佳代さん 04 俊秋さんの視線、そして… 決断


会社から帰ってくると家の前に清彦くんが立っていた。

一週間前のあの日のように。

          ・

「お帰りなさい、俊秋さん」
そう言って清彦くんが笑う。
「こんにちは。清彦くん」

「佳代さんに聞きましたよ。あの人形を処分してもいいって言ったんですって?」

「ん?まぁ、佳代が気味悪がってたからね?僕もちょっと趣味が悪いかとは思ってたしね」
そう清彦くんに言い訳する。 ……そう、言い訳だ。

「本当にそれだけの理由ですか?俺の言った事を信じたんでしょ?」
「あはは、あの話か。そんな馬鹿な話を信じるわけないだろ?」
「だったら、なんでベッドまで移したんですか?うちの、俺の部屋の近くにあっちゃマズイと思ったんじゃありません?今日は満月だし?」
そう言って笑う清彦くん。

「佳代に聞いたのか?だったら、理由も聞いたんだろ?夫婦が別々の部屋で寝るのも不自然だからさ」
「ウソ。だって、私が寝室は別々にしたいって言ったときは反対しなかったじゃない?」
皮肉気な目で僕を見る清彦くん。

「だいたい、僕たち夫婦の事を中学生の君にとやかく言われる筋合いはないだろ?」
僕はちょっと腹を立てて、清彦くんを睨む。
「あれ?私を佳代だと認めないんだ? 認めると罪悪感に悩まされるから? あの日は素直に私を佳代だと認めてくれていたのに?」


そう、あれはちょうど一週間前……。


* * *


会社からぁ帰ってきて自宅の近くまで来ると家の方からカレーの匂いがする。
「今日はカレーか?ふふふ、なんだ、またメニューが決まらなかったのかな?」

最近、佳代は晩ご飯が決まらないとカレーを作るようになった。簡単に出来るメニューなのだそうだ。
この間、初めてカレーの作り方を知ったような口調で僕に嬉しそうな話してくれた。
僕もカレーが嫌いなわけではないが、週に3回も出てくると流石に不審に思う。

「なんで最近はカレーが多いんだ?、嫌いじゃないけど飽きるだろ?」
そう問いかけると、佳代は怒られるのを怖がる子供のように謝った。

「すいません、ご飯のメニューが決まらなかったんです。いえ、決まってはいたんですけど……」

佳代はカレー皿で口元を隠して申し訳なさそうに話す。

ふと、流しを見やると炭化した何かがフライパンに付いている。

「あ〜、なるほど」
僕は合点がいく。料理に失敗したのか。それで簡単に出来るカレー……
そう、最近の佳代は料理の仕方を忘れてしまったかのように料理の腕が落ちている。

「うん、わかった。また料理に失敗したんだね? だったらカレーの種類を変えるとか、代替え料理のレパートリーを増やしてくれると嬉しいな?」
そう言って、佳代の頭を優しく撫でてやる。

「はい、わかりました」
そう言って、佳代は嬉し恥ずかしそうに僕を見上げる。

最近の佳代は本当に人が変わったようだ。そう、あの旅行の頃からだろうか?

以前の様な何でもこなす佳代もよかったが、所謂、ドジッ娘奥さんになってしまった佳代も好きだ。
スキがあるというのは、こうも安心感を与えるものなのか。 贅沢な話かも知れないが、以前の完璧な佳代はこの安心感を僕に与えてくれなかった。

「ふふふ、今日はなにをしてくれるんだろう?」
何か、失敗して情けなさそうな顔をしている佳代の顔が目に浮かぶ。

僕に全てを頼ってくれる佳代。 
一生懸命に家事をこなそうとする佳代。
そして、夜の…… 可愛い佳代。

旅行前に佳代に何があったかはわからない、でも僕は今の佳代をより一層愛しく思う。
そんな愛する佳代の待つ家に入ろうとすると、門柱の陰に清彦くんが立っているのに気付いた。

