佳代さん 03 真相、佳代さんの視線



清彦くんの身体を奪って二週間が過ぎようとしていた。

元はと言えば、きっかけは旦那様の俊秋さんが出張先の海外で買ってきた怪しげな呪具だった。
悪戯半分のダメ元で使ってみれば本当に身体が入れ替わってしまっていた。

そう、あの呪具さえ使えば、条件さえ満たせば何度でも入れ替わる事が出来る。
私はこのちょっとしたプレゼントが嬉しくなってしまった。

窓から隣の様子を伺ってみると、入れ替わった清彦くんはそれとは知らない俊秋さんが旅行に連れて行ってしまったようだ。

と言う事で、二人が旅行中の間は私が清彦くんとしてこの家で過ごしてみるのも悪くないと思った。

実は呪具を使うに際して、ひょっとして?と言う思いから、私は暫く前から清彦くんの周囲については清彦くん自身から聞き出していたので、清彦くんに化ける事は容易だった。

そして、男の子として過ごした二日間は意外と楽しい事に気付いた。


今の私には……、この男の子の身体には旧家のしきたりに捕らわれない自由と自分で選び取れる未来がある……、それは甘い果実だった。

しかし、この身体は清彦くんに返さねばならない身体だ。清彦くんが旅行から帰って来れば返さねばならない……

しかし、旅行から帰ってきた清彦くんは俊秋さん好みの可愛い奥さんになっていた。


後から聞いた話では、清彦くんは旅行中に俊秋さんと予期せぬ肉体関係を結んでしまったようだ。
何も知らない子供と大人の男性……、力関係は明らかだ。心理的に清彦くんは俊秋さんに対して主従関係のようなものをトラウマとして焼き付けられてしまったようだ。
 
……これは? 返さなくてもなんとかなるんじゃない? 主婦のやり方さえ教えて上げればちゃんと俊秋さんの愛妻になってくれるんじゃない? 悪魔が耳元で囁く。

そうして、二週間たった今、私は清彦くんを主婦に仕立て上げる事に成功している。


          * * *


今日も学校が終わり、部活もしてない清彦くんの私は真っ直ぐに帰宅する。

中学も卒業して何年もたつと流石に勉強内容も忘れちゃってるわよねぇ? まぁ、徐々に思い出して来てるからいいけどね。それに清彦くんってわりと勉強は良くなかったんだ?中の下って処かしら?
おかげで入れ替わりがバレ難くなって助かるし?

ま、勉強のコツのつかみ方さえ取り戻したらすぐに、本物の清彦くんの成績を追い越してみせられるしねぇ〜 私は鼻歌交じりに歩いているとポケットの携帯が鳴る。

おや?清彦くんからだ?また、料理かなにか失敗したのかな?

ポチッ
 
「はい、清彦です。 ……」
「…………」
返事がない?

「あれ?もしもし?佳代さん?」
「グスッ ……佳代さん」
携帯の奥から蚊の鳴くような声がする。

「やだなぁ、俺は清彦ですよ?佳代さんは−−」
私はいつものように笑って清彦くんの言い間違いを正そうとした。

しかし、清彦くんの方にはその余裕はなかったようだ。
「グスッ ヒック 佳代さん…… 俺…… 俺……」」
あれ?泣いてる?清彦くんの様子がおかしい事に気付く。

周りに人が居ないのを確かめて、あらためてそれでも用心して小声で清彦くんに話しかける。

「ちょっと、清彦くん、どうしたの?」
「俺…… ダメかも知れない ……死ぬのかも」
ただならぬ事を口走る清彦くん。
「ちょっと!どうしたの?何があったの?」

「怪我をして…… 血が止まらないんです。 バチが当たって……あんな事をしちゃったから……」
「怪我?料理でもしてて包丁で切っちゃったの?消毒はした?包帯は?」
「違うんです、料理じゃなくって…… 手当の仕方もわからなくって…… ぐすっ あんな所、包帯も巻けないし、グスン、消毒なんか……ヒック!」

