「秋山家の陰謀 02・絶望する日常、清彦編」



玄関を開けると、下駄箱の上に置きっぱなしにしたエプロンを手に取り、双葉の部屋に向かう。
とりあえず、やる事だけは先にやっておくか。制服をメイド服に着替える。 

洗濯物を取り込み、アイロン掛けたり、畳んだり。庭の掃き掃除を手始めにあちこちを掃除して回る。

          ・

一通りの事が終わって一段落したのが七時過ぎだった。
周りもそろそろ薄暗くなってくる。

「急いでやったつもりだが、結構掛かってしまったな。さて……」
ここからが本番だ!

僕は玄関の明かりを付け、双葉に言われたように早めに扉に鍵を掛ける。
目的は心おきなく家捜しをする為に来客に煩わされないようにだけどね。

そして二階の元の僕の部屋へと駆け上がる。

元の僕の部屋のノブに手を掛けて回そうとする。案の定、鍵が掛かっている。
だろうな、でなければ約束したとは言っても双葉が僕を屋敷に一人にはしないだろう。

だが、甘いな。普段から部屋に鍵を掛けない僕はカギの扱いがいい加減だ。
予備の鍵は応接間の小物入れの中にも眠っている。ずぼらな性格が幸いしたと言うワケだ。


僕は予備の鍵を差し入れ、かつての自分の部屋に入る。

さて、この部屋で僕が目にした事がない物。それが僕と双葉の体を入れ替えた物である可能性は高い。

どこだ?机の引き出しを次々と空ける。引き出しを抜いて裏側も調べる。

本箱の本を見て、見慣れない本がないか見る。一冊づつ抜き出し、挟まれている物はないか?

ベッドの下をのぞき込み…… しまった!忘れてた! 恐る恐るベッドの下を調べる。 双葉に見つけられている!!
乱雑にベッドの下に放り込まれていたはずのH本は綺麗に揃えられてベッドの下に置かれていた。
暫く、頭が白くなっていたが、やがて気を取り直す、今はそんな事を考えている場合じゃない、今のは忘れて他を探そう。

クローゼットを開けて服を一枚一枚調べながら出す。小物を入れる引き出しも引き出しごと抜き出して調べる。

ビデオラックからDVDとビデオのケースを全て出してケースの中も調べる。 コンコン。

ゲームソフトのケースも調べる。 コンコン。

TVの下のオーディオラックは?

 ゴ ン ゴ ン ッ !

大きなノックの音が部屋に響き渡る。

え?なに?僕はドアを振り返る。そこには……


「ノックの音にも気付かないほど夢中でなぁにをしてるのかな〜、双葉ちゃんは?」

冷めた目で、しゃがんだ状態の僕を見下ろす双葉の姿があった。

「え?あれ?な、なんで清彦様が……」
僕は驚きで声が出ない。 山下さんからの連絡はなかったはずなのに……

「あの後、念のために山下さんに連絡したら僕が帰りの連絡を入れたら双葉に伝えるように言ったらしいじゃないか?
それを聞いて、イヤな予感がしてタクシーでそっと帰ってきたらこの始末か」

しまった、返って山下さんに頼った事が裏目に出てしまったのか。


「で、まだ質問に答えて貰ってないんだけどね、双葉?」
口元しか笑ってないのが怖い。

「えぇっと……」
僕が口ごもって下を向いていると、さらにかぶせてくる。

「昨日の約束。 覚えてる?」
僕の顔から血の気が引く。

「は、はい……」
小さな声で答える。

「で?」
「入れ替えの証拠を探していました。すいません、ごめんなさい、もうしません」
「どうやら双葉には学習というものが無いようだね、残念だけど。信用した僕がバカだったのかな?」
気まずい沈黙が訪れる。



やがて静かに(不気味に)双葉が口を開く。
「何か違うお仕置きが必要だね、双葉には。 とりあえず、散らかした部屋を片づけてもらおうか」
「……わかりました」

「どうせ、こんな事をしていたのなら夕食はまだだろう?僕は夕飯の支度をするから」
そう言って、部屋を出て行こうとする。

そして、出る前に振り返る。
「これは信用していいんだよね?さらに散らかしたりしないだろうね?」

「はい……」今の僕は小さな声でそれしか言えない。

ドアが閉められ階段を下りていく音が聞こえる。
僕はこの後に待つ”お仕置き”に不安を持ちながら部屋を片づける。

          ・

部屋を片づけ終わり、下に降りていく。

元から片づけやすいように出していたのでそれほど時間は掛からなかったのが幸いと言えば幸いだ。

食堂に入り、報告をする。

「片づけが終わりました、清彦様」
なんか清彦様と呼ぶのに最初ほどの抵抗感が無くなってきているのが怖いなと頭の隅で考える。

「そうか、こちらも丁度出来たところだ、食事にしよう」
双葉が普通に食事を促す。 

あれ?思ったほど怒っていないのかな?機嫌はよくないがさっきほどの怖さは感じられない。
でも、油断するな、今の僕は細いロープの上を渡っているんだ、迂闊な事をすると足を滑らせるぞ。

「はい、いただきます」
僕は椅子に腰を下ろし、静かに食事をする。

          ・

食事が終わり、洗い物をしていると双葉が声を掛ける。
「双葉、それが終わって、風呂を入れたら言いに来るようにな」

キ、キターーーーーー!

「あ、あの清彦様?」
「ん、なんだ?」

「あの…… 今日も一緒…… に?」
「なんだ?癖になったのか?ひょっとして一緒に入りたいからあんな事をしたのか?」

僕は首を横にブンブンふる。
「いえ、とんでもありません!昨日だけで充分です」
「そうか、なら一人づつでいいじゃないか」
そう言って、双葉は二階へと上がっていく。

僕はほっとして洗い物を続ける。
しかし、静かすぎる反応が不気味だ、双葉は何を考えているのだろう?

風呂の準備が終わって双葉に報告に行くと、双葉は机に向かっていた、本当に勤勉だよな、こいつ。

「清彦様、お風呂の準備が整いました」

相変わらずこちらを見ないで返事を返す。
「そうか、ご苦労だった。双葉、もう一つ仕事を頼もうか。下のリネン室に言ってお客様用の奥にある敷き布団を持ってきてくれないか?行ったらわかるところにある筈だから。あ、シーツも忘れるな?」

なんだろう?僕から目を離さずに見張る為にこの部屋の床に寝ろとでも言う気だろうか?

