「秋山家の陰謀 02・絶望する日常、清彦編」 玄関を開けると、下駄箱の上に置きっぱなしにしたエプロンを手に取り、双葉の部屋に向かう。 洗濯物を取り込み、アイロン掛けたり、畳んだり。庭の掃き掃除を手始めにあちこちを掃除して回る。 ・ 一通りの事が終わって一段落したのが七時過ぎだった。 「急いでやったつもりだが、結構掛かってしまったな。さて……」 僕は玄関の明かりを付け、双葉に言われたように早めに扉に鍵を掛ける。 そして二階の元の僕の部屋へと駆け上がる。 元の僕の部屋のノブに手を掛けて回そうとする。案の定、鍵が掛かっている。 だが、甘いな。普段から部屋に鍵を掛けない僕はカギの扱いがいい加減だ。 僕は予備の鍵を差し入れ、かつての自分の部屋に入る。 さて、この部屋で僕が目にした事がない物。それが僕と双葉の体を入れ替えた物である可能性は高い。 どこだ?机の引き出しを次々と空ける。引き出しを抜いて裏側も調べる。 本箱の本を見て、見慣れない本がないか見る。一冊づつ抜き出し、挟まれている物はないか? ベッドの下をのぞき込み…… しまった!忘れてた! 恐る恐るベッドの下を調べる。 双葉に見つけられている!! クローゼットを開けて服を一枚一枚調べながら出す。小物を入れる引き出しも引き出しごと抜き出して調べる。 ビデオラックからDVDとビデオのケースを全て出してケースの中も調べる。 コンコン。 ゲームソフトのケースも調べる。 コンコン。 TVの下のオーディオラックは? ゴ ン ゴ ン ッ ! 大きなノックの音が部屋に響き渡る。 え?なに?僕はドアを振り返る。そこには…… 「ノックの音にも気付かないほど夢中でなぁにをしてるのかな〜、双葉ちゃんは?」 冷めた目で、しゃがんだ状態の僕を見下ろす双葉の姿があった。 「え?あれ?な、なんで清彦様が……」 「あの後、念のために山下さんに連絡したら僕が帰りの連絡を入れたら双葉に伝えるように言ったらしいじゃないか? しまった、返って山下さんに頼った事が裏目に出てしまったのか。 「で、まだ質問に答えて貰ってないんだけどね、双葉?」 「えぇっと……」 「昨日の約束。 覚えてる?」 「は、はい……」 「で?」 やがて静かに(不気味に)双葉が口を開く。 「どうせ、こんな事をしていたのなら夕食はまだだろう?僕は夕飯の支度をするから」 そして、出る前に振り返る。 「はい……」今の僕は小さな声でそれしか言えない。 ドアが閉められ階段を下りていく音が聞こえる。 ・ 部屋を片づけ終わり、下に降りていく。 元から片づけやすいように出していたのでそれほど時間は掛からなかったのが幸いと言えば幸いだ。 食堂に入り、報告をする。 「片づけが終わりました、清彦様」 「そうか、こちらも丁度出来たところだ、食事にしよう」 あれ?思ったほど怒っていないのかな?機嫌はよくないがさっきほどの怖さは感じられない。 「はい、いただきます」 ・ 食事が終わり、洗い物をしていると双葉が声を掛ける。 キ、キターーーーーー! 「あ、あの清彦様?」 「あの…… 今日も一緒…… に?」 僕は首を横にブンブンふる。 僕はほっとして洗い物を続ける。 風呂の準備が終わって双葉に報告に行くと、双葉は机に向かっていた、本当に勤勉だよな、こいつ。 「清彦様、お風呂の準備が整いました」 相変わらずこちらを見ないで返事を返す。 なんだろう?僕から目を離さずに見張る為にこの部屋の床に寝ろとでも言う気だろうか? 「わかりました、清彦様」 目的の物はすぐに見つかった。 古すぎるとは言えないが、お客様に出せるような物でもないじゃないか?