどきつく締め付けるような感じじゃないんだ?普通の下着と変わらない感じだよな?しかし、俺も女の人の服の着方に慣れてきたなぁ……」
そんな事をつぶやきながら鏡の前に立ち、自分の全身を映し出す。

「やっぱり、佳代さんっていい身体してるよなぁ?水着だと体の線も綺麗に見えて……」
鏡を見ながら色々なポーズを付けてみる。 正面から、横向き、背中を向けて首だけ振り返り、腕を上げて背伸び、お尻を向けて腰を曲げて、前を向いて屈み込んで胸を強調……


「えっと…… 佳代?」


ちょうど、腰をかがめて鏡の中の胸の谷間を覗き込んでいた俺は後ろから掛けられた声に驚いて振り向く。
「え?あ? と、俊秋さん?」
そこには俺を凝視する俊秋さんの姿が……

み、見られた?!佳代さんの水着を着て色んなポーズで鏡を見てたのを? 俺って変態?
「いやぁ!!いや、違うんです、これは!えと、あの、その……」

俊秋さんに水着姿のままで背中を向けてしゃがみ込み、股間と胸を手で隠して真っ赤な顔で言い訳をしようとするが、うまく言葉が出てこない。
「だから…… ごめんなさい、えっと、とにかくごめんなさい!」

「いや…… 何を謝ってるのか、よくわからないんだけど、そんなにプールを楽しみにしてたの?」
とにかく何でもいい、何でもいいから、部屋に戻って下さい。俊秋さん。
「え、えぇ、楽しみで、楽しみで。 あはは……」
恥ずかしさで赤くなった顔で適当に返事をしながら脱いだワンピースを探して、急いで頭から被る。

「あぁ、そうなんだ?そんなに楽しみにしていたんだ。じゃ、来週の休みに行こうか?佳代ってカナヅチだから余り気が進まないかもって心配してたんだけど、よかった」

「あはは、そう私ってカナヅ…… え?!私、カナヅチなんですか?!」
ワンピースの裾を直しながら生返事をしていると俊秋さんが意外なことを口にした。

「いや、僕に聞かれても……? 佳代が言ったんじゃないか。カナヅチだから海とかは溺れた場合が気になってあまり気が進まないって? だからホテルのプールに誘ったんだけど?」

「ホテルのプールってそういうことだったんですか?」
意外な真実に思わず俊秋さんに問いかける。 佳代さん、カナヅチだったんだ? だから、泳げる事をあんなに嬉しそうに…… って事は今の俺ってカナヅチ?いや、泳ぎ方はわかってるんだから、泳げないワケは…… まさかねぇ?

「あれ?違った?だから波もないし、深さもそれほど深くないホテルのプールなら安心するかと思ったんだけど?余計な気遣いだったかな?」
「いえ、そんなことありません!気づかい嬉しいです!」
いや、マジで知らずにいきなり海に飛び込んだりしたら、ひょっとして溺れたりする?

「じゃ、プールは来週のお休みって事でいい?」
「はい。楽しみにしてます」
とりあえず、泳げるかどうかはともかくプールには入れるは楽しみだしな。

「ところで佳代?そろそろお昼なんだけど昼ご飯の仕度はまだだろ?」
「え?もうそんな時間ですか?」
そう言って壁の時計を振り返ると時間は11時を過ぎた所。まだ、お昼にはもう少し時間はある。

「すいません、すぐにお昼の用意を−−」
そう言いかけたとき、俊秋さんが提案をする。

「いや、外に食べに行かないかい?どうせ、そこに出してる服はクリーニングに出すんだろ?だからクリーニング屋さんに寄ってそれを出したら街のデパートまで行って食事してから夏物を買い足さないか?」
外でご飯か?いいな、久しぶりに美味しい物が食べられる。 自分で作ったご飯ばかり食べてるからなぁ……

