「秋山家の陰謀 05・わかりあう日、選び取った日常」
「本当にただ気を失っておられるだけなんですか?薬の変な影響じゃないでしょうね!」 「薬の影響?なんだ、それ?」 「あ……」 「いいか、双葉。 あの薬は飲むと体を交換した相手を無性にムチャクチャにしたくなる衝動に駆られる。体を入れ替えた時にはくれぐれも気を付けるんだぞ?」 「え?そうなのか? じゃ、清彦はもう双葉から元に戻れないのか? ありゃ〜、それはショックだったろう」 「だから、最初に言っただろ? 清彦は跡継ぎとして人の上に立つ資質がない、と。 幸いにも清彦のそばには双葉という優秀な人材がいるからな。 双葉なら清彦と変わっても、清彦も双葉も幸せにやっていけると思ったんだけどな」 「どちらも幸せって……、私がダメなら若葉さんがいるっておっしゃったじゃありませんか! 若葉さんと変えるって!」 「うそ?うそってなんです?」 「貴方ったら外道」 「そ、そんな。 どうやったら幸せなんて言葉が出てくるんですか? 私はいいですよ、私は。でも、清彦様は何も知らずに私にされちゃって、幸せになれるわけがないじゃないですか? ……そう、それに命令! 清彦様は一生、私の命令に逆らえないんですよ? 私はもう使う気はありませんけど、使われる身からしたら不安に決まってるじゃないですか?」 「あ、命令は大丈夫。あれは消える力だから」 「1ヶ月から2ヶ月で命令される方に効かなくなる。 個人の気力次第で個人差が出るけどな」 私は奥様に振り向く。 「お前も1ヶ月くらいで効かなくなったもんな?」 「ふふ、なにを莫迦な事を。 私があの程度の呪縛を1ヶ月も破れないわけないじゃありませんか?半月もあれば充分ですよ」 今度は旦那様が驚いて聞き返す。 「うわっ、なんてヤツだ。 じゃあ、あれをこうしたり、ああしたりしたのも自分から好きでやっていたのか! 初めて知ったぞ、変態か、お前は?」 『『そんなことはない!』』 「なぁ、双葉。(こいつ)(この人)の方が変態(だよな?)(よね?)」 ・ 「と、とにかく。命令は効かなくなるんですね?」 「まぁ、それならそれはいいですけど…… だいたい、そんな危険な薬で清彦さんに万一の事が起こったらどうするつもりだったんですか? 現に私に襲われて清彦さんは大変なショックだったんですよ? 万が一、自殺でもされたらと張本人の私ですら怖かったんですから!」 「あ〜、それはな…… 保険掛けといたから、大丈夫かな?って…… ははは……」 「あの保険はあまり趣味がいいとは言えませんね。 あの保険がなければ、双葉さんも迂闊に決行をしなかったかも知れませんのに」 なに?また私の知らないところで何かやっておられたの?旦那様? 「いや、やって欲しかったんだもん、俺。 だから、双葉が行動に出やすいように段取りを整えたんじゃないか?」 「双葉、住み込みの山下が旦那様が居ないからって屋敷を出て、どこに帰るか不審に思わなかったの? 私たちの留守中、登下校は車で来てたんでしょ? 屋敷を出てる意味無いじゃない?」 「えっと…… それは私と清彦様を二人っきりにする為にわざわざ……?」 「それのどこが保険なんです! 危険じゃないですか?!」 「なんでしょう?旦那様?」 「清彦さんの隣の部屋にいましたけど? 生死に関わらない限り手を出すなと言われてましたので、手は出しませんでしたが止めた方がよかったでしょうか?」 旦那様は私の方を見て微笑む。 「な?じゃな〜い!な?じゃ! 山下さん!見てたんですか?」 「で、どうだったの?」 「そりゃもう、双葉さんは腹黒で鬼畜のような所行を清彦様に…… いやぁ、あの薬の力って怖ろしいですね? 普段の双葉さんには考えられないような振る舞いでした」 え?