「秋山家の陰謀 05・わかりあう日、選び取った日常」


「本当にただ気を失っておられるだけなんですか?薬の変な影響じゃないでしょうね!」
私は旦那様に噛みつく。

「薬の影響?なんだ、それ?」
「貴方、双葉に言い忘れていたでしょ? あの薬を接種した体は性衝動を抑えられなくなる事?」

「あ……」
旦那様は今初めて気付いたような顔をされると、私の両肩を掴んで真剣な顔で言われる。

「いいか、双葉。 あの薬は飲むと体を交換した相手を無性にムチャクチャにしたくなる衝動に駆られる。体を入れ替えた時にはくれぐれも気を付けるんだぞ?」
「遅いです!手遅れです!すでに私、清彦様を襲っちゃいました!」
私は旦那様に訴える。

「え?そうなのか? じゃ、清彦はもう双葉から元に戻れないのか? ありゃ〜、それはショックだったろう」
「ショックだったろう、じゃありません!だいたい、なんで清彦様が清彦様じゃダメなんですか?」

「だから、最初に言っただろ? 清彦は跡継ぎとして人の上に立つ資質がない、と。 幸いにも清彦のそばには双葉という優秀な人材がいるからな。 双葉なら清彦と変わっても、清彦も双葉も幸せにやっていけると思ったんだけどな」

「どちらも幸せって……、私がダメなら若葉さんがいるっておっしゃったじゃありませんか! 若葉さんと変えるって!」
「あ、ごめん。あれ、ウソ」
旦那様がとんでもない事をさらっと白状した。

「うそ?うそってなんです?」
「いや、そんなに何人にも秋山家の秘密をホイホイ相談出来るわけないだろ?」

「貴方ったら外道」
奥様が旦那様にぴったりの批評をする。

「そ、そんな。 どうやったら幸せなんて言葉が出てくるんですか? 私はいいですよ、私は。でも、清彦様は何も知らずに私にされちゃって、幸せになれるわけがないじゃないですか? ……そう、それに命令! 清彦様は一生、私の命令に逆らえないんですよ? 私はもう使う気はありませんけど、使われる身からしたら不安に決まってるじゃないですか?」

「あ、命令は大丈夫。あれは消える力だから」
「消える?使えなくなるんですか?」

「1ヶ月から2ヶ月で命令される方に効かなくなる。 個人の気力次第で個人差が出るけどな」

私は奥様に振り向く。
「本当なんですか?」
「えぇ、本当」
奥様がそう言って微笑む。

「お前も1ヶ月くらいで効かなくなったもんな?」
奥様は笑みを保ったまま答える。

「ふふ、なにを莫迦な事を。 私があの程度の呪縛を1ヶ月も破れないわけないじゃありませんか?半月もあれば充分ですよ」

今度は旦那様が驚いて聞き返す。
「え?だってお前、一ヶ月くらい俺の命令に逆らえなかったんじゃ?」
「ふふ、だって、半月も立つ頃には女のセックスにハマっちゃって。 逆らえるとわかったら、あれこれやる理由が立たなくなるじゃありませんか? 私だって、男があれやこれやのそんな行為を好きでやってると思われたくありませんからね? 命令されてイヤイヤ従ってるいうことにしないと。ふふふ……」

「うわっ、なんてヤツだ。 じゃあ、あれをこうしたり、ああしたりしたのも自分から好きでやっていたのか! 初めて知ったぞ、変態か、お前は?」
「何を言ってるんです、それよりそんな命令をする人の方が変態ですよ?」

『『そんなことはない!』』
そして夫婦の声がハモる。

「なぁ、双葉。(こいつ)(この人)の方が変態(だよな?)(よね?)」
「どっちも変態です!! 話を脱線させないで下さい!」
な、なんなんでしょ?この夫婦は? ひょっとして私は引き取られる家を間違った?

          ・

「と、とにかく。命令は効かなくなるんですね?」
「あぁ、それは間違いない」

「まぁ、それならそれはいいですけど…… だいたい、そんな危険な薬で清彦さんに万一の事が起こったらどうするつもりだったんですか? 現に私に襲われて清彦さんは大変なショックだったんですよ? 万が一、自殺でもされたらと張本人の私ですら怖かったんですから!」

「あ〜、それはな…… 保険掛けといたから、大丈夫かな?って…… ははは……」

「あの保険はあまり趣味がいいとは言えませんね。 あの保険がなければ、双葉さんも迂闊に決行をしなかったかも知れませんのに」

なに?また私の知らないところで何かやっておられたの?旦那様?

「いや、やって欲しかったんだもん、俺。 だから、双葉が行動に出やすいように段取りを整えたんじゃないか?」
「な!ん!の!お話ですか?話して下さい!」
私が詰め寄ると、奥様が横から話をする。

「双葉、住み込みの山下が旦那様が居ないからって屋敷を出て、どこに帰るか不審に思わなかったの? 私たちの留守中、登下校は車で来てたんでしょ? 屋敷を出てる意味無いじゃない?」
え?え?そう言えば、山下さんも私と同じでここを出ても身内は誰もいないって……

「えっと…… それは私と清彦様を二人っきりにする為にわざわざ……?」
「双葉って本当に察しがいいね。そういう優秀さが好きだぞ」

「それのどこが保険なんです! 危険じゃないですか?!」
「いや、山下は優秀なボディガードでもあるから、危なそうな時は二人に気付かれないように見守るように言っておいたからその時も側にいたはずだがな」
そう言って旦那様は携帯で山下さんを呼び出す。 山下さんはすぐに来た。

「なんでしょう?旦那様?」
「あ、山下。 ちょっと聞きたいんだけど、お前ね、清彦が双葉に襲われた時、どうしてた?」

「清彦さんの隣の部屋にいましたけど? 生死に関わらない限り手を出すなと言われてましたので、手は出しませんでしたが止めた方がよかったでしょうか?」
冷静な顔でとんでも無いことを言う山下さん。

旦那様は私の方を見て微笑む。
「な? 保険、ちゃんと効いてるだろ?」

「な?じゃな〜い!な?じゃ! 山下さん!見てたんですか?」
「はい。あの日は二人して腹のさぐり合いをしてるような気配でしたので、何かあると行けないと思い、こっそりと自室で待機して夕方からは清彦さんの隣の部屋に潜んでいました」

「で、どうだったの?」
奥様が興味津々に聞く。

「そりゃもう、双葉さんは腹黒で鬼畜のような所行を清彦様に…… いやぁ、あの薬の力って怖ろしいですね? 普段の双葉さんには考えられないような振る舞いでした」
私の顔が羞恥で赤くなる。

え?じゃ、山下さんはあの薬の事を知っていた?

