佳代さん 02 奥様修行


翌朝。

「さぁ、僕の休みも今日で終わりだ。本当に楽しい休みだったね」
「はい、楽しかったです」
俺は俊秋さんの腕を取って身体を預けるようにもたれ掛かる。

「ふふ、佳代って本当に可愛いな、特にこの休みに入ってからは別人のようにいい奥さんだったよ」
「やだ、俊秋さんったら」
俺は褒められた事が恥ずかしくって、上目遣いで俊秋さんを見上げる。

「ははは、ほら、またそんな可愛い仕草を」
俊秋さんが俺の頭をギュッと抱きしめて笑う。
「やだ、恥ずかしい」
顔を上げるとそこには俊秋さんの顔が俺は静かに目を閉じる。すると唇に柔らかいモノが押し当てられて、吸い付く。

チュッ

なんだろう?夕べから恥ずかしい事が自然に出来る。俺は女?俊秋さんの奥さん?身体だけはね?でも心は男なんだから…… だよね? 家に帰ったら本物の佳代さんと相談して元の身体に戻るんだから……戻れるんだから…… だから、今だけの話なんだから。

俺たちは朝食を終えて、チェックアウトをする為に荷物を持ってロビーに降りてきた。
俊秋さんが手続きをしているのを待っていると、ロビーの隅に売店を見つける。

そうだ!あることを思いつき、俺は売店へと入って行って、そこに並べられている商品を眺める。
暫くすると俊秋さんが俺を見つけてやってきた。
「佳代、お待たせ。どうしたんだい?朝ご飯が足りなかったのかい?」

俺の持っていたビスケットの箱を見て、俊秋さんが声を掛ける。
「いえ、お土産に……」
「お土産?」
「えっと、お隣さんに……」
「あ、あぁ、そう言えば佳代はお隣の清彦くんと仲がいいんだよね?清彦くんに?」

「えぇ、よくお話しますね」

そう。佳代さんは暇なのか、俺が学校から帰ってきて外に出てると良く話しかけてくる。 俺が学校であった事を話したりすると、楽しそうに笑って聞いてくれる。特にここ最近は、毎日の日課のようになっていた。……佳代さん、今頃どうしてるだろう?あの優しい佳代さんが心配になる。

「ダメですか?」
俊秋さんにお伺いを立てる。俺は小銭入れしか渡されてないから、俊秋さんがダメだと言えばこれを買う事が出来ない。そうなると俺の家に戻る口実を他に何か考えなくちゃいけなくなる。

「ははは、ダメなわけないだろ?お隣さんと仲良くしておくのは悪い事じゃないからね」
俊秋さんはそう言うと、俺の持ってるお菓子の箱をレジに持っていく。

「さ、それじゃ、ぶらぶらと帰ろうか?」
お菓子の入った袋を俺に手渡し、大きなトランクを軽々と持った俊秋さんがホテルの玄関へと歩み出す。
「ホント、女って楽だよな、重い荷物を持たなくてもいいんだから」
俺は手渡されたお土産を見てから、俊秋さんの後を追った。


          * * *


帰りも寄り道をしながらだったが、それでも夕方になる前にお隣の我が家(?)に帰って来る事が出来た。

俺は着替える時間も惜しんで、ウチにお土産を持っていくと俊秋さんに告げる。
「なんだ?そんなに急がなくてもゆっくり落ち着いてからでもいいじゃないか?」
「いや、でも、ほら?賞味期限とかあるし……」
「はぁ?賞味期限って…… ははは、いいよ、疲れてないなら行っといで」
呆れた顔の俊秋さんの許しをもらって、俺はウチに急いで戻る。

あれ?車庫に車がない?どこかに出掛けてるのか? 少し不安になって玄関のノブに手を掛けると、鍵は掛かってなく、ドアを開けて中にはいる。

「ただい…… こんにちは〜」
声を掛けると奥で人の気配がする。 母さんが出てくるのか、父さんか?こんな姿で恥ずかしいな……

母さん達とうまく話せるだろうか?

しかし、奥から出てきたのは俺自身の身体だった。
顔を見合わす俺と俺……

「きよひこ…… くん?」
目の前の俺が俺に声を掛ける。

「佳代さん…… なんですか?」
俺はおずおずと尋ねる。

「やっぱり、清彦君なんだ?これはどういう事?なんで清彦君が私の姿なの?朝、起きたら私が清彦君になってるし、驚いて家に戻ったら留守だし」
佳代さんはワケが分からないといった風に俺に聞いてくる。決して俺を非難してる口調ではないが、俺に明快な答えを期待している口調だ。

佳代さんに解決を期待していた俺は、逆に佳代さんが俺に答えを期待していた事に戸惑う。
「え、えっと、俺も判らないんです、朝起きたら佳代さんになっていて、気がついたら車の中で−−」
俺は佳代さんに事情を説明する。

          ・

「そうなんだ?清彦くんもわからないんだ?心当たりは全然?」
「はい……、それでこの3日間、俺は一生懸命に佳代さんのフリをして……」
俺の落胆してる姿を見て、気が緩んだのか佳代さんが慰めるように笑いかけてくれる。
「そうだったの、清彦くんも大変だったんだ……」

「それで…… どうしたら戻れるんでしょう?」
俺は佳代さんにすがるように尋ねる。

「それは…… 残念だけど、私にも判らないわ」
「そうなんですか……」
俺はその落胆する。
家に帰れば、佳代さんに相談すれば解決すると思いこんでいたけど、それは佳代さんも同じようだった。