……そうか、母さんが外食を喜ぶのは自分の作ったご飯ばかり食べてるからかな?自分のがその立場になるとよくわかるな。

「いいですね。外食って好きです。買い物もするんですか?」
「うん、春に引っ越してきたばかりで夏物は余り揃ってないだろ? 僕はスーツとカジュアルな物が数点あればいいけど、佳代は女性なんだからそれなりの数の着替えが欲しいんじゃないのかい?」

えっと、俺もよくわからないんだよね?夏物って言っても何を買えばいいのか?まぁ、買ってくれるって言うのなら買ってもらっておけばいいんだよね?
そんな事を思っていると、俊秋さんが更に続ける。

「あぁ、そう言えば佳代、清彦くんから携帯ゲームを借りてるだろ?」
「え、えぇ。面白いもので」
って、いうか俺のなんだけどね、元々。 あれだけは佳代さんから返してもらって遊んでる。借りるって形を取らないとマズイから俺の物だって主張できないけど。

「ずっと借りっぱなしっていうのも清彦くんに悪いから佳代に買って上げようか?」
「えっ?いいんですか?」
「うん、確か新製品が出てたよね?よく知らないけど?」
「うん!出てます!買ってくれるんですか?」
「ははは、まるで子供みたいだな? いいよ、佳代がかなり気に入ってるようだから買って上げる。 
普段、家事をがんばってくれてる佳代に対するご褒美だよ」

俺は喜んで俊秋さんの言葉に頷くと、クリーニングに出す予定だった物を大急ぎてたたんで、持っていく袋に放り込んでいった。

          ・

大喜びで俊秋さんの車に乗り込み、街のデパートのレストランに入ってメニューの中から俺の好きな物を注文して一息ついてお手洗いに入ったときだった……

パンツを下ろそうとしても下ろせないことを不審に思い、その原因が家からそのまま着て来たワンピースの下のワンピース水着であった事に気付いたのは……

うわぁ、やっちまったよ。ゲームを買ってもらえると思って浮かれててすっかり忘れてた。
てか、これってオシッコするのに素っ裸にならなくっちゃダメって事だよな?
ワンピースのスカート部分を持ち上げ、下半身を被う水着を見てため息をつく。

仕方なく、個室の中で再びワンピースを頭から引き抜き、水着姿になると肩から水着の肩ひもを外し、水着を膝まで引き下げ便座に座る。

うぅ、なんだか恥ずかしいなぁ…… しかし、どうしよう? このまま下に水着を着たまま買い物をするか、それとも、脱いで小さくたたんでバッグの中にしまい込んで……って事はワンピースの下が素っ裸? 

ダメだ、それは何かあった時にさらに恥ずかしい思いをする……
いや、参ったよなぁ? このまま下に水着を着たままで行くしかないか?

結局、用を済ませた後、膝の水着を引っ張り上げる。
脇に置いたワンピースを頭から被り、整えるとトイレから出て俊秋さんの元に戻る。



「遅かったね?食事はもう来てるよ」
席に戻ると注文した食事が来ていた、俺は平静を装いながら自分の席に座ると俊秋さんと一緒に食事を始めた。

「ところで、食事が終わったらどっちへ先に行きたい?ゲームショップ?ブティック?」
食事をしながら俊秋さんが訪ねてくる。

え?あ、そうだ!
「えっと、あの…… ちょっと下着売り場に寄りたいんですけど…… いいです…… か?」
俺は遠慮がちに俊秋さんに聞く。

「え?下着売り場? いいけど、下着売り場なんていつでも行けるんじゃないのかい?」
俺は状況をかいつまんで俊秋さんに説明する。


「ぷっ!」
俊秋さんが笑う。

「すると、そのワンピースの下はあの水着のまま?」
「はい……」

「ぷっ!くくくくく、い、いいなぁ!最近の佳代って本当にいいなぁ」
声を押し殺して笑う俊秋さん。

「よくありません。それで下着が欲しいんです!」
俺は頬を膨らませて俊秋さんに小声で抗議する。

「くくく、うん、わかった。食事が終わったら買いに行っておいで」
「すいません」
俺は礼を言うとそのまま俊秋さんと食事を続ける。
俊秋さんは何かツボにハマってしまったようで、ずっと声を殺して笑い続けている。