 − ははは、双葉さん、そういうのをデートって言うんですよ。じゃ、楽しんできて下さい

私は心当たりを思い出し山下さんを指さし叫ぶ!
「あー!あのとき!」

「あのとき? あ、朝、帰ろうとしてたのを双葉さんに見つかった時ですか? うっかり口を滑らしましたけど、気が付いてなかったようなんで、助かりました」

「帰ろうとしていた? お屋敷に泊まってたんですか?」
「はい、だって注意するように言われてましたから。 双葉さんが清彦さんの入っておられるお風呂場の隣で膝を抱えていらした時も、同じベッドで眠られた時も側で一晩中、徹夜で見守っていましたから。 すいません」

山下さん、あなたは風車の弥七ですか?
「あれ? 帰るってどこへ?ここ以外に行くところがなかったんじゃ?」
「あぁ、若葉のアパートに転がり込んでましたから」

「はい?? 若葉……さん?」
えっと、なんでここで若葉の名前が?

「あぁ、こいつらな運転手と秘書でいつのまにやらくっついてやんの。所謂、車内恋愛?」

「誰が巧いこと言えと! ひどいです!旦那様!旦那様はそんなにしてまで清彦様を後継者にしたくないんですか!」
だんだんと感情が抑えられなくなる。薬の影響かもしれないけど。


「うん、したくないね。 させると清彦は潰れるからな。 こいつは優しすぎる、しかも天然系。
人に厳しくできない。 多分、こんな事をされてもこいつは恨んだり憎んだりする感情をいつまでも維持出来ないんだ。 いまはどうかはわからない、でも割と短期で状況を受け入れてしまうだろう。
見方によっては本当にヘタレだ。 でもね、双葉。 俺はこいつの後継者としての資質は認めないけど、人としての資質は好きだよ? でも、それだけじゃ世の中渡っていけない。 俺が酷い事をしたのは清彦にじゃない、双葉、お前にだ。 俺は自分の子供が楽になる為に、後戻りできない既成事実を作らせ、こいつが背負うべき責任を全てお前に押し付けようとしている。 すまん!双葉」

そう言って、旦那様は今までとうって変わって真剣な表情で私に頭を下げる。

「お前がうちに来た時から清彦が好きなのを知っていてお前の感情を利用した。 他の事には積極的に動けるお前が清彦にだけは奥手なのを知っていて利用した。すまん!」

ダメだ、感情が暴走しようとしている……

「そ、そんなの、そんなの…… 私が清彦様に『好き』だなんて…… 言えませんよ。 あの日、私が両親を亡くして…… 私を引き取ってくれる身内も居なくて…… 父さん達の残してくれた財産はほんの少しで…… そんなときに…… 私の前に全く血の繋がりのない遠縁の旦那様が現れて…… 『うちに来ないか?』って…… 連れてこられたお屋敷には何不自由ない生活と優しい奥様と…… 何でも無条件で受け入れてしまう清彦様がいて…… 家に現れた見知らぬ女の子にさえ、昔から居る
家族みたいに話しかけられる無防備な清彦様が……」

あふれる言葉が止められない……

「そんなので何が言えます? 何も持ってない女の子が無くした以上のものを与えられて、その上に清彦様まで欲しいなんて言えるわけないじゃないですか? 清彦様を手に入れようと思ったら、それに見合う存在にならなくちゃ、実績を示さなきゃ。 だから……だから、がんばって常に清彦様より優秀でなくちゃ! そう思って…… でも、清彦様は名家の跡継ぎだから、いつ、いい人が現れるかわからないから一刻も早く…… 成果を示さなくちゃ…… 清彦様を手に入れる為に清彦様と親しくしている暇もなくて…… それでも清彦様と接点を持ちたくて…… メイドっぽくしてたら清彦様の世話を焼けるかな?って…… 本末転倒してるのにも気付かない程、血迷って…… そんな事をしているうちに気が付いたら、今のおかしな関係が出来上がちゃってて…… せっかく旦那様が婚約者として認めて下さった時には…… ひくっ、ひくっ 告白なんて…… 甘えるなんて……ひくっ できなくて……」

なんだろ?私、泣いてる?

旦那様の手が優しく私の肩に掛かる。

「本当に悪かった。とにかく清彦の目が覚めて、双葉の頭が冷静に働くようになってから、もう一度皆で話し合おう。 すまない」

そう言って旦那様は山下さんに声を掛ける。
「すまない、山下。清彦をベッドまで運んでくれないか?」

「ぐすっ、いいです、私がお運びします」
「いいのか?人を運ぶのは重いぞ?」

「ははは、私は男ですよ?こんな可愛い女の子くらいわけありませんよ?ぐすっ」
「ははは…… そうか、じゃ頼む」

私は清彦様をお姫様だっこして立ち上がる。
奥様が手の塞がった私に代わり扉を開いて押さえてくれる。
私は旦那様にお辞儀をして書斎を出る。

          ・

「で、なんで付いてこられるんですか?」
「向こうの扉も開けなくちゃいけないでしょ? それに立ち上がるときに私の方をチラッとみたでしょ? 何か用でもあるのかと思ってね」
そう奥様は笑いかける。

歩きながら奥様に質問する。
「奥様は本当にあの…… その…… 性行為だけで女性として生きる事にしたんですか?」

奥様は笑って答える。
「そんな莫迦なわけないでしょ?それにその言葉に間違いがあるわね」

「間違い?」
「性行為だけではないし。 『女性として生きる』んじゃないわね、『あの人の妻』として生きるの、ふふ、性行為だけだったら子供は清彦だけですまないでしょ? 今頃、サッカーチームが出来てるわよ? チアチーム付きで」