「と、なると問題はこれからね」
「これから?」
「そう、今のままでどうするか、よ?清彦くんは俊秋さんに相談した?」
佳代さんが聞いてくる。

「いえ、なんか行っても信じてもらえないんじゃないかと…… 頭がおかしくなったと思われたらイヤだと思って…… だから佳代さんのフリを……」

「そう、私と同じね。私も清彦くんのお父さん達に頭が変になったと思われたくないから清彦くんのふりをしてたの」

「あれ?そう言えば父さん達は?」
俺は父さん達が今にも外から玄関を開けて現れるんじゃないかとドアを振り替える。
「安心して、お父さん達は実家の方で昔お世話になった人のお葬式が出来たからって、明日まで実家の方に行ってるから。私は知らない人のお葬式にいってもする事がないからって留守番をするようにって言われたの。だから今日は私だけ」

「そうなんだ」
俺は少し安心する。やはり今の俺を見られたくないし…… 自分の着ているワンピースを見下ろしそんな事を思う……
「あれ?清彦くん、私のお気にのワンピースを着てるんだ?」
そんな俺を見て佳代さんが悪戯っぽく笑う。 いや、顔は俺だけど……。

「え?あ、すいません。俊秋さんが出してくれたモノだから……」
顔を赤くして言い訳する。
「"俊秋さん"かぁ?すっかり俊秋さんの奥さんね?」
「いや、だから、それは……」

返事に困り、どぎまぎする俺に佳代さんが笑いかける。
「いいのよ、それは。 というか、そのままでいて貰うしかないから清彦くんが自然に奥さんらしくしてくれた方がいいから」

「え?それはどういう……?」
「さっきも言いかけたけど、戻る手段が判らない以上は戻るまではお互いがお互いのフリをしなくっちゃいけないでしょ?」

「え?でも誰かに相談して……」
「信じてもらえると思う?清彦くんも言ってたじゃない?頭がおかしくなったと思われるって?私もそう思うわ。 朝、起きたら身体が入れ替わっていました。心当たりは何もありません。 それでどうやって信じてもらえる?それでもしつこく主張すれば本当におかしくなったと思われて病院に連れて行かれるわよ?もちろん、入れ替わったのを治す為じゃないわ、おかしくなった頭を治す為よ?」

「……まぁ、そうでしょうね」

「例えばね?」
佳代さんが不気味に笑う。

「私が、私は清彦くんじゃなくって隣の佳代だって言ったとするでしょ?するとお父さん達は私の頭の方を疑うわよね?それでも私は主張を変えない。当然、病院に連れて行かれるわ。そこでも私は佳代だって言い張る。そこで重傷だと診断されたら、そのまま入院よ?最初から狂ってないんだから治るも何もないの。私は一生、清彦くんとは離されてしまう。多分、推測だけどお互いがお互いの身体に戻るには二人が近くに居なきゃダメだと思うの?」

「と言う事は俺は一生佳代さんのまま?」
「そう。俊秋さんの奥さんのまま。それでいい?」
いや、よくないよ!確かに夕べはちょっと俊秋さんを意識しちゃったけど、俺は男なんだしさ?

「しかもそれだけで済めばいいけど、」
佳代さんがずいっと俺の方に顔を近づける。 ……心なしか悪戯っぽく笑ってるような?
「心の方が治らないとなると、今度は身体の方を治療されちゃうのよ?」

「身体の方?」
「清彦くん、性同一性障害って知ってる?」
「えっと、身体は男なのに心は女だって人ですよね?」
「逆もあるけど、まぁそうね。で、私がそれだと診断されるワケ」
「……はぁ?」

「で、心の方が治らないとなると、身体の方の治療って事になるの」
「はぁ、身体の方の治療…… 身体の方?……え? えぇ!身体の方って?!」
「ふふふ、そう、この清彦くんの身体を女の子に治療するの」
「え?え?え?女の子にって!? 俺の身体を性転換手術するって事ですか?ウソですよね?」

「まぁ、私としては女に戻るんだからそれでもいいけど、清彦くんって女の子にしても通じるくらい美形だし?でも、その後に身体が元に戻ったら悲惨よね?結局、清彦くんは女の子として一生を過ごすハメになっちゃうんですから?」
「いや、その時は元に戻してもらえば……」

「一度切っちゃたら元に戻せないでしょ?それとも清彦くんの身体はここを切っても後からニョキニョキと生えてくるの?」
佳代さんは自分の股間を指さし、俺に尋ねる。

俺は佳代さんの言葉に呆然とする。
すると、佳代さんが吹き出す。
「ぷっ!ははは。 そんな愕然とした顔をしないで、冗談よ。そこまでバカな事はならないと思うから。
でもね、その可能性はゼロじゃないのよ?」

俺は佳代さんお言葉にほっとするが、佳代さんは真剣な顔に戻って更に続ける。
「冗談はおいといて、現実的な事を言うと立場的に危ないのは今の清彦くんの方なの」
「俺?」
「そう。私と俊秋さんの家は所謂名家でね。体面とかをかなり気にするの。それはもう異常なほどに!」
何か嫌な事でも思い出したのか、佳代さんの顔が一瞬嫌悪に歪む。