「わかりました、清彦様」
そう返事をして下のリネン室に向かう。



目的の物はすぐに見つかった。

古すぎるとは言えないが、お客様に出せるような物でもないじゃないか?身内で使う分にはいいのか。
後はシーツと…… あれ?掛け布団はいいのか?」
よくわからないまま、よろよろと階段を上がり双葉の部屋へと向かう。

          ・

「清彦様、持ってまいりました」
相変わらず、双葉は机に向かっている。

「うん、ご苦労だったね、それをここに敷いてくれ」
そこは僕のベッドで、今まで敷いていた布団は上げられて部屋の隅に置かれていた。

「あの?ここにですか?今まで敷いていた布団に問題でも?」
「いや、あの布団には問題はない。ただ敷いておくと問題が起きるからね。ベッドメイクの仕方は昨日教えたからできるな?」

「はい、わかりました」
不審に思いながらも、持ってきた布団をベッドのマットレスの上に敷く。

         ・

「できました、清彦様」
僕の報告に初めて双葉は顔を上げてこちらを振り向きやってくる。

「うん、いい出来だ。綺麗に敷けてるね。 うんうん」
双葉は機嫌良さそうに頷いている。

よかった、なんだか知らないがこれで許して貰えたようだ…… そう思った時、双葉の言葉が頭に突き刺さる。

「それじゃ、まずショーツを脱いでベッドの上に四つん這いになってもらおうか?」

……え?!

「聞こえなかったのかい?双葉」

「あの、清彦様。ショーツを脱いでベッドの上にって……」
僕は驚いて聞き返す。

「なんだ、聞こえてるじゃないか。うん、そうだよ、早くしなさい」
「早くしなさいって、何を一体……」

「決まってるじゃないか、お仕置きだよ。 二度とあんな事をしないようにね」
双葉が笑顔で答える。


『はい、さっさとショーツを脱いで!』
双葉の命令が下る。
すると、僕の手は僕の意思を無視してメイド服のスカートの中へと潜り込み、ショーツを掴み下ろす。

「待って!二度としません!しませんから許して下さい、お願いします!」
僕は必死になって、双葉に赦しをこう。しかし、双葉の笑顔はそのままだ。

「何を言ってるのかな? 昨日、あれだけの目に遭いながらもあっさりと誓いを破った人の言葉にどれだけの意味があると言うのかな?」『さぁ、脱いだらベッドに上がって四つん這いになる!』
僕はその言葉に逆らえず、ベッドに上がる。

這った状態のまま、首を双葉の方に向ける。

「清彦様。一体、何を……」

「だから、お仕置きだって。双葉ちゃんは記憶力にも問題があるのかな〜?」
そう言いながら、双葉は僕のメイド服のスカートを捲り上げる。空気に晒される僕の裸の尻。
股間に何かが触れる感触が伝わる。 双葉が指を這わしているようだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」
僕が身じろぎする。

『動くな!』双葉の叱咤が飛ぶ。僕は体を動かす自由を奪われる。

双葉の指は僕の股間の上部を優しく刺激する、夕べの感覚が甦る。
「あ…… だめ。 や、止めて……ください、き、清彦さ、まぁ!ふぅん」
「なかなか感じてきたようだね、双葉。 じゃ、下の方もやっておこうか?」

「止めて……くだ、さい…… これ以上…… は」
双葉の愛撫は休まず続けられる。

「何を言ってるんだい、双葉。 充分に濡らしておかないと痛いぞ?いいのか?」

双葉の指は僕の…… 本来の双葉の体の、大事な部分へと移る。
「い、痛い? ……痛いって ……きゃう!な、なにを?……」

「ははは、何をって決まってるじゃないか?僕のモノを双葉が受け入れるんだよ」
「そ、そんなぁ…… お願いし、ます。 ハァ 許して下さい。 もう 二度と…… 絶対にしませんから……」

「夕べのその言葉、信じてたんだけどなぁ。ほんっっとうに残念」
指が僕の中へと侵入を始める。

「ひぃん!で、でも…… なんで、お仕置きが…… これ、な、なんだ…… ハァハァ」
「あ、そっか。教えて欲しい?体を取り替えた呪方ってね、もう僕にできないんだよ?」

「ハァ、ハァ、え?それは…… どういう…… ひっ!」
指が内壁を刺激する。


「あれはね、女性にしかできないんだよ?だからね、現在、体を取り替える事が出来るのは双葉ちゃんの方なんだ」
「はぅんはぅん、それじゃ…… 僕がやり方を知れば……ひ!」

「うん、すぐに戻れるね」
侵入した指が二本に増える。双葉が続ける。
「でもね、覚えてる?条件さえ満たせば何度でも出来るって言った事?」

「はぁはぁ、ひ。 は、はい」
「その条件って言うのはね、使用者は処女じゃないと発動しないって事なんだ」
指の刺激が激しくなる。

「ひぇん!そ、それって……」
僕の頭から血の気が引く。

「うん、二度と呪方が使えなければ双葉ちゃんもバカな事を考えないだろうと思ってね。だから、双葉ちゃんを処女じゃなくしちゃおうと、ははは。さぁ、充分濡れてきたかな?受け入れOK?」

じょ、冗談じゃない!本当に一生、双葉になってしまうのか?元に戻れなくなる!?僕は必死になって何とか体を動かそうとするがどうにもならない。
「でも、安心してね。処女を失う時くらいは双葉ちゃんの希望通りにして上げるからね」

「え?」
「双葉ちゃんのベッドの下の資料を参考にさせてもらった結果、双葉ちゃんはバックから犯されるのが好みみたいだからね?」
その言葉に赤い顔がさらに赤くなる。

そう言うといつのまにか下半身を露出した双葉が後ろから迫ってくる。

「待て、待って!はう、違う、そ、それは違う……はぁはぁ、犯るのはいいけど、犯られるのは……」
「ふふふ、 ……あぁ、その前に。 服はやっぱり邪魔かな?脱ごうか?」

双葉の手が背中のファスナーに伸びて引き下ろす。背中が露わになりブラのホックも外される。

「はい、腕を上げて。 はい、もう片方も」
メイド服とブラが腕から引き抜かれ、足下へと落ちる。
「やめて、止めてくれ!お願いだから」
僕は目に涙を溜めて懇願する。

「だからダメだって。これは双葉の自業自得なんだからね?さぁ、覚悟はいいかな?」
僕のお尻に手が掛かり、双葉の狙いが固定される。

僕の入り口に双葉の凶器が突きつけられる。
「い、いやぁぁぁ!勘弁してくれ、たのむ!たのむから!」
必死に動いてそれを避けようとするが、双葉の命令と腕による固定でどうにもならない。
やがて、ゆっくりと確実に……  それは僕の中へと侵入を開始した。