          ・

「あ、俊秋さん。お帰りなさい」
清彦くんは僕に気付くと、そう言って笑いかける。

「あ、こんにちは。清彦くん。 また、佳代と遊んでたのかい?」
「えぇ、オヤツまでご馳走になりました。いつもお邪魔してすいません」
そう言って、頭を下げる。

          ・

清彦くんは中学生になったばかりの隣の子供で、なぜか佳代になついでいる。

とくにGWの旅行以来、家によく遊びに来るようになった。それまでは佳代の方がよく清彦くんを捕まえてはおしゃべりをしていたようだが。

その影響だろうか。最近の佳代は優しくなった。 それまでも優しくなかったわけではないが、それまでの佳代は僕に対する対抗意識のようなものが見え隠れしていた。 僕に対するとゆうか、世間に対する不満のようなものが意識していない表面に出ていた。

それがGWの旅行から消えた。

人に、僕に頼るまいとする態度がなくなり、それどころか全てを僕に頼るようになった。
しかも、甘えっぱなしではなく、自分の仕事を懸命にこなそうとする態度が妙に可愛い。

不思議な事に、慣れてる筈の事が出来なくなった。
それを取り戻そうとするかのようにがんばる姿が、まるで子供が背伸びして大人のマネをするのを見てるようで可愛い。
僕は益々、佳代が好きになっていった。

佳代は僕と見合い結婚だった。僕たちの実家は同じ地方で、同じような格式の旧家だった。
とにかく、古いしきたりに支配された家系で、女は家で家庭を守り、子供を産むのが仕事と言う考え方の…… それは男勝りな性質の佳代にとって不満、苦痛以外の何ものでもなかった。 恋愛の自由すらなく家長の命じるままに嫁ぐ事が定められていた。

それでも佳代が僕と素直に結婚したのは、僕が次男の上に就職を地元ではなく、大学のあったここで決めて勤めていた事にあった。 僕と佳代は親しいと言うほどではないが、昔からの知り合いでもあったし、僕と結婚すればあそこから出て行けるというのが魅力だったのだろう。

          ・

目の前の清彦くんを見ていて、そんな事を思う。
「で、今日は何か用かい? 佳代を呼ぼうか?」
「いえ、今日は俊秋さんに用があって……」

「え?僕にかい?いったいなんだろう?」
そう、清彦くんに聞く。

清彦くんはニヤリと笑った。
「あの人形。本物でしたよ?」
「人形?」
なんのことだろう?

「南米の市で私に買ってきてくれたあの儀式用の人形ですよ」
笑顔で僕に教えてくれる清彦くん。 え?私?

「えっと、それは佳代の部屋に飾ってある人形の事かな?」
「そう。それです。南米の奥地にある戦闘部族の村に伝わる、魂を入れ替える儀式に使われていたという怪しげないわくの付いてた人形です」

「あははは、なんだ。佳代に聞いたのかい?面白いと言うか、変な儀式だろ?戦争をして捕虜にした戦士の身体に自分の村の戦士になる事を希望する女性の魂を入れ込んで、代わりに戦士は女性として村の為に戦士を生み続けさせられるって儀式なんだ」
「えぇ、そうです。女は戦士として自由を手にして、捕まった男は一生を女の身体に閉じこめられて孕まされ続ける。私にぴったりのお土産でした」

なんだ?清彦くんは何を言ってるんだ?
「清彦くん?君は一体、何を?」

僕がそう訪ねかけると清彦くんは面白そうに笑いながら言った。
「わかりませんか?俊秋さん。 私が佳代です。そして今、家の中で俊秋さんの帰りを待ってる私が清彦くんなんですよ?」

「はぁ??一体何を言い出すんだ、清彦くん?」
その時、僕は清彦くんの頭がおかしくなったと思った、しかし次々に清彦くんの口から語られる佳代としての知識と思い出は佳代でなければ話せない事ばかりだった。