じゃ、山下さんはあの薬の事を知っていた? − ははは、双葉さん、そういうのをデートって言うんですよ。じゃ、楽しんできて下さい 私は心当たりを思い出し山下さんを指さし叫ぶ! 「あのとき? あ、朝、帰ろうとしてたのを双葉さんに見つかった時ですか? うっかり口を滑らしましたけど、気が付いてなかったようなんで、助かりました」 「帰ろうとしていた? お屋敷に泊まってたんですか?」 山下さん、あなたは風車の弥七ですか? 「はい?? 若葉……さん?」 「あぁ、こいつらな運転手と秘書でいつのまにやらくっついてやんの。所謂、車内恋愛?」 「誰が巧いこと言えと! ひどいです!旦那様!旦那様はそんなにしてまで清彦様を後継者にしたくないんですか!」
「うん、したくないね。 させると清彦は潰れるからな。 こいつは優しすぎる、しかも天然系。 そう言って、旦那様は今までとうって変わって真剣な表情で私に頭を下げる。 「お前がうちに来た時から清彦が好きなのを知っていてお前の感情を利用した。 他の事には積極的に動けるお前が清彦にだけは奥手なのを知っていて利用した。すまん!」 ダメだ、感情が暴走しようとしている…… 「そ、そんなの、そんなの…… 私が清彦様に『好き』だなんて…… 言えませんよ。 あの日、私が両親を亡くして…… 私を引き取ってくれる身内も居なくて…… 父さん達の残してくれた財産はほんの少しで…… そんなときに…… 私の前に全く血の繋がりのない遠縁の旦那様が現れて…… 『うちに来ないか?』って…… 連れてこられたお屋敷には何不自由ない生活と優しい奥様と…… 何でも無条件で受け入れてしまう清彦様がいて…… 家に現れた見知らぬ女の子にさえ、昔から居る あふれる言葉が止められない…… 「そんなので何が言えます? 何も持ってない女の子が無くした以上のものを与えられて、その上に清彦様まで欲しいなんて言えるわけないじゃないですか? 清彦様を手に入れようと思ったら、それに見合う存在にならなくちゃ、実績を示さなきゃ。 だから……だから、がんばって常に清彦様より優秀でなくちゃ! そう思って…… でも、清彦様は名家の跡継ぎだから、いつ、いい人が現れるかわからないから一刻も早く…… 成果を示さなくちゃ…… 清彦様を手に入れる為に清彦様と親しくしている暇もなくて…… それでも清彦様と接点を持ちたくて…… メイドっぽくしてたら清彦様の世話を焼けるかな?って…… 本末転倒してるのにも気付かない程、血迷って…… そんな事をしているうちに気が付いたら、今のおかしな関係が出来上がちゃってて…… せっかく旦那様が婚約者として認めて下さった時には…… ひくっ、ひくっ 告白なんて…… 甘えるなんて……ひくっ できなくて……」 なんだろ?私、泣いてる? 旦那様の手が優しく私の肩に掛かる。 「本当に悪かった。とにかく清彦の目が覚めて、双葉の頭が冷静に働くようになってから、もう一度皆で話し合おう。 すまない」 そう言って旦那様は山下さんに声を掛ける。 「ぐすっ、いいです、私がお運びします」 「ははは、私は男ですよ?こんな可愛い女の子くらいわけありませんよ?ぐすっ」 私は清彦様をお姫様だっこして立ち上がる。 ・ 「で、なんで付いてこられるんですか?」 歩きながら奥様に質問する。 奥様は笑って答える。 「間違い?」 「じゃ、なんで?」 「う〜ん、意地の張り合いで負けたのかな? 普通はね、一ヶ月もヤり続けてたら気持ちいいも何もあったもんじゃないの。 でも二人とも意地っ張りだから止められないのよね。 でもね、ある日、あの人の顔を見てたら泣いてるように見えたの。 別に本当に泣いてはいないんだけど、なんとなくね。 