「じゃ、なんで?」

「う〜ん、意地の張り合いで負けたのかな? 普通はね、一ヶ月もヤり続けてたら気持ちいいも何もあったもんじゃないの。 でも二人とも意地っ張りだから止められないのよね。 でもね、ある日、あの人の顔を見てたら泣いてるように見えたの。 別に本当に泣いてはいないんだけど、なんとなくね。 そしたらね、あぁ、こいつそう言えば昼間は俺のしでかした失敗のフォローに走り回っていて、その中で毎日三食、自分の手作りの食事を差し入れに来て、夜は無駄に体力使って俺を屈服させようとしてるんだなぁってね。 俺がここで喰っちゃ寝、喰っちゃ寝してる間にこいつは俺のせいで、俺の為に、進んで貧乏くじ曳いてるって。 ははは。 そしたら、あぁ、おれの人生こいつに丸ごと預けちゃってもいいかなぁ?ってね。 そう思っちゃたの、で、その時点で私の負け決定、あはは。女性として生きるのは抵抗あるけどこいつの妻ならいいかって、ヘンかな?ヘンね。ふふふ」

清彦様の部屋の前につき、奥様がドアを開けてくれる。

「その後は喧嘩もせずにずっと、旦那様についてきたんですか?」
「まぁ、そうね。 今度は私があの人のバックアップに全力を尽くす覚悟はできたし、ただし、私の方は大した才能がないんだけどね。 ふふふ。あ、でももう少し後であの人を怒鳴りつけた事はあるかな?」

「へぇ、何があったんですか?」
「ふふふ。な・い・し・ょ!」

清彦をベッドに寝かせ、二人はとも部屋を出る。
清彦しかいない部屋。

    
誰も居なくなった部屋で寝ていた清彦の目が開く。


          * * *


僕はその日、世界が変貌したのを実感した。

与えられた絶望に、足は支える力を失い。
手は崩れ落ちる体を止める力を持たなかった。
目は光を受け入れる事を拒否し、まぶたを閉じた。

動かす力を失った体はそばのソファに横たえられた。
でも…… 

でも、耳は生きていた。
出力は不可能な状態でも情報の入力は可能だった。

厳格だと思ってた父がそうではない事を知った。
父に従順だと思ってた母がかなりしたたかだと知った。

双葉の暴挙のワケを知った。
歪んではいるが、父なりの愛情を知った。

そして、絶えず僕の事を想っていてくれた女の子の存在を知った。
その女の子が僕への思いを声に出して泣くのを聞いた。

今まで嫌われてると思っていた女の子を本当に愛しいと思った。

あぁ、ダメだ。怒りも憎しみも湧いてこない、ホント、皆の言う通り僕はヘタレだ……



……
………というか、そもそも突き詰めてしまうと僕が悪い? 僕の優柔不断な性格が原因?

僕さえしっかりしてれば父が暴挙にでる事もなく、暴挙がなかったら双葉も暴走しなかった?
僕が僕のままで、双葉が双葉のままですんでた? 

一番の被害者は父さんに利用された双葉? 
うわぁ!被害者面していた僕はどんな顔して双葉に会えばいいんだ?

どれから、何を、なんて謝ろう……


          * * *

 
夕方になり、陽が落ちてきた。

あれから双葉は何度か部屋を覗きに来ていた。 父さん達と何か話し合ったのかはわからない。
僕はベッドの中で壁の方を向いて考えていた。 双葉の思いにどう応えるか、なんと言って声を掛けるか。

そんな事を考えていると、背中の方で扉の開く気配がする。
また、双葉が僕の様子を見に来たのだろう、僕が寝ているのを確認するとそっと扉を閉めて帰っていく。 さっきからそれの繰り返し。 しかし、今回は違った。

扉を閉めて中に入ってくると、カタンと小さな音がする。ベッドのそばに椅子を持ってきたようだ。
どうやら、僕が起きるまでそこで待つようだ。

          ・

暫く、時間が過ぎる。
何も音はしない、双葉は静かに僕が起きるのを待っているのだろう。
……気まずい。 声を掛けたいのだけど考えがまとまらない。 なんと声を掛けたらいいのだろう?

ぐすっ

背後で鼻をすすり上げる音がする。 泣いてる?だめだ、双葉をこれ以上、泣かせちゃ。


「ごめん……」

頭の整理がつかないまま、声が先に出ていた。

がたっ!椅子が床に当たる音がする。

「清彦様!起きてらしたんですか?!」
「本当にごめん」
双葉に背中を向けたままもう一度謝る。

「気絶された事ならもういいんですよ、夕飯にされますか?ご用意はできていますから」
多分、背中では双葉が無理な笑顔を作っているのだろう。

「その事じゃない、今までの事全てだ。 僕が双葉に今まで面倒ばかり掛けさせた事。 双葉の想いに全く気付いて上げられなかった事、そして、こんな事態を招いてしまった事全てに、……ごめん」
僕は話しながら起きあがり、ベッドの上で正座をして双葉に向かって頭を下げる。


困惑する双葉。
「え?え?何の事を言っておられるんですか? 私に面倒を掛けられるのはいつもの事じゃないですか? 私の想いってなんです? 清彦様、気を失われてどうかされてしまったんですか? ちょっと待ってて下さい、すぐに安田先生を……」
慌てて出て行こうとする双葉の腕を捕まえる。

「いいんだ、もういいよ。 倒れている間の会話は全部耳に入っていた、だから……」
そのまま双葉をベッドの上に引き寄せて抱きしめる。

本来なら、女の僕に男の双葉を捕まえる力はない。 でもいきなりな事態に頭の理解が付いてこない双葉は僕のなすがままに僕に体の動きを任せる。
「……だから、全部わかったから、双葉の気持ちも、僕の無神経さも、父のやった事も……」

「え!」
双葉の体が僕の腕の中でビクンと跳ねる。

「あ、あの…… な、何の事です?私の想いって…… えっと、全部、聞いておられた……?」
双葉の体温が上昇したような気がする……

「あぁ、今までその事を考えていた。 そして、双葉がウチに来てから今までの事を思い出してた」

「……聞いてた。 ……あれを?」
双葉が僕から逃れようと身をよじる。

だめだ、今双葉を逃がすとタイミングを完全に失ってしまう。 そんなことをそうしたら、僕は本当のヘタレ野郎だ。 逃げられないように全力で双葉を抱きしめる。

「聞いてくれ、双葉!好きだ!」
僕は全ての課程を一気にすっ飛ばし、結果だけを双葉に告げる。
双葉の体が驚きに硬直し、その動きを止める。

「な、何を言い出すんですか、清彦様」
僕にさえ聞こえるか聞こえないかの小声で双葉がつぶやく。

「僕はずっと、双葉に避けられていると思ってた。 全てにおいて優秀な双葉から見たら僕は本当に頼りなくって、そんなヤツの婚約者にさせられた事を不満に思われていると思ってた」
「そ、そんなことが……あるわけ……」