どうにも清彦くんの説明は要領が悪くって状況が飲み込めない。
「わかった、すぐに行くから!今どこにいるの?」
「グス、ヒクッ 家です」

私は携帯を切ると清彦くんのいる家へと急いだ。

          ・

「清彦くん!いる?どこ!」
私は玄関のドアを開けると中に向かって叫んだ。

「ここです……」
奥の方から心細そうな声が返ってくる。

中に入っていくと清彦くんはトイレにいた。

スカートをまくり上げ、ショーツを足下まで下げて股間をさらけ出して便器に座ったまま、私を涙目で見上げている清彦くんが。

そばにはトイレットペーパーが大量に散乱している。

「えっと……」
何となく私は状況を理解した。


泣きべそをかきながら清彦くんは私に状況を説明しようとする。

「佳代さん、俺、夕べ初めて自分から、グスッ、俊秋さんを誘っちゃって…… その時、お腹が痛いとは思ったんだけど……、ヒクッ、そしたらお昼にトイレに入ったら…… あそこから血が出てて…
…グスン、すぐに止まるかと持ってたら全然止まらなくって…… 俺、自分から俊秋さんを誘う様な淫乱な女の子になったからバチが当たって、お腹の中に俊秋さんのオチ○チンを入れた時にどこか傷つけちゃったんだ、きっと…… でもお腹の中の手当の仕方ってわからなくって…… 病院に行くのも恥ずかしいし…… そうしてる間も血はどんどん出てくるし…… 佳代さん、俺、死ぬの?」
泣き顔で私に縋るような目を向ける清彦くん。

「え〜と…… 清彦くん?生理って知ってる?」

あ〜、そう言えば私って生理前は身体が疼くのよね?清彦くんに言っておくべきだったかしら?

とゆうか、中一男子の性知識ってどこまで知ってるのかしら?考えてみれば清彦くん、セックスの知識すら無かったんだっけ?清彦くんって性に関しては思った以上に子供だったんだ?

「え?なに?片づけの事?ぐすっ」
「いや整理じゃないの。生きてることわりと書いて生理?その分じゃ知らないみたいね?とりあえず、その状態をなんとかしましょうか?、ちょっと待っててね?」

私は二階に言って必要な物を持ってくると、清彦くんを裸にして隣の風呂場に叩き込む。
身体を綺麗にしてからよく拭いて、準備しておいた下着を穿かせる。

「あ、こういうのがあるんだ?知らなかったな。ありがとう、佳代さん」
私が来たので安心したのか、お風呂でさっぱりしたのか、清彦くんの涙は止まっていた。

台所のテーブルに恐る恐る腰掛ける清彦くん。
「あの…… 本当にお医者さんには行かなくていいんでしょうか?」

「……う〜ん、どこから説明したものやら?」
まさか、自分の体の性教育をしなくちゃいけないとは…… さすがにこれは想定外だったわ……?

「えっと、赤ちゃんってどうやったら出来るか知ってる?」
「え?男と女が一緒に暮らしてる出来るんじゃ……?」
うわぁ〜、セックスは覚えたけど、それの目的は知らないんだ?

そうして。清彦くんへの性教育が始まった……

          ・

「毎月?これが……?」

私の説明を聞き終えた清彦くんは呆然としてスカートの中の股間を包むショーツを撫でる。
顔が真っ青なのは何も生理のせいだけではないようだ。
「そうよ、それが赤ちゃんを産める健康な女性である証拠なのよ」

「お、俺は赤ちゃんなんか産みたくないよ!それまでには元の清彦に戻るんだから!」
泣きそうな声で訴える清彦くん。

「でも俊秋さんを誘ってまでセックスしたんでしょ?言ったようにセックスというのは赤ちゃんを孕む為の行為なんだから」

「それは……し、知らなかったから…… その白いのが赤ちゃんの素だったなんて……」
清彦くんの、股間を撫でていた手が不安げに下腹へと移る。
「大丈夫よ、生理が来たって事はまだそこに赤ちゃんは居ないから」