身内で使う分にはいいのか。 ・ 「清彦様、持ってまいりました」 「うん、ご苦労だったね、それをここに敷いてくれ」 「あの?ここにですか?今まで敷いていた布団に問題でも?」 「はい、わかりました」 ・ 「できました、清彦様」 「うん、いい出来だ。綺麗に敷けてるね。 うんうん」 よかった、なんだか知らないがこれで許して貰えたようだ…… そう思った時、双葉の言葉が頭に突き刺さる。 「それじゃ、まずショーツを脱いでベッドの上に四つん這いになってもらおうか?」 ……え?! 「聞こえなかったのかい?双葉」 「あの、清彦様。ショーツを脱いでベッドの上にって……」 「なんだ、聞こえてるじゃないか。うん、そうだよ、早くしなさい」 「決まってるじゃないか、お仕置きだよ。 二度とあんな事をしないようにね」 『はい、さっさとショーツを脱いで!』 「待って!二度としません!しませんから許して下さい、お願いします!」 「何を言ってるのかな? 昨日、あれだけの目に遭いながらもあっさりと誓いを破った人の言葉にどれだけの意味があると言うのかな?」『さぁ、脱いだらベッドに上がって四つん這いになる!』 這った状態のまま、首を双葉の方に向ける。 「清彦様。一体、何を……」 「だから、お仕置きだって。双葉ちゃんは記憶力にも問題があるのかな〜?」 「ちょ、ちょっと待って下さい!」 『動くな!』双葉の叱咤が飛ぶ。僕は体を動かす自由を奪われる。 双葉の指は僕の股間の上部を優しく刺激する、夕べの感覚が甦る。 「止めて……くだ、さい…… これ以上…… は」 「何を言ってるんだい、双葉。 充分に濡らしておかないと痛いぞ?いいのか?」 双葉の指は僕の…… 本来の双葉の体の、大事な部分へと移る。 「ははは、何をって決まってるじゃないか?僕のモノを双葉が受け入れるんだよ」 「夕べのその言葉、信じてたんだけどなぁ。ほんっっとうに残念」 「ひぃん!で、でも…… なんで、お仕置きが…… これ、な、なんだ…… ハァハァ」 「ハァ、ハァ、え?それは…… どういう…… ひっ!」 「あれはね、女性にしかできないんだよ?だからね、現在、体を取り替える事が出来るのは双葉ちゃんの方なんだ」 「うん、すぐに戻れるね」 「はぁはぁ、ひ。 は、はい」 「ひぇん!そ、それって……」 「うん、二度と呪方が使えなければ双葉ちゃんもバカな事を考えないだろうと思ってね。だから、双葉ちゃんを処女じゃなくしちゃおうと、ははは。さぁ、充分濡れてきたかな?受け入れOK?」 じょ、冗談じゃない!本当に一生、双葉になってしまうのか?元に戻れなくなる!?僕は必死になって何とか体を動かそうとするがどうにもならない。 「え?」 そう言うといつのまにか下半身を露出した双葉が後ろから迫ってくる。 「待て、待って!はう、違う、そ、それは違う……はぁはぁ、犯るのはいいけど、犯られるのは……」 双葉の手が背中のファスナーに伸びて引き下ろす。背中が露わになりブラのホックも外される。 「はい、腕を上げて。 はい、もう片方も」 「だからダメだって。これは双葉の自業自得なんだからね?さぁ、覚悟はいいかな?」 僕の入り口に双葉の凶器が突きつけられる。 ずぶずぶ、そんな擬音が聞こえたような気がした。股間の皮膚が中にめり込むようなきつい引きつれ感が僕を襲う。 「ひぃぃぃぃ!痛っ、痛い、痛いから!あぁぁぁぁ!嫌ぁぁぁ!」 双葉の挿入が止まり、声が掛けられる。 痛いなんてもんじゃない! 早く抜いてくれ! 気を失いそうな痛みと共にそんな思いが頭に浮かぶが喘ぎ声しか口からは出てこない。 