「わかってる、今の僕は双葉の想いを知ってる。 今度の事も僕の事を思ってやってくれたんだって知ってる」
「でも…… 私は清彦様に酷い事をしてしまいました、取り返しの付かない事を……」

「いいんだ、薬のせいだったんだろ? 双葉は何も悪くない」
「でも、あれはきっと、私の願望だったんです! 清彦様の全てを手に入れたいという心の顕現だったんです! 薬はただの切っ掛けにすぎません!」
双葉が叫ぶ。

「いいよ…… それだけ僕を想っていてくれたんだ。 あの痛みは双葉の心をわかってやれなかった僕への罰だ」

「……清彦様は ……ヘタレです。 ……なんで ……何でこんな酷い事をした双葉を ……許そうとするんですか」
双葉は切れ切れに言葉を紡ぐ。
言葉と言葉の間で体がひくひくと痙攣するのは声を殺して泣いている反動だろう。

僕は自分の胸に手を置き、双葉に話しかける。

「うん、でもね、双葉は僕に酷い事したっていうけど、犯された事自体は別にいいんだよ? ほら、僕は生まれたときからの女の子じゃないから、この体もなんか借り物みたいな感覚があるんだよね。だから処女を失った事による精神的なショックって言うのはないんだ。 要するに体の痛みだけなんだよね。 僕から見ればそれは忘れられる痛みなんだ」

「でも、それで…… そのせいで清彦様はこの体に二度と戻れなくなってしまったんですよ! 双葉に盗られてしまったんですよ!」
「違うよ、父さんも言ってただろ? 双葉が僕の体を盗ったんじゃない、僕が双葉の体を盗っちゃったんだ。 父さんの策略の結果だとしても」
「でも……」

僕は逃げる事をしなくなった双葉の肩を起こし、顔同士を付き合わせるようにする。

「ほら、見てごらんよ? むさ苦しい男子高校生と可愛い女子高生。 オマケに男子高校生には秋山家なんてやっかいな足枷が付いてる。 方や可愛い女子高生には全力で愛してくれる素敵なナイトが付いてる。 どっちがお得だと思う? 間違いなく僕の方だ」

「素敵なナイトって、立った今、むさ苦しい高校生って言ったばかりじゃないですか?くすっ」
双葉が小さく笑う。少し余裕が出てきてくれたようだ。
「それに私は可愛くなんかありません。 いつも清彦様を睨んでばかりなのに、どこが可愛いっていうんですか」

僕は双葉の抗議にちょっとイタズラを思いつく。

「そうだね、例えば……」
そう言いながら顔を双葉より下の持っていき、上目遣いで恥ずかしそうに口を開く。

「清彦様ぁ、双葉は可愛くないですか? 双葉、哀しいです」

ガタっと双葉の体が引きつる。

「き、き、清彦様!なんてことをするんです! うわっ、心臓がドキドキする、いつの間にそんな技を……」
あ、狼狽してる、狼狽してる。

「ね?可愛いだろ?」
「可愛いけど、可愛いだろ?じゃありません! なんなんです、それは! ……ひょっとして、昨日のあれも狙ってやってたんですか?」

「昨日の?あぁ、解説書のヤツ?うん、狙ってやった。 結構、効くんじゃないかな?って」
「どこでそんなの覚えたんですか!油断がなりませんね!」

「じつは双葉のモノマネ」
「私の?私はそんな事しません!」

「双葉、覚えてないだろうなぁ。 昔ね、双葉が初めてこのメイド服を着たのを僕が見たときに双葉がやったんだよ? 少し上目遣いで恥ずかしそうに『作業用にと購入したのですがヘンでしたか?』って僕の目を見て…… 僕はアレにやられちゃったんだけどね。 それがあってから、ひょっとして僕は双葉に好かれてるのかな?と思ったんだけど、双葉の態度は厳しいままだったから、あれは僕の勝手な自惚れだったと思ってたんだ」

「私…… あの時、そんな事をしたんだ……」
僕は笑顔で双葉に話しかける。

「うん、した。 ね?可愛いだろ? だから、僕の方がお得な目にあってるんだ、双葉は気に病まなくていい。 どちらかと言うと父さんの言ったとおり被害者なんだから威張っていい」
「そう思っていた方がいいんでしょうか?」
「うん、そう思っていて欲しい」

          ・

話に一つ区切りがついたところで僕は双葉に尋ねる。

「ところで、夕飯残ってる?」
「はい、簡単な物ですが、食堂に。 こちらにお持ちしましょうか?」

「いや、いいよ、食堂に行こう」
僕はベッドから降りて双葉の手を取り、部屋を出る。

「あの…… 清彦様?」
双葉が小声で僕に声を掛ける。

「なに?」
「あの、手を握ったままなのですが?」

「うん、握ってる。双葉が逃げないように」
「逃げませんから、手を話して下さい。なんか ……恥ずかしい、です」
語尾が小さくなる双葉。

「だ〜め、清彦になった途端に可愛くなるなんてズルいことをする双葉へのお仕置き。 双葉の時にやってくれなかった事へのイヤガラセだから」
そう言って、僕は双葉の手を強く握り歩く。

          ・

食堂で双葉が食事の用意をしてくれるのを待つ。

「そう言えば、父さん達は?」
「旅行でお疲れなので今日は先に休むそうです」
双葉がそう言って、シチューとパン、サラダをテーブルに並べる。

「これで足りなければ、他に何かお作りしますが?」
「いや、これだけでいいよ、ありがとう」

そう言って、僕はスプーンを手に取り、シチューを口に運ぶ。
双葉もテーブルの向かいに座り、僕の食事風景を眺める。

「あちっ、そう言えば双葉って割と猫舌だよな?」
「あっ、熱かったですか? そう言えば私、猫舌でした。 清彦様になって平気になったので忘れてました。大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫、冷ましながら食べるから。 そう言えば、味覚も微妙に違ってるな。甘い物なんか今までより美味しく感じるんだよね」
「あぁ、そうですね。 私も清彦様になって熱い物が平気になりましたし、辛い物も普通に食べられるんですよ」