ずぶずぶ、そんな擬音が聞こえたような気がした。股間の皮膚が中にめり込むようなきつい引きつれ感が僕を襲う。

「ひぃぃぃぃ!痛っ、痛い、痛いから!あぁぁぁぁ!嫌ぁぁぁ!」
僕はあまりの痛さに泣き叫ぶ。

双葉の挿入が止まり、声が掛けられる。
「双葉、大丈夫かい?初めてだからかなり痛いのだろうね?ふふ」

痛いなんてもんじゃない! 早く抜いてくれ! 気を失いそうな痛みと共にそんな思いが頭に浮かぶが喘ぎ声しか口からは出てこない。
「さて、それじゃ再開しようか?」
「ま…… ハァ、待って…… もう…… ハァ、これで終…… わり ハァ、なんじゃ……」

「何を言ってるんだい、双葉?今からちゃんと中に出して確実に呪方が使えなくして上げるからね」
そう言うと、双葉の凶器が再びゆっくりと僕の中で動き出す。

最初はゆっくりだった動きはやがて少しずつ速度を上げていき、膣壁を擦る刺激の快感に何も考えられなくなった頭でただ小さな喘ぎ声を出しながら、僕は痛みに耐え続けるだけだった。

やがて、両腕を背後から掴まれ、僕はベッドに両足を膝立ちにしてのけぞるような体勢になり、双葉の股間に膣を密着させた状態から脱出する事すら出来ない。かえって抵抗を試みるとその反動でさらに僕の奥に双葉の物が突き刺さる。前面の大きなバストはピストン運動が伝える動きを増幅するかのように上下へと揺れる。

すでに股間や胸からの痛みは快楽ともわからない何かに変わろうとしている。
僕は、あぁ女って全身が性感帯だってよく聞くけど本当なんだな、とぼんやりと思う……

あぁ、僕は女なのか、双葉の……、男の……、清彦の……、拘束を振りほどく事も出来ない非力な存在。
ただ、されるがままに清彦に蹂躙される存在。
それが今の僕…… 双葉。
涙を流し、喘ぎながら思考の回らない頭で考える。

「どうだい、双葉?身動きも取れずに男に征服される悦びを感じてる?さぁ、いくよ? うっ!」
そしてついに、体の中で熱い物が放出されたのを知る……
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!」
絶望とも歓喜ともわからない悲鳴を上げながら僕は意識を失った。

          * * *

目覚めたのは同じベッドの上だった。

うっすらと目を開けると隣には元の僕の顔があった。
「ふふふ、そんなによかったのかい、双葉。 いい顔で失神していたよ」
満足顔の双葉。
ぼんやりと双葉の顔を眺めていた僕の頭が次第に覚醒する。

「ぼ、僕! 処女?! え?戻れなくなったのか!僕は処女を失ったのか?」

現実を確認する僕の声に双葉が笑顔で答える。
「うん、そう。 双葉の股間から垂れ出している物が証拠♪ それ、気持ち悪くないかい?先にお風呂を使っていいよ?」


呆然と起きあがり、僕はベッドに腰掛けるようにして自分の股間を確かめる。 そこからは白濁した液が垂れている。

「そ、そんな……」
力無く股間を眺めていると後ろから手が伸びてきて胸に覆い被さる。

「お風呂。行かないのかい?それとまだやる?僕はそれでもいいけどね」
その言葉にはじかれたように胸に添えられた手を払い、双葉を悔しげに睨む。

「何か言いたいのか?双葉。これで心おきなく双葉の仕事に専念出来るようになってよかったじゃないか」
双葉が笑う。
「お風呂、使わせて頂きます……」
力無くそう言うと僕は裸のまま、散らばった下着とメイド服を拾って部屋を出て行く。

          ・

呆然と僕は廊下を歩く。

本当に僕はもう元に戻れないのだろうか?この体のままで双葉に仕えて生きていくしかないのか?
ひょっとして、双葉はただの脅しで言ってるだけで本当はちゃんと元に戻してくれるのではないだろうか?

でも、それだったら戻る自分の体にこんなひどいマネが出来るものだろうか?
答えのでない疑問が頭の中をグルグル回る。

「くしゅん!」
かいた汗が冷えていき、裸の僕の体温を奪う。 
それでも僕はやけくそのように裸のまま洗濯場まで行き、下着を洗濯機に放り込む。

あれ?そう言えばメイド服の洗濯ってどうするんだろう?洗濯機に放り込んでいいのかな?後で双葉に聞こう。洗濯カゴに畳んで入れる。
そのまま、双葉の部屋に行き、替えの下着と…… パジャマに着替えてしまっていいのだろうか?まだメイド服を着てなくちゃダメなのか? 腕を組んで しばし考える。 パジャマでいいか。怒られたら怒られたでいいじゃないか。 これ以上の最悪な状況になる事もないだろう……


廊下を歩くうちに心に少し余裕の様なものが戻ってくる。
知らない人が今の僕の姿を暗闇で見たら全裸の幽霊が歩いているのかと驚くかも知れないな。
そんな巫山戯た事まで頭に浮かび、ひとりでにクスクスと笑い声がもれる。

          ・

風呂場に着き、脱衣カゴに服を入れるとそのままバスルームに入る。

シャワーのコックを開き、頭からシャワーを浴びる。
あぁ、しまった。頭を濡らすと乾かすのが面倒だったんだ。 
昨日はそう言われて頭にタオルを巻いてたんだっけ?まぁ、いいか。

ひと息お湯を頭に掛けた後、シャワーを股間に持っていき白濁液をよく洗い流す。あれ?妊娠って全部洗い流しておかないと危ないのかな?指を秘部に入れて掻き出すように洗う。あぁ、何か変な気持ちになってくるなぁ……

全身を全て綺麗に洗い流して、湯船に浸かる僕。
あぁ、ダメだ。これからの事が全く考えられない。
自分で言うのもなんだけど、人間てうけるショックが大きすぎるとかえってパニックにならないもんなんだなぁ……
明日の朝にでもなれば、現実を理解するだけの頭が帰ってくるかなぁ……