「何を言ってるんだい、双葉?今からちゃんと中に出して確実に呪方が使えなくして上げるからね」 最初はゆっくりだった動きはやがて少しずつ速度を上げていき、膣壁を擦る刺激の快感に何も考えられなくなった頭でただ小さな喘ぎ声を出しながら、僕は痛みに耐え続けるだけだった。 やがて、両腕を背後から掴まれ、僕はベッドに両足を膝立ちにしてのけぞるような体勢になり、双葉の股間に膣を密着させた状態から脱出する事すら出来ない。かえって抵抗を試みるとその反動でさらに僕の奥に双葉の物が突き刺さる。前面の大きなバストはピストン運動が伝える動きを増幅するかのように上下へと揺れる。 すでに股間や胸からの痛みは快楽ともわからない何かに変わろうとしている。 あぁ、僕は女なのか、双葉の……、男の……、清彦の……、拘束を振りほどく事も出来ない非力な存在。 「どうだい、双葉?身動きも取れずに男に征服される悦びを感じてる?さぁ、いくよ? うっ!」 * * * 目覚めたのは同じベッドの上だった。 うっすらと目を開けると隣には元の僕の顔があった。 「ぼ、僕! 処女?! え?戻れなくなったのか!僕は処女を失ったのか?」 現実を確認する僕の声に双葉が笑顔で答える。 呆然と起きあがり、僕はベッドに腰掛けるようにして自分の股間を確かめる。 そこからは白濁した液が垂れている。 「そ、そんな……」 「お風呂。行かないのかい?それとまだやる?僕はそれでもいいけどね」 「何か言いたいのか?双葉。これで心おきなく双葉の仕事に専念出来るようになってよかったじゃないか」 ・ 呆然と僕は廊下を歩く。 本当に僕はもう元に戻れないのだろうか?この体のままで双葉に仕えて生きていくしかないのか? でも、それだったら戻る自分の体にこんなひどいマネが出来るものだろうか? 「くしゅん!」 あれ?そう言えばメイド服の洗濯ってどうするんだろう?洗濯機に放り込んでいいのかな?後で双葉に聞こう。洗濯カゴに畳んで入れる。 廊下を歩くうちに心に少し余裕の様なものが戻ってくる。 ・ 風呂場に着き、脱衣カゴに服を入れるとそのままバスルームに入る。 シャワーのコックを開き、頭からシャワーを浴びる。 ひと息お湯を頭に掛けた後、シャワーを股間に持っていき白濁液をよく洗い流す。あれ?妊娠って全部洗い流しておかないと危ないのかな?指を秘部に入れて掻き出すように洗う。あぁ、何か変な気持ちになってくるなぁ…… 全身を全て綺麗に洗い流して、湯船に浸かる僕。 ・ ・ ・ 風呂を上がり、このまま寝てしまおうかとも思ったが双葉に報告しておかないとまた怒るだろうな。 こんこんっ 「清彦様。お風呂先に使わせて頂きました。 あとは何かありますでしょうか?」 「うん、今日はもう別に……」 僕は言われたソファに腰を下ろす。 どこかに行っていた双葉が櫛を持って帰ってくる。 「顔の生気の無さはともかく、その髪くらいは何とかしておいてくれ。 なんだ洗いざらしじゃないか?」 「あの…… 本当に僕はもう元に戻せないんですか?」 「う〜ん、戻せないねぇ。少なくとも僕の知ってる方法では無理。僕が双葉に話した事は全て本当」 「ま、こんなもんだろう」 「それで、後は?」 「……寝てもいいのでしょうか?」 『そこのベッドで寝るように』 「えっと、まだ何かお仕置きの続きが……?」 『そこで寝るように!』 …………あれ? なにもしてこない ……のか? 純粋に寝てしまって大丈夫なのか ……な? 体力も気力も限界だった僕はいつしか深い眠りに落ちていた。 * * * 朝。 うっすらと目を開ける。いつもの僕の部屋。 