夕食と言うより、夜食を食べながら双葉と自然な感じで会話をする。

「体が変わったら見かけ以外にも違ってくる事が色々と出てくるんだな」
「そうですね、とくに女の子は色々とあると思いますから、清彦様の方が大変だと思いますよ」
そう言って双葉は微笑む。

「そうなのか?そう言えば、これからは女の子らしくしなくちゃいけないな、双葉なんだから」
「ふふ、そうですね。 今までの双葉になってくださいとは言いませんけど、女の子の自覚は持って下さいね。 そうやって大きな口でパンを囓るんじゃなくて、小さくちぎって食べるとか?」
パンを口いっぱいに頬張っていた僕を注意する。

「あぁ、そうか。そうだよね、これからはいつも女の子を自覚しなくちゃダメか。 双葉は大丈夫?男らしくできる?」
「大丈夫ですよ、清彦様は元々それほど男らしくありませんでしたから」
そう言って双葉が笑う。

「うわっ!ひどいな。そんなに男らしくないのか、僕は?」
「冗談ですよ、男らしいですよ、でもあまり男臭くはないですよね?」

「えっと、それは褒められてる?けなされてる?」
「褒めてるんですよ、そこが私にとっての清彦様の長所の一つでしたから」

「ははは、そうだったのか。 ご馳走様、美味しかったよ」
僕はそう言って、食べ終えた食器を洗い場に持っていく。

「あ、私が片づけますから……」
「いいって。女の子らしくしなくちゃね。 洗い物くらいはこの3日で慣れたから。 家事を男の子に任せちゃいけない」
そう言って双葉に笑いかける。

「ははは、それは男女差別ですよ? 男にも家事は任せなくっちゃ」
洗い終わった食器を乾燥機に入れ、手を拭きながらテーブルに戻る。

テーブルの上には双葉が紅茶を入れてくれていた。

「いつも清彦様はブラックのコーヒーなんですけど、味覚が変わってるなら私の好みの方がいいかと思ったんで紅茶にしましたが…… コーヒーの方にしましょうか?」
「いや、これでいいよ、確かにコーヒーは砂糖とクリームを入れないと飲めなくなってるような気がするな。 ところで双葉」

「はい?なんでしょう?」
「ちょっと考えたんだけど、部屋の事なんだけどね、僕の部屋の隣に来ない?」

「二階にですか? 下の方が家事や掃除をするのに便利なんですが…… あっ?」
「そうだよ。 男の子は、清彦は別に家事の必要はないだろ? それとも、僕が双葉の部屋に行った方がいい?」

「そんな!清彦様に家事なんてさせられませんよ!」
「ははは、そんなことはないよ。 これからは少しは僕も家事をしなくちゃね。 でも、それは置いといて。そ れでも、僕は双葉にそばに居て欲しいんだ。ダメかな?」

「いえ、ダメじゃないです、でも…… いいんですか? 清彦様の隣の部屋なんて?」
「いいよ、好きな人にはそばに居て欲しいと思うのは自然だろ?」
お茶を飲み終わり、ティーカップを片づけ、双葉と二人で食堂を出る。

          ・

「それでは明日にも部屋を引っ越します。 では、今日はもう遅いですし寝ますか?お休みなさい」
そう言って、双葉は元の自分の部屋に帰ろうとする。 

僕はその双葉の服の裾を引っ張る。
「ねぇ、双葉。 今日も一緒に寝ないか? なんだか、一人で寝る気分じゃないんだ? 誰かと……双葉ともう少し話がしていたい」

振り返った双葉は顔に赤みが差している。
「え?清彦様とですか? 一緒に寝る? だって男と女ですよ? 一緒にって……」
「……いや、この二日間ずっといっしょだったじゃないか? 何をいまさら……」
そう言って、僕は苦笑。

「いや…… でも…… 間違いがあったら……」
「最初の日にもう間違いはありました、すでに手遅れです」

「えっと、それはそうですが……」

まだ躊躇する双葉。 仕方がないなぁ。

「清彦様ぁ、清彦様は双葉と一緒に寝るのはイヤなんですかぁ? 双葉は……双葉はとっても哀しいですぅ、しくしく」
「うわぁ!だから、それはやめて下さい! ホントにすごく私のツボを突いちゃうんです! お薬の影響はまだ残ってるんですから、何をしちゃうか分かりませんよ? 理性を刺激しないで下さい!
本当にとんでもないワザを身につけてくれましたね?」

「ふふふ、だったら言う事を聞いてくれる?」
「わかりました、わかりましたから裾を離して下さい」

「一緒に寝てくれる?」
「はいはい、わかりましたから首をかしげて寂しそうな目をしない! でも、約束して下さい。私が理性に負けそうになったら逃げて下さいね?」

「うん、大丈夫」
そう言って僕は双葉に笑いかける。

「なんだか、気を失ってから清彦様、少し変わりましたね?言う事が大胆になりましたよ?」
「うん、なんか色々と吹っ切れたような気分なんだ、愛する人が僕を愛してくれていたってわかったしね」

「いやだぁ、何を言い出すんですか、本当にもう!」
そう言って、テレ笑いながら双葉は僕の背中を叩く。

          ・ ・ ・

女に、男に、異性になってしまった事は二人にとって大変な事だけど、二人ならやっていけそうな気がする。
父さんのやった事はショックだったけど…… 憎しみはおろか、怒りも湧いてこない、まだそんなに時間も立ってないのに、もう女である事を受け入れようとしている自分が居る。

 −多分、こんな事をされてもこいつは恨んだり憎んだりする感情をいつまでも維持出来ないんだ。
 −いまはどうかはわからない、でも割と短期で状況を受け入れてしまうだろう。 見方によっては
 −本当にヘタレだ”