「俊秋さん、そんなにおかしいですか?」
俺が憮然として俊秋さんに小声で話しかける。

「いや、ごめん。でも最近の佳代って変わったよね?前はミスなんてしない完璧な奥さんだったけど、今の佳代って失敗ばかりするよね?」
「すいません、努力はしてるんですけど」
俺は俊秋さんに謝る。

「いや、いいんだ。べつに怒ってるワケじゃないんだ。僕はね、前の佳代よりも今の失敗ばかりして僕に頼ってくれる佳代の方が安心するんだよ」
「……そうなんですか?」
それは褒められてるんだろうか?なんか納得がいかないような?

「それにしても…… ぷっ、くくく。君はプールが楽しみで家から水着を着て来て、着替えのパンツを忘れた小学生の女の子かい?」
いや、絶対に褒められてないよな?

          ・

「じゃ、買っといで。お金は持ってるよね?」
食事が終わって俺たちはデパートの下着売り場のある階に来ていた。
流石に、俊秋さんは俺と一緒に下着を見て回るのは遠慮したいらしい。
いや、俺も嫌なんだけどね? いくら身体が女性だと言っても女性物の下着を買うのは?

「えっと、パンツはこれでいいとして…… 上は…… たしか、70のCだっけ?」
俺は買い物を済ませると、俊秋さんの元へと戻った。

「買ってきました。それでちょっと、履き替えたいんで、トイレに行って着替えてきます」
俺がそう告げると、俊秋さんは売り場の一角を指さした。
「だったら、あそこの試着室で着替えさせて貰えばどうだい?」

「え?でも買い物もしないのに着替えるだけに使わせてもらうのは悪いですよ……」
俺が躊躇していると俊秋さんが笑って言う。
「なんだい? だったら買い物をすればいいじゃないか。あそこで?」

え?あそこって……? たしか、水着売り場? いや、すでに着てますって?
「水着…… ですか?」
「うん、だって佳代ってば泳げないからって、ワンピースのそれ一着だけしか持ってないだろ?どうだい? 思い切ってビキニを買わないかい?きっと似合うよ?」
にこにこと笑う俊秋さん。

えっと…… ビキニですか? ブラとパンツに別れてるヤツ? 下着と変わらないデザインの水着?
いや、ヘタすると下着よりも露出の高い水着? ひょっとして、それ着て来週ホテルのプールに?

「いえ…… まだビキニは……」
「きっと似合うと思うな」
顔をずいっと近づける俊秋さん。 怖いよ?俊秋さん?

「いや、似合いませんよ、私にはワンピースがお似合いですよ」
「佳代なら似合うよ」
ニコニコと俊秋さん…… 意外と強引?

「えっと……」
「似合うよ?」
強引?

「……わかりました。買います」
がくりと首を落とす俺。やっぱりトラウマってヤツなのかなぁ? 男の人に迫られると、まだちょっと恐怖感がが甦るよな? 俊秋さんに逆らいきれないよ、俺。

「じゃ、いこうか。水着の試着をして最後に下着を履き替えればいいからね」
俊秋さんは張り切って俺を水着売り場に連れて行く。 
下着売り場には俺だけ行かせても水着売り場なら平気なんですか、俊秋さん?