私の話は清彦くんに取ってかなりショックだったようだ。
「俺……、女の人ってただオチ○チンが無くって胸が出てるだけの形だけの差だと思ってた……
まさか、そんなに違ってるなんて……」

「世の中の半分は女の人で、皆それで普通に生活してるんだから、清彦くんも大丈夫だって!ちゃんとやってけるって!慣れよ、慣れ!」」
そう言って、清彦くんお手を握って励ます私。
ははは、女の立場が嫌で清彦くんの身体に逃げた私が我ながらよく言うわ。

「……慣れたくないです。 股間はアレだし、お腹は痛いし、頭はぼうっとするし…… 女の人ってよく平気ですね?」

「生理中は精神状態も不安定になるから、そのせいで気が弱くなってるのよ、清彦くんは。大丈夫!
ちょっと、乗りきればいつもの清彦くんに戻れるからね?」
私はとにかく、清彦くんを宥め煽て、励まし続ける。

ヤケになって、入れ替わった事を清彦くんの両親に訴えられたら面倒な事になる。

すぐには信じてもらえないだろうけど、清彦くんしか知り得ない事などを話されたら、それを答えられない私はピンチに陥る。 ここは是非とも清彦くんには女性としての自分を納得してもらう以外に道はない。

「でも……」
「大丈夫!今まで二週間以上、私としてやってこれたんだもん!これからもやってけるって! ここまで辛抱できたのに、生理なんかで頭がおかしいと思われる様な事を口走って、お母さん達とも会えないような田舎に幽閉されるのは嫌でしょう?」

「……嫌、……です。母さんや父さんにも会えなくなるなんて・・・」
「でしょ?だから、もう少しがんばりましょ?清彦くんなら出来るって! それに俊秋さんは優しいでしょ?清彦くんに意地悪とかしないし、怒ったりもしないでしょ?」

「……うん」
「ね?がんばりましょ?」
「俺……がんばれるかな? 佳代さんとしてやってけるのかな? 女の人として……」
「やってけるって!清彦くん、頑張り屋さんだもん」

「うん…… ごめん、佳代さん、俺……」
よし!落ちた。

「いいのよ、突然、生理になって取り乱しただけだもん。今度なってもちゃんとやれるもんね?」
「うん、やれるから」
無理に笑顔を作って私に笑いかける清彦くん。ごめんね、私のエゴを押し通す為の犠牲になってもらちゃって。

「やっと、笑ってくれたね、清彦くん。ごめんね、私の身体の事で悩ませてしまって」
「いいんです、なってしまったのはどうしようもない事ですし。でも佳代さんになってみて、女の人の大変さを実感しっぱなしですよ」

私に向かって、力無く笑ってみせる清彦くん。まだ、ショックからは完全に立ち直ってはいないのだろう。

「まぁ、女は見かけほど楽じゃないけどね。 その点、清彦くんには悪いけど男の子って色々と楽でいいわぁ、本当に」
そう言って清彦くんに笑いかける。

「ズルイなぁ、佳代さんは」
そう言って口を尖らせる清彦くん。
そう、私はズルイのよ?本当にごめんね、清彦くん。

「しかし、家に帰る途中で清彦くんから鳴き声で携帯が掛かって来たから慌てて走ってきたんで疲れたわ」
そう言って椅子の背もたれに身体を預ける私。

「あ、すいません。俺の為に」
「いいのよ、清彦くんの為ならね」
「あ、お茶飲みます?お腹が空いたならオヤツにマドレーヌでよければありますよ?」
そう言って清彦くんはお茶を入れると戸棚からマドレーヌを乗せたお盆を取り出す。

「ありがとう、喉が渇いてたからいただくわ」
そう言って、お茶を啜るとお盆の上のマドレーヌにも手を出す。
「味はどうです?」
マドレーヌを口にした私に清彦くんが何かを期待した目で訪ねてくる。

「えっと、ひょっとしてこのマドレーヌって?」
「おかしいですか?味?」
不安そうに聞く清彦くん。
「清彦くんが焼いたの?いや、美味しいわよ?」

「よかったぁ、時間がある時は佳代さんに言われたように、料理本をみて料理の練習をしてるんですけど、お菓子の本も有ったんで気分転換で俺でも出来そうなのを作ってみたんです」
そう言って、恥ずかしそうに頬を染めて笑う清彦くん。