          ・ ・ ・

風呂を上がり、このまま寝てしまおうかとも思ったが双葉に報告しておかないとまた怒るだろうな。
双葉の部屋に報告に行くか。

こんこんっ

「清彦様。お風呂先に使わせて頂きました。 あとは何かありますでしょうか?」
ソファーで本を読んでいた双葉が顔を上げる。

「うん、今日はもう別に……」
何か言いかけた双葉の言葉が途切れる。
「なにか?」
「いや、なんか凄い顔してないか、双葉? 幽霊みたいだぞ?生気のない顔にその髪はなんだ?いや、夜中に廊下で出くわしたら腰を抜かしそうな気がするぞ。 ちょっとそこに座れ」
目の前のソファを指さす。

僕は言われたソファに腰を下ろす。

どこかに行っていた双葉が櫛を持って帰ってくる。

「顔の生気の無さはともかく、その髪くらいは何とかしておいてくれ。 なんだ洗いざらしじゃないか?」
そう言いながら僕の後ろに回り、髪を梳き始める。


「あの…… 本当に僕はもう元に戻せないんですか?」
ポツリと質問する。

「う〜ん、戻せないねぇ。少なくとも僕の知ってる方法では無理。僕が双葉に話した事は全て本当」
髪を梳きながら双葉が絶望的な事を言う。
そのまま双葉は黙って髪を梳き続けた。

「ま、こんなもんだろう」
髪を梳き終わり、双葉が立ち上がる。

「それで、後は?」
「あぁ、後はもう何もないから寝ても……」
そう言いかけてまた言葉を途切らせ、何かを考える。

「……寝てもいいのでしょうか?」
僕が双葉の言葉に続けて聞くと双葉が口を開く。

『そこのベッドで寝るように』
僕のベッドだった所を指さす。
見ると、さっきまでの布団は片づけられて元のふかふかの布団に戻されている。

「えっと、まだ何かお仕置きの続きが……?」
僕が恐る恐る聞く。

『そこで寝るように!』
双葉がさっきより強く命令すると元のソファに座って本を読み始める。
僕は命令に逆らえぬまま、ベッドに入り目をつむる。

…………あれ? なにもしてこない ……のか? 純粋に寝てしまって大丈夫なのか ……な?

体力も気力も限界だった僕はいつしか深い眠りに落ちていた。

          * * *

朝。

うっすらと目を開ける。いつもの僕の部屋。

あぁ、朝か…… 双葉、起こしに来ないな…… もう少し寝ていよう……
布団に潜り込もうとすると耳元で優しい声が囁かれた。

「おはよう、双葉。 まだ起きなくていいのかな?」

え?首を巡らせた目の前に僕の顔があった。

「ふあおうっ!」
驚いてベッドから飛び出す。

「え?え?え?」
自分の体を見下ろす。 ピンクのパジャマに盛りあがった胸。

思い出した。 そうだ、僕は双葉に体を盗られたんだった。 目を開けたらいつもの光景だったんで、すっかり油断していた。
そして、夕べ…… 思わず股間を守るように両手で押さえ、内股になって挟み込む。

「ふふ、朝から可愛いじゃないか、恥ずかしそうに身を守る仕草で顔を赤くした姿が素敵だぞ? で、仕事を後回しにしてまでそこにいるという事は僕を誘っているのかな?」
ニヤッと嫌な笑いをする双葉。

昨日の記憶が甦る。
「し、失礼します。 すぐに取りかかります!」
慌ててそう叫ぶと部屋を走り出る。

          ・

双葉の部屋に帰り、服を着替える。そういや、双葉ってメイド服と制服以外持ってないのか?私服って見た覚えがないな、買わないといけないのか?
…………何を考えているんだ、僕は?!

すっかり双葉として生きていく気になってないか?違う!戻れる! 双葉が知る以外の方法があるかも知れないじゃないか!!

          ・ ・ ・

双葉としての朝の日課をこなしながら考える。 

双葉はどこからあんな呪方を探し出してきたんだろう? 双葉は屋敷と学校、買い物に出かける商店街以外に行動範囲を持たない。
商店街で売ってる物でもないだろう。本屋…… アヤしい物を売るような店ではないし、古物商?双葉は出入りしないだろう……

学校? 友人からの口づて?双葉にそんな事を話し合う友人はいない! では、図書室?そんな皆の目に止まりそうな所にあるものがこんな効力を持ってるとは思い難いな…… そんな所にそんな物があるのならウチの地下倉の文献の方が余程…… !!

やっぱり、ウチか? 確かに可能性は高いな、双葉は時間があると屋敷のあちこちで掃除、整理整頓と余念がない。 そうやって、偶然その呪方を見つけたとか?

よし!今日はなるべく屋敷の中を掃除するフリして手がかりを探すか。

そんな事を考えながら玄関を掃除していると、双葉がやってくる。

「何やってるんだ、双葉?昨日よりも時間が掛かってるじゃないか?朝食の用意はとっくに出来てるぞ?」
しまった、考え事をしていて効率が落ちていたのか。

「すいません、もう終わりますから」
掃除用具をかたして食堂へと急ぐ。

食事をしていると双葉が声を掛ける。
「双葉、今日は外に出かける。それで、ちょっと付き合って貰うからな」
「え?」

双葉が眉をひそめる。
「なんだよ?えって?イヤだというのか?命令しないと付き合えないのか?」
「いえ、そんな事は。 ただ、掃除をしていていくつか気付いた事があるので、それを片づけようと思う…… の、で、……すが? ……」
双葉の人を見透かしたような例の目が僕を見つめているのに気付き、語尾が途切れかける。

「まだ、懲りてないのかなぁ、双葉ちゃんは? そのしつこさは評価して上げてもいいけど、芸が無さ過ぎるのも考え物だよ?」
呆れた声で双葉が言う。

「いえ、そんなことは……」

「別館、地下倉庫の右手奥の棚の上段」
僕が言い訳しようとした処を双葉の声が遮る。

「え?」
「なんだよ?双葉は”え”しか言わなくなったのか?」

「いえ、そんな事は。あの…… 今のは?」
「だから。 どうせまた理由を付けて”換魂丹”と”使用解説書”を探そうと思ってるんだろ?だから保管場所」
え?保管場所を教えてくれるのか?取りに行っちゃうぞ?いいのか? ”換魂丹”って言うんだそれ。
それともそこに行かないように命令しようというのか?