「はぁ、体面ですか?」
「まず俊秋さんの家は妻の頭がおかしくなったと知ったら、即離婚ね?たとえ、俊秋さんが反対しても家の方はなんとしても別れさせるわ。家の名誉、体面に関わるから」
「離婚…… ですか?」

「そう。そうなると清彦くんの行き場所は私の実家しかなくなるの」

「佳代さんの実家…… 実家ってどこですか?」
「九州の山の中の片田舎よ。見栄の固まりのような家よ。あ、ちなみに俊秋さんの実家も同じね?」

「飛行機でも使わないと一日では行けないところじゃありませんか?!」
「飛行機使っても無理だけどね。ド田舎だから。 そんな所に清彦くんは一人で帰る事になるの」
それはイヤだなぁ、俺の知り合いが誰も居ない所か……

「しかも一生、幽閉される……」
「……はぁ?!幽閉?幽閉って何?俺、悪い事何もしてないよ?!」

「気が狂って嫁ぎ先から離縁されて帰ってきた娘ってのは存在自体が罪なの。いるだけで家の名誉を汚す存在だから。 だから、人目に付かない所で一生飼い殺し」

「ウソでしょ?時代劇の世界じゃないんですから?この現代でそんな事が?」

「そんな事があるのがウチなの。封鎖的な家系だから。女だって言うだけで自由がなくなるのよ?信じられる?女は男に絶対服従だって本気で思ってるような家! 大学までは何とか説得して卒業させてもらえたけど、卒業したら就職もさせてもらえずに花嫁修業をさせられて嫁に行かされるのよ?バカみたい!」
佳代さんは嫌な事を思い出してきたのか段々と興奮してくる。

「佳代さん佳代さん、わかりました、わかりましたから、そんなに興奮しないで」
俺が声を掛けると、佳代さんが我に返る。
「あ、ごめんなさい。つい、イヤな事を思い出しちゃって」
佳代さんが咳をひとつして、気を取り直す。

「つまり、このまま頭がおかしいと思われると、清彦くんは一人でそういう家に帰る事になるの。これはさっきの冗談と違ってリアルな現実よ?」
佳代さんの真剣な目が俺を見据える。

「わ、わかりました、俺もそんな目に会いたくありません」
「だから、このまま私は清彦くんの振りをして中学生を、清彦くんは私の振りをして主婦をやってくしか無いと思うの。どう?」

「それはいつまでですか?俺、主婦って出来ませんよ?家事なんてやった事ありませんし」
「いつまでかは私にもわからないわ。案外、明日の朝、起きたら元に戻ってるかも知れないし、1年たっても2年たっても戻らないかもしれないし…… 大丈夫、大丈夫。主婦って簡単だから。それにわからない事があったら聞いてくれれば教えるから。清彦くん、携帯持ってるんだ?」
そう言って佳代さんはポケットから俺の携帯を取りだしてみせる。

「え?あぁ、中学のお祝いにこの春に買ってもらったんです」
「携帯でなら連絡も取りやすいでしょ?わからない事があったら聞いてね?」
そう言ってにこやかにわらいかける佳代さん。

「……わかりました。でも、佳代さんの方は大丈夫なんですか?俺の振りって出来ます?」
「うん、それは大丈夫。清彦くんお父さん達はうまく誤魔化せてるし、学校の事も清彦くんがいつも話してくれてるから何とかできると思うわ」
あぁ、そう言えば学校で起きた事とか、結構佳代さんに喋ってたよなぁ?

「とりあえず、休みはもう一日有るけど、俊秋さんは明日から仕事だから、明日になったらそっちに行って主婦のやる事を教えてあげる」

「……お願いします。 明日から本格的に主婦か…… どうなるんだろ……」
「ふふふ、がんばってね。佳代さん♪」
「そう言えば、佳代さんは中学生をやる事に不安はないんですか?」
「まぁ、不安だけどがんばってみるわ」
……全然不安そうに見えないんですけど?


『それに中学生の男子から人生をやり直すってことは、男として自分で自分のレールを好きに引き直せるって事なのよ、こんなに楽しい事はないわ』
佳代さんが何かをつぶやいた。
「え?何か言いました?」
「うん?別に?それじゃ明日からがんばりましょうね、きよ……佳代さん」

「はい、それじゃよろしくお願いします」

あまり長くいると俊秋さんに変に思われるという佳代さんの忠告に従って、俺は佳代さんに礼を言うと、お土産を置いて俊秋さんの待つ家に帰った。

          * * *

「お帰り。遅かったね?」
俊秋さんが声を掛ける。
「え、えぇ…… お隣、留守でした。お葬式が出来たとかで明日までいないそうです。清彦くんが一人でお留守番してたので話し込んじゃって……」

「え?清彦くんが一人で?大丈夫なのか?まだ中学生になったばかりだろ?」
「あ……、えぇそうですね」
俺は適当に相づちを打つ。

「なぁ?清彦くんも夕飯に呼んでやったらどうだい?」
「はぁ?夕飯にですか……」
「うん、夕飯の仕度はこれからだろ?もう一人分作るのも変わらないだろ?」

「それとも旅行から帰ったばかりで疲れてるからダメ?」
「あぁ、夕飯の支度ですか…… え!?」

「ん?どうしたんだ、佳代?」
「え、いえ!そうですね。清彦くんも夕飯に呼んで上げましょう!」
俺はそう返事をすると家を飛び出した。
「え?!佳代?夕飯はまだ出来てないだろ?」
清彦のとっさの行動に唖然とする俊秋。