          ・

その後、俊秋さんは水着売り場で俺に似合う水着を数点見つけて試着室でそれらを俺に着せた。
試着室って二人で入ってもいいんだ?知らなかった…… 
てか、俊秋さんの前で、しかも間近で全裸になって水着を着るのはさすがに辛かった…… 

それと対照的に俊秋さんは上機嫌だったけど……

「いや、本当に佳代は何を着ても似合うよね。次はこっちなんかどうだい?」
「え?いや、それは勘弁して下さい。股と胸の先以外、紐じゃないですか? なんでデパートにそんなの置いてあるんですか?」
「そうかい?佳代の身体は健康的だから、こういうのを着ると映えると思うんだけどな?」

「映えたくないです! もっと普通のにしましょうよ? って、その手に持ってるのはなんなんですか?」
「え?これはUバックのビキニだよ。 佳代がこの前見てたアニメで主人公のお母さんが着てたヤツだから主婦向けと言っても過言じゃないよね?」

「過言です!そんなの着て泳いだら脱げちゃうじゃないですか!? 俺……、私は泳ぎたいんです!
お願いします!普通のヤツで! てか、からかってるでしょ、俊秋さん! 顔が笑ってますよ!」

「う〜ん、佳代って結構、水着にこだわるタイプだったんだね? じゃ、これとこれは試着するだけって事で」
にっこり微笑む俊秋さん。 
こだわらせてるのは俊秋さんだよ。で、買うかどうかはともかく、俊秋さんの目の前で試着するのは避けて通れないって事ですか? 佳代、哀しいです……シクシク。

結局、家から着てきた水着はバッグに仕舞って新しく買った下着を身につけると、俊秋さんご推薦の真っ赤なビキニを持ってレジに向かった。 俺と俊秋さんの妥協点がそれだった。

それにしても、何でビキニって大きさの割に値段がこんなに高いんだよ? 俊秋さんが払ってくれるとはいえ、納得できないぞ? これだけでソフトがいくつ買えると思うんだ?

後は普通にショップを廻り、俺と俊秋さんの着る夏物を何点か買った後、ゲームショップに行き目的の携帯ゲーム機とついでにソフトも買ってもらい、夕方近くにデパートを後にした。

後はうちに帰って買ってもらったゲームで遊ぶだけ…… 
……なんだけど?

あれれ?方向が違ってね?


「あれ?俊秋さん、うちはこっちじゃないですよ?」
「いや、さっきの佳代のイロっぽい水着姿を思い出したらさ。気分が高揚しちゃって、ちょっと寄り道してもいいかな、ってね?」
「はい?」

帰り道、俺は俊秋さんにラブホテルに連れ込まれてしまった……

          ・

その一室……

「えっと、俊秋さん?まだ夕方ですよ?」
「うん、夕方だね」
俺の着ているワンピースを頭からすっぽりと引き抜く俊秋さん。

「えっと、そう言うことをするにはまだ時間が早いかと?」
引きつった笑顔で後ずさる俺。

「いや、大丈夫。人を愛するのに時刻は関係ないよ?」
笑顔で俺の背中に腕を廻し、優しくブラのホックを外す俊秋さん。

「えっと、俊秋さん、どこか壊れてません?」
「至って正気。 あえて言えば、佳代の新しい魅力に気付いただけ」
そのまま、俺はベッドに押し倒される。

「い、いやぁぁ。ま、待って!落ち着きましょうよ?あ、あぁぁ〜」

          ・ ・ ・


「俊秋さんのばかぁ。新品のパンツが穿けなくなっちゃたよぉ」
穿いたまま股間を愛撫されて汚れてしまったパンツを振りかざして抗議する俺。

「いや、ごめん。佳代が余りにも可愛かったからつい劣情を催して……」
事が終わった後、全裸での俺の抗議に俊秋さんは苦笑で答える。

「劣情を催したら、私を即、ラブホに連れ込んじゃうんですか!」
「いや。佳代も部屋まで普通についてきたじゃないか?了承してくれたとばかり」
「知らなかったんですよ!ここがラブホだなんて!」

「まぁまぁ、そうだ!帰りは夕飯も外食で済ませようか?佳代、お寿司好きだろ?お寿司屋さんに寄って帰ろうな?」
「え?……お寿司?」
ゴクリ、そう言えばお腹が空いてるな? たっぷり運動させられたせいもあって……