「えっと、行っていいんでしょう ……か?」
僕は恐る恐る双葉にお伺いを立てる。

「いいから、教えたんだが?不服か?」
呆れたように双葉が返す。
「いえ、不服なんて……」

「ま、昨日なら教えなかったけど、今日ならもう教えたところでなんの差し支えもないからな。 できれば、さっさと諦めて今の状況を受け入れてくれると嬉しいんだがな」
そう言って笑う。

受け入れろと言われて受け入れられるワケがないだろう。

黙っていると双葉が話を続ける。
「そう言う事で10時には出かけるからな。それまでは好きにしていていい」

「本当に好きにしていていいんですか?」
「だから、いいって。あ、しかし倉庫に行くなら、あそこは埃だらけだからその服は脱いで上下をジャージに着替えて行けよ、そう何着も汚すとクリーニングが追いつかなくなるからな」

あ、やっぱりこれはクリーニングに出すんだ?夕べ、洗濯機に放り込まないでよかった。 あれ?でも夕べ、メイド服を汚したのは……
「でも夕べ、メイド服を汚したのは私ではなく、清彦様では……」

「ほほう、僕のせいだと……?」
双葉の目がアヤしくひかる。 あ、失言?

「いえ、すいません、ごめんなさい」
「うん?いや、いいよ、確かにそうだね。僕が汚したんだ。怒ってないから」
そう言って笑顔になる。よかった、また何かされるんじゃないかと思った。朝からトラブルは避けたいからな……

「まぁとにかく、そういうワケで」『倉庫に行くなら、あそこは埃だらけだからその服は脱いで上下を半袖ブルマに着替えて行けよ』
あれ?セリフが変更されてる?しかも命令?

半時間後、少しの葛藤の末に僕は倉庫の前にいた。 服装は……

あれ?鍵が掛かってる?そう言えばそうか。別館の倉庫は秋山家の宝物殿と言ってもいい。先祖代々の鎧兜、掛け軸を始めとして貴重な文献や芸術品が仕舞われている。
で、カギはどこだろう?

こんこん

「失礼します。清彦様?あの〜倉庫のカギはどこにあるのでしょう?」
「え?倉庫のカギ?」
双葉が意外そうな顔をする。

「はい、鍵が掛かってるんですが……」
「で、カギの場所がわからない、と?」
「はい」
双葉がやれやれと言った顔で首を振る。

「秋山家の事に無関心な人だとは思っていたけど、事業の事はおろか家の中の事まで知らなかったとは…… 倉庫のカギは私の部屋を入った右手の壁に他のカギと一緒に掛かってます、3日も部屋を使っていて気が付かなかったんですか?地下倉庫に入るカギは旦那様の部屋の…… じゃなくて……」
僕の机の引き出しを空けてカギを取り出す。

「ここにあります、旅行に行かれる前に預かってました」
そう言って、カギを僕に渡す。

「ありがとうございます」
カギを受け取り出て行こうとする僕に陽気な声が掛かる。

「双葉、屋敷の中をブルマで歩き回るのは楽しい?」

「失礼します!」
それだけ言って、僕は部屋を後にする。

しかし…… 話し方が素の双葉に戻っていたな?本気で呆れられたのかな?確かに、自分のウチでありながら、知らない事が多いからな……

倉庫の鍵を開けて、中に入る。地下の階段を降りると割と大きな部屋が広がる。棚、棚、棚、この地下室には数え切れない程の書類や小物が棚に所狭しと納められている。

言われた場所を探すと文箱があり、最近、誰かが動かしたように埃が払われていた。

あ、本当にあった。
それを手に取り、フタを開ける。
中には昔の薬入れである印籠と時代劇に出てくるような本があった。

「これが僕の体を入れ替えた薬と説明書……」
本を手に取り、急いで中を読む。 ……が。
草書体?なに、これ?ミミズがのたくってる絵じゃないの?日本語?縦書きの筆記体?よ、読めない……

          ・

「あの〜、清彦様?」
ドアをそっと開け、双葉に声を掛ける。

「で?今度はなに?」
あ?なんか怒りを通り越して呆れた顔?

「すいません、清彦様、草書体って読めます?」
「あぁ、それか?完全には読めないけど、大体の意味はわかる。持ってこい」
読んでいた本を横に置き、座っているソファの前のテーブルを指さす。

    
しかし、双葉から前から口答で教えられていた以上の情報はそこにはあまりなかった。

”男女間でのみ使える呪方”
”術者は女性”
”交換する相手に薬を飲ませ、呪文を唱える事で発動”
”いくつかの呪文のアレンジで主従関係が決まる”
”発動は薬がある限り何度でも可能”
”効果期間は一生”
”薬の製造法”

そしてここが一番大事。
”術者は処女に限る”


「あきらめ、ついた?」
一通り解説し終わった双葉が普通に声を掛ける。

「つきません、つきませんけど…… つけなきゃいけないのかな?」
帰ってきた父に言えば、僕を清彦と認めてくれるだろうけど、女性である事はもう変えようがないという事だろうか? 一生、女性として生きていく……

静かに黙って本を睨む僕、双葉は目の前に座っているけどどんな顔をしているかは知らない。
得意げな顔をしているのかな?嬉しそうな顔をしているのかな?いつものポーカーフェイス?

今、顔を上げて、双葉の顔を見ると何を言うかわからない、なにをするかわからない。
だから、黙って本を見て心を落ち着かせる。

いくら秋山家の為だと言っても、なんでこんな事をするんだろう?父にバレたらどうなるかもわからないワケじゃないだろうに…… 双葉の考えがわからない。

僕がそんなに嫌いだったのだろうか? それとも自分が女である事がイヤだったのか?

どれだけ時間が立っただろう?たった数分程度だったのかも知れない、それとも数秒だったのか。 
双葉が声を掛ける。

「さて、そろそろ出かけるから、用意をするように」

僕は顔を上げる。
「え?」
「10時から出かけるからと言っておいただろ?」

「あぁ、そうでしたね」

とりあえず、今はどうあがいても状況は変えようがないらしい。だったら、父が帰ってくるまでは下手な事はしない方がいいだろう。 幸いにも、双葉は”入れ替わりを誰にも言ってはいけない”という命令を出し直してはいない。 試してはいないが、強制力はかなり失われているはずだ。 
不本意だが、父が帰ってくるまで今の状況を保持するしかない。父に状況を説明できる環境は死守しなければ。

部屋をのそのそと出て行こうとしてドアの前であることに気付き、双葉を振り返る。
「あの、清彦様?」
「ん?なに?」

「外に出かける言う事ですが、メイド服のままでしょうか?それとも制服?」
「あぁ、私服でいいよ、と言うかメイド服で外を歩くのも抵抗無くなった?」

首を横へとブンブンふる。
「私服ってあったんですか?クロ−ゼットの中はメイド服と制服しかありませんでしたが?」
「失礼なヤツだなぁ、双葉は。私服くらいあるさ。少ないけどな。 ……よし、服を選んで上げよう!」
そう言って、楽しそうに腰を上げる双葉。 しまった、やぶ蛇?!