か、可愛い!清彦くんの佳代ってなんて可愛いの? この清彦くんを俊秋さんが夜な夜な…… くそ、なんか悔しいわね? この清彦くんの身体がもう少し大人だったら押し倒すのになぁ? 男とは言え、精通もあったかどうかもわからない子供の身体で押し倒しても虚しいだけだしなぁ……

「可愛い…… 意外、清彦くんって、こんな事もするんだ?」
「いや、気分転換ですよ、気分転換」
赤い顔で手を振る清彦くん。

「気分転換にお菓子作りって、清彦くんもすっかり女の子じゃない?なんだ、立派に女の子をやれてるんだ。私、安心したわ」
そう言って、マドレーヌをもう一つ摘む。
「うん、美味しいわよ。清彦くん、才能があるわ」

「褒めてもらったのは嬉しいけど、なんだかなぁ」
「うん、美味しい。ね、これ少し持って帰っていい?お母さんに感想を聞いて上げるから?」
「え?母さんに?それはダメ!恥ずかしいよ」
テーブルの前のお盆を引っ込めようとする清彦くん。私はそれを先に横取りする。

「だいじょうぶ!、絶対褒めてもらえるって!そしたら、清彦くんも自信が持てるでしょ?お菓子作りにも張り合いがでるわよ?」
「えぇ……?そうですかぁ?」
清彦くんは迷ってるようだけど、顔はまんざらでもないようだ。

すっかり最初の生理の鬱な気分からは立ち直ってる。
やはりこういう時は気分を他の方向に向けさせるに限るわね。いや、実際に清彦くんのお菓子も美味しかったのが幸いしたのだけど。

そうして暫くは清彦くんとワイワイおしゃべりをして、生理時の注意をいくつかすると私はマドレーヌをお土産にして家に帰った。


          * * *


それから数日がたった。

私が学校から帰ってくると清彦くんが庭で何かを考え込んでいる。

「き…、佳代さん、何を考え込んでるんですか?」
私の声に清彦くんが振り向く。
「あ、佳代さんじゃなくて、清彦くん。いや、風で洗濯物が飛んでっちゃうみたいで、何かいい方法はないかなって考えてたんです」

「風で洗濯物が?佳代さん、洗濯ばさみでちゃんと止めました? ただ物干し竿に引っ掛けておくだけじゃダメですよ?」
「うん、そう教わったからちゃんと止めてるんですけどね?軽いからダメなのかなぁ?」

「でも、今日ってそんなに風がないでしょ?それでも飛んでっちゃったんですか?」
「えぇ、今日は洗濯物を干してたら、母さんに買い物に誘われたんで一緒に買い物に行ったんです」

清彦くんの言葉に不思議なものを感じる。
「え?母さんって?清彦くんのお母さん?今の私の?」

「そうですよ、元俺の…… って、元にさえ戻れば俺のですよ。庭にいたら、隣から声を掛けられたんです。この前のマドレーヌの礼をね?佳代さん、本当にお母さんに食べさせたんですね、アレ?」

「そうよ、ウソ言うわけないじゃない?褒めてくれたでしょ?お母さん、あれ食べて美味しいって言ってたわよ?」
「えぇ、言われました。また、ご馳走して下さいねって」
そう言う清彦くんの顔は照れくさそうで嬉しそうだった。

「で?お母さんと話したんだ?隣の若奥様は?」
「なんでそうゆう言い方をするんですか?恥ずかしいじゃないですか?」

「いや、でも事実でしょ?若奥様の清彦くん?」
「でっ!話をしてたら夕飯の買い物に話題が飛んで、まだなら一緒に行きませんか?って事になったんです」
「あ、無理矢理に話題を逸らした?」