「うん、好きな物を食べていいから。ね?」
「お、お寿司なんかで、ご、誤魔化されないんだからねっ!」


     * * *


「ぷあぁ〜はっはっはっはっ。それで俊秋さんにまた犯されちゃったんだ?清彦くん」
次の日の昼過ぎ、学校から帰ってきた佳代さんは俺の話に遠慮無く大笑いした。

「笑い事じゃないですよ。大変だったんですから……」
ふて腐れたように佳代さんに背を向けてゲームをする俺。

一方、佳代さんは笑いながら俺の焼いたビスケットを囓ってアイスティーを飲んでいる。
「清彦くんってさ?犯され属性ってのがあるんじゃない?犯して〜ってフェロモンを垂れ流してるんじゃない?」
「垂れ流してません!そんなもの!」

「ま、夫婦なんだから問題ないでしょ?それにお詫びの印にお寿司をご馳走してくれたんでしょ?
よかったじゃない? お腹一杯食べた?」
「食べましたよ!腹いせに腹一杯!最後にはプリンにまで手を出してやりました!」

「あ〜、廻ってたんだ?お寿司が…… うわぁ、安上がりな子」
「え?何が……?」

「うぅん、なんでもない。 それでその買ってもらったビキニってどんなの?見せてよ?」
「いやですよ、恥ずかしい。 あれはタンスの底に封印します」

「でも、来週はプールに行くんでしょ。俊秋さんと? だったら、それは着ないとマズイでしょ?
せっかく買ってくれたんだから?」
「マズイですか?佳代さんの持ってたあのワンピースのヤツじゃダメですか?」
「そりゃダメよ〜、せっかく買ってくれたんだから最低一回は着て見せて上げなくっちゃ」
佳代さっは他人事だと思ってオヤツを囓りながらケラケラと笑う。

「それに清彦くん気付いてないみたいだけど、プールに行ったら他の男の人にも見られちゃうのよ?
私相手に恥ずかしいもないでしょ?」

佳代さんの言葉に改めて現実を認識する。そりゃそうだ。貸し切りじゃないんだからプールに行けば他の大人の男の人もいるわけで…… そこで水着に…… 頭から血の気が引く……

「あれ?やだ、清彦くん?ひょっとしてまだ男の人がダメなの?顔が蒼いわよ?」
「え?いや、慣れてはきたんですよ?買い物とかで男の人と会話するのは? ただ、裸同然で他の男の人の前に出るのを想像したらちょっと……」

「いや、気にしすぎよ?男の人が全員、清彦くんとヤるわけじゃないんだから?」
「それはわかってるんですけどね」 

「俊秋さんとヤるのは平気なんでしょ?」
「ヤるって言わないで下さい!平気じゃないですよ。やっぱり俺は男なんだから他の男の人のオチン〇ンが俺の中に入ると思うと今でも……」

「え?じゃあ、昨日は?とゆうか普段はどうしてるの?セックスしてるんでしょ?」
「だから、そんな恥ずかしいことを聞かないで下さいよ。 俊秋さんが求めてくれば相手はしてますよ。ただ、やっぱり男の人のオチン〇ンは怖いので電気を消して貰ってるか、そっちを見ないようにしてるんです!」
俺は顔を赤くして佳代さんの質問に答える。

「えっと…… つまり男性の性器が怖いわけ?セックス自体は?」
「……挿入れられちゃったら、後は頭が真っ白になって…… わかんなくなるからいいんです!」

「………… あ〜、ひょっとして、あれかな? 学校の予防注射と同じ? 注射針が迫ってくるのは怖いけど、刺さっちゃたら平気?」
「あんなでかい注射針はありません! ……でも、……感覚としては同じなのかな? 挿入れられた後は怖くないし ……最近は気持ちいいし」
何となく手がスカートの上から股間をなぞる。

「え?あれぇ?ひょっとして清彦くん、セックスの気持ちよさに目覚めちゃってる?」
佳代さんが意地の悪い顔で笑う。
「え?いや!違います!違いますよ!目覚めてなんかいませんよ!俺は男なんだから!」
手を振って慌てて言ったことを否定する。

……否定するが、でも考えてみれば初めての時ほど嫌じゃない。

現に、昨日だっていきなりだったにも関わらず、犯られちゃった後でも、俊秋さんに抗議できるほど心はは元気だった……

お寿司屋さんでは、いつものように落ち込む事もなくはしゃいでいたような……
……あれ?ひょっとして俺、女の人の夜の生活に慣れてきてるのか? 
アノ時の挿入れられる瞬間さえクリアすれば、俺って普通に主婦?