「どう?まだ信じられません、俊秋さん?」
僕はその時、さぞやマヌケな顔をしていただろう。
「まさか!信じられない。君が佳代だって? もし、仮に佳代だとしてもなぜこんな事を?」

「私は俊秋さんの事は嫌いじゃありませんでしたよ?いえ、どちらかと言うと好きでした。 でも、やっぱり女として旦那様に仕える存在というのは不満でした」

清彦くんは続ける。
「性を取り替えられるなんて事が出来るわけがないので、これは一生、私が抱えていかなければならない不満なんだって諦めてたんです」
「うん、佳代が女としての自分に不満を持ってたらしい事は気付いてた……」

「そんなときに俊秋さんがお土産に持って帰ってきたのが、あの人形でした。俊秋さんから聞かされたあの人形の由来は私の思いに見事にシンクロしてました。で、何となくインターネットであの人形の儀式を調べて試してみたんです、旅行の前日に。 インターネットってすごいですね? 調べると何でも出てるんです。儀式のやり方は南米の地方の大学の民俗学のHPに載ってました」
「それで試したと?」

「えぇ、意外と簡単に実行できる儀式でしたから。 満月の夜に寝ている二人の間に人形を置いて、女の側が強く念じればいいんです。戦士になりたい、男になりたいと」
「それだけで?」

「そう、それだけです。数メートル以内なら効力が発揮するようですね。隣家の清彦くんの寝ているベッドと私の部屋の窓際のベッドがギリギリで範囲内でした。寝ている間に入れ替えは起こります。
起きたときは私はこの清彦くんの身体でした」
そう言って楽しそうに笑う清彦……いや、佳代。 そう、この雰囲気、話し方はまさしく以前の佳代だ。

「しかし、なんで清彦くんなんだ?男になりたかったんなら、僕でもよかったんじゃないのか?」

「ダメですよ。私は男になりたかったんじゃなくて、自分で自由に生きたかったんです。自分でレールを引いて、ね?俊秋さんはもう自分でレールを引いちゃってるじゃないですか? そこに私が入ってもそれは俊秋さんの引いたレールですから意味がありません。 その点、清彦くんなら高校、大学も関係無い真っ白なところからやり直せるんですよ?自分の好きなレールを自己責任で引けるんです」

          ・

「……黙ってれば、そのまま清彦くんのままでいられるのに、なんで僕に話すんだ? 僕が清彦くんに元の身体に戻る方法を教えたら元の木阿弥だぞ?」

「いや、その…… 素直な清彦くんを見てると若干、良心が疼くので共犯者を作って心の負担を軽くしようかな?と思って…… ははは……」
初めて佳代は後ろめたそうに笑う。

「共犯者? それは僕の事か?僕は君の共犯者にはならないよ?だから、早く清彦くんの身体から戻るんだね」
僕は佳代に忠告する。

「いいのぉ?本当にぃ?」
佳代は皮肉っぽく笑って僕に尋ねる。

「いいも何もないだろ?」
憮然として僕は答える。

「俊秋さんは私の事は好きですか?」
「好きだよ?色々と不満は持ってるのに僕の立場や、僕自身の為によく尽くしてくれるし」

「でも、本来の私と清彦くんの私では、どちらが好き?」
「え?」
僕の顔を覗き込みながら、悪戯っぽく笑う佳代。

「あの佳代さんを永久に失ってまで私に戻ってきて欲しいほど私が好きですか?」
「それは……」

あの佳代を失ってまで?清彦くんの佳代…… 一生懸命、僕に仕えてくれる佳代、僕好みの可愛い佳代…… その佳代が、以前の佳代に戻る?