そしたらね、あぁ、こいつそう言えば昼間は俺のしでかした失敗のフォローに走り回っていて、その中で毎日三食、自分の手作りの食事を差し入れに来て、夜は無駄に体力使って俺を屈服させようとしてるんだなぁってね。 俺がここで喰っちゃ寝、喰っちゃ寝してる間にこいつは俺のせいで、俺の為に、進んで貧乏くじ曳いてるって。 ははは。 そしたら、あぁ、おれの人生こいつに丸ごと預けちゃってもいいかなぁ?ってね。 そう思っちゃたの、で、その時点で私の負け決定、あはは。女性として生きるのは抵抗あるけどこいつの妻ならいいかって、ヘンかな?ヘンね。ふふふ」 清彦様の部屋の前につき、奥様がドアを開けてくれる。 「その後は喧嘩もせずにずっと、旦那様についてきたんですか?」 「へぇ、何があったんですか?」 清彦をベッドに寝かせ、二人はとも部屋を出る。
* * *
僕はその日、世界が変貌したのを実感した。 与えられた絶望に、足は支える力を失い。 動かす力を失った体はそばのソファに横たえられた。 でも、耳は生きていた。 厳格だと思ってた父がそうではない事を知った。 双葉の暴挙のワケを知った。 そして、絶えず僕の事を想っていてくれた女の子の存在を知った。 今まで嫌われてると思っていた女の子を本当に愛しいと思った。 あぁ、ダメだ。怒りも憎しみも湧いてこない、ホント、皆の言う通り僕はヘタレだ……
… 僕さえしっかりしてれば父が暴挙にでる事もなく、暴挙がなかったら双葉も暴走しなかった? 一番の被害者は父さんに利用された双葉? どれから、何を、なんて謝ろう……
* * * あれから双葉は何度か部屋を覗きに来ていた。 父さん達と何か話し合ったのかはわからない。 そんな事を考えていると、背中の方で扉の開く気配がする。 扉を閉めて中に入ってくると、カタンと小さな音がする。ベッドのそばに椅子を持ってきたようだ。 ・ 暫く、時間が過ぎる。 ぐすっ 背後で鼻をすすり上げる音がする。 泣いてる?だめだ、双葉をこれ以上、泣かせちゃ。
「ごめん……」 頭の整理がつかないまま、声が先に出ていた。 がたっ!椅子が床に当たる音がする。 「清彦様!起きてらしたんですか?!」 「気絶された事ならもういいんですよ、夕飯にされますか?ご用意はできていますから」 「その事じゃない、今までの事全てだ。 僕が双葉に今まで面倒ばかり掛けさせた事。 双葉の想いに全く気付いて上げられなかった事、そして、こんな事態を招いてしまった事全てに、……ごめん」
困惑する双葉。 「いいんだ、もういいよ。 倒れている間の会話は全部耳に入っていた、だから……」 本来なら、女の僕に男の双葉を捕まえる力はない。 でもいきなりな事態に頭の理解が付いてこない双葉は僕のなすがままに僕に体の動きを任せる。 「え!」 「あ、あの…… な、何の事です?私の想いって…… えっと、全部、聞いておられた……?」 「あぁ、今までその事を考えていた。 そして、双葉がウチに来てから今までの事を思い出してた」 「……聞いてた。 ……あれを?」 だめだ、今双葉を逃がすとタイミングを完全に失ってしまう。 そんなことをそうしたら、僕は本当のヘタレ野郎だ。 逃げられないように全力で双葉を抱きしめる。 「聞いてくれ、双葉!好きだ!」 「な、何を言い出すんですか、清彦様」 「僕はずっと、双葉に避けられていると思ってた。 全てにおいて優秀な双葉から見たら僕は本当に頼りなくって、そんなヤツの婚約者にさせられた事を不満に思われていると思ってた」 「わかってる、今の僕は双葉の想いを知ってる。 今度の事も僕の事を思ってやってくれたんだって知ってる」 「いいんだ、薬のせいだったんだろ? 双葉は何も悪くない」 「いいよ…… それだけ僕を想っていてくれたんだ。 あの痛みは双葉の心をわかってやれなかった僕への罰だ」 「……清彦様は ……ヘタレです。 ……なんで ……何でこんな酷い事をした双葉を ……許そうとするんですか」 僕は自分の胸に手を置き、双葉に話しかける。 「うん、でもね、双葉は僕に酷い事したっていうけど、犯された事自体は別にいいんだよ? ほら、僕は生まれたときからの女の子じゃないから、この体もなんか借り物みたいな感覚があるんだよね。だから処女を失った事による精神的なショックって言うのはないんだ。 要するに体の痛みだけなんだよね。 僕から見ればそれは忘れられる痛みなんだ」 「でも、それで…… そのせいで清彦様はこの体に二度と戻れなくなってしまったんですよ! 双葉に盗られてしまったんですよ!」 僕は逃げる事をしなくなった双葉の肩を起こし、顔同士を付き合わせるようにする。 「ほら、見てごらんよ? むさ苦しい男子高校生と可愛い女子高生。 オマケに男子高校生には秋山家なんてやっかいな足枷が付いてる。 方や可愛い女子高生には全力で愛してくれる素敵なナイトが付いてる。 どっちがお得だと思う? 間違いなく僕の方だ」 「素敵なナイトって、立った今、むさ苦しい高校生って言ったばかりじゃないですか?くすっ」 僕は双葉の抗議にちょっとイタズラを思いつく。 「そうだね、例えば……」 「清彦様ぁ、双葉は可愛くないですか? 双葉、哀しいです」 ガタっと双葉の体が引きつる。 「き、き、清彦様!なんてことをするんです! うわっ、心臓がドキドキする、いつの間にそんな技を……」 「ね?可愛いだろ?」 「昨日の?あぁ、解説書のヤツ?うん、狙ってやった。 結構、効くんじゃないかな?って」 「じつは双葉のモノマネ」 「双葉、覚えてないだろうなぁ。 昔ね、双葉が初めてこのメイド服を着たのを僕が見たときに双葉がやったんだよ? 少し上目遣いで恥ずかしそうに『作業用にと購入したのですがヘンでしたか?』って僕の目を見て…… 僕はアレにやられちゃったんだけどね。 それがあってから、ひょっとして僕は双葉に好かれてるのかな?と思ったんだけど、双葉の態度は厳しいままだったから、あれは僕の勝手な自惚れだったと思ってたんだ」 「私…… あの時、そんな事をしたんだ……」 「うん、した。 ね?可愛いだろ? だから、僕の方がお得な目にあってるんだ、双葉は気に病まなくていい。 どちらかと言うと父さんの言ったとおり被害者なんだから威張っていい」 ・ 話に一つ区切りがついたところで僕は双葉に尋ねる。 「ところで、夕飯残ってる?」 「いや、いいよ、食堂に行こう」 「あの…… 清彦様?」 「なに?」 「うん、握ってる。双葉が逃げないように」 「だ〜め、清彦になった途端に可愛くなるなんてズルいことをする双葉へのお仕置き。 双葉の時にやってくれなかった事へのイヤガラセだから」 ・ 食堂で双葉が食事の用意をしてくれるのを待つ。 「そう言えば、父さん達は?」 「これで足りなければ、他に何かお作りしますが?」 そう言って、僕はスプーンを手に取り、シチューを口に運ぶ。 「あちっ、そう言えば双葉って割と猫舌だよな?」 「うん、大丈夫、冷ましながら食べるから。 そう言えば、味覚も微妙に違ってるな。甘い物なんか今までより美味しく感じるんだよね」 夕食と言うより、夜食を食べながら双葉と自然な感じで会話をする。 「体が変わったら見かけ以外にも違ってくる事が色々と出てくるんだな」 「そうなのか?そう言えば、これからは女の子らしくしなくちゃいけないな、双葉なんだから」 「あぁ、そうか。そうだよね、これからはいつも女の子を自覚しなくちゃダメか。 双葉は大丈夫?男らしくできる?」 「うわっ!ひどいな。そんなに男らしくないのか、僕は?」 「えっと、それは褒められてる?けなされてる?」 「ははは、そうだったのか。 