「お〜い、清彦く〜ん」
気が付けば、佳代さんが俺の顔の前で手を振っていた。
「うわっ、っと。 なんです、佳代さん?」
「いや、何か考え事をしてどこかに旅立っていたようだから? 何か悩み事?」

「悩み事はいっぱいあるんですけどね? まぁ、いいです」
俺は気を取り直して笑って佳代さんに答える。
昨日の一連の行動は俺が普通の主婦として馴染んで楽しんでる証?……まさかね?

「で、なんです、佳代さん?」
「だからビキニ! 見せてよ?清彦くんのビキニ姿。 ほら、人前で慣れる為にも私に?」
屈託のない笑顔を俺に向ける佳代さん。

「俺のビキニ姿じゃないでしょ?これは佳代さんの身体なんだから佳代さんのビキニ姿でしょ?自分の身体なんだから見慣れてるでしょ?」
「だから、私はワンピースしか着たことが無いから、自分がビキニ付けてるのってどんな具合か見てみたいじゃない?見せてよ?ほら、ほら」

佳代さんの強引な希望に渋々俺は立ち上がる。
「じゃ、ちょっとだけですよ?待っててください。 あ、覗いちゃダメですよ?」
「うん、覗かない、覗かない」
佳代さんはご機嫌だ。 この夫婦って結構、強引?

俺は2階に上がって、タンスの上に乗せっぱなしだった水着ショップの袋に手を伸ばして中から水着を取り出した。
着ていた服を脱いで、ビキニを身につける。

ブラの止めるのがまた下着とは違うんだよな?俊秋さんは紐のやつって言ってたけど、あれじゃ益々結べないよな……

胸の位置を整えて、股間のアブナイ場所を鏡の前に立ってチェック。 

「こうやって自分で見てる分には平気なんだけどな?」
うん、綺麗だよな、佳代さん。 これも一種のナルシズムってのになるのかな?昨日も自分の水着姿に見とれていて俊秋さんに見つかっちゃったし…… ちょっと、ポーズを付けてみる。

「あ、なんだ! 結構、気に入ってるんじゃない、清彦くん!」
背後からはしゃいだ声が掛かる。


鏡に写った自分の背後に佳代さんが笑っているのが映る。
「うわっ!佳代さん! 覗かないでって言ったじゃないですか!」
恥ずかしくなって、思わずしゃがみ込む。 えっと、デシャブって言ったっけ?こうゆうの?

「いや、清彦くん、遅いから、ついね?」
「ついね、じゃありませんよ。女性の着替えを覗くのは失礼ですよ」

「ははは、しっかり女性の自覚があるんだ?清彦くん。それにしても似合ってるよ、それ」
「え?あはは。そうですか?」
褒められると悪い気はしないな。

「うん、それで来週はプールの男性の視線は釘付けだね?」
「ははは、そうで…… え?」
「いや、元私の身体ながらこんなにもセクシーだとはね。 うん、その身体が赤の他人だったらこの中学生の身でも襲いかかっちゃう所だね」
ウンウン、とうなずく佳代さん。

「イヤな褒め方ですね、それ。 ってか、男の人の注目集めちゃいます?!」
「自分でも鏡に見とれてたじゃない?ほら?」

そう言って佳代さんは俺の身体を鏡の方に向ける。その鏡にはスレンダーな身体に派手な赤いビキニを着た佳代さんの身体が……

「うわっ、なんとかなりませんか、これ?」
俺は水着を着た身体を指さす。
「これって、人の身体をコレ扱い?何とかって何?プールに行かない方法?ビキニを着ない方法?」
「うぅ、プールには行きたいけど、水着にはなりたくない……」