「ふふふ、迷ってる、迷ってる」
「ま、迷ってなんか……」
僕は……

「いいの。確かにあの佳代さんになら、私は負けを認めるから。 私だって、あの佳代さんがお嫁さんだったら本来の私よりあちらを取るもの」

「……それで? 僕にどうしろと?」

「別に?私は何も強制しませんよ? 俊秋さんの判断に任せます。儀式が出来る次の満月は一週間後。私は入れ替わる前の清彦くんと同じ条件で清彦くんの部屋で寝ていますから、清彦くんを元に戻したければ清彦くんに真相を話してあげてください。 それでは」

言いたい事だけを僕に告げると、佳代は幽かに笑って頭を下げて隣の家に帰っていく。

「あ、そうそう。 私が元に戻っても旦那様を恨んだりしませんからね?あの佳代さんより私を選んでくれたと言うのは、それはそれで嬉しい事ですから」
一言、そう言うと佳代は家に入っていった。


* * *


そして今、賭けに勝って勝ち誇った顔の佳代が目の前にいる。

僕は佳代に負けた。 これで僕は佳代である清彦くんに一生消えない負い目を持ってしまった。

佳代が僕のそばに居てくれる限り、僕は妻としての佳代を全力で幸せにしよう。
それが、本物の清彦くんを見捨てて、清彦くんを妻として選んでしまった卑怯な僕に出来る唯一の贖罪だから……

「清彦くん、一つだけ約束をしてくれないか?」
「ん?なんです?俺に出来る事ですか?」

「これからどんな人生を歩もうと清彦くんの自由にすればいい。 でも、清彦くんの家族を、清彦くん自身を悲しませる事だけはしないと約束してくれないか?」

「いいですよ。私も今の母さん達を悲しませる事は望むところではありませんから」
笑って僕の言った事を守ると誓う佳代。 
顔は笑っているけど、目には真剣な光りがあるから、その言葉は信用できるだろう。

一人の男の子の人生を犠牲にして手に入れた、僕たちの幸せ。 だったら犠牲にした人生に変わる幸せをその男の子にプレゼントしよう。僕は心の中でそう誓った。

そして……



          * * *    * * *


          清彦へと視線は戻り……


俺は佳代さんと入れ替わってから、佳代さんとして主婦をなんとかこなしながら、元に戻る方法をあれこれ見つけようとした。
その手の神社があると聞けば、佳代さんを誘っていったり、お札があると言えば買いに行き、お呪いがあると聞けば実行してみたりしたが、どれも全く効果がなかった。

そして月日は一年二年とたち、遂に三年目になって俊秋さんの海外転勤が決まった。

          ・

「佳代に海外は精神的にかなりの負担を強いると思う。もし、佳代がここに残りたいというなら、その意見を尊重したいと思うんだが、どうする?」
俺は少し迷ったが、俊秋さんについて行くことにした。

流石に3年も立つと、いくら男の俺でも妻としての自覚のようなものは出てきていたから…… 

それに佳代さんの方でもその頃には成績がグングンと上がっていて、高校受験で受けた全国レベルの全寮制の進学校へ合格を果たしていたので、ここに残っていても最低三年は自由に佳代さんに会えない事がわかっていた事もあって、海外について行くことにした。 

流石に母さん達と離ればなれになるのは悲しかった。
母さんとしては主婦同士の付き合いでしか無かったが、俺が別れの挨拶に言ったときに泣いたときは、三年ぶりに俺の頭を抱きしめて一緒に泣いてくれた。

「期間は二年から三年でしょ? 三年立ったら、ここに帰ってこれるんでしょ? 帰ってきたら、またよろしくお願いね、佳代さん」
そう言って、優しく抱きしめてくれた。

          ・

そして、三年は瞬く間に過ぎた。
本当は、俊秋さんは後二年の延長を会社に打診されたのだが、後任に仕事を任せて帰国することを決めた。 俺の妊娠がわかったからだ。
「佳代は日本で出産をさせてやりたい」
後で、会社の人に聞いたら、そう言って強硬に帰国を望んだそうだ。

俺の為に会社にそこまで言ってくれた、それは俊秋さんにとって出世に大きく関わる事だったろう。
俺にとって感激な出来事だった。

三年ぶりに帰国すると、俺は大学へと進学した佳代さんに会って驚いた。

佳代さんは三年の間に完全に青年へと成長していた。 もう、女には全く未練がないようだった。
女として俺から見ても佳代さんはいい男になっていた。
オマケに今は、入れ替わる前に俺が密かに好きだった双葉と付き合っているという話だった。