ご馳走様、美味しかったよ」 「あ、私が片づけますから……」 「ははは、それは男女差別ですよ? 男にも家事は任せなくっちゃ」 テーブルの上には双葉が紅茶を入れてくれていた。 「いつも清彦様はブラックのコーヒーなんですけど、味覚が変わってるなら私の好みの方がいいかと思ったんで紅茶にしましたが…… コーヒーの方にしましょうか?」 「はい?なんでしょう?」 「二階にですか? 下の方が家事や掃除をするのに便利なんですが…… あっ?」 「そんな!清彦様に家事なんてさせられませんよ!」 「いえ、ダメじゃないです、でも…… いいんですか? 清彦様の隣の部屋なんて?」 ・ 「それでは明日にも部屋を引っ越します。 では、今日はもう遅いですし寝ますか?お休みなさい」 僕はその双葉の服の裾を引っ張る。 振り返った双葉は顔に赤みが差している。 「いや…… でも…… 間違いがあったら……」 「えっと、それはそうですが……」 まだ躊躇する双葉。 仕方がないなぁ。 「清彦様ぁ、清彦様は双葉と一緒に寝るのはイヤなんですかぁ? 双葉は……双葉はとっても哀しいですぅ、しくしく」 「ふふふ、だったら言う事を聞いてくれる?」 「一緒に寝てくれる?」 「うん、大丈夫」 「なんだか、気を失ってから清彦様、少し変わりましたね?言う事が大胆になりましたよ?」 「いやだぁ、何を言い出すんですか、本当にもう!」 ・ ・ ・ 女に、男に、異性になってしまった事は二人にとって大変な事だけど、二人ならやっていけそうな気がする。 −多分、こんな事をされてもこいつは恨んだり憎んだりする感情をいつまでも維持出来ないんだ。 ははは、本当だ。 それに関しては悔しいけど、父さんの目は正しいのかも知れない、まいったな。 ・ ・ ・ その夜、それぞれがお風呂に入り、急速に打ち解けた二人はベッドに入ってからも今までのすれ違った溝を埋めるかのように話し続けた。 昨日の映画の後の喫茶店で、映画の感想で盛りあがった時のような高揚した気分で二人の思い出話を、未来を、いつまでも話し続けた。
* * *
二ヶ月がたった。 「ただいま〜」 「おぉ、双葉か?清彦は一緒じゃないのか?」 「そうか、がんばってるな。どこかのヘタレ女子高生と大違いだ」 「あぁ、ちょっとな。 先に双葉だけでもいいか。 書斎まで来てくれ」 ・ 「で、なに?父さん」 「お前、最近はすっかり双葉が自然になってるな?どうだ、学校は?」 「清彦の方はどうなんだ?やっぱり嫌そうか?」 「ははは、っていいのか? 清彦を他の女の子に取られるぞ?」 「うわっ!のろけやがった!、男のくせに!」 「恥ずかしいとか言っておきながら、自分を女と言い切るか? さすがはアイツの息子だな」 「しかし、双葉になってから随分と言うようになったな」 「そうか……、清彦、いや双葉は本当にあのままで納得してくれてるんだろうか?」
「で、この件に関して最後のズルくて卑怯な告白なんだが……」 「なんです、それ?」 「完全版って、まさか?」 「そうだ、これはたった一つの条件さえ満たしていなければ、どんな条件の人間にも効く。副作用もない」 「他の換魂丹の影響下にない事。 もう2ヶ月たったんだから効くはずだ。 製造法はあの本に書いてあったんだが、材料が現代ではもう手に入らん。 だから最後の一粒」 僕は机の上の小箱に目を奪われる。 「ひょっとして……これは、父さん達の時もやったんですか?」 「母は考えぬいて今の状態を選んだんですか? それとも父さんが説得したんですか?」 −お前は中途半端な覚悟で俺を妻にすると言ったのか? 「それから、ずっと嫌みったらしく20年近く奥様言葉だ。 怖いぞ、あいつは。 ははは」 「あ〜、そうなんだ。 双葉の言った通り、へんな夫婦…… それで、今度は僕たちの番というわけですか?」 「わかりました、双葉とよく話し合って決めます」