「服は出しておいて上げるから、シャワーを浴びてこいよ」
廊下を歩きながら双葉が言う。

「えぇ!シャワー?!」
「なんだ。双葉は?妙に裸になる事に警戒心を抱くね?」
あんたのせいだ、あんたの!とうっかり口に出すと地雷を踏む。

「汚れてるだろ? 倉庫の中を歩き回ったから? そんな肌を露出した格好で歩き回ったから手も足も埃だらけじゃないか?」
お、おまえなぁ〜誰の命令のせいだ?言えない、口に出して言っちゃダメだ。

僕の背中を首を巡らして見ながら双葉が続ける。
「だから、シャワーで汚れを落とせって事だよ。それともそれが気に入った? 白い体操服の背中に埃が擦れて現れたブラの線がチャームポイント?」
思わず背中を廊下の壁に預けて叫ぶ。
「誰のせいですか?!誰の!」
あ…… 地雷踏んだ?

「ふ〜ん、僕のせいなんだ?ちなみに僕は双葉時代、メイド服で倉庫に入っても汚さなかったけどね。
いいよ、さっさとシャワーを浴びてこいよ。服は持っていってやるから、それをちゃんと着るようにな」
うわ〜、何を着せられるんだろ?

バスルームでシャワーを浴び終えかけていると外で双葉の声がする。
「双葉、着替えをここに置いておくからな」

「はい、わかりました」
バスルームを出ると脱衣カゴの中に着替えが置いてあった。

恐る恐る中を見る。
あれ?普通のTシャツにデニムのミニだ。しかもミニと言ってもほんの少し膝上なだけ……
もっと悲惨な物を覚悟してたんだけどな?気のせいだったのか?

ともかく用意してある服を着る。 スカートはやっぱりイヤだが、この程度なら我慢できるレベルだ。 
どちらかというと制服のスカートよりは捲れる危険が少ない分ましだろう。

          ・ ・ ・

玄関に行くと双葉が待っていた。

「よし、それじゃ行くぞ、双葉」
何となく機嫌は良さそうだけど、どこに行くんだろう?
「あの、清彦様?それでどこへ?」
そう問いかけると双葉はこちらを振り返り、笑った。

「ふふふ、どこだと思う?」
まだ何か企んでる?

結局、双葉は行く先も目的も教えてくれなかった。

屋敷を出るとバス停へと向かい、バスを待つ。
「あの?清彦様?なんでバスなんです? 山下さんに言ったら送ってくれますよ? さっき、車庫の方で見かけましたけど?」
「うん、明日の父さん達を迎える為に朝からお迎え用の車を洗ってるみたいだね」

「だったら……」
「でも、それじゃ僕の可愛い双葉を皆に見せられないじゃないか?」
え?今さらっとイヤな事を言わなかった?
「えっと、それはどういう……」

「だって、いつも双葉は家の中から滅多に出ないし、出ても学校だけで行き帰りは車の中だろ?せっかくのその姿が勿体ないじゃないか?」
晒し者?今日は一日僕を世間の晒し者にしようって事なのか?

ふと、顔を上げて、隣に立つ双葉の顔を見ると愉快そうに笑っていた。
この女装姿で街を歩き回らされるのか? いや、女装とは言わないんだろうけど、この体では……

顔を下げると胸の二つの双丘とさらにその下にスカートとその下から伸びる足が目に映る。


バスが到着すると、双葉に手を掴まれ引っ張られるようにバスに乗り込む。
空いている席に座るとバスが発車する。
改めて意識すると確かに他人の視線が気になって仕方がない。つい、顔を赤くして俯いてしまう。

          ・

そして隣町にある大きなショッピングモールでバスを降りる。

「さてと…… どこに行こうかな?」
バスから降りた双葉が伸びをする。

あぁ、やっぱり目的は僕か? 僕を双葉と…… 女の子と自覚させようというのか? 
”あきらめ、ついた?”双葉の言葉を思い出す。

抵抗しようにも今はどうしようもない、恥ずかしいが今は双葉に付き合うしかない。

「えーと、清彦様?」
僕は早速、双葉にブティックに連れ込まれあれこれ試着をさせられた挙げ句に可愛いワンピースに着替えさせられた。

「うんうん、可愛いよ、双葉」
「これ、買うんですか?私はお金ありませんよ?」

「大丈夫、お小遣いはたっぷりあるから僕がプレゼントして上げるよ」
そう言って財布をみせる。

「あ〜、それ僕…… 私の財布!」
「なに言ってるんだ、双葉。これは清彦、つまり僕の財布だよ?」
そう言って、僕の伸ばした手を避けて懐へと収める。

体だけじゃなく財布まで双葉に取られてしまったのか。……あれ?じゃ双葉は今までお小遣いはどうしていたんだろう?
メイドやってた給料? あれ?時給いくらで働いてたんだ?そもそも、父とお金の受け渡しを見た覚えがないぞ?

「あの?清彦様?ちょっといいですか?」
「ん、なに?」
レジで僕の財布からお金を払いながら僕の顔を上機嫌で見る双葉。

「メイドのお給金っていくらもらってたんですか?お小遣いとかは……」
「なに言ってんだか双葉は。 双葉はあのお屋敷で中学の頃からこの生活をやってるんだよ?お金なんて払ったら雇ってる事になるじゃないか?未成年に仕事をさせると罪になるんだよ?メイドは単なるウチの手伝いと行儀見習いの修行さ」

え?知らなかった!ただ働きなのか?今までそんな事にも気付いてなかった。 ……え?あれ?それじゃ朝の着替えの時にあまり恥ずかしくない服を出してくれたのは…… 出そうにもこれしかなかった?