ははは、本当だ。 それに関しては悔しいけど、父さんの目は正しいのかも知れない、まいったな。

          ・ ・ ・

その夜、それぞれがお風呂に入り、急速に打ち解けた二人はベッドに入ってからも今までのすれ違った溝を埋めるかのように話し続けた。

昨日の映画の後の喫茶店で、映画の感想で盛りあがった時のような高揚した気分で二人の思い出話を、未来を、いつまでも話し続けた。


          * * *


二ヶ月がたった。

「ただいま〜」
僕が学校から帰ると玄関に父が立っていた。

「おぉ、双葉か?清彦は一緒じゃないのか?」
「あれ?父さん、今日は早いね? 清彦は図書館に寄ってから帰るって」

「そうか、がんばってるな。どこかのヘタレ女子高生と大違いだ」
「うるさいな。で、何か用?」
僕は父の言葉に笑って切り返す。

「あぁ、ちょっとな。 先に双葉だけでもいいか。 書斎まで来てくれ」
「今? まぁ、いいよ」」
そう言って僕は父の後に続く。

          ・

「で、なに?父さん」

「お前、最近はすっかり双葉が自然になってるな?どうだ、学校は?」
「ん?学校?そりゃ、やっぱりまだ恥ずかしいよ。 清彦として通っていた教室に双葉として通ってるんだから」

「清彦の方はどうなんだ?やっぱり嫌そうか?」
「どうなんだろ?見た目は全く自然に見えるんだけど、心の中はわからないな。 見た目はがんばりすぎるほどがんばってるよ。 前の『清彦』より学力がムチャクチャ上がってるし、体育だってほぼ万能だし、アレ見てると今までの僕がどれだけ手を抜いてたか思い知らされるね。 おかげで女の子にかなりモテるようになってる、悔しい事に。 ははは」

「ははは、っていいのか? 清彦を他の女の子に取られるぞ?」
「大丈夫。 だって清彦は双葉しか目にないって信頼してるから」

「うわっ!のろけやがった!、男のくせに!」
「今は女の子だもん!」

「恥ずかしいとか言っておきながら、自分を女と言い切るか? さすがはアイツの息子だな」
「貴方の息子でもありますから」

「しかし、双葉になってから随分と言うようになったな」
「いろんな心の重荷を全部、清彦が引き受けてくれましたからね。 軽いんですよ気分が。 双葉になって失った物より得た物が大きいんでしょうね、清彦には本当に悪いんですけど。 でも、それを清彦に言うと笑うんですけどね」

「そうか……、清彦、いや双葉は本当にあのままで納得してくれてるんだろうか?」
「それは僕にもわかりません、見た目はいつも笑っていますが……」


「で、この件に関して最後のズルくて卑怯な告白なんだが……」
そう言って父は机の上に小さな箱を出す。

「なんです、それ?」
「換魂丹、完全版。最後の一粒」

「完全版って、まさか?」
父の言葉に驚く。

「そうだ、これはたった一つの条件さえ満たしていなければ、どんな条件の人間にも効く。副作用もない」
「たった一つの条件って?」

「他の換魂丹の影響下にない事。 もう2ヶ月たったんだから効くはずだ。 製造法はあの本に書いてあったんだが、材料が現代ではもう手に入らん。 だから最後の一粒」

僕は机の上の小箱に目を奪われる。
「で、これをどうしろと?元に戻れって事ですか?」
「いや、お前達で決めてくれ。 狡いと言われるかもしれんが、これが最初から俺が考えていた計画だ。 とにかく一度、もう戻れないという覚悟でお前達に互いをやってみて欲しかった。 その経験の上で真剣に選択してくれ」

「ひょっとして……これは、父さん達の時もやったんですか?」
「やった。ははは、思い出しちまった」

「母は考えぬいて今の状態を選んだんですか? それとも父さんが説得したんですか?」
「あいつは考えなかった。 その話を口にしたとたんに俺の胸ぐらを締め上げてな」

 −お前は中途半端な覚悟で俺を妻にすると言ったのか?
 −そんなあやふやな覚悟で俺の全てを奪ったのか?
 −俺が男に未練を持ってお前について行くと思ったのか?
 −いいだろう! 男に未練を持ってると思うなら、俺はもうお前の前では男言葉は使わん!

「それから、ずっと嫌みったらしく20年近く奥様言葉だ。 怖いぞ、あいつは。 ははは」

「あ〜、そうなんだ。 双葉の言った通り、へんな夫婦…… それで、今度は僕たちの番というわけですか?」
「そう言う事だ。 双葉と一緒に説明しようと思ったんだが、二人一緒じゃなかったからお前に先に聞いてもらった。 二人で話し合って後悔しない道を選んでくれ」
そう言って、父は僕に頭を下げた。

「わかりました、双葉とよく話し合って決めます」
そう言って、父の書斎を出ようとして、少し思い出した事を口にしてみる。


「それはそうと父さん?」
「なんだ?」

「僕の制服のスカートの丈が短くなってるようなんですけど?」
そう言って僕は、今穿いている制服のスカートを指さす。

「それが俺になにか関係あるのか?」
「夕べ、母さんが裁縫箱と僕のスカートらしき物を抱えて寝室に入るのを見たような気がするのですが?」
「へ、へぇ…… そうなんだ?」

「どうも だ!れ!か!の意思の存在を感じるんですけど?」
「だって、短い方がかわいいじゃないか?鏡で見てみろよ?」

「双葉はずっと、あの丈だったでしょ?」
「他人様の娘にそんな事をしたらセクハラになるじゃないか?」

「僕は自分の娘だからいいと?」
「うん、だって今まで双葉は制服とあの丈の長いメイド服しか着てくれなかったんだぞ? 誰かさんのおかげで? その責任は取るべきじゃないのか? 制服も私服もミニ! 若い女の子はその素足を惜しみなく晒す! それは双葉を継いだ、お前の義務だ」
父さんはとんでもない事を言いだす。

「どんな義務ですか、それは? はいはい、わかりました。 あとのことはそれも考慮して、双葉とよ〜く相談して決めます!」
そう言って、僕は扉を乱暴に閉めて部屋に戻る。