「それはそうと父さん?」 「僕の制服のスカートの丈が短くなってるようなんですけど?」 「それが俺になにか関係あるのか?」 「どうも だ!れ!か!の意思の存在を感じるんですけど?」 「双葉はずっと、あの丈だったでしょ?」 「僕は自分の娘だからいいと?」 「どんな義務ですか、それは? はいはい、わかりました。 あとのことはそれも考慮して、双葉とよ〜く相談して決めます!」 ・ ・ ・ 夜になって双葉も帰ってきて家族で夕食を取った後、父が僕たちの部屋にやってきて夕方僕に話した事を双葉にも説明して頭を下げて出て行った。 ・ テーブルの上には小箱が残されていた…… テーブルを挟んで僕と双葉が向かい合っている。 ・ あの日から、僕と双葉は同じ部屋で生活を共にしている。
本当は双葉が隣の部屋に移動してきたのだが、次の日学校から帰ってくると僕と双葉の部屋の境の壁が綺麗に消えてしまっていた。 『壁、どうせ要らないだろ?お前達。この方が行き来に楽だよな?』は驚いている僕たちに背後から掛けられた父さんの言葉。 あの日から、双葉は吹っ切ったようによく笑うようになった。 僕も双葉によく笑いかけるようになった。 あの日から、僕と双葉は同じベッドを使うようになった。 でも、双葉は決して僕に手を出そうとはしない。 精々が時折、僕の手を握って恥ずかしそうにえへへへと笑うだけだ。 普通は男にそれをされると引くものだけど、僕は双葉のその姿がとても可愛く思える。 握り返して笑いかけると顔を真っ赤にするのがまた可愛い。 でも、決してべたべたした関係では無いと思う。 学校から帰ると双葉は家事の負担が減った分、勉強に力を入れている。 『"清彦様"を一流の大学に入れる事が今の私の使命』なのだそうだ。 僕はその間、母さんの家事を手伝う。 母さんが言うには”ドジッ娘は教え甲斐がある”らしい。 学校で双葉を演じるのはまだ恥ずかしい。 女の子同士のコミュニケーションにも慣れない、女の子の友達は増えたが接し方に戸惑いを覚える。 今まで普通にしゃべってた男友達には声を掛けにくくなった。 ……それでも、今の状態はとても幸せだ。
あの日から、双葉を含めた家族間の距離が縮まり、明るさが増した。 たったひとつ、気になるのは僕が双葉の『女の子としての幸せ』を奪ってしまった事だ。 そんな思いを込めて口を開く。 ・ 「清彦、いや、双葉。 僕はどんな姿の君でも好きだ。 僕は双葉になってしまったがそれでもいいと思っている。 でも気がかりなのは君の事だ。 僕は君の体を奪ってしまった事で双葉の『女の子としての幸せ』も奪ってしまった。 本来、当然得られるはずの幸せを……、だから僕はこの体を君に返して元の秋山家の後継者の道を真剣に目指そうと……」 「僕は…… 後継者として家族も双葉も守って……」 「ダメです、一度もらってしまった体はもう私の物です。 返してなんか上げません」 「……いいのか?本当に?」 「それにですね、私はやっぱり守ってもらうより守る方が性に合ってるみたいなんですよ。 清彦様を演じるのは楽しいんです。 清彦様は双葉は演じられませんか?嫌いですか?」 「いや、演じるのはまだ恥ずかしいけど、嫌いじゃない……」 「ふふ、だったらこのままが一番いいと思います。ただ……」 「ただ、双葉の女の幸せを心配して頂けるのなら、今でなくて結構です。 私の代わりに何年か先に私たちの子供を産んで頂けませんか?」 上げた僕の顔に双葉の手が添えられ、動かせない僕の唇に双葉の唇が重ねられる。
* * *