          * * *

ガチャッ

俺は自分のウチに飛んで帰るとうちの扉を開けて佳代さんを呼んだ。
「佳代さーん!佳代さーん」

「ちょっとちょっと、玄関で自分の名前を叫ばないでよ、外に聞こえちゃうでしょ?」
奥から苦笑混じりに佳代さんが出てくる。
「と、と、俊秋さんが清彦くんを夕飯に呼んで上げろって!じゃなくって夕飯まだだって、って、ゆうか夕飯!」
俺はパニック状態になったまま佳代さんに訴えかける。

「あぁ、私が一人でいるから夕飯に呼んでくれるんだ?俊秋さんはそういう所は優しいからね。じゃ夕飯が出来た頃に呼んでくれたら行くわ」
そう言って笑いかける佳代さん。

「いや、そうじゃなくって!いや、それはそうなんですけど、言いたいのは別の事で!」
佳代さんが首をかしげる。

「俺、ご飯なんて作れません!!」
「…… えっと、作る気がない?私に食べさせる夕飯はない?それとも技術的に作れない?」
首をかしげたまま佳代さんが聞いてくる。

「最後のヤツです、俺、炊事なんかやった事がありません!」

「あ、あぁ、そう言えば清彦くんは中学生になったばかりの男の子だったんだ?」
ポンと手を打つ佳代さん。

「いや、当たり前でしょ!?佳代さん知ってるじゃないですか?!」
「ま、落ち着いて。でも、ビジュアルって大事よね?清彦くんのその姿を見てるとつい忘れちゃうのよね?普通の女性と話してる錯覚に陥るから」

「そんな呑気な……で、どうしたらいいんですか?主婦なんか無理ですよ?やっぱり、誰かに事情を説明して−−」

「遠くのド田舎の山の中に女のままで一生幽閉……」
佳代さんがぼそりとつぶやく。

「うっ」
佳代さんの言葉に俺の口が途中で止まる。
「だ、だったらどうすれば?」
「ご飯は炊ける?」
「無理です」

「料理は全く?目玉焼きとか、カレーとか?」
「前に作ろうとしたら、卵がぐちゃぐちゃになりました。カレーなんか作り方も知りません」
「ふぅん?経験がないだけなのかな?」
佳代さんはパニックになった俺に比べて、冷静に何かを考えている。

俺のすがるような目に、佳代さんは口を開く。
「明日になったら特訓しましょう。なぁに、慣れたら簡単よ?」
「いや、問題は今晩−−」
「今晩は私が夕飯に呼ばれたお礼にお手伝いするって言って手伝って上げる」
佳代さんの言葉に胸をなで下ろす。

「そうですか、よかったぁ……」
「でも、手伝うだけよ?これからは清彦くんが一人で出来るようにならなくっちゃダメだからね?」
「……はい、わかりました」

「わかった? それじゃ行きましょうか」
そう言って佳代さんは戸締まりと火の元を確認すると、玄関に出てスニーカーを履いて外に出た。

「あ、それと清彦くん?向こうに行ったら私の事は清彦と呼ばなくっちゃだめよ?私は清彦くんの事を佳代さんって呼ぶから、忘れないでね?」
「……わかりました」

家に戻る途中、佳代さんが思い出す。
「清彦…… あ、佳代さん、冷蔵庫の中、何もなかったでしょ?帰りに何か食材は買ってきた?」
「え?無いんですか?冷蔵庫の中はまだ見てないんです」

「そうか、じゃ買ってこなくちゃダメね?」
「そう言う事になりますか……」
「お財布持ってる?」
佳代さんが僕に尋ねる。

「えっと、旅行中に俊秋さんから預かった小銭入れなら……」

俺は小銭入れをワンピースの横の隠しポケットから出してみせる。
「それじゃダメね、千円もないでしょ?2階の寝室の小物入れの一番上に家事用のお財布があるからね?うちに帰ったら俊秋さんに夕飯のお買い物に行ってくるって言ってお財布を取ってらっしゃい」

俺は佳代さんの言葉に頷く。
「わかりました、小物入れの一番上ですね?」
「えぇ」

          ・

俺はウチに付くと、俊秋さんに夕飯お買い物に行ってくる事を告げる。

「あぁ、そう言えば、旅行に行く前に冷蔵庫の中は殆ど片づけたんだっけ?わかった。僕は2階で明日会社に持っていくファイルのチェックをしてるから時間が掛かると思うので、ゆっくり言っておいで」

俊秋さんはそう言って、自分のノートパソコンを取り出して二階の部屋へ上がっていこうとする。
そこに佳代さんが声を掛ける。
「すいません、夕食に呼んで頂けるそうで、ありがとうございます」
「あぁ?清彦くんか。一人で留守番だって?大変だね。聞いた通り夕飯にはまだ少し掛かるけど、待っててくれるかい?」
そう笑いかける。

「あ、いえ、ご馳走になるのも悪いですから夕飯のお手伝いをさせてもらっていいですか?」
「え?できるのかい?」
「えぇ、まぁ少しは」

「じゃ、手伝ってあげてくれるかな。僕は上で仕事がしたいから何も手伝えないからね」
そう言って、俊秋さんは上に上がっていく。

「わかりました。すいませんご馳走になります」
佳代さんはそう言って、俊秋さんに礼を言う。

俊秋さんが二階に行ったのを確認してから佳代さんが口を開く。
「俊秋さんは仕事中はこちらが呼びに行くまでは出てこないから、ゆっくりとお料理が出来るわよ?さ、お財布を取ってきて?お買い物に行くわよ」
「わかりました」
俺はそう言うと寝室から財布を取ってきて、佳代さんと買い物に出かけた。