あぁ、朝か…… 双葉、起こしに来ないな…… もう少し寝ていよう…… 「おはよう、双葉。 まだ起きなくていいのかな?」 え?首を巡らせた目の前に僕の顔があった。 「ふあおうっ!」 「え?え?え?」 思い出した。 そうだ、僕は双葉に体を盗られたんだった。 目を開けたらいつもの光景だったんで、すっかり油断していた。 「ふふ、朝から可愛いじゃないか、恥ずかしそうに身を守る仕草で顔を赤くした姿が素敵だぞ? で、仕事を後回しにしてまでそこにいるという事は僕を誘っているのかな?」 昨日の記憶が甦る。 ・ 双葉の部屋に帰り、服を着替える。そういや、双葉ってメイド服と制服以外持ってないのか?私服って見た覚えがないな、買わないといけないのか? すっかり双葉として生きていく気になってないか?違う!戻れる! 双葉が知る以外の方法があるかも知れないじゃないか!! ・ ・ ・ 双葉としての朝の日課をこなしながら考える。 双葉はどこからあんな呪方を探し出してきたんだろう? 双葉は屋敷と学校、買い物に出かける商店街以外に行動範囲を持たない。 学校? 友人からの口づて?双葉にそんな事を話し合う友人はいない! では、図書室?そんな皆の目に止まりそうな所にあるものがこんな効力を持ってるとは思い難いな…… そんな所にそんな物があるのならウチの地下倉の文献の方が余程…… !! やっぱり、ウチか? 確かに可能性は高いな、双葉は時間があると屋敷のあちこちで掃除、整理整頓と余念がない。 そうやって、偶然その呪方を見つけたとか? よし!今日はなるべく屋敷の中を掃除するフリして手がかりを探すか。 そんな事を考えながら玄関を掃除していると、双葉がやってくる。 「何やってるんだ、双葉?昨日よりも時間が掛かってるじゃないか?朝食の用意はとっくに出来てるぞ?」 「すいません、もう終わりますから」 食事をしていると双葉が声を掛ける。 双葉が眉をひそめる。 「まだ、懲りてないのかなぁ、双葉ちゃんは? そのしつこさは評価して上げてもいいけど、芸が無さ過ぎるのも考え物だよ?」 「いえ、そんなことは……」 「別館、地下倉庫の右手奥の棚の上段」 「え?」 「いえ、そんな事は。あの…… 今のは?」 「えっと、行っていいんでしょう ……か?」 「いいから、教えたんだが?不服か?」 「ま、昨日なら教えなかったけど、今日ならもう教えたところでなんの差し支えもないからな。 できれば、さっさと諦めて今の状況を受け入れてくれると嬉しいんだがな」 受け入れろと言われて受け入れられるワケがないだろう。 黙っていると双葉が話を続ける。 「本当に好きにしていていいんですか?」 あ、やっぱりこれはクリーニングに出すんだ?夕べ、洗濯機に放り込まないでよかった。 あれ?でも夕べ、メイド服を汚したのは…… 「ほほう、僕のせいだと……?」 「いえ、すいません、ごめんなさい」 「まぁとにかく、そういうワケで」『倉庫に行くなら、あそこは埃だらけだからその服は脱いで上下を半袖ブルマに着替えて行けよ』 半時間後、少しの葛藤の末に僕は倉庫の前にいた。 服装は…… あれ?鍵が掛かってる?そう言えばそうか。別館の倉庫は秋山家の宝物殿と言ってもいい。先祖代々の鎧兜、掛け軸を始めとして貴重な文献や芸術品が仕舞われている。 こんこん 「失礼します。清彦様?あの〜倉庫のカギはどこにあるのでしょう?」 「はい、鍵が掛かってるんですが……」 「秋山家の事に無関心な人だとは思っていたけど、事業の事はおろか家の中の事まで知らなかったとは…… 倉庫のカギは私の部屋を入った右手の壁に他のカギと一緒に掛かってます、3日も部屋を使っていて気が付かなかったんですか?