俺は俺の身体の佳代さんと再会して、もう取り戻すことの出来ない時間が二人の間に横たわってしまっている事を思い知らされた。

          ・

数ヶ月後、俺は元気な男の子を産んだ。俊秋さんはやっと出来た赤ちゃんにベッドに寝ている俺の手を取って涙を流して喜んでくれた。
笑ってしまうほど「ありがとう」を繰り返していたのが印象的だった。

それは、ついさっきまで泣き喚いていた出産の痛みも忘れて、あぁ、この人の子供ならもう一人くらい産んでもいいかな、と思ってしまうくらいに幸せに感じる光景だった。

俺がそんなことを思っている頃、俺の家では双葉の妊娠が発覚していた。
そして、佳代さんは迷うことなく学生の身分での双葉との出来婚を決めた。

そして時はさらに過ぎ……

          ・

あれから俊秋さんの転勤はほとんど無くなった。 いや、海外赴任の話もあったのだが、無理を言って国内での短期間の単身赴任だけの道を選び、俺はこの家から他の国、他の街に引っ越すことはなかった。

そう、俊秋さんはその仕事に対する優秀な能力を、出世と引き替えに俺の為だけに使った。


佳代さんはと言うと大学卒業後、IT関連の会社を興して急成長を遂げた。その後も関連会社を次々と起こしつつも安定した成長を遂げている。

そして佳代さんも、かなりの資産を築いていてもっと大きな豪邸に住める筈なのだが、この家から引っ越すことはなかった。

そして月日は流れ……


          * * *


「お母さん、清香義姉ちゃん綺麗だったよ?見に行かない? 俊彦兄さんのお嫁さんになるなんて勿体ないくらいだよ」
「こら、なんて事をいうんだ。俺のどこがもったいないんだ?お似合いだろ?」
「だって、幼馴染み同士でだなんて、他にも選択肢があるのに。きっといい男は他にもいるよ? 清香義姉ちゃんももったいないことをするね?」

「ばか!俺より清香に似合いの男なんて世界中探してもいないぞ?」

そう、今日は俺の息子の俊彦と佳代さんの娘の清香ちゃんの結婚式だ。

2つ下の娘の沙也香と俊彦が笑ってじゃれ合っている。

「これこれ、新郎がそんなに舞い上がってどうするの?ほら、俊彦。貴方も大事な花嫁さんを見に行ってらっしゃい」
そう言って俺は子供達をたしなめて、花嫁の元に向かわせる。

結婚式か?俺には経験がないんだよなぁ。写真では見たけど。そういや、佳代さんは新婦としても新郎としても結婚式をやってるんだよなぁ?ズルいなぁ。

そんなことを思っていると後ろから声が掛けられる。
「佳代さん、おはようございます」
振り返ると清彦さんがいる。

「あ、おはようございます。今日からは親戚同士ですね。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
「いえ、こちらこそよろしく」
向こうも頭を下げる。
頭を上げて見つめ合うと自然に笑いがこみ上げてくる。

「ふふふ、なんだかおかしい家族が出来上がっちゃいましたね?」
「ははは、本当に」

「清彦として生まれた私が佳代として俊秋さんの子供を産んで……」
「佳代として生まれた俺が清彦として双葉を孕ませてしまって……」

「その二人の子供同士が結婚するなんてねぇ?」
「そうですね。その二人が完全に二つの家族を結びつけちゃいましたね。 実は俺、今から孫が産まれるのが楽しみなんですよ?俺の身体と魂の両方を受け継いだ子供が」
「ふふふ、私もです」