近所のスーパーまでは歩いていく。

          ・

「そう言えば、佳代さんは車の免許は持ってないんですか?スーパーまでちょっとありますよ?」
「残念ながらね?家が取らしてくれなかったのよ。 短大の時にでも取ろうと思えば取れたんだけど、資金がね?家からは期待できないし、バイトは禁止されてたから。卒業したらすぐに結婚で取る暇すらもらえなかったの。ま、たとえ持ってても運転するのは清彦くんになっちゃってるから意味が無くなっちゃったけどね」
「ははは、そうですね」



そして、スーパーで食材の選び方などを佳代さんに教えてもらいながら買い物を終えて帰る途中、佳代さんが俺に不思議そうに尋ねる。
「清彦くん?どうしたの?」
「は?なにがですか?」

「いえ、お買い物中に何度か店員さんに話しかけられると目が泳いでるというか、怯えるような目をしてる時が何度か会ったから。ひょっとして、前に悪戯でもして怒られた?」
「え?あ……、いえ、そんな事はしませんよ。ほら、俺は今これでしょ?」
ちょっとワンピースの裾をつまむ。
「だから、恥ずかしくって。慣れてないんですよ。近所のスーパーだから何人かは知ってる人だから」

「それだけ?なんか他にありそうな気がしたんだけどなぁ?」

「ははは、気のせいですよ」
俺は誤魔化すように笑う。いや、本当は他に思い当たる事があるんだけどど、まさかね?俺が……

横を向いて歩いてたせいで反対側から歩いてきた男の人にぶつかりかける。
「あぶない」
佳代さんが俺の身体を引っ張る。
「ひっ!」
反射的に身をすくませる俺。

そんな俺を見て佳代さんが言う。
「やっぱりヘンだ?なんで私にまで怯えたような顔をするの?そりゃ、いきなり引っ張ったから驚くのはわからないではないけど?」
睨むように俺の目を直視する。
「すいません、つい」
俺は佳代さんの視線を外して答える。すると立ち止まって俺の顔を両手で挟んで目を覗き込む。

「こら!視線を外すな。やっぱり怯えてるの?」
拗ねたように俺に詰問する佳代さん。

          ・

近くの広場のベンチに腰掛けている俺と佳代さん、幸いにも廻りには誰も居ない。

「すいません、実は男の人が怖いんです」

「はぁ?男の人が怖いって、清彦くんが男でしょう?」
「そうなんです、そうなんですけど、自分が今は女だって意識してしまうと男の人がなぜか、ダメになるんです」
「…………」
佳代さんは黙って俺を見つめている。

「いや、怖いって行ってもすごく怖いんじゃなくて、少しだけですから。 それも一瞬だけの話ですから大丈夫 ……ですよ?」
俺の言い訳が佳代さんが見つめる目に歯切れ悪くなる。

「ひょっとして、旅行中に俊秋さんと何かあった?」
「え?あは、あはは、な、何もないですよ?ほんとうに」

「あったんだ?私に話してご覧なさい?」
「だからなにもありませんって、楽しかったですよ?俊秋さんは優しかったし?」
「話してご覧なさい?」
佳代さんがニッコリと微笑む。

「いや、だから……」
「は・な・し・て・ご・ら・ん・な・さ・い」
あ、怖い、佳代さん怖い。

「えっと、じつは……」
続きを躊躇する俺。
「じつは?」

佳代さん容赦なく続きを促す。
俺は恥ずかしい思いを押さえ込んで覚悟を決める。

「俊秋さんにオチン〇ンを入れられました、ここに」
俺は真っ赤な顔をして股間を指さす。
「へ?あ、あぁ、セックスしちゃったんだ?」
「え?あれがセックスなんですか?」

「え?清彦くんセックスって知らないの?」
「知りませんよ。初めての体験だったんです。俺、女の人のアソコがあんなになってるなんて知らなくて、初めて入れられた時はビックリしちゃって…… ぐすっ」
話しているウチに目から涙が落ちてくる。

ホテルで起こった事、俺のその時の思いを話してるウチに奥に押さえ込んでいた感情が爆発する。

佳代さんにハンカチを貸してもらったのも覚えていない。
涙が止まる頃には俺も少し落ち着いてきていた。

「つまり、清彦くんはそれと知らずに、俊秋さんに犯されちゃったんだ?」
「犯されたんですか?俺?」
「セックスする気はなかったんでしょ?」
「する気どころか、どんなモノかも知りませんでしたよ!」

「つまり、それがトラウマになっちゃったのね、清彦くんは?」
「虎馬ですか?馬鹿の一種ですか?」

「ぷっ、心の傷って事よ。それで男の人に警戒心が働くようになってるのね」
「そうなんでしょうか?治りますか、これって? ……男に戻っても男を怖がるようになるんでしょうか?」

「う〜ん、どうでしょ?でもそれは心配しなくてもいい事よ?それより問題は女の今よね?私には慣れる事としかアドバイスのしようがないわね。それこそお医者さんに言って相談できる事でもないし」