「話題を戻した、と言って下さい!」

「それで買い物に行って戻ってきたらちゃんと止めてあったはずの洗濯物が飛んでちゃってたんです。
それで対策を考えてたら、佳代さんに声を掛けられたと言うわけです」
「ふーん?で、洗濯物はどこまで飛んでたったの?」

「さぁ?」
「さぁ?さぁ、って何?」
「いや、見あたらないんでかなり遠くなのかなぁ?軽い物だから…… パンツとブラって…… これで何回目だろ?」

「はぁ? ……えっ?ちょっと待って?飛んでったのはショーツとブラ?ひょっとしてそれだけ?」
私はある予感におでこに手を当てて考えこむ。

「そうですよ、それだけですけど?」
「それが何回もあったの?」
「最近は干すたびに飛んでってるような……」

顔を上げてあらためて、清彦くんの干した洗濯物を見る。

「えっと、清彦くん?飛んでった下着ってそこに干したの?外からよく見えるあそこに?」
「え?えぇそうですよ。何か問題でも?」
清彦くんはきょとんとした顔で私を見る。

私は首を振って清彦くんの肩に手を置く。
「ごめん、清彦くん。 洗濯機の使い方と洗濯物の干し方、仕舞い方は教えたけど、洗濯物の特異性は教えてなかったわ」
「はい?」

「それって、多分風で飛んでったんじゃないわよ。清彦くん、下着泥棒って知ってる?」
「言葉通りでしょ?下着を盗ってく人…… え?あれ?」
やっと気付いたか、この天然さんめ!

「あのね、ああゆう下着は人目に付きにくいように他の洗濯物に隠して干すか、家の中に干しなさい」
「洗濯物に隠してですか?本当に俺の下着を盗ってったんですか?俺のですよ?」

「俺ってねぇ…… あなたは今は女性なんだから、りっぱに盗られる側に立ってるの!」
「へぇ?」
「へぇってね?緊張感というか危機感がないなぁ?いい?盗ってたヤツは今頃そのパンツを眺めてニヤニヤ笑ってるかも知れないのよ?」
清彦くんが嫌そうな顔をする」

「いや、そんなの序の口ね?下着を鼻に押し付けてショーツに残った清彦くんの匂いをクンクンやって楽しんでるかもしれない」
「ひぃ!」
清彦くんの顔が引きつり、足が下がる。

「いや、案外、今頃はむさ苦しそうな男が清彦くんのはいた下着を穿いてるかも知れないわね」
「ひぃぃぃ!」
清彦くんが自分の股間を押さえて固まる。

「それどころか、今頃、清彦くんのショーツは男の精子まみれに………」
「い、いやぁぁぁ」
うわ。真っ青だ清彦くん。

「だから、もう少し自覚を持ちましょうね?女性としての自覚を?」
「えっと、俺、どうしたらいいですか?また来ますかね?下着泥棒?」
うわっ、清彦くん涙目。ホント、可愛いなぁ。

「とりあえず、当分、下着は家の中に干す。外は今更隠しても手遅れね、リピーターが付いちゃってるみたいだから隠しても盗りに来るわよ?もう何回かやられてるんでしょ?」
「はい、それで……?」

「後は俊秋さんが帰ってきたら相談して、警察に届けておけば警察も少しは目を光らせてくれるでしょうし」
「わ、わかりました、俊秋さんに相談します」
ガクブル状態の清彦くん。本当にいい味出してるなぁ……

「ま、今できる事はそれくらいかな?それじゃ、私は帰るから俊秋さんが帰ってきたら今の事をちゃんと伝えるのよ?」
そう言って帰ろうとする私の学生服の裾を掴む清彦くん。

「お願いします、もう少しここにいて下さい。あの……お菓子ありますよ?食べません?お茶しましょうよ?」
あ、そう言えば清彦くんは男恐怖症だっけ?仕方がない。俊秋さんが帰ってくるまで居て上げようか。