          ・ ・ ・

夜になって双葉も帰ってきて家族で夕食を取った後、父が僕たちの部屋にやってきて夕方僕に話した事を双葉にも説明して頭を下げて出て行った。

          ・

テーブルの上には小箱が残されていた……

テーブルを挟んで僕と双葉が向かい合っている。

          ・

あの日から、僕と双葉は同じ部屋で生活を共にしている。


本当は双葉が隣の部屋に移動してきたのだが、次の日学校から帰ってくると僕と双葉の部屋の境の壁が綺麗に消えてしまっていた。

『壁、どうせ要らないだろ?お前達。この方が行き来に楽だよな?』は驚いている僕たちに背後から掛けられた父さんの言葉。

あの日から、双葉は吹っ切ったようによく笑うようになった。 僕も双葉によく笑いかけるようになった。

あの日から、僕と双葉は同じベッドを使うようになった。 でも、双葉は決して僕に手を出そうとはしない。 精々が時折、僕の手を握って恥ずかしそうにえへへへと笑うだけだ。 普通は男にそれをされると引くものだけど、僕は双葉のその姿がとても可愛く思える。 握り返して笑いかけると顔を真っ赤にするのがまた可愛い。 でも、決してべたべたした関係では無いと思う。

学校から帰ると双葉は家事の負担が減った分、勉強に力を入れている。 『"清彦様"を一流の大学に入れる事が今の私の使命』なのだそうだ。

僕はその間、母さんの家事を手伝う。 母さんが言うには”ドジッ娘は教え甲斐がある”らしい。
ぼちぼち料理の方も簡単な物なら作れるようになってきた。

学校で双葉を演じるのはまだ恥ずかしい。 女の子同士のコミュニケーションにも慣れない、女の子の友達は増えたが接し方に戸惑いを覚える。 今まで普通にしゃべってた男友達には声を掛けにくくなった。 ……それでも、今の状態はとても幸せだ。


あの日から、双葉を含めた家族間の距離が縮まり、明るさが増した。

たったひとつ、気になるのは僕が双葉の『女の子としての幸せ』を奪ってしまった事だ。
それだけが負い目として僕の中に沈殿している……

そんな思いを込めて口を開く。

          ・

「清彦、いや、双葉。 僕はどんな姿の君でも好きだ。 僕は双葉になってしまったがそれでもいいと思っている。 でも気がかりなのは君の事だ。 僕は君の体を奪ってしまった事で双葉の『女の子としての幸せ』も奪ってしまった。 本来、当然得られるはずの幸せを……、だから僕はこの体を君に返して元の秋山家の後継者の道を真剣に目指そうと……」
双葉の人差し指がそっと優しく僕の口に当てられる。

「僕は…… 後継者として家族も双葉も守って……」
口に当てられた指は少し力を込めて僕の口を閉ざす。

「ダメです、一度もらってしまった体はもう私の物です。 返してなんか上げません」
微笑みながら双葉は続ける。
「それに清彦様はヘタレだから、どんなにがんばっても秋山家を潰してしまいます。 そんな人に私の人生を任せるワケにはいきません。 だから、今後も私が秋山清彦です」

「……いいのか?本当に?」
「清彦様がどんな姿の双葉でも好きだと言って下さったように、双葉もどんな姿の清彦様でも大好きですよ? と言うより、今の姿の清彦様の方がとっても可愛くてもっと大好きですよ?」
そう言って双葉は笑う。

「それにですね、私はやっぱり守ってもらうより守る方が性に合ってるみたいなんですよ。 清彦様を演じるのは楽しいんです。 清彦様は双葉は演じられませんか?嫌いですか?」

「いや、演じるのはまだ恥ずかしいけど、嫌いじゃない……」
面と向かって言うのは恥ずかしいので顔をうつむけてしまう。

「ふふ、だったらこのままが一番いいと思います。ただ……」
「ただ?」
双葉の言葉の続きが知りたくて顔を上げる。

「ただ、双葉の女の幸せを心配して頂けるのなら、今でなくて結構です。 私の代わりに何年か先に私たちの子供を産んで頂けませんか?」

上げた僕の顔に双葉の手が添えられ、動かせない僕の唇に双葉の唇が重ねられる。
そして、僕は頬を朱に染めその唇を受け入れる……


          * * *


一年後

「ただいま、双葉」
清彦が食堂に入ってくる。

「お帰りなさい、清彦さん」
「お帰り、今日は早いね?」
それを夕飯の準備をしていた双葉と清香が迎える。

「うん、大学が早く終わって、用もなかったからね。 あれ?どうしたの、そのワンピース?」
「あぁ、これ?昼間に来月の結婚式に着るウェディングドレスが出来上がったって連絡があったから試着に行ってきたんだ。 その帰りにブティックの前を通ったらこれが飾ってあってね。 母さんが僕に似合うからって言って買ってくれたんだ。変?」
清彦に見せるようにくるりと回る。

「いや、可愛いよ、双葉にすごく似合ってる」
「へへへ、ありがとう」
照れたように頭をかく双葉。

「夕飯までもう少し掛かるから部屋で休んでいてよ? できたら呼びに行くから」
「うん、いや、いいよ、ここで清秋をみてるから」

そう言ってテーブルの上に乗せられた大きな籠の中を覗き込む。
「今寝たばかりだから起こさないでよ」
そう清彦に笑いかける双葉。

「でも、本当に清秋が好きね? 暇があると覗き込んでるでしょ、清彦さん?」
清香も笑いながら声を掛ける。

「うん、やっぱり自分と双葉の子供だと思うと特にね」
「ふふふ、でも、まさかあの時に双葉として生きる決心をしたその場で赤ちゃんを作っちゃうとは思わなかったわね」

焦る双葉。
「ち、違うよ!あれは雰囲気に流されて、つい……」
「え?じゃ、あれは不本意なことだったんですか? 私の愛を受け入れてもらえたんじゃなかったんですか?双葉様!」
今度は清彦が哀しそうに責める。

「いや、違う、愛していたから受け入れたんだって!」
「やっぱり、作りたくて作ったんじゃない?ねぇ、清秋?」
寝ている赤ちゃんに同意を求める清香。

「いや、だから作るのは作るはずだったんだけど、それは何年後かの話だったはずで……」

わいわいとおしゃべりが続く中、扉が開いて今度は俊彦が入ってくる。
「お、なんだか楽しそうだな、父さんもまぜてくれ」
そう言って、清秋のいるテーブルの前の椅子に腰掛ける。