「ダメなんですか?」
「だってどういうの?旦那様に犯されて心に傷を負いましたって?それこそ、俊秋さんの実家に知れたら即、離婚よ?旦那を非難する奥さんはいらないって?」
「そうすると、山奥に一生幽閉ですか?」
「そう」
笑って応える佳代さん。

いや、笑い事じゃないんですけど?
「まぁ、愛し合う男女なら誰でもやってる事だから、清彦くんもそこの所は割り切ってちょうだいな」
「愛し合う男女って…… 俺から見れば男同士なんですが?それに愛してないです……、俊秋さんを」

「う〜ん、まぁ、そうなんだけどね……」
佳代さんは困った顔で首を捻って考える。

「いいです。済んだ事ですから。 明日になったら元に戻ってるかも知れないんでしょ?忘れる事にします」
「戻れなかったら?」
「嫌な事を言いますね?」
「でも、戻れる保証はないのよ?」
「いいです、何とかがんばってみますから。最初は驚いたけど佳代さんの言う通り慣れるように努力します」

「そう、大変だろうけどがんばってね。いっその事、清彦くんの方から俊秋さんを襲ってみたら?そしたら、心の傷も癒えるんじゃない?」
「はぁ?!俊秋さんを襲う?!」
何を言い出すんだ、この人は?

「主導権をこちらに取り戻してやれば、男に対する恐れもなくなると思わない?ばこばこヤっちゃいなさいな?」
「ばこばこ、って!」
俺は思わずスカートの上から股間を押さえて顔を赤くする。

「ははは、いい考えだと思わない?」
「思いません!人にやられるのもイヤだけど、自分から進んでやるのもイヤですよ!」

「はは、そうなの?清彦くんは知ってる? ほら、初体験がアブノーマルな経験をした女の子は淫乱になるっていうのよ? 初体験で清彦くんは男なのに俊秋さんに犯されちゃったんだから、ある意味かなりアブノーマルだったんだけど、どう? 淫乱な女の子になった自覚はあるの?」
「ありません!淫乱にもなってません!何を言うのかなぁ、佳代さんは!」
俺は佳代さんの言葉に呆れかえる。

「ふふ、涙止まった?」
え?あれ?ひょっとして落ち込んでた俺を慰めてくれたのか?変な方法だけど?

「はは…… 止まりました。それじゃいきましょうか」
俺はベンチから立ち上がる。
「うん、それじゃ夕飯を作りに帰りましょうか、淫乱妻の佳代さん」
「淫乱、言わないで下さい」
俺たちは立ち上がって家に帰る。

「でもね、その身体は好きに使ってくれていいからね、清彦くん。やりたくなったら、好きにやってね?私は怒らないから」
「だから、恥ずかしい事を言わないで下さい。やりませんよ。 ……って、俊秋さんが襲ってこない限りは……」

          * * *

家に帰ると俺は佳代さんに炊飯器の取り扱い方とみそ汁の作り方や包丁の扱い方を倣った。

横で調理の実践をしながら、俺にも練習させて行く。

「包丁は良く切れるから取り扱いは充分に気を付けてね? 油断してると簡単にザックリやって血がドバドバ出ちゃうからね?」
「はい」
「後、火の取り扱いもね?清彦くんは素人なんだから火を使ってる時はそばから離れない事。いい?火事には気を付けるのよ?」
「わかりました」
「料理のレシピ本はここに何冊か置いてあるから。佳代さんは専業主婦だから時間は充分にあるので出来そうな物から料理のレパートリーを増やしていけばいいからね?」

「はい。 って、佳代…… 清彦くん、私がずっと佳代さんのままだって前提で話してません?」
「うん、話してる。明日には元に戻ってるかも知れないけど、ずっと戻れないかも知れないでしょ?
だったら、最悪の場合も考えておいた方がいいからね?だから、思いつく限りの事は清彦くんに教えておくわよ。いい?」
確かに佳代さんの言う事ももっともだ。俺は素直にうなずいた。
「わかりました。お願いします」

結局、夕飯の支度の合間に俺は料理の他に洗濯の仕方や家の掃除の仕方まで教わった。
俺も必死に覚えるようにした。 ヘタをして、他人の身体のままで山奥に一生幽閉はイヤだからね?

          ・

「とりあえず、全部は覚え切れてないと思うから、わからなかったら携帯で聞いてね? 一応、私も理由を作っては様子を見に来るけど、頻繁にここに出入りは出来ないと思うからね」

とうとう、本格的に俺が主婦をやるのか。俺は隣でにこやかに俺を指導する佳代さんを複雑な気持ちで眺めた。

佳代さんは夕飯を皆で食べると、後かたづけを手伝って俊秋さんに夕飯の礼を言うと俺に「後はがんばってね」と言って俺のうちへ帰っていった。

その日は俊秋さんは夕飯時以外は部屋にこもって仕事の準備に没頭していたので、俺は比較的気楽にしていられた。就寝時も先に寝ていいと言われたので、俺はさっさと寝る事にした。

佳代さんの話では、基本的に俊秋さんより先に寝るな、俊秋さんより先に起きて朝の準備をしろ、と言う事だったが、俊秋さんから許しを得た時は例外だそうだ。
意外と昔気質ってヤツなのかな?佳代さんにしては意外な感じだ。