僕は今まで着ていた服の入ったショップの袋を見つめる。だから、ここでこのワンピースを買ったのか?
「ひょっとして、私服はこれしか持ってなかったり……」
双葉の顔を伺い見る。

うわっ!赤い顔して睨んでる、怒ってる!図星?
「いえ!なんでもないです!わーい、清彦様にお洋服買ってもらっちゃった!嬉しいな」
慌てて誤魔化す、僕。

確か、双葉がウチに来たのは中学の2年になったばかりの頃だっけ? それからずっとこういった生活を続けていたと思う。
朝から晩まで働いて給料も出ない、年頃の女の子が私服はTシャツとデニムのスカートだけ……

ひょっとして、双葉は秋山家を乗っ取る事、または跡継ぎを女にしてしまう事で復讐をしようとしているのか?
入れ替わった事がバレなければ秋山家は双葉のもの。バレたらバレたで跡を継ぐ人間が清彦から使用人も同然の女の子になってしまう事で混乱が起きるだろう。周りがそんな後継者を認めるワケがない。

約5年間、虐げられ続けた事への怒りを父の留守を狙って爆発させたのか?

そんな僕の思いも知らず、双葉は勘定を済ませると僕の腕を取って元気に引っ張っていく。
その後、僕は映画館へと連れて行かれた。上映されていたのは今評判のラブロマンスだった。僕の興味外のジャンルだ。

映画館の中では映画を見る事しかすることがない、眠るという選択肢も無い事はないが、双葉の目が怖いのでそれは却下。
仕方なく見ていたが、段々と画面に見入り始め、終盤には涙さえ流してしまった。


映画館を出て、遅めの昼食に喫茶店へと入り、双葉と映画について語ってしまい、我に返ったのは双葉がお手洗いに立った時だった。

え?あれ? 僕はなんで嬉しそうに双葉と映画について話してるんだ? と、いうかラブロマンス見て泣いた? 女の子みたいに? ひょっとして、体の性に精神が浸食され始めてるのか?

それより一番怖いのはその流れに乗る事に心地よさを感じてしまった事だ。
精神の女性化が始まっているとでも言うのだろうか?

          ・

その後、ショップを回り、双葉は僕にいくつか服を買った。スカートやブラウス、ワンピースといかにも女の子な服ばかりだったが…… 外で夕食も済ませ、上機嫌で屋敷に戻った双葉は夜まで部屋から出てこなかった。

風呂を済ませ、就寝の挨拶に出向くと双葉は今日もこの部屋で寝るように言った。
また、この体に手を出してくる事を危惧したが双葉は同じ布団にはいるとさっさと寝入ってしまった。

わからない、何を考えているんだ?双葉。 僕の目の前で寝息を立てている僕の体を見つめながら考えるうちに僕もいつしか睡魔に襲われて眠ってしまった。

          * * *

朝。双葉の動く気配で僕も目を覚ます。

「おはよう、双葉」
「おはようございます、清彦様」

なんか、まだ双葉になって3日しか立ってないのに”双葉”と呼ばれる事が自然になっている……
元の自分の体に対して普通に”清彦様”と呼び掛ける事が出来る……
慣れというヤツなのか?

この前までの僕ならこんな事態にした双葉に怒りを感じていたかも知れない、けど色々な事に気が付いた僕は双葉に同情する気持ちも出てきてしまっている。
このことを父さんにどう伝えよう?僕の身を何とかしたい気持ちもあるが、双葉にも救いが欲しい気持ちもある。

「なにをおかしな顔をしてるんだ、双葉。 さぁ、起きるぞ」
笑顔で双葉が言う。
「はい、では」
そう返事をして着替える為に僕の今の部屋へと出て行く。

着ていたピンクのパジャマを脱ぎ、下着も履き替える。
メイド服を着ている時に自分が無意識のうちに下着を選んでいた事に気付く。

やっぱり、女の子に馴染んできてる?
早いうちになんとかしなくては。

とりあえず、今日の午後には父さん達が帰ってくる。 
僕だけでは何とも出来ない以上、父さんに相談して、それからだ。
それから僕も双葉も救われる道を見つけよう。 そう決意して、日課をこなす為に部屋を出て行く。

洗濯、掃除をこなし、双葉の作った朝食を一緒に食べ、朝食後はそれぞれの好きな事をして過ごす。
いつもならゲームでもしているか友人の所にでも出かけるのだが、ゲームは双葉の部屋にあり、友人には双葉の姿で会うわけにも行かないので、時間の潰し方に困る。

リビングでぼうっとTVを見ていると通りかかった双葉が立ち止まり、こちらを見る。
しまった、また”跡継ぎとしての自覚がない”とでも言われるか。
しばらく見つめ合ったが口が開かれる気配がない。

先に口を開いたのは僕だった。
「なにか?」
「ん、いや別になんでもないんだけど……」
そう言ってリビングに入ってきて僕の対面に座り、じっと僕の目を見る。

「昨日から感じていたんですけど、ひょっとして本当に女の子に、双葉に馴染んできてませんか?」
あれ?双葉の口調だ?ずっと、僕の口調で通してきたのに……

「馴染んでなんかいません」
「そう?なんかそうやってTVを見ている姿が凄く自然に見えたんですけどね」

「それは三日も立つと多少体の動きに慣れも出てきますから、そのせいなんじゃないんですか?」
「ふ〜ん」
何かあごに手を当てて考え込む双葉。

「あのですね、私の事を憎んでますよね?こんな事をして?」『正直に思った事を自由に言って下さい』
え?え?口の封印を解かれた?好きにしゃべれるのか?
「憎んではないかな?怒ってはいるけど、なんでこんな事をしたんだ?僕か秋山家が憎かったのか?行動に出る前になんで相談してくれなかったんだ?」
僕は本当に思った事を口にした。

「そうか、憎んでおられないんだ。そうか〜」
双葉が笑う。 えっと、なんで笑うんだ?僕はおかしな事を言ったのか?

「あの……」
「ん、いいですよ、そのままTVを見てて。ふふふ」
そう言いながら、部屋を出て行く双葉。

えっと、僕の質問に答えて貰ってないんだけど…… うっかり口に出さない方が良さそうだ。笑いの意味は気になるところだけど。

昼前に山下さんが空港に父さん達を出迎える為に車で出て行った。

もうすぐだ、もうすぐ父さん達が帰ってくる。今日の夕方には状況は変わっているはずだ。
あれ?そう言えば双葉のヤツ、僕の話す事への制約を解いたままだぞ?気付いてないのか?