「いえね、双葉が赤ちゃんを作るのが好きだって話をしてたのよ」
「してない!断じてそんな話じゃなかったよ?」
「うん、まさか速攻で作るとはパパも予想外だった。 学生のうちに赤ちゃん作っちゃうとは思わなかった」

「そうですね、おかげで卒業まで双葉様のせいで大変な目にあわされちゃいましたね。 双葉さんの能力を甘く見てた事を思い知らされました」」
「え?僕?僕が悪いの?」

「いえ、妊娠させたのは私ですから自業自得なんです。 なんですけどね……、妊娠がわかった秋はまだ良かったんですよ、厚着になってきますからお腹も目立たなくて。 問題は年明けですよ!年明け!双葉さん、何しました?」

「あぁ、あれ?あれは不可抗力……」
「私はお腹が目立ってきたから学校は休むようにって勧めましたよね? 単位は充分に足りてるから卒業まで休んでも問題ないって? 卒業間近までバレなければ何とでも誤魔化せますからって?それを双葉様『大丈夫、まだわからないし、誤魔化す方法はある』って言って」

「うん…… まぁ…… 言ったね、そういう事……」
「学校について、コートを脱いだ瞬間にバレちゃったじゃないですか! それで、『どうしたの?!そのお腹!』って聞かれてなんて言いました?」

「お正月にお餅、食べ過ぎちゃった、てへっ?」

「うわっ!双葉あの時、学校でそんな言い訳したんだ?」
「どこの小学生の絵日記ですか! そんなので本気で誤魔化せると思ったんですか!大騒ぎになって進路指導室に連れてかれるわ、父さんと母さん、呼び出されるわ!」

「あぁ、あの時は大変だったね?」
「大変だったね、じゃありません! あのあと、双葉さんは帰っちゃったからいいけど、残された僕は針の筵だったんですよ? 特に女子の視線が痛いの何の!」

「うん、あの時は確かに悪かったよ、でも、大丈夫だと思ったんだよ? そんなにお腹出てなかった気がしたし」
「毎日見てる場合と2週間ぶりに会った人では持つ印象が違います! そのあと! 何日かしてクラスメートの女の子達がお見舞いに来たとき!」

「部屋に通して少しおしゃべりしただけじゃ……」
「な・ん・で・私たちの部屋に通しちゃうんですか!普通、リビングでしょ?」

「いや、女の子の友達にリビングってのも素っ気がないかな?って…… ほら?女の子にもすっかり慣れてきた時だったし……」

「翌日ですよ。 私が学校に行ったら『清彦君と双葉ちゃんは同じ部屋で生活している、それも同じベッドに寝ている』ってクラス中の話題独占、針の筵大増量ですよ?」
「あぁ、そうだったんだ? そんな事があったのなら、清彦さん言ってくれなきゃ」

「後から言ったところでどうにもなりません、覆水盆に返らずです。 あのあと、お風呂まで一緒に入ってるとまで噂されたんですよ」
「入ってたじゃないか?お風呂」

「…… …… ひょっとして?言ったんですか?それ?」
「……言っ ……てないよ? うん、言ってない」

「私の目を見てもう一度言って下さいませんか?」
「言いました、最初にお見舞いに来てくれた子に……」

「やっぱり、双葉が清彦になって大正解だったな」
「こういう、うっかりっ娘が秋山家の後継者でなかった事に心底から胸をなで下ろしますね」
「やっぱり、体を返さなくて良かった、私の選択は間違ってなかった!」

「なんだか、いつの間にか僕の人間性が否定される会話になってるんですが?」

息子の清秋を清彦が覗き込む。。
「清秋〜、お前はりっぱな秋山家の後継者になりましょうね〜」

そんな清彦の肩を父の俊彦が指先で叩く。
「清彦、清彦」
「なんです?父さん」
「あれが先代後継者、こっちが当代後継者だった人」
女性陣を指さし、笑いかける俊彦。


「うわぁ!なんて事を言うんですか!私に絶望しろと?! 清秋もこの人達と同じだと?不吉な!」
テーブルに手を付き、がくりとうなだれ、崩れ落ちる清彦。

『『 失礼な! 』』
抗議する女性陣。


「そんな、清彦君に朗報」
「なんです?」

「換魂丹はまだ残ってる、完全版も最後の一粒は手つかずだ」
「おぉ!なるほど!」
思わず手を打つ清彦。

「ちょっと、待って!何がなるほど? 変な事考えてないだろうね?」
双葉が抗議の声を上げる。

「確かに『なるほど』ね、十何年後かが楽しみだわ」
「いや、だからね……  ! そう!清秋が立派な後継者に育てば何の問題もないじゃないか!」
「双葉、安心しろ! 清秋は清彦の子供で、俊彦の孫だ、ちゃんと換魂丹を使わざるを得ない子供に育ってくれるさ」

「なんてことを言うんですか! その前にアンタの孫だ!双葉の子供だ!」
「いやいや、秋山家の血筋を莫迦にしちゃいけない、きっと困った後継者にしてみせる!」

「確信犯?確信犯なの?ひょっとして僕もそうやって……」
「いや、清彦は自力でヘタレに育ったんだ、それは自信を持っていいぞ?」

「よかったですね、双葉さん。父さんのお墨付きですよ?」
「いらないよ、そんなお墨付き。 とにかく僕は清秋をちゃんと育てて見せます!」

「そうそう、清秋はいつ女の子になっても大丈夫なようにちゃんと育てましょうね」
「ちが〜〜うっ!清秋はそんな育て方をしません!」

          ・

「あ、そうそう、聞いた? 山下から報告があったんだけどさ。 今朝、若葉がかわいい女の子を産んだって」
「まぁ、山下さんと若葉さんの赤ちゃん? それはきっと大きくなったら、美人で頭も体力も優秀で気の強い、いい娘になるでしょうね」
「若葉さんの娘か…… 悔しいけど、確かに清秋は負けるかも……」

「だろ?だから、山下もウチを出て三人でアパート暮らしするくらいなら、いっその事うちの別棟に住まないか?って提案しておいたんだ。 その方が経済的にも仕事の都合上も楽だぞってな、大きくなったら清秋のいい遊び相手になるし、って」

『『 旦那様、ナイス判断! 』』

「こらぁっ!他人様を巻き込むんじゃありません!」


そして、秋山家の血は新しい世代へと受け継がれる……w














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