一年後 「ただいま、双葉」 「お帰りなさい、清彦さん」 「うん、大学が早く終わって、用もなかったからね。 あれ?どうしたの、そのワンピース?」 「いや、可愛いよ、双葉にすごく似合ってる」 「夕飯までもう少し掛かるから部屋で休んでいてよ? できたら呼びに行くから」 そう言ってテーブルの上に乗せられた大きな籠の中を覗き込む。 「でも、本当に清秋が好きね? 暇があると覗き込んでるでしょ、清彦さん?」 「うん、やっぱり自分と双葉の子供だと思うと特にね」 焦る双葉。 「いや、違う、愛していたから受け入れたんだって!」 「いや、だから作るのは作るはずだったんだけど、それは何年後かの話だったはずで……」 わいわいとおしゃべりが続く中、扉が開いて今度は俊彦が入ってくる。 「いえね、双葉が赤ちゃんを作るのが好きだって話をしてたのよ」 「そうですね、おかげで卒業まで双葉様のせいで大変な目にあわされちゃいましたね。 双葉さんの能力を甘く見てた事を思い知らされました」」 「いえ、妊娠させたのは私ですから自業自得なんです。 なんですけどね……、妊娠がわかった秋はまだ良かったんですよ、厚着になってきますからお腹も目立たなくて。 問題は年明けですよ!年明け!双葉さん、何しました?」 「あぁ、あれ?あれは不可抗力……」 「うん…… まぁ…… 言ったね、そういう事……」 「お正月にお餅、食べ過ぎちゃった、てへっ?」 「うわっ!双葉あの時、学校でそんな言い訳したんだ?」 「あぁ、あの時は大変だったね?」 「うん、あの時は確かに悪かったよ、でも、大丈夫だと思ったんだよ? そんなにお腹出てなかった気がしたし」 「部屋に通して少しおしゃべりしただけじゃ……」 「いや、女の子の友達にリビングってのも素っ気がないかな?って…… ほら?女の子にもすっかり慣れてきた時だったし……」 「翌日ですよ。 私が学校に行ったら『清彦君と双葉ちゃんは同じ部屋で生活している、それも同じベッドに寝ている』ってクラス中の話題独占、針の筵大増量ですよ?」 「後から言ったところでどうにもなりません、覆水盆に返らずです。 あのあと、お風呂まで一緒に入ってるとまで噂されたんですよ」 「…… …… ひょっとして?言ったんですか?それ?」 「私の目を見てもう一度言って下さいませんか?」 「やっぱり、双葉が清彦になって大正解だったな」 「なんだか、いつの間にか僕の人間性が否定される会話になってるんですが?」 息子の清秋を清彦が覗き込む。。 そんな清彦の肩を父の俊彦が指先で叩く。
「うわぁ!なんて事を言うんですか!私に絶望しろと?! 清秋もこの人達と同じだと?不吉な!」 『『 失礼な! 』』
「そんな、清彦君に朗報」 「換魂丹はまだ残ってる、完全版も最後の一粒は手つかずだ」 「ちょっと、待って!何がなるほど? 変な事考えてないだろうね?」 「確かに『なるほど』ね、十何年後かが楽しみだわ」 「なんてことを言うんですか! その前にアンタの孫だ!双葉の子供だ!」 「確信犯?確信犯なの?ひょっとして僕もそうやって……」 「よかったですね、双葉さん。父さんのお墨付きですよ?」 「そうそう、清秋はいつ女の子になっても大丈夫なようにちゃんと育てましょうね」 ・ 「あ、そうそう、聞いた? 山下から報告があったんだけどさ。 今朝、若葉がかわいい女の子を産んだって」 「だろ?だから、山下もウチを出て三人でアパート暮らしするくらいなら、いっその事うちの別棟に住まないか?って提案しておいたんだ。 その方が経済的にも仕事の都合上も楽だぞってな、大きくなったら清秋のいい遊び相手になるし、って」 『『 旦那様、ナイス判断! 』』 「こらぁっ!他人様を巻き込むんじゃありません!」
そして、秋山家の血は新しい世代へと受け継がれる……w
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