それにしても、早起きはしなくちゃいけないのか。主婦ってのは大変だな。
− だからね?睡眠不足を補う為に主婦のお昼寝は当然の権利よ?
なるほど、納得。


          * * *


翌朝、俺(佳代さん)用の目覚ましが鳴ると、俺は覚ましを止めてベッドから出る。
もはや習慣のように自分の身体を確かめる。
「やっぱり、今日も佳代さんか……」
落胆しつつ、下着を替えて、服を着替える。

「慣れてきたのかなぁ……」
ブラで被われた自分の胸を見ながら、上着を着てスカートを穿く。
「佳代さんって、スカートしか持って無いのか?せめてジーパンとか?」
身だしなみを整えて化粧台に座り、昨日、佳代さんから教わった基礎ケアを自分の顔に施す。
「俺、男子中学生なんだよなぁ……」
鏡の前の美人を見て、つくづくとため息をつく。

部屋を出て、階下に降りていき所用を済ませると朝食の仕度に掛かる。

初日から手抜き。昨日のみそ汁を暖めて、佳代さんが用意しておいてくれた物をテーブルに並べる。

「よし、7時だ。後は俊秋さんを起こしてっと」

それにしても夫婦で寝室が別々って当たり前なのかな?うちは父さん達は一緒の部屋で寝てるけど。ま、俺としては助かるけどね?緊張しなくて済むし、アレの心配も…… あれ?そう言えばセックスする時はどうして…… いやいやいや、俺は何を考えてるんだ?

− 初体験がアブノーマルな経験をした女の子は淫乱になるっていうのよ?

違う違う違う、そんなんじゃない、そんなんじゃない、そんなんじゃない!
俺は激しく首を振りながら階段を上がる。

……でも、実際にはどうやってるんだろ?やりたくなったら、俊秋さんが夜中に勝手に部屋に入ってきてのし掛かってくるんだろうか?怖ぇ〜、やっぱり怖いよ、男の人って!部屋に鍵掛けたら怒られるのかな?


そんな事を思ってるうちに足は俊秋さんの部屋の前に。
俺は俊秋さんの部屋をノックしてドアを開ける。
「俊秋さん、朝食が出来ましたよ」

「ん?あぁ、おはよう。佳代」
俊秋さんがベッドから起きあがる。
「おはようございます。朝食の用意が出来てますよ。降りてきて下さいね」
俺は笑顔を作ってそう言うとさっさと先に下におりた。

やばい、なんで俊秋さんの上半身見て胸がドキドキするんだ?寸前にあんな事を考えてたから?
つか、なんで上半身はだけてるの?つか、なんで男の裸を意識するんだ?俺、男だぞ?

− 淫乱な女の子になった自覚はあるの?

だから、違うって!違う、違う。そんなのじゃないって!

俺がキッチンでみそ汁をよそっていると俊秋さんが起きてきた。

一緒に朝食を取ると、俊秋さんは洗面所で顔を洗って自分で身支度を整えて会社へと出て行った。
佳代さんの言う通り、本当に手間が掛からないんだ、俊秋さんって。

          ・

俊秋さんを見送って、朝食の後かたづけをしていると佳代さんがやってきた。
「お、やってるね。佳代さん」
なんだか俺に"佳代さん"って呼び掛けられるのも変な感じだな。

「どうしたの?妙な顔をして?」
「いえ、自分に他人の名前で呼び掛けられるのも変な感じで……」
そう言って、苦笑する。

「ははは、仕方がないわよ。元に戻ってなかったんだから」
「ですね。何が原因なのかなぁ?せめて何かヒントでもあれば……」
洗い物を続けながら愚痴る俺。

「私も考えてみたんだけど、わからないわね。ドラマなんかだと一緒に階段を落ちたとか、一緒に電撃を受けたとかあるけど、清彦くんと接触すらしてなかったものね?」

「えぇ、普通に寝てただけです」
「清彦くんに幽体離脱の経験があるとか、呪術を扱う家系だとか、怪しいお店で怪しいアイテムを買ったとかはない?」
「……まったく」
俺は普通の中学生でオカルト方面には全く興味もない……


佳代さんはため息をつく。
「どうしようもないわね? 磁場の問題かしら?ここの土地がそういう特殊な地だとか?」
「そうなんですか?」
「わからないわよ?だとしたら、ここで暮らしてさえいたら、また何かの拍子に元に戻るかもしれないわね?」

俺が洗い物を終えて、手を拭きながら佳代さんを振り返ると、佳代さんは椅子に座って自分でお茶を入れて呑気そうに啜っていた。

「なんか気楽そうですね、佳代さん?必死感が伝わってこないんですけど?」
「うん、男の子の生活って正直言って楽しいから、暫くはここままでもいいかな?って」
笑って、とんでもない事を口走る佳代さん。

「いや、待って下さい!俺はこのままはイヤですよ?」
「うん、それはわかるけど、だからと言ってどうしようもないでしょ?だったら、私みたいに状況を受け入れちゃいなさい?でないと心の方が壊れちゃうわよ?」

「はぁ…… ですか?」
「ですよ。さぁ、気を取り直して昨日のお浚いをしましょうか? あ、お洗濯が先ね?旅行中からのが溜まってるでしょ?」
「え、はい、溜まってます。じゃ、教えて下さい」
……なんか、誤魔化させられた気もするなぁ?