地下倉庫に入るカギは旦那様の部屋の…… じゃなくて……」 「ここにあります、旅行に行かれる前に預かってました」 「ありがとうございます」 「双葉、屋敷の中をブルマで歩き回るのは楽しい?」 「失礼します!」 しかし…… 話し方が素の双葉に戻っていたな?本気で呆れられたのかな?確かに、自分のウチでありながら、知らない事が多いからな…… 倉庫の鍵を開けて、中に入る。地下の階段を降りると割と大きな部屋が広がる。棚、棚、棚、この地下室には数え切れない程の書類や小物が棚に所狭しと納められている。 言われた場所を探すと文箱があり、最近、誰かが動かしたように埃が払われていた。 あ、本当にあった。 「これが僕の体を入れ替えた薬と説明書……」 ・ 「あの〜、清彦様?」 「で?今度はなに?」 「すいません、清彦様、草書体って読めます?」 ”男女間でのみ使える呪方” そしてここが一番大事。 「あきらめ、ついた?」 「つきません、つきませんけど…… つけなきゃいけないのかな?」 静かに黙って本を睨む僕、双葉は目の前に座っているけどどんな顔をしているかは知らない。 今、顔を上げて、双葉の顔を見ると何を言うかわからない、なにをするかわからない。 いくら秋山家の為だと言っても、なんでこんな事をするんだろう?父にバレたらどうなるかもわからないワケじゃないだろうに…… 双葉の考えがわからない。 僕がそんなに嫌いだったのだろうか? それとも自分が女である事がイヤだったのか? どれだけ時間が立っただろう?たった数分程度だったのかも知れない、それとも数秒だったのか。 「さて、そろそろ出かけるから、用意をするように」 僕は顔を上げる。 「あぁ、そうでしたね」 とりあえず、今はどうあがいても状況は変えようがないらしい。だったら、父が帰ってくるまでは下手な事はしない方がいいだろう。 幸いにも、双葉は”入れ替わりを誰にも言ってはいけない”という命令を出し直してはいない。 試してはいないが、強制力はかなり失われているはずだ。 部屋をのそのそと出て行こうとしてドアの前であることに気付き、双葉を振り返る。 「外に出かける言う事ですが、メイド服のままでしょうか?それとも制服?」 首を横へとブンブンふる。 「服は出しておいて上げるから、シャワーを浴びてこいよ」 「えぇ!シャワー?!」 「汚れてるだろ? 倉庫の中を歩き回ったから? そんな肌を露出した格好で歩き回ったから手も足も埃だらけじゃないか?」 僕の背中を首を巡らして見ながら双葉が続ける。 「ふ〜ん、僕のせいなんだ?ちなみに僕は双葉時代、メイド服で倉庫に入っても汚さなかったけどね。 バスルームでシャワーを浴び終えかけていると外で双葉の声がする。 「はい、わかりました」 恐る恐る中を見る。 ともかく用意してある服を着る。 スカートはやっぱりイヤだが、この程度なら我慢できるレベルだ。 ・ ・ ・ 玄関に行くと双葉が待っていた。 「よし、それじゃ行くぞ、双葉」 「ふふふ、どこだと思う?」 結局、双葉は行く先も目的も教えてくれなかった。 屋敷を出るとバス停へと向かい、バスを待つ。 「だったら……」 「だって、いつも双葉は家の中から滅多に出ないし、出ても学校だけで行き帰りは車の中だろ?せっかくのその姿が勿体ないじゃないか?」 ふと、顔を上げて、隣に立つ双葉の顔を見ると愉快そうに笑っていた。 顔を下げると胸の二つの双丘とさらにその下にスカートとその下から伸びる足が目に映る。 バスが到着すると、双葉に手を掴まれ引っ張られるようにバスに乗り込む。 ・ そして隣町にある大きなショッピングモールでバスを降りる。 「さてと…… どこに行こうかな?」 あぁ、やっぱり目的は僕か? 僕を双葉と…… 女の子と自覚させようというのか? 抵抗しようにも今はどうしようもない、恥ずかしいが今は双葉に付き合うしかない。 「えーと、清彦様?」 「うんうん、可愛いよ、双葉」 「大丈夫、お小遣いはたっぷりあるから僕がプレゼントして上げるよ」 「あ〜、それ僕…… 私の財布!」 体だけじゃなく財布まで双葉に取られてしまったのか。……あれ?じゃ双葉は今までお小遣いはどうしていたんだろう? 「あの?清彦様?ちょっといいですか?」 「メイドのお給金っていくらもらってたんですか?お小遣いとかは……」 え?知らなかった!ただ働きなのか?今までそんな事にも気付いてなかった。 ……え?あれ?それじゃ朝の着替えの時にあまり恥ずかしくない服を出してくれたのは…… 出そうにもこれしかなかった? 僕は今まで着ていた服の入ったショップの袋を見つめる。だから、ここでこのワンピースを買ったのか? うわっ!赤い顔して睨んでる、怒ってる!図星? 確か、双葉がウチに来たのは中学の2年になったばかりの頃だっけ? それからずっとこういった生活を続けていたと思う。 ひょっとして、双葉は秋山家を乗っ取る事、または跡継ぎを女にしてしまう事で復讐をしようとしているのか? 約5年間、虐げられ続けた事への怒りを父の留守を狙って爆発させたのか? そんな僕の思いも知らず、双葉は勘定を済ませると僕の腕を取って元気に引っ張っていく。 映画館の中では映画を見る事しかすることがない、眠るという選択肢も無い事はないが、双葉の目が怖いのでそれは却下。 映画館を出て、遅めの昼食に喫茶店へと入り、双葉と映画について語ってしまい、我に返ったのは双葉がお手洗いに立った時だった。 え?あれ? 僕はなんで嬉しそうに双葉と映画について話してるんだ? と、いうかラブロマンス見て泣いた? 女の子みたいに? ひょっとして、体の性に精神が浸食され始めてるのか? それより一番怖いのはその流れに乗る事に心地よさを感じてしまった事だ。 ・ その後、ショップを回り、双葉は僕にいくつか服を買った。スカートやブラウス、ワンピースといかにも女の子な服ばかりだったが…… 外で夕食も済ませ、上機嫌で屋敷に戻った双葉は夜まで部屋から出てこなかった。 風呂を済ませ、就寝の挨拶に出向くと双葉は今日もこの部屋で寝るように言った。 わからない、何を考えているんだ?双葉。 僕の目の前で寝息を立てている僕の体を見つめながら考えるうちに僕もいつしか睡魔に襲われて眠ってしまった。 * * * 朝。双葉の動く気配で僕も目を覚ます。 「おはよう、双葉」 なんか、まだ双葉になって3日しか立ってないのに”双葉”と呼ばれる事が自然になっている…… この前までの僕ならこんな事態にした双葉に怒りを感じていたかも知れない、けど色々な事に気が付いた僕は双葉に同情する気持ちも出てきてしまっている。 「なにをおかしな顔をしてるんだ、双葉。 さぁ、起きるぞ」 着ていたピンクのパジャマを脱ぎ、下着も履き替える。 やっぱり、女の子に馴染んできてる? とりあえず、今日の午後には父さん達が帰ってくる。 洗濯、掃除をこなし、双葉の作った朝食を一緒に食べ、朝食後はそれぞれの好きな事をして過ごす。 リビングでぼうっとTVを見ていると通りかかった双葉が立ち止まり、こちらを見る。 先に口を開いたのは僕だった。 「昨日から感じていたんですけど、ひょっとして本当に女の子に、双葉に馴染んできてませんか?」 