          ・

昼食を一緒に取りながら双葉の様子を伺う。

もうすぐ父さんが帰って来るというのに、特別に変わった所もない。
どういう事だろう?清彦になりすませると思っているのだろうか?
それがわからない双葉でもないだろう?
僕が父さんに全てを話した時、今までの鬱憤を爆発させようとでもいうのだろうか?
だから、僕を自由にしゃべれるようにしたのだろうか?
双葉はそんな破滅型の性格だとは思えないのだが。

そんな僕の視線に気付いたのか双葉が僕の方を見る。
「どうかしましたか?」
「いえ、別になにも……」

「そうですか?もうすぐ旦那様達のお帰りの時刻ですね、家の中はちゃんと片づいてます?後でチェックしておいて下さいね」
「はい、わかりました」

食べ終えた僕の食器と双葉の食器を持って洗い場に持っていく。 食器を洗いながら双葉を盗み見る。
双葉はまだ食堂の椅子に座ったままお茶をゆっくりと飲んでいる。

なんで、そんなに落ち着いていられるんだ?なんだかイヤな胸騒ぎがする。

          ・

洗濯物を取り込み、たたんでいると外の方で車の入ってくる音がする。
いよいよ、父さん達が帰ってきたようだ。

どうやって出迎えるのが一番いいのだろう?双葉と一緒に出て、いきなり事情説明か、後から父の書斎に忍び込み事情説明。
双葉の目的が今ひとつはっきりしないのでいざとなると、行動に迷う。

とりあえず、双葉と一緒に出迎えに出た方が怪しまれないか? それから双葉が父さんから離れた隙を狙って父さんに事情を話す…… それで行くか。 突発的な事故には臨機応変でって事で……


玄関に歩いていくと丁度、父さん達が扉を開けて入ってくる所だった。双葉はすでに玄関に出迎えに出ていた。
「おぉ、清彦。留守中はどうだった?なにも変わった事はなかったか?」
父さんが双葉に声を掛ける。

「はい、なにも屋敷には変わりありません。旅行はどうでしたか?」
「おぉ、久しぶりの旅行だったがなかなか面白かったぞ」
そう言いながら、スーツの上着を脱いで僕に渡す。

え〜と、これは…… 片づけろという意味なんだろうな? 
これはチャンスかも知れない、そのまま父さんについて行けば二人だけになるチャンスができるかも知れない。
双葉の方をみると、双葉は母さんと話をしている。

「それで…… 母さん、ちょっと話があるんですが?」
「あら?清彦が私に相談なんて珍しい。なにか失敗したの?」
そう言いながら双葉に微笑む母さん。

「えぇ、まぁ…… ちょっと……」
笑いながら双葉も返す。
「いいわ、なぁに?双葉さんに聞かせられない話?それならリビングの方に行きましょう」

双葉は母さんと一緒にリビングの方に行ってしまう。

玄関に残されたのは僕と父さん。
なんて都合のいい状況なんだ?僕の望んだ状況があっけなく展開された。 双葉の策略と疑いそうなほどなんてうまいシチュエーションなんだ。罠の可能性を疑っていたら僕はずぅっとメイドのままだ。
罠であろうとなんであろうとそのまま突っ走らせて貰う!

          ・

僕は父の後を付いて書斎へと入っていく。

「ん?なんだ、双葉。上着は寝室の方に片づけてくれればいいぞ?」
父が僕の方を見て笑う。

今だ、今がチャンスだ。
「違うんだ、父さん」
「父さん?」
双葉が自分を父さんと呼んだ事に不思議な顔をする父さん。

「僕は清彦なんだ、信じられないかも知れないけど」
「え?清彦?」
僕は双葉の不思議な薬と呪文のせいで体を入れ替えられた事を一気に話した。

          ・

僕の話を聞き終えた父さんは傍らの電話の内線ボタンを押した。

「お前か?そこに双葉はいるか?そうか、すぐに来るように言ってくれ」
信じてくれた?父さんは双葉を清彦と呼ばずに双葉と呼んだ。僕を清彦とわかってくれたんだ。


やがて書斎の扉にノックの音が響く。
「双葉です」
「入れ」
双葉の声に父さんが返し、扉を開けて双葉が入ってくる。

えっと……あれ? 双葉は始めっから自分を双葉と名乗っている?え?そう言えば内線で父さんは"双葉はいるか?"って……

双葉が父さんに尋ねる。
「なんでしょう、旦那様?」
「双葉、清彦になにも言ってないのか?」
え?なに?今のはどういう意味?

「当主の資質に欠ける清彦様の代わりに私が替わって清彦様になります、と説明は致しました」
え?え?確かに最初に聞いたけど……

「なんだ、言ってあるんじゃないか、清彦」
そう言って僕の肩を笑顔で叩く父さん。

「ただ、旦那様の薦めでおこなったとは言っていませんが。私が言っても信じていただけるかわからなかったので」
「あぁ、そう言う事か」
父さんは知っていた?いや、父さんが双葉に魂の交換をやらせたという事?


「いいか、清彦。我が秋山家には代々伝えられた秘薬がある。
 これを使うと魂の入れ替えができるというものだ。
 実際に使ってみたんだから真偽のほどは言うまでもないな?
 秋山家では当主の資質に欠けるものが次期当主となって秋山の家を傾かせると現当主が判断した時、より資質に恵まれたものに魂の交換を行わせて、当主を任せる事になっている。
 残念ながら清彦、当代ではお前がそれに当たる事になってしまった。
 肉体さえあれば秋山家の血はちゃんと次に継がれていくというのが古来からの秋山家の考え方だ。
 残念だったな、清彦」


そう僕に告げると今度は双葉を振り返り、見つめる。

「で、どうだ双葉?これからも清彦をやっていくのか?やっていく自信はあるのか?」
「はい、これからは私が清彦様をやらせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
双葉が父さんにハッキリと宣言する。

それを聞いて父さんが再び、僕の方を振り向く。
「聞いたとおりだ、双葉。これからは清彦を助け支えてやるんだぞ。俺と清香のようないい関係を築けよ」
そう言って笑う。
父さんと母さんのような?僕が双葉の後ろで静かに従うような関係?


今、この瞬間まで僕はまだ引き返せるものがあると思っていた。 僕はあくまでも清彦で、双葉は双葉であると……

しかし、父さんにハッキリと宣告された、僕は双葉で、双葉が清彦だと。

ふと、顔を上げると双葉と目が合う。 そこには双葉の笑っている顔があった。


信じられない現実に僕の意識は暗転する。



                     第一部 終わり














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