          * * *

昼までに洗濯機の使い方と洗濯物の扱い方を教えてもらう。
「あ〜ら、今の若い子はこんな派手な下着をつけてるのね?まったく色気だけは一人前なんだから」
「いや、それ佳代さんが買ってきて付けてるんでしょ?」

それが終わると家の中の掃除の仕方を習う。
「あ〜ら、佳代さん窓のサンがこんなに?指が汚れてしまってよ?」
「だから、意地悪なお姑さんですか?!」

昼前になると料理で昨日のお浚い。

「何、この濃い味付けは私を高血圧で殺す気なの?怖い嫁だこと」
「佳代さん、いつの間に俺の義母になったんですか?」

お昼は俺の失敗作と夕べの残りでお昼ご飯を二人で食べた。

「しかし、主婦って大変ですね?」
「いえ、そんなに大変って事でもないわよ?慣れたら昼前に全部、余裕で終わらせられるしね。朝早くて夜遅い上に24時間営業って処は大変だけど、昼休みは長く取れるからね?」
「はぁ、そんなもんですか?」
「慣れよ、慣れ」
そう言って俺の背中をぱんぱんと気楽に叩いてくれる佳代さん。

「昼からはお買い物にいくわよ?言葉使いに気を付けてね? 佳代さんは女性で、俺は男子中学生だからね?」
佳代さんが後半を俺の口まねをしてみせる。
「はい、わかりました、清彦くん」
俺も佳代さんのマネで答える。
「ははは、その調子」

          ・

「そう言えば聞きたかったんですけど、佳代さん」
買い物に行く途中、俺は佳代さんに話しかける。

「清彦くん」
「え?」
「俺は清彦くんだって言ったでしょ?」
「あ、あぁ、清彦くん、聞きたい事があるんだけど?」

う、やっぱり恥ずかしいなぁ、この呼び方……

「なに?佳代さん?」
「清彦くん、服はスカートしか持ってないんですか?」
「やだなぁ、佳代さん。俺がスカートを持ってるわけないじゃないか。 男がスカートしか持ってなかったら変態だよ?」
そう言って笑う佳代さん。

「………… からかってるでしょ?佳代さん?」
俺はジト目で佳代さんは睨む。

「ははは、わかる? で、スカートの件だけど、探せば確かスラックスが一つあるはずよ?スカートは嫌い?」
「穿くのはね?短いとスースーするし長いと足に絡むし、なんとかなりませんか? てか、なんでズボンを持ってないんですか?」

俺は穿いているロングスカートの裾を足でパタパタやって佳代さんに抗議する。

「う〜ん、それは俊秋さんの趣味? てか、女はスカートってイメージを持ってるからね。悪い人じゃないけど、昨日も言ったけど封建的な家で育ったから自然と女にお淑やかさと従順を求めるのよね? で、スカートはその象徴」

「と言う事は、俺は俊秋さんの前ではスカートしか穿けないんですか?」
「ううん、穿けない事はないわよ?俊秋さんが嫌がるだけで?」
そう言って笑う。

「…………」
「でも、俊秋さんは優しいからズボンが欲しいって言えば買ってくれるわよ?」
「俊秋さんの機嫌を損ねてまで欲しいとは言えませんよ」
俺は頬を膨らませて拗ねる。
「やっぱり、まだ男の人が怖いの? ま、スカートも慣れよ、慣れ」

「そう言えばお金は全部、俊秋さんが管理してるんですか?」
「そう、お金は全て旦那様から頂く。 亭主関白を気取ってるワケじゃないけど、それが当たり前の家で育ったからね。 でも、今はそれの方が良かったわね。 清……佳代さん、お金の使い方になれてないから、お給料を全部渡されたら月末までに使い切っちゃいそうだからね」

「そうか、俊秋さんから必要な分だけもらってた方が失敗しないから、いいのかな」
「そうね、慣れないうちはお金の配分に失敗するわよ?」

「そうかぁ……、主婦って難しそうですね?益々、不安になってきたな」
「ふふふ、でも清彦くん怒るかも知れないけど、私が奥さんをやってるより、清彦くんが奥さんをやった方が俊秋さんと合うんじゃないかしら?」

「はぁ?!なにを言うんですか?」
「だって私は育った環境のせいで、昔から女だって言われて押さえつけられるのに抵抗を持ってたから俊秋さんに対しても知らず知らずの内に不満な空気を漏らしてたけど、清彦くんって素直でしょ?俊秋さんに逆らわないからね、清彦くんは」

「そりゃ、この環境になれてない上に、俺は子供だけど俊秋さんは大人だし、あの初体験のせいで俊秋さんに逆らうのが怖いってのもありますからね」
「でしょ?従順で献身的な奥さんになれる素養は充分じゃない?」
そう言って佳代さんは明るい笑顔を俺に向ける。 ……ヤだなぁ?

「やですよぉ、俺は男なんですから、男の人に尽くすなんて?」
「そぉ?合うと思うんだけどなぁ?せっかく俊秋さん好みの奥さんになってるんだし?」

「言わないで下さい」
俺は頬を膨らませて、佳代さんに拗ねてみせる。

会話の内容はともかく、俺たちは余所から見ると仲の良い姉弟のように楽しげに話ながら買い物をして廻った。

そして、日が落ちて、俊秋さんが帰宅する頃には佳代さんの指導のおかげで指に多少のバンソウコを巻きながらも自力で簡単な料理は出来るようになっていた。


          * * *


こうやって俺の危なげな主婦業は始まっていった、一週間、二週間………、不幸にも元の身体に戻る気配もなく、幸運にも周囲に入れ替わっている事もばれることなく……











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