「馴染んでなんかいません」 「それは三日も立つと多少体の動きに慣れも出てきますから、そのせいなんじゃないんですか?」 「あのですね、私の事を憎んでますよね?こんな事をして?」『正直に思った事を自由に言って下さい』 「そうか、憎んでおられないんだ。そうか〜」 「あの……」 えっと、僕の質問に答えて貰ってないんだけど…… うっかり口に出さない方が良さそうだ。笑いの意味は気になるところだけど。 昼前に山下さんが空港に父さん達を出迎える為に車で出て行った。 もうすぐだ、もうすぐ父さん達が帰ってくる。今日の夕方には状況は変わっているはずだ。 ・ 昼食を一緒に取りながら双葉の様子を伺う。 もうすぐ父さんが帰って来るというのに、特別に変わった所もない。 そんな僕の視線に気付いたのか双葉が僕の方を見る。 「そうですか?もうすぐ旦那様達のお帰りの時刻ですね、家の中はちゃんと片づいてます?後でチェックしておいて下さいね」 食べ終えた僕の食器と双葉の食器を持って洗い場に持っていく。 食器を洗いながら双葉を盗み見る。 なんで、そんなに落ち着いていられるんだ?なんだかイヤな胸騒ぎがする。 ・ 洗濯物を取り込み、たたんでいると外の方で車の入ってくる音がする。 どうやって出迎えるのが一番いいのだろう?双葉と一緒に出て、いきなり事情説明か、後から父の書斎に忍び込み事情説明。 とりあえず、双葉と一緒に出迎えに出た方が怪しまれないか? それから双葉が父さんから離れた隙を狙って父さんに事情を話す…… それで行くか。 突発的な事故には臨機応変でって事で…… 玄関に歩いていくと丁度、父さん達が扉を開けて入ってくる所だった。双葉はすでに玄関に出迎えに出ていた。 「はい、なにも屋敷には変わりありません。旅行はどうでしたか?」 え〜と、これは…… 片づけろという意味なんだろうな? 「それで…… 母さん、ちょっと話があるんですが?」 「えぇ、まぁ…… ちょっと……」 双葉は母さんと一緒にリビングの方に行ってしまう。 玄関に残されたのは僕と父さん。 ・ 僕は父の後を付いて書斎へと入っていく。 「ん?なんだ、双葉。上着は寝室の方に片づけてくれればいいぞ?」 今だ、今がチャンスだ。 「僕は清彦なんだ、信じられないかも知れないけど」 ・ 僕の話を聞き終えた父さんは傍らの電話の内線ボタンを押した。 「お前か?そこに双葉はいるか?そうか、すぐに来るように言ってくれ」 やがて書斎の扉にノックの音が響く。 えっと……あれ? 双葉は始めっから自分を双葉と名乗っている?え?そう言えば内線で父さんは"双葉はいるか?"って…… 双葉が父さんに尋ねる。 「当主の資質に欠ける清彦様の代わりに私が替わって清彦様になります、と説明は致しました」 「なんだ、言ってあるんじゃないか、清彦」 「ただ、旦那様の薦めでおこなったとは言っていませんが。私が言っても信じていただけるかわからなかったので」 「いいか、清彦。我が秋山家には代々伝えられた秘薬がある。 そう僕に告げると今度は双葉を振り返り、見つめる。 「で、どうだ双葉?これからも清彦をやっていくのか?やっていく自信はあるのか?」 それを聞いて父さんが再び、僕の方を振り向く。 今、この瞬間まで僕はまだ引き返せるものがあると思っていた。 僕はあくまでも清彦で、双葉は双葉であると…… しかし、父さんにハッキリと宣告された、僕は双葉で、双葉が清彦だと。 ふと、顔を上げると双葉と目が合う。 そこには双葉の笑っている顔があった。 信じられない現実に僕の意識は暗転する。 第一部 終わり |