「うん、それじゃご馳走になろうかな?」
私は笑って応え、清彦くんお肩を押して中へと引っ込む。

          ・

それから数日後、近所をパトロールしていた警官が下着泥を捕まえた。
私が脅し過ぎたせいか、清彦くんは盗品受け取りを拒否した。


          * * *

さらに数日が過ぎた。

「佳代さん、いますかぁ?」
私は回覧板を持って隣を訪れた。

「はーい、なんだ。清彦くんか」
奥から清彦くんが顔を出す。
「なんだ、はないでしょ?せっかく回覧板を持ってきたのに」

「それはご苦労様でした」
「ところで奥で何してたんですか?夕食の準備?」
「いえ、二階の部屋の整理です」

「二階?何かしてるの?」
「えっと、ちょっと引っ越しを……」
清彦くんが妙な事を言う。

「引っ越し?どこかに引っ越すの?俊秋さんの転勤が決まったとか?」

「怖い事を言わないで下さい!そんな事になったら元に戻れなくなっちゃうでしょ!」
「いや、引っ越しって言うから?」

「俺の部屋から俊秋さんの部屋にですよ」
「はぁ?なんでまた?」
「昨日、急に俊秋さんに言われたんですよ。僕たちは新婚夫婦なのに寝室が別々というのも変じゃないか?って」

「…………」

「それで俺の寝ている部屋を俊秋さんの書斎にして、俊秋さんが今使ってる大きい部屋を二人の寝室にすることにしたんです。 ……けど、いけませんでしたか?」
私が黙って聞いているのを怒ってると取ったのか、清彦くんが不安そうに聞いてくる。

「ううん、清彦くんの好きにしていいわよ?今この家にいるのは清彦くんなんだから、住みやすいようにしてくれていいから。 で、部屋の引っ越しをしていたと?」
「えぇ、引っ越しは夕べ俊秋さんとやっちゃたんで、今は後片づけですけど」

「ちょっと見せてもらっていい?」
「どうぞ。佳代さんの部屋なんですから。何か注意しておく事があったら言って下さい」
清彦くんの言葉で、私は家に上がり二階の私の部屋のドアを開けた。

          ・

「ほお?」
私の部屋には俊秋さんの机が運び込まれていて、ベッドが無くなっていた。
「ベッドは俊秋さんの部屋に?」
「えぇ」
清彦くんが答える。

「ベッドのあった窓際に俊秋さんからもらった不気味な人形が飾ってあったんだけど?」
「あ、あれですか?俊秋さんに部屋に合わないし、不気味な感じがするから捨てていいよ、って言われたんで、お言葉に甘えて、今朝捨てちゃったんですけど……」

「俊秋さんに言われて?清彦くんが捨てたの?」
私は清彦くんに確認する。

「え、えぇ…… 俺もあの人形を気味悪く思ってたので捨てちゃったんですけど、佳代さんに聞くべきでしたか?」

「ん?いえ、いいのよ、私も気味が悪かったんだけど、俊秋さんから貰った物だったから捨てられなかったの。なんだ俊秋さんも捨ててもいいって思ってたんだ?それで清彦くんが捨ててくれたんだ?うん、よかった!」

私は笑顔で清彦くんを振り返る。多分、その笑顔は会心の笑顔だったろう。 そうか、俊秋さんが清彦くんに捨てさせちゃったんだ?あの人形。 ふふふ。

「そうですか。勝手に捨てていいのか迷ったんですけど、今朝がゴミ出しの日だったもんでつい」
「いいの、気にしないで。そうかぁ、そう言えば今日はごみ出しの日だったわね。今頃は焼却されちゃったんだ」
私は小声でつぶやく。

「え?なにか?」
「ううん、なんでもないの。 そう言えば、今朝お母さんもごみを纏めてたな、って思っただけ」

「あ、うん、母さんも出しに来てました」
清彦くんの表情に戸惑いのようなものが走ったのを私は見逃さなかった。
「あれぇ?清彦くん、ひょっとしてお母さんと何かあった?」