そうして、顔を見合わせもう一度笑い合う私たち。

互いに身体が入れ替わった事で、長い年月の間に二つの家族は一つの家族のような仲になってしまっていた。 そして今日、二つの家族は本当に一つの家族になる。

「何を笑ってるんだ?気味が悪いなぁ?」
私たちが笑っていると俊秋さんと父さん達、双葉がやってくる。

「ううん?べつに何も」
佳代さんが笑って応える。

「なんだ?佳代さんと思わせぶりに笑い合って?なにかあるのか?」
俺たちの父さんが笑う。

「そう言えば、清彦は子供の頃、佳代さんの家に入り浸りだった時期があるわね」
俺たちの母さんが笑う。

「清彦さん、ダメですよ、浮気は」
佳代さんの妻の双葉が笑う。

「なんだ?佳代は僕より若い清彦くんの方がいいのか?」
そう言って、俺の愛する俊秋さんが笑う。

「式の準備が整いました。どうぞ、こちらへ」
掛かりの人の案内で俺たちはぞろぞろと歩き出す、幸せ一杯に笑うカップルの元へ。

俺は後ろ方からこの人達を見つめる。

男として生きた十二年、今はその倍以上の年数を女として生きてきた。
女としての理不尽さに泣かされたときもあった、女の身体の不便さも味わった、息子の反抗期には自分が無力な女であることを呪いもした。 

それでも俺はこの人生を幸せだと思う。

春には、母さんと双葉と三人でお弁当を作って、皆で花見に行った。
夏には、子供達を若い家族同士で海や山にキャンプに連れて行った。 
秋には、二つの家族で一緒に家族旅行に行った。
冬には、皆でクリスマスパーティを開いた。

俊彦と清香が小学校に上がれば、双葉と一緒におめかしをして授業参観に出かけて、俺の子供達の成長をみつめた。
沙也香の初めての日には、自分の時の事を棚に上げて、パニくる沙也香を微笑ましく思いながらお赤飯を炊いた。

全て、楽しい思い出だ。

男として生きていけた人生も考えないでもないがこの人生も悪くない。
俊秋さんを見ていて、男として家族を守る大変さもわかるつもりだ。
 
俺が男として俊秋さんのように家族を守っていけるかと問われると、自信がない。
女を、主婦を長くやりすぎたせいでそう思ってしまうのかも知れないけれど。

          ・

今になって思うと、あの入れ替わり事件の犯人は佳代さんだったんじゃないかと思う。後から考えると色々と思い当たることは沢山ある。
最初の段階で俺が俺であると証明する手段は沢山ある。大人の佳代さんがそれに気付かなかったわけがない。

それなのに、俺がそれに思い至らないように、実家に幽閉されるなどと言う脅しで、俺の思考を主婦を演じることに専念させる事によって封じてしまった。 

俺はまんまとそのワナにはまり、子供の恐怖心と慣れない生活パターンに追われることで、自分を主張するという選択肢を捨ててしまった。

俊秋さんも俺が佳代さんと入れ替わったことに気付いているような気がする。あの頃のさりげない気遣いは俺が主婦どころか、女に慣れていないという前提でされたものが結構あったと思う。

二人が俺と父さん達をここから引き離さなかったのは二人の贖罪だったのだろうか?
もし、本当にあの二人が犯人だったとしても、俺は二人を恨む気はない。

一年もたてば、自分が自分であることを証明することが可能であると思い至らせることはできていた。
でも、俺は元に戻りたいと言いながら、心の奥では俊秋さんの妻であることをやめたいとは思うことが出来なかった……


俺は男として生まれ、女として生きてきた。妻として、母として、主婦として。
俺が、そして、俺を愛してくれる人々に囲まれて……。
 
それはとても幸せなことだと思う。



「お〜い、母さん、早く早く、皆もう揃ってるよ!」
気が付けば、立ち止まっていた俺に向かって、今日、一番幸せなヤツが俺を呼ぶ。

「は〜い、皆、足が速いんだから。すぐに行きますよ」
そういって、俺は早足で幸せの集団の中へと入っていく。


               END











inserted by FC2 system