「矛盾した希望ね? アレって事にしたら? って、それだとプールにも入れないか?」
「アレって?」
「生理よ?生理。 それだと水着になれないでしょ? でも、プールサイドで寝てるだけになっちゃうけど?」
「意味がありません! せっかくのプールなのに! それに生理は先週に終わってます! 俊秋さんは知ってますよ。 だから来週って」」

「だったら、後は精神論ね? 嫌らしい変な目で見られる事はあっても行動に移して襲ってくる人も居ないと思うから、ひたすら耐える。 またはスイカやカボチャだと思い込む。それしかないわね」
「……ですか。やっぱり」
がっくりと俺は床にへたりこむ。

落ち込んでいたら、ふと、聞かなくてはいけないことがあったのを思い出す。

「あ、そう言えば佳代さんってカナヅチ?」
「え?あ、うん。でも泳げたよ、私。 と言うか清彦くんの身体? 気持ちいいわね?泳ぐのって」
そう言って嬉しそうに手をグルグル回してクロールの型を見せる。

「それはこの前、聞きました。 問題はこの身体ですよ。泳げないのは身体に依存するんですか?」
「さぁ?そうなのかな?去年までの私ってどんなに練習しても無理だったのよね。そうか、清彦くん泳げなくなってるかも知れないんだ? 大丈夫、人間努力すれば成果は現れるって!」
にこやかに佳代さんが俺を励ます。

「今まで泳げなかった人に言われても説得力がありませんって!」


          * * *


結局、次の週に俊秋さんとプールに出かけた俺は自分がカナヅチになっているという事実を改めて、思い知らされた……

意外な事にこれは俺は女性になったときよりもショックで屈辱感を感じた…… 去年までは泳げてたのに…… 前もってわかってたことだけどショックだった、好きだった泳ぎがができなくなってる。

プールに入れば泳げないし、プールサイドに立っていたらナンパされるわ、で鬱になってたらチェアで寝ていた俊秋さんが笑って練習に付き合ってくれた。

手を取ってもらい、身体を浮かせて足をパシャパシャやる練習法。 子供が親にやってもらってるのは見かけるけど、大人の女性になってる俺がやるとは思わなかった。

廻りから見たらバカップルってヤツに見えね? 俊秋さんは楽しそうだったけど……
「嬉しそうですね、俊秋さん?」

バシャ、バシャ

「そりゃね。こんな美女の手を取って仲良く泳いでるんだからね。男として本望ってヤツなのかな?
その水着も思った通り佳代によく似合ってるしね。皆の視線が僕たちに集まってるのがわかるよ。 
本当に綺麗で色っぽいよ、うちの奥さんは。 これはちょっと自慢かな? あはは 佳代は嫌かい?
僕とこうやって遊ぶのは?」

バシャ、バシャ

「いえ…… 楽しいですよ。 自力で泳げないのが悔しいですけど、俊秋さんが一緒にいてくれるおかげでさっきみたいにナンパをされずに済みますし、やっぱり水の中は気持ちいいですから」

本当、俊秋さんがいてくれているおかげで、水の中でも安心感を与えてくれる。 多分、俊秋さんがそばにいてくれる限り、俺はさっきみたいに男の人に恐怖感を覚えることもないんだろうな。

「そうかい。僕も楽しいよ。今日は一日佳代が満足行くまで付き合って上げるからね?」
「あはは。ありがとう」

バシャ、バシャ、バシャ!

結局、言葉通り俺たちは夕方までプールを楽しんだ。 
遊んでいるウチに自分の着ている水着も気にならなくなって、気分は完全にリラックスしていた。

そして、夕方には俺は満足してホテルのプールを後にした。


         ・


「あれ?俊秋さん?ウチはこっちじゃないですよ?」

………その日、夕飯は外食でお寿司だった。



          E N D













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