「え?べ、別に何も……」
「ふぅ〜ん?その割りに顔は何かありましたって書いてあるけど?」
清彦くんの顔に私の顔をぐいっと近づけて悪戯っぽく睨む。

「実は……」
「実は?」
「えっと、先に母さんがゴミ出しに来ていて……、双葉のお母さんと話をしてたんです」
「双葉……あぁ、あの幼馴染みの、で?」

「いや、ゴミ出したらさっさと帰ろうと思ってたんだけど、二人の話してる内容が子供の事だったんでつい立ち去りそびれちゃって……」
「子供?それは私の事?」
「はい…… "ウチの清彦は最近、見違えるようによく勉強するようになって"なんて聞いたら気になるじゃないですか? 佳代さん、勉強好きなんですか?」

「大好きって程ではないけど、私はわりと好きよ? 一度通った道だからどう勉強すれば、将来にどう影響するかがわかってるからね?」

「……そうなんですか?俺には理解できないです、勉強が好きなんて?」
「でしょうね?清彦くんが勉強苦手そうなのは、あのノートと教科書を見れば想像付くわ」
そう言って清彦くんに笑いかける。
「で?」

「で、何となく立ち去り損なってたら母さんに捕まって。"子供と言えば、佳代さんは赤ちゃんは?"と話をふられてしまい……」
「あ〜、なるほど。 それで佳代さん、赤ちゃんは出来たの?」

「出来てません!作る気もありません!セックスの意味を聞いて以来、俊秋さんには避妊に気を付けてもらってるんですから!」
「あらら?」
「あらら?じゃないですよ! それで”出来てません”って言ったら、”ダメよ、子供は若いウチに作っておいた方が後が楽よ?”って、言われて俊秋さんとの夜のアレを聞かれて……、そしたら双葉の母さんまでが…… それで二人して排卵日がどうの、体位がどうの、食べ物がどうの、って」
思い出したのか、顔を赤くする清彦くん。

「アドバイスもらっちゃたんだ?」
「もらっちゃいましたよ、なんで実の母に赤ちゃんの孕み方を教わらなきゃいけないんですか?」

「ぷっ、あははは。それは貴重な体験だね、清彦くん」
思わず笑ってしまう私。

「笑い事じゃないです、俊秋さんのアレはどうなの?とか、アレの時にちゃんとイカせてもらってる?とか、息子に聞く事じゃないでしょ?」

「いや、お母さんは知らないわけだから。 目の前の新婚の若奥さんが自分の息子だ、って」
それに多分、清彦くんは聞かれた事は正直に話したんだろうなぁ? 子供だから話をはぐらかす技術がないだろうから。

「だからと言って…… 母さん達があんな話が好きだなんて思わなかったです。俺の話に二人して一々大ウケして聞いてくるんですから」
あ、やっぱり話しちゃったんだ?俊秋さんとの愛の営み?

「それはお気の毒様。 主婦って家族と主婦同士では話す話題が違うからねぇ。清彦くんも主婦仲間と話す時は多少のエロトークを交えた方がいいわよ?」

「できません!そんなの!それは母さんが俺にしたように、母さんに父さんとのアレはどうなの?って息子の俺に聞けってんですか?」
清彦くん、お顔が真っ赤。

「ぷっ。くふふふふふ。ごめん、でもダメ。その状況を想像しちゃったら…… あはははは」

「もう!本当に笑い事じゃないんですよ!早く元の身体に戻りたいですよ!佳代さんになってからロクな目にあってない気がします!」
ふくれる清彦くん。あははは、可愛い。


……でも、ごめんね、清彦くん。私の知ってる限りじゃ、もう元に戻れる手段は清彦くんの手によって廃棄されちゃったの。 清彦くんはこの先一生、主婦をやっていかなくっちゃならないのよ?


「まぁ、我慢してよ。戻れる手段がわからないんだから。清彦くんも大分、主婦にも慣れてきたみたいだから次は主婦同士のコミュニケーションにも徐々に慣れていってよ?」
「主婦同士の…… ですか?できるかな、俺に?」

「大丈夫!清彦くんなら出来るって!今までも何とかこなせて来たんだから。 主婦としても優秀よ、清彦くんは」

いつものように清彦くんを煽てて、それから少しの間、清彦くんの作ったオヤツをご馳走になりながらたわいない会話をしてから私は上